知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 453 判例研究 競業者による複数の不法行為を巡る 国際裁判管轄と準拠法 知財高裁平成27年 3 月25日判決 (平成25年(ネ)第10104号、損害賠償請求控訴事件、裁判所HP) (参照条文)法例11条 1 項、法の適用に関する通則法(本稿では「通則法」 という)17条、同19条、同法附則 3 条 4 項等 嶋 拓 哉 1.事実 X’(原審原告)は楽器の製造販売等を業とする日本法人であり、平成元 年頃から日本法人Sに委託して、ジョン・ディアンジェリコ製作ギターの レプリカモデル(「X’商品」という)を国内で製造・販売し始めた。X’ は日本国内において、平成 6 年に同モデルにつき意匠登録を、同 7 年に「D’ Angelico」の文字から成るデザインロゴにつき商標登録をそれぞれ受けた (各々「本件国内意匠」、「本件国内商標」という)。米国ニュージャージー 州居住のY1(原審被告、被控訴人)等はX’ に対して、X’ 商品の米国への 輸入・販売を持ちかけ、平成11年にはY1 の出資によりY2(原審被告、被 控訴人)を米国ニュージャージー州法に従い設立した(Y1 、Y2 を纏め てYと総称することがある)。平成12年から 5 年間で、X’ はY2 にX’商品 を900本弱販売し、Y2 はこれを米国とカナダで販売した。 Y2 は平成17年頃から、韓国企業にディアンジェリコ製作ギターのレプ リカモデル(「Y2 商品」という)の製造を発注し、これを米国内で販売し 始めた(この販売行為を「本件行為 1 」という)。また、Y2 は、平成15 年に「D’ Angelico」の文字から成るデザインロゴにつき欧州共同体商標意 匠庁に商標登録を出願し、同17年に商標登録を受けた(この商標を「本件 欧州登録商標」という。またY2 が出願し登録を受けたことを「本件行為 判例研究 454 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 2 」という)。加えて、平成21年には、Y2 は、X’商品の英国および仏国の 販売代理店に対して、Y2 が本件欧州登録商標の商標権者であるとして、 「D’ Angelico」の商標の無許可使用の取止めや弁護士費用の弁償等を求め る内容の警告書を送付した(この送付行為を「本件行為 3 」という)。さ らに同年、Y2 はX’ に対して、欧州共同体域内で「D’ Angelico」の商標の 使用取止め等を求める旨の警告書を送付するとともに、①SおよびX’商品 の輸出業者である日本法人Tに対してその写しを送付したほか、②Sに対 して、X’ による本件国内商標登録に異議を唱える意向であることや、S が輸出用のレプリカギターを販売すればSを訴えること等を記載した電 子メールを送信した(①と②を併せて「本件行為 4 」という)。 X’ は、Y1 がY2 を教唆し、Y2 が本件行為 1 ないし 4 の態様によりX’ の営業を妨害して、その名誉および信用を毀損した等と主張して、Yに対 して損害額 2 億 5 千万円強のうち 2 億円および遅延損害金の連帯支払を 求める訴訟を提起した(本件行為 1 ないし 4 に対応して、「不法行為 1 な いし 4 」ということがある)。原審(東京地判平成25年10月10日・平成21 年(ワ)第37962号)では、不法行為 1 ないし 4 いずれについても準拠法を 明示することなく、日本法に基づきいずれの請求も棄却した。X’ 控訴後、 X’ の破産手続が開始されたため、その破産管財人X(控訴人)が本件訴 訟を受継した。 2.判旨 控訴棄却 Ⅰ.「Y2 が本件欧州登録商標の商標権者であることを理由として、日本へ の警告書の写しをX’ 商品の取引先であるSやTに到達させたことにより X’ の業務が妨害されたとの客観的事実関係は明らかである。そうすると、 まず、不法行為 4 に係る請求については、Y2 を本案につき応訴させるこ とに合理的な理由があり、国際社会における裁判機能の分配の観点からみ ても、我が国の裁判権の行使を正当とするに十分な法的関連があるから、 我が国の裁判所の国際裁判管轄を肯定すべきである。 そして、不法行為 1 ないし 3 に係る請求も、X’ が、D’ Angelico の商標 を付したX’ 商品を継続して販売してきた相手であるY2 に対し、Y2 が、 競業者による複数の不法行為を巡る国際裁判管轄と準拠法(嶋) 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 455 X’ 商品と同一の商標及び意匠のY2 商品を販売したという行為、本件欧州 登録商標の登録をしたという行為やこれを理由とする警告書をX’ の英仏 の取引先に送付したという行為が違法であると主張するもので、ディアン ジェリコ・ギターに関する標章や意匠に係る利益の有無を巡る一連の紛争 として、不法行為 4 に係る請求と実質的に争点が共通し、紛争の合理的な 解決のために統一的な判断をする必要があり、相互に密接な関係があると いうことができるから、不法行為 1 ないし 3 に係る請求についても我が国 の裁判所の国際裁判管轄を肯定するのが相当である。 Yは、本件欧州商標登録の有効性については、欧州共同体商標意匠庁及 び欧州共同体司法裁判所の専属的管轄に服することを理由として、不法行 為 1 ないし 3 に係る請求と不法行為 4 に係る請求とは密接な関係がない と主張するが、商標登録自体の有効性と、商標登録出願をしたり、既にし た登録商標に基づいてしたことに関する不法行為の成否とは別個の問題 であるから、Yの上記主張は、採用することができない。」 「Y1 は、Y2 のオーナーとして実質的にY2 の行為や意思決定に関与し、 Y2 が本件欧州商標登録を得たのもY1 の指示に基づくものであると認め られ、このことに照らすと、Y2 は、Y1 の指示に基づき、本件欧州登録 商標に関する日本への警告書の写しをSらに到達させ、これによりX’ の 業務が妨害されたということができる。したがって、不法行為 4 に係る請 求については、我が国の裁判所の国際裁判管轄を肯定すべきであり、また、 不法行為 1 ないし 3 に係る請求についても、Y1 は同様に関与しているも のと認められ、これらの請求は、上記のとおり、不法行為 4 に係る請求と 実質的に争点が共通し、紛争の合理的な解決のために統一的な判断をする 必要があり、相互に密接な関係があるから、これらについても、我が国の 裁判所の国際裁判管轄を肯定するのが相当である。」 Ⅱ.「Xの主張する不法行為 1 についての損害賠償請求の内容は、X’ の代 理人であるY2 が、Y1 の教唆により、平成17年頃から現在に至るまで、 米国内において本件行為 1 をし、X’ の名誉及び信用並びにブランドイメ ージを毀損し、無形損害を生じさせたというものであり、法律関係の性質 は、不法行為である。 通則法の附則 3 条 4 項によれば、同法の施行日である平成19年 1 月 1 日 判例研究 456 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 前に加害行為の結果が発生した不法行為によって生ずる債権の成立及び 効力については、なお従前の例により、法例が適用される。したがって、 不法行為 1 のうち、①平成19年 1 月 1 日前に加害行為の結果が発生した行 為については、法例11条 1 項により、『原因タル事実ノ発生シタル地ノ法 律』が適用されることとなり、②同日以降に加害行為の結果が発生した行 為については、名誉又は信用を毀損する不法行為についての特則である通 則法19条により、『被害者の常居所地法(被害者が法人その他の社団又は 財団である場合にあっては、その主たる事業者の所在地の法)』が適用さ れることとなる。」 このうち①について、「Xの主張する不法行為 1 は、要するに、『X’ の 代理人であるY2 によって、X’ 商品との誤認混同を招く粗悪なY2 商品の 販売行為が米国内で行われたことにより、全世界におけるX’ の名誉及び 信用並びにブランドイメージの毀損が生じた』というものである。しかし、 販売行為は米国内で行われているものであるし、米国以外の国での名誉、 信用又はブランドイメージの毀損は、仮に生じたとしても、米国内でのこ れらの毀損の結果の派生的なものにすぎないというべきであるから、権利 侵害の結果は米国内で生じているものであり、法例11条 1 項にいう『原因 タル事実ノ発生シタル地』とは、米国内の地と解するのが相当である。」 「Y2 商品の販売は主にインターネットを通じてニュージャージー州内に あるY2 の事務所において行われており、Y2 商品の発送もすべて同事務 所から注文者宛に機械的に行われており、同発送行為をもって米国内での 名誉及び信用並びにブランドイメージの毀損の発生とほぼ同視できるこ とからすれば(Xも争っていない。)、法例11条 1 項にいう『原因タル事実 ノ発生シタル地』とは、ニュージャージー州と解するのが相当である。」 とした。 また、②については、「不法行為 1 の被害者であるX’ の主たる事業所の 所在地は日本にあるから、通則法19条により、Y双方ともに準拠法は日本 法となる。」とした。 Ⅲ.「Xの主張する不法行為 2 についての損害賠償請求の内容は、Y2 が、 Y 1 の教唆によって、本件欧州登録商標の設定登録を受けた(本件行為 2 ) ことにより、これを理由とする警告書が送付されてX’ の営業が妨害され 競業者による複数の不法行為を巡る国際裁判管轄と準拠法(嶋) 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 457 たため、商標登録無効審判請求の提起を余儀なくされ、経済的損害(審判 に要した費用の支出)を被ったというものであり、法律関係の性質は不法 行為である。そして、不法行為 2 について、Xは、X’ が欧州共同体商標 意匠庁に商標登録をする権利が侵害されたと主張しているものではなく、 『代理人』であるY2 によって営業を妨害されない利益がX’ にあることを 前提として、本件行為 2 はかかる利益を侵害したと主張しているものと解 される。そうすると、そのような営業を妨害されないという利益は、X’ の 主たる事業所の存する日本国内に存すると解するのが合理的であるから、 不法行為 2 についての法例11条 1 項(本件欧州商標登録がされたのは平成 17年であるから、上記利益侵害の結果も同時点で生じているとみるのが相 当であり、法例が適用される。)にいう『原因タル事実ノ発生シタル地』 は、日本と認めるのが相当である。したがって、不法行為 2 についての準 拠法は、Y双方について、日本法となる。」 Ⅳ.「Xの主張する不法行為 3 についての損害賠償請求の内容は、Y2 が、 Y1 の教唆により、平成21年に英仏代理店に対して本件行為 3 を行い、さ らに強要、脅迫行為、欺罔行為をしたことにより、X’ の名誉及び信用を 毀損したというものである。したがって、法律関係の性質は不法行為であ り、名誉及び信用毀損についての特則である通則法19条により、Y双方に ついて、X’ の主たる事業所の所在地である日本の法が準拠法になる。」 Ⅴ.「Xの主張する不法行為 4 についての損害賠償請求の内容は、Y2 が、 Y1 の教唆により、平成21年に日本国内の取引先に対して本件行為 4 を行 ったことにより、X’ の営業上の利益を侵害するとともに、名誉及び信用 を毀損したというものである。したがって、同行為の法益侵害の結果は日 本国内で生じているというべきであるし、また、同行為は名誉及び信用を 毀損する行為に当たるから、通則法17条及び19条により、Y双方について、 日本の法が準拠法になる。」 判例研究 458 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 3.評釈 判旨Ⅰに概ね賛成するが、判旨ⅡないしⅤには異論がある。 Ⅰ.国際裁判管轄(判旨Ⅰに対応) (1)全体的な判断枠組み 本事案では、X’ による訴訟提起は平成24年 4 月 1 日以前であるから、 民事訴訟法及び民事保全法の一部を改正する法律の附則 2 条 1 項に基づ き、平成23年改正民事訴訟法の適用はない。そのうえで、本判決の構成は 次のとおりである。 ① 本件行為 4 について不法行為管轄に基づき日本の国際裁判管轄を肯 定した。なお、不法行為管轄を肯定するに当たっては、従前の裁判実務 の流れを踏襲し客観的事実関係証明説に依拠した。 ② 本件行為 1 ないし 3 については、本件行為 4 との間で、実質的に争点 が共通し、紛争の合理的な解決のために統一的な判断をする必要がある として、客観的併合管轄を肯定した。 (2)客観的併合管轄 平成23年民事訴訟法改正前の学説では、渉外事案における客観的併合管 轄に関して、請求の関連性を問わずこれを肯定する見解もあった(池原季 雄「国際的裁判管轄権」鈴木忠一=三カ月章監修『新・実務民事訴訟講座 〔第 7 巻〕』(日本評論社、1982年)35頁)が、次第に請求相互の密接な関 連性を要求する見解が大勢を占めるに至った(新堂幸司=小島武司編『注 釈民事訴訟法〔第 1 巻〕』(有斐閣、1991年)117~118頁[道垣内正人]、 木棚照一=松岡博=渡辺惺之『国際私法概論〔第 5 版〕』(有斐閣、2007年) 303~304頁[渡辺]等)。裁判実務も後者と同様の立場に依拠しており(最 判平成10年 4 月28日民集52巻 3 号853頁、最判平成13年 6 月 8 日民集55巻 4 号727頁)、現行の民事訴訟法 3 条の 6 ではこうした見解に沿った規定が設 けられている。 もっとも、裁判実務では、請求相互の密接関連性という要件を比較的緩 く解し、複数の請求が実質的に争点を同じくする場合、あるいは同一の実 体法上の原因に基づく場合には、客観的併合管轄を認めるとしており、広 くこれを許容する傾向がある(前掲の二つの最高裁判決)。本判決もこう 競業者による複数の不法行為を巡る国際裁判管轄と準拠法(嶋) 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 459 した従前の裁判実務の立場と軌を一にしていると思われる。これに対して、 学説の中には、請求の基礎の同一性といった程度では足りず、請求間に判 断の矛盾を回避するために統一した審理を行う必要があることを求める (木棚ほか・前掲304頁[渡辺])など、客観的併合管轄を認めるのに総じ て抑制的な見解も存在する。本事案の事実関係をみるに、不法行為 1 ない し 4 の間には、レプリカギターの営業上の利益を巡るX’ Y間の紛争とい った程度において争点の共通性が認められるものの、これら各不法行為の 基礎となる事象は互いに異なるものであり、時期的にみても 4 年間にわた り区々生じたものである。また、不法行為 1 ないし 4 に基づく請求の間で 相互に、内容上の依存関係があるわけでもない。こうした点を踏まえると、 従前の裁判実務を支持する見解からすれば、本事案においても争点の共通 性が一定程度存在する以上、併合管轄を肯定した本判決の結論に異論はな いと思われるが、他方で、併合管轄に抑制的な見解からは、本事案では各 請求間で統一的な審理を行う必然性に乏しいことから、本判決の判断に批 判が寄せられるものと思われる。客観的併合管轄を広く認めると、個別の 請求と法廷地との関連が希薄化し、応訴負担が重くなる等の弊害が生じる 惧れはあるが、他方で、本事案におけるX’ Y間の紛争の中心は一貫して レプリカギターの営業権にあり、不法行為 1 ないし 4 はそこから派生的に 顕現化した具体的事象に過ぎないと捉えれば、これらの不法行為について 一体的に判断を行うことに手続的合理性を認めることは可能であろう。私 見では本判決を含めて裁判実務の立場を支持したい。 (3)本件欧州登録商標の専属管轄との関係 本事案では、Xは、欧州共同体商標意匠庁に対して出願し登録設定を受 けたY2 の行為(本件行為 2 )を不法行為であると主張しているが、その 前提として、XはY2 の本件欧州登録商標の登録の有効性を争っているも のと考えられる。これに対してYは、本件欧州登録商標の有効性に関する 問題が欧州共同体商標意匠庁および欧州共同体司法裁判所の専属管轄に 服することを理由に、わが国に国際裁判管轄はないと反論したが、本判決 ではこの反論を認めなかった。 この点につき、学説では、仮令先決的な問題としてであってもわが国の 訴訟の中で外国知財権の登録の有効性について判断することに否定的な 判例研究 460 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 見解(「A説」という。髙部眞規子「特許侵害訴訟と国際裁判管轄」牧野 利秋判事退官記念『知的財産法と現代社会』(信山社、1999年)135~136 頁、吉藤幸朔[熊谷健一補訂]『特許法概説〔第13版〕』(有斐閣、1998年) 479~480頁)と、侵害訴訟の中で外国知財権登録の有効性を疑問視する旨 の抗弁が提出されるなど外国知財権の登録の有効性が先決的な問題とし て争われた場合にはわが国裁判所の判断権限を認める見解(「B説」とい う。茶園成樹「外国特許侵害事件の国際裁判管轄」日本工業所有権法学会 年報21号75~76頁(1997年)、申美穂「知的財産権侵害訴訟に関する国際 裁判管轄について(2・完)」法学論叢155巻 5 号71~73頁(2004年)、道垣 内正人「特許権をめぐる国際私法上の問題」知財管理60巻 6 号889~890頁 (2010年))が対立している。従前の裁判例(東京地判平成15年10月16日判 時1874号23頁〔サンゴ砂事件東京地裁判決〕)はB説に依拠している。こ れは、日本法人Xがサンゴの粉末を使った健康食品を製造し米国に輸出し ていたところ、日本法人YがXの取引先に向けて、Xの製品はYの米国特 許権を侵害している旨の警告文を送ったため、XがYに対して、Yの米国 特許権に基づく差止請求権が存在しないことの確認や損害賠償を求めた 事案である。訴訟の過程で、XはYの米国特許権の無効を主張したため日 本の裁判所がこの点を判断することが可能か否かが争点となった。判旨 は、一般論として、特許権の成立・無効に関する訴えは登録国の専属管轄 に属すると述べながら、外国特許権に基づく差止訴訟で特許無効の抗弁が 出された場合について、「当該特許についての無効判断は、当該差止請求 訴訟の判決における理由中の判断として訴訟当事者間において効力を有 するものにすぎず、当該特許権を対世的に無効とするものではないから、 当該抗弁が許容されていることが登録国以外の国の国際裁判管轄を否定 する理由となるものではなく、差止請求訴訟において相手方から特許無効 の抗弁が主張されているとしても、登録国以外の国の裁判所において当該 訴訟の審理を遂行することを妨げる理由となるものでもない」として、日 本の国際裁判管轄を肯定している。 本判決もB説を採用したと位置付けられるが、次の理由によりこの見解 を支持したい。 第一に、先決問題として外国知財権の登録の有効性が日本の裁判所で争 われても、その判断が相対的効力を有するに止まる以上、わが国が先決問 競業者による複数の不法行為を巡る国際裁判管轄と準拠法(嶋) 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 461 題としての判断を行ったとしても登録国の専属管轄との関係において問 題は生じないであろう。わが国特許法104条の 3 第 1 項に関連して、侵害 訴訟裁判所が行う特許無効判断の効力は相対的効力を有するに過ぎない (特許無効は飽くまで特許無効審判に拠るべき)と解釈されている(中山 信弘=小泉直樹編『新注解特許法〔下巻〕』(青林書院、2011年)1828頁[森 崎博之]、増井和夫=田村善之『特許判例ガイド〔第 4 版〕』(有斐閣、2012 年)187頁[増井]等)が、本判決の立場はこうした内国訴訟におけるわ が国の特許権に対する取扱いとも整合的である。 第二に、海外の議論をみても、CLIPS 抵触法原則 Final Text Article 2: 401(2) および ALI 原則§212(4)に代表されるとおり、内国訴訟で外国知財権の登 録の有効性を先決問題として争うことを許容する立場が近時有力になっ ている。こうした比較法的検証もB説を後押しする。もっとも、Brussel I 規 則22条(4)に関連して、欧州共同体司法裁判所が先決問題として知財権の 登録の有効性を争う場合であっても、登録国の専属管轄に服する旨の判断 を下している(GAT v. Luk [2006] ECR I-6509, Roche v. Primus [2006] ECR I-6535)ほか、Brussel I 規則 Recast 24条(4)もこれら判決の内容を明文化す るなど、欧州共同体ではA説を採用する動きが拡がっている(なお、こう した欧州の動向については、A. Dickinson/E. Lein (ed.), The Brussels I Reg- ulation Recast (Oxford Univ. Pr., 2015), §8.40 ff[特に§8.42]を参照)。このた め、本論点を巡る海外の動向を今後とも注意深く観察していく必要はある と思われる。 Ⅱ.不法行為 1 の準拠法(判旨Ⅱに対応) 本判決は、不法行為 1 について、①平成19年 1 月 1 日前の行為は法例11 条 1 項によるとし、原因事実発生地(ニュージャージー州。「NJ州」とい う)に連結させる一方で、②同日以降の行為は通則法19条に拠るとして、 X’の主たる事業所の所在地(日本)に連結させる旨結論付ける。 このうち、①について法例11条 1 項を適用することに異論はない。もっ とも、本判決では、その適用結果として、「(NJ州内での)発送行為をも って米国内での名誉及び信用並びにブランドイメージの毀損の発生とほ ぼ同視できる」ことを理由としてNJ州に連結させているが、発送行為を 結果発生と同視するのは短絡的であり、準拠法をNJ州法とした具体的な 判例研究 462 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 結論には疑問がある。不法行為 1 は北米各州におけるX’ の営業利益を侵 害する行為であり、その直接的な法益侵害は北米各州で発生している。法 例11条 1 項の原因事実発生地の解釈を巡っては、行動地説(江川英文『国 際私法〔改訂増補〕』(有斐閣、1970年)233頁)、結果発生地説(実方正雄 『国際私法概論〔改訂版〕』(有斐閣、1950年)233頁、久保岩太郎『国際私 法』(有信堂、1954年)175頁)、二分説(折茂豊『国際私法各論〔新版〕』 (有斐閣、1972年)180頁、山田鐐一『国際私法〔第 3 版〕』(有斐閣、2004 年)366頁)等が対立してきたが、不法行為制度の目的が被害者の損害填 補にあることを理由として、最終的には結果発生地説が有力な地位を得る に至っていた(櫻田嘉章=道垣内正人編『注釈国際私法〔第 1 巻〕』(有斐 閣、2011年)429~430頁[西谷祐子])。このこと等を踏まえると、①に関 する限り、北米各州内における侵害結果毎に区々、各州法が準拠法になる と考えるべきである。 また②については、通則法19条を適用すること自体に反対である。利害 競合事案において、原告が被告に帰属する著作権の独占的利用権を侵害し ている旨を第三者に告知する被告の行為について通則法19条を適用した 裁判例(知財高判平成26年 3 月27日・平成25年(ネ)第10094号)が既に存 在しており、本判決もこうした従前の裁判例に倣ったものと考えられる。 確かに不法行為 1 によりX’ 商品類似の粗悪品が市場に流通すればX’ の名 誉・信用やブランドイメージの失墜に繋がることから、本判決はこの点を 捉えて通則法19条に拠り処理したものと考えられる。しかしながら、X’ 商 品類似の粗悪品を販売したY2 の行為の本質は、競業相手であるX’の営業 の妨害およびその営業利益・商圏の簒奪にあったと捉えるべきであり、Y2 がX’ 商品と類似する粗悪品を販売・流通させた結果X’ の名誉・信用やブ ランドイメージが毀損されたとしても、それはX’ の営業を妨害するため の手段あるいはX’ の営業利益・商圏の簒奪の過程で生じた派生的事象に 過ぎないと評価するのが妥当であろう。通則法19条にいう「名誉又は信用」 は人格権の一部を構成するものと捉えられている(小出邦夫編著『逐条解 説・法の適用に関する通則法〔増補版〕』(商事法務、2014年)224頁[和 波宏典])が、不法行為 1 は、その本質がX’ の営業妨害および営業利益・ 商圏の簒奪にある以上、通則法19条の単位法律関係に包摂され得ない事項 を含んでいると考えられる。従って、②について通則法19条の適用はなく、 競業者による複数の不法行為を巡る国際裁判管轄と準拠法(嶋) 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 463 不法行為に関する一般規定(同法17条)を適用して準拠法を決定すべきで あると思われる(嶋拓哉「国際的な不正競争行為を巡る法の適用関係につ いて」知的財産法政策学研究37号300頁(2012年)。高橋一章「判批」ジュ リスト1481号105頁(2015年)も同旨)。なお、②に関して通則法17条を適 用した結果、上記①と同様に、北米各州内において生じた侵害結果毎に 区々各州法が準拠法になると考える。 Ⅲ.不法行為 2 の準拠法(判旨Ⅲに対応) 本判決では、不法行為 2 について、自身の営業を妨害されないというX’ の 利益がその主たる事務所所在地にあるとして、法例11条 1 項に基づき日本 法が準拠法であるとした。この点に関して、法例11条 1 項を適用したこと 自体に異論はないが、日本法を準拠法とした具体的な結論には異論がある。 本件欧州登録商標を取得すれば、その超国家的な制度に基づき、当該商標 制度の加盟国内で登録商標権を行使することが可能になる。本件欧州登録 商標を得て営業を行う利益がX’ に帰属していたとすれば、それはX’ の主 たる事業所の所在地ではなく、X’ が当該登録商標を利用して営業活動を展 開し得る当該商標制度の加盟国に所在していたと観念される。よって、Y2 がかかるX’ の利益を侵害したのであれば、その直接的な侵害結果は当該商 標制度の加盟国で生じたということになる。各加盟国内において生じた利 益侵害については区々、各加盟国法が準拠法になると考えるべきであろう。 Ⅳ.不法行為 3 の準拠法(判旨Ⅳに対応) 本判決では、不法行為 3 について通則法19条を適用して、X’ の本拠地 である日本に連結すると結論付けた。不法行為 3 に引き続いて、Y2 の代 表者等がX’ の仏国代理店に対して面会強要、脅迫電話、欺罔を行ってい ること等からも窺われるとおり、不法行為 3 の本質は、英仏両国における X’ の営業を妨害し、その営業利益・商圏を簒奪することに求められる。 即ち、不法行為 3 も、不法行為 1 と同様に、人格権としての「名誉又は信 用」という通則法19条の単位法律関係では包摂しきれない内容を含んでお り、その行為の本質に鑑みれば、不法行為に関する一般規定(同法17条) を適用すべきであったと考えられる。不法行為 3 による侵害が主張されて いるX’ の営業上の利益は英仏各国に所在するものと観念されるから、英 判例研究 464 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 国での侵害については英国法を、仏国での侵害については仏国法を、各々 準拠法とするのが妥当であったと思われる。 Ⅴ.不法行為 4 の準拠法(判旨Ⅴに対応) 本判決は、不法行為 4 に関して、「営業上の利益を侵害するとともに、 名誉及び信用を毀損した」ことを理由として、通則法17条および19条によ り日本法が準拠法になる旨結論付ける。この点、日本法を準拠法とする結 論自体に異論はないが、不法行為 4 についてX’ の主張に沿って一般不法 行為および名誉・信用毀損として二重の性質決定を行っているのは問題で ある。通則法19条冒頭に「第17条の規定にかかわらず」という文言が設け られているが、これは通則法19条が同法17条の特則であるとの位置付けを 明示したものである(小出編著・前掲222頁[和波])。従って、通則法19 条の単位法律関係に包摂される実体的事象については同条が優先的・排他 的に適用され、それ以外の事象には、同法18条の単位法律関係に包摂され る場合を除いて、同法17条が適用されると考えるべきである。さもなくば、 仮に原告が同一の実体的事象につき名誉・信用毀損行為の側面と一般不法 行為の側面を各々捕まえてその両方を請求の根拠として挙げた場合には、 本判決のようにかかる請求者の主張をそのまま容れることになってしま うが、こうしたことは結局のところ、通則法19条を同法17条の特則として 設けた本来の立法趣旨を没却することに繋がるであろう。 本事案の具体的事情の下では、Y2 がX’ の日本国内の取引先(Sおよび T)に警告書等を送ることでX’の名誉・信用毀損が生じているにしても、 このY2 の行為の本質はX’ の営業を妨害しその営業利益・商圏を簒奪する ことにあると考えるのが妥当である。このように不法行為 4 が通則法19条 で捕捉しきれない事象内容を含んでいる以上、同条の適用はなく、一般不 法行為として性質決定し、同法17条を適用すべきであったと考えられる。 (以 上) (追記)本稿は JSPS 科研費(25380056,17K03379)および KDDI 財団・2016年度調 査研究助成による成果の一部である。なお、本稿は、「 3 .評釈」のうち「Ⅰ.国 際裁判管轄」の箇所を中心に、渉外判例研究会の原稿(ジュリスト1490号139頁以 下 〔2016年〕)に加筆したものである。