知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 301 論 説 言論規制―従来型と最新型(2・完) Jack M. BALKIN 石新 智規・樫尾 洵(訳) B.デジタル事前抑制 1 . 従来型:伝統的な事前抑制及びその効果―出版初期の時代に遡る、 最も古い形の言論規制の 1 つが事前抑制である73。今日、事前抑制は一般 的に司法による差止め(Pentagon Papers 事件における論点)に伴うもので あるが、そのルーツは、印刷機を稼働させるために国家が許可の取得を要 求し、出版前にコンテンツの事前検査を要求する、より古い許可制及び官 僚機構にある74。 Pentagon Papers 事件における政府の差止請求は世の中とコミュニケー ション技術に関する一定の事実を前提としており、その前提事実によって 差止めは取得する価値のあるものとなっていた。すなわち、差止めの請求 は、例えば、Pentagon Papers 社が新聞の印刷及び印字を行う時間がある場 合のみ、出版を行うことができることを前提とした。それは、原本の複製 を作ることにはかなりの時間と労力を要すること、そして、Daniel Ellsberg が複数の新聞の電子コピーを作成し、アメリカの裁判所の管轄を越えて世 界中に瞬く間にそれを広めるという、当時では魔法の能力を持たないこと を前提としていた。 73 See FREDRICK SEATON SIEBERT, FREEDOM OF THE PRESS IN ENGLAND, 1476-1776, at 21-30 (1952). 74 See Philip Hamburger, The Development of the Law of Seditions Libel and the Control of the Press, 37 STAN. L. REV. 661, 673 (1985)(「許可は多くの利点をもたらした。特に、 出版物のコントロールのために用いられる場合、許可制は国王が出版前の検閲をす ること及び侵害者を簡単に処罰することを可能にした。」). 論 説 302 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 政府が Pentagon Papers 事件のように司法的差止めを通して機密情報を 抑制し得るという考え方は、今日ではほとんど古風で変わったものに見え る。現代の Daniel Ellsberg は海外の多くの異なる場所に安全なサーバーを 持つ WikiLeaks のような組織と協力するであろう75。逆に WikiLeaks は、公 開によるリークを実行するために世界中の異なる国の格式のあるニュー ス組織と協力するであろう(また実際に協力してきた)。WikiLeaks の電信 が公表を始めたとき、オバマ政権はニクソン政権のように差止めを求めよ うとはしなかった。代わりに、オバマ政権は WikiLeaks をコントロールす るための異なる方法に頼った76。 それにもかかわらず、デジタル世界においても、事前抑制(一方当事者 のみからの聴聞による差止めを含む)は、正しく使われれば言論規制の重 要な道具になり得る。また、新たな言論規制の最も重要な機能のうちのい くつかは、許可制や司法的差止めを用いない場合でも、伝統的な事前抑制 に類似する効果を得るためにデジタル技術を取り入れている。それゆえ、 これらの最新型の手法を論じる前に、事前抑制がどのように作用し、なぜ 事後の刑事訴追よりも出版の自由を制限するのかについて理解すること が重要である77。 事前抑制(許可制を含む)は、裁判のコスト、証明責任及び不作為の結 果を国家から表現者に移転させるため、特に問題である。事前抑制は有害 なコンテンツを容易に発見、ブロック及びコントロールできるようにしよ うとし、また侵害を行う表現者を容易に起訴、処罰及び抑止可能とする。 これらの効果は 6 つのカテゴリーに分けられる。 75 MICAH L. SIFRY, WIKILEAKS AND THE AGE OF TRANSPARENCY 27-28, 37 (2011); Noam Cohen, What Would Daniel Ellsberg Do with the Pentagon Papers Today?, N.Y. TIMES, Apr. 19, 2010, at B3. 76 See infra section II.C.2.c, pp. 2327-29. 77 修正第 1 条から見た事前抑制の問題点に関する標準的な議論については、see Thomas I. Emerson, The Doctrine of Prior Restraint, 20 LAW & CONTEMP. PROBS. 648, 656-60 (1955), see also Stephen R. Barnett, The Puzzle of Prior Restraint, 29 STAN. L. REV. 539 (1977); Vincent Blasi, Toward a Theory of Prior Restraint: The Central Linkage, 66 MINN. L. REV. 11 (1981); John Calvin Jeffries, Jr., Rethinking Prior Restraint, 92 YALE L.J. 409 (1983). 言論規制-従来型と最新型(Balkin) 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 303 (a) 意図的に広げられる適用範囲―まず、事前抑制は事後の起訴及び罰 則のシステムよりもずっと広くかつ多様なコンテンツを政府規制及び監 視の対象とする。検察官や民事の原告は、その注意を引いた行為のみを検 討し、提起するかどうかを決める必要がある。事前抑制のシステムでは、 どれだけ問題がないものであったとしても、全てが政府の前に晒され、出 版される前に政府の許可を必要とする。事前抑制の長所であり、同時に短 所となるのは、保護されるコンテンツも保護されないコンテンツも一緒に まとめられることである。 (b) 活動しないこと及び不作為の負担の移転―第二に、事前抑制のシス テムでは、コミュニケーション(修正第 1 条の下で完全に保護されるコン テンツのコミュニケーションを含む)は許可が得られるまで起こり得ず、 このことはメッセージが伝達されることによる効力や価値を損なう可能 性がある。国家の許可を得る義務が表現者に課せられている。政府が反応 せず、許可も与えなければ、表現者は沈黙させられる。事後処罰のシステ ムでは、表現の遅延は生じず、規制を行う場合、国家は反応する義務を課 せられる。国家が何もしなければ自由表現は継続する。このように、事前 抑制を行うことは、かなりの量の保護された素材を、保護されない素材を 探すことを促進するために無制限にブロックし続ける可能性があるため、 (規制の)範囲が広すぎるという問題を悪化させる。 (c) 限定的な手続保障及び別の司法手続に対する決定の先送り―第三 に、事後処罰のシステムは表現者に、陪審員による裁判、言論の自由の憲 法的保護を含む、完全な手続保障を可能とする機会を与える。事前抑制の システムは行政的又は非公式なものとなる可能性があり、問題はコンテン ツが修正第 1 条で保護されているか否かではなく、行政官が関連する制定 法のカテゴリーにコンテンツが該当すると考えるかどうかになってしま う。執行官又は行政官が決定を行い、当該決定は行政行為に対する、より 限定された司法審査の対象にしかならない可能性がある。更に、デジタル 時代においては、決定は人間の関与なしにソフトウェアプログラムによっ てなされる可能性があり、実効性のある司法審査の方法がないということ もあり得るかもしれない。 (d) 公開される訴追から可視性の低いコントロールシステムへの移行 ―第四に、事前抑制のシステムは公衆による審査の及ばないバックグラウ 論 説 304 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) ンドで作用し得る。それは事務として習慣化され、組織化され得る。この 問題は、デジタルコンテンツのブロッキングやフィルタリングが自動化さ れる場合に大きくなる。事後処罰のシステムは多くの場合、刑事又は民事 を問わず、訴追するために個別の決定を要求する。これは、訴追の実行が 賢明か否かについて、より多くの審査及び議論の機会を公衆に与える。 (e) 誤りのコストの負担の移転―第五に、事前抑制のシステムは行き過 ぎた検閲への制度的な動機を作り上げる。Thomas Emerson 教授がかつて説 明したように、「検閲の役割は検閲である」。それは抑制するものを探すこ とに専門的な興味を持っている。それはしばしば抑制を求める利益(それ 自身が代表する利益)に敏感に反応し、自由表現を支える、より分散し消 極的な力にはそれほど同調しない78。これは、停止のための権力が私人の 手に担われ、又はフィルタリングプログラムで自動化されている場合、よ りよく当てはまる。 (f) 自己識別の強制、すなわち所在の特定、逮捕、抑制及び処罰の可能 性の増加―第六に、事前抑制は、政府が関心を持つコンテンツがより抑制 され、またその出版社が特定され処罰されるように設計されている。事後 処罰のシステムでは、政府は有害なコンテンツを見付ける必要があり、ま た訴追がそれに要する時間と手間に値するかについて決定する必要があ る。事前抑制のシステムは費用の負担を政府から表現者に移転し、検閲の コストを下げる。表現者は、なぜそのコンテンツは出版されるべきなのか 証明する負担を課される。 もし表現者が事前抑制システムの許可制度を無視し、又はこれに逆らえ ば、主な問題は、コンテンツが憲法的に保護されているかどうかではなく、 表現者が正しい許可を事前に得たかどうかになる。これが、裁判所の差止 めを事前抑制のように作用させる中核的な特徴である79。付随的審査制の 下では、もしある者が裁判所の出版差止命令に違反したら、出版者は通常、 法廷侮辱罪に対する防御として裁判所の命令の違憲性を争う権利を失う80。 78 Emerson, supra note 77, at 659. 79 Jeffries, supra note 77, at 431-32(差止めを事後処罰より問題があるものとする特徴 の 1 つは、付随的禁止ルールの継続的な持続であると論ずる). 80 Richard E. Labunski, The “Collateral Bar” Rule and the First Amendment: The Consti- 言論規制-従来型と最新型(Balkin) 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 305 更に、誰かが法に違反したと疑う検察官は通常その違反を個人的な侮辱 とは捉えない。むしろ、その検察官は訴追を行うことが所与の有限なリソ ースの下で行われる努力に値するかについて専門的な計算を行う。一方で、 もし表現者が事前抑制システムにおいて許可を得なかった場合、許可を与 える者(差止めの場合は裁判官)は、その行為を彼らの権威に対する脅威 と見て、彼らの権力を確立するために確実かつ厳しい処罰を好むであろう。 2 . 最新型:デジタルインフラストラクチャーに向けられた事前抑制― デジタル技術は、行政又は官僚機構による審査方法、又は司法による差止 めを必ずしも必要としない手法を通じて、国家及びそれに協力的な私人の 両方に、事前抑制に関する多くの費用や負担の移転を可能とする。 (a) フィルタリング―フィルタリングシステムはテクノロジーを用い て伝統的な事前抑制と同じ効果を得る。フィルタリングシステムは、特に DNS 又は IP レベルで行われる場合、しばしば範囲が広すぎる81。しかし、 範囲が広すぎることは、特に費用の削減と包括的な効果を得ることが目標 である場合においては、特長であり欠陥ではない。 フィルタリング技術は、リバースエンジニアリングを防ぐため、しばし ば秘密とされ、営業秘密保護法により保護されることもある。フィルタリ ング基準は、特に国家が私人により設計されたフィルターを使う場合、修 正第 1 条の分類を尊重していなかったり、内容又は見解を基準とする不適 切な規制となっている可能性がある82。フィルタリングシステムはフィル tutionality of Enforcing Unconstitutional Orders, 37 AM. U. L. REV. 323, 327 (1988)(付随 的な禁止のルールについて説明する). 裁判所は命令が「明白に無効」である場合は ルールが適用されるべきではないと論じて、厳格さを緩和するためにその法理に例 外を継ぎ足している。See Walker v. City of Birmingham, 388 U.S. 307, 315 (1967)(付 随的禁止ルールを適用し、「これは差止めが明白に無効、又は有効であるとほぼ考 えられない事案ではない」と論じる). In re Providence Journal Co., 820 F.2d 1342, 1347 (1st Cir. 1986)(「明白に無効な命令が不服従罪の召喚状の根拠となることはない。」). 81 Derek E. Bambauer, Cybersieves, 59 DUKE L.J. 377, 397 (2009) (「全てではないとし ても、ほとんどのインターネットフィルタリングシステムは過度に広範に規制する (無害なコンテンツをブロックする) か、規制が狭すぎる (禁止されている素材をブ ロックできない)か、又はその両方かである。」). 82 国家の行為がない所にはコンテンツ及び視点に基づいたフィルタリングを行っ 論 説 306 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) ターに抗議する機会、表現者への手続保障又はブロックされる言論の個別 の憲法的分析なく、言論を自動的にブロックする83。誤った判断に伴うコ ストはフィルタリングシステムではなく表現者に課され、ブロックの結果 を変更し又は除去する負担は表現者にある。最後に、フィルタリングシス テムはバックグラウンドで静かに働き、それらの効果は一般公衆には気付 かれないであろう84。 (b) ドメインネームの差押え―国家は、数字の IP アドレスと www.nytimes. com のようなドメインネームを繋げるドメインネームシステムへのコン トロールを主張することで、コンテンツをコントロールすることができる。 例えば、2010年11月、国土安全省(Department of Homeland Security)は、 知的財産権を侵害したと疑われる人物や事業体のドメインネームを差し 押さえる Operation In Our Site をスタートした85。 ドメインネームの差押えは、伝統的事前抑制と少なくとも 5 つの特徴を 共有する。まず、それは設計の段階から規制の範囲が広すぎる。ドメイン ネームシステムを無力にすることは、あるドメインネームにより辿り着く ことができる全てのコンテンツをブロックすることである。第二に、それ ている私的当事者に対する憲法上の疑義を出す余地はなく、Section 230 の規定の中 には、コンテンツをブロックすることについてさえ仲介者を免責するものがある。 47 U.S.C. § 230 (c)(2) (2006). しかし、コンテンツ又は視点に基づいたフィルタリン グが政府による付随的検閲により発生する場合は、国家行為があることになる。See Balkin, supra note 39, at 2299. 83 この点は知的財産の文脈において特に重要である。多くの最新の言論規制は著作 権の潜在的な侵害に向けられている。「(特定の出版に対する)事前抑制は、明らか に有効な著作権に対する差し迫った侵害についての一般的な司法上の反応である」 Dall. Cowboys Cheerleaders, Inc. v. Scoreboard Posters, Inc., 600 F.2d 1184, 1187 (5th Cir. 1979) (裁判例をまとめている) が、それは、(侵害に関する司法上の判断に関わら ない) 事前抑制の行政上又は技術的枠組みが言論の自由の原則を免れることを意味 するものではない。 84 政府はフィルタリング技術の回避も違法とすることができる。Cf. 17 U.S.C. § 1201 (2012)(アクセスコントロール装置を回避するテクノロジーの配布を違法とする). 85 NAT’L INTELLECTUAL PROP, RIGHTS COORDINATION CTR., OPERATION IN OUR SITES, http://www.ice.gov/doclib/newsflibrary/factsheetslpdf/operation-in-our-sites.pdf (last visited May 10, 2014), archived at http://perma.cc/6KMD-5BTW. 言論規制-従来型と最新型(Balkin) 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 307 らは不作為及び活動しないことのコストを転換する。当該ドメインネーム を通じたアクセスは、政府がドメインネームを修復するまでブロックされ る。第三に、一般的にドメインネームの差押えは、影響を受ける当事者に 対する手続保障が限られる一方当事者のみに対する審問により発せられ る。第四に、ドメインネームの差押えは目立たない行為である。第五に、 政府は、ドメインネームの差押えにおいては、度を越して熱心に訴追する ことに対してはあまり意欲的でない私人とも協働することができる。 ある不幸な事故において、移民関税捜査局(Immigration and Customs Enforcement (ICE))は、著作権侵害を助長している疑いで、DajazI が運営 していたヒップホップウェブサイトのドメインネームを差し押さえた。差 押えは宣誓書によって正当化されていたが、この宣誓書は不正確な情報に 基づいていた。特に、差押命令を正当化した、侵害の疑いがあるとされた リンクは、実際はアーティストら自身によって DajazI に与えられていた86。 しかし、ICE 及び司法省は、全米レコード協会(Recording Industry Asso- ciation of America (RIAA))と共に働き、当初の命令を何度も非公開かつ一 方当事者のみに対する審問によって延長するなどして、サイトを 1 年間ダ ウンさせた87。最終的に、政府が訴追に進むための合理的疑いが欠けてい たと決定した後、差し押さえられたドメインは修復された88。 86 Dara Kerr, Homeland Security’s Domain Seizures Worries Congress, CNET (Sept. 3, 2012, 8:41 PM), http://news.cnet.com/8301-1023_3-57505318-93/homeland-securities- domain-seizures-worries-congress, archived at http://perma.cc/9U3Q-CSBT. 87 See In the Matter of the Seizure of the Internet Domain Name “DAJAZI.COM,” ELEC. FRONTIER FOUND., https://www.eff.org/cases/matter-seizure-internet.domain-name-dajazicom (last visited May 10, 2014), archived at http://perma.cc/X42D-5NL2 (非公開だったが、 2014年 5 月に公開された訴訟記録); Kerr, supra note 86. 88 See Kerr, supra note 86; Timothy B. Lee, Waiting on the RIAA, Feds Held Seized DajazI Domain for Months, ARS TECHNICA (May 4, 2012, 11:41 AM), http://arstechnica.com/ tech-policy/2012/05/waiting-on-the-riaa-feds-held-seized-dajazI-domain-for-months, archived at http://perma.cc/URT7-V56S; see also Bambauer, supra note 8, at 865-67(司法省及び Homeland Security が、児童ポルノを含むと考えられていたドメインネームをコント ロールするために一方当事者審問に基づく命令を使用し、いかなる犯罪についても 無実であったサイトを一掃した Operation Protect Our Children について述べる). 論 説 308 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) このエピソードは最新型の言論規制の 3 つの特徴的な側面を含んでい る。(1) 政府と私人の協力、(2) インフラストラクチャーへの攻撃による 言論のコントロール、及び (3) 伝統的手続保障及び自由の保護を迂回する 新しい執行テクニックである。 (c) フィルタリング又は付随的検閲の結果をもたらすように設計され た差止め―しばしばコンテンツ業界から突き上げを受ける政府は、差止め を新しい方法で用いる、良くできた新しい枠組みを作り上げた。その革新 の中心は、表現者を標的とする制約から私的インフラストラクチャーの保 有者を標的とする制約への移行である。目的は、私的インフラストラクチ ャーの保有者に監視、ブロック及びフィルタリングをさせることである。 非常に良い 3 つの例は、最近のアメリカ合衆国議会で提案された(そし て有り難いことに否決された)法律案、すなわち Combating Online In- fringement and Counterfeits Act89 (COICA)、Stop Online Piracy Act90 (SOPA) 及び PROTECT IP Act of 201191 (PIPA) である。これらの議案は、知的財産 権に損害を与える素材を供給しているだけの海外のウェブサイトを規制、 ブロック、又は処罰するというはっきりとした目的を有していた。一方で、 その実際の条項が適用される範囲はとても広かったので、上記の目的を達 成する過程で、保護されるべき表現を大量に取り除いてしまう可能性があ った。上記のうち 2 つの議案は最終的に大きな論争を生み出した。これら の議案は表現の自由及びインターネット一般の自由への脅威と受け取ら れたため、インターネット活動家、テクノロジー会社及び一般公衆により 広く反対された92。実際、SOPA 及び PIPA への抗議は、言論の自由の権利 89 S. 3804, 111th Cong. (2010), archived at http://perma.cc/EQ5S-2B28. 90 H.R. 3261, 112th Cong. (2011), archived at http://pcrma.cc/88NK-M47F. 91 Preventing Real Online Threats to Economic Creativity and Theft of Intellectual Proper- ty Act of 2011, S. 968, 112th Cong. (as amended, May 26, 2011) [hereinafter PIPA], ar- chived at http://perma.cc/LK8N-9PB4. 92 SOPA 及び PIPA への抗議の歴史について、see generally EDWARD LEE, THE FIGHT FOR THE FUTURE (2013), archived at http://perma.cc/6CNV-F7E3. 論争が高まる中、2012 年 1 月18日、Wikipedia は 2 つの法案に抗議するためブラックアウトし、Google は詳 しい情報へのリンクとともに反 SOPA ロゴを用い、Mozillaは Mozilla.org 及び Mozilla.com の英語の各ウェブサイトを訪れると “action page” に移動するようにし 言論規制-従来型と最新型(Balkin) 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 309 の防御における、人々の支持を得た立憲主義の最も有名な最近の事例の 1 つである93。 これらの議案は法として制定されなかったが、2 つの理由により示唆に 富んでいる。まず、コンテンツ業界による継続的なロビイング活動を受け る議会は、将来同様の立法を試みる可能性が十分にある。第二に、これら の議案は、政府がその気になれば、多くの異なるデジタルインフラストラ クチャーの側面を、新しい巧妙なコントロールの手法にいかに利用するこ とができるかを示している。それゆえ、SOPA、PIPA、及び COICA におい て用いられたテクニックを学ぶことは、私たちに、将来あり得る自由言論 に関する紛争への窓口となる。 例えば、SOPA の Section 102 は、アメリカ合衆国司法長官に、「海外の 侵害サイト」に対して差止めを得る権限を与えていた94。この用語は、ド メインネームがアメリカ合衆国外で登録されたサイトを含むよう(サイト を保有しているアメリカの会社が海外の登録機関を使っている場合を含 むよう)、広く定義されていた95。より重要なこととして、もしサイトのど の部分かが著作権侵害を「助長する」場合は、サイトは「侵害する」もの た。Vlad Savov, The SOPA Blackout: Wikipedia, Reddit, Mozilla, Google, and Many Others Protest Proposed Law, THE VERGE (Jan. 18, 2012, 12:10 AM), http://www.theverge.com/ 2012/1/18/2715300/sopa-blackout-wikipedia-reddit-mozilla-google-protest, archived at http://perma.cc/GVK3-9DFM; see also Yochai Benkler et al., Social Mobilization and the Networked Public Sphere: Mapping the SOPA-PIPA Debate (Berkman Ctr. for Internet & Soc’y, Research Publ’n No. 2013-16, 2013), archived at http://pcrma.cc/5SB4-YYJK (オ ンライン上の論争の発展を示す). 93 裁判所が 2 つの議案の合憲性を認めなかったため、このエピソードは、アメリカ 合衆国における表現の自由の概念を形作った多くの政治的論争と同じ範疇に属す る。See generally MICHAEL KENT CURTIS, FREE SPEECH, “THE PEOPLE’S DARLING PRIVILEGE” (2000)(アメリカの歴史における言論の自由の重要な論争について検討 している). 94 H.R. 3261 § 102. 95 Id. § 101(4), (8). See Marvin Ammori, SOPA/PIPA Copyright Bills Also Target American Sites, AMMORI.ORG (Dec. 31, 2011), http://ammori.org/2011/12/31/sopapipa-copyright- bills-also-target-domestic-sites/, archived at http://perma.cc/5UBX-7UXB(Google.ca 及び Amazon.co.uk の例を挙げる). 論 説 310 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) として扱われていた96。「助長する」との文言は曖昧で、様々な解釈の余地 がある。それは、顧客がしばしば侵害的なコンテンツをアップロードした り、そのようなコンテンツにリンクを貼ったりする、例えば Facebook や Youtube のようなプラットフォームに適用される可能性があった。もしこ れらのサイトが当該コンテンツをブロックするフィルターをインストー ルしていなかったり、アップロードされることを防止していなかったりす れば、例えそれらのサイトが特定の侵害行為を知らず、既存の著作権法の 下で二次的な責任ありとされなくとも、それらは法的な意味において「侵 害を助長する」とされるかもしれなかった。 したがって、Section 102 は、DMCA のセーフハーバールールを上手くか わすことをもって媒体を脅かすものであった。すなわち、DMCA のセーフ ハーバールールは、媒体が実際に彼らのサービス上の侵害行為を知ってい たか、又は DMCA の下院におけるレポートの文言によれば「明らかな侵害 の『目印』に目を閉ざしていた」場合でない限り、著作権侵害の責任から 媒体を保護していたのである97。 DMCA の実際の認識に基づく基準は付随的検閲の問題を緩和した。逆に、 Section 102 は法律上の定義に当てはまる媒体に、例えばコンテンツフィル ターをインストールすることを通して、コンテンツ産業の利益になるであ ろう付随的検閲に従事する動機を与えたであろう。このように、アメリカ 合衆国でビジネスを行っている当事者に対する差止めの目的は、その活動 を停止させることではなく、その者を他の者のコンテンツや言論のフィル タリングとブロッキングに従事するように仕向けることである。換言する と、差止めの目的は付随的検閲である。 (d) デジタルインフラストラクチャーに向けられる事前抑制―しかし、 多くの場合、「海外の侵害サイト」であるとされるサイトはアメリカ合衆 国の国外にあり、アメリカの裁判所の管轄に服さないであろう。そのよう な事例においては、合衆国検察官は反対当事者の審問を経ずに差止めを得 96 H.R. 3261 § 102(a). 97 H.R. REP. No. 105-551, pt. 2, at 57 (1998); see also 17 U.S.C. § 512(c)(I)(A)(ii)(2012) (セーフハーバーの恩恵を受けるためには、ISP は「侵害行為を明白に示す状況又は 事実を認識していてはならない」と規定する). 言論規制-従来型と最新型(Balkin) 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 311 ることができた98。もちろん、当該海外サイトに向けられた差止めはサイ トそれ自体を停止させるためにはあまり意味がない可能性がある。しかし、 一たび検察官が一方当事者のみに対する審問による手続を許されると、こ の法律の本当の効果が明らかになる。大元のサイトを追う代わりに、検察 官はアメリカ合衆国内の多くの異なったデジタルインフラストラクチャ ーの担い手に命令を発することができるであろう。すなわち、政府はサー チエンジンに対しそのサイトにリンクをしないように命令することがで き、オンライン広告社にそのサイト上で広告を行わないように命じること ができ、また決済業者(クレジットカード会社など)にアメリカの顧客と そのサイトの間のビジネスを扱わないように命じることができる99。 おそらく最も重要なこととして、検察官はブロードバンド通信会社、大 学のネットワーク、図書館、私的ネットワーク、電話会社及びケーブル会 社を含む全てのインターネット「サービスプロバイダ」100に対し、「アクセ スを防ぐための技術的に実行可能で合理的な手段」をとるように命じるこ とができた101。これはブロッキングやフィルタリングを行うことだけでは なく、サイトのドメインネーム(例えば nytimes.com)がドメインに割り 当てられたインターネットプロトコルアドレス(例えば nytimes.com に現 在割り当てられている170.149.172.130102)に還元することを禁止するこ とを含む。言い換えると、政府は、馴染みのあるドメインネームをネット ワーク間のコミュニケーションを可能とする数字のインターネットアド レスへと翻訳する、ドメインネームシステムの実際の働きを妨げる命令を 出すことができた。このドメインネームシステムが正常に機能することは、 世界規模の効果的なコミュニケーションだけではなく、サイバーセキュリ 98 See H.R. 3261 § 102(b)(2). 99 Id. § 102(C). 100 Id. § 102(c)(2)(A); id. § 101(22)(cross-referencing 17 U.S.C. § 512(k)(I)(2012)). 101 Id. § 102(C)(2)(A). 102 See IP Locator Also Known as IP Lookup Tool, IP TRACKER, http://www.iptracker. org/locator/ip-lookup.php?ip=nytimes.com, archived at http://perma.cc/5YDL-R7BG (last visited May 10, 2014) (nytimes.com の IP アドレスを特定する). 論 説 312 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) ティにとっても重要である103。 上記全ての事業者は、命令に反対した場合には政府との訴訟に直面する 可能性があったが、協力した場合は法的免責を受けた104。したがって、 SOPA は、政府が侵害的な素材を含む海外サイトの割合(1,000頁の中の 1 頁だけということもあり得る)や、素材が実際に侵害的であることを証明 したかどうかにかかわらず、インターネットインフラストラクチャーの重 要な担い手に対し、全てを一方当事者に対する審問による手続で、アメリ カ市民による海外サイトへのアクセスをブロックすることを助けるイン センティブを作り出した。このテクニックは、政府に、元の出版者に対し てではなく、デジタルインフラストラクチャーの重要な側面に対するコン トロールを与える限度において、伝統的な事前抑制よりも強力なものとな り得る。 (e) デジタルインフラストラクチャーに向けられた「私的事前抑制」― 第三者に対する政府命令に加え、SOPA の Section 103 は「私的事前抑制」 とも言うべきデジタルコントロールの新しい仕組みを定めていた。それは 私人をデジタルインフラストラクチャーを運営する他の私人をコントロ ールする代理人とした。もし私人がオンライン広告業者又は決済業者に対 し、その者が「アメリカの財産の窃取(theft)に用いられている」105ウェブ サイトとビジネスを行っていると知らせた場合、その広告業者と決済業者 は、当該サイトと取引することを 5 日以内に止めない限り、法的制裁に直 面する可能性があった106。請求者である私人は、実際にこの装置を働かせ 103 See Mark Lemley, David S. Levine & David G. Post, Don’t Break the Internet, 64 STAN. L. REV. ONLINE 34, 34-35 (2011)(SOPA及びPIPAのDNS規定の効果を論じる); Vint Cerf et al., An Open Letter from Internet Engineers to the United States Congress (Dec. 15, 2011), archived at http://perma.cc/32MP-LUAZ(SOPA 及び PIPA は深刻なセキュリティ リスクを生むであろうと論ずる). 104 H.R. 3261 § 102(C)(5). 105 Id. § 103(a)(I) (引用符を省略). 106 Id. § 103(b); Id. § 103(d)(4). 疑われたサイトがカウンターノーティスを出した場 合、Id. § 103(b)(5), 又は決済業者又は広告業者が 5 日以内に当該サイトとビジネス を行うことを止めなかった場合、Id.§ 103(c), 訴えた者は、ドメインネームの登録を 防ぐためにドメインネーム登録者に対し差止めを求めて訴えることもできる。Id . 言論規制-従来型と最新型(Balkin) 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 313 るために何かを裁判所で証明する必要はなかった。すなわち、サイト又は その一部分(数千ページにより構成されるウェブプラットフォームのうち の 1 頁でもよい)の活動により害を受けているとの訴えを行うのみでよか った107。 「アメリカの財産の窃取(theft)に用いられる」との用語も非常に広く 定義されていた。それは、その事業者が特定の侵害行為を知っていたか、 また既存の法の下で二次的に責任を負うかにかかわらず、その事業者が侵 害を「促す」108か、そのサイトでの侵害行為の「高い蓋然性を確認するこ とを避けた」109場合を含んでいた110。この規定は、表現の自由のデジタル インフラストラクチャーの重要な集合体と言うべき、ユーザーに制作され たコンテンツに依拠するビジネスのほとんどを脆いものとした。第三者が 決済業者及び広告業者をそのようなビジネスを営む会社と取引すること から遠ざけるよう継続的に脅すことができた。 私的事前抑制の要点は、広告と決済システムに依拠するビジネスにフィル ターをインストールさせ、継続的に警戒に当たらせ、そのプラットフォーム 又はウェブサイトの一部にある疑わしいコンテンツを取り除かせるように 仕向けることにある。換言すると、システムの目的は、各会社を付随的検 閲に従事するように仕向け、行き過ぎたフィルタリングとブロッキングと いう、予想どおりの結末を導くことである。拒否した会社は、取引を続け てくれる決済業者と広告業者を急いで探す必要がある。その会社と取引す る者がいない限り、その会社の運営はその分だけ縮小される。この特徴は、 次のテクニックの組み合わせであるデジタルブラックリストに繋がる。 C.公的並びに私的協働及び引込み―マッカーシズムからデジタルブラッ クリストへ 1 . 従来型の規制:公的並びに私的協働及び引込み―従来型の規制にお いては、国家は単独では行為を行わない。私人は言論を規制するよう国家 107 Id. § 103(a)(2). 108 Id. § 103(a)(I)(B)(i). 109 Id. § 103(a)(I)(B)(ii). 110 See supra p. 2313(DMCA における意図の基準を論ずる). 論 説 314 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) を後押しすることができ、援助することを申し出ることさえできる。逆に、 国家はアメかムチかあるいはその両方を通じて私人の協力を求めること ができる。関連する戦略はメディア協働である。出版社は政府の役人との 関係を良好に保ち、また政府ソースへの継続的なアクセスを持つことを切 望するので、メディア組織は、報道を取り止め、報道を歪曲し、自己検閲 し、また厄介な素材の出版を遅らせることに導かれる可能性がある。 私人はまた私的監視に従事し、疑わしい人々を当局に示し、国家への反 対者や国家が制限したがる活動に関与していると疑われる人物を遠ざけ、 又はそのような者との取引を拒絶することにより、国家を助けることがで きる。今日私たちが McCarthy 期と連想するブラックリストシステムは公 的・私的な協働・引込みの具体例である。すなわち、政府は、産業、教育、 芸術、及び専門職の中の共産主義者を見付け出したいという欲求を明らか にした。民間の企業及び人々は、これを、政府による転覆活動家の捜索に 協力することを拒んだ人々、又は政府の転覆に共感を持つと思われる人々 とビジネスをすることを拒むように、とのメッセージとして受け取った。 2 . 最新型:データ共有、免責及びデジタルブラックリスト―公権力と 私人の協力と協働の選択は、最新型の言論規制の顕著な特徴である。111 政 府は、最近明らかになった政府による監視においてそうだったように、あ るときは私的インフラストラクチャーの所有者に対し、監視の仕組みにつ いて口外することを禁止する報道禁止命令(gag orders)を出す。112 また、 あるときは、政府はアメとムチとを使い分ける。その最も重要なものは、 政府が気に入らないインターネットサイトや発言者(speaker)を特定し、 シャットダウンさせることを手助けすることと引き換えに、法的な免責を 認めるものである。 (a) データへのアクセス―多くの民間事業者が、監視や分析を促進する ために個人データを収集し、そのデータを政府に販売する。このようなプ 111 See generally Yochai Benkler, WikiLeaks and the PROTECT-IP Act: A New Pub- lic-Private Threat to the Internet Commons, DAEDALUS, Fall 2011, at 154; Michael D. Birnback & Niva Elkin-Koren, The Invisible Handshake: The Reemergence of the State in the Digital Environment, 8 VA. J.L. & TECH. 6 (2003). 112 See infra Part III, pp. 2329-40. 言論規制-従来型と最新型(Balkin) 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 315 ラクティスによって、連邦・州政府は、修正第 4 条の要件を迂回すること ができる。113 私企業―通信事業者、検索エンジン、ソーシャルメディア企 業を含む―は、自ら又は媒体を通じて、保有するデータへのアクセスを、 進んで行うかどうかは別として、許すことができる。私企業はまた、114 政 府の要求(又は強制)により、その通信やデータ保存システムに政府の監 視を可能にする特別なアクセス用の設備又は「バックドア」(裏口)を設 けることができる。115 更に、国は、協力、技術上のアクセスの見返りとし て、又は政府が害をなす若しくは危険であると判断する表現を監視しブロ ックする見返りとして、私企業に対して免責を提供することができる。例 えば、2008年の FISA 改正法116は、政府とデータを共有する見返りに、通 信事業者に遡及的な免責を提供した。117 逆に、協力しないと、法的な責任 又は規制圧力に晒される可能性がある。 (b) 付随的な検閲に対する免責―国は、媒体が付随的な検閲を行う場合 に免責を付与することができる。仮に媒体が望ましくないコンテンツを検 索し、ブロックし、又はそれを発行した関係当事者と取引することを拒絶 しても、法的には責任を負わない。しかしその媒体がそうした検索・ブロ ック・取引拒絶を怠ると、違法コンテンツについて、寄与侵害又は代行侵 害の責任を負うことになる。 SOPA の Section 103 は、こうしたテクニックの一例を示している。ある 113 See ROBERT O’HARROW, JR., NO PLACE TO HIDE 2–4 (2005) (法執行機関が利用で きる様々なデータ収集 (aggregator) サービスを説明する). 114 See Joshua Brustein, Tech Giants, Like Telecoms, Have Been Sharing with the NSA, BLOOMBERG BUSINESSWEEK (June 6, 2013), http://www.businessweek.com/articles/ 2013-06-06/tech-giants-like-telecoms-have-been-sharing-with-the-nsa, archived at http:// perma.cc/FWF6-JLYS. 115 Nicole Perlroth, Jeff Larson & Scott Shane, N.S.A. Able to Foil Basic Safeguards of Privacy on Web, N.Y. TIMES, Sept. 6, 2013, at A1. 116 Foreign Intelligence Surveillance Act of 1978 Amendments Act of 2008, Pub. L. No. 110-261, 122 Stat. 2436 (codified at 50 U.S.C. §§ 1812, 1881, 1881a–1881g, 1885, 1885a–1885c (2006 & Supp. V 2011)). 117 See id. § 201, 122 Stat. at 2468–70 (§ 802 を追加、現在は、50 U.S.C. § 1885a とし て FISA に法制化された). 論 説 316 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 決済業者又は広告業者が、別の私人から、当該決済業者又は広告業者が法 律の適用対象となるサイトと取引を行っているとの通知を受けた場合、当 該決済業者及び広告業者は、そのサイトとの取引を拒絶すれば、例えそう した申立てが裁判所において証明されたものではないとしても免責され る。118 この法律の前身の法案である COICA は、私人に対してよりストレ ートに協力を推奨するものであった。119 COICA は、司法長官に対して、「情 報と合理的な確信に基づき違法活動に利用されていると判断されるが、司 法長官が本項に基づく訴訟を提起していないサイトの公的なブラックリ ストを作成する」120 ことを要求していた。あるサイトが司法長官リストに 掲載されると、インターネットサービスプロバイダ(ISPs)、決済システ ム提供者、ドメインネームサービス提供者及び広告業者がそのサイトとの 取引を停止し、又はサービスの供給を拒否しても免責される。121 その際、 司法長官リストに掲載されていないことを証明する責任は、サイト側に課 される。122 この精巧な私的事前抑制のシステムは、政府の公的な認可シス テムや裁判上の差止めを必要とすることなく、伝統的な事前抑制のコスト と立証責任の転換の全てを達成する。COICA の次のバージョンは、司法省 のブラックリストに代え、制定法によって私的なブラックリストに対し根 拠を与えた。「ドメインネームレジストリ、ドメインネームレジストラー、 金融取引業者又はインターネットサイトに対して広告を提供するサービ ス業者は、インターネットサイトが侵害活動に利用されていると合理的に 考える場合…、本項に記載された措置を第三者に対して自発的に講じても、 責任を負わないものとする。」123 知的財産保護法(PROTECT IP Act)の Section 5 は、同様に、「決済業者 118 Stop Online Piracy Act, H.R. 3261, 112th Cong. § 103 (2011). 119 See Benkler, supra note 111 , at 160–61. 120 Combating Online Infringement and Counterfeits Act, S. 3804, 111th Cong. § 2324(j)(1) (2010) (as referred to S. Comm. on the Judiciary, Sept. 20, 2010). 121 See id. § 2324(j)(2). 122 See id. § 2324(j)(3). 123 Combating Online Infringement and Counterfeits Act, S. 3804, 111th Cong. § 2(e)(5)(B) (2010) (as reported by the S. Comm. on the Judiciary, Nov. 18, 2010). 言論規制-従来型と最新型(Balkin) 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 317 又は広告業者が善意に、かつ信頼できる証拠に基づきインターネットサイ トが違法活動に利用されていると合理的に考える場合、当該インターネッ トサイト」との取引を自発的に拒絶することについて法的責任を免除して いる。124 こうした免責規定のポイントは、業界におけるブラックリストの 作成を促すこと、そして、例えブラックリストに誤った情報が含まれてい たとしても、そのリストを作成したこと及びそれに基づいて行動したこと について免責されることである。 (c) ソフトパワー―また、政府関係者は、非公式に表現規制を促すこと ができる。125 我々は、こうした技術を付随的検閲の法の枠を超えた方法と 理解することができるだろう。最近の最も顕著な例は、民間企業に対して 直接の命令や脅威を与えることなく WikiLeaks を閉鎖させようと試みたア メリカ政府の行動である。126 2010年11月28日、WikiLeaks とそのマスメデ ィアのパートナー― Guardian, New York Times, Der Spiegel といった著名な 組織―は、世界中のアメリカ大使館とアメリカ合衆国国務省の間のその数 約25万に上る機密通信の中から文書を開示し始めた。127 政府機関や政治家 の反応は素早く、またそれらの反応は伝統的なマスメディアのパートナー ではなく、WikiLeaks に対して直接向けられた。New York Times も機密文書 124 Preventing Real Online Threats to Economic Creativity and Theft of Intellectual Prop- erty Act of 2011, S. 968, 112th Cong. § 5(a) (2011年 5 月26日、上院司法委員会によっ て報告された). 125 See Derek E. Bambauer, The New American Way of Censorship, ARIZ. ATT’Y, Mar. 2013, at 32, 34, 36–37 (間接的又は他の者に対する影響を通じてその目標を達成する 「ソフトセンサーシップ」の複数のツールを論じる). Bambauer は「ソフトセンサ ーシップ」を私の言う「ソフトパワー」より幾分広く定義する。「ソフトセン サーシップ」は、「素材をブロックするための序文として無関係の法律を用い ること、アクセスをフィルタリングするために支払いを行うこと、又は媒体に コンテンツを制限するように説得することを含む。」Bambauer, supra note 8, at 867. 126 See Bambauer, supra note 8, at 891–93 (WikiLeaks にプレッシャーをかけるための 多方面からのキャンペーンについて述べる); Yochai Benkler, A Free Irresponsible Press: Wikileaks and the Battle over the Soul of the Networked Fourth Estate, 46 HARV. C.R.-C.L. L. REV. 311, 330–51 (2011) (same). 127 Benkler, supra note 126, at 326. 論 説 318 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) を共同して公表した当事者であったが、副大統領 Joseph Biden は、 WikiLeaks の設立者 Julian Assange は、「Pentagon Papers ではなく、ハイテク のテロリストに近い」と論じ、128 国防省長官の Hillary Clinton は、外交通信 の公開を「国際社会への攻撃」129と呼んだ。 2010年11月27日、通信の公表が始まる前日、アメリカ合衆国国務省の法 務アドバイザー Harold Koh は、WikiLeaks に対し巧妙に書かれたレターを 送付し、それは一般に回覧された。130 その中では、WikiLeaks が機密文書 を公表することにより法律違反を犯した若しくは犯そうとしている、又は WikiLeaks やそのパートナーの活動が憲法上保護されないといったことは、 直接は指摘されていない。131 その代わり、そのレターは、誰が法律に違反 したかについては言及することなく、開示された素材が「米国法に違反し て提供された」と断定した。132 そのレターは、「WikiLeaks がその素材を保 有する限り、違法状態は継続する」と述べ、そして、「WikiLeaks は、25万 の文書を出版するために New York Times、Guardian 及び Der Spiegel に提供 し、機密文書の違法な拡散を更に行っている」と指摘した。133 このように、 国防省は、直接的には WikiLeaks 自身が法を破ったとは主張していないが (NewYork Times が破ったとも示唆する)、「(何者かによって)違法行為があ ったことを正確に認め、WikiLeaks がその違法行為の当事者であることを 示唆した」。134 128 Julian Assange Like a Hi-Tech Terrorist, Says Joe Biden, THE GUARDIAN (Dec. 19, 2010, 1:20 PM), http://www.theguardian.com/media/2010/dec/19/assange-high-tech-terrorist- biden, archived at http://perma.cc/56HV-MKF7. 129 Glenn Kessler, Clinton, in Kazakhstan for Summit, Will Face Leaders Unhappy over WikiLeaks Cables, WASH. POST (Nov. 30, 2010, 8:44 AM), http://www.washingtonpost. com/wp-dyn/content/article/2010/11/30/AR2010113001095.html, archived at http://perma. cc/4VUE-6KJ7. 130 Letter from Harold Hongju Koh, Legal Adviser, U.S. Dep’t of State, to Jennifer Robin- son, Attorney for Julian Assange (Nov. 27, 2010), archived at http://perma.cc/653P-2LZF. 131 See id. 132 Id. 133 Id. 134 Benkler, supra note 111, at 156 言論規制-従来型と最新型(Balkin) 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 319 12月 1 日、上院国家安全保障委員会の委員長である Joseph Lieberman 上 院議員は、民間企業に対して WikiLeaks と取引を行わないよう求めた。135 彼の事務所は、WikiLeaks をサーバー上に置いていた Amazon.com に対し、 WikiLeaks との関係を質すため私的に連絡をとった。136 国務省の公開レターと Lieberman 上院議員の公開要求に続き、デジタル インフラストラクチャーの様々な部分が WikiLeaks に対するサービスを拒 否し始めた。Amazon は、即座に WikiLeaks をサーバーから取り除いた。137 WikiLeaks のドメインに利用されていたドメインレジストラーである EveryDNS は、WikiLeaks.org が WikiLeaks サーバーを指し示すことを止め た。138 PayPal は、国務省のレターに基づき、WikiLeaks に対する支払いを 取り扱うことを止めた。139 Visa、MasterCard 及び Bank of America も間もな くそれに加わった。140 その月の後半には、iPad と iPhone にダウンロードで きるアプリケーションを管理する Apple が、iPhone ユーザーに WikiLeaks の 外交文書へのアクセスを可能にする第三者作成のアプリケーションを App Store から排除した。141 WikiLeaks は、代わりのサーバーホスティング 及びストレージとスイスのドメインネームを見付けることができたが、決 済サービスを失ったことは、サービスを継続する能力にダメージを与え た。142 WikiLeaks のエピソードは、政府が、明瞭か否かを問わず、また何らか の脅威を与えることなく、単にデジタルインフラストラクチャーの管理者 135 Charles Arthur, WikiLeaks Under Attack: The Definitive Timeline, THE GUARDIAN (Jan. 8, 2010, 11:39 AM), http://www.theguardian.com/media/2010/dec/07/wikileaks-under- attack-definitive-timeline, archived at http://perma.cc/E6B2-XHSY. 136 Rachel Slajda, How Lieberman Got Amazon to Drop Wikileaks, TALKING POINTS MEMO (Dec. 1, 2010, 9:56 PM), http://talkingpointsmemo.com/muckraker/how-lieberman- got-amazon-to-drop-wikileaks, archived at http://perma.cc/YV55-JCQS. 137 Benkler, supra note 126, at 339–40. 138 Id. at 340. 139 Id. at 341. 140 Id. at 341–42. 141 Benkler, supra note 111, at 157. 142 Id. at 157–58. 論 説 320 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) である私人に対して権利侵害する表現者を止めるよう促すことにより、い かに表現の自由のインフラストラクチャーの私的なコントロールを利用 できるかを示している。143 WikiLeaks の立ち位置は、Pentagon Papers 事件 での New York Times のそれとほとんど変わらなかった。すなわち、 WikiLeaks は 1 つのソースから大量の素材を受領し、それを世界に向けて 公表した。しかし、アメリカの政府当局にとって、公的な声明とよく狙い 澄ました依頼というソフトパワーを用い、表現の自由のデジタルインフラ ストラクチャーをコントロールする民間企業に対して WikiLeaks との取引 を停止するように説得することは驚くほど簡単なことであった。その理由 の 1 つは、多くの企業が悪い評判を嫌い、良い企業市民であると思われる ことを好むことにある。彼らは、不当に政府に干渉されることなく利益を 上げ、また顧客の大多数に奉仕する静かな生活を好んでいる。また、もう 1 つの理由は、WikiLeaks がそのパートナーである伝統的なメディアとは異 なって概ね無名の事業体であり、容易にその評判は悪化し、犯罪者又はテ ロリスト集団であると描かれたことにある。とりわけ、オバマ政権と Lieberman 上院議員は、Guardian、Der Spiegel はもとより、New York Times に 対しても同様の対応をとらなかった。もし、公に Visa、MasterCard 及び Amazon に対して New York Times との取引を控えるよう促していたら、それ は報道の自由に対する重大な侵害であり、デジタルマッカーシズムの新し い一形態になっていたであろう。 Ⅲ.デジタル監視を手助けする事前抑制:国家安全文書 監視が表現の自由と結社の自由にどのような方法で影響を及ぼすかに ついての網羅的な議論を展開することは、この論文の範囲を超えている。144 143 See Bambauer, supra note 8, at 894–99 (政府がインフラストラクチャーを担う会社 に対して言論を制限するように促し、説得し、丸めこむための複数のテクニックを 説明する). 144 See, e.g., Julie E. Cohen, What Privacy Is For, 126 HARV. L. REV. 1904 (2013); Neil M. Richards, The Dangers of Surveillance, 126 HARV. L. REV. 1934 (2013); Neil M. Richards, Intellectual Privacy, 87 TEX. L. REV. 387 (2008). 言論規制-従来型と最新型(Balkin) 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 321 本稿で私が関心を持っているのは、より特定された問い、すなわち、デジ タル監視の需要がかつてないほど高まっていることが、政府が表現の自由 のインフラストラクチャーを標的にすることにどのように繋がっている か、である。 デジタル時代は、通信とコンテンツ制作の民主化だけでなく、デジタル 監視の広がりと、私が他で「国家的監視国(the National Surveillance State)」 と呼ぶ国家の監視能力の拡大をもたらした。145 しかし、政府は、監視を行 うためにほとんどの人々が会話に利用する設備に対してアクセスする必 要がある。そのため、大部分が民間によって担われている表現の自由のイ ンフラストラクチャーにアクセスする必要がある。こうして、国家的監視 国の支配が要求するため、表現の自由のインフラストラクチャーを所有す る私人に対し、政府の監視活動を支援することを強制する又はそうした支 援に引き込む必要が生じる。そうした協力は新しいものではない。前デジ タル時代、通信事業者は、しばしば、政府の監視の努力を支援した。146 し かし、監視の需要と可能性は急激な高まりを見せており、またデジタル時 代における会話のほとんどは、民間で所有されているデジタルネットワー ク、サービス、又はプラットフォームを通じてなされているため、デジタ ル監視には、官民の協力がかなりの程度必要とされる。 逆に、官民の協力の必要性は、民間企業に対し、そうした協力の性質と 程度を公開しないことを求める。すなわち、多くの場合、民間のインフラ 145 See Jack M. Balkin, Essay, The Constitution in the National Surveillance State, 93 MINN. L. REV. 1, 3 (2008); Jack M. Balkin & Sanford Levinson, The Processes of Con- stitutional Change: From Partisan Entrenchment to the National Surveillance State, 75 FORDHAM L. REV. 489 (2006). 146 例えば、Project SHAMROCK を通じ、電信会社は NSA に「1945年 8 月から1975 年 5 月の間に合衆国から発せられた国際電信のほとんどを提供した。」S. SELECT COMM. TO STUDY GOVERNMENTAL OPERATIONS WITH RESPECT TO INTELLIGENCE ACTIVITIES, BOOK III: SUPPLEMENTARY DETAILED STAFF REPORTS ON INTELLI- GENCE ACTIVITIES AND THE RIGHTS OF AMERICANS, S. REP. NO. 94-755, at 765 (1976); see also L. Britt Snider, Unlucky SHAMROCK: Recollections from the Church Committee’s Investigation of NSA, STUD. INTELLIGENCE, Winter 1999–2000, at 43, archived at http://perma.cc/VTN9-JVVJ. 論 説 322 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) ストラクチャーの所有者が政府の監視の内容を明らかにすれば、監視の事 実をほのめかし、監視を無駄にすることになってしまう。それゆえ、政府 によるデジタル監視プログラムは、必然的に民間のインフラストラクチャ ー所有者に対する事前抑制、又は事前抑制と同様に働く技術に辿り着く。 デジタル監視が広く行き渡るということは、事前抑制が広く行き渡ること と表裏一体なのである。 デジタル監視が広範な事前抑制の利用を必要とする良い例は、政府によ る国家安全保障文書(「NSL」)の発行である。2001年の米国愛国者法は、 多くの様々な政府機関にテロと外国諜報機関の調査に NSL を利用するこ とを許し、NSL の利用はこれにより急増した。NSL の利用は 2 つの中核的 な特徴を持っている。1 つは、裁判所の令状や審問を経ずに行政庁職員に よって発行できることである。147 もう 1 つは、通常、NSL の発行の際に報 道禁止命令(a gag order)が伴うことである。148 NSL の受領者は、NSL の 内容やその存在を公表することが許されておらず、政府が公開するまで報 道禁止命令に服することになるが、結局政府が公開しない可能性もある。149 147 See 18 U.S.C. § 2709(b) (2012) (FBI のディレクター、その他の公務員が、電気通 信サービス事業者に対して利用者に関する特定の情報を求める権限を付与する); id. § 2709(a) (電気通信事業者に対し、NSL の内容を遵守することを義務付ける). 148 FBI 高官が、「アメリカの国家の安全に対する危険又は、犯罪捜査・反テロリズ ム・反諜報活動のための捜査妨害、外交関係に対する障害、人の生命身体の安全へ の危険が生じる」と認める場合、(NSL の)受領者は、受領の事実又はその内容若 しくは付随する報道禁止命令を第三者(代理人である弁護士を除く)に対して開示 することができない。Id. § 2709(c)(1). 政府は、NSL の97%に報道禁止命令が付 されていると算出している。In re Nat’l Sec. Letter, 930 F. Supp. 2d 1064, 1074 (N.D. Cal. 2013). 149 18 U.S.C. § 2709(c)(1). 政府はまた、愛国者法215条に基づき、通信事業者に 対し電話の大量のメタデータを提供するよう求める際に報道禁止命令を用い る。See 50 U.S.C. § 1861(c)(2)(E) (2006 & Supp. V 2011); id. § 1861(d)(1). 215条の命 令は、外国諜報活動監視裁判所又は事後手続で指定された判事より取得される。 Id. § 1861(b)(1). 215条の非開示命令は、発行されてから 1 年経過後にのみ異議 を申し立てることが許される。See id. § 1861(f)(2)(A)(i). また、非開示命令は外国諜報活動監視法の702条に基づいても発せられる。See 50 U.S.C. § 1881a(h)(1)(A) (2006 & Supp. V 2011) (司法長官による命令が正当化され 言論規制-従来型と最新型(Balkin) 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 323 2006年の愛国者法の再承認前は、裁判所でNSLに異議を申し立て、報道禁 止命令の撤回を求めることは不可能であった。150 愛国者法の再承認の際、 議会は NSL に対する限られた司法審査を付け加えた。151 この変化は理論 的には救済の可能性をもたらすものだが、政府の同意なく報道禁止命令を 撤回することが非常に難しくなるよう意図的に設計されている。152 る); id. § 1881b(c)(5)(b)(海外にいる米国人に関する事案において裁判所の非開示命 令を正当化する). 通信事業者は、受領したらすぐに1881条 a に基づき、命令に 異議申し立てできる。Id. § 1881a(h)(4)(A). 次に、NSL に焦点を当てる。なぜなら、それが表現の自由にとって最も厄介な状 況を作っているからである。215条及び702条の命令とは異なり、NSLの非開示命令 は事前の裁判所による審問なく強制されるからである。にもかかわらず、同様の難 点の多くが215条や702条に基づく非開示命令にも当てはまるのは、それらの命令も 一方当事者だけが出席する形で発せられ、(更に) 215条の場合には、双方審尋の形 で裁判所に再考を促す機会もすぐには付与されないからである。 150 See USA PATRIOT Improvement and Reauthorization Act of 2005, Pub. L. No. 109-177, §§ 115, 116(a), 120 Stat. 192, 211–14 (2006), amended by USA PATRIOT Act Additional Reauthorizing Amendments Act of 2006, Pub. L. No. 109-178, § 4(b), 120 Stat. 278, 280 (2006) (18 U.S.C. § 3511 (2012) に法文化された); John Doe, Inc. v. Mukasey, 549 F.3d 861, 867–68 (2d Cir. 2008) (§ 3511 の追加を説明する). 151 18 U.S.C. § 3511(b) (2012). 152 18 U.S.C. § 3511(b)(2) は、報道禁止命令を維持しやすくする強い推定を作り、政 府が裁判所に対して命令を維持するように求めることを非常に容易なものとして いる。同条は、裁判所が「開示により米国の安全に対する脅威、犯罪捜査・反テロ リズム・反諜報活動のための捜査妨害、外交関係に対する障害、人の生命身体の安 全への危険が生じると判断する場合、裁判所は非開示の要件を修正ないし無視する ことができる。」しかしながら、政府の高官 (例えば、機関の長、司法副長官、 連邦捜査局のディレクター) が「開示により米国の安全に危害を生じ、又は外国 関係に障害を生む可能性があると認める場合、そのような認証は、そのような判断 が悪意を持ってなされたと裁判所が判断しない限り、最終的な判断とされるものと する。」 Id. 同様に、18 U.S.C. § 3511(b)(3) は、報道禁止命令を受領した者が元の命令を修正 又は除去する権限を非常に制限している。裁判所が命令の撤回を求める申立てを認 めない場合、受領者は、再びその修正や撤回を求めるために 1 年待たなければなら ない。 論 説 324 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) NSL は、監視のためのインフラストラクチャーと表現の自由のためのイ ンフラストラクチャーとが一致していることを示す、説得力のある例であ る。表現の自由のインフラストラクチャーを持たない政府は、民間の所有 者に監視を支援させるか又は協働させることを必要とする。また、政府は、 民間事業者が政府の活動はもちろん、政府から参加を強制する命令を受領 したという事実さえ開示しないようにしなければならない。ある匿名の NSL 受領者の言葉では、国家は、その受領者を「政府の諜報員」として駆 り出すのである。153 報道禁止命令は、民間のインフラストラクチャーの所有者に対して監視 の対象を漏えいすることを禁じるだけではなく、一般公衆に政府の監視活 動の範囲と内容を知らしめないようにする手助けもしている。この特徴ゆ えに、NSL は、社会から警戒されることなく広くデジタル通信の背後に存 在するものとして機能している。実際、愛国者法の拡張の最も重要な結果 の 1 つは、NSL を政府による捜査の一般的な特性としたことであった。デ ジタル監視が官僚機構の中で通常のものとなり、広がっていくにつれて、 ますます個別的に判断し、重要な手続保障を与えることが難しくなってい る。 監視の標的を特定の利害関係者ではなく、インフラストラクチャーの所 有者に定めることは、官僚的かつ日常的という国家的監視国における監視 の特徴と調和するものである。ほとんどとまでは言えなくとも、NSL の受 領者の多くは大企業である。彼らは NSL と報道禁止命令に異議を申し立て る理由を持たないであろう。まず第一に、彼らが政府と良好な関係を望む からである。 第二の理由は、彼らはおそらく、政府の監視に協力している程度(強制 か任意かを問わず)を顧客に知られたくないからである。154 実際、スノー 153 See Anonymous, My National Security Letter Gag Order, WASH. POST (Mar. 23, 2007), http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2007/03/22/AR2007032201882.html, archived at http://perma.cc/JA9J-UY4Y. 154 See id. (「捜査機関のレポートは、全ての大手通信事業者がセンシティブな情報 を政府機関と共有することに協力してきたことを示唆している。―少なくとも 1 つ の例では、通信事業者が FBI から求められた以上の情報を提供していた。」). 言論規制-従来型と最新型(Balkin) 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 325 デンによる暴露の影響の 1 つは Verizon、Google、Facebook といった大会社 が様々な文脈で政府の監視の試みを積極的に支援していた可能性を曝け 出したことである。これは、これらの会社のほとんどにとって不名誉なこ とであった―特に米国外に大部分の顧客層を有する会社にとっては。 NSL の報道禁止命令は伝統的な行政による事前抑制が持つ特徴を全て 備えている。一部、Near v. Minnesota 事件や Pentagon Papers 事件における 司法上の差止命令よりもより顕著な事前抑制として働く点がある。 第一に、NSL の機密性は、監視の範囲と報道禁止命令の期間の両方にお いて、過剰な広がりを促す。NSL の範囲と必要性、そして報道禁止命令の 期間の判断を行うのは行政機関なのである。 第二に、NSL の報道禁止命令は、訴訟における主張責任を強力に移転さ せるものである。NSL の存在は、政府が許可するまで明らかにすることが 許されない。政府は、NSL が全く不必要で違法なものだったり政府部内の 調査規則に違反するような場合でさえ、むしろそのような場合に特に、報 道禁止命令を解除するインセンティブをほとんど持たない。政府は、汚れ た衣類を外で干す理由をほとんど持たないのである。2006年の改正後であ っても、NSL の報道禁止命令を排除する司法上の救済は非常に限定的なも のにすぎない。155 更に、裁判所で報道禁止命令の解除を認めさせることに 失敗したNSLの受領者は、再度審理を求めるために丸々 1 年間待たなけれ ばならない。156 第三に、NSL は、行政機関の職員によって発行され、報道禁止命令が発 せられる前に受領者に対し司法上又は憲法上の保護が与えられることも ない。行政機関の職員は、修正第 1 条に関する懸念ではなく捜査を優先し てNSLを発行するかどうかを判断し、その判断が司法審査の対象になる場 合は非常に限られる。NSL に対する唯一の制限は、修正第 1 条で保護され た行為を調査すること「のみ」を目的として NSL を発行することができな いという点にすぎない。法律は、政府に対して追加の目的を主張すること を求めるだけである。157 155 See supra note 152. 156 18 U.S.C. § 3511(b)(3). 157 See 18 U.S.C. § 2709(b)(1) (2012) (FBI のディレクターが情報を求めることを認め 論 説 326 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 第四に、報道禁止命令の利用によって、現在稼働している NSL の広範な システムが公衆には見えないようになっている。毎年秘密裏に何万もの NSL が発行されており、158 その実例と結果について一番よく知る者は、そ れを語ることを禁じられている。2007年のある匿名の NSL 受領者159の以下 の論説は、機密性が強制された結果を如実に表している。 報道禁止命令の下で生活することはストレスが多く、現実とは 思えないものだ。刑事訴追のおそれの下、私は、私の関与する全 てを―私が NSL を受け取ったということそれ自体を含めて―同 僚、家族、友人に隠さなければならない。弁護士と会う際、ガー ルフレンドに、自分がこれからどこへ行き、今までどこにいたの かを語ることができない。私は、彼女が見るかもしれないあらゆ る場所から、その事案に関する書面を隠す。顧客や友人が私に対 し、NSL の合憲性に異議を述べるかと問えば、私は彼らの目を見 て嘘をつかなければならない。160 第五に、報道禁止命令は、過剰な検閲と濫用へのインセンティブを作り 出す。すでに指摘したとおり、政府は報道禁止命令を解除するインセンテ ィブを持たない。特に、NSL が不必要、濫用的、違法又は自身の内部規則 に違反しているような場合にそうである。捜査局の報告書は、機密を保つ る。「但し、米国籍の者が、合衆国憲法の修正第 1 条によって保護される活動のみ に 基づき行われるものではないこと」(強調追加)). 158 See OFFICE OF THE INSPECTOR GEN., U.S. DEP’T OF JUSTICE, A REVIEW OF THE FEDERAL BUREAU OF INVESTIGATION’S USE OF NATIONAL SECURITY LETTERS 120–21 (2007) [hereinafter INSPECTOR GENERAL’S REPORT ON NSLS], archived at http://perma.cc/MG9F-KMQZ (2005年、47,000以上の NSL の要求が発行されたこと を指摘する). 159 その匿名の受領者は、その後、Nicholas Merrill であると判明した。See, Ellen Nakashima, Plaintiff Who Challenged FBI’ s National Security Letters Reveals Concerns, WASH. POST (Aug. 10, 2010), http://www.Washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/ 2010/08/09/AR2010080906252.html, archived at http://perma.cc/9WX-LS26. 160 My National Security Letter Gag Order, supra note 153. 言論規制-従来型と最新型(Balkin) 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 327 仕組みが濫用を思い止まらせておらず、NSL の濫用事例が複数存在するこ とを示している。161 第六に、NSL の受領者は政府によって選び出され、また特定されている。 受領者が NSL の内容はもちろん、その存在を開示した場合、政府の権威が 直接挑戦を受けていることになるので、その受領者は、訴追される可能性 が非常に高い。政府は、その監視活動に対して民間で不服従が広がること を容認することはできない。もしインフラストラクチャーを所有する会社 が定期的に NSL を受領していることを公表したら、その他の会社も励まさ れ、価値ある情報源が台無しになるであろう。それゆえ政府には、あらゆ る点から、機密が保持されるNSLの仕組みを傷付けようとする者がどうな るかという具体例を作り出す理由がある。 現在まで、わずかな連邦地方裁判所と 1 つの巡回区控訴裁判所が報道禁 止命令によって提示される修正第 1 条の論点に取り組んでいるだけであ る。162 2008年、第二巡回区控訴裁判所は、John Doe, Inc. v. Mukasey 事件163に おいて NSL の仕組みに関して複数の憲法上の問題点を見出したが、最終的 にはその仕組み全体を無効にはしなかった。その代わり、同裁判所は、い くつかの救済となり得る解釈―そのいくつかは、実際の制定法の条文文言 161 See INSPECTOR GENERAL’S REPORT ON NSLS, supra note 158, at 122–24; see also OFFICE OF THE INSPECTOR GEN., U.S. DEP’T OF JUSTICE, A REVIEW OF THE FBI’S USE OF SECTION 215 ORDERS FOR BUSINESS RECORDS IN 2006, at 5 (2008), archived at http://perma.cc/A6GX-WM5D (「FISA 裁判所が、修正第 1 条の懸念点を示し、同じ 捜査における215条に基づく命令に署名することを二度拒絶した後に、FBI は[削除 編集 (redacted)] についての情報を求めるNSLを発行していた」). 162 In re Nat’l Sec. Letter, 930 F. Supp. 2d 1064 (N.D. Cal. 2013); Doe v. Gonzales (Doe II), 500 F. Supp. 2d 379 (S.D.N.Y. 2007), aff’d in part, rev’d in part, and remanded sub. nom. John Doe, Inc. v. Mukasey, 549 F.3d 861 (2d Cir. 2008); Doe v. Gonzales (Doe CT), 386 F. Supp. 2d 66 (D. Conn. 2005), dismissed as moot, 449 F.3d 415 (2d Cir. 2006); Doe v. Ashcroft (Doe I), 334 F. Supp. 2d 471 (S.D.N.Y. 2004), vacated and remanded sub. nom. Doe v. Gonzales, 449 F.3d 415 (2d Cir. 2006). 163 549 F.3d 861. 担当裁判官は特に著名である。Judge Jon O. Newman 判事が法廷 意見を書き、Guido Calabresi 判事と Sonia Sotomayor (当時) 判事 (現最高裁判事) が 同意見に賛同した。 論 説 328 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) とほんのわずかな関係しか有していなかった―を提供し、事案の更なる審 理を求めて下級審に差し戻した。164 NSL は、最新型の表現規制を取り扱う裁判官が直面する困難を例証して いる。第二巡回区控訴裁判所は、「非公開要件は、ある意味事前抑制であ る」 165 と指摘し、またそれによって、重要な公共に関わる問題―政府によ って秘密裏に行われている監視の程度と濫用に関する公の議論が妨げら れると指摘した。166 それにもかからず、裁判所は、Stewart 最高裁判事の Pentagon Papers テスト、すなわち、NSL の開示が「直接的で、即時性のあ る、回復不能な損害を国家又は国民に対して確実にもたらすか」を問うテ スト167を適用しようとしなかった。政府は、この基準の下では、会社に送 達する毎年何万もの NSL に関して勝訴することができなかったであろう。 仮に政府がその基準を満たそうと試みたとしても、この立証の必要性に関 する審査だけで、各連邦裁判所の事件数の相当の部分を占めることになる であろう。 また、第二巡回区控訴裁判所は、裁判前の報道禁止命令を事前抑制とし て却下した Nebraska Press Ass’n v. Stuart 判決168における、より厳格ではな いと言い得る基準を適用することもしなかった。Nebraska Press 判決は、 せいぜい、連邦裁判所が個別の事案ごとに、報道禁止命令が発せられる「前 に」、事前抑制に至らない「他の取り得る手段」169を検討することを求める 164 See id. at 883–85. 165 Id. at 876. 166 Id. at 878 (「匿名企業は、限定的であっても情報の種類を表明することを制限さ れており、その情報は政府の活動に対する意識的な批判に関係するものである。」). 167 Pentagon Papers, 403 U.S. 713, 730 (1971)(Stewart, J., concurring). Near v. Minnesota 判決に基づく Brennan 判事のテストは類似するものである。See id. at 726-27 (Brennan, J., concurring) (制限が許容されるのは、最も極限的な状況に関する「非常に制限的 な事案」についてのみであること、すなわち、公表することにより、すでに海上に ある輸送の安全を危険ならしめる事情を直接的に生じることが必然的であり、かつ、 緊急性がある旨の主張と立証が政府によってなされる場合のみであることを論じ ている). 168 427 U.S. 539 (1976). 169 Id. at 565. 言論規制-従来型と最新型(Balkin) 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 329 程度であろうと考えられるが、NSL の非開示ルールはこれも満たさないで あろう。 その代わり、第二巡回区控訴裁判所は、NSL の報道禁止命令が Freedman v. Maryland 判決170の憲法上の要件を充足しているか否かを問うた。 Freedman 判決は、映画のわいせつ性に関する検査が完了するまでの間、 当該映画の上映をブロックする州の検閲委員会に対する憲法上の制限に 関するものであった。Freedman 判決は、州委員会はできるだけ早く上映 を禁止するか否かを判断しなければならないこと、当該禁止を支える差止 命令を得るために速やかに裁判手続をとらなければならず、当該映画が保 護されないという点についての立証責任は州委員会が負っていること、そ して、司法審査の制限は特定された短期間でなければならないことを示し た。最後に、迅速な司法判断がなされなければならないとした。171 Freedman 判決を援用することは、第二巡回区控訴裁判所が司法審査の 基準を意図的に低くしていたということを意味する。172 Freedman 判決は、 表現の自由としての価値が低いか、又は修正第 1 条で全く保護されない対 象についての許可制に関するものであった。173 Brennan 最高裁判事が Pentagon Papers 判決で説明したように、同判決は、「抑圧される対象が修 正第 1 条の保護を受けるものであり、唯一の問題が、それにもかかわらず 圧倒的に上回まる国家的利益が存在するために、その発表を一定の期間禁 止することが許されるか否か」という場合、適用されるべきではない。174 最終的に、第二巡回区控訴裁判所は、NSL の報道禁止命令が Freedman 判 決の基準を満たすことさえ要求しなかった。政府は、このテストもクリア することができなかっただろう。なぜなら、政府は、発行している何千も 170 380 U.S. 51 (1965). 171 See id. at 58–60; accord Se. Promotions, Ltd. v. Conrad, 420 U.S. 546, 560 (1975). 172 事実、政府が要求した監視の性格と内容を前提として、第二巡回区控訴裁判所の 裁判官は、厳格な基準が適用されるかどうかについて合意に至ることができなかっ た。 その代わり、担当裁判官は、審査基準にかかわらず結論は同じであるとした。 John Doe, Inc. v. Mukasey, 549 F.3d 861, 878 (2d Cir. 2008). 173 Pentagon Papers, 403 U.S. 713, 726 n.* (1971) (Brennan, J., concurring). 174 Id. 論 説 330 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) の NSL 1 つ 1 つに関して裁判官の前にすぐに向かうことができず、また、 インターネットサービスプロバイダに対する憲法上十分な手続保障を確 保した本案判決を迅速に得ることはできなかったはずだからである。 政府の抗弁は、国家的監視国におけるデジタル事前抑制の現実をさらけ 出した。まず、政府は、「仮に2005年だけで 4 万件以上もあった NSL の要 求において、非開示を強制するために訴訟を提起しなければならないとし たら、それは不当な負担を政府に負わせるものである」175 と説明した。言 い換えると、政府は、愛国者法制定後の NSL の中核的な特徴は、それが定 型的・行政的・官僚的な監視の仕組みであることだと指摘した。そうした 監視は、従来型(前デジタル)の監視・言論規制の方法とは異なり、個々 の司法審査を受けにくいものである。Freedman 判決は、毎年比較的少数 の作品が制作される映画に対処することを意図したもので、監視要求を毎 年何万件も発行する官僚的なシステムに対処するものではなかった。 Freedman 判決の基準を当てはめることによってでさえ、監視と報道禁止 命令のシステムは停止されるか大幅に縮小されるかしなければならなか ったであろう。 第二に、政府は、「NSL の受領者のほとんどが監視の事実の開示を希望 していると考える理由がないから」176、個々の報道禁止命令について司法 審査を負担する必要はないと主張した。その理由とされたのは、前述した ように、NSL の大多数が比較的少数の私的インフラストラクチャーの大き な所有者に対して発行されるところ、これらの企業が世界中に有する顧客 は、その企業がアメリカのデジタル監視プログラムにどの程度協力してい るかについて興味がないということであった。177 外国人のみが標的にされ ているというアメリカ合衆国政府によるこの表明は、これらの企業の海外 175 Mukasey, 549 F.3d at 879. 176 Id. (被告、控訴人の準備書面を引用する at 33, Mukasey, 549 F.3d 861 (No. 07-4943-cv), 2008 WL 6082598) (引用表記を省略). 177 See id. at 880 (「典型的なNSLの受領者は…NSL の受領を明らかにすることにどの ような意味でも依拠しないビジネスを行っており、NSL の受領を公表するために裁 判所で異議申立手続を開始することについてほとんどインセンティブを有しな い。」). 言論規制-従来型と最新型(Balkin) 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 331 の顧客にとっては背筋が寒くなるものだろう。おそらく、政府の監視活動 に対してイデオロギー的に強い反対意思を持つわずかな起業家―匿名訴 訟を開始した Nicholas Merrill のような―のみが異議申し立てするだろう が、それは個々に対処され得る。 最終的に、第二巡回区控訴裁判所は、政府が事実上「相互通知手続」178を 守ると合意する限りにおいて、NSL の報道禁止命令システムを支持した。 しかし、どれだけ注意深く検討しても、この「相互通知手続」は、制定法 の法文上に根拠を見出すことができないものであった。179 第二巡回区控訴 裁判所は、「政府は、NSL の各受領者に対して、非開示要求に対する異議 申し立てを希望する場合、迅速に、例えば10日以内に政府に対して通知す べきであることを受領者に対して知らせる」ことを提案した。180 政府が当 該通知を受領した場合、「政府は、一定期間、例えば30日間、非開示要件 を維持するための裁判手続をとるための時間を与えられる。そして、当該 手続が一定の期間内、例えば60日以内に完了しなければならないとする」。181 その結果は、「政府が訴訟を開始する負担をほとんど取り除くものであろ う(対応して、NSL の受領者に、無数の訴訟の防御のために最小限の負担 が課される)」。182 しかし、仮に第二巡回区控訴裁判所の相互通知提案が Freedman 判決に沿うものであったとしても、政府はその提案を遵守する 178 Id. at 879 (内部の引用表記は省略). 179 Id. at 883 (「政府が非公開についての司法審査を求めることを憲法上必要な義務 とするために NSL の法律を『解釈』又は『修正』することは、裁判所の権限を超え るものだが、…政府は、新たな立法なくそのような義務を前提とすることがで きるかもしれないと指摘する」). 180 Id. at 879. 181 Id. 182 Id. 更に第二巡回区控訴裁判所は、3511条(b)(2)及び (b)(3)を、NSLの受領の 事実を開示することが安全保障に関する害悪を生む危険を生じるとする正当な理 由の証明を政府に課すものとして解釈した。Id. at 883. また、同裁判所は、2709 条(c)及び3511(b)は、「政府に対して司法審査を求める義務を課さずに非公開を課 す限りにおいて違憲であり」、id., 3511条(b)(2)及び(b)(3)は、「公開がアメリカ合 衆国の安全保障を脅かし、又は外交関係を妨害するという政府の公式判断が最終的 なものであると取り扱われる場合には違憲である」と判断した。Id. 論 説 332 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) ために必要な内規をいまだに発行していない。183 第二巡回区控訴裁判所は、「非開示要件がある意味で事前抑制である」 ことを認識していたが、184 それを「典型的な」185事前抑制とは見なかった。 すなわち、裁判所は「公共の場における表現者、文学作品を頒布する者、 映画を公開する者など、通常表現の自由の権利を行使したいと思う者に制 183 See In re Nat’l Sec. Letter, 930 F. Supp. 2d 1064, 1070–72 (N.D. Cal. 2013) (政府は、 相互通知手続を遵守すると述べたが、そのための規則を制定していないことを指摘 し、NSL の規定は法文上 Freedman を遵守しておらず、救済解釈にも従っていな いと判断する). In re National Security Letter 事件の第九巡回区控訴裁判所に提出さ れた書面において、政府は、「2009年以来、FBI は、匿名による差止命令を遵守し、 匿名の『相互通知』手続を全米で実施していると主張した。」 Government’s Opening Brief, In re Nat’l Sec. Letter, Nos. 13-15957 & 13-16731 (9th Cir. Jan. 17, 2014), archived at http://perma.cc/ZYM6-6XDV. 第二巡回区控訴裁判所の提案に加え、諜報活動と通信技術に関する大統領の検討 委員会が、緊急時を除き、裁判所の判断後にはじめてNSLが発行されることを推奨 している。RICHARD A. CLARKE ET AL., LIBERTY AND SECURITY IN A CHANGING WORLD: REPORT AND RECOMMENDATIONS OF THE PRESIDENT’S REVIEW GROUP ON INTELLIGENCE AND COMMUNICATIONS TECHNOLOGIES 26–27, 93–94, 122–23 (2013), archived at http://perma.cc/R65B-VCUL. これらの推奨に従えば、発行される NSL の数は減少するだろうが、手続はいまだ事後的なものである。 Freedman の基準を遵守しようとするために、事後ではない迅速な司法判断が 必要となる。更に、検討委員会の推奨の下では、NSL が発行された後にその命令 を争うための挙証責任はいまだ受領者の側に課されている。See id. at 27 (「非開示命 令は、その受領者が命令の合法性を争うために弁護士に相談することを禁じるよう な方法で決して発せられてはならない。」). しかし、推奨は、政府が180日ごとに 報道禁止命令の再承認を得ることを義務付ける。Id. また、検討委員会は、政府が開示が国家の安全を損なうものである蓋然性を証明 しない限り、報道禁止命令の受領者が、定期的に受領した命令の数・命令を遵守し た数・提供した情報の一般的なカテゴリーごとの情報の主体であるユーザーの数を 開示することを認める法律を推奨している。 Id. at 123. これは事前抑制の問題を緩和させるが、完全に解決するものではな い。 184 Mukasey, 549 F.3d at 876. 185 Id. 言論規制-従来型と最新型(Balkin) 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 333 約を課すものではない」と述べた。186 同裁判所は、Pentagon Papers 判決― New York Times 社が一般大衆の知る権利の対象となると考えた政府の活動 について情報を公開しようとしたのに対し、政府がこれを妨害しようとし た―を事前抑制の典型例(paradigm case)とした。187 この説明は、最新型の言論規制の 3 つの特徴を見落としている。まず第 一に、デジタル時代には、政府は、個人の表現者や New York Times 社のよ うな報道機関の構成員を標的にすることはほとんどない。個人を標的にす ることは困難で、非効率で、かつ無駄だからである。表現者は匿名であっ たり、海外にいたりするかもしれない。また、彼らは、非常に早く表現を 発することができるため事前抑制が効かないかもしれない。そうではなく、 現在は、政府が民間のインフラストラクチャーの所有者を標的にする可能 性の方がずっと高い。なぜなら、監視するためには彼らの協力が必要だか らである。SOPA の例で見たように、政府は、その業務を行うために、民 間のインフラストラクチャーに対して協働を強く求める。デジタル時代に おいては、これが事前抑制の大きな機能を果たし得る。 第二に、政府は記者と情報源との接触情報を必要とするため、NSL の秘 密命令は報道機関に向けられることがある。New York Times 社の行為を差 し止める代わりに、政府は、New York Times 社が誰に向かって、どの位の 時間、またどのような機会に会話しているかを知るための NSL を発行する ことができる。情報漏えいの更なる調査のためと推測されるが、近時、司 法省は、Associated Press 社が保有する電話番号の接触の記録を 2 カ月分取 得した。188 司法省の行動が明らかになった結果、抗議の声が上がり、政府 の諜報活動について大きな議論が巻き起こった。結局、司法省はそのよう 186 Id. 裁判所は、非開示規定は、例え、「非開示要件が情報のカテゴリー、… NSL の受領事実とその他関連する細部の事実に基づくものであっても」、「典型 的な内容規制」ではないとも付け加えた。Id. 187 See id. at 882 (Pentagon Papers を引用、403 U.S. 713 (1971) (裁判官全員一致)). 188 See Mark Sherman, Gov’t Obtains Wide AP Phone Records in Probe, ASSOCIATED PRESS (May 13, 2013, 10:53 PM), http://bigstory.ap.org/article/govt-obtains-wide-ap- phone-records-probe, archived at http://perma.cc/Y65X-YEZ8. 論 説 334 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) な請求をするための内部手続を変更することになった。189 情報があらわに なったのは、司法省が大陪審による召喚状請求手続を利用したためであっ た。すなわち、司法省の内規によれば、そのような請求は請求から90日以 内に公表されなければならない。190 しかし、もし政府が NSL を利用してい たら、電話番号記録の請求の事実は、いまだに秘密にされていただろう。191 第三に、そしておそらく最も重要な点だが、民間のインフラストラクチ ャー所有者は、21世紀の「報道機関」である。合衆国憲法の報道条項にお ける「報道」は、ジャーナリズムの組織体と情報を拡散するために用いら れる技術の双方を意味する。192 植民地時代、多くの印刷機所有者は、自身 の言論のみではなく、その顧客の言論も印刷していた。193 政府が ISP、ブ ロードバンド提供事業者やその他類似する事業者を標的にする際、それは、 技術的には現代における「報道機関」と同等の存在を標的にしているので 189 Scott Neuman, Justice Tightens Guidelines for Obtaining Records from Media, NPR (July 12, 2013, 4:59 PM), http://www.npr.org/blogs/thetwo-way/2013/07/12/201566829/ justice-tightens-guidelines-for-obtaining-records-from-media, archived at http://perma.cc/ 5CZF-J9KS. 190 See 28 C.F.R. § 50.10(g)(3) (2013) (司法省ガイドライン)(「複数のニュースメデ ィアの電話料金記録が…通知なく差し押さえられる場合、令状に基づき情報が返還 されてから45日以内に通知がなされなければならないものとする。但し、権限を有 する司法長官補が45日を超えない範囲で通知の遅延を認めることができる。」). 191 See Philip Bump, The Justice Department Secretly Seized AP Phone Records — on a Terror Leak?, THE WIRE (May 13, 2013, 5:00 PM), http://www.theatlanticwire.com/politics/ 2013/05/justice-department-ap-phone-records/65184/, archived at http://perma.cc/AWT- 92K3. 192 See sources cited supra note 18. 193 MERRILL JENSEN, THE NEW NATION: A HISTORY OF THE UNITED STATES DURING THE CONFEDERATION, 1781–89, at 430 (1950)(「ほとんどの新聞社は、1 つの問題の あらゆる側面に関する内容を報じることがその公的な義務の一部をなしていると 確信していた。たとえそれがある新聞社の見解と正反対のものであっても。」); David A. Anderson, The Origins of the Press Clause, 30 UCLA L. REV. 455, 466 (1983) (多くの 植民地の新聞は、党派的な内容の印刷に加えて、「公共の議論の場としても機能し た」と指摘する). 言論規制-従来型と最新型(Balkin) 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 335 ある。194 修正第 1 条の文言に忠実な法のみを調べれば、事前抑制は異常なことで、 法的には望ましいことではなく、可能な限り短い時間に限定されなければ ならないことが分かる。195 対照的に、国家的な監視国では、インフラスト ラクチャーを所有する会社に対する事前抑制は、広範に広がり、法的に優 遇措置を受け、また永久に継続する可能性がある。Pentagon Papers 事件に おいて政府が求めた事前抑制は異常なものに見え、国民的な注目を集めた。 国家的監視国の事前抑制の特徴は、完全に当たり前のものとなり、ほとん ど注目を集めないことである。それは、ありとあらゆる所に存在するため、 全く目立たなくなる。 Ⅳ.結論:最新型の言論規制の目的 A.従来型の規制の目的:萎縮効果と事後処罰 従来型の言論規制の目的と内容は、前デジタル時代における強制の可能 性や前デジタル時代の技術を用いることによって形作られてきた。従来型 の規制は、団体、場所、大量頒布のための前デジタル的な技術をコントロ ールしようとする。表現を広める行為がデジタルネットワークに移行する 以前は、国家が禁止行為を事前に阻止することは比較的難しかった。それ ゆえ、ほとんどの従来型の言論規制は事後的なもの―犯罪訴追、課徴金、 本などの対象物の押収又は廃棄―である。例えば、New York Times Co. v. Sullivan 事件は名誉毀損法に関するものであり、事後規制である。 従来型のモデルでは、事前の表現行為を抑止することは必ずしも不可能 194 Lee, supra note 18. 195 See Neb. Press Ass’n v. Stuart, 427 U.S. 539, 562 (1976)(「出版に対する事前抑制は 我々の判例法において認知されている最も特別な救済手段である。」); Pentagon Papers, 403 U.S. 713, 714 (1971) (全員一致)(「表現の自由に対する事前抑制のシス テムは、当裁判所に違憲性の強い推定をもたらす。」(Bantam Books, Inc. v. Sullivan, 372 U.S. 58, 70 (1963) を引用) (引用表記は省略)); Freedman v. Maryland, 380 U.S. 51, 59 (1965)(「裁判所による最終的な実体判断が行われる前に課されるいかなる抑制 も、同様に、妥当な司法判断と矛盾しない最も短い期間にその現状の維持が制限さ れなければならない。」). 論 説 336 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) ではないが、その機会は、最新型の言論規制における場合よりも、より制 限される。おおざっぱに言えば、前デジタル時代にも効果的な事前抑制が 可能な状況は存在する。まず、国家は、出版・放送技術に許諾条件を課し、 又は政府の資産に対するアクセスを制限することが可能でありかつ効果 的である場合には、望ましくないと思われる活動が生じる前にそれを阻止 することができる。第二に、国家は、言論が発せられる時を知ることがで き、かつそれに対する司法上の差止命令による差止めが間に合う場合、望 ましくない言論を阻止することができる。Pentagon Papers 判決は上記のう ち 2 つ目の状況に関するものであった。 これら 2 つの状況を除き、通常、国家は言論が起こる前にそれを阻止し てはならない。それゆえ、従来型の言論規制は、しばしば抑止に頼る。国 家は人々に対して行動した結果を恐れる理由を与えることで望ましくな い表現を阻止したいと望む。このために、国家は、妨害したいと思う表現 行為をさせないようにする目的で、過度に広範で曖昧な規制を成立させる ことができる。国家は、保護されるべき活動を捕捉することは望まないか もしれないが、保護されるべきではない行動の全てが確実に抑止されるこ とを望む。規制の観点(市民の自由の保護の観点ではなく)からは、ある 行為が違法かどうかが不明確であることでさえ、悪いことではなく良いこ ととなり得る。 現代の修正第 1 条の法理が萎縮効果に焦点を当てることは、従来型の表 現規制が達成しようとしたことと単純に表裏一体の関係にある。従来型の 表現規制は国家がコントロールしたいと望む言論に対して萎縮効果をも たらすことを「欲する」。また、望ましくない言論に対する報復ないし処 罰といった国家による脅威が公衆からはっきりと見え、広く認識されれば、 それは大変有益なことである。同様に、表現活動の監視が公にされ、又は、 監視される可能性が一般大衆に非常に分かりやすいものであれば、それも また有益である。一般大衆がデモにおいて警察に氏名を知られたり、違法 な言論によって人が逮捕されるのを見たりすることがないとしても、そう いうことが現実にあるということを市民が知っていれば十分である。従来 型の言論規制の要点は、行動しないよう説得・抑止することであり、すな わち、恐怖・不安・悲観・従順を生じさせることであると言える。 言論規制-従来型と最新型(Balkin) 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 337 B.最新型の規制の目的:広範さ・分かりにくさ・事前抑止 ― 萎縮効果から平穏な状態に置くこと(Chilling Out)へ デジタルの世界では、異なる所に国家の行為や技術の力点が置かれる。 新たな言論規制は、事前抑止に更なる可能性、すなわち伝統的な規制より も更に効果的な可能性を提供する。表現の自由のインフラストラクチャー が規制や監視のための技術と融合しているため、国家は、望ましくない言 論が発せられているとき、それをより発見しやすくなる。また、自ら直接、 又は私人を監視と付随的な検閲に従事するよう誘うことによって、言論を ブロックすることがより容易になるであろう。国家は、私人が望ましくな い言論を探し、遅れさせ、選び出し、また完全にブロックするインセンテ ィブを与えることができる。 確かに、伝統的な言論規制もなくなってはいない。最新型の言論規制に おいても、政府は財産権と監視能力を守るために各活動を萎縮させること ができる。著作権法に基づいて認められる請求とそれに対するフェアユー ス抗弁の境界はしばしばはっきりせず、その結果、保護される表現がこれ らの組み合わせにより萎縮する可能性がある。すでに指摘したとおり、 NSL に付随する報道禁止命令は、企業が公開を試みることのないよう、「脅 威を感じる」効果を生むように設計されている。 それにもかかわらず、デジタルネットワークが監視と予防をより容易に したため、最新型の言論規制はブロッキングやフィルタリングといった事 前の戦略をより多用する。こうして、大まかに言えば、従来型の言論規制 は抑止と萎縮効果を際立たせ、最新型の言論規制は予防と分かりにくさ (又は不可視性)を際立たせる。 有害なコンテンツの監視とブロックがますます効果的になり、かつ広が りを見せるにつれ、萎縮効果を生じる従来型の言論規制アプローチはます ます複雑になっている。疑わしい者だけが(又は主にそのような者が)監 視の対象とされる世界から、政府と民間企業が分析、予防そして対抗措置 を促進するためにできるだけ多くの人の情報を集める世界へと移行する につれて、政府の統治戦略も変化する。 国家と民間のインフラストラクチャー所有者は、監視が一般公衆には気 付かれないことを好むだろう。データ収集と分析の範囲と程度は、人々に 自身は安全だが、絶えず観察されているわけでもないと感じさせるために 論 説 338 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 秘密とされるか、少なくとも分かりにくいものであるべきである。監視が 人々にとって分かりにくいとき、人々は、政府や民間のインフラストラク チャー所有者が収集し、分析できる情報をより進んで明らかにするだろう。 全く罪のない人について集められた情報は、国家が疑いを持つ者の行動を 特定し、理解し、ブロックするのに役立つ。公衆が広がった監視活動に気 付いている限り、政府も民間企業も、公衆がそれを服従や従順を引き出す ために設計された恐ろしいものであることを理解しないで欲しいと思う だろう。逆に、政府と民間企業は、データ収集作業を、ごく自然で、厄介 なものではなく、また無害なものであるように見せることを望むであろう。 国家的監視国では、かつては「疑わしい」者だけの特権だった監視の経験 は民主化し、普遍化し、また陳腐化する。監視の広がった世界では、国家 と民間インフラストラクチャーの所有者は、ほとんどの人々に関し、萎縮 効果を与えたいとは思っていない。その代わり、ほとんどの人々を平穏な 状況に置きたい(chill out)のである。 要するに、最新型の言論規制の目的は常態化と不可視化(又は少なくと も分かりにくさ)である。そのために、単に処罰するのではなく、予防す るための措置を採用し、またそれは自動的にかつ遠隔的に起こるようにな っている。デジタル時代における言論の民主化の皮肉は、まさに、それが コントロールと監視の実践へと繋がっていることである。他の有名な言葉 で言い換えてみると、インターネット上では、誰もあなたが犬だとは気付 かない―政府と民間インフラストラクチャーの所有者を除いて。 New York Times Co. v. Sullivan 判決と Pentagon Papers 判決は、言論規制に 使われた20世紀の技術に対する20世紀の対応である。しかし、言論を規制 する技術はまだ固まっていない。言論を促進する技術も同様である。ポス トニューディール時代の表現の自由の擁護者は、従来型の規制技術に対応 する憲法上の保障を作り上げる方法を生み出さねばならなかったが、それ とまさに同様に、最新型の言論規制の世界で表現の自由の原則を再創造す ることが、現在の世代に課せられている。表現の自由の信条は普遍的なも のかもしれないが、言論規制の手段は変幻自在に変わり続けている。それ に対する我々の対応も同じようにあるべきである。 言論規制-従来型と最新型(Balkin) 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 339 [訳者付記] 本稿は、Jack M. Balkin, Old-School/New-School Speech Regulation, 127 HARV. L. REV. 2296 (2014) の翻訳である。 光栄なことに訳者 1 名(樫尾)は、所用で渡米した際に Yale Law School を訪れ、 原著者の Jack M. Balkin 教授と面談する機会を得た。同教授は聡明で、かつ本稿の各 所に表れているような現代的な感覚を感じさせる方であった。 ところで、本稿の原題のタイトルには、“new school/old school”という日本語訳 が難しい言葉が使われており、上記面談の際、この言葉を選んだ意図について尋ね た。Balkin 教授によると、これは、Hip Hop の世界で1980年代中頃を境に old school / new school と呼ばれる楽曲のテイストの変化があることと、本稿で指摘されている 言論規制のテクニックの変化とを掛けた、一種のジョークであるとのことであった。 このジョークの翻訳を巡り、訳者らは長い議論を行い、「新派の/旧派の」、「今風な /古風な」、「新手の/古典的な」などの数々の案が出た。最終的に学術論文としての 性格、対比や語感を重視して「従来型と最新型」に落ち着くこととなったが、原題 のニュアンスが失われた感は否めないため、ここで Balkin 教授の意図をご紹介する ことで代えさせて頂きたい。 最後に、本稿の翻訳をご了承頂いた Balkin 教授、また翻訳発表の場を頂いた田村 善之教授及び校正作業でお世話になった髙橋直子特任助手(北海道大学大学院法学 研究科)に改めて御礼申し上げる。