2024-03-28T12:25:29Zhttps://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace-oai/requestoai:eprints.lib.hokudai.ac.jp:2115/540882022-11-17T02:08:08Zhdl_2115_54059hdl_2115_44589hdl_2115_1221970年代におけるタイ学生運動 : 「野口キック・ボクシング・ジム事件」と「日本製品不買運動」を事例にThailand’s Student Movement in the 1970s : Case Study of “Noguchi Kick boxing gym incident” and “Japanese-product boycott”シリヌット, クーチャルーンパイブーンSIRINUD, Kucharoenphaibulopen access日本製品不買運動学生運動タイ学生社会運動900タイにおける学生運動は,言論の自由を含む1968年の憲法公布をきっかけ
に,様々な動きが見られるようになった。本稿では,新聞記事の分析を通じ
て,事例として取り上げた「反野口運動」と「日本製品不買運動」の背景や
関連を考察した上で,タイにおける学生運動の展開かつ運動の成否に関わっ
た資源や運動に貢献した政治的機会の観点から考察を進める。
「野口キック・ボクシング・ジム事件」による「反野口運動」及び「日本製
品不買運動」は,いずれもタイにおける日本の経済侵略に対する不満や不安
感が高揚していた状況の中で起きたものである。「反野口運動」において,新
聞記事を分析した結果,「ムアイ・タイ」を「キック・ボクシング」と呼んで
いることや野口のムアイ・タイに対する捉え方が,タイ人の怒りを招いた一
つの原因であると論じられる。また,「反野口運動」は,学生運動としての位
置付けはこれまでされていないが,学生が大きな役割を果たしていたとは言
える。
一方「日本製品不買運動」は,タイにおける初めての本格的な学生運動で
あったと評価されている。運動を呼び起こした要因としては,日本のタイに
対する経済侵略への不安及び不満が挙げられるが,他にも当時の独裁政権に
対する不満が日本に転移して表現され,日本がスケープゴートにされたとい
うことも考えられる。
両運動の関連については,「野口キック・ボクシング・ジム事件」は「日本
製品不買運動」を導く口火であったと言える。「野口キック・ボクシング・ジ
ム事件」によって,運動のモジュールを獲得した新聞と学生は,同様のパター
ンを用いて一個の国を攻撃対象とした大規模な「日本製品不買運動」を展開
することができたと考えることもできる。
運動の成否を決定する資源について,本稿では①良心的支持者による物資
的援助,②社会問題改善に対する意識を強く持つ大量の学生,③小規模の運
動によるにノウハウ,④タイ全国学生センターと学内における少数のセミ
ナーグループといった学生ネットワーク,そして,⑤政治的機会の増加,と
いった五つの資源が運動の成否に貢献したと論じる。北海道大学大学院文学研究科2013-12-20jpndepartmental bulletin paperVoRhttp://hdl.handle.net/2115/540881347-0132AA11597545研究論集Research Journal of Graduate Students of Letters13475493https://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/bitstream/2115/54088/1/028_SIRINUD.pdfapplication/pdf1.72 MB2013-12-20