知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 261 論 説 知的財産権・不法行為・自由領域(3) ―日韓両国における規範的解釈の試み― 丁 文 杰 序章 第Ⅰ章 不法行為法の構造 第Ⅱ章 知的財産法の制度趣旨 第Ⅲ章 学説(以上、第46号) 第Ⅳ章 裁判実務 第 1 節 はじめに 第 2 節 日本の裁判例 第 1 款 最上級審判決 第 2 款 最高裁判決の射程 第 1 項 著作権法が規律対象とする利益と異なる趣旨の法的利益 (以上、第47号) 第 2 項 著作権法が規律対象とする利益と異なる趣旨の「財産的利益」 第 3 項 著作権法が規律対象とする利益と異なる趣旨の「人格的利益」 第 3 節 韓国の裁判例 第 1 款 最上級審判決(以上、本号) 第 2 款 大法院判決の射程 第 4 節 帰結 第Ⅴ章 日本法への示唆 結語 第 2 項 著作権法が規律対象とする利益と異なる趣旨の「財産的利益」 まず、著作権法等の知的財産法が規律対象としていない財産的利益につ いて、不法行為法上の保護を認めることは、その反面、他人の表現の自由 や経済活動の自由を制約することを意味するのだから、そのような制限を 論 説 262 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 正当化する根拠が必要である(前掲最判[ギャロップレーサー上告審]な ど)。ここでは、著作権法等により保護されない利益に財産的価値が認め られるという命題だけで、広く他者の自由を制約することを正当化するこ とは困難であると思われる。このような場合には、他者の自由を制約する 原理として、社会的に必要な成果開発のインセンティヴを確保するために、 一定のフリー・ライドを規制することも必要である、というインセンティ ヴ論の観点を入れざるを得ない。すなわち、産業や文化の発展のために、 必要なインセンティヴに不足があるときは、フリー・ライドを規律するこ とも許されるという法の価値判断を前提にするならば、著作権法等の知的 財産法で規律されていない利用行為に対して、一般不法行為の成立を認め られるのは、そのような行為を許容してしまうと、成果開発のインセンテ ィヴが過少となることが明らかである場合に限られることになる164。 このように、社会的に必要な成果開発のインセンティヴを確保するため に、著作権法等の知的財産法が規律対象とする利益と異なる趣旨の財産的 利益について、不法行為法上の保護を認めた従来の裁判例のアプローチを 整理すれば、創作投資の保護に着目したもの、取材体制の構築に配慮した もの、という二つの立場に分類することができる165。 164 田村・前掲注58) 7 - 9 頁、同・前掲注 2 )知的財産法政策学研究 1 頁、同・前掲 注36)著作権研究 6 - 7 頁等を参照。 165 従来、個別の知的財産法によって規律されていない利用行為に対して一般不法 行為の成立を認めた下級審の裁判例は少なからず存在するものの、具体的な事案と の関係で見れば、商品等主体混同行為 (京都地判平成元.6.15判時1327号123頁 [佐 賀錦袋帯]、大阪地判平成16.11.9判時1897号103頁 [ミーリングチャック])や不当廉 売 (大阪地判平成14.7.25平成12(ワ)2452 [オートくん])、契約締結上の信義則違反 (東京地判昭和63.7.1判時1281号129頁 [チェストロン])、あるいは、在職中の地位 を利用した競業行為 (大阪地判平成10.3.26平成 5 (ワ)4983 [コンベヤベルトカバー 設計図]) など別の法理により不法行為該当性を認めれば足りる裁判例が多く、単純 に他人の成果の利用行為を決め手として不法行為の成立を認めた裁判例は極めて 稀である (前掲東京高判 [木目化粧紙二審]、大阪地判平成8.12.24判不競224ノ320 頁 [断熱壁パネル]、前掲東京地判 [スーパーフロントマン中間判決]、前掲知財高 判 [ライントピックス二審]、前掲知財高判 [通勤大学法律コース控訴審]、前掲知 財高判 [北朝鮮映画放送控訴審] など)。田村・前掲注 1 )『新世代知的財産法政策 知的財産権・不法行為・自由領域(丁) 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 263 1. 投下資本回収に係る利益 従来の裁判例の中には、創作投資に必要なインセンティヴを法的に確保 するために、投下資本の回収阻害という観点から、著作物性が否定された 創作物の利用行為に対して不法行為の成立を認めた裁判例がある(前掲東 京地判 [スーパーフロントマン中間判決]、傍論ながら、大阪地判平成 元.3.8無体集21巻 1 号93頁 [写植機用文字書体]166、大阪地判平成9.6.24 学の創成』12-25頁、同・前掲注 1 ) NBL 50-52頁等を参照。 他方で、個別の知的財産法によって規律されていない利用行為に対して、結論と して不法行為の成立を否定した裁判例が殆どであり、大阪地判昭和58.10.14無体集 15巻 3 号630頁 [修理の時代ちらし]、大阪地判平成7.6.29平成 5 (ワ)3653 [FRP 製装 飾柱]、松江地判平成8.3.13平成 5 (ワ)143 [シートシャッター]、広島高判平成 9.7.25平成 8 (ネ)26 [同二審]、大阪地判平成9.12.25判不競224ノ477頁 [シャーレン チ]、京都地判平成11.12.24平成10(ワ)2980 [化粧箱]、名古屋地判平成12.10.18判 タ1107号293頁 [主要自動車部品250品目の国内における納入マトリックスの現状分 析]、東京地判平成13.9.6判時1804号117頁 [宅配鮨]、東京地判平成14.9.5平成 13(ワ)16440 [サイボウズ本案]、大阪地判平成14.11.28平成13(ワ)11198 [家具調仏 壇Ⅱ]、大阪高判平成15.7.29平成15(ネ)68 [同二審]、東京地判平成15.1.28判時1828 号121頁 [PIM ソフト]、広島高判平成15.9.16平成15(ネ)44 [広島風お好み焼せんべ い]、東京地判平成15.10.31判時1849号80頁 [換気口用フィルタ]、東京地判平成 15.11.28判時1846号90頁 [多湖輝の新頭脳開発シリーズ]、東京高判平成16.3.31平 成16(ネ)39 [同二審]、東京地判平成16.3.24判時1857号108頁 [ライントピックス]、 東京地判平成16.3.30平成15(ワ)285 [ケイコとマナブ]、東京高判平成17.3.29平成 16(ネ)2327 [同二審]、大阪地判平成17.7.12平成16(ワ)5130 [初動負荷トレーニン グ]、東京地判平成22.6.17平成21(ワ)27691 [月刊ネット販売]、東京地判平成 21.12.24平成20(ワ)5534 [弁護士のくず]等がある。 166 前掲大阪地判 [写植機用文字書体] は、写真植字機用文字書体の機械的複製行為 につき、書体の創作のためには多くの労力と時間、費用を要すること、書体を使用 する際には書体の製作者に対価を支払う慣行が存在することを指摘した上で、傍論 ながら、「著作物性の認められない書体であっても、真に創作性のある書体が、他 人によって、そっくりそのまま無断で使用されているような場合には、これについ て不法行為の法理を適用して保護する余地はあると解するのが相当である」と判示 した。 論 説 264 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 判タ956号267頁 [ゴナ U]167、大阪高判平成10.7.17民集54巻 7 号2562頁 [同 二審] など)。 たとえば、他人が開発に 5 億円以上、維持管理に年間4,000万円の費用 を投入して製造した自動車整備業者向けの車両データベースのデータを 大量に複製し、競合地域で販売した行為に対して、不法行為の成立を認め た前掲東京地判 [スーパーフロントマン中間判決]168を見てみよう。東京地 裁は、自動車整備業者向けの車両データベースについて、対象となる自動 車の選択やデータ項目の選択、ベータベースの体系的な構成に創作性を欠 くことを理由に著作物性を否定しつつ、「人が費用や労力をかけて情報を 収集、整理することで、データベースを作成し、そのデータベースを製造 販売することで営業活動を行っている場合において、そのデータベースの データを複製して作成したデータベースを、その者の販売地域と競合する 地域において販売する行為は、公正かつ自由な競争原理によって成り立つ 取引社会おいて、著しく不公正な手段を用いて他人の法的保護に値する営 業活動上の利益を侵害するものとして、不法行為を構成する場合がある」 と判示し、民法709条に基づく不法行為の成立を肯定した。 そもそも、データベースが著作権法の保護を受けるためには、情報の選 択や体系的な構成に創作性がなければならず、誰がなしても同じ表現にな るものは著作権法の保護を享受しないのが原則である(著作権法 2 条 1 項 10号の 3 、12条の 2 第 1 項)。しかし、現実におけるデータベースの価値 は膨大な情報を蓄積している点にあり、作成者の立場からしても情報の収 集にこそ多大な投資を要するのであるから、データベースに対する実質的 167 前掲大阪地判 [ゴナ U] も、同じく傍論ながら、「真に創作的な書体であって、過 去の書体と比べて特有の特徴を備えたものである場合に、他人が、不正な競争をす る意図をもって、その特徴ある部分を一組の書体のほぼ全体にわたってそっくり模 倣して書体を制作、販売したときは、書体の市場における公正な競争秩序を破壊す ることは明らかであり、民法709条の不法行為に基づき、これによって被った損害 の賠償を請求することができる余地がある」と判示した。 168 この判決の評釈として、蘆立順美「創作性のないデータベースからのデータの 流用に対する不法行為の成立」コピライト486号 (2001年) 25頁、平嶋竜太「『車両デ ータベース事件』について」AIPPI 47巻 9 号 (2002年) 598頁等がある。 知的財産権・不法行為・自由領域(丁) 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 265 な保護の要請と著作権法の保護との間には齟齬があるといえる169。また、 相当の投下資本をかけて開発されるデータベースについて、他の競合者が これにフリー・ライドすることを無制限に許容する場合には、データベー スの創作投資へのインセンティヴが失われることは明らかである。それゆ え、データベースの開発が促進されることが社会的に望ましいのだとする と、他者の無断利用により、そうした開発が不可能となるか、あるいは、 著しく困難となる場合には、一定の法的保護を及ぼすべきであるという点 については見解が一致しているところである170。 したがって、データベースの開発に係る創作投資のインセンティヴを確 保するために、投下資本の回収阻害という観点から、競業行為に限定して 一般に投下資本を回収し得ると目される期間、一般不法行為法の保護を与 えたとしても、こうした創作投資の保護は著作権法が規律対象とする利益 と異なる趣旨の法的な利益を守るものであるから、著作権法の趣旨が潜脱 されることにはならないだろう。 2. 取材体制の構築に係る利益 従来の裁判例の中には、もう一つ、取材体制の構築に必要な投資を法的 に保護するために、著作物性が否定された新聞記事見出しの利用行為に対 して不法行為の成立を認めた裁判例もある(前掲知財高判 [ライントピッ クス二審])。 たとえば、日刊新聞の発行等を業とする原告が運営するウェブサイト 「YOMIURI ONLINE」に掲載された25字以内のニュース記事見出し(以下、 「YOL 見出し」という。)を使用し、インターネット上で「ライントピック ス」(以下、「LT」という。)と称するサービスを提供した行為に対して、 不法行為の成立を認めた前掲知財高判 [ライントピックス二審]171を見て 169 田村・前掲注59)27頁、山根・前掲注153)255頁を参照。 170 蘆立順美「データベースの保護」著作権研究36号 (2010年) 79頁。 171 一審判決 (前掲東京地判 [ライントピックス]) は、原告が YOL 見出しをインター ネット上で無償提供していた点を重視し、被告が図利加害目的を有するなど特段の 事情のない限り、著作権法の保護を受けない YOL 見出しを利用することは自由であ 論 説 266 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) みよう。知財高裁は、原告のニュース記事見出しについて、ありふれた表 現であって創作性がないとして著作物性を否定しつつ、「価値のある情報 は、何らの労力を要することなく当然のようにインターネット上に存在す るものでないことはいうまでもないところであって、情報を収集・処理し、 これをインターネット上に開示する者がいるからこそ、インターネット上 に大量の情報が存在し得るのである。そして、ニュース報道における情報 は、原告ら報道機関による多大の労力、費用をかけた取材、原稿作成、編 集、見出し作成などの一連の日々の活動があるからこそ、インターネット 上の有用な情報となり得るものである」と説示した上で、「本件 YOL 見出 しは、原告の多大の労力、費用をかけた報道機関としての一連の活動が結 実したものといえること、著作権法による保護の下にあるとまでは認めら れないものの、相応の苦労・工夫により作成されたものであって、簡潔な 表現により、それ自体から報道される事件等のニュースの概要について一 応の理解ができるようになっていること、YOL 見出しのみでも有料での取 引対象とされるなど独立した価値を有するものとして扱われている事情 があることなどに照らせば、YOL 見出しは、法的保護に値する利益となり 得るものというべきである。一方、…被告は、原告に無断で、営利の目的 をもって、かつ、反復継続して、しかも、YOL 見出しが作成されて間もな いいわば情報の鮮度が高い時期に、YOL 見出し及びYOL 記事に依拠して、 特段の労力を要することもなくこれらをデッドコピーないし実質的にデ ッドコピーして LT リンク見出しを作成し、これらを自らのホームページ 上のLT表示部分のみならず、2 万サイト程度にも及ぶ設置登録ユーザのホ ームページ上の LT 表示部分に表示させるなど、実質的に LT リンク見出し を配信しているものであって、このようなライントピックスサービスが原 告のYOL 見出しに関する業務と競合する面があることも否定できないも のである」と判示し、被告の行為は、原告の法的保護に値する利益を違法 に侵害したものとして、不法行為の成立を認めた。 この判決に対して、文献の中には多くの批判がなされている。たとえば、 茶園成樹教授は、前掲知財高判 [ライントピックス二審] の評釈において、 被告が無断利用した YOL 見出しの個数は 1 日あたり 7 個と低い割合であ るとして、不法行為に基づく請求を棄却した。 知的財産権・不法行為・自由領域(丁) 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 267 ったにも拘わらず、原告が掲出した YOL 見出し全体に対する被告のコピ ーの割合を考慮することなく不法行為の成立を認めたことや、市場の競合 性が厳格に要求されておらず、単に相手方のサービスが先行者の業務と競 合する面があるという認定にとどまっていることについて、疑問を呈して いる172。また、蘆立順美教授も、前掲東京地判 [ライントピックス] の評釈 において、「インターネット上の新聞記事の提供については…、Xはこれ らを無償で提供していることから、Xが投資回収を予定している市場と認 定できず、保護が否定されることとなろう。仮に広告料により投資回収を 予定しているとしても、この場合には広告料収入獲得の市場において、直 接の競業関係の有無、YのライントピックスがXのホームページと同様の 機能・目的を有しているかどうかが検討される必要があり、本件の事案か らはこれを肯定するのは困難である」との見解を示した173。 これらの批判は、いずれもニュース見出しの酷似的なコピーや、競争関 係の有無など被告の行為に焦点を当てたものであるが、この判決ではむし ろ、その配信行為の背後にある報道機関における取材体制の保護が決め手 となっていると思われる。すなわち、新聞社である原告が即時にニュース 見出しを作成しアップする体制を整えるまでには、取材体制の構築に莫大 な投資がなされていることに鑑みると、ニュースとしての価値が失われな いうちに、ニュース見出しの酷似的なコピーを配信する被告の行為を許容 する場合には、取材体制の構築のインセンティヴが過度に阻害されること は明らかである。しかも、報道機関における取材体制の構築にかけられた 投資は、著作権法が保護しようとする著作物の創作とは別個独立に存在す るものである174。 そうすると、取材体制の構築に必要な投資を誘引するために、民法709 条の不法行為に基づいて一定の競業行為を規律したとしても、それは著作 172 茶園成樹「記事見出しの著作物性とその利用による不法行為の成否」知財管理 56巻 7 号 (2006年) 1067-1068頁を参照。 173 蘆立順美「新聞記事見出しの著作物性と見出しの利用に対する不法行為の成否」 コピライト521号 (2004年) 63頁。 174 田村・前掲注 1 )『新世代知的財産法政策学の創成』28-29頁、同・前掲注 1 )NBL 52頁、同・前掲注 1 )コピライト31-34・41-42頁、山根・前掲注153)257頁を参照。 論 説 268 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 権法が規律対象とする利益と異なる趣旨の法的利益であるから、ニュース 見出しについて著作権法の保護を否定したことと平仄が合わないことに はならないだろう。 3. 小括 以上の分析をまとめれば、次のようになる。著作権法等の知的財産法が 規律対象としていない財産的利益について、不法行為法上の保護を認める ことは、その反面、他人の表現の自由や経済活動の自由を制約することを 意味するのだから、他者の自由を制約する原理として、社会的に必要な成 果開発のインセンティヴを確保するためには、一定のフリー・ライドを規 制することも必要である、というインセンティヴ論の観点を入れざるを得 ない。 従来の裁判例のうち、創作投資の保護に着目した裁判例(前掲東京地判 [スーパーフロントマン中間判決])と、取材体制の構築に配慮した裁判例 (前掲知財高判 [ライントピックス二審])は、いずれも社会的に必要な成 果開発のインセンティヴを確保するために、著作権法等の知的財産法が規 律対象とする利益と異なる趣旨の財産的利益について不法行為法上の保 護を認めたものであり、まさに最高裁の示した「著作権法が規律対象とす る利益と異なる趣旨の法的利益」という要件論の射程内にあるものと評価 することができる。 第 3 項 著作権法が規律対象とする利益と異なる趣旨の「人格的利益」 次に、著作権法等の知的財産法が規律対象としていない人格的利益につ いて、不法行為法上の保護を認めることも、基本的には他人の表現の自由 や経済活動の自由を制約することを意味する。しかし、著作権法で規律さ れていない財産的利益とは異なり、このような場合には、他者の利用の自 由を制約する正当化原理として、インセンティヴ論よりも基本的人権の一 知的財産権・不法行為・自由領域(丁) 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 269 つである人格権175の方が強力であるために、あえてインセンティヴ論を持 ち出す意義は乏しいと思われる。そして、著作権法が規律対象としていな い人格的利益に対して不法行為法上の保護を認めるためには、その対抗原 理である表現の自由との利益衡量が必要であるだろう176。 1. 著作権法が規律対象とする人格的利益 さて、最高裁の示した「著作権法が規律対象とする利益と異なる趣旨の 法的利益」の射程を考察するためには、まず、著作権法により保護される 著作者人格権とは、如何なる人格的利益であるのか、という問題を明確に しておかなければならない。以下では、著作権法により保護される人格的 利益について簡単に触れることにする。 著作者人格権とは、著作者が創作した著作物に対して有する人格的利益 を保護する権利であり、公表権(著作権法18条)、氏名表示権(19条)、同 一性保持権(20条)、著作者の名誉、声望を害する方法によりその著作物 を利用する行為を禁止する権利(113条 6 項)が認められている。著作者 人格権は、民法上の一般的人格権が具体化したものであり、「著作物に顕 現された著作者の人格的利益」そのものが保護法益となっている177。これ 175 五十嵐清『人格権法概説』(2003年・有斐閣) 10頁は、人格権とは「主として生 命・身体・健康・自由・名誉・プライバシーなど人格的属性を対象とし、その自由 な発展のために、第三者による侵害に対し保護されなければならない諸利益の総体 である」と定義している。これに対し、潮見・前掲注 8 )194頁は、「人格権とは、 人間の尊厳に由来し、人格の自由な展開および個人の自律的決定の保護を目的にす るとともに、個人の私的領域の平穏に対する保護を目的とする権利である」と定義 している。 176 著作権法学会「討論」著作権研究36号 (2010年) 114-118頁における田村教授の発 言部分を参照。 177 斉藤博『人格権法の研究』(1979年・一粒社) 232頁を参照。従来の学説では、著 作者人格権に関して、自然人が享有する一般的人格権と本質的に同質のものなのか (同質説、斉藤博『著作権法』(第 3 版・2007年・有斐閣) 143頁、同「著作者人格権 の理論的課題」民商法雑誌116巻 6 号 (1997年) 818頁など)、それとも異質の権利で あって著作権法が特別に定めたものなのか (異質説、半田正夫『著作権法概説』(第 論 説 270 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) は、著作者人格権を著作者の一身専属権として、権利行使をなすか否かを 著作者に決定させる現行法の体系に適合したものであると思われる178。 また、私的領域一般における人格的利益を保護する民法上の一般的人格 権は、憲法13条にその基礎を有している。憲法13条は、「すべて国民は、 個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利につ いては、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊 重を必要とする」と定めており、従来の判例は、新たな人格権を承認する ために、常に憲法13条を活用している179。たとえば、名誉権に関する最判 昭和61.6.11民集40巻 4 号872頁 [北方ジャーナル] は、「表現行為により名 誉侵害を来す場合には、人格権としての個人の名誉の保護(憲法13条)と 表現の自由の保障(同21条)とが衝突し」と説示し、また、氏名権に関す る最判昭和63.2.16民集42巻 2 号27頁[在日韓国人名前]も、氏名は、「人が 個人として尊重される基礎であり、その個人の人格の象徴であって、人格 権の一内容を構成する」と述べている。 さらに、北朝鮮映画放送上告審の直後に下された前掲最判[ピンク・レ ディー上告審]が、「みだりに自己の肖像等が商品等と結び付けられること のない人格的利益」という個別の知的財産法とは異なる分野における人格 的利益について、その法的権利性を認めたことに照らせば、著作権法が規 律対象とする利益と異なる趣旨の「人格的利益」とは、単に著作者人格権 が規律の対象とする「著作物に顕現された著作者の人格的利益」と異なる 人格的利益であれば足りる、と解することができる。 16版・2015年・法学書院) 123-124頁、三浦正広「著作者人格権の法的性質に関する 一考察-一般的人格権と個別的人格権の二重構造論」岡山商大法学論叢 7 号 (1999 年) 75頁など)、ということが対立している。近時は、「著作者人格権には、一般的 人格権に相当するものと、著作権法が特に認めたものとが混在しており、前者につ いては放棄できないが、他の部分は放棄できるという柔軟な解釈も可能である」と いう中間的な考え方もある (中山・前掲注111)『著作権法』(第 2 版) 471-472頁、知 的財産研究所「Exposure 94-マルチメディアを巡る新たな知的財産ルールの提唱」 NBL 541号 (1994年) 52頁など)。 178 田村・前掲注59)404頁。 179 五十嵐・前掲注175)14-18頁を参照。 知的財産権・不法行為・自由領域(丁) 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 271 2. みだりに自己の肖像等が商品等と結び付けられることのない人格的利益 それでは、パブリシティ権が人格権に由来する権利の一内容を構成する と説示し、その排他的な権利性を認めた最高裁判決の位置付けが問題とな り得る、前掲最判 [ピンク・レディー上告審]180を見てみよう。 この事件は、ピンク・レディーのメンバーである原告らが、原告らを被 写体とする写真を無断で週刊誌に掲載した被告に対し、原告らの肖像が有 する顧客吸引力を排他的に使用する権利(いわゆるパブリシティ権)が侵 害されたと主張して、不法行為に基づく損害賠償を求めた事案である181。 最高裁は、「人の氏名、肖像等(以下、併せて『肖像等』という。)は、 個人の人格の象徴であるから、当該個人は、人格権に由来するものとして、 これをみだりに利用されない権利を有すると解される…。そして、肖像等 は、商品の販売等を促進する顧客吸引力を有する場合があり、このような 顧客吸引力を排他的に利用する権利(以下『パブリシティ権』という。) は、肖像等それ自体の商業的価値に基づくものであるから、上記の人格権 に由来する権利の一内容を構成するものということができる」とし、「肖 像等に顧客吸引力を有する者は、社会の耳目を集めるなどして、その肖像 等を時事報道、論説、創作物等に使用されることもあるのであって、その 使用を正当な表現行為等として受忍すべき場合もある」と説示した上で、 「肖像等を無断で使用する行為は、①肖像等それ自体を独立して鑑賞の対 象となる商品等として使用し、②商品等の差別化を図る目的で肖像等を商 品等に付し、③肖像等を商品等の広告として使用するなど、専ら肖像等の 有する顧客吸引力の利用を目的とするといえる場合に、パブリシティ権を 180 一審及び控訴審の評釈として、北村・前掲注142)301頁、奥邨弘司 [判批] 判時2078 号 (2010年) 188頁、上告審の評論として、田村善之「パブリシティ権侵害の要件論 考察-ピンク・レディー事件最高裁判決の意義」法律時報84巻 4 号 (2012年) 1 頁、 内藤篤「『残念な判決』としてのピンク・レディー最高裁判決」NBL 976号 (2012年) 17頁等がある。 181 一審 (東京地判平成20.2.2判時2023号152頁 [ピンク・レディー一審])、及び控訴 審 (知財高判平成21.8.27判時2060号137頁 [同二審])は、被告が本件各写真を原告ら に無断で週刊誌に掲載する行為は、パブリシティ権を侵害するものではなく、不法 行為法上違法とはいえないとして、原告らの請求をいずれも棄却した。 論 説 272 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 侵害するものとして、不法行為法上違法となると解するのが相当である」 という一般論を展開した。そして、被告の行為が、専ら原告らの肖像の有 する顧客吸引力の利用を目的とするものではないことを理由に、不法行為 の成立を否定し、上告を棄却した。 すなわち、最高裁は、人の氏名、肖像等が有する顧客吸引力を排他的に 利用する権利(パブリシティ権)が人格権に由来する権利の一内容を構成 するとした上、肖像等を無断で使用する行為は、「専ら顧客吸引力の利用 を目的とする場合」に、パブリシティ権を侵害するものとして不法行為法 上違法になると判断した。そして、「専ら顧客吸引力の利用を目的とする 場合」として、①肖像等それ自体を独立して鑑賞の対象となる商品等とし て使用する場合、②商品等の差別化を図る目的で肖像等を商品等に付する 場合、③肖像等を商品等の広告として使用する場合という三類型を示して いる。 一見すれば、違法とされる行為の範囲、態様が法令等により明確になっ ていない、いわゆるパブリシティ権を判例で創設したこの最高裁判決と、 不法行為法による補完的な保護に厳しい態度を示した前掲最判 [ギャロッ プレーサー上告審] との整合性が問題となり得る182。なぜならば、ギャロ ップレーサー上告審が、競走馬の名称等に顧客吸引力があるとしても、法 令等の根拠なしに排他的な使用権等を認めることはできないと判示して いることは、自然人の氏名や肖像等が有する商業的価値につき、実定法上 の権利ではない財産権としてのパブリシティ権を認めることは困難であ るからである183。また、パブリシティ権の保護を認めることは、氏名や肖 像等を利用する他人の表現の自由や経済活動の自由を制約することを意 味するのだから、それを根拠付けるためには、財産権とは異なる他の法的 な根拠を探求することが必要となったと思われる184。 182 島並・前掲注 1 )151頁を参照。 183 設樂隆一「パブリシティの権利」牧野利秋=飯村敏明編『新・裁判実務体系22 著作権関係訴訟法』(2004年・青林書院) 552頁、宮脇正晴「パブリシティ権・不正 競争防止法への招待」法セ692号 (2012年) 12-13頁等を参照。 184 従来の裁判例には、パブリシティ権の法的性質を財産権として捉えるものとし て、東京地判平成元.9.27判時1326号137頁 [光 GENJI]、東京高判平成3.9.26判時 知的財産権・不法行為・自由領域(丁) 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 273 結局、物のパブリシティ権に関する前掲最判[ギャロップレーサー上告 審]の射程を考慮するならば、人のパブリシティ権の保護を根拠付けるに は、「人は、その肖像等をみだりに利用されないことに関して、法的な保 護に値する人格的利益を有している」という人格権構成を採用する以外に ないことが導かれるのではないだろうか185。その理由は、人は自己の肖像 等が無断で広告に利用されたり商品化されることにより、特定の商品等と 結び付けられることに対して、格別の精神的な憤りや困惑、苦痛を生じ、 そこに保護されるべき人格的利益が認められるからである186。このような 利益は、「みだりに自己の肖像等が商品等と結び付けられることのない人 格的利益」であって、個別の知的財産法とは異なる分野における利益であ るから、その保護が直ちに知的財産法の趣旨を潜脱することにはならない と思われる。そして、人格的利益に配慮するために、この種の行為を制約 したところで、表現の自由や経済活動の自由の不当な制限とまではいえな いだろう187。 1400号 3 頁 [おニャン子クラブ本案控訴審]、横浜地判平成4.6.4判時1434号116頁 [土井晩翠]、東京地判平成10.1.21判時1644号141頁 [キング・クリムゾン一審]、東 京高判平成11.2.24平成10(ネ)673 [キング・クリムゾン控訴審]、前掲名古屋地判 [ギ ャロップレーサー]、前掲名古屋高判 [同二審]、東京地判平成16.7.14判時1879号71 頁 [ブブカスペシャル 7 一審]、東京地判平成17.3.31判タ1189号267頁 [長島一茂]、 東京高判平成18.4.26判時1954号47頁 [ブブカスペシャル 7 控訴審] 等がある。 185 橋谷・前掲注142)知的財産法政策学研究42号316頁を参照。 186 田村・前掲注142)506-507頁、同・前掲注180) 4 頁を参照。 187 従来の裁判例には、パブリシティ権の法的性質を人格権として捉えるものとし て、東京地判平成2.12.21判タ772号253頁 [おニャン子クラブ本案一審]、前掲東京 地判 [ダービースタリオン]、前掲東京高判 [同二審]、東京地判平成17.6.14判時1917 号135頁 [矢沢永吉]、東京地判平成17.8.31判タ1208号247頁 [@BUBKA]、東京地判 平成18.8.1判時1957号116頁 [プロ野球選手パブリシティ一審]、知財高判平成 20.2.25平成18(ネ)10072 [プロ野球選手パブリシティ控訴審]、前掲東京地判 [ピン ク・レディー一審]、前掲知財高判 [同二審]、東京地判平成20.12.24判タ1298号204 頁 [中山麻理一審]、東京地判平成22.4.28平成21(ワ)12902 [ラーメン我聞Ⅰ]、東京 地判平成22.4.28平成21(ワ)25633 [ラーメン我聞Ⅱ]、東京地判平成22.10.21平成 21(ワ)4331 [ペ・ヨンジュン]、京都地判平成23.10.28平成21(ワ)3642 [The・サンデ ー一審]、大阪高判平成24.6.29平成23(ネ)3493 [The・サンデー控訴審] 等がある。 論 説 274 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) その意味では、ピンク・レディー上告審の最高裁判決が、「専ら顧客吸 引力の利用を目的とする場合」として、①肖像等それ自体を独立して鑑賞 の対象となる商品等として使用する場合、②商品等の差別化を図る目的で 肖像等を商品等に付する場合、③肖像等を商品等の広告として使用する場 合という三類型を示したことの趣旨は、まさにパブリシティ権が人格権に 由来する権利の一内容を構成するとして、その法的権利性を正面から認め る反面、表現の自由や経済活動の自由等に対する萎縮的効果を防ぐために、 侵害となるべき行為をできるだけ限定しようとする点にあるだろう188。 また、この最高裁判決の調査官である金築誠志の補足意見も、「顧客吸 引力を有する著名人は、パブリシティ権が問題になることが多い芸能人や スポーツ選手に対する娯楽的な関心をも含め、様々な意味において社会の 正当な関心の対象となり得る存在であって、その人物像、活動状況等の紹 介、報道、論評等を不当に制約するようなことがあってはならない」こと、 また、「パブリシティ権について規定した法令が存在せず、人格権に由来 する権利として認め得るものであること」、そして、「パブリシティ権の侵 害による損害は経済的なものであり、氏名、肖像等を使用する行為が名誉 毀損やプライバシーの侵害を構成するに至れば別個の救済がなされ得る こと」、という三つの理由を挙げて、パブリシティ権の侵害を構成する範 囲をできるだけ明確に限定すべきである、と解している。 したがって、ピンク・レディー上告審は、不法行為法による補完的な保 護に厳しい態度を示した前掲最判[ギャロップレーサー上告審]の趣旨を 覆したと評価することはできないだろう。 3. 著作者が著作物によってその思想、意見等を公衆に伝達する利益 また、従来の裁判例の中には、「著作者が著作物によってその思想、意 見等を公衆に伝達する利益」という著作者人格権ではない著作者の人格的 利益に対して、その法的保護を認めた最高裁判決がある(最判平成17.7.14 民集59巻 6 号159頁 [船橋市立図書館上告審])。 たとえば、公立図書館の職員が閲覧図書の廃棄について不公正な取扱い 188 中島基至 [判解] Law & Technology 56号 (2012年) 72頁を参照。 知的財産権・不法行為・自由領域(丁) 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 275 をすることが、当該図書の著作者の人格的利益を侵害し、国家賠償法189上 違法となるか否かが争われた前掲最判[船橋市公立図書館上告審]190を見 てみよう。最高裁は、「公立図書館は、住民に対して思想、意見その他の 種々の情報を含む図書館資料を提供してその教養を高めること等を目的 とする公的な場ということができる」とし、「公立図書館の図書館職員が 閲覧に供されている図書を著作者の思想や信条を理由とするなど不公正 な取扱いによって廃棄することは、当該著作者が著作物によってその思想、 意見等を公衆に伝達する利益を不当に損なうものといわなければならな い。そして、著作者の思想の自由、表現の自由が憲法により保障された基 本的人権であることにかんがみると、公立図書館において、その著作物が 閲覧に供されている著作者が有する上記利益は、法的保護に値する人格的 利益であると解するのが相当であり、公立図書館の図書館職員である公務 員が、図書の廃棄について、基本的な職務上の義務に反し、著作者又は著 作物に対する独断的な評価や個人的な好みによって不公正な取扱いをし たときは、当該図書の著作者の上記人格的利益を侵害する」と判示し、国 家賠償法に基づく損害賠償請求を認容した。 すなわち、最高裁は、公立図書館を、住民に対して思想、意見その他の 種々の情報を提供してその教養を高めること等を目的とする「公的な場」 189 国家賠償法 1 条 1 項は、「国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その 職務を行うについて、故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えたときは、国 又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる」と規定している。 190 この判決の評釈として、竹田稔「『公立図書館職員による蔵書除籍・廃棄事件』 最高裁判決」コピライト536号 (2005年) 32-35頁、松田浩「公立図書館の不公正な蔵 書廃棄と著作者の表現の自由」法学セミナー612号 (2005年) 124頁、山崎友也「公立 図書館職員による蔵書廃棄と表現の自由」法学教室306号別冊付録判例セレクト 2005 (2006年) 9 頁、中川律「公立図書館での司書による蔵書廃棄と著者の表現の自 由-船橋市西図書館蔵書廃棄事件最高裁判決」季刊教育法149号 (2006年) 77頁、中 林暁生「公立図書館による図書廃棄と著作者の表現の自由」ジュリスト1313号 (2006 年) 17頁、山本順一「船橋市立図書館蔵書廃棄事件最高裁差戻し判決の意義」早稲 田法学81巻 3 号 (2006年) 55-79頁、斉藤博「公立図書館の職員が図書の廃棄につい て不公正な取扱いをすることと当該図書の著作者の人格的利益の侵害による国家 賠償法上の違法」民商法雑誌135巻 1 号 (2006年) 169-179頁等がある。 論 説 276 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) と把握して、その公立図書館に著作物が閲覧に供されている著作者が有す る「著作物によってその思想、意見等を公衆に伝達する利益」は、法的保 護に値する人格的利益であると判断し、公立図書館の職員が図書の廃棄に ついて著作者の思想や信条を理由とするなど独断的な評価や個人的な好 みによって不公正な取扱いをしたときは、著作者の人格的利益を侵害する と判断した191。 この事件で最高裁が法的保護に値すると認めた「著作者が著作物によっ てその思想、意見等を公衆に伝達する利益」という著作者の人格的利益は、 公立図書館で閲覧に供された著作物によって著作者が受ける利益であり、 閲覧に供されることにより著作者が取得するものであって、著作者の著作 物に対する名誉、声望等の人格的利益ではなく、創作と同時に発生するも のでもない。換言すれば、著作権法で著作者人格権として認めている著作 物に対する名誉等の利益ではなく、公立図書館において著作物が閲覧に供 されることにより取得する、思想の自由、表現の自由を脅かすおそれのあ る行為から守られる人格的利益という著作権法とは異なる分野における 利益が侵害されたと判断したのである192。 191 ここでは、著作者の「思想、意見等を公衆に伝達する利益」が無制約に保護さ れるものではなく、同じ図書の廃棄であっても、除籍基準の定める範囲内での廃棄 など、正当化事由があるときは、「利益」の侵害とはならず、本件のように、閲覧 図書が、本件除籍基準の範囲を超え、「不公正な取扱い」によって廃棄されたとき、 著作者の利益の侵害、国家賠償法 1 条の違法が導き出されることになる。斉藤・前 掲注190)175頁を参照。 192 この判決の調査官である松並重雄の解説によれば、「本判決は、公立図書館にお いて閲覧に供された図書の著作者の思想、意見等伝達の利益を法的な利益として肯 定したが、図書館職員がその基本的義務に違反して、独断的評価や個人的好みに基 づく不公正な取扱いによって蔵書を廃棄したという場合について、閲覧に供されて いた図書の著作者の上記利益の侵害の救済を認めたものであって、著作者が、上記 利益の侵害を理由として、一般的に、公立図書館における図書の選択、排列、除籍・ 廃棄等に介入することを認めるものではなく、その射程を広くとらえるべきではな い」とし、「また、私立図書館等については、本判決の射程外というべきである」 とされる。松並重雄「判解」『最高裁判所判例解説民事篇平成17年度(下)』(2008年・ 法曹会) 415-416頁。 知的財産権・不法行為・自由領域(丁) 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 277 この最高裁判決は、厳格にいえば、個別の知的財産法により規律されて いない利用行為に対して、民法709条に基づく不法行為の成立を認めたも のではないが、著作権法が規律対象とする利益と異なる趣旨の人格的利益 が侵害された場合には、他の法律構成による補完的な保護が認められるこ とを示唆したと評価することができるだろう。 4. 民法上の名誉及び名誉感情 そして、北朝鮮映画放送上告審の調査官である山田真紀の解説によれば、 著作権法が規律対象とする利益と異なる趣旨の人格的利益として、前掲最 判 [船橋市立図書館上告審] の最高裁が示した「著作者が著作物によってそ の思想、意見等を公衆に伝達する利益」以外にも、「名誉」がそれに該当 するとされる193。ここでいう「名誉」とは、一体どのように理解すべきで あろうか。 実際、著作権法113条 6 項には、著作物の利用行為による著作者の名誉 毀損として、「著作者の名誉又は声望を害する方法によりその著作物を利 用する行為は、その著作者人格権を侵害する行為とみなす」と規定されて いる194。ここでいう名誉又は声望の侵害とは、著作者の社会的な名誉の毀 損、すなわち著作物の著作者が公衆から受ける評価を低落せしめる行為を 指すものである195。また、著作物の同一性を害さない行為であるにも拘わ らず、著作者人格権侵害行為とみなすからには、それ相応の行動の基準と 193 山田・前掲注148)86頁。上野・前掲注94)AIPPI 578頁も参照。 194 この規定は、著作物をそのまま利用しているために同一性保持権侵害に該当し ない行為であっても、その利用態様如何では、表現が著作者の真の意図とは全く異 なる意味合いを持つものとして受け取られることがあるから、著作者の名誉、声望 を害する方法によりその著作物を利用する行為を著作者人格権の侵害行為とみな したものである。田村・前掲注59)452頁を参照。 195 田村・前掲注59)452頁、中山・前掲注111)『著作権法』(第 2 版) 520頁、加戸守 行『著作権法逐条講義』( 6 訂新版・2013年・著作権情報センター) 756頁、上野達 弘「著作物の論評における名誉毀損と著作者人格権」知財管理54巻 1 号 (2004年) 85 頁、小泉直樹「著作者人格権」民商法雑誌116巻 4=5 号 (1997年) 602頁、村越啓悦 「著作者人格権等の侵害に対する救済」牧野=飯村編・前掲注183)602頁等を参照。 論 説 278 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) いうものが明確にならないことには著作物の利用者に不測の不利益を与 えることになりかねないから、単なる名誉感情の毀損は、著作権法113条 6 項の枠の外にあると解される196。この条項は、著作者の民法上の名誉権の 保護とは別に、その著作物の利用行為という側面から、著作者の名誉又は 声望を保つ権利を実質的に保護する趣旨に出たものであることに照らせ ば、同項所定の著作者人格権侵害の成否は、他人の著作物の利用形態に着 目して、当該著作物利用行為が、社会的に見て、著作者の名誉又は声望を 害するおそれがあると認められるような行為であるか否かによって決せ られるべきである197。 そうすると、山田調査官が最高裁判決の解説において、著作権法が規律 対象とする利益と異なる趣旨の人格的利益として示唆した「名誉」とは、 著作権法113条 6 項が保護する「著作物の利用に係わる著作者の社会的な 名誉」それ以外のもの、すなわち民法上の名誉及び名誉感情等を指すもの ではないだろうか。 民法710条及び723条は、「名誉」が不法行為法上の保護を受けることを 明記しており、従来の判例は、この規定を根拠にして、名誉の保護に努め てきた。たとえば、市長選挙の選挙運動の一環として、対立候補を推薦し ていた対立政党の党員に対し、自党が推薦する候補の選挙対策委員に委嘱 する旨の文書を送付したことが、その送付を受けた者の名誉を毀損する不 法行為になるか否かが争われた最判昭和45.12.18民集24巻13号2151頁 [選 挙対策委員委嘱状] では、「名誉とは、人がその品性、徳行、名声、信用等 の人格的価値について社会から受ける客観的な評価、すなわち社会的名誉 を指すものであって、人が自己自身の人格的価値について有する主観的な 評価、すなわち名誉感情は含まない」、と定義している。ここで名誉を名 誉感情と区別する意味は、名誉毀損については、金銭賠償の原則(民法722 条 1 項)の例外として、謝罪広告等の名誉回復処分(723条)による救済 196 田村・前掲注59)452頁を参照。 197 東京高判平成14.11.27判時1814号140頁 [古河市兵衛の生涯] を参照。この判決の 評釈として、上野・前掲注195)79頁、松川実「著作者人格権侵害と名誉毀損」野村 =牧野編・前掲注 1 )144頁、同「名誉声望を害する利用」中山ほか編・前掲注148) 176頁等がある。 知的財産権・不法行為・自由領域(丁) 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 279 が規定されている点にある。名誉回復処分は、被害者に主観的な満足を与 えるためではなく、金銭による損害賠償のみでは填補されない社会的・客 観的評価自体を回復することを可能ならしめるために規定されたもので あり、社会的評価の低下を要件とする名誉毀損であるがゆえにこのような 救済が与えられるのである198。 また、知事選立候補予定者を「天性の嘘つき」・「詐欺師」と誹謗する記 事を掲載する予定であった地方雑誌に対する出版の事前差止めの仮処分 が違法であるか否かが争われた前掲最判 [北方ジャーナル]199では、「人の 品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評 価である名誉を違法に侵害された者は、損害賠償(民法710条)又は名誉 回復のための処分(同723条)を求めることができるほか、人格権として の名誉権に基づき、加害者に対し、現に行われている侵害行為を排除し、 又は将来生ずべき侵害を予防するため、侵害行為の差止めを求めることが できる」と述べて、初めて人格権としての名誉権の概念を名実ともに認め たのである200。 すなわち、民法上の名誉毀損が規律する利益は、「人に対する社会的評 価に関係する人格的利益」である。この利益は、著作権法113条 6 項の「著 作物の利用に係わる著作者の社会的な名誉」とは規律の対象が異なるため に、最高裁判決の射程に鑑みるならば、著作権法が規律対象する名誉声望 を害する行為ではない著作物の利用行為が201、その態様如何によっては、 198 前掲最判 [選挙対策委員委嘱状] の判旨を参照。能見善久=加藤新太郎『論点体 系判例民法 7 不法行為Ⅰ』(2009年・第一法規)297頁〔前田陽一執筆部分〕も参照。 199 最高裁は、(a) 「人格権としての名誉権は、物権の場合と同様に排他性を有する 権利というべきである」、(b) 「公務員又は公職選挙の候補者に対する評価、批判等」 は、「公共の利害に関する事項」であって、かかる表現行為に対する事前差止めは 原則として許されないが、(c)①公共性がある場合でも、② 「その表現内容が真実で はなく」、②’ 「又はそれが専ら公益を図る目的のものでないことが明白であって、 ③ 「かつ、被害者が重大にして著しく回復困難な損害を被る虞があるとき」には、 例外的に事前差止めが許される、として請求を否定した。 200 詳しくは、五十嵐清『人格権論』(1989年・一粒社) 177頁以下を参照。 201 著作権法119条 2 項 1 号は、著作者人格権を侵害した者は、5 年以下の懲役若し くは1,000万円以下の罰金に処し、又はこれを併科すると規定しており、民法の人 論 説 280 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 別途、民法上の名誉毀損に該当することはあり得ると思われる。 それでは、著作権法が規律対象する名誉声望を害する行為ではなく、他 人の社会的評価を低下させるものでもない行為、すなわち単なる名誉感情 を毀損する行為に対して不法行為が成立することがあるだろうか。 前掲最判 [選挙対策委員委嘱状] が定義したように、名誉感情の毀損が 規律対象とする利益は、「自己自身に対する主観的評価に関係する人格的 利益」であって、著作権法が規律対象とする利益とは異なる趣旨の人格的 利益であるから、社会的評価を低下させる行為ではないとしても、一定の 限度を超えて他人の名誉感情を毀損した場合には、別途、不法行為として 慰謝料の請求が認められる202。たとえば、タクシーの乗客の漫才師が車内 で運転手を誹謗侮辱した行為が、不法行為になるか否かが争われた大阪高 判昭和54.11.27判タ406号129頁 [漫才師暴言] では203、「Yの右発言は、Y のために高速料金を立替支弁したXをいわれなく誹謗侮辱したもので、通 常の醜行の指摘と異なりタクシー運転手としてのXの社会的評価信用を 害うものでないとしても、その内容が極めて不当でしかも相当時間繰返さ れ、公然非公然を問わずXの名誉心を著しく傷つけこれに精神的苦痛を与 えるものといわねばならず、単なる酔客の道義的マナーの問題あるいは社 会生活上の受忍限度を超えた違法なもので、法律上損害賠償の対象となる ものと解すべきである」と述べて、漫才師は運転手の被った精神的苦痛に 格権侵害よりは強く保護されている。それゆえ、著作物の創作的表現を利用してい るにも拘わらず、著作者の名誉、声望を害する行為であってはじめて、重い罰金額 を科す119条 2 項 1 号の刑事罰の規律を正当化することができると解される。田 村・前掲注59)453頁を参照。 202 五十嵐・前掲注175)26頁を参照。 203 この事件で確認された事実によれば、高速道路通行の際、タクシーの運転手が 乗客の負担である高速料金を一時立て替えたところ、それまで酔って妻の方へもた れかかるようにしていた漫才師が、「今は運転手と呼ばれているが昔は駕籠かきや ないか」「客の立替などできる身分でない」「人間面をしているが、人間並みには扱 わない」「我々の利用によって生活をしているのやないか」などと言い出し、その 後妻の制止にも拘らず目的地に着くまで20分余りの間同趣旨の言辞を繰り返した とされる。 知的財産権・不法行為・自由領域(丁) 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 281 対し慰謝料を支払う義務があると判断した204。 しかし、多くの場合は、名誉感情の侵害は、名誉毀損やプライバシーの 侵害に吸収されるために、名誉感情の侵害は補充的に主張されることが多 いだろう205。 5. 小括 以上の分析をまとめれば、次のようになる。著作権法等の知的財産法が 規律対象としていない人格的利益について、不法行為法上の保護を認める ことも、基本的には他人の表現の自由や経済活動の自由を制約することに なるが、この場合には、著作権法が規律対象としない財産的利益とは異な り、他者の利用の自由を制約する正当化原理として、インセンティヴ論よ りも基本的人権の一つである人格権の方が強力である。 そうすると、前掲最判 [ピンク・レディー上告審] が認めた「パブリシテ ィ権」と、前掲最判 [船橋市公立図書館上告審] の最高裁が示した「著作者 が著作物によってその思想、意見等を公衆に伝達する利益」、そして山田 調査官が示唆した「民法上の名誉及び名誉感情」は、いずれも著作権法が 規律対象とする利益と異なる趣旨の人格的利益であるために、北朝鮮映画 放送上告審の最高裁が示した「著作権法が規律対象とする利益と異なる趣 旨の法的利益」という要件論の射程内にあるものと評価することができる。 204 ほかにも、名誉感情の侵害を理由に慰謝料を認めた下級審裁判例として、東京 地判昭和46.8.7判時640号 5 頁 [女性弁護士]、大阪地判昭和60.2.13判タ554号266 頁 [無実犯人]、名古屋地判平成6.9.26判時1525号99頁 [容貌の揶揄的表現]、東京高 判平成7.10.30判時1557号79頁 [幸福の科学]、大阪地判平成11.3.11判タ1055号213 頁 [駅員侮辱言動]、名古屋高判平成12.10.25判時1735号70頁 [女子高生・OL 連続誘 拐殺人]、東京地判平成13.12.25判時1792号79頁 [SF 評論家] 等がある。 205 たとえば、Aが執筆してYが発行する雑誌で公表された小説の登場人物B(Xと 同定可能)について、顔面に完治の見込みのない腫瘍があること、父が韓国でスパ イ容疑により逮捕された経験があること、高額の寄付を募ることに問題があるかの ような団体として記載されている新興宗教に入信したという虚偽の事実などが述 べられた事案において、名誉毀損やプライバシーの侵害とともに名誉感情の侵害も 認めた最高裁判決として、最判平成14.9.24判時1802号60頁 [石に泳ぐ魚] がある。 論 説 282 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 第 3 節 韓国の裁判例 次に、韓国における裁判例の動向について考察しよう。ここでも、裁判 例の動向を考察するにあたり、最上級審判決の立場を確認した上で、それ が裁判実務に与える影響、すなわち最高裁の判断が今後の裁判例に如何な る解釈指針を提示しているのか、という射程を解明することにしたい。 第 1 款 最上級審判決 冒頭で述べたとおり、知的財産法上の保護が否定された場合に、不法行 為法による保護が認められるのかという問題が争われた最上級審判決を 見てみると、日韓両国の裁判所の対応に若干異なる傾向が見られる。すな わち、不法行為の成立をいずれも否定した日本の最高裁判決とは異なり、 韓国の大法院判決(前掲大法院[インターネット広告上告審(인터넷광고)]、 前掲大法院 [ハロー・キティ上告審(헬로우 키티)] など)は積極的に不法 行為の成立を認めたのである。 それでは、韓国の大法院判決が不法行為の成立を認めた理由は、如何な るものであろうか。 第 1 項 柔軟な解釈を採用した大法院判決(その 1 ) ―インターネット広告上告審― その嚆矢となった大法院判決が、他人のインターネット広告を遮断する 行為が問題となった前掲大法院 [インターネット広告上告審(인터넷광고)] である206。 206 インターネット広告事件は、同じ事実関係をめぐって仮処分申請、刑事訴訟、 民事訴訟が行われており、それぞれの事件で扱った争点は、事件の性質上若干の差 異がある。オ・ビョンチョル (오병철)「 3 D変換 TV の著作権侵害の成否( 3 D 변환 TV 의 저작권 침해 여부)」情報法学 (정보법학) 14巻 3 号 (2010年・韓国情報法学 会) 27頁。大法院2008マ1541決定の判示の中には、不正競争防止法に関する判断が 示されていないが、これはそれに関する上告がなされていなかったからである。興 知的財産権・不法行為・自由領域(丁) 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 283 この事件の債権者は、韓国最大手のインターネット検索ポータルサイト である「NAVER(ネイバー)」を運営する会社であって、広告主からポー タルサイトにバナー広告を誘致し、優先順位検索結果の導出サービスを提 供する方法で広告収入を得ているところ、ユーザーが債権者のポータルサ イトを訪問した場合に、債務者の提供する広告をユーザーのコンピュータ に直接表示させる広告システムを開発し、それを自分が運営するインター ネットサイトを介して配布した債務者の行為に対し、その広告システムの 製造・販売及び配布の差止めを求めた仮処分事件である207。 味深いのは、上記大法院決定の原審 (2008ラ618決定) は不正競争防止法 2 条 1 号 (ナ)項の営業主体混同行為が認められないと判断したのに対し、刑事事件で大法院 2010.9.30宣告2009ド12238判決は、不正競争防止法違反 (営業主体混同行為) の点に ついて無罪を言い渡した原審 (ソウル高等法院2009.10.22宣告2009ノ300判決) を破 棄し有罪としたが、刑事判決の事案では、挿入広告自体に出所表示がなかったとい う点で、インターネット上の営業主体混同行為を認め、不正競争防止法の違反を認 めたのである。刑事判決の詳細な分析については、ユ・ヨンソン (유영선)「Pop-up 広告行為の規制 (팝업광고 행위의 규제)」私法 (사법) 15号 (2011年 3 月・私法発展 財団) 345頁以下を参照。 207 具体的な事実関係は、次のとおりである。債権者は、韓国最大手のインターネ ット検索ポータルサイトである「NAVER (ネイバー)」を運営する会社であって、 広告主から上記のポータルサイトにバナー広告を誘致し、優先順位検索結果の導出 サービスを提供する方法で広告収入を得ている。債務者は、インターネットサイト を利用した広告システムに関するプログラムを開発し、これを配布している会社で あって、自分が運営するインターネットサイトを通じてユーザーに本件プログラム を提供している。債務者は、広告主を募集し、本件プログラムを利用した広告を誘 致する一方、債務者のインターネットサイトに会員として加入した企業や個人を 「販売パートナー」として指定し、本件プログラムを上記の「販売パートナー」の ショッピングモール、コミュニティ、電子メールを通じてインターネット上に配布 させ、これにより発生する収益の一部を「販売パートナー」に支給した。本件プロ グラムは、債務者のインターネットサイトで会員登録如何とは関係なくダウンロー ドしてインストールできるが、本件プログラムはこれを自分のコンピュータにイン ストールしたユーザーが、インターネット上の特定のサイト (主にポータルサイト) を訪問した場合、債務者の提供する広告をユーザーのコンピュータに直接表示させ ることを目的としている。しかし、ユーザーが本件プログラムを利用したサービス を一時的に断わる場合には、ボタンを押して元の広告に戻すことができ、本件プロ 論 説 284 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 大法院は、債務者の広告行為によって債権者のプログラム著作物の同一 性保持権が侵害されることはないと判断した208。そして、一般不法行為の グラムの完全削除を希望する場合は、関連メニューから削除することができる。イ ンターネット・ユーザーのコンピュータにインストールされた本件プログラムは、 債権者のインターネットサイトの余白を自ら見付けて債務者の選択したバナー広 告を露出する方式 (以下、「挿入広告方式」という。)、債権者が提供している広告欄 に債務者の選択したバナー広告を上書きする方式(以下、「代替広告方式」という。)、 又は債権者のインターネットサイト検索ボックスの下段と債権者が提供するキー ワード広告の間に、債務者の提供するキーワード広告を挿入する方式 (以下、「キー ワード広告方式」という。)で、それぞれ動作する。債務者が本件プログラムを利 用して提供するバナー広告には、「このコンテンツは、インターネットチャンネル 二十一から提供されています。」という文句が下段に表示されており、キーワード 広告には、検索ボックスの下段と債権者が提供するキーワード広告の間にボックス 型の空間を作り出し、その空間内に広告の内容を表示した上で、広告内容の右側と 下側に、「Uplink search は、インターネットチャンネル二十一から提供されていま す。」という文句を表示することにより、各広告の出所が債務者であることを示し ている。債権者は、債務者の提供する本件プログラムが、著作権法等を違反し、業 務妨害の不正な競争行為として不法行為を構成すると主張し、債務者に対して本件 プログラムの製造・販売及び配布の差止め等を求めた。 208 大法院は、同一性保持権侵害の成否について、「債権者が、そのコンピュータ・ プログラム著作物の同一性保持権が侵害されたと主張する HTML (Hypertext Markup Language、ホームページのハイパー・テキスト文書を作成するために使用さ れるデフォルト言語)コードには、検索結果を表示したテキスト部分と、画面に表 示させるための一般的な HTML タグだけが含まれており、著作権で保護すべき創作 的な表現まで含まれているという点を疎明する資料がなく、さらに、債権者がユー ザーのコンピュータに送信した HTML ファイルは、その内容が画面に表示されるた めに一時的にランダム (Random Access Memory) の形で複製されることになるが、そ のとき本件プログラムによる債務者の HTML コードもランダムに表示され、債権者 の HTML コードそれ自体には影響を与えない状態で別途存在する余地がある反面、 それが債権者の HTML コードに挿入され、債権者の HTML コードを変更させるとい う点は、それを疎明する資料が足りないゆえに、債務者の本件プログラムによる広 告行為によって債権者の HTML コードの同一性保持権が侵害されたと判断するこ とはではない」と判示した。すなわち、大法院は、HTML ファイルのコードが一部 変更されることによってキーワード広告が挿入される画面を表示するようになる という事実は認めたものの、HTML は JSP 等のような別のウェブ・プログラミング 知的財産権・不法行為・自由領域(丁) 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 285 成否については、「競争者が相当な労力と投資をかけて構築した成果物を、 商道徳や公正な競争秩序に反して自分の営業のために無断利用すること で、競争者の労力と投資にただ乗りし、不当に利益を得て競争者の法律上 保護される利益を侵害する行為は、不正な競争行為として民法上の不法行 為に該当する。上記のような無断利用の状態が続き、金銭賠償を命じるこ とだけでは被害者救済の実効性を期待しにくい反面、無断利用の差止めに より保護される被害者の利益と、それによる加害者の不利益を比較衡量す るとき、被害者の利益の方がもっと大きい場合には、その行為の差止め又 は予防を請求することができる」という一般論を展開した上で、「債権者 は、長期間にわたり相当な労力と投資をかけて情報検索、コミュニティ、 娯楽等の様々なサービスを提供する国内最大のインターネット・ポータル サイトである『ネイバー』を構築した上で、インターネット・ユーザーが 上記のサービス等を利用する目的でネイバーを訪問するようにし、このよ うに確保した訪問者にバナー広告を表示させたり、優先順位の検索結果を 導き出すサービスを提供する方法等で広告営業をしてきたが、債権者のネ イバーを通じた広告営業の利益は法律上保護される利益といえる」とし、 債務者の広告は「インターネット・ユーザーがネイバーの提供するサービ 要素が含まれていない一般的な HTML 文書それ自体はウェブ文書を整理して表示 するための文法を記述したタグに過ぎず、創作的な表現であると見ることができな いので、その文書が表示する内容とは別の創作物だと認めることは困難であるとこ ろ、本件プログラムは HTML ファイルのソースを変更するのではなく、画面に表示 するために RAM で複製したコピー・ファイルのみに HTML コードが挿入され、一 部の変更があったとしても、これは著作者人格権としての同一性保持権を侵害する ものではないと判断した。しかし、HTML 文書のタグ (tag) が HTML 文書を構成す る要素で、それは HTML 文書を作成する文法の一部を構成する要素に該当するので、 それ自体には創作性を認めることはできないとしても、タグの配置及び HTML 文書 の中でタグを除いた他のテキスト部分の内容は、Internet Explorer 等のウェブ・ブラ ウザによって解読され、画面に文書を表示する指令ないし命令に該当し、HTML 文 書は一種のプログラムに該当する。したがって、HTML 文書が他人の HTML 文書を 複製した場合でなければ、当然に創作性が認められるので、HTML 文書を単純にタ グの集合として理解し、作成された HTML 文書の創作性を否定した点は妥当ではな いだろう。 論 説 286 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) ス等を利用するためにネイバーを訪問した場合に表示されるものであり、 これは結局ネイバーが持つ信用と顧客吸引力を無断利用する行為である。 さらに、その広告方式も債権者が提供する広告を削除したり(代替広告方 式)、債権者が提供する検索結果の順位が後に押されるようにする(キー ワード挿入広告方式)等の方式を使用し、債権者の営業を妨害しながら債 権者が得るべき広告営業の利益を無断に傍受した」ことを理由に、債務者 の行為は、債権者の広告営業の利益を侵害する不正な競争行為として民法 上の不法行為に該当すると判断した。また、債務者の広告行為は一時的な ものではなく継続的に繰り返され、債務者に金銭賠償を命じることだけで は債権者救済の実効性を期待しにくい反面、債務者の上記のような広告行 為を禁止することにより保護される債権者の利益が、それによる債務者の 営業自由に対する損失よりもっと大きいことを理由に、債権者は債務者に 対し、本件プログラムを利用した広告行為の差止め又は予防を請求するこ とができると判断した209。 すなわち、大法院は、「商標法、著作権法、不正競争防止法等の知的財 209 一審 (ソウル中央地方法院2007.12.31ザ2007カハブ2250決定) の裁判所は、業務 妨害の不法行為は認められるということを理由に、供託金 5 億韓国ウォンを条件と して仮処分決定を下した。これに対し、債権者と債務者はそれぞれ控訴したところ、 ソウル高等法院は一審決定を変更し、残りの部分を取り消しながら、取消部分に対 する申立てを棄却した (ソウル高等法院2008.9.23ザ2008ラ618決定)。すなわち、債 権者が主張する「情報通信網の利用促進及び情報保護等に関する法律」、著作権法 又はコンピュータ・プラグラム保護法、不正競争防止法の違反については、いずれ も理由がないと判断した。しかし、債務者の本件プログラムを利用した広告方式は、 債権者のポータルサイトの信用と顧客吸引力を自分の営業のために無断で利用し、 債権者が長期間の努力と投資をかけて構築した著名なインターネット検索ポータ ルサイトというコンテンツにただ乗りする行為であって、公正な競争秩序あるいは 商取引秩序に違反する行為に該当し、これにより債権者の広告に関する営業上の利 益を侵害するおそれがあることから、これは債権者のインターネットサイトに関す る業務を妨害する不正競争行為として不法行為を構成すると判断した。したがって、 被保全権利は疎明され、債務者の本件業務妨害行為は継続的・反復的に行われるも のであって、債務者が本件プログラムの適法性を主張しながら、これを継続して製 作・配布する意思を明らかにしている点を総合すると、事前予防措置としてその業 務妨害行為の差止めを求める保全の必要性も疎明されるとした。 知的財産権・不法行為・自由領域(丁) 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 287 産権関係の各法律が、一定の範囲の者に対し、一定の要件の下に排他的な 使用権を付与し、その権利の保護を図っているが、その反面として、その 使用権の付与が国民の経済活動や文化的活動の自由を過度に制約するこ とのないようにするため、各法律は、それぞれの知的財産権の発生原因、 内容、範囲、消滅原因等を定め、その排他的な使用権の及ぶ範囲、限界を 明確にしている」(前掲最判 [ギャロップレーサー上告審])ことを理由に、 限定的な解釈を採ってきた日本の最高裁判決とは異なり、「競争者が相当 な労力と投資をかけて構築した成果物を、商道徳や公正な競争秩序に反し て自分の営業のために無断利用することで、競争者の労力と投資にただ乗 りし、不当に利益を得て競争者の法律上保護される利益を侵害する行為は、 不正な競争行為として民法上の不法行為に該当する」という抽象的な基準 を示し、一般論のレベルにおいては柔軟な解釈を採用している。 さらに、この大法院決定は、「無断利用の状態が続き、金銭賠償を命じ ることだけでは被害者救済の実効性を期待しにくい反面、無断利用の差止 めにより保護される被害者の利益と、それによる加害者の不利益を比較衡 量するとき、被害者の利益の方がもっと大きい場合には、その行為の差止 め又は予防を請求することができる」と説示し、一般不法行為の効果とし て差止請求権まで認容したという点で注目される。 この差止請求権の有無に関連して、韓国の大法院判決の中には、名誉毁 損を根拠とする人格権侵害に対する差止請求権を認めたものがある210。た とえば、名誉毁損に関する大法院1988.10.11宣告85ダカ29判決は、「憲法 9 条の後段は、『すべての国民は、人間としての尊厳及び価値を有し、幸福 を追求する権利を有する』と規定し、生命権、人格権等を保障しており、 210 韓国では、人格権侵害を理由とする侵害訴訟において、人格権に基づく妨害排 除ないし予防の差止請求権を認めるべきという点について学説上概ね一致してい る。キム・ズンハン (김중한) 編『注解債権各則(Ⅳ)』(1987年・韓国司法行政学会) 122-123頁〔パク・チョルウ (박철우) 弁護士執筆部分〕、郭潤直 (곽윤직)『民法注 解ⅩⅨ-債権(12)』(2005年・博英社) 453-454頁〔イ・ジェホン (이재홍) 判事執筆 部分〕、郭潤直 (곽윤직)『債権各論』(第 6 版・2003年・博英社) 446-447頁、金相容 (김상용)『不法行為法』(1997年・法文社) 142頁、ジ・ホンウォン (지홍원)「人格 権の侵害 (인격권의 침해)」『私法論集(10集)』(1979年・法院行政処) 219-220頁を 参照。 論 説 288 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) ある個人が国家権力や公権力又は他人によって不当に人格権を侵害され た場合には、人格権の侵害を理由にその侵害行為の排除と損害賠償を請求 し、その権利の救済を受けることができる」と述べた上で、「我々が民主 政治を維持するにおいて必要不可欠な言論、出版など表現の自由は、時々 個人の名誉やプライバシーの自由と秘密など人格権の領域を侵害する場 合があるが、表現の自由に劣らず、このような私的な法益も保護されなけ ればならないから、人格権としての個人の名誉の保護(憲法 9 条の後段) と表現の自由の保障(憲法20条 1 項)という二つの法益が衝突した場合、 その調整を如何にするかは、具体的な事案に照らし社会的な様々な利益を 比較して表現の自由から得られる利益、価値と、人格権の保護によって達 成される価値とを衡量して、その規制の幅と方法を定めなければならな い」と判示している。 このような大法院の判示は、人格権に基づく差止請求権が何時でも認め られるのではなく、差止めによって発生する加害者側の不利益と被害者側 の利益の衡量、又は侵害の結果として得られる加害者側の利益と被害者側 の不利益を衡量し、侵害行為の違法性が承認される場合に認められるとい う、いわゆる「利益衡量論」をその認定基準として提示したものである211。 なるほど、インターネット広告上告審の大法院決定も、人格権侵害に対 する差止請求権の成立要件と同様に、いわゆる「利益衡量論」を認定基準 として提示したものであるが、韓国の文献の中には批判的な意見もある。 たとえば、釜山地方法院の林相珉判事は、「我が民法が、所有権など物権 については物権的請求権を認めており、名誉毀損(人格権侵害はここから 類推適用)の場合に、例外的に原状回復請求権を認めながらも、一般的な 不法行為の効果として原状回復ないし差止請求を規定していないことは、 民法全体の体系的な解釈において物権的請求ないし人格権等に基づく準 物権的請求ではない場合に、法律が規定する特段の事情がない限り、差止 請求を否定する趣旨で立法されていると解するのが相当である」ことを理 由に、不法行為の効果として損害賠償のみを認めるか、それとも差止請求 権まで認めるかは立法政策の問題であり、裁判所が解釈として差止請求ま 211 このような「利益衡量論」に立脚した学説として、郭・前掲注210)『債権各論』 446-447頁、金・前掲注210)142頁を参照。 知的財産権・不法行為・自由領域(丁) 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 289 で認めることは、司法権の限界を超えたのではないか、という疑問を呈し ている212。また、キム・ビョンイル教授も、大法院が「不正競争防止法に 列挙されていない営業妨害による不正競争行為について差止請求を認め たが、これは司法的な解決ではなく、不正競争防止法の改正を通じて『業 務妨害』による不正競争行為の類型を追加するか、ドイツ不正競争防止法 の一般条項を導入するなど、立法的な解決が望ましい」213との見解を示し た。 確かに、韓国民法は物権を保護するために、物権それ自体に基づく物権 的請求権の存在を明示的に規定(韓国民法214条)しており、不法行為責 任に関しては、その救済手段として金銭賠償(750条、751条)と名誉回復 処分(764条)を認めている。しかし、韓国民法が、明示的に不法行為に 対する一般的な救済手段として差止請求権を規定していないのは、そのよ うな救済手段それ自体を否定する趣旨であるというよりは、むしろ、それ について沈黙しているに過ぎないのではなかろうか214。それにも拘わらず、 不法行為に基づく差止請求権を厳格かつ明確な要件の下で許容しなけれ ばならない理由は、それが思想の自由市場への参入自体を遮断する表現活 動に対する事前抑制であるだけではなく、表現行為に対して大きな萎縮効 果を持ち得るからである215。上記の名誉毁損に関する大法院1988.10.11宣 告85ダカ29判決も、このような趣旨の下で「利益衡量論」を差止請求権の 212 林・前掲注 1 )163頁。 213 キム・ビョンイル・前掲注 1 )私法66頁。 214 権英俊 (권영준)「不法行為と差止請求権 (불법행위와 금지청구권)」Law & Technology 4 巻 2 号 (2008年) 62頁を参照。 215 日本における名誉権に関する前掲最判 [北方ジャーナル] の最高裁は、「表現行為 に対する事前抑止は、表現の自由を保障し検閲を禁止する憲法21条の趣旨に照らし て、厳格かつ明確な要件のもとにおいてのみ許容されうる」との一般論を示した上 で、表現内容が公務員又は公選の候補者を対象とするものである場合には、「その こと自体から、一般にそれが公共の利害に関する事項であるということができ」る ため、「当該表現行為に対する事前差止めは、原則として許されない」ものの、そ の「表現内容が真実でなく、又はそれが専ら公益を図る目的のものでないことが明 白であって、かつ、被害者が重大にして著しく回復困難な損害を被る虞があるとき」 に限り、「例外的に事前の差止めが許される」としている。 論 説 290 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 認定基準として提示したものと思われる。 したがって、インターネット広告上告審の大法院決定が、表現の自由に 対する萎縮効果を一切考慮に入れず216、簡単に差止請求権を認めた点につ いては疑問の余地が残るが、大法院が一般不法行為の効果として差止請求 権を認容した背景には、侵害行為差止仮処分が、本案判決としての侵害行 為命令とは異なり、本案訴訟による最終的解決が図られる仮の措置である という特有の事情が関係していると考えられる217。仮に、不法行為の効果 として損害賠償のみを認めるべきか、それとも差止請求権まで認められる 216 債務者は、インターネット・ユーザーは自分が見るインターネット画面の設定 を変更し、ユーザーのコンピュータに送信されたコンテンツについて自由に活用す る正当な権利があり、その権利の一つとして広告を選択する権利があるものの、技 術の進歩は自由な競争とユーザーの権利を保護する方向で行われるべきであるか ら、債務者がユーザーから明示的に同意を得て本件プログラムを配布し、本件プロ グラムがユーザーのコンピュータにおいて作動する限り、これはユーザーの上記の ような権利を実現するものとして許されるべきであって、債権者のようなポータル サイトがその独占的地位を利用して債権者の広告だけを表示させるように強制す ることで、自由な競争やユーザーの権利を侵害してはならない趣旨を主張した。し かし、大法院決定では、債務者が主張したこの点について判断がなされていない。 217 もっとも、この大法院決定は仮処分に係る事件であるが、伝統的な考え方に従 う限り、本案で認められないものがその暫定的な救済に過ぎない仮処分で認められ ることはない。しかし、事実の問題として、実体法の解釈で本案では認めがたいと 考えられている救済であっても、仮処分の事件では比較的自由にこれを認めること ができるという傾向があり得ることは否めないのであろう。なお、長谷部由起子「仮 の救済における審理の構造(1)-(3)-保全訴訟における被保全権利の審理を中心と して-」法学協会雑誌101巻10号(1984年)・102巻4=5号 (1985年) は、本案訴訟に比 して保全訴訟において法律問題の審理を緩和すること (「実体留保的処分」) に対し ては、利益衡量の場面において結局、法的な評価を行わなければならないとすると 所期の目的を達成し得なくなるのではないか、ということを主な理由に慎重な態度 を表明しつつ (同(2)727-738頁)、本案訴訟において実現されるべき請求権とは異な る請求権を想定する「実体的経過規定」という考え方に対しては、現状凍結型 (紛 争解決志向型) と情報請求型という二種のものがあり得ることを指摘し、肯定的な 評価を与えている (同(3)1767-1769頁)。野村秀敏『保全訴訟と本案訴訟』(1981年・ 千倉書房) 192・194-200・225-269頁が、前者 (「未決処分」と呼ぶ) を積極的に導入 することを主張しつつ、後者に関して態度を留保しているのと対照的である。 知的財産権・不法行為・自由領域(丁) 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 291 のかという問題が本案訴訟で争われた場合には、大法院がより慎重な態度 を示したのであろう。 第 2 項 柔軟な解釈を採用した大法院判決(その 2 ) ―ハロー・キティ上告審― もう一つ、知的財産法上の保護が否定された場合に、不法行為の成立を 積極的に認めた大法院判決として、他人の商品化事業へのフリー・ライド が問題となった前掲大法院 [ハロー・キティ上告審(헬로우 키티)] がある。 この事件の被告は、「冬のソナタ」、「ファン・ジニ」、「朱蒙」、「大長今」 等の韓流ドラマが多くの人気を集めることを狙い、「ハロー・キティ」と いうキャラクターに各ドラマの主人公の衣装を着せる等の工夫をして、ド ラマの情景を思い浮かべるキャラクター商品を製造し、消費者、特に外国 の観光客を相手に販売したところ、原告らが商標権侵害、著作権侵害、不 正競争行為及び不法行為に基づく損害賠償を請求したものである218。 大法院は、原告らの商標権侵害219や著作権侵害220、不正競争行為221を理 218 具体的な事実関係は、次のとおりである。X1 は、「朱蒙」、「大長今」など韓流 ドラマの製作者であり、「朱蒙」、「大長今」など商標の商標権者でもある。Yは、「ハ ロー・キティ」というキャラクターで有名な日本会社の韓国法人であり、韓国国内 でハロー・キティのキャラクターを商品化する独占権を有する。Yは、ハロー・キ ティのキャラクターに様々な衣装を着せたり、小物を利用した人形、ハンカチ、キ ーホルダー、ボールペンなどを製造・販売しており、2007年 8 月頃から2007年10月 頃まで、自分が運営するホームページに朝鮮時代の女医の服装をして神仙炉を持っ ているハロー・キティのキャラクターを付着した携帯ストラップ、ハンカチなどの 商品、そして、鎧を着て額に帯をかけ、一方の手に剣を持っているか、白地にピン クのドット柄が混ざり、手首の部位にピンクの帯がある服を着ているハロー・キテ ィのキャラクターを付したボールペンなどに「大長今」、「長今」、「朱蒙」という標 章を表示した。一方、X1 は「大長今」、「朱蒙」を主人公にした同じ題名のドラマ を製作し、放映して大きい反響を得ており、上記のドラマは海外にも輸出されたこ とがある。2005年から2006年頃には、上記各ドラマの全体的な商品化事業進行を内 容とするエージェント契約を締結した。 219 大法院は、原告らの商標権侵害に基づく上告理由について、「他人の登録商標を その指定商品と同一又は類似の商品に利用した場合には、他人の商標権を侵害する 論 説 292 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) ことになるが、他人の登録商標を使用した場合であっても、それが商標の本質的な 機能とする出所表示をするものではなく、商標の使用として認識されていない場合 には、登録商標の商標権を侵害する行為とみなすことはできず、それが商標として 使用されているか否かを判断するにあたっては、商品との関係、商品に表示された 位置、大きさなどの当該標章の使用態様、登録商標の周知・著名性、そして使用者 の意図と使用経緯などを総合し、実際の取引においてその表示された標章が商品の 識別標識として使用されているかどうかを総合して判断しなければならない (大法 院2003.4.11宣告2002ド3445判決を参照)」と述べた上で、「上記標章の使用態様、 上記登録商標と『HELLO KITTY』標章の周知著名の程度、Yの意図と、上記標章 の使用の経緯などを総合すると、全体的にYがホームページで広告・販売した上記 商品の出所がX2 又は同一の商品化事業を営む集団であることが明確に認識され、 『大長今』などの標章は、商品に付着又は表示された『HELLO KITTY』の文字がX2 の製作・放映したドラマのキャラクターとして知られる『大長今』、『朱蒙』を形象 化したものであることを案内・説明するためのものであり、商品の識別標識として 使用したとは見られないので、『大長今』などの標章が商標として使用されたと見 ることはできない」と判断した。 220 大法院は、原告らのキャラクター著作物に関する上告理由について、「映画やド ラマのキャラクターは、自分だけの独特な外観を有する俳優の実演によって表現さ れ、登場人物の容貌、行動、名称、性格、声、話し方、状況や台詞などを合わせた 包括的なアイデンティティ (identity) をいい、視覚的な要素がすべて創作によって作 られる漫画やアニメのキャラクターよりは小説、戯曲など言語著作物のキャラクタ ーに近いというべきである。したがって、ドラマの登場人物から上記のような属性 を排除し、その名称や服装、使用する小物を取り出したキャラクターが、元の著作 物から独立して、別途著作権法によって保護されるということはできない (この点 では、視覚的要素がすべて創作によって作られた漫画のキャラクターに関する大法 院1999.5.14宣告99ド115判決、2005.4.29宣告2005ド70判決は、この事案には適用 しない)」と判断し、写真著作物や映画著作物に基づく著作権侵害の主張について は、「猫の姿をしているハロー・キティのキャラクターと、上記各映画著作物及び 写真著作物の実際の俳優とは全く異なって、全体的な印象において実質的な類似性 が認められない」と判断した。 221 大法院は、原告らの不正競争防止法上の商品等主体混同行為に基づく上告理由 について、「キャラクターが商品化され、不正競争防止法 2 条 1 項 1 号が規定する 国内に広く認識された他人の商品であることを表示する標識となるためには、キャ ラクター自体が国内に広く知られているだけでは不十分であり、そのキャラクター の商品化事業が行われており、これに対する継続的な宣伝、広告及び品質管理によ 知的財産権・不法行為・自由領域(丁) 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 293 由とする請求をいずれも棄却したが、不法行為の成否については、「競争 り、そのキャラクターがこれを商品化し得る権利を有した者の商品標識、又は上記 の商品化権者と商品化契約に従ってキャラクターの使用許諾を得た使用権者及び 再使用権者など、そのキャラクターに関する商品化事業を営む集団 (group) の商品 標識として需要者の間に広く認識されていることが必要である (大法院2005.4.29 宣告2005ド70判決、大法院2006.12.22宣告2005ド4002判決等を参照)」と前提した 上で、原告ドラマの「キャラクターがその商品化事業への継続的な宣伝、広告及び 品質管理等により、これを商品化する権利を有する者、又はそのキャラクターの商 品化事業を営む集団の商品標識として国内需要者に広く認識されていると見るこ とは困難であり、また本件各ドラマの衣装、小物、背景などを商品化したXら商品 の形態も、その商品形態が持つ差別的特徴が取引者や一般需要者に特定出所の商品 であることを連想させるほど顕著に個別化された程度に達したと評価することは できないために、Yの行為が不正競争防止法 2 条 1 項 1 号には該当しない」と判断 した。 また、原告らの不正競争防止法上の商品形態の模倣行為に基づく上告理由につい ては、「不正競争防止法 2 条 1 項 9 号は、不正競争行為の一類型として、他人が製 作した商品の形態を模倣した商品を譲渡・貸与又はそのために展示したり、輸入・ 輸出する行為を規制しているが、ここでいう『模倣』とは、他人の商品形態に依拠 して、それと実質的に同一形態の商品を作り出すことをいい、形態に変更がある場 合、実質的に同一形態の商品に該当するか否かは、当該変更の内容・程度、その着 想の難易度、変更による形態的効果を総合的に判断しなければならない (大法院 2008.10.17ザ2006マ342決定を参照)」と前提した上で、「①原告ら商品は、本件各 ドラマの一場面やドラマの宣伝用スチール写真を背景として使用したり、又は背景 なく登場人物の特色を反映したカリカチュアや一般的な人形・玩具に登場する人物 形態に本件各ドラマを連想させる衣装を結合した形態である一方、被告製品は、猫 の姿をしているキティというキャラクターに上記の各ドラマの登場人物を連想さ せる衣装と小物を結合し、場合によっては各ドラマの背景と類似した絵を結合した 形態であって、②本件各ドラマの登場人物が着用した衣装や背景であるという点で 共通しているが、衣装の細部の表現や色彩、及び原告ら製品はキャラクターが人で あるのに対し、被告製品は猫であるとの差異があり、③被告製品のキャラクターの 顔や身体比率、キティ・キャラクターの周知性に照らしてみると、上記のような形 態上の相違点は、人の注意を引く重要な部分として形態上強い印象を残し、④被告 製品のこのような形態上の特徴は原告ら商品に含まれておらず、原告ら製品と被告 製品が実質的に同一であると断定できないから、原告らの上記の主張は理由がな い」と判断した。 論 説 294 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 者が相当な労力と投資をかけて構築した成果物を、商道徳や公正な競争秩 序に反して自分の営業のために無断利用することで、競争者の労力と投資 にただ乗りし、不当に利益を得て競争者の法的保護に値する利益を侵害す る行為は、不正な競争行為として民法上の不法行為に該当する」という一 般論を展開した上で、「①X1 が放映したドラマ『冬のソナタ』と『ファン・ ジニ』、及びX2 が放送したドラマ『大長今』と『朱蒙』は、これらの放送 局が相当な労力と投資をかけて構築した成果物であり、これらの放送局は 各ドラマの評判と顧客吸引力を利用してそれに関する商品化事業を行う 権限を他人に付与し、対価を受け取る方式等で営業してきたが、これらの 営業を通じてX1 、X2 が得る利益は、法律上保護される利益に該当する。 ②そして、本件各ドラマが国内だけではなく海外でも人気を得ており、国 内需要者や外国人観光客の間で、これに関連する商品の需要が大きくなる と、Yは本件各ドラマを構築したX1 、X2 からの許諾を受けないまま、 Y商品に接した需要者が本件各ドラマを直接連想するようにした上で、そ のような連想から生まれる需要者の商品購買意欲にただ乗りし、Y商品を 製造・販売したことが認められる」。「③ところが、ドラマ関連の商品化事 業を推進するためには、それに関する権利者から許諾を受けることがその 取引社会における一般的な慣行である点を考慮するならば、X1 、X2 か らの許諾を得ていないYの上記のような行為は、商道徳や公正な競争秩序 に反する行為である。そして、このような行為は、ドラマを利用した商品 化事業の分野で互いに競争関係にある上記Xらの多大な労力と投資にた だ乗りし、前述したXらの法律上保護される各ドラマの商品化事業を通じ た営業上の利益を侵害する行為でもある」ことを理由に、被告の行為が不 正な競争行為として民法上の不法行為に該当すると判断し、損害賠償請求 を認容した222。 222 一審判決 (ソウル中央地方法院2008.11.28宣告2008ガハブ16993判決) は、原告ら の商標権侵害、著作権侵害、及び不正競争行為に基づく請求をいずれも棄却した。 原告らは、控訴審 (ソウル高等法院2010.1.14宣告2009ナ4116判決) において、原告 らがドラマや商品化事業を通じて構築したキャラクターを、自分のキャラクターと 組み合わせるなど、本件各ドラマの人気にフリー・ライドした被告の行為は不法行 為を構成すると主張して、民法750条に基づき損害賠償請求を予備的に追加した。 知的財産権・不法行為・自由領域(丁) 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 295 すなわち、大法院は、本案訴訟であるにも拘わらず、「競争者が相当な 労力と投資をかけて構築した成果物を、商道徳や公正な競争秩序に反して 自分の営業のために無断利用することで、競争者の労力と投資にただ乗り し、不当に利益を得て競争者の法律上保護される利益を侵害する行為は、 不正な競争行為として民法上の不法行為に該当する」という、前掲大法院 [インターネット広告上告審(인터넷광고)] の説示をそのまま踏襲し、漠 然とした抽象論を繰り返している。その意味では、一般論のレベルにおい て柔軟な解釈を採用した判決であると評価することができるだろう。 第 3 項 小括 以上の内容をまとめると、次のようになる。すなわち、個別の知的財産 法により明文で規律されていない利用行為に対し、民法上の一般不法行為 が成立することがあるのかという問題をめぐって、韓国の大法院判決は、 いずれも「競争者が相当な労力と投資をかけて構築した成果物を、商道徳 や公正な競争秩序に反して自分の営業のために無断利用することで、競争 者の労力と投資にただ乗りし、不当に利益を得て競争者の法律上保護され る利益を侵害する行為は、不正な競争行為として民法上の不法行為に該当 する」という抽象論の下で積極的に不法行為の成立を認めており、日本の 最高裁判決と比べると、相対的に柔軟な解釈を採用していることが明らか である。 しかし、このような大法院判決の抽象的な一般論に重きを置いて検討し ても、一体どのような場合に不法行為が成立するのか、大法院が不法行為 ソウル高等法院は、「民法750条は、『故意又は過失による違法行為で他人に損害を 加えた者は、その損害を賠償する責任がある』と規定しており、不法行為は必ずし も著作権など、実定法に定められた権利が侵害された場合に限らず、法律上保護さ れる利益について公序良俗、その他社会秩序に違反する方法で侵害行為が行われた 場合にも成立する。したがって、不正に自らの利益を図る目的で、他人が時間や努 力、資本をかけて成し遂げた成果物を同意なく利用し、その名声に不当にただ乗り する行為は、法的保護に値する相手の利益を侵害する違法な行為に該当し、不法行 為が成立し得る」という一般論の下で、民法750条に基づく損害賠償請求を認めた。 論 説 296 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) の成立を認めざるを得なかった理由のうち、決め手というべき要素は如何 なるものであるのか、よく分からないことは変わりがない。また、大法院 判決が抽象的な一般論を提示したからといって、必ずしも間違った結論に 導かれるわけではないことに鑑みると、むしろ個々の判決の具体的な事案 に照らして、大法院判決における不法行為の成否の分岐点を探ることが重 要であるように思われる。 【図】大法院2012.3.29宣告ダ20044判決 [ハロー・キティ上告審 (헬로우 키티)] 別紙一 (被告のキャラクター) 正面図 正面, 側面, 背面図 ハロー キティ 別紙二 (本件各登録商標) 商標権者 標章の構成 出願日/登録日/登録番号 指定商品 略称 原告MBC 放送局 2003.11.14/2006.1.13/ 第0647208号 略 大長今 商標 原告 オリブナイン 2006.6.5/2007.6.28/ 第0020378号 略 朱蒙 商標 原告 オリブナイン 2006.6.26/2007.12.6/ 第0730401号 略 三足鳥 商標 知的財産権・不法行為・自由領域(丁) 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 297 別紙三 (被告製品) 論 説 298 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 別紙四 (各ドラマの主人公の衣装) ① ドラマ「冬のソナタ(겨울연가 )」 知的財産権・不法行為・自由領域(丁) 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 299 ② ドラマ「ファン・ジニ(황진이)」 ③ ドラマ「大長今(대장금)」