知的財産法政策学研究 Vol.47(2015) 327 判例研究 被告製品を改造することが不可能ではなく、かつ その方が実用的であることを理由に「にのみ」要件を 肯定し、特許法101条 4 号の間接侵害を認めた事例 ―食品の包み込み成形方法及びその装置事件― 控訴審:知財高判平成23.6.23平成22年(ネ)第10089号1 第 1 審:東京地判平成22.11.25平成21年(ワ)第1201号2 橘 雄 介 第1 総説 本稿は食品の包み込み成形方法及びその装置事件の控訴審判決の評釈 1 判時2131号109頁、判タ1397号245頁。滝澤孝臣裁判長。 同判決の評釈として次のものがある。生田哲郎=森本晋 [判批] 発明108巻10号32 頁以下 (2011年)、松田俊治=上田一郎 [判批] 知財研フォーラム87号11頁以下 (2011 年)、渡辺光 [判批] 知財管理 62巻 2 号211頁以下 (2012年)、岩瀬吉和 [判批] 現代 民事判例研究会編『民事判例 Ⅳ2011年後期』182頁以下 (日本評論社、2012年)、前 田健 [判批] 判例評論644号 (判例時報2157号) 188頁以下 (2012年)、森本純=大住洋 [判批] 知財ぷりずむ10巻112号59頁以下 (2012年)、田中成志 [判批] 中山信弘=斉 藤博=飯村敏明編『牧野利秋先生傘寿記念論文集 知的財産権 法理と提言』321頁 以下 (青林書院、2013年)、中山一郎 [判批] 新・判例解説 Watch 12号245頁以下 (2013 年)、筧圭 [判批] 発明110巻 4 号52頁以下 (2013年)、小栗久典 [判批] 中山信弘=塚 原朋一=大森陽一=石田正泰=片山英二編『竹田稔先生傘寿記念 知財立国の発展 へ』105頁以下 (発明推進協会、2013年)、牧野知彦 [判批] CIPIC ジャーナル222号14 頁以下 (2014年)。 原告及び控訴人の訴訟代理人弁護士の立場からコメントしたものとして、木村耕太 郎「知財弁護士の本棚」(2012年 2 月10日)(http://ameblo.jp/kimuralaw/day-20120210.html)。 2 裁判所 HP。阿部正幸裁判長。 判例研究 328 知的財産法政策学研究 Vol.47(2015) である。 本件の状況を 簡略化していう と、原告はパン等 の製造機器のメ ーカーであり、製 造機器でパン等 を作る方法につ いての特許権を 有していた。他方、被告もメーカーであり、自らパン等を作っていたわけ ではなかった(作っていたのは被告装置のユーザーである。)(参照、上図)。 そこで、101条 4 号の間接侵害が主張され、被告装置の差止めや損害賠償 等が請求された。 101条 4 号によれば、被告装置が原告方法の使用「にのみ」用いる物で あることが要件となる。ところで、本件では(その状況を戯画化して表現 すると)、納品当時の被告装置は原告発明を使用しないでもパン等を作れ るものであったが、ユーザーによる改造を経れば、原告発明をも使用して パン等を作れるものになるという事情があった3。作れるパンという観点 から見ると、納品時には普通の硬さの生地のパン(あんパン等の菓子パン) のみが作れる状態であったのが、改造により硬めの生地のパン(惣菜パン 等)も作れる状態になるという状況である。とすると、被告装置には原告 方法を使用しない用途(つまり、普通の硬さの生地のパンを作る用途)が あるのであるから、素朴に考えると「にのみ」とはいい難い。しかし、控 訴審判決はこれを肯定した。 本稿では、間接侵害の成否について、主に従来の裁判例の傾向を分析し た上で、本件の控訴審判決を検討する。そして、結論として、本件の控訴 審判決は従来の裁判例の傾向か ら逸脱したもので、正当化できない、と考 えるものである。 3 実際には、本件の控訴審判決がした事実認定には曖昧な点がある(参照、前田・ 前掲注 1・193頁。また、木村・前掲注 1 [本件の「事案の内容を誤解されることが 多い」と指摘される。] も参照。)。 食品の包み込み成形方法及びその装置事件(橘) 知的財産法政策学研究 Vol.47(2015) 329 第2 事案の概要 1 原告の特許権(特許番号第4210779号) 原告の特許権はパン生地等によって餡や調理した肉等の内材を確実に 包み込み成形するという食品の包み込み成形方法についてのものであり、 その構成要件は以下のとおり分説されている(【請求項 1 】のもの。判決 中では「本件特許権 1 」、「本件発明 1 」と呼称されている。)。 1A: 受け部材〔8〕の上方に配設した複数のシャッタ片〔10〕からな るシャッタを開口させた状態で受け部材上にシート状の外皮材 〔F〕を供給し、 1B: シャッタ片を閉じる方向に動作させてその開口面積を縮小して 外皮材が所定位置に収まるように位置調整し〔参照、図40〕、 1C: 押し込み部材〔30〕とともに押え部材〔50〕を下降させて押え 部材を外皮材の縁部に押し付けて外皮材を受け部材上に保持し 〔参照、図41〕、 1D: 押し込み部材をさらに下降させることにより受け部材の開口部 〔80〕に進入させて外皮材の中央部分を開口部に押し込み外皮材 を椀状に形成するとともに外皮材を支持部材〔60〕で支持し〔参 照、図42〕、 1E: 押し込み部材を通して内材〔G〕を供給して外皮材に内材を配 置し〔参照、図43〕、 1F: 外皮材を支持部材で支持した状態でシャッタを閉じ動作させる ことにより外皮材の周縁部を内材を包むように集めて封着し 〔参照、図46〕、 1G: 支持部材を下降させて成形品〔H〕を搬送すること 1H: を特徴とする食品の包み込み成形方法。 (〔 〕内筆者)。 判例研究 330 知的財産法政策学研究 Vol.47(2015) 2 被告方法 1 の構成 被告装置 1 における動作の態様(被告方法 1 )をどのような構成として特定するかについ ては争われている。その中心的な争点は、ノズ ル部材(本件発明 1 の「押し込み部材」に相当 する。)がどの程度生地に進入して、生地を窪 ませるのかという点であった。 少なくとも、上記の実施例の図のような深さ までは下降しないものであったが(参照、右の 被告装置における内材供給等の工程の図)、原 告は 7 mm以上下降するとし、他方、被告は 1 mm 以下に進入できないと主張していた(主に構成要件 1D「押し込み部材」 及び「椀状に形成する」に関わる。)。 3 無効審判 本訴とは別に被告が請求人となって無効審判請求がされているが、不成 食品の包み込み成形方法及びその装置事件(橘) 知的財産法政策学研究 Vol.47(2015) 331 立審決がされ、それに対する取消訴訟も請求棄却で確定している(知財高 判平成23.1.11平成22年(行ケ)第10058号)。 第3 争点 争点は、①本件特許権 1 についての101条 4 号の間接侵害の成否(争点 1 )、②本件特許権 2 についての侵害(文言侵害ないし均等侵害)の成否(争 点 2 )、③進歩性欠如の有無(争点 3 )、④原告の損害額(争点 4 )である。 争点 2 から 4 は本稿では詳しくは扱わない。 第4 訴訟の経緯 第 1 審判決は、被告方法 1 は本件発明 1 を充足しないとして、直接実施 を否定し、間接侵害を否定した(請求全部棄却)。 これに対して、原告が控訴した。控訴審判決は、被告方法 1 について充 足性を肯定し、101条 4 号の間接侵害を肯定している。また、無効論を排 斥し4、結論として、被告製品の製造、販売等の差止め及び廃棄並びに約 1,766万円の損害賠償の支払い5を命じた(控訴認容、請求一部認容)6。 4 被告が本訴における無効理由と同一の理由を主張した前記無効審判について、請 求不成立審決が確定している点を理由としている。 5 損害論については、原告が102条 2 項に基づく損害額の推定を主張したのに対して、 被告がこの主張を認めたため、争いはなかった。 6 なお、上記被告装置 1 のほかに被告装置 2 及び 3 についても間接侵害の主張がさ れている。特に、被告装置 2 は、本件発明 1 が押し込み部材等を下降させるのに対 して、載置部材 (本件発明 1 の「受け部材」に相当する。) が上昇するものであった。 そのため、均等論が争点となっている (構成要件 1C及び 1Dに関わる。)。結論とし て、控訴審判決は、均等論を認め、方法の発明について101条 4 号の間接侵害を認 めている。 また、原告は上記成形方法【請求項 1 】に用いる食品の包み込み成形装置【請求 項 2 】についての特許権に基づく請求もしていた (判決中では「本件特許権 2 」、「本 件発明 2 」と呼称されている。)。具体的には、間接侵害ではなく文言侵害又は均等 侵害を主張していた。結論として、控訴審判決は文言侵害 (被告装置 1 及び 3 ) ない 判例研究 332 知的財産法政策学研究 Vol.47(2015) この控訴審判決に対して上告がされたが、上告棄却及び上告不受理決定 が確定している(最決平成24.3.13平成23年(オ)第1603号、平成23年(受) 第1810号)。 以下では、被告方法 1 の間接侵害の成否について、第 1 審判決及び控訴 審判決の判示を紹介する。 第5 第 1 審判決 1 間接侵害の成否について (1)被告装置 1 の構成 「原告は、……被告方法 1 におけるノズル部材 4 は……生地Fに深く進 入するものであり、ノズル部材 4 によって生地Fが椀状に形成されるもの であると主張する。/また、原告は、同人の主張を裏付ける証拠として、 ……原告が製造販売している包餡成形装置を使用し、被告装置と同じサイ ズに原告が成形したノズル部材等を用いて、原告においてノズル部材 4 の 動作に関する実験(以下『本件実験』という。)を行った際の実験報告書 ……及び……本件実験の状況を撮影した DVD……を提出する。」。「しかし ながら、本件実験は、原告が製造販売している包餡成形装置(MH-1)を 使用して行われたものであり、被告装置 1 そのものを用いた実験ではない ので、同実験の結果から直ちに、被告装置 1 において、ノズル部材 4 が載 置部材の下面より深く進入しない限り生地を正常に成形することができ ないものと認めることは、困難である。」。 「むしろ、証拠〔被告が撮影した、被告装置 1 の動作を撮影した DVD な どの証拠〕……によれば、……ノズル部材 4 の下端部を生地Fの中央部分 に形成された窪みに当接させる状態で、又は、せいぜい、ノズル部材 4 の 下端部を生地Fに接触させ、生地Fをノズル部材 4 の下端部の形状に沿う 形にわずかに窪ませる程度の状態で、これを停止させ、その後に、ノズル 部材 4 から内材を供給することにより、内材の吐出圧によって生地Fを椀 状に膨らませる(椀状に形成する)構成となっていることが認められる。」 (〔 〕内筆者)。 し均等侵害 (被告装置 2 ) を認めている。 食品の包み込み成形方法及びその装置事件(橘) 知的財産法政策学研究 Vol.47(2015) 333 「また、原告は、被告の主張する……方法では、かえって、生地にかか る張力が均一にならず、最終製品の形状が安定しない問題が生じるとも主 張するものの、同主張を裏付けるに足りる客観的な証拠はない。/したが って、被告方法 1 においてノズル部材 4 が生地Fに深く進入していると認 めることはできない。」。 (2)「押し込み部材」の解釈 「原告は……ノズル部材 4 が生地Fを押し込むことによって、生地Fを ノズル部材 4 の先端形状に沿う形(椀状)に形成しているものであるから、 ノズル部材 4 は本件発明 1 における『押し込み部材』に相当するとも主張 する。」。 「しかしながら『椀、』とは、『汁・飯などを盛る木製の食器・多くは漆 塗で蓋がある。』という意味を有するものである(乙30)から……〔上記 主張の〕程度のことをもって、『椀状に形成する』に当たると解すること は、『椀』という語の通常の用法に沿うものとは認められない。」(〔 〕内筆 者)。 「また、本件明細書の発明の詳細な説明中には、以下の記載が存在する。 ……【発明の効果】……『……押し込み部材を通して内材を供給している ので、押し込み部材の上昇に伴って外皮材が収縮するのを防ぐことができ ると共に、外皮材の形状形成と内材の供給を短時間に効率良く行なうこと が可能となる。……』……上記明細書の発明の詳細な説明中の記載からす ると、……押し込み部材を通じて内材を供給することの技術的意義は、押 し込み部材の上昇に伴い外皮材が収縮するのを防ぐとともに、外皮材の形 状形成と内材の供給を短時間に効率よく行うことを可能とし、内材の吐出 による外皮材の必要以上の伸びを防ぐことができるようにすることにあ ると認められる。」。 「そうすると、本件発明 1 における『押し込み部材』とは、……同部材 によって、外皮材を成形品の高さと同程度の深さに『椀』形の形状に形成 し、同部材によって形成された椀状の部分の中に内材が吐出されるものを 意味すると解するのが相当である。/したがって、被告装置 1 におけるノ ズル部材 4 は、本件発明 1 の『押し込み部材』には当たらないというべき である。」。「よって、被告方法 1 は、本件発明 1 の構成要件を充足しない。」。 判例研究 334 知的財産法政策学研究 Vol.47(2015) 2 結論 第 1 審判決は以上のように述べて、原告の請求を全部棄却した。 第6 控訴審判決 1 被告方法 1 による本件特許権 1 の間接侵害の成否 (1) 構成要件 1Dの充足性 ア 構成要件「椀状に形成する」の解釈 「構成要件 1Dは、……押し込み部材が下降し外皮材を開口部に押し込む ことにより、外皮材を椀状に形成するものであるが、特許請求の範囲には それ以上、『椀状』の具体的態様を限定していない。」。 本件明細書の「記載によると、本件発明 1 においては、押し込み部材を 一定程度深く進入させるために『外皮材が必要以上に下方に伸びてしま う』おそれがあり(【0009】)、また『内材の吐出による外皮材の必要以上 の伸び』があるおそれもあるため(【0010】)、それを防ぐために外皮材を 支持部材で支持するものである。……同様に、押し込み部材を一定程度深 く進入させるからこそ、『押し込み部材の上昇に伴って外皮材が収縮する』 おそれがあり、本件発明 1 においては、それを防ぐために押し込み部材を 通して内材を供給するものである(【0010】)。このように、本件発明 1 の 押し込み部材は、外皮材を支持部材で支持し内材を供給するため、開口部 に一定程度の深さで進入するものと解される。」。「なお、特許技術用語と しては、……浅いか深いかを問わずに『椀状』との用語を用いていること が認められる。」。 「以上によれば、……『椀状に形成する』ことの意義は、……押し込み 部材が一定程度の深さまで下降することによって、外皮材を押し込み部材 の先端形状に沿った『椀状』の形状に形成させるようにし、内材の配置及 び封着ができるようにしたことにあるというべきである。そして、『椀状』 の程度については、……原判決が認定するように『成形品の高さと同程度 の深さ』というほど深いものである必要はなく、その後内材の配置及び封 着ができるものであれば足り、浅いか深いかを問わないものということが できる。」。 食品の包み込み成形方法及びその装置事件(橘) 知的財産法政策学研究 Vol.47(2015) 335 イ 被告方法 1 の構成 「被控訴人は、被告方法 1 は、……ノズル部材の下面が、最大でも、載 置部材の下面から 1 ㎜しか突出することができない構造となっていると 主張する。」。 「他方、控訴人は、被告装置 1 を入手し、その構成を確認してノズル部 材の昇降位置を調整して内材を生地により包み込み封着する事実実験を、 平成23年 2 月23日公証人に嘱託して実施し、その結果を記載した事実実験 公正証書(甲26)を提出した。それによれば、被告装置 1 のノズル部材は、 載置部材の開口部下面から口金の下面位置までの深さが 7 ㎜の位置まで 下降でき、その深さまで進入させることができること、また、ノズル部材 は支持枠体から簡単に取り外すことができ、長いものに交換することが可 能な構造となっており、それにより深さを15㎜とすることも可能であるこ とが認められる。」。 「そして、ノズル部材の先端を載置部材の下面より 1 ㎜しか下降させな い場合、普通の硬さの生地であればほぼ正常に成形することができるもの の、硬めの生地については、封着動作の際に内材が漏れ出してしまい、う まく成形することができないのに対し、ノズル部材を載置部材の下面より 10㎜のところまで下降させた場合は、普通の硬さの生地でも硬めの生地で もほぼ正常に成形することができ、様々な生地の種類及び内材の種類の組 合せで成形を行う場合は、下降位置を深くした方が確実に対応することが できる」。「このことからすれば、……被告方法 1 のノズル部材の下降位置 を 1 ㎜ではなく、7 ㎜にするなど下降位置を深くすることにより、その実 用的価値を高めることが可能である。」。 「そうすると、被告方法 1 は、ノズル部材を下降させることにより、そ の下端を載置部材の開口部に、下面から深さ 7 ないし15㎜の位置まで進入 させることができ、これにより、生地の中央部を押し込み、生地にノズル 部材の先端形状に沿った窪みを形成するとともに、生地を載置部材で支持 するものということができる。」。 ウ 充足性 「浅いか深いかを問わずに構成要件 1Dの『椀状』ということができるこ とに照らすと、被告方法 1 において、ノズル部材の下端を載置部材の開口 判例研究 336 知的財産法政策学研究 Vol.47(2015) 部に、下面から深さ 7 ないし15㎜の位置まで進入させることにより、生地 の中央部に形成した窪みも、『椀状』ということができる。」。「よって、被 告方法 1 は、構成要件 1Dを充足する。」。 (2)間接侵害の成否 「特許法101条 4 号……が、特許権を侵害するものとみなす行為の範囲を、 『その方法の使用にのみ用いる物』を生産、譲渡等する行為のみに限定し たのは、そのような性質を有する物であれば、それが生産、譲渡等される 場合には侵害行為を誘発する蓋然性が極めて高いことから、特許権の効力 の不当な拡張とならない範囲でその効力の実効性を確保するという趣旨 に基づくものである。このような観点から考えれば、その方法の使用に『の み』用いる物とは、当該物に経済的、商業的又は実用的な他の用途がない ことが必要であると解するのが相当である。 被告装置 1 は、前記のとおり本件発明 1 に係る方法を使用する物である ところ、ノズル部材が 1 ㎜以下に下降できない状態で納品したという被控 訴人の前記主張は、被告装置 1 においても、本件発明 1 を実施しない場合 があるとの趣旨に善解することができる。 しかしながら、同号の上記趣旨からすれば、特許発明に係る方法の使用 に用いる物に、当該特許発明を実施しない使用方法自体が存する場合であ っても、当該特許発明を実施しない機能のみを使用し続けながら、当該特 許発明を実施する機能は全く使用しないという使用形態が、その物の経済 的、商業的又は実用的な使用形態として認められない限り、その物を製造、 販売等することによって侵害行為が誘発される蓋然性が極めて高いこと に変わりはないというべきであるから、なお『その方法の使用にのみ用い る物』に当たると解するのが相当である。被告装置 1 において、ストッパ ーの位置を変更したり、ストッパーを取り外すことやノズル部材を交換す ることが不可能ではなく、かつノズル部材をより深く下降させた方が実用 的であることは、前記のとおりである。そうすると、仮に被控訴人がノズ ル部材が 1 ㎜以下に下降できない状態で納品していたとしても、例えば、 ノズル部材が窪みを形成することがないよう下降しないようにストッパ ーを設け、そのストッパーの位置を変更したり、ストッパーを取り外すこ とやノズル部材を交換することが物理的にも不可能になっているなど、本 食品の包み込み成形方法及びその装置事件(橘) 知的財産法政策学研究 Vol.47(2015) 337 件発明 1 を実施しない機能のみを使用し続けながら、本件発明 1 を実施す る機能は全く使用しないという使用形態を、被告装置 1 の経済的、商業的 又は実用的な使用形態として認めることはできない。したがって、被告装 置 1 は、『その方法の使用にのみ用いる物』に当たるといわざるを得ない。」。 (3)小括 「以上のとおり、被告装置 1 の製造、販売及び販売の申出をする行為は、 本件特許権 1 を侵害するものとみなされる。」。 2 結論 控訴審判決は以上のように述べて、結論として、控訴人(原告)の請求 を一部認容した。 第7 間接侵害についての検討 1 問題の所在 控訴審の判示によれば、被告装置は納品時にはノズル部材が生地に 1 mm しか進入しないものであったことは否定されていない。そして、この構成 では原告発明を充足しないことが前提とされている。また、この状態でも 普通の硬さの生地(「あんパン等の菓子パンに使用されるもの」と主張さ れている。)であればほぼ正常に成形することができると認定されている。 すなわち、被告装置には特許権を侵害しない用途もあり得たことになるか ら、これを侵害とすれば、適法な用途を制約しかねない。 他方で、控訴審の判示によれば、被告装置のノズル部材が生地に 7 mmな いし15mm進入するようにすることは不可能ではなく、かつその方が硬めの 生地(「惣菜パン等に使用されるもの」や「フランスパン」の生地が主張 されている。)でもほぼ正常に成形することができて、実用的と認定され ている。とすると、ある程度のユーザーは原告発明を侵害する態様で被告 装置を利用していたかもしれないため、被告装置を侵害に問うことは直接 侵害の抑止や原告の救済に役立つことになる。もっとも、ユーザーが被告 製品を改造する場合も含めて侵害の責任を問えば、被告に不測の損害を与 えかねない。 判例研究 338 知的財産法政策学研究 Vol.47(2015) 本件の裁判所には、以上の両極の問題意識が101条 4 号の解釈及びあて はめという形で問われたものと思われる7。そこで、以下では、控訴審判 決が取り組んだ101条 4 号の解釈及びあてはめについて検討する。 2 101条の間接侵害規定の経緯 (1)昭和34年法の制定からその運用まで 昭和34年に現行特許法(昭和34年法)が制定された。これにより間接侵 害規定が初めて設けられた8。これは現101条 1 、4 号に相当するものであ り(当時は101条 1 、2 号。)、物の発明であればその物の生産にのみ用いる 物(当時は「使用する物」)の生産等を侵害とみなすものである。 その後、この規定が運用される。その中で特に問題となったことは被告 製品が多機能品である場合に間接侵害を認め難いことである。たとえば、 東京地判昭和56.2.25判時1007号72頁[一眼レフレックスカメラ]は間接 侵害の成立を否定している(詳しくは後述する。)。このような判決を受け て、間接侵害は認められにくいとの指摘が広まった9。 他方で、ソフトウェア関連発明におけるモジュールについて、これは汎 用性があるために間接侵害規定では保護が困難だとの指摘もされた10。ま た、主観的要件と客観的要件を設ける欧米の規定と比較して、日本の間接 侵害規定は異質であるとの認識も持たれていたようである11。 以上のような問題意識のもと、「行為者の主観を新たに要件として加え、 その代わりに、『のみ』という客観的要件を緩和する新たな間接侵害の類 7 もっとも、本件では特定論の事実認定が重要であり、法律論は二の次との指摘が されている (木村・前掲注 1 )。 8 特許庁総務部総務課制度改正審議室編『平成14年改正 産業財産法の解説』(発明 協会、2002年) 21頁。 9 参照、特許庁編・前掲注 8・23頁、竹田和彦『特許の知識 〔第 8 版〕-理論と実際』 (ダイヤモンド社、2006年) 374-375頁、中山信弘=小泉直樹編『新・注解特許法【下 巻】』(青林書院、2011年) 1474頁 [渡辺光執筆]。 10 産業構造審議会 知的財産政策部会「ネットワーク化に対応した特許法・商標法 等の在り方について」(2002年) 34頁。参照、特許庁編・前掲注 8・24頁、竹田・前 掲注 9・375頁、中山ほか編・前掲注 9・1474頁 [渡辺光執筆]。 11 特許庁編・前掲注 8・23・25頁、竹田・前掲注 9・375-376頁。 食品の包み込み成形方法及びその装置事件(橘) 知的財産法政策学研究 Vol.47(2015) 339 型を追加し、適切な権利保護が図られるようにすべきであるとの指摘がな されていた。」12。 (2)平成14年改正 そこで、平成14年に101条が改正された。改正事項は複数あるが、大き な改正として、現101条 2 、5 号に当たる規定が新設された。主観的要件と 客観的要件を付した間接侵害規定の導入である13。 3 「にのみ」要件の解釈 (1)より抽象的な基準 101条 1 、4 号の「にのみ」は日本語としては難解ではないが、解釈に当 たっては問題が指摘されている。すなわち、これを文言に忠実に解すると 成立範囲が狭くなる一方、広く解すると特許権の効力が過度に拡張し、侵 害の外縁が不明確になってしまうという危険があることが指摘されてい る14。 そこで、多くの裁判例及び学説は他用途を限定的に解して、他用途があ るというためには経済的、商業的ないし実用的な他の用途が必要であると の見解を採用している15。本件の控訴審判決もこの見解を踏襲している。 12 特許庁編・前掲注 8・24頁。 13 特許庁編・前掲注 8・25頁。 14 竹田稔『知的財産権訴訟要論(特許・意匠・商標編)〔第 6 版〕』(発明推進協会、 2012年) 174頁、松田=上田・前掲注 1・15頁、東海林保「間接侵害」牧野利秋=飯 村敏明=髙部眞規子=小松陽一郎=伊原友己編『知的財産訴訟実務体系Ⅰ-知財高 裁歴代所長座談会、特許法・実用新案法(1)』352頁以下 (青林書院、2014年) 353頁。 15 学説は、吉藤幸朔〔熊谷健一補訂〕『特許法概説〔第13版〕』(有斐閣、1998年) 458-459 頁、中山信弘『特許法〔第 2 版〕』(弘文堂、2012年) 415頁、田村善之『知的財産法 〔第 5 版〕』(有斐閣、2010年) 262頁、竹田・前掲注14・176頁、高林龍『標準 特許 法〔第 5 版〕』(有斐閣、2014年) 168頁、中山ほか編・前掲注 9・1481頁 [渡辺光執 筆]。裁判例は、大阪地判昭和54.2.16判時940号77頁 [壁面接着施工法]、前掲東京 地判昭和56.2.25 [一眼レフレックスカメラ]、大阪地判平成12.9.19判例工業所有権 法〔 2 期版〕5473の243頁 [折り畳み式可動門扉] [但し、直接は実用新案法28条に ついての説示。]、大阪地判平成12.10.24判タ1081号241頁 [製パン器]、大阪地判平 判例研究 340 知的財産法政策学研究 Vol.47(2015) 成13.10.9平成10年(ワ)第12899号、平成11年(ワ)第13872号 [電動式パイプ曲げ装 置]、知財高判平成25.4.11判時2192号105頁 [生海苔異物分離除去装置における生海 苔の共回り防止装置 2 審]。 より明確に、使用の実績を要するとするものとして、京都地判平成12.7.18平成 8 年(ワ)第2766号 [五相ステッピングモータの駆動方法]。 なお、歴史的には規範に変遷がある。本文で検討するように、現在の裁判例の主 流は、他用途の実用性を問題とした上で、被告製品が何の用途に向けて製造販売さ れているかという事情に着目するものである(同旨、増井和夫=田村善之『特許判 例ガイド〔第 4 版〕』(有斐閣、2012年) 196頁 [田村善之執筆])。これに対して、初 期の裁判例の中には、被告製品の構成自体を見て、それがどのような用途に使用可 能であるかという事情に着目するものがあった。たとえば、大阪地判昭和47.1.31 無体集 4 巻 1 号 9 頁 [チューブマット] [原告考案はチューブマットに関するもの であり、他方、被告製品は繊維屑を圧縮するなどして丸棒状にした芯であり、原告 発明のチューブマットに関する構成要件を欠いていた。裁判所は、「にのみ」とは 被告製品が「その流通に置かれた態様から、当該実用新案に係る物品の製作にのみ 使用されるというだけではなく、およそその物一般が客観的に……他の用途に供せ られることが知られていない物であることを要する」とした上で、被告製品は「チ ユーブマツト一般の芯材として用いられるのは勿論、別の技術分野に属する手提鞄 の提手、蚊帳の吊手、海底において用いるケーブルの中等の芯にも用いられるもの である」として、101条 1 号の間接侵害を否定した(請求全部棄却)。]や、東京地判 昭和50.11.10無体集 7 巻 2 号426頁 [オレフィン重合触媒製造方法] [原告発明は、 要は、4 塩化チタンを①部分的に還元し、③それをアルミニウムアルキル化合物に より活性化する方法 (甲)、また、②上記①で還元したものを乾式ミル粉砕し、③’ それをアルミニウムアルキル化合物により活性化する方法(乙)である。他方、被告 製品は上記①及び②の工程で得られたものであり、上記③ないし③’の工程は被告製 品のユーザーが行っていた。裁判所は、他用途について、被告の実験的な試みなど を根拠に、被告製品は「六価クロムの除去という他の用途にも使用し得る」ことな どを認めて、平成14年改正前101条 2 号の間接侵害を否定した(請求全部棄却)。]を 指摘できる。つまり、他用途の範囲は歴史的に狭く解されてきている。 しかし、被告製品が原告発明の実施にのみ向けられたものであるなら、これを差 し止めても被告の適法用途の自由を害しない(前掲大阪地判昭和47.1.31 [チューブ マット] の立場について、間接侵害が認められる範囲が狭すぎると批判するものと して、松尾和子「間接侵害(1)-間接侵害物件」牧野利秋編『工業所有権訴訟法』 258頁以下 (裁判実務大系 9 巻、青林書院、1985年) 265頁、前田・前掲注 1 )191頁。)。 仮に、使用可能性のある他用途の自由が気になるのなら、本文で紹介する前掲京都 食品の包み込み成形方法及びその装置事件(橘) 知的財産法政策学研究 Vol.47(2015) 341 (2)より具体的な基準 もっとも、「『経済的・商業的・実用的な他の用途がないこと』の具体的 な判断基準は必ずしも明らかとはなっていない」こと16や、平成14年改正 後は、特に被告製品が多機能品である場合には101条 2 、5 号の間接侵害の 成立範囲との重複の問題が生じること17が指摘されている。そこで、具体 的にどのように他用途の有無を判断するかについていくつかの見解が示 されている。 ア 厳格な基準 第 1 に、被告製品に現実に非侵害の用途があれば「にのみ」を満たさな いとする見解がある18。同様の立場を採用したと思われる裁判例として前 掲東京地判昭和56.2.25[一眼レフレックスカメラ]がある。 これは、原告が被告が被告製品を製造販売する行為は原告特許権を間接 侵害(101条 1 号)するものであるとして、被告製品の製造販売の差止め 等を請求した事案である。原告発明は「自動プリセット絞式一眼レフレッ クスカメラ」とクレイムされていた。被告製品は交換レンズであり(参照、 右図)、①原告発明のカメラ及び②それ以外のカメラに装着できた。もっ とも、被告製品のプリセット絞レバー 1 は侵害にのみ用いる部分であり、 原告発明のカメラ以外のカメラに装着すると遊んでしまうという事情も あった。裁判所は、101条 1 号の他用途とは「社会通念上経済的、商業的 地判平成12.7.18 [五相ステッピングモータの駆動方法] のように、カタログ等の記 載の変遷という事情を参酌する方策もある。現在の裁判例の主流の考え方が実質的 にも妥当と思われる。 16 森本=大住・前掲注 1・71頁。 17 東海林・前掲注14・353頁。同様の指摘として、茶園成樹「知的財産法判例の動 き」『平成23年度重要判例解説』273頁以下 (別冊ジュリスト1440号、有斐閣、2012 年) 274頁、松村信夫「平成14年特許法改正後の専用品型間接侵害」別冊パテント12 号 1 頁以下 (2014年) 7 - 8 頁。 18 増井=田村・前掲注15・193・198・200頁 [田村善之執筆]、田村善之=時井真『ロ ジスティクス知的財産法Ⅰ 特許法』(信山社、2012年) 40頁。示唆的なものとして、 羽柴隆「間接侵害について (その 4 )」特許管理28巻10号1115頁以下 (1978年) 1126-1128頁。 判例研究 342 知的財産法政策学研究 Vol.47(2015) ないしは実用的であると認められる 用途であることを要する」。原告発明 以外のカメラに装着される場合にお いて、「プリセツト絞レバー……が使 用されることなく遊んでしまいその 機能を果たさないというだけのこと であつて、被告製品は、それぞれ、 交換レンズ……としての役目は十分 に果たし、全体として外光測光方式 のカメラ、測光機能を有しないカメラ……として使用することができるの であり、……右各場合に被告製品の装着されるカメラが現に市販され、最 終需要者によつてそのカメラ本体に被告製品が装着されて使用されてい る事実が存することが認められ」るとして、間接侵害を否定した(請求全 部棄却)。 この判決が厳格なものであると考えられている理由として次の点が指 摘されている。すなわち、被告製品を原告発明のカメラに装着した場合に はプリセット絞レバーが遊んでしまうのであるから、非侵害用途にとって この部分は無関係であり、差止めを認めた上で、取り外させてもよかった と指摘されている19。つまり、差止めを認めてもよいとの利益衡量にもか かわらず、現実の他用途を考慮して形式的に間接侵害を否定した点で、厳 格な判決だと理解されているのである。 なお、この厳格な基準によれば、次に紹介する製パン器事件は例外的な 裁判例として位置付けられる20。 イ 製パン器基準 第 2 に、適法用途の機能のみを使用し続けながら侵害用途の機能は全く 19 中山信弘 [東京地判昭和56.2.25判批] ジュリ820号96頁以下 (1984年) 97-98頁。 「差止請求に関しては、傾聴に値する指摘である」とするものとして、田村善之 [東 京地判昭和56.2.25判批] 中山信弘=相澤英孝=大渕哲也編『特許判例百選〔第 3 版〕』164頁以下 (有斐閣、2004年) 165頁。 20 増井=田村・前掲注15・200頁 [田村善之執筆]。 食品の包み込み成形方法及びその装置事件(橘) 知的財産法政策学研究 Vol.47(2015) 343 使用しない使用形態が経済的、商業的又は実用的でない場合には「にのみ」 に当たるとする見解がある。これは大阪地判平成12.10.24判タ1081号241 頁[製パン器]が提示した基準である(以下「製パン器基準」と呼ぶこと がある21。)。この基準はやや分かりづらいが、①専ら非侵害用途にのみ用 いるかどうかを判断する基準、ないし②ユーザーがいずれ侵害用途に用い ることがあるかどうかを判断する基準などと説明されている22。 事件の内容に移ると、この事件は、原告が被告による被告製品の製造販 売は原告特許権を侵害する(平成14年改正前101条 2 号)として、差止め 及び廃棄並びに損害賠償を請求した事案である。原告発明(判決中では「権 利 2 」、「発明 2 」と呼称されている。)はタイマー付製パン器での製パン 方法の発明である23。被告製品はタイマー付製パン器であるが、①タイマ ー機能を用いた山形パンの焼成(原告特許方法の実施となる)だけでなく、 ②タイマーを使用しない山形パンの焼成方法や③(クロワッサン等の)生 地作りのみに使用する用途があった。 裁判所は次のように述べて、間接侵害を肯定した。「当該発明を実施し ない使用方法自体が存する場合であっても、当該特許発明を実施しない機 能のみを使用し続けながら、当該特許発明を実施する機能は全く使用しな いという使用形態が、当該物件の経済的、商業的又は実用的な使用形態と して認められない限り、……なお『その発明の実施にのみ使用する物』に 当たると解するのが相当である。……被告は、権利 2 の対象被告物件にお いて、タイマー機能及び焼成機能を重要な機能の一つと位置づけていると 認められ、また、使用者たる一般消費者から見ても、製パン器という物の 21 「その他の用途のみ説」と呼称するものとして、松田=上田・前掲注 1・16頁。 22 参照、窪田英一郎「間接侵害について」牧野利秋=飯村敏明=三村量一=末吉亙 =大野聖二編『知的財産法の理論と実務 第 1 巻〔特許法[I]〕』198頁以下 (新日本 法規出版、2007年) 202頁、小泉直樹=駒田泰土編著『知的財産法演習ノート〔第 3 版]-知的財産法を楽しむ23問』(弘文堂、2013年) 70頁 [宮脇正晴執筆]、東海林・ 前掲注14・356-357頁。 23 その技術的思想は、要は、予め材料を製パン器内に入れておく際に、簡単な構造 でイースト菌が水に浸されないようにするために (浸されると発酵しなくなる。)、 イースト菌と水の間にパン材料(水が浸透しづらい) を挟むという構成を採用し、も って装置の構成を簡単なものとした点にある。 判例研究 344 知的財産法政策学研究 Vol.47(2015) 性質上、タイマー機能や焼成機能……の存在が需要者の商品選択上の重要 な考慮要素となり、顧客吸引力の重要な源となっていることは容易に想像 がつくことである。/そうすると、タイマー機能及び焼成機能が付加され ている権利 2 の対象被告物件をわざわざ購入した使用者が、同物件を、タ イマー機能を用いない使用や焼成機能を用いない使用方法にのみ用い続 けることは、実用的な使用方法であるとはいえず、その使用者がタイマー 機能を使用して山形パンを焼成する機能を利用することにより、発明 2 を 実施する高度の蓋然性が存在するものと認められる。/したがって、権利 2 の対象被告物件に発明 2 との関係で経済的、商業的又は実用的な他の用 途はないというべきであり、同物件は、権利 2 の実施にのみ使用する物で あると認められる。」。結論として、請求を一部認容し、日本国内向けの製 造、販売等の差止め等を認容している。 製パン器基準及び同判決の侵害という結論には批判が強い。たとえば、 製パン器基準自体についての批判として、「にのみ」という条文の文言か ら逸脱するという批判がされている24。そして、平成14年改正により現101 条 2 、5 号に当たる規定が新設されたことから、批判がさらに強まってい る。すなわち、多機能品について別途101条 2 、 5 号が設けられている趣 旨を没却させることになりかねないという批判がされている25。また、同 判決の結論についても、同判決は平成14年改正前のものであることに留意 すべきで、平成14年改正後は現101条 2 、5 号を用いるべきと指摘されてい る26。 24 窪田・前掲注22・202頁。同旨、前田・前掲注 1・192頁、小泉=駒田編著・前掲 注22・70頁 [宮脇正晴執筆]。 25 三村量一「2011年判例の動向 判例の動き」高林龍=三村量一=竹中俊子編『年 報知的財産法 2011』24頁以下 (日本評論社、2011年) 31頁、小泉=駒田編著・前掲 注22・70-71頁 [宮脇正晴執筆]、前田・前掲注 1・192・193頁、渡辺・前掲注 1・217 頁、中山・前掲注 1・246-247頁。考え方として提示するものとして、松田=上田・ 前掲注 1・17頁。 26 田村善之「多機能型間接侵害制度による本質的部分の保護の適否-均等論との整 合性」同『特許法の理論』129頁以下 (有斐閣、2009年 [初出は2007年])151頁、増 井=田村・前掲注15・200頁 [田村善之執筆]。同旨、横山久芳「間接侵害」法教 343号155頁以下 (2009年) 161-162頁、渡辺・前掲注 1・218頁、小泉=駒田編著・ 食品の包み込み成形方法及びその装置事件(橘) 知的財産法政策学研究 Vol.47(2015) 345 これらの批判はあるものの、製パン器基準に追随する裁判例が近年登場 している。そのひとつが本件の控訴審判決であり、その他に、東京地判平 成24.11.2判時2185号115頁[生海苔異物分離除去装置における生海苔の共 回り防止装置]がある。学説でも賛同するものがある27。 ウ 「特許発明を実施する高度の蓋然性」基準 また、製パン器基準を是認できるものとして捉えた上で、同基準の根拠 は「特許発明を実施する高度の蓋然性」の存在であるから、製パン器基準 で「にのみ」の該当性を判断する際にはこの観点から総合して判断すべき であるとする見解がある28。 エ 「合理的な購入動機」基準 近年、製パン器基準とは異なる基準を提示し、これによりある程度は裁 判例を説明できるとする見解が示されている。すなわち、実用性のある他 用途というためには非侵害用途が購入者が被告製品を買う際の合理的な 購入動機のひとつとなるようなものであることを要するとする見解があ る29。この見解の基本的な発想は次の点にある。すなわち、「にのみ」要件 の意義は直接侵害惹起の可能性の高いもののみを禁止の対象とし、かつ、 行為者の自由を過度に制限しないことにある。そして、合理的な人が入手 等の動機としない選択肢について、「直接侵害惹起の危険性は極めて高い 一方で、合理的でない選択肢までをも行為者の自由として保証する必要性 は薄い。」とされる30。 前掲注22・70頁 [宮脇正晴執筆]、松村・前掲注17・10頁。 27 緒方延泰 [大阪地判平成12.10.24判批] 中山信弘=大渕哲也=小泉直樹=田村善 之編『特許判例百選〔第 4 版〕』146頁以下 (有斐閣、2012年) 147頁、牧野・前掲注 1・25頁。 28 松田=上田・前掲注 1・19-20頁。同旨、森本=大住・前掲注 1・72頁。 29 前田・前掲注 1・191・192頁。同旨、東海林保「いわゆる専用品型間接侵害と 多機能型間接侵害の適用範囲に関する実務的考察」中山ほか編・前掲注 1『竹田 傘寿』226頁。 30 前田・前掲注 1・191頁。 判例研究 346 知的財産法政策学研究 Vol.47(2015) そして、この見解によれば、製パン器事件「の事案では他用途『も』使 用するために被告装置を購入することは合理的な選択肢」なため、侵害と すると「行為者の自由が制限されてしま」い得るから、侵害とする判旨に 賛成しないとされる31。 (3)裁判例 ア 裁判例の分析の基準について 前述した各基準のように、一定の基準で裁判例の分析を試みるものがあ る。分水嶺は製パン器事件の位置付けであり、前述のとおり、厳格な基準 や「合理的な購入動機」基準はこれを例外と位置付けるが、「特許発明を 実施する高度の蓋然性」基準はこれを是認するものである。もっとも、詳 しくは後述するが、製パン器事件を説明可能な基準でも例外的な裁判例は 存在する。その意味では、現在の裁判例の傾向は二元的と思われる。 本稿では(最も拡大的な)製パン器事件を説明可能な観点から裁判例を 分析した上で、表題の事件の位置付けを検討する。結論を先取りすると、 これまでの裁判例の蓄積によれば、仮に多機能品であっても、被告製品の ユーザーがいずれは特許発明を実施するような場合には101条 1 、 4 号の 間接侵害を認め、他方、被告製品のユーザーの中に最後まで特許発明を実 施しない者がいるような場合には同号の間接侵害が否定されるとの傾向 が看取できるように思われる32。 以下では、この点について検討するが、裁判例間の比較の便宜上、裁判 例を被告製品と別の部品等を組み合わせるタイプの事案と被告製品の機 能を侵害用途と非侵害用途に切り替えられるタイプの事案とに分けて検 討する。 31 前田・前掲注 1・192頁。 32 なお、「特許発明を実施する高度の蓋然性」基準は表題の事件の控訴審判決につ いて、「ユーザーが改造を現実には行わないというケースが一定割合で想定される、 又は、現に存在しているのであれば、いずれ当該特許発明を必ず実施するはずであ るとはいえず、『本件発明を実施する高度の蓋然性』が認められないのではないか。」 としており (松田=上田・前掲注 1・22頁注28)、同基準も、総合衡量の結果として、 本文の観点を重視していると思われる。 食品の包み込み成形方法及びその装置事件(橘) 知的財産法政策学研究 Vol.47(2015) 347 イ 被告製品と別の部品等を組み合わせるタイプの事案 (ア) 非侵害とした裁判例 このタイプの事案で非侵害としたものとして、前掲東京地判昭和 56.2.25[一眼レフレックスカメラ]を指摘し得る。すなわち、被告製品 は原告発明のカメラ以外のカメラにも装着できたため、実用的な他用途が 認められた。この事案では、問題となっているのがカメラの交換レンズで あるため、購入時に、非侵害のカメラに使うユーザーと原告発明のカメラ に使うユーザーとに分かれ得たものと思われる。 同様の位置付けができる事案として、東京地判平成4.11.18判タ812号 239頁[部分かつら]33、大阪地判平成12.9.19判例工業所有権法〔 2 期版〕 5473の243頁[折り畳み式可動門扉]34、大阪地判平成13.10.9平成10年(ワ) 第12899号、平成11年(ワ)第13872号[電動式パイプ曲げ装置]35、大阪地判 平成25.2.21平成20年(ワ)第10819号[微粉除去装置方法および装置]及 び知財高判平成26.3.27平成25年(ネ) 10026号[微粉除去装置方法および 33 被告製品はかつらに付設するストッパー(M3 ピン)であり、原告発明は部分かつ らの発明だった事案である。裁判所は、「部分かつらにおいては、……かつら本体 に植設された毛髪と自毛との差異をなくし、又は少なくする必要があり、……この ような困難を回避するため、全かつらを使用することにも全く理由がないとはいえ ない。/そうすると、……『全かつら』にも使用されるものであるとの主張も一応 の合理性がある」として、101条 1 号の間接侵害を否定した (別途直接侵害を認めて、 請求自体は一部認容している。)。 34 被告製品はパネルを備えない折り畳み式可動門扉であり、別売りのパネルを取り 付けると原告発明を構成するという事案で、裁判所は、「イ号物件の広告用チラシ には、……《特長》として、『風圧を考えてクロスゲートで、又、場内を視界から シャットアウトするパネル付きと 1 台 2 役を演じます』……と記載されていること が認められる。右事実からすれば、……イ号物件の購入者において……もっぱらパ ネルなしのクロスゲートとして使用することも十分ある得る〔ママ〕ところであ」る として、実用新案法28条の間接侵害を否定した(パネル付のロ号製品について直接 侵害を認めて、請求一部認容。)。 35 一般に直管ベンダーには①電動式と②手動式があり、原告発明は電動式であった 事案で、被告製品のうちシュー及びガイドは上記②の手動式にも使えることから、 101条 1 号の間接侵害を否定した (別途、複数の被告製品の同時販売について直接侵 害を認めて、請求一部認容。)。 判例研究 348 知的財産法政策学研究 Vol.47(2015) 装置 2 審]36、並びに、東京地判平成25.3.13平成23年(ワ)第34272号[板 金用引出し具]及び知財高判平成25.10.17平成25年(ネ)第10042号[板金 用引出し具 2 審]37がある。 また、同一の被告製品について、侵害と非侵害の両方が認定された特徴 的な裁判例として、京都地判平成12.7.18平成 8 年(ワ)第2766号[五相ス テッピングモータの駆動方法]及び大阪高判平成14.8.28平成12年(ネ)第 3014号、平成12年(ネ)第3015号[五相ステッピングモータの駆動方法 2 審] を指摘できる。原告発明は方法の発明であり、平成14年改正前101条 2 号 が主張された事案である。被告製品はステッピングモータ駆動装置であり、 装着するモータの種類が複数あり得た(下表の着色部分。その違いにより 使用される方法が異なる。)。加えて、駆動方式の切替が可能であった(両 方式を切替可能とカタログ等に記載されていた。)。ここでは前者のモータ の種類にかかる判旨を紹介する。 第 1 審は、被告製品のカタログ等の記載の変遷により、他用途が認めら れる旨の判示をしている。すなわち、先のカタログ等には適応モータとし てスター結線したもののみが記載されているが、後のカタログ等において 36 被告製品 (イ号) は粉粒体の混合等の際に使用される装置であり、①複数の材料 の「混合」(原告発明) に用いられるだけでなく、②単なる微粉除去 (他用途) にも 用いることができた。第 1 審は101条 4 号の間接侵害を否定した (他方、101条 2 、5 号の間接侵害を肯定し、請求一部認容。)。なお、控訴審は第 1 審判決を引用して、 これを是認している(損害額の減額のため、原判決一部変更。)。 37 被告が①「サンコーパンチ」及び②「ハンドプーラー」(脚体を含む) を製造販売 しており、これらを組み合わせれば原告発明 (物の発明) を充足するという事案で、 ハンドブーラーの間接侵害性が問題となった。第 1 審は板金引き上げ用途 (原告発 明の用途) 以外の用途に用いられるものと認められるとして、101条 1 号の間接侵害 を否定した (請求全部棄却)。控訴審も第 1 審判決を引用して、是認した (控訴棄却)。 被告製品の駆動方式 フルステップ駆動方法 (4-4 相励磁) ハーフステップ駆動方法 (4-5 相励磁) 装着する モータの 種類 スター結線 非充足( 2 審は充足) 充足( 1 、2 審) ペンタゴン結線 非充足( 2 審) (メレック発明) 非充足及び非均等 ( 1 、 2 審) 食品の包み込み成形方法及びその装置事件(橘) 知的財産法政策学研究 Vol.47(2015) 349 は適応モータとしてスター結線したものとペンタゴン結線したものが選 択的に記載されている被告製品については、先の時点では間接侵害を構成 するが、後の時点では間接侵害を構成しないとし、他方、後のカタログ等 においてもスター結線したもののみが記載されている被告製品について は口頭弁論終結時点でも間接侵害を構成するとしている(差止め等や補償 金の請求を一部認容した。)。 控訴審も同様に間接侵害を肯定した(但し、補償金額の減額について控 訴認容。)。 ペンタゴン結線については、当初は被告製品のカタログ等に記載がなか ったというのであるから、スター結線に利用するユーザーが主に購入する ものと思われる。他方、後にカタログ等に記載されて以降は、ペンタゴン 結線に利用するユーザーとスター結線に利用するユーザーとに分かれ得 るため、間接侵害を否定したものと評価できる。 (イ) 侵害とした裁判例 このタイプの事案で侵害を認めたものとして、前掲東京地判平成 24.11.2[生海苔異物分離除去装置における生海苔の共回り防止装置]及 び知財高判平成25.4.11判時2192号105頁[生海苔異物分離除去装置におけ る生海苔の共回り防止装置 2 審]がある。 この事件では、原告は名称を「生海苔異物分離除去装置における生海苔 の共回り防止装置」とする特許権を有している。この事件は、原告が、被 告が被告製品(のうちの回転板及びプレート板)を製造及び販売等する行 為は101条 1 号の間接侵害を構成するとして、被告製品の製造及び販売等 の差止めや損害賠償等を請求した事案である。 原告発明は既知の装置に部品(被告製品では「本件プレート板」に相当) を取り付けることで、生海苔等が目詰まりを発生させることを防ぐという 発明である。クレイムはそのような部品を取り付けた生海苔異物分離除去 装置における「防止装置」として書かれている。間接侵害が主張された被 告製品は①本件プレート板 4 と、②本件プレート板を装着した回転板 3 で ある(参照、次頁図。囲いは筆者。)。上記②の回転板を原藻異物除去洗浄 機に装着することは原告発明を充足するが、他方、本件プレート板を着脱 することができ、これを外した状態で回転板を洗浄機に装着することもで きた。また、本件プレート板を付けての使用が有用であるのは 5 - 6 か月 判例研究 350 知的財産法政策学研究 Vol.47(2015) の利用期間中の 2 週 間から 1 か月程度に 過ぎなかったという 事情があった(但し、 損害論で減額要素と して指摘されている に過ぎない。)。 第 1 審は次のよう に述べて間接侵害を 肯定した。①(本件 プレート板について)「本件プレート板は、本件発明 3 の『共回りを防止 する防止手段』〔要は、生海苔等の目詰まりを防止する働きのある部分。〕 に該当するから、『共回り防止装置』の専用部品と認められる。」(〔 〕内 筆者)。②(本件回転板について)「本件発明において、回転板は『共回り 防止装置』の必須の構成部品であると認められるところ、被告装置におい ても、クリアランスの目詰まりをなくして共回りの発生を防ぐためには、 本件回転板が本件プレート板とともにその必須の構成部品であると認め られるから、本件回転板において、本件発明を実施しない機能のみを使用 し続けながら、当該発明を実施する機能は全く使用しないという使用形態 が、当該製品の経済的、商業的又は実用的な使用形態と認めることはでき ない。」。したがって、本件回転板及び本件プレート板の製造販売は101条 1 号に当たる(請求一部認容。差止め及び廃棄、並びに損害賠償の支払いを 命じた。)。 控訴審も第 1 審判決と同旨を述べて、間接侵害を認めた(控訴棄却)。 この事件の第 1 審判決及び控訴審判決は回転板が原告発明及び被告装 置(直接侵害品)の必須の構成部品であると論じているのみで、詳しい説 明はしていない。しかし、被告の回転板の本件プレート板は着脱はできる ものの、少なくとも生海苔の生産のシーズンにおいて「海苔が厚く、硬く なる『ハタキ』と呼ばれる時期(計 2 週間ないし 1 か月程度)には、その 必要性が高まる」(第 1 審判決)ことが認定されている。故に、ユーザー がいずれは本件プレート板を着けた状態で使用する事案と思われる。 食品の包み込み成形方法及びその装置事件(橘) 知的財産法政策学研究 Vol.47(2015) 351 (ウ) 若干のまとめ 以上を通覧すると、前掲東京地判昭和56.2.25[一眼レフレックスカメ ラ]と前掲東京地判平成24.11.2[生海苔異物分離除去装置における生海 苔の共回り防止装置]との比較が好対照と思われる。どちらも組合せによ り非侵害と侵害のいずれの利用もできたが、前者では購入時にユーザーが 分かれ得るのに対して、後者では同じユーザーの中で侵害の期間と非侵害 の期間とがあるに過ぎないという事情があった。 ウ 被告製品の機能を侵害用途と非侵害用途に切り替えられるタイプの 事案 (ア) 非侵害とした裁判例 このタイプの事案で非侵害としたもので典型的なものとして、東京地判 昭和63.2.29無体集20巻 1 号76頁[ホヤクリーン]、東京地判昭和63.10.28 無体集22巻 1 号268頁[バイオレンファイブ]、及び東京高判平成2.3.29無 体集22巻 1 号245頁[ホヤクリーン 2 審、バイオレンファイブ 2 審]があ る。原告発明はソフト・コンタクト・レンズの洗浄方法の発明であり、他 方、被告製品はコンタクト・レンズ洗浄用錠剤であるが、酸素透過性ハー ド・コンタクト・レンズの洗浄にも使用できた。2 つの第 1 審は、後者の ハード・コンタクト・レンズは商品化されたもので、かつ、市場で高い評 価を得ているものであるから、後者のレンズへの用途は他用途に当たると して、平成14年改正前101条 2 号の間接侵害を否定した(請求全部棄却)。 控訴審も同旨を述べて、間接侵害を否定した(控訴棄却)。 ユーザーの中にはソフト・コンタクト・レンズとハード・コンタクト・ レンズのどちらか一方のみを使う者も十分にいるものと思われる。とすれ ば、被告製品の購入時にユーザーが分かれ得た事案と思われる。 同様の位置付けができる事案として、東京地判平成12.3.23平成11年 (ワ)第5323号[電解生成殺菌水]38がある。 38 被告装置は電解水生成装置であり、①強酸性水 (原告発明) だけでなく②強アル カリ水 (他用途) も生成できた。裁判所は被告装置により生成した強アルカリ水が現 に農業で使用されているとして、101条 1 号の間接侵害を否定した (請求全部棄却)。 判例研究 352 知的財産法政策学研究 Vol.47(2015) また、表題の事件のように、装置 が侵害の構成に改造されていると 主張された事案として、東京地判平 成14.10.3平成12年(ワ)第17298号 [蕎麦麺の製造方法]がある。原告 発明は製麺機で蕎麦麺を製造する 方法であり、麺の「押し出し口から 湯面までの高さが20cm以下」という 要件があった(右図(被告製品)で いうと、着色部分の上(押出口)と 下(釜)との距離である。)。他方、 被告製品は製麺機であり、原告は上 記原告発明の高さとなるように変 更できると主張した。 裁判所は次のように述べて平成 14年改正前101条 2 号の間接侵害を 否定した。原告は「本件麺押機はゆで釜から湯面までの高さが自由に調節 できる構造であり、蕎麦をゆでる際にはゆで釜と麺の押出口の高さを短縮 して使用しなければ商品価値のある十割蕎麦を製造できない」旨を主張す る。しかし、「仮に、本件麺押機が据付けに当たって押出口と釜の上端の 間の距離を変更できる構造のものであるとしても、……現に上記の距離を 21㎝として使用している例があることが認められるから、本件麺押機につ いては、上記の距離を『20㎝以下』に設定するという条件でのみ使用され る装置ということはできず、本件特許発明の実施にのみ使用される物に該 当しない。」(請求全部棄却)。 被告製品について現に非侵害の距離で使用している例があるとされて おり、ユーザーの利用態様が購入時に分かれ得た事案と思われる。 (イ) 侵害とした裁判例 このタイプの事案で侵害とした裁判例として、前掲大阪地判平成 12.10.24[製パン器]がある。すなわち、「タイマー機能及び焼成機能が 付加されている権利 2 の対象被告物件をわざわざ購入した使用者が、同物 件を、タイマー機能を用いない使用や焼成機能を用いない使用方法にのみ 食品の包み込み成形方法及びその装置事件(橘) 知的財産法政策学研究 Vol.47(2015) 353 用い続けること」は考え難いとされており、故に、被告製品のユーザーで あればいずれは原告発明を実施するはず、といえる事案と思われる。 同様の位置付けができる裁判例として、非侵害用途の製品と侵害用途の 製品の価格差などを指摘した、静岡地浜松支判昭和58.5.16判例特許・実 用新案法260ノ64ノ1 頁[CE カップ BB]39、東京地判平成6.7.29知裁集27 巻 2 号346頁[混水精米法]40、前述の五相ステッピングモータの駆動方法 事件における被告製品の駆動方式にかかる判示41、また、東京高判平成 39 債権者発明は鋳鉄の際に炭素当量を測定する方法の発明である。イ号製品は亜共 晶鋳鉄 (非侵害) と過共晶鋳鉄 (侵害) の両方に用いることができた。裁判所は、債 務者の製品のうち、イ号製品は亜共晶鋳鉄用の製品よりも価格が高く設定されてい ることや債務者の内部資料ではイ号製品が過共晶用である旨の説明がされている ことなどから、平成14年改正前101条 2 号の間接侵害を肯定した (仮処分決定認可)。 40 原告発明は精米の方法の発明であり、他方、被告製品は精米装置であり、被告製 品の取扱説明書によれば原告発明を実施するものだったが、被告は効率を下げた精 米 (他用途) も可能であると主張した事案である。裁判所は、「被告製品において、 第一精米部A、第二精米部Bでの搗精効率をことさらに低下させて運転すれば、第 三精米部Cで四分搗き以上、六分搗き未満の精白米を完全精白米に搗精することが 可能であるとしても、第一精米部A、第二精米部Bの搗精効率をことさらに低下さ せることに技術上、実用的な意味があること、現実にそのような運転が行われてい る例があることの証明がない以上、……被告製品が本発明の実施にのみ使用する物 と認定することを妨げるものではない。」として、平成14年改正前101条 2 号の間接 侵害を肯定した (請求一部認容)。 41 第 1 審は、「四-四相励磁も四-五相励磁も本件特許発明当時知られており、前 者は一ステップ〇・七二度、後者は一ステップ〇・三六度であるが、後者は一回転 を一〇〇〇分割と非常に細かくできて、トルク変動が少ないなどメリットが大きい ものであったため……本件特許発明……などが考案されたものであることからす ると、これら被告製品が四-五相励磁のみならず四-四相励磁して駆動することに も用いることができるからといって間接侵害が否定されると解することはできな い(結局本件特許発明の構成を前提に、より簡易な方法で駆動しているというに過 ぎないというべきである。)。」として、被告製品は原告発明にのみ用いる物に当た るとした (差止め等や補償金の請求を一部認容した。)。 他方、控訴審は、被告製品は 4-4 相励磁して駆動する用途にも用いることができ るという他用途については、そもそも原告発明を充足するものであり他用途に当た らないとして、間接侵害を肯定した(補償金額の減額について控訴認容)。 判例研究 354 知的財産法政策学研究 Vol.47(2015) 16.2.27判時1870号84頁[生体高分子の探索方法 2 審]42がある。 (ウ) 若干のまとめ 以上を通覧すると、前掲東京地判平成14.10.3[蕎麦麺の製造方法]と 前掲大阪地判平成12.10.24[製パン器]との比較が好対照と思われる。後 者ではユーザーはわざわざタイマー機能の付いた被告製品を購入してお り、ユーザーがいずれはタイマー機能を使うと予想される事案であった。 他方、前者では非侵害の用途でも十分に蕎麦が作れるから、そこでユーザ ーが分かれ得た事案と思われる。 なお、このタイプの事案で、被告製品のユーザーがいずれ侵害行為に至 り得るにもかかわらず、間接侵害を否定した裁判例として、東京地判平成 14.5.15判時1794号125頁[ドクターブレード]及び東京高判平成15.7.18 平成14年(ネ)第4193号[ドクターブレード 2 審]がある。これについては 後述する。 (4)評価 以上をまとめると、いずれのタイプの事案についても、被告製品のユー 第 1 審判決のこころは、4-4 相励磁(非侵害用途)よりも 4-5 相励磁 (侵害用途) の 方が有益であるのだから、前者の用途は実用的なものではないとするものと思われ る。もっとも、カタログ等に切替可能との記載があったというのであり、第 1 審判 決の理由付けのみでは、ユーザーの中に特許発明を実施しない者がいたか否かは必 ずしもはっきりしない。両駆動方式がユーザーを分けるようなものなのかに関する 事情をさらに指摘できれば、疑義は生じなかったものと思われる。 42 被告製品はモジュール「FlexX」(使用すると原告発明を実施する。)が収録され た CD-ROM であり、FlexX 以外のソフトウェアの使用などができた。控訴審は、「分 子設計に必要な様々なツールを含んでいるとはいえ、FlexX が、分子設計において 極めて重要な中心的な役割を果たしているものであることは……優に認められ、 FlexX を使用せずに分子設計をすることがほとんど考え難いことであることは…… 明らかである。」として、ロ号物件は間接侵害を構成するとした (控訴を認容し、原 告の請求 (販売の差止め) を全部認容した。)。なお、第 1 審 (東京地判平成15.2.6 平成13年(ワ)第21278号 [生体高分子の探索方法]) は充足性を否定して請求を全部 棄却しており、また、上告審 (最二小判平成17.6.17民集59巻 5 号1074頁 [生体高分 子の探索方法上告審]) は上告を棄却しているが、間接侵害の論点については上告を 受理していない。 食品の包み込み成形方法及びその装置事件(橘) 知的財産法政策学研究 Vol.47(2015) 355 ザーがいずれは侵害用途に用いるようなものであるかが決め手となって いるように思われる。そして、被告製品の購入時点で用途が選択的で、ユ ーザーを分け得るような場合には他用途が認められ、間接侵害が否定され るという傾向が看取できる。 そこで、このような裁判例の傾向をどう評価するかが問題となる。細か くは、次の 2 点が問題になると思われる。ひとつは、平成14年改正前の解 釈であり、もうひとつは、平成14年改正後の解釈、すなわち、前述のとお り101条 2 、5 号という新しい間接侵害規定との関係をどのように考えるか という点である。 まず、平成14年改正前について。裁判例のこころは「にのみ」要件が設 けられた来歴にあるのかもしれない。すなわち、昭和34年法の立案過程に おいては、主観的要件を付した間接侵害規定が提案されていたが、結局、 「にのみ」要件を付した間接侵害規定が設けられたという経緯がある43。そ して、その理由として「主観的要件の立証の困難性を排除しつつ、間接侵 害規定が特許権の過度の拡張とならないよう配慮し」たことが指摘されて いる44。とすると、間接侵害を認めてよい場合とは被疑侵害者の現実の主 観的事情にかかわらず、特許権を及ぼしてよい場合である、という発想が 出てくるかもしれない。 次に、平成14年改正後について。101条 1 、4 号と101条 2 、5 号の条文 上の最も顕著な差は主観的要件の有無にあると思われる。そして、前者の 間接侵害に主観的要件が設けられていない理由として、「その物の用途は 一つしかないから、その用途に関する特許権の存在についても注意義務を 課すことが適当である。」ということが指摘されている45。逆に、後者の間 接侵害に主観的要件が設けられた理由として、被告製品が実際に侵害用途 に供せられるかは供給先次第であるにもかかわらず、善意の供給者に間接 43 特許庁編・前掲注 8・21-22頁。 44 特許庁編・前掲注 8・22頁。 45 特許庁編・前掲注 8・30頁。101条 1 、4 号の間接侵害については103条の過失の 推定が及ぶことから、この間接侵害にはその推定の根拠があるとするものとして、 高林・前掲注15・178頁注 2 。 判例研究 356 知的財産法政策学研究 Vol.47(2015) 侵害の責任を負わせることは不当であることが指摘されている46。とする と、前者の間接侵害を認めてもよい場合とは、侵害用途に用いられるかは 供給先次第とはいえず、供給者に侵害調査の義務を課してもよい場合であ る、という発想が出てくるかもしれない。 以上を上記裁判例の傾向についてみると、被告製品のユーザーがいずれ 侵害用途に用いる場合には、侵害用途に用いられるか否かは供給者次第で あるから、侵害調査の義務を課しても(つまり、現実の主観的事情を考慮 しなくても)供給者を害さないかもしれない。このような点に、裁判例の こころを見出し得るかもしれない47。 (5)本件の控訴審判決の評価 以上を踏まえて、本件の控訴審判決について検討する。 前述のとおり、控訴審の判示によれば、被告装置は納品時にはノズル部 材が生地に 1 mmしか進入しないものであったことは否定されていない。ま た、この状態でも普通の硬さの生地であればほぼ正常に成形することがで きると認定されている。すなわち、少なくとも納入時には、被告装置は非 侵害用途の機能を有しており、かつ、普通の硬さの生地を成形する分には 十分なものであった。そこで、ユーザーがいずれは特許発明を実施するか どうかが問題となる。 しかし、控訴審判決は被告装置のノズル部材が生地に 7 mmないし15mm進 入するようにすることは不可能ではなく、かつその方が硬めの生地でもほ ぼ正常に成形することができて実用的だと述べるのみである。上記裁判例 の傾向を踏まえれば、ユーザーの中には最後まで普通の硬さの生地のみを 成形する者はいないと思わせる事情を指摘すべきであったと思われる48。 46 特許庁編・前掲注 8・29頁。 47 平成14年改正前の101条 1 、2 号の趣旨として、いずれは侵害行為がされる行為 類型について、侵害行為の前段階における行為を禁止するものと説明する見解とし て、特許庁編『新工業所有権法逐条解説』(改訂版、発明協会、1969年) 197頁。 48 上記「特許発明を実施する高度の蓋然性」基準の立場から、本件の控訴審判決の 理由付けが不十分であるとするものとして、松田=上田・前掲注 1・20頁。同旨、 森本=大住・前掲注 1・72頁。 食品の包み込み成形方法及びその装置事件(橘) 知的財産法政策学研究 Vol.47(2015) 357 その意味で、控訴審判決は上記裁判例の傾向から逸脱したものであり、こ の観点から是認することは難しい。 また、実質的に見ても、控訴審判決を上記裁判例の傾向から正当化する ことは困難と思われる。前述したとおり、101条 2 、5 号の間接侵害に主観 的要件が設けられた理由は、被告製品が実際に侵害用途に供せられるかは 供給先次第だからとされる。しかし、被告製品は納入時には硬めの生地を 成形できるものではなかったのだから、実際に原告発明が実施されるかは まさに供給先次第である。故に、実質的な観点からも、上記裁判例の傾向 に整合するものではないと思われる。 4 ユーザーによる改造と間接侵害の成否 (1)問題の所在 本件の控訴審判決は「被告装置 1 において、ストッパーの位置を変更し たり、ストッパーを取り外すことやノズル部材を交換することが不可能で はなく、かつノズル部材をより深く下降させた方が実用的である」ことを 「にのみ」を肯定する理由としている。すなわち、同判決はユーザーが被 告装置を改造する場合も含めて、間接侵害を肯定したことになる。これに 対して、企業の通常の認識からは酷な判断との問題意識などが示されてい る。そこで、ユーザーが被告製品を改造する場合にも101条 1 、4 号の間接 侵害が成立するかが問題となる。 (2)各見解 第 1 に、否定的な見解が多く示されている。たとえば、ほとんどの装置 は出荷後にその構成を変えることが可能であるから(装置自体は整備等の ために各種の調整や部品の取り外しが可能であり、また、装置の制御態様 のプログラムもバージョンアップ等で書き換え可能である。)、ほとんどの 被告製品の構成をより実用的な特許製品の構成に変更することが可能で あり、それ故に侵害とされれば、「特許権侵害のリスクを回避することは 著しく難しい」49などと指摘されている50。 49 渡辺・前掲注 1・219頁。同旨、中山・前掲注 1・248頁。 50 その他の否定的な指摘として、参照、松田=上田・前掲注 1・19頁、牧野・前掲 判例研究 358 知的財産法政策学研究 Vol.47(2015) 第 2 に、限定的にこの場合にも間接侵害を認める見解もある。すなわち、 被告製品のユーザーが被告製品の改造等を行いたくなり(「動機づけの侵 害誘発要素」)、かつ、上記改造等を容易に行える(「実施行為の侵害誘発 要素」)場合には間接侵害(101条 1 、2 、4 及び 5 号)を認め得るとする 見解がある51。この見解は、理由として、裁判例には被告製品のユーザー が被告製品の改造や別製品の付加により被告製品の構成を変更している 場合にも間接侵害を肯定しているものがあることを指摘している52。 (3)評価 確かに、ユーザーが改造をした場合にも101条 1 、4 号の間接侵害を構成 するとすれば、同号の間接侵害では過去の損害賠償が認められるために (103条で過失が推定される。)、企業の予測可能性を害するかもしれない。 もっとも、否定説も改造を前提としているような製品についてまでも侵 害を認めないというものではないようである53。とすると、結局は、「にの み」についてどのような判断基準をとるかに帰着し、上記裁判例の傾向か らすればユーザーがいずれ特許発明の構成に改造するようなものである なら間接侵害が肯定され得ると思われる。 したがって、被告製品のユーザーが改造することで特許発明が実施され る場合であっても、一律に間接侵害を否定する必要はなく、端的に「にの み」要件の該当性を判断すれば足りると思われる54。 注 1・25・28頁。 51 特許第 2 委員会第 4 小委員会「間接侵害に関する諸問題の研究」知財管理64巻12 号1795頁以下 (2014年) 1807-1808頁。 52 特許第 2 委員会第 4 小委員会・前掲注51・1807-1808頁 [主に東京地判平成 23.6.10平成20年(ワ)第19874号 [胃瘻穿刺針 (イロウセンシバリ) 事件]、前掲知財 高判平成25.4.11 [生海苔異物分離除去装置における生海苔の共回り防止装置 2 審]、 及び表題の事件の控訴審判決を念頭においている。]。 53 牧野・前掲注 1・28頁注17は、改造が行われる蓋然性が極めて高いなどの事情 が立証されれば改造前の製品の製造販売を間接侵害と構成する余地はあるとさ れる。 54 示唆的なものとして、羽柴・前掲注18・1127-1128頁 [購入者が改造すれば直接 侵害品の構成ないし特許方法にのみ用いる構造となり、かつそちらの方が効率がよ 食品の包み込み成形方法及びその装置事件(橘) 知的財産法政策学研究 Vol.47(2015) 359 第8 結語 本件の控訴審判決は規範において製パン器基準を採用したものである。 この点を捉えて、本判決の意義は平成14年改正後にも製パン器基準が適用 され得ることを明らかにした点にあると評価されている55。また、本件は 被告製品の改造を前提としても製パン器基準の下で間接侵害を肯定し得 るとしたものである。この点を捉えて、製パン器基準について、出荷ない し納品時に多機能な製品を超えて、「製品が改造可能な場合にまで適用範 囲を拡げたものであり」、製パン器基準をさらに緩和して適用したものと 評価されている56。 しかし、101条 4 号の間接侵害を認めた結論には批判的な見解が多い。 これは製パン器基準を是認する立場からもそうであるし57、また、そもそ も101条 5 号の問題として論じるべきとの批判もある58。本稿の検討におい ても、本件の控訴審判決は裁判例の傾向から逸脱したものといえる。した がって、本件の控訴審判決の射程は限定的に解するべきと思われる59。 いというものについて、「改変しなければ全く使えない装置」の場合は間接侵害を 認め、他方、一応はそのままでも使える場合は間接侵害を否定するとする。]、前田・ 前掲注 1・193頁 [本件について、改造前の被告製品の用途が実用的な用途でない場 合には、非侵害用途のみが使える状態で出荷する場合でも端的に「にのみ」を肯定 できるとする。]。 55 松田=上田・前掲注 1・17・21頁、牧野・前掲注 1・20頁。 56 森本=大住・前掲注 1・71頁。同旨、牧野・前掲注 1・28頁。 57 松田=上田・前掲注 1・20頁、森本=大住・前掲注 1・72頁。類似のものとして、 茶園・前掲注17・274頁、牧野・前掲注 1・25・28頁。 58 三村・前掲注25・24頁、渡辺・前掲注 1・217頁、中山・前掲注15・416頁注11。 なお、本件では101条 5 号の要件のうち不可欠要件及び非汎用品要件を満たすと するものとして、松田=上田・前掲注 1・22頁注30。 59 結論同旨、前田・前掲注 1・193頁。 判例研究 360 知的財産法政策学研究 Vol.47(2015) 第9 補論―裁判例の傾向の不都合性と厳格な基準 1 問題の所在 前述した「にのみ」要件における裁判例の傾向(被告製品がいずれ侵害 用途に用いられるような場合には「にのみ」を肯定する。)をそのまま用 いると不都合が生じ得る。そこで、以下、若干の検討を行う。 2 効果論における適法用途に対する配慮 第 1 に、常に被告製品の製造販売自体の差止めを認めることは適法用途 についての行動の自由の観点からは不都合があり得る60。この不都合が顕 在化していると思われる裁判例として、たとえば、前掲大阪地判平成 12.10.24[製パン器]が指摘できる。 前述のとおり、この判決はタイマー機能を用いないで山形パンを焼く方 法などが他用途に当たらないとしたものであるが、そもそもこの事件の原 告発明はタイマー機能自体の発明ではなく、パンの材料等の投入の順序に 関する発明であり61、現にそれ以外の順序も存在すると認定されている(但 し、損害論の文脈である。)。しかし、判決は、この順序で入れる方法のみ が取扱説明書に記載されていることから、他の順序を他用途とは認めなか った。そして、この投入順序についての特段の限定なく、被告製品の製造 販売等の差止め及び廃棄を認めている。 この事案において、タイマー機能自体は非侵害用途であるから、タイマ ー機能自体の利用を禁じないような工夫が必要である。ひとつの方策とし ては、一応、間接侵害は認めた上で、上記取扱説明書の記載を削除するな 60 101条 2 、5 号について、被告製品が多機能であるために適法用途に配慮した解 釈論の必要を説くものとして、田村・前掲注26・161-162頁、三村量一「非専用品 型間接侵害 (特許法101条 2 号、5 号)の問題点」知的財産法政策学研究19号85頁以 下 (2008年) 87頁など。 61 特許請求の範囲の記載は「イースト菌と水との接触を避ける様に、水と、小麦粉、 油脂などのパン材料と、イースト菌とをパン容器内にこの順に入れ、そのまま放置 し、その後、タイマーにより混捏、発酵、焼き上げなどの製パン工程に移行するこ とを特徴とする製パン方法。」である。 食品の包み込み成形方法及びその装置事件(橘) 知的財産法政策学研究 Vol.47(2015) 361 どをすれば、差止めや廃棄の範囲から免れるように主文等を工夫する方策 がある62。 第 2 に、損害賠償の額においても適法用途に配慮する必要があるかもし れない。これを肯定する見解がある63。また、前掲大阪地判平成12.10.24 [製パン器]も上述のパンの材料等の投入順序について原告発明とは別の 順序があることに言及した上で、102条 3 項の実施料率を算出している。 3 要件論における公知技術に対する配慮 (1)問題の所在 以上の不都合は、差止めの範囲(主文等)を工夫したり、損害賠償の割 合的な処理をすればよく、上記裁判例の傾向自体に修正を迫るものではな かった。しかし、第 3 の点として、上記裁判例の傾向からは間接侵害を構 成し得るとしても、差止めや損害賠償を認めるべきではないと思われる場 合もある。そのような事例として、前掲東京地判平成14.5.15[ドクター ブレード]、前掲東京高判平成15.7.18[ドクターブレード 2 審]を指摘で きる。 原告発明は印刷用の紙に被覆材を塗る際に用いるドクターブレードと いう刃についての発明であり(物の発明)、その刃を被覆するセラミック の層の厚さを0.25mm以下とするものであった。他方、被告製品の被覆層の 62 用途発明の直接侵害が認められた事案で、このような処理をしたものとして、東 京地判平成4.10.23知裁集24巻 3 号805頁 [アレルギー性喘息の予防剤]。101条 2 、5 号の間接侵害について同様の処理を認めるものとして、𠮷田広志「多機能型間接侵 害についての問題提起-最近の裁判例を題材に-」知的財産法政策学研究 8 号147 頁以下 (2005年) 186頁注70、三村・前掲注60・106頁、愛知靖之「特許法101条 2 号・ 5 号の要件論の再検討-実体要件から差止要件へ-」別冊パテント12号45頁以下 (2014年) 56頁。 反対に、101条 1 、4 号の間接侵害の場合には全面的な差止めや廃棄等を認めてよ いとするものとして、高林・前掲注15・176頁 [但し、101条 2 、5 号の場合には他 用途に配慮することを求めており、101条 1 、4 号の場合には他用途がないことが前 提とされていると読める。]、中山ほか編・前掲注 9・1498頁 [渡辺光執筆] [他用途 が実質的に存在しないことを理由としている。]。 63 田村・前掲注19・165頁。 判例研究 362 知的財産法政策学研究 Vol.47(2015) 厚さは0.25mmを超えるものであったが、 被告製品はその購入者によって使用さ れることによりセラミック表面被覆(右 図のイ号物件の断面図中の表面被覆 5 (筆者による着色部分))が削れ、いずれ は原告発明の技術的範囲に属するもの に至り得るものであった。 判決では、101条 1 号の間接侵害が否 定されている。具体的には、第 1 審はユ ーザーの行為が「生産」に当たらないと して直接実施を否定し(請求全部棄却)、 また、控訴審は、「被控訴人製品は、そ れ自体完成品であり、新品の状態で、そ の本来の用途を全面的に果たすもので あるから」、「にのみ」用いる物に当たら ないとした(控訴棄却)。 上記裁判例の傾向からすれば、いずれ 原告発明の構成に至り得る以上は、間接 侵害を肯定せざるを得ないかに思われる。他方で、この事件の原告発明は 数値限定発明であり、被告製品はその数値外のものであるから、被告製品 はそもそもは公知技術の範囲のものである。故に、その製造販売自体は制 約しないようにしなければ、適法行為の自由を害してしまう。加えて、取 扱説明書などを理由に侵害用途を認めているわけではないため、前述のよ うに効果論で工夫をする方策は採用し難い。故に、効果論での対処ではな く、要件論での対処が好ましいという事情もある64。 64 なお、侵害用途に用いられる部分のみを容易に除去できない場合には差止めを認 めないという方策があり得る (101条 2 、5 号の差止めの手続要件としてこれを提案 するものとして、愛知・前掲注62・56頁。そもそもの差止適格性の考え方について は、参照、田村・前掲注26。)。しかし、損害賠償については対処できない。 食品の包み込み成形方法及びその装置事件(橘) 知的財産法政策学研究 Vol.47(2015) 363 (2)公知技術に特別に配慮した要件論の方策 そこで、これらの判決と上記裁判例の傾向との関係が問題となる。考え 方としては、間接侵害における公知技術の取扱いの一場面として位置付け る方策があり得る。この論点については、101条 2 、5 号の間接侵害につい て議論の蓄積がある65。問題意識としては次の点が指摘されている。すな わち、公知技術も間接侵害品となり得るとすると、「一度はパブリックド メインに属したものを公衆から剥奪することになる」が66、他方で、条文 上は間接侵害には先使用の抗弁は認められない67ために、間接侵害の枠内 で対処すべきではないか、というものである。そして、101条 2 、5 号の間 接侵害の解釈論として、たとえば、公知技術は原則として間接侵害が成立 しないが、特許発明のためのものとして製造販売等がされているなどの特 段の事情がある場合には間接侵害が成立し得るとする見解がある68。すな 65 参照、橘雄介 [大阪地判平成24.9.27、東京地判平成25.2.28判批] 知的財産法政 策学研究46号293頁以下 (2015年) 333-343頁。 もっとも、101条 1 、 4 号の間接侵害について言及されてこなかったわけではな い。公知技術だからというだけで間接侵害が否定されることはないとするものとし て、増井=田村・前掲注15・193頁 [田村善之執筆]。反対に、公知技術は「にのみ」 を満たさないことを示唆するものとして、中山信弘編著『注解 特許法〔第 3 版〕 上巻』(青林書院、2000年) 963頁 [松本重敏=安田有三執筆]、三村・前掲注60・ 109-110頁注 7 (後述)。親和的なものとして、参照、田中成志 [大阪地判平成 12.10.24判批] 大場正成先生喜寿記念論文集刊行会編『大場正成先生喜寿記念 特 許侵害裁判の潮流』453頁以下 (発明協会、2002年) 465頁 [無効となった物の特許 発明の構成を有する被告製品が方法にかかる特許権の間接侵害を構成するとす れば、特許権の効力が不当に拡張され得るとする。]。 66 田村・前掲注26・157-158頁 [但し、多機能型間接侵害の理念型として本質的部 分の保護の制度を検討する文脈。]。類似の問題意識として、三村・前掲注60・96頁、 高林龍「特許権の保護すべき本質的部分」同編『知的財産法制の再構築』早稲田大 学21世紀 COE 叢書 7 巻47頁以下 (日本評論社、2008年) 56頁。 67 田村・前掲注26・160-161頁 [但し、類推適用の可能性は認める。]、三村・前掲注 60・96頁 [但し、同97頁は類推適用の可能性を認める。]。 68 101条 2 、5 号の「その発明による課題の解決に不可欠なもの」という要件につ いて本文の旨を説くものとして、三村・前掲注60・89・91-92頁、東京地判平成 25.2.28平成23年(ワ)第19435号、第19436号 [ピオグリタゾン東京訴訟]。 判例研究 364 知的財産法政策学研究 Vol.47(2015) わち、ドクターブレード事件における非侵害という価値判断は是認しつつ、 要件論として公知技術に対する特別な配慮をするという方策である69。 (3)厳格な基準による正当化 これに対して、裁判例の傾向を上記のように捉えること自体に疑問を呈 するという考え方もできる70。すなわち、ドクターブレード事件の控訴審 判決は「被控訴人製品は、それ自体完成品であり、新品の状態で、その本 来の用途を全面的に果たすものである」ことを「にのみ」を否定する理由 としており、ここからは現実の他用途があれば「にのみ」を否定するとい う上記厳格な基準の立場を看取し得るからである71。 さらに、上記厳格な基準のこころは「にのみ」要件が設けられた趣旨に ある。すなわち、前述のとおり、「にのみ」要件は立法過程で主観的要件 を付した規定に取って代わって設けられたものであり、その変更内容は総 じて差止めを念頭に置いたものといえる。そのため、「にのみ」要件は「特 許発明の直接実施とは無関係の行為が抑止されることはなく、差止めが過 剰なものとなること」を防ぐ要件と解される72。故に、現実の他用途があ れば「にのみ」に当たらない、と捉えるのである(この考え方は、同様に、 101条 2 、5 号の間接侵害をも差止適格性のある対象を拡張したものと捉え 69 もっとも、101条 2 、5 号において公知技術に配慮する見解の主唱者は101条 1 、 4 号の対象物件は「特許出願後に新たに存在するようになった物であるはずである (それ以前に存在していれば、他用途に用いられていたことになる……。)」として おり (三村・前掲注60・109-110頁注 7 )、被告製品が「にのみ」には当たるが、 公知技術だから排除されるという考え方をとっているわけではない。 70 知的財産法研究会 (北大) での田村善之教授のご指摘に負う。 71 なお、同様に、厳格な基準の立場と親和的な説示をしたものとして、前掲東京地 判平成12.3.23 [電解生成殺菌水] [被告装置のユーザーが強酸性水 (原告発明) も強 アルカリ水 (他用途) も作成できたという事案で、後者のみを用いる実例だけではな く、両者を被告装置で作成した上で、両者を混合して農業に使用しているという実 例をも他用途の実用性を認める根拠としている。]。 72 田村・前掲注26・162・190頁注66。このように「にのみ」要件を他用途に配慮し た差止めの範囲との関係で捉えるものとして、同旨、中山・前掲注19・97頁、中山・ 前掲注15・414頁、前田・前掲注 1・190-191頁。 食品の包み込み成形方法及びその装置事件(橘) 知的財産法政策学研究 Vol.47(2015) 365 る考え方につながる73。)。 これをドクターブレード事件についてみると、素直に価値判断を表現で きる。すなわち、この事件では被告製品の被覆層が削れるまでの間は適法 な使用である。そして、被告製品を侵害としてしまえば、この適法な期間 の使用をも抑止してしまう。故に、非侵害とするのである74。加えて、こ の考え方によっても、101条 2 、 5 号の間接侵害や共同不法行為なども駆 使することでその他の裁判例の結論も支持し得る75。 4 小括 本稿では、表題の事件の控訴審判決の評釈という観点から、101条 1 、4 号についての裁判例の傾向を中心に検討した。他方、以上のとおり、製パ ン器事件を説明可能な基準でも例外的な裁判例の存在は認められるし、ま た、平成14年改正後は101条 2 、5 号の間接侵害も視野に入れた検討もされ ている。したがって、今後の裁判例の傾向がどうなるか、未だ予断を許さ ないところがある。 以上 73 田村・前掲注26・162頁。同様の方向性を支持するものとして、前田・前掲注 1・ 190-191頁。 74 参照、田村・前掲注26・147-148頁。その他の理由付けとして、参照、羽柴・前 掲注18・1129頁 [被告製品の構成が経時変化する事案について、101条の立法者はこ のような場合を「念頭に置いて間接侵害の規定を書いているとは思われない」とす る。但し、間接侵害の成否については結論を留保している。]。 75 たとえば、前掲東京地判昭和56.2.25 [一眼レフレックスカメラ] の事案は101条 1 号の間接侵害は否定しつつ、101条 2 号の間接侵害を認め得るし (参照、田村・前 掲注26・162-164頁)、また、前掲大阪地判平成12.10.24 [製パン器] の事案は101条 4 号の間接侵害を否定しつつ、101条 5 号の間接侵害を認め得る (参照、田村・前掲 注26・150-151・177頁)。また、損害賠償との関係では、共同不法行為も視野に入 れるべきことについて、参照、田村・前掲注26・151-152頁。 判例研究 366 知的財産法政策学研究 Vol.47(2015) [付記] 脱稿後、大須賀滋「特許法101条 4 号の間接侵害」設樂隆一=清水節=高林龍= 大渕哲也=三村量一=片山英二=松本司編『現代知的財産法 実務と課題 飯村敏明 先生退官記念論文集』577頁以下 (発明推進協会、2015年) に接した。 本稿は札幌弁護士会知的財産委員会開催の知的財産判例勉強会や北海道大学大 学院法学研究科知的財産研究会での報告原稿を加筆修正したものである。これらの 研究会等では、出席された皆様から貴重なコメントを頂いた。また、脱稿に至るま でには、北海道大学大学院法学研究科の田村善之教授から懇切丁寧なご指導を賜り、 校正の際には、同研究科の髙橋直子特任助手に大変お世話になった。記して感謝申 し上げる。