知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 115 論 説 商標類否の判断基準に関する一考察(1) -裁判例に基づく商標類似性に対する分析- 許 清 【目 次】 第 1 章 序説 第 1 節 問題の所在 第 1 款 商標の類似 第 2 款 類否判断の考慮要素 第 3 款 類似と混同 第 2 節 本稿の意義及び構成 第 1 款 意義 第 2 款 構成 第 2 章 裁判例の概観 第 1 節 登録阻却の場面の裁判例 第 1 款 総合考察の確定と取引実情の強調 -登録阻却事件に関する二つの最高裁判決- 第 2 款 定型的規制の時期-昭和60年代前後まで- 第 3 款 柔軟的規制の時期-平成初期から- 第 2 節 権利侵害の場面の裁判例 第 1 款 定型的規制の時期-昭和60年代前後まで- 第 2 款 具体的取引状況の強調と出所混同基準の展開 -侵害事件に関する二つの最高裁判決- 第 3 款 柔軟な規制の時期-平成初期から- 第 3 節 裁判例のまとめと新たな動向 第 1 款 裁判例のまとめ 第 2 款 裁判例の新たな動向(以上、本号) 第 3 章 要件事実論の視点における商標類否の判断 第 1 節 商標類否の判断と要件事実 第 1 款 商標類否の判断の構造-「出所混同のおそれ」の位置付け- 第 2 款 商標類否の判断に関する評価基準 第 3 款 要件事実としての三点要素と取引実情 第 2 節 取引実情に関する二つの論点 第 1 款 局部的・一時的な取引実情と一般的・恒常的な取引実情 論 説 116 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 第 2 款 商標の周知著名性の考慮の可否 第 4 章 プロセスの視点における商標類否の判断 第 1 節 法的判断主体における運用論 第 1 款 特許庁と裁判所における判断基準の齟齬 第 2 款 裁判所における登録事件と侵害事件における相違 第 3 款 小括 第 2 節 混同行為の規律手法の選択 第 1 款 登録阻却の場面の例-条文間の役割分担- 第 2 款 権利侵害の場面の例-商標法と不正競争防止法の関係- 結語 裁判例索引 第1章 序説 第 1 節 問題の所在 商標の「類似」は、登録商標の保護範囲を画定する要件の一つとして、 商標登録阻却の場面でも商標権侵害の場面でもよく言及されている1にも かかわらず、商標類否の具体的な判断枠組みについては、必ずしも明らか にされていない。本稿は、商標類否の判断の実態を詳らかにし、その在り 方を解明するために、商標類似という要件の運用に焦点を当てて、4 条 1 項11号及び37条を中心に検討するものであり、その検討に際しては、商標 類似の要件が登録阻却の場面において問題となる場合と、侵害の場面にお いて問題となる場合に分けて考察することを試みるものである。さらに、 裁判例に対する分析に基づき、要件事実の考え方を通して商標類否の判断 の構造を探索し、この結果をもって、特許庁と裁判所の類否判断の実態、 及びインテグリティを有する標識法の仕組みを正当化することを試みる ものである。 1 先願の既登録商標に類似する商標を、その指定商品・役務に類似する商品・役務 に使用するものとして、当該商標権者以外の者が出願しても、その登録は許されず ( 4 条 1 項11号)、また、登録商標権者以外の者が、登録商標に類似する商標を指定 商品・役務に類似する範囲で使用等の所定の行為をした場合には商標権侵害となる (商標法37条)。田村善之『商標法概説』(第 2 版・弘文堂・2000年) 111頁。 商標類否の判断基準に関する一考察(許) 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 117 第 1 款 商標の類似 商標類否の判断については、大審院時代から多くの判例・裁判例が積み 重ねられてきており、通常、称呼、外観、観念の三点要素が判断要素とし て挙げられている。旧法下の裁判例は、商標類似を肯定する際に、称呼、 外観、観念のうちのどれが類似するかを明示しなければならないとし(大 判昭和 2 年 6 月 7 日民集 6 巻 8 号337頁[花鳥図])、また、三点要素のう ちの一つが類似するときは、たとえその他の点において紛らわしいところ がないとしても、比較する両商標は類似であると判断しても違法ではない としていた(大判昭和 2 年 3 月 5 日民集 6 巻 3 号82頁[ヨネフラッシュ バルブ]、大判昭和 8 年 4 月11日法律新聞3551号12頁[桃太郎印])2。 現行法施行後においては、いくつかの最高裁判決が積み重ねられてきて おり、商標の類似性を判断するに際しては、三点要素についてどの程度の 類似性を要するかということを明示的に述べることはないが、両商標が付 された商品や役務の出所の混同を生じるおそれがあるか否かという基準 の下で、取引実情の考慮を含め、称呼、外観、観念の三点要素を総合的に 考察して類否判断を行っているように見受けられる。よく用いられている 説示は、「商標の類否は、対比される両商標が同一または類似の商品に使 用された場合に、商品の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるか否か によって決すべきであるが、それには、そのような商品に使用された商標 がその外観、観念、称呼等によって取引者に与える印象、記憶、連想等を 総合して全体的に考察すべく、しかもその商品の取引の実情を明らかにし うるかぎり、その具体的な取引状況に基づいて判断するのを相当とする」 (最判昭和43年 2 月27日昭和39年(行ツ)第110号[氷山印])というような ものである3。このような判断は侵害訴訟においても同様に解されている 2 外観・観念において何ら類似の点がないことを指摘した上で、原審決は称呼の発 音が近似するだけで類似商標としたのは審理不尽であるとした大判昭和15年11月 6 日民集19巻22号2024頁 [楠公事件] もある。当該判決の評釈として、末弘厳太郎「判 評」判例民事法昭和15年度111事件442-444頁を参照。 3 この基準においては、商標類否の判断に関する立証命題を変更していると理解さ れるが (飯村敏明「商標の類否に関する判例と拘束力-最三小判昭和43年 2 月27日 判決を中心にして-」Law & Technology 52号 (2011年) 55頁)、それにもかかわらず、 論 説 118 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) (最判平成 4 年 9 月22日平成 3 年(オ)第1805号[大森林]、最判平成 9 年 3 月11日平成 6 年(オ)第1102号[小僧寿し])。 商標の類否判断は、一般的に、自他商品の出所混同のおそれの有無を軸 としつつ、取引の実情に対応して、商標の観念、外観、称呼という三点要 素を観察することを媒介としてなされる、という定式が当てはまると考え て大過ない。もっとも、具体的に見ると、裁判所が商標の類否を判断する 際に、どの要素が重視されるのか、又は、取引の実情がどの程度考慮され るのかによって、異なる結論に辿り着く可能性がある4。現行法施行後の 従前の裁判例5から見ると、昭和60年代前後までの相対的に定型的に認定 する判決が主流を占めていた時代と、平成初期からの柔軟に認定される時 代という変遷を経ている。 第 2 款 類否判断の考慮要素 前述のように、商標類否を判断する際に考慮される要素は、称呼、外観、 観念という三点要素とともに取引の実情である6。基礎的要素としての称 呼、外観、観念という三点要素に対する考察は商標の表示それ自体に対す る考察であり、具体的には、二つの商標の対比を通じて、発音が似ている 場合に称呼類似とし、見た目が紛らわしい場合に外観類似とし、商標から 商標の外観、観念又は称呼の類否を全く検討することなく、取引の実情のみによっ て、商標の類否を判断してよいとするものではない (知財高判平成22年 4 月27日平 成21年(行ケ)第10152号 [POLO])。 4 類似概念はもともと相対的な概念であり、比較される対象をどのようなものとし て評価するかによって、例えば、識別標識としてか又は単なる視覚に訴える文字・ 図形としてか又は美的表現の手段としてかによって、その結論も異なってくる可能 性があり (網野誠『商標』(第 6 版・有斐閣・2002年) 430頁)、その点が「類似」に 対する理解が齟齬をきたす契機になっていると考えられるだろう。 5 現行法実施前後の時期に、旧商標法の 2 条 1 項 9 号 (現行法 4 条 1 項11号) を適用 した裁判例も含む。 6 商標類似という要件を含め、商標権侵害の要件について他国との比較を行うもの として、渋谷達紀『商標法の理論』(東京大学出版会・1973年) 197頁、島並良「登 録商標権の物的保護範囲(一)」法学協会雑誌114巻 5 号 (1997年) 547頁、同「登録商 標権の物的保護範囲(二・完)」法学協会雑誌114巻 8 号 (1997年) 936頁を参照。 商標類否の判断基準に関する一考察(許) 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 119 生じる意味が同じである場合に観念類似とする。ただし、三点要素におけ る類似性あるいは非類似性が、商標の類否判断の要件事実として、どのよ うに位置付けられるべきかについては、未だ解明されたとはいえない。一 方、取引の実情に対する考察の場合は、あらゆる事情を考慮して個別的・ 具体的な混同のおそれの有無につき判断すべきなのか、考慮すべき事情を 限定してある程度抽象的・形式的な混同のおそれの有無につき判断すべき なのかという点につき、通説的見解はなく、未だ議論の余地が大きく残さ れている7。 取引の実情は、称呼、外観、観念という三点要素との関係についても、 意見は収斂していない。大まかに二つの考え方があり、三点要素が商標の 類否判断にどの程度の影響力を有するかを決める補助的な要素であると いう考え方(以下、「補助的な要素としての取引実情」という)と、取引 の実情は三点要素とは別個の商標類否を決しうる独立の要素であるとい う考え方(以下、「独立の要素としての取引実情」という)に分かれてい る8。前者の考え方は、商標を構成する外観、称呼、観念の類似性を認定 して、それらの判断に基づき商標の類似を決定するものの、その際に、三 点要素の内容を認定するためか、あるいは、この商標において優位的な地 位を持っている要素を確定するために取引の実情を参照するというもの である。後者の考え方は、商標の類否を決める際には、外観、称呼、観念 に取引の実情を加えて、その四つの要素が認定されなければならず、その 三点要素が類似していなくても、取引の実情が認定された結果、出所の混 同を生ずるおそれがあるということになれば、商標の類似が認められる (出所混同基準)、という立場である。 第 3 款 類似と混同 「出所混同基準」の下では、称呼、外観、観念の類似は商標を使用した 商品につき出所混同のおそれを推認させる一応の基準にすぎず、取引実情 の考慮が従来よりも容易に認められることになり、結果として、裁判官の 7 知的財産研究所2011年調査「商標審決取消訴訟における取引の実情に関する調査 研究報告書」(2012年) 99頁においても、その旨が示されている。 8 牧野利秋「商標の類否判断の要件事実」パテント62巻13号 (2009年) 75頁。 論 説 120 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 心証の許容度が広がってくる。現実において商標の保護範囲を巡り生じる 紛争は複雑多様であるので、裁判官には当該紛争の具体的事情に応じて商 標の保護範囲を画定するという契機がある。その判断を正当化するために、 柔軟性に優れる「出所混同基準」の適用に好意を持つというのも分からな い話ではない。しかし、商標「類似」の意味を「出所混同のおそれが生ず る」ことと解釈すると、主観的な判断が先行し、受容性の高い結論を導く ために、単に方便として「混同のおそれ」を用いるという危険性の存在を 無視することはできない。「混同」が仮装理由9として存在する概念なので はないかと考えないわけにはいかず、具体的な判決の具体的な結論につい て体系的な理由付けを必要とする実務の有効な指針とはなりえないと思う。 一方、条文の文言上では、現行商標法においては、混同のおそれではな く類似性を商標権侵害の要件とした点に特徴があるのであって10、商標登 録阻却の場面にも、「混同」と「類似」の用語を分けて使っていることは 明らかである11 12。商標「類似」を「出所混同基準」をもって解するには、 9 「仮装理由」の詳細について、北川善太郎『日本法学の歴史と理論』(日本評論社・ 1975年) 373-376頁。そのほか、「仮装理由」を論じる際に慎重に取り扱う必要があ ることを強調した上で、「仮装理由」とは、法律的判断の明示的理由付けと、その 判断についての内心の理由付けとの間に矛盾が存することであると定義するもの がある (クリストフ・パウルス (篠森大輔訳)「ローマの法学者が仮装理由を使用し た例か?-ユーリアーヌス・学説彙纂第三六巻第一章第二六法文序項の検討-」法 政研究67巻 4 号 (2001年) 1019頁)。 10 金子敏哉「商標法と混同を巡る問題状況」別冊パテント 8 号 (2012年) 6 頁。 11 登録阻却事由に関する条文には、4 条 1 項10号・11号等が「類似」を用いている のに対し、4 条 1 項15号のほうは「混同」という用語を使っている。 12 著作権、特許権の場合に比較すると、権利範囲の拡大は著作権侵害(類似性)と特 許権侵害(均等論)においても存在するが、なぜ商標法の場合に限り立法により規定 されているか。それは、著作権法等の場合は、著作物又は特許発明など、既に保護 に値するものを創出してから保護を与えるのに対し、商標法の場合は、登録主義の 下で商標発展助成機能を活かすために、まだ信用を化体していない商標にも保護を 与えるからではないかと思う。すなわち、知的財産権は、創作者にインセンティヴ を与えるため、他人の成果を盗用する行為を禁圧するものと大まかに理解しうると 思われるが、登録商標の場合は、まだ信用を化体していない登録商標 (保護に値す るものがまだ創出されていないもの)にも類似の範囲内での保護を与えるのは、少 商標類否の判断基準に関する一考察(許) 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 121 条文との整合性において、少なくとも標識法における「類似」と「混同」 を区別するように解釈する必要がある。学説においては、「具体的な混同」 を意味する「混同」概念に対し、「抽象的な混同」をもって「類似」概念 の意味を説明することがある13。しかし、混同のおそれを巡る抽象性・具 体性の用語は、「取引の実情や両当事者を巡る個別事情(周知性・著名性、 打消し表示の有無等の具体的使用態様)をどの程度考慮するのかについて 相対的な概念として用いられている」14にすぎないので、区別についてのそ うした説明によって実務上の判断を行うことは必ずしも容易とはいえな いだろう。 第 2 節 本稿の意義及び構成 第 1 款 意義 商標類否に関する訴訟において、実務上実際に関心が持たれることは、 いかなる場合にどれだけの資料を提出すべきか、どのような主張が裁判所 に認められるのかという問題であり、それを検討するために、具体的な事 案に目を向けて、具体的な参考資料の斟酌を分析する必要がある。したが って、判決文に述べる抽象論に止まらず、裁判実務の実態に目を向けて、 商標類否判断における考慮要素及びその間の関係に対する研究を行うこ とが意義を持つのではないかと思う。 第 2 款 構成 本稿は、まず、商標法 4 条 1 項11号及び37条を中心に、商標類否の判断 に関する裁判例を概観して(第 2 章第 1 ~ 2 節)、従来の裁判例の流れ及 び最近の新たな動向を示す(第 2 章第 3 節)。次に、第 2 章の考察に示し し正当化の根拠が弱いのではないかというので、立法により (禁止権) 権利範囲を拡 大する概念を設置したと推測する。 13 網野・前掲注 4 )374頁以下、渋谷達紀『知的財産法講義Ⅲ』(第 2 版・有斐閣・ 2008年) 28頁以下、勝部哲夫雄「商標における『混同』概念の分析」パテント49巻 3 号 (1996年) 25頁以下を参照。 14 金子・前掲注10) 3 頁。 論 説 122 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) た事情に基づき、要件事実の考え方から商標類否の判断の構造を探索した 上で、商標類否の判断に関する評価基準及び要件事実としての三点要素と 取引実情を分析し(第 3 章第 1 節)、続いて、取引実情をいかに限定すべ きかを解明するため、局所的・一時的な取引実情の考慮の可否と商標の周 知著名性の考慮の可否という取引実情に関する二つの論点を検討する(第 3 章第 2 節)。さらに、以上で明らかにした商標類否の判断構造をもって、 プロセスの視点から、法的判断主体毎の類似要件の運用に対する水平的考 察(第 4 章第 1 節)と、同一の法制度に止まらない各法制度にわたる類似 要件と混同要件の関係に対する垂直的考察(第 4 章第 2 節)を行い、最後に、 展開してきた商標類否の判断基準をまとめて提示して結びとする(結語)。 第2章 裁判例の概観15 16 15 取り扱う裁判例については、新商標法を適用する裁判例を主として検討し、旧法 時代の一部の裁判例をも含めて検討している。具体的には、昭和34年から平成27年 までの裁判例を検索対象としている (検索時点:2016年 1 月15日。検索方法:商標 類否の判断に係る審決取消訴訟事件については、検索期間を「昭和34年から平成 9 年 3 月11日以前」、検索キーワードを「 4 条 1 項11号」又は「第四条第一項第一一 号」、検索範囲を「書誌と全文」、法条範囲を「商標法 4 条」に設定して検索すると、 173件が出てくる。それに加え、検索期間を「平成 9 年 3 月11日から平成27年12月 31日」、検索キーワードを「 4 条 1 項11号」、検索範囲を「書誌のみ」、法条範囲を 「商標法 4 条」に設定して検索すると、233件が出てくる。そのほか、旧法第二条第 一項第九号の時代の裁判例は、後述の文献を参照して検索している。商標類否の判 断に係る侵害訴訟事件については、検索期間を「昭和34年から平成27年12月31日」 と設定し、検索キーワードを「類似」と設定し、検索範囲を「書誌と全文」と設定 し、法条範囲を「商標法37条」に設定して検索すると、212件が出てくる)。 16 裁判例について、田村・前掲注 1 )、最高裁判所事務総局行政局監修『知的財産 権関係民事・行政裁判例概観』(法曹界・1993年)、小野昌延編『注解商標法』(新 版・青林書院・2005年)、金井重彦=鈴木將文=松嶋隆弘『商標法コンメンタール』 (レクシスネクシス・ジャパン・2015年)、櫻木信義『商標の類否』(発明協会・2011 年)、小林十四雄=小谷武=西平幹夫編『最新判例からみる商標法の実務』(青林書 院・2006年)、小林十四雄=小谷武=足立勝編『最新判例からみる商標法の実務Ⅱ』 (青林書院・2012年) も参照。 商標類否の判断基準に関する一考察(許) 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 123 第 1 節 登録阻却の場面の裁判例 第 1 款 総合考察の確定と取引実情の強調 -登録阻却事件に関する二つの最高裁判決- 第 1 項 氷山印事件最高裁判決(最判昭和43年 2 月27日昭和39年(行ツ) 第110号[氷山印]) 事案は、指定商品を「硝子繊維糸」とする本願商標(図 1.1)と、指定 商品を「糸」とする引用商標「しょうざん」(図 1.2)との類否判断が問題 となったものであって、特許庁は、「ひようざん」という称呼が生ずる本 願商標と、「しようざん」という称呼が生ずる引用商標とが、称呼が類似 するとして、旧商標法 2 条 1 項 9 号(現行法 4 条 1 項11号)所定の商標に 該当することを理由に、その出願を拒絶した。東京高裁は、本願商標の指 定商品である硝子繊維糸の取引実情を考慮して、「比較的高価なガラス繊 維糸では、一般市民を取引の相手方とせず、特定範囲の取引者間で取引さ れる等の実情に照らせば、商標の称呼のみで商品の出所を知ることは殆ど なく、外観、観念において全く異なることは明瞭である。両商標は指定商 品の出所について誤認混同を生ずるおそれはなく、称呼においても類似す るものではない。」と述べて審決を取り消した(東京高判昭和39年 9 月29 日昭和37年(行ナ)第201号[氷山印一審])。 この判決に対して、特許庁が上告し、最高裁は、まず、「商標の類否は、 対比される両商標が同一または類似の商品に使用された場合に、商品の出 所につき誤認混同を生ずるおそれがあるか否かによつて決すべきである が、それには、そのような商品に使用された商標がその外観、観念、称呼 等によつて取引者に与える印象、記憶、連想等を総合して全体的に考察す べく、しかもその商品の取引の実情を明らかにしうるかぎり、その具体的 な取引状況に基づいて判断するのを相当とする。」という抽象論を判示し た。そして、上告理由の中での、原判決が斟酌した取引実情は、普遍性、 恒常性を欠くもので経験則とはいえず、考慮すべきではないとの主張に対 して、「原判決が…認定したところは、本件出願商標の出願当時およびそ の以降における硝子繊維糸の取引の状況であつて、かつ、それが所論のよ うに局所的あるいは浮動的な現象と認めるに足りる証拠もない。」と述べ、 論 説 124 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) さらに、称呼のみ類似すれば両商標は類似とする従前の判例・学説に反し ているとの主張に対して、「商標の外観、観念または称呼の類似は、その 商標を使用した商品につき出所の誤認混同のおそれを推測させる一応の 基準にすぎず、従つて、右三点のうちその一において類似するものでも、 他の二点において著しく相違することその他取引の実情等によつて、なん ら商品の出所に誤認混同をきたすおそれの認めがたいものについては、こ れを類似商標と解すべきではない。」と述べて、上告を棄却した。 図 1.1 図 1.2 第 2 項 保土谷化学工業事件最高裁判決(最判昭和49年 4 月25日昭和47 年(行ツ)第33号[保土谷化学工業]) この事案では、両商標において染料、顔料、塗料という指定商品が共通 であって、本願商標(図 2.1)は、やや縦長に表した違い亀甲紋章様の図 形を肉太に表し、左右外側の直線部の中央の部分を若干切り離し、内側平 行線部の中央をやや細い横線で連絡している幾何図形を大きく画いて成 るものであるが、これに対し、引用商標(図 2.2)は、やや縦長に表した 違い亀甲紋章様の図形を太線で表し、右外側直線部の中央を若干切り離し た幾何図形をやや小さく画いて成るものである。両商標は、やや縦長の二 つの六角形を左右に鎖状に組み合わせた図形としての印象を共通にして いる。 出願人が主張する出所混同を生じない取引実情の考慮の可否が争点と なったところ、原審の東京高裁は、「原告会社では現に、その生産する染 料は一般消費者を販売の対象にしておらず、また、顔料は生産していない ことを認めることはできるけれども、染料、顔料および塗料について、一 般にデパート塗料店および文具店等において一般消費者を対象とする家 庭用のものが販売されていることは、顕著な事実であり、原告会社の現在 の生産および販売方針がそのまま永く続けられると認めうる証拠はない 商標類否の判断基準に関する一考察(許) 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 125 のみならず、専門業者の間においても、前認定の外形上の類似点の故に、 本願商標と引用商標の付せられた各商品について出所の誤認混同を生ず るおそれが全くないとはいいがたいところであるから、原告の右主張は採 用することができない。」と述べて、商標類似に反する取引実情の斟酌を 認めなかった。 この判決に対して、出願人が上告し、最高裁は、「商標の類否判断にお いて考慮することの出来る取引の実情とは、その指定商品全体についての 一般的・恒常的なそれを指すものであって、単に該商標が現在使用されて いる商品についてのみの特殊的、限定的なそれを指すものではないことは 明らかであり、所論引用の判例(筆者注:氷山印事件最高裁判決)も、こ れを前提とするものと解される。」と判示し、上告を棄却した。 図 2.1 図 2.2 第 3 項 評価 4 条 1 項11号における類似性について、旧法の時代から、数少ない判例 が積み重なってきており17、現行法施行後に、氷山印事件において最高裁 が判示した抽象論は、一般的な判断基準となっていることが見受けられる。 氷山印事件最高裁判決の意義は、商標の類否は商品の出所につき誤認混同 を生ずるおそれがあるか否かによって決すべきであるとの橘正宗事件最 高裁判決(最判昭和36年 6 月27日昭和33年(オ)第1104号[橘正宗])の判 旨を踏襲しつつ、外観、観念、称呼のうち一つが類似すれば商標が類似す るとの従来の考え方を改め、「外観、称呼、観念」の三点要素に対する観 察に加え、「取引の実情」を含めた総合的判断がなされるべきとしたこと である。当該判決は、判旨の抽象論部分において、「その商品の取引の実 情を明らかにしうる限り、その具体的な取引状況に基づいて判断する」と 17 旧法の時代の大審院判決又は最高裁判決を紹介するものとして、牧野・前掲注 8 )67-70頁を参照。 論 説 126 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 明確に判示し、取引の実情を考慮した判断を優先するという立場を示した ものと理解される18。抽象論の文言上では、「取引の実情」の範囲が限定さ れなかったものの、事案の当てはめを見れば、考慮が許された取引実情は、 硝子繊維糸という商品の性質(高価、特殊用途商品)や、一般市民を取引 の相手方とせず、特定範囲の取引者間で取引されるものであること等の実 情であった。一般的には、商品の性質は安定したものだと考えられるので、 そこから導いた取引の実情は、普遍的、恒常的な実情として捉えやすいだ ろう。その後に出た保土谷化学工業事件最高裁判決では、商標の類否判断 で考慮が許される「取引の実情」は、一般的・恒常的なものに限られるこ とを明確にした。保土谷化学工業事件最高裁判決は、最高裁民事判例集に 収録されていないにもかかわらず、学者に掘り出されて以来、頻繁に引用 されてきており、重要な判決となってきている。 この二つの最高裁判決は、4 条 1 項11号における類似性に関する判断基 準を判示したにもかかわらず、その後の下級審においては、必ずしも統一 的な基準によって商標類否が判断されるという方向に収斂されているわ けではない。氷山印事件最高裁判決の後のしばらく、下級審においては、 外観、観念、称呼のうち一つが類似すれば商標が類似するとの従来の考え 方が維持されている。その一つの原因は、当時、氷山印事件最高裁判決が 事例判決と考えられていたということであり、そのため、この判例の射程 が広く解釈されなかったからだろう。また、取引の実情については、かつ ての最高裁の判断を忘れて、浮動的な取引実情を類似性を狭める方向へ斟 酌する下級審の裁判例がその後にも現れた。学者からの批判を受けてから、 下級審のほうは保土谷化学工業事件最高裁判決に立ち返る判決が増えて きたが、その後、また無限定に取引実情を斟酌する立場へ戻っている。全 体的に見て、最高裁判決が判示したにもかかわらず、下級審の態度は若干 揺れているという現状である。以下では、下級審の裁判例を概観しよう。 18 飯村敏明「判例の読み方と先例拘束力について-商標の類否を中心として」『松 田治躬先生古稀記念論文集』(東洋法規出版株式会社・2011年) 25頁。 商標類否の判断基準に関する一考察(許) 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 127 第 2 款 定型的規制の時期-昭和60年代前後まで- 第 1 項 称呼、外観、観念の三点要素に対する考察 (一)三点要素のうち一つ以上が類似すれば、商標の類似性を決する裁 判例 (1)商標類似肯定例 (a)外観の類似を理由として商標の類似性を肯定した裁判例 例えば、本件商標(図 3.1)と引用商標(図 3.2)との類否を争った事 案で、両商標が、外観、称呼及び観念のいずれの点においても類似しない と認定した本件審決に対して、裁判所は、くびの長い鳥の上部は、程度の 差があっても、いずれも写実的に表現されており、それ自体が看者の多く の者に強い印象を与えるものであるとした。また、指定商品とする自転車 においては、商標の表示が自転車前輪の支承パイプに装着される金属プレ ートにより行われることをも考慮し、両商標は外観において類似するもの として、本件審決を取り消した(東京高判昭和45年11月27日昭和42年(行 ケ)第103号[STORK])。 図 3.1 図 3.2 また、商標の要部において外観が類似する場合、商標の類似性を認める こともある。「Single」という文字を中心に置き、その背景に星形のマーク を配し、下部に「Singlestar Brand」の文字を小さく横書きして成る本件商 標(図 4.1)と、「SINGER」という引用商標(図 4.2)との類否判断につ き、裁判所は、星の図形はありふれたものであり、下部の文字は付記的部 分であるから、本件商標の要部は「Single」の文字にあると認定した。そ して、その上で、全体として六文字にすぎない欧文字のうち五文字を共通 にし、しかも、初めの四文字を共通にするものであって、書体が特異なも のとはいえないから、書体の相違は外観上の類否判断に影響を及ぼさず、 論 説 128 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) これを見る者に直観的に極めて近似した印象を与えると述べ、両商標が外 観上類似するとして、外観、称呼、観念の三点要素ともに非類似だと認定 した本件審決を取り消した(東京高判昭和45年 2 月17日昭和44年(行ケ)第 30号[Single II])。 図 4.1 図 4.2 そのほか、外観の類似を理由として商標の類似性を肯定した裁判例とし て、東京高判昭和46年 3 月30日昭和40年(行ケ)第115号[キミス]がある。 (b)称呼の類似を理由として商標の類似性を肯定した裁判例 例えば、東京高判昭和55年 9 月10日昭和54年(行ケ)第227号[Q-CEL] においては、「Q-CEL」の欧文字を左横書きして成る本願商標(図 5.1 ) と、引用商標(図 5.2 )との類否を争った事案で、裁判所は、本願商標の 「Q」の文字部分を商品の品質等を表す符号、記号として理解し、「CEL」 の文字部分によって自他商品の識別に資する場合も少なくないと認めた。 そして、「CEL」の文字部分は「セル」の称呼を生ずることがあり、「シエ ル」との称呼を生ずる引用商標との類似性を肯定した。すなわち、外観が 明らかに相違するにもかかわらず、称呼の類似性のみをもって、商標非類 似と主張する原告の請求を棄却したのである。 図 5.1 図 5.2 また、商標の要部から生じる称呼において類似する場合、商標の類似性 を肯定することが許される。裁判所は、本願商標(図 6.1 )については、 中央部やや下部位置に他の欧文字及び図形部分に比して顕著に大きく横 一杯に書き表されている「ETIQUETA NEGRA」の部分も独立して看者の 商標類否の判断基準に関する一考察(許) 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 129 注意を強く引き、これから「エテイケツタネグラ」との称呼をも生ずるの に対し、引用商標(図 6.2 )については、中央円内下部に円弧状に明確に 書き表されている「ETICHETTA NERA」の部分も看者の注意を喚起し、 これから「エテイケツタネラ」の称呼をも生ずることを認定し、両商標が 称呼において類似するとして、商標非類似と主張する原告の請求を棄却し た(東京高判昭和56年 7 月30日昭和55年(行ケ)第403号[ETICHETTANERA])。 図 6.1 図 6.2 そのうち、称呼類似をもって、三点要素が非類似であるとして商標の類 似性を否定する審決を取り消した裁判例として、「シーサー」の称呼を生 ずる本件商標(図 7.1)と「シーザー」の称呼を生ずる引用商標(図 7.2) (東京高判昭和50年 9 月11日昭和49年(行ケ)第144号[SCHIESSER])、片 仮名文字「ハビタドリンク」の文字を横書きして成る本件商標と図 1 の引 用商標(東京高判昭和54年 4 月24日昭和53年(行ケ)第118号[ハビタドリ ンク])、横書きである「シユシユ」と縦書きである「ジユジユ」(東京高 判昭和52年10月31日昭和52年(行ケ)第89号[シユシユ])がある。そのほ か、東京高判昭和60年 6 月25日昭和59年(行ケ)第14号[GRAND EM- PEREUR]、東京高判昭和60年 7 月24日昭和60年(行ケ)第46号[OEC]、東 京高判平成元年11月29日平成元年(行ケ)第126号[MARUI]がある。 図 7.1 図 7.2 論 説 130 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 他方で、三点要素のうち称呼類否のみが争点になった事案では、称呼類 似に基づき商標の類似性を肯定する審決に対し、称呼類似を否定する理由 はないとし、審決の結論を支持した裁判例として、「パスドン」と「パス トーン萬有」(東京高判昭和44年 7 月22日昭和43年(行ケ)第28号[パスド ン])、「宏成」と「佼成」(東京高判昭和44年 9 月 2 日昭和43年(行ケ)第92 号[宏正])、「ラビアン セブン」と「ラビオン」(東京高判昭和44年11月 13日昭和44年(行ケ)第47号[ラビアン セブン])、「セフロン」と「SEFLOR」 (東京高判昭和46年 6 月11日昭和45年(行ケ)第121号[セフロン])、三角形 フラスコの図形内に「OHTA」の英文字を表して成る商標と「OHTA ISAN」 (東京高判昭和47年 2 月29日昭和46年(行ケ)第20号[オータ])がある。 また、「ゼネラル」の称呼が生ずる「GENERAL CONTROLS」と 「GENERAL」(東京高判昭和49年 5 月14日昭和47年(行ケ)第114号 [GENERAL CONTROLS])、「デユオ」の称呼を生ずる「DUO-DECADRON」 と「DUO」(東京高判昭和50年 2 月27昭和49年(行ケ)第34号[DUO- DECADRON])、いずれも「ルミ」の称呼をも生ずる「ルミスーパー」と 「Lumideluxe」(東京高判昭和50年 3 月12日昭和49年(行ケ)第145号[ルミ スーパー])、「カロメツクス」と「SAROMEX」(東京高判昭和53年 2 月27 日昭和52年(行ケ)第119号[カロメツクス])が挙げられる。 その他の例として、東京高判昭和52年12月21日昭和52年(行ケ)第56号 [L-ron]、東京高判昭和52年12月22日昭和52年(行ケ)第80号[西陣風味]、 東京高判昭和54年 8 月29日昭和54年(行ケ)第31号[デアリイクイーン]、 東京高判昭和55年 7 月23日昭和55年(行ケ)第45号[Dan Jean]、東京高判昭 和58年12月20日昭和57年(行ケ)第271号[National Semiconductor]、東京高 判昭和61年 1 月29日昭和60年(行ケ)第182号[エレナ]、東京高判昭和61年 3 月 6 日昭和60年(行ケ)第180号[OLTASE]、東京高判昭和61年 3 月12日 昭和60年(行ケ)第170号[BARICAR]がある。 (c)観念の類似を理由として商標の類似性を肯定した裁判例 例えば、東京高判昭和51年 1 月28日昭和49年(行ケ)第125号[サン海苔] においては、海苔などを指定商品とし、「サン海苔」の文字を横書きして 成る本願商標と、食料品、加味品を指定商品とし、太陽の図形を大きく描 き、その上部に「太陽」の漢字を、下部に「RISING SUN」の欧文字を横 商標類否の判断基準に関する一考察(許) 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 131 書きして成る引用商標との類否判断につき、「商標の類否は、…対比され る商標が同一又は類似の商品に使用された場合、商品の出所につき誤認、 混同を生じるおそれがあるかないかによつて決すべきであるが、取引の実 際においては、商標から生じる外観、称呼又は観念のいずれかによつて取 引されることも想定されるから、そのいずれか一つ以上において紛らわし いときは、取引者、需要者をしてそれらの商品の出所につき誤認、混同さ せるおそれがないものではないところ、本願商標と引用商標とは、それか ら生じる観念を同じくする以上、外観及び称呼が全く異なるからといつて、 それだけで類似しないということはできない。」と述べ、太陽という同一 の観念を生じる点をもって両商標が類似とする審決の結論を支持した。 同様の立場に立ち、商標の類似性を肯定する審決を支持したものとして は、次の裁判例がある。英文字「ARROW」を頭文字「A」を大きくして 表示し、その右肩空白部分に洋弓(BOW)を図案化した図形を嵌め込む ように描いて成る本願商標(図 8.1)と、下向きの矢型の図形から成る引 用商標(図 8.2)との類否判断につき、裁判所は、本願商標と引用商標が 「アロー」という同一の称呼を生ずるとした審決の認定を認めなかったに もかかわらず、両商標が「矢」印という同一の観念を生ずることをもって、 商標の類似性を肯定した(東京高判昭和49年 3 月 5 日昭和48年(行ケ)第88 号[ARROW])。 図 8.1 図 8.2 他方で、観念類似をもって、商標非類似とする審決を取り消した裁判例 として、次の裁判例がある。「どんがめ」の文字と図形の結合から成る本 願商標(図 9.1)と、「カブトガ二」の文字と図形の結合から成る引用商標 (図 9.2)との類否判断につき、裁判所は、岡山県笠岡地方では昔からカブ トガニのことを方言で「どんがめ」と呼んでおり、いずれの商標の図形も カブトガニを図案化したものと理解でき、カブトガニの観念を生ずる点に おいて共通であることをもって、商標非類似とする審決を取り消した(東 京高判昭和55年 5 月28日昭和53年(行ケ)第105号[どんがめ])。 論 説 132 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 図 9.1 図 9.2 (2)商標類似否定例 商標類似の否定例は、ほぼ三点要素の類似性をともに否定した場合であ る。すなわち、三点要素のうち一つ以上が類似すれば商標の類似性を肯定 するという論法においては、三点要素をそれぞれ考察して、三点要素の類 似性を一々排除しなければならず、三点ともに類似性を否定した場合、初 めて商標非類似とする結論を下すことになる。 例えば、人の足跡を二つ描いて成る本願商標(図10.1)と、人の足跡を 一つ描いて成る引用商標(図10.2)との類否について、審決は、外観、観 念の類否について判断するまでもないと述べ、いずれも「アシアト」の称 呼を共通することのみをもって、両商標の類似性を肯定した。それに対し て、裁判所は、両商標が外観において顕著な差異が存するほか、観念上も 類似するものでないことを認めた上に、審決の理由の要点となる称呼上の 類否について検討して、取引の実情に照らし、本願商標を「ハンテン」若 しくは「ハンテンマーク」と称呼しているのに対し、引用商標を「フツト マーク」と称呼して取引に当たっていることを認定して、両者が称呼にお いても類似しないとして、商標の類似性を否定した(東京高判昭和55年 1 月30日昭和52年(行ケ)第197号[足跡])。 図10.1 図10.2 その他の例として、東京高判昭和54年 2 月27日昭和51年(行ケ)第142号 [ニコシン]、最判昭和55年 8 月26日昭和54年(行ツ)第81号[同上告審]、 東京高判昭和54年12月24日昭和53年(行ケ)第214号[ワイキキパール]、最 判昭和55年 8 月26日昭和55年(行ツ)第32号[同上告審]、東京高判昭和55 商標類否の判断基準に関する一考察(許) 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 133 年 3 月31日昭和52年(行ケ)第157号[サトちやん]、東京高判昭和57年 1 月 28日昭和54年(行ケ)第22号[ハイシミン]、東京高判平成元年 4 月27日昭 和63年(行ケ)第218号[ソイルメート]、東京高判平成元年 6 月27日昭和63 年(行ケ)第288号[小僧事件Ⅰ]、最判平成 2 年 1 月22日平成元年(行ツ)第 114号[同上告審]、東京高判平成 2 年 4 月24日平成元年(行ケ)第243号[ち ぎり花びら]がある。 また、観念が比較できない場合、称呼、外観の非類似に基づき、商標の 類似性を否定する場合もある。例えば、東京高判昭和51年10月27日昭和50 年(行ケ)第119号[ソンテツクス]、東京高判平成 2 年12月11日平成元年(行 ケ)第55号[VAXON]が挙げられる。他方で、外観、称呼、観念がともに 生じる場合、単に一つの要素における非類似に基づき商標の類似性を否定 と結論付けるもの、又は、称呼・観念非類似若しくは外観・観念非類似に 基づき商標の類似性を否定と結論付けるものはほぼない19。 (二)定型的規制の緩和 以上のように、昭和60年代までは、一つ以上が類似すれば、商標の類似 性を決する論法であり、この論法においては、三点要素のうち一つの要素 の非類似は、商標類似性を否定する方向には強く働かないという傾向が見 られる。例えば、外観上の類似性如何にしても、称呼、観念の類似に基づ き、商標の類似性を肯定する裁判例も多数ある20。おそらく、商標類否の 19 それらの要素のみを検討する裁判例はないわけではないが、ほとんど、商標類似 とする審決の結論が依拠する理由の当否について審理するものであり、事実関係か らは確かに商標の類似性を否定すべきであるものの、判決の論法は、いずれも、審 決の誤りを検討するものであり、審決を取り消す理由として十分であるものの、そ れらの否定要素のみをもって直ちに商標類似とする結論に辿り着くことはできな い、とするものである。例えば、東京高判昭和54年10月25日昭和53年(行ケ)第56号 [Q-TIPS]、東京高判平成 2 年 4 月18日平成元年(行ケ)第245号 [ハニーベル]、東京 高判昭和57年 3 月31日昭和55年 (行ケ) 第366号 [どさん子大将] などは、それに属す る例である。 20 称呼、観念が類似すると認定して商標の類似性を肯定する審決を支持したものと して、東京高判昭和45年 5 月20日昭和44年(行ケ)第89号 [PRINCE CHAMPION]、東 京高判昭和47年 9 月29日昭和47年(行ケ)第 4 号 [鶴図形]、東京高判昭和47年11月28 論 説 134 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 判断は、両商標の全体を観察し、外観、称呼、観念において共通するか否 かを検討して、そのいずれかにおいて紛わしいため、商品又は役務の出所 につき混同を生ずる場合には、両商標は類似の商標と判断する、という判 断枠組みだと理解されるのが一般的であって、そうすると、上記の判決が 三点要素のうち一つが類似していれば商標の類似性を肯定するのは、他の 要素がそれに反する方向に斟酌されることはないことを前提にしている のだろう。 ただし、昭和50年代の後期から、三点要素のいずれかが類似すれば商標 の類似性を決する論法に、「特段の事情がない限り」という限定を加え、 判断を緩やかにする可能性を示した裁判例が出てきた。例えば、東京高判 昭和57年 2 月16日昭和53年(行ケ)第128号[みねふーど]においては、裁 判所は、「原告は、商標の類否の判断に当つては、外観を主として検討す べきものであり、称呼及びこれより生ずる観念の差はこれを参考考慮すれ ば足りる旨主張するが、今日における取引の実情からすれば、商標の称呼 が類似する以上、特段の事情がない限り、出所の混同を生ずるおそれがあ るのは当然である。」と述べ、本件の事実認定によってはその特段の事情 を認めることはできないとし、「ミネフード」の称呼を生ずる本件商標と 「ミネフイード」の称呼を生ずる引用商標との類似性を肯定した21。 さらに、「特段の事情」が認められるか否かについて検討する裁判例も 日昭和47年(行ケ)第13号 [ミクロン]、東京高判昭和49年 7 月16日昭和46年(行ケ) 第143号 [QUEEN ARROW]、東京高判昭和52年 6 月14日昭和51年(行ケ)第73号 [イ ロリ]、東京高判昭和52年 9 月28日昭和52年(行ケ)第22号 [越後獅子]、東京高判昭 和52年10月19日昭和52年(行ケ)第52号 [PINE TIGER]、東京高判昭和53年 6 月14日 昭和52年(行ケ)第20号 [Swing Custom]、東京高判昭和55年 7 月10日昭和54年(行ケ) 第50号 [やまと] がある。 三点要素が非類似であるとして商標の類似性を否定する審決を、称呼、観念にお ける類似性をもって取り消したものとして、東京高判昭和48年12月20日昭和47年 (行ケ)第140号 [丸鱗]、東京高判昭和49年 9 月18日昭和48年(行ケ)第54号 [MER- RYWOOD]、東京高判昭和52年2月16日昭和50年(行ケ)第46号 [パールクイーン]、 東京高判昭和53年12月20日昭和52年(行ケ)第209号 [小倉屋]がある。 21 「特段の事情がない限り」という限定を加えた論法を展開するほかの例として、 東京高判昭和60年 6 月25日昭和59年(行ケ)第14号 [GRAND EMPEREUR]。 商標類否の判断基準に関する一考察(許) 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 135 ある。東京高判昭和56年 7 月14日昭和53年(行ケ)第209号[印相学の総本 家]においては、いずれも印刷物を指定商品とし印刷物に付される商標で あって、「印相学の総本家」の文字を横書きして成る本件商標と、「印相学 宗家」の文字を縦書きして成る引用商標との類否判断につき、裁判所は、 両商標ともに「印相学についての本家(家元)」の観念において紛らわし い類似の商標として、無効とする旨の審決を支持した。この事件において は、単にその観念のみを比較して両商標は類似であると判断するか否かに ついて争われた。 裁判所は、まず、「商標の類似とは、一般に、商品の識別標識として使 用される商標が、取引上の経験則又は取引の実情に照らして、外観、称呼、 観念のいずれか一つ以上の要素において相紛らわしく、同一又は類似の商 品に用いられた場合に、取引者又は一般需要者によつて商品の出所が互い に混同される程度に相紛らわしいことをいうものである。しかし、実際取 引の場における特殊な事情から、商標の類否判断の基準とされる右三要素 のうち、一要素において相紛らわしいものがあつても、他の要素において 相異るときは、商品の出所の混同を生じないとされる場合もありうると考 えられる。」という一般論を確認した。 次に、原告は「実際取引の場における特殊な事情」として、新聞、雑誌 等の定期刊行物(印刷物)にいわゆる題号として用いられる商標に関して は、取引の実情からみて、当該商標から生ずる観念そのものは自他商品の 識別力を欠き、そのような刊行物(印刷物)に関しては、付せられる商標 の観念の類否は商標の類否判断の基準とはなしえないと主張した。これに 対して、裁判所は、原告が例示する、観念において紛らわしい商標が登録 されて併存している例は、「いずれも、新聞、雑誌等定期刊行物の題号と して用いられた場合、その題号としての商標の観念自体が包括的にその刊 行物の内容を表示していて、題号自体でその内容を自ら推知できる底のも の、換言すれば、商標から感得される観念がその付せられた商品自体の観 念を表示するような場合であつて、かような場合には、現在の多様を極め た情報化社会にあつて、観念類似の故に一の商標の独占を許すことは不合 理とみられるため、併存が許されているにほかならない」とし、「新聞、 雑誌等定期刊行物の題号として用いられる前記の底の商標については、取 引者、需要者においてその観念のみで商品を識別することなく、外観及び 論 説 136 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 称呼に注意を用いて商品を識別し、観念において相紛れるおそれがあつて も出所の混同を来すことはないのが取引の実情であるといえよう。したが つて、このような場合においては、取引の実情からみて、商標の観念は商 品の識別機能において十分でなく、観念の対比のみで商標の類否を判断す ることは不当といわざるをえないであろう。」と述べつつ、「しかし、この 理を商品印刷物一般の場合に、しかもすべての商標に拡大推及して、印刷 物に付せられる商標の類否判断に際しては、商標の観念の対比のみで結論 することは不当であり、他の二要素についても検討しなければならないと いう命題を是認すべき証拠資料は本件に現れていないし、経験則上もむし ろ消極に解さざるをえないところである。」そして、「本件商標及び引用商 標は、『印相学の総本家』及び『印相学宗家』というものであつて、指定 商品である印刷物の題号として用いられた場合においても、題号自体でそ の内容を自ら推知できる底のものでないことは明らかである。したがつて、 本件商標及び引用商標につき、観念の対比をもつて両商標の類否判断を行 つた本件審決に、原告主張のような過誤はないといわなければならない。」 とした。 これらの判決を嚆矢として、ほかの要素を検討するまでもなく、一つの 要素のみが類似することをもって商標類似を肯定するという従来のやり 方が変わり、三点要素の間に、一つの要素のほかの要素への影響を考慮に 入れるようになった。 例えば、外観の相違が大きいことが称呼に影響を与えることで、称呼類 似に基づき商標類似とした審決を覆した東京高判平成 3 年 3 月14日平成 2 年(行ケ)第168号[THE BOX]や、観念が明らかに異なる場合、称呼の明 瞭性を欠くことがあるとしても商標類似が否定されるとした東京高判平 成 5 年 6 月29日平成 4 年(行ケ)第147号[LANCEL]が挙げられる。 そのほか、称呼において紛らわしいが、外観及び観念上の相違を認める とともに、称呼上の類似を否定するために、観念からの影響を考慮した上、 語感、語調の違いに着目して、称呼類似を否定した東京高判平成 3 年10月 31日平成 3 年(行ケ)第24号[ガス燈]がある。同様に、外観及び観念が非 類似であるが、称呼上の類似を否定するために工夫する裁判例として、東 京高判平成 3 年10月24日平成 3 年(行ケ)第19号[Columbia Pictures Indus- tries, Inc.]がある。 商標類否の判断基準に関する一考察(許) 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 137 なお、観念類似をもって商標類似を肯定する例においては、単に観念の みに基づき判断するのではなく、他の要素も類似であるとか、あるいは、 少なくとも共通する部分が存在しており、かつ、ある程度近似することが 求められる。例えば、東京高判平成 7 年 9 月27日平成 6 年(行ケ)第77号[関 の孫六]、東京高判平成 7 年12月 6 日平成 7 年(行ケ)第58号[原米洲]、東 京高判平成 3 年 1 月22日平成 2 年(行ケ)第130号[夢二](当該判決の説示 を見れば、商標類似を肯定するに際して、単に観念共通に言及するに止ま っているのであるが、他方、事実関係から見れば、両商標の共通部分の存 在をも考慮したものと推察される)がある。 第 2 項 取引実情の考慮 (一)補助的な要素としての取引実情の考慮-三点要素の枠内で取引実 情が考慮される裁判例- (1)称呼を認定するために取引実情を考慮する裁判例 この時期の裁判例においては、称呼を認定するために取引の実情を考慮 することがある。例えば、本願商標の称呼を認定する際に取引実情を考慮 した例として、東京高判昭和55年 1 月30日昭和52年(行ケ)第197号[足跡] は、人の足跡を二つ描いて成る本願商標の称呼を認定する際に、図形商標 から生ずる称呼を認定するには、「図形の具体的構成や数を無視看過し単 に抽象的に表現したり、ただ上位概念的に表現したりするのは、上述の自 他商品識別の目的にそわな」いものであり、「広い意味内容の称呼につい ては、おのずとその範囲を限定し、当該商標の実体に即したものとするに いたるのは自然のことであり、その場合、右限定をするに相応しいものは、 少なくとも、図形のみからなる商標にあつては、その構成及び指定商品の 取引の実情であろうと考えられる。」と述べ、本願商標やこれを付した商 品の宣伝も、展示会への出品、テレビや新聞、雑誌への掲載、パンフレッ トの頒布などの方法によって広く行われ、本願商標は取扱業者においては もとより、一般消費者においても相当広く知られるようになっていたこと を認め、「本願商標又はこれを付した商品の取引及び宣伝に際しては、右 商標を、『ハンテン』もしくは『ハンテンマーク』と称呼してこれを行っ ている関係上、これら商品を取扱う取引業者間においては、本願商標を右 のように称呼し、『アシアト』とは称呼していない」と認定して、「アシア 論 説 138 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) ト」の称呼を生ずる引用商標との称呼上の類似性を否定した。その他の例 として、東京高判昭和60年 6 月25日昭和59年(行ケ)第14号[GRAND EMPEREUR]がある。 (2)識別力を有する部分を確定する作業において周知著名性の考慮が 許される裁判例 本件商標と引用商標が共通する一部を抽出して類似判断を行うか否か について、引用商標の著名部分を考慮することがある。例えば、引用商標 の識別力の有する部分を確定する際に、引用商標の周知著名性を商標類似 の方向に斟酌した東京高判昭和53年12月20日昭和52年(行ケ)第209号[小 倉屋]においては、審決は、「小倉屋」は、ありふれた名称(屋号)で、 これを商品に付して使用しても何人の業務に係るものかを認識すること のできない商標であって、「小倉屋」の文字部分は自他商品識別力のある 標識として需要者の注意を引く部分ではないとしたが、裁判所は、「小倉 屋」又は「おぐらや」の標章を付されたものが、既に取引者、需要者の間 に広く知られていたことに照らせば、それのみで十分な出所の識別機能を 有するものと認められるとして、「オクラヤ」の称呼と観念を生ずる本件 商標との類似性を肯定した。 ただし、当然に抽出が許されるわけではなく、著名部分が、独立して商 標として自他識別機能を有するとはいえない場合、著名部分を抽出して対 比することは認めない(本件商標「すわき後楽」につき、「スワキ(洲脇)」 と呼ばれる氏は極めて珍しい上に平仮名で表示されているため、この部分 も需要者の注意を引くから、「後楽」が著名な庭園等を強く連想させるこ とを考慮しても、「後楽」の部分が独立して商標として自他識別機能を有 するとはいえないとした東京高判昭和63年 7 月28日昭和63年(行ケ)第 1 号[すわき後楽])。 (二)独立の要素としての取引実情の考慮-三点要素の枠外で出所混同 の有無を判断する一要素として取引実情が考慮される裁判例- (1)商標類似を否定する方向に考慮する取引実情 本願商標の周知著名性が、出所混同を生じることを阻却する要素として 考慮されたものとして、東京高判昭和60年10月15日昭和58年(行ケ)第215 号[寳]は、本願商標(図11.1)と引用商標(図11.2)とが、「タカラ」 商標類否の判断基準に関する一考察(許) 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 139 の称呼、「寳或いは宝」の観念において共通することを認めたものの、「『寳』 の文字を前記のとおりに図案化して成る商標はいわゆる周知、著名商標で あることからすると、本願商標をその指定商品に使用し、或いは『タカラ』 の称呼をもつて取引がなされた場合、その取引者、需要者は、該商品は、 原告の製造販売にかかるものであると認識する蓋然性が極めて高いもの というべく」と述べ、取引の実情を考慮して、両商標が出所の混同を生ず るおそれはないとして、商標の類似性を否定した。 図11.1 図11.2 (2)商標類似を肯定する方向に考慮する取引実情 取引活動が行われる場において、取引者、需要者が商標の称呼を発音し 又は聴取する実態が考慮されたものとして、東京高判昭和50年 9 月11日昭 和49年(行ケ)第144号[SCHIESSER]は、いずれも被服等を指定商品とし、 「シーサー」の称呼を生ずる本件商標と「シーザー」の称呼を生ずる引用 商標の類否について、両称呼を対比すると、両者とも二音より構成され、 そのいずれもが長音であること、両者は第一音「シー」を同じくし、第二 音の「サー」と「ザー」とを異にすること、両者とも第一音の「シ」にア クセントがあり、この音が聴者に強い印象を与えること、第二音も「サ」 と「ザ」という清音と濁音の違いにすぎないことが認められ、迅速な取引 活動が要求される取引場においては、一般に、取引者、需要者が商標の称 呼について常に必ずしも冷静に注意深く発音しかつ聴取するとは限らな いことを考慮して、両者の称呼は極めて紛れるおそれがあるとして、商標 非類似とする審決を取り消した。 商標の周知著名性を考慮したもので、東京高判昭和51年 7 月13日昭和50 年(行ケ)第74号[アリナポン]は、「アリナポン」の片仮名文字と 「ALINAPON」の欧文字を上下二段に横書きして成る本件商標(図12.1) と、「ALINAMIN」の欧文字と「アリナミン」の片仮名文字を上下二段に 横書きして成る引用商標(図12.2)との類否を争った事案で、外観・称呼 論 説 140 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 上別体のものとして区別できる差異があるにもかかわらず、引用商標は原 告が製造・販売するビタミン剤の商品名として周知著名なものであること を認め、このような引用商標の使用の実情を考慮して、観念的な連想を惹 き起こしやすいその基幹部分「アリナ」(ALINA)を共通にしていること、 加えて、薬剤の商標の接尾語として慣用される「ン」(N)を共通にし、か つ、いずれの語尾部分も二音であるという点において類似する語尾部分を 結合していることに照らせば、本件商標を指定商品に使用するときは、本 件商標は原告が製造・販売するビタミン剤に使用する引用商標「アリナミ ン」(ALINAMIN)を連想させ、取引者・需要者はあたかもシリーズ商標 若しくは姉妹商品として原告の製造・販売に係るものと誤認し、商品の出 所につき混同を生ずるおそれがあると判断し、商標非類似とする審決を取 り消した。 図12.1 図12.2 第 3 款 柔軟的規制の時期-平成初期から- 第 1 項 称呼、外観、観念の三点要素に対する考察 (一)総合考察の主流化 定型的規制期の後期の動きを踏襲しつつ、外観、称呼、観念等によって、 取引者、需要者に与える印象、記憶、連想等を総合して、全体的に考察す るという総合考察を行う裁判例は、次第に主流を占めるようになってき た22。さらに、「比較される両商標が、その称呼において類似する場合には、 外観、観念についての判断を経るまでもなく、類似する商標と認めうると 22 数は少ないが、総合考察の名目の下、称呼類似と認めた上で、他の二つの要素の 考察をおざなりにして、商標類似を肯定する裁判例の残党もある(東京高判平成11 年10月28日平成11年(行ケ)第171号 [COGNEX]、東京高判平成11年10月28日平成11 年(行ケ)第138号 [TERRA])。 商標類否の判断基準に関する一考察(許) 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 141 の趣旨」は、誤りといわなければならないと明確に述べた判決もある23。 おそらく、現在では情報媒体が多様化し、情報量が飛躍的に増大した社会 において、人々は多量の情報を識別認識することに慣れており、個々の情 報のやり取りの際に敏感に反応する習性が養われているという事実は明 らかであり、そうした事情が総合考察へと変化する要請になったのだろう24。 外観、称呼及び観念のうち一点において類似する場合、原則として、両 者は相類似するものとする従来のやり方をどう考えるべきかについて、 「確かに、原告のいう三点観察において、指定商品の抵触する両商標が、 その外観、称呼及び観念のうち一点において類似する場合に、両者が類似 すると認め得る場合が存在することを否定するものではないが、実務が外 観、称呼及び観念の三点に分けて商標間の類否を考察する三点観察による こととしているのは、それが、商品の出所につき誤認混同を生ずるおそれ を推測させる一応の基準として合理的であるからであつて、一点観察にお いて類似することが直ちに商品の出所につき誤認混同をきたすことにな るわけではない。商品の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるかどう かの考察は、上述したとおり、商品に使用された商標がその外観、観念、 称呼によつて取引者・需要者に与える印象、記憶、連想等を総合して全体 的にされるべきであつて、例えば、当該取引が、外観、観念、称呼のうち 一点のみに基づいて行われるなどといった特段の事情がある場合等にお いて、はじめて一点観察において類似することが直ちに商品の出所につき 誤認混同を生ずるおそれに結び付くものというべきである。」(知財高判平 成18年 4 月27日平成17年(行ケ)第10764号[源気])、とする判決もある。 この観点に立ち、商標類似を肯定する裁判例においては、次のような傾 向が示されている。 第一に、称呼、外観、観念がともに類似すると判断した場合(商標から 観念を生じないか、又は観念において比較しえない場合を含む)、両商標 23 東京高判平成 9 年10月 1 日平成 8 年(行ケ)第312号 [VISCARIN]、東京高判平成 10年 7 月14日平成 9 年(行ケ)第272号 [SNIFFER]。 24 そのような理を説示した裁判例として、東京高判平成 5 年 2 月17日平成 4 年(行 ケ)第93号 [WRANGLER] や、東京高判平成 7 年 3 月29日平成 6 年(行ケ)第150号 [Gibelty ギベルティ] がある。 論 説 142 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) がほぼ類似するという結論になる25。そのうち、要部において類似すれば、 商標が類似するという結論に至ることが許される26。 第二に、観念において類似する場合に、称呼又は外観上の一要素の相違 は、常に類似性を否定する方向に強く働くわけではない27。さらに、称呼、 25 三点要素がともに類似と評価される場合の例として、人の実顔のように描いたス マイル図形から成る本件商標とスマイルマークから成る引用商標との類似性を肯 定した知財高判平成24年 7 月26日平成24年(行ケ)第10054号・第10055号 [スマイル マーク] や、「ASCEND」の欧文字から成る本願商標と「ASCENT」の標準文字から 成る引用商標との類似性を肯定した知財高判平成25年 6 月26日平成24年(行ケ)第 10417号 [ASCEND] などがある。 商標から観念を生じないか、又は観念において比較しえない場合の例として、 「CST」と「CST 方式」(知財高判平成26年 1 月27日平成25年(行ケ)第10113号 [CST 方 式])、「BDO Banco De Oro」と「BDO」(知財高判平成24年11月29日平成23年(行ケ) 第10446号・第10447号 [BDO]) などがある。 26 その例として、「飲食物の提供」を指定役務とし、「モンテローザカフェ」の標準 文字からなる本件商標について、要部である「モンテローザ」の部分は、「モンテ ローザ」の文字を横書きして成る引用商標との三点要素における類似性を認めた上、 商標の類似性を肯定した知財高判平成23年 9 月27日平成23年(行ケ)第10081号 [モ ンテローザカフェ] や、漢字部分の「江戸切子」を要部とした本願商標と「江戸切 子」の標準文字から成る引用商標との類似性を肯定した知財高判平成25年 9 月 5 日 平成25年(行ケ)第10045号 [カガミクリスタル江戸切子] 等がある。 27 例えば、称呼が相違するにもかかわらず、商標から複数の称呼が生じかつ確定的 な証拠が認められないことを考慮し、外観及び観念の類似に基づき商標の類似性を 肯定した例として、本件商標「肌優」と、「優肌」を要部とした引用商標の類否判 断につき、本件商標から複数の称呼が生じうることがあり、称呼上の相違を重視す るのは妥当とはいえないとして、外観及び観念の類似に基づき商標の類似性を肯定 した知財高判平成21年10月28日平成21年(行ケ)第10071号 [肌優] が挙げられる。外 観上の相違は、取引者、需要者に特段印象付けるほどの著しい特徴があるものでは ないことを理由とし、称呼及び観念の類似性をしのぐものではないとした例として、 一般的には親しまれないアラビア文字で表記する相違部分は、外観においてアラビ ア文字を知らない者にとっては記憶するのが困難な形状であるところ、そのような 部分は取引者、需要者の注意を引く部分ということはできないとして、称呼及び観 念の類似に基づき商標の類似性を肯定した知財高判平成26年 8 月 7 日平成25年(行 ケ)第10298号 [マギー] がある。 商標類否の判断基準に関する一考察(許) 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 143 外観が相違するにもかかわらず、観念上の共通に基づき商標の類似性を肯 定する裁判例もある。知財高判平成23年 2 月28日平成22年(行ケ)第10152 号[名奉行金さん]は、ともに標準文字を表示した「名奉行金さん」と「遠 山の金さん」の類否判断について、外観、称呼において、その全体を一連 に把握すると類似しないが、歴史上の人物である「遠山金四郎」、及び時 代劇等で演じられる「名奉行として知られている遠山金四郎」との観念を 生じる点において類似することから、商品の出所につき誤認混同のおそれ を生じさせるというべきであるとした28。しかし、商品の出所混同を生じ ない取引実情が存在することを認めた場合、商標の類似性を否定する29。 第三に、外観がそれほど顕著な特徴を有するものとはいえない場合、外 観上の相違は、商標の類似性を否定する方向に強く働く要素とまではなら ない。例えば、外観において類似するとまではいえないが似通った印象を 与える場合、称呼類似に重点を置き商標類似を肯定した知財高判平成22年 12月22日平成22年(行ケ)第10257号[EXTRIMA]や、外観が全体的に非類 似であるが、共通する部分があることを考慮して、外観上の非類似は商標 類否の判断に強く働かず、生じる同一の称呼を重視して商標類似を肯定す る知財高判平成23年 7 月21日平成23年(行ケ)第10087号[ホレカ]が挙げ られる。ただし、後述のように、業界の取引の実情を考慮して称呼又は外 観上の差異を重視し商標の類似性を否定する裁判例もある。 第四に、商標から複数の称呼、観念が生じえる場合、一つの称呼、観念 が他人の商標の称呼、観念と同一又は類似であるとはいえないとしても、 28 称呼及び外観が非類似、観念のみが類似する場合に、称呼が外観とともに明らか に異なる以上、通常、両商標を区別できると考えられるから、観念が共通すること だけで、類似性が肯定されることは滅多にない。当該事案は、少なくとも外観及び 称呼においては共通するところがあり、また、パチンコ業界の取引実情にかなり影 響されていたと考えられるだろう。 29 例えば、出願商標の著名性、及び引用商標の不使用取消審判が確定したことをも 考慮して、観念と称呼の類似は商品の出所混同を生じないとして、商標の類似性を 否定した知財高判平成22年12月14日平成22年(行ケ)第10171号 [BOOKING.COM] や、 もっぱら受験シリーズ商品に用いられ、具体的な使用商品上の相違という取引実情 を考慮して、商標の類似性を否定した知財高判平成22年 8 月19日平成22年(行ケ)第 10101号 [きっと、サクラサクよ。] が挙げられる。 論 説 144 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 他の称呼、観念が他人の商標のそれと類似するときは、両商標は類似する ものと解することが許される30。ただし、複数の称呼が生じうる造語から 成る商標の類否判断につき、複数の称呼が生じうることにかんがみると、 称呼を重視するのは妥当ではないと述べ、称呼非類似だとしても、商標の 類似性を肯定する場合もある(「肌優」から成る本件商標と「優肌」を要 部とする引用商標との類否につき、知財高判平成21年10月28日平成21年 (行ケ)第10071号[肌優])。 この観点に立ち、商標類似を否定する裁判例においては、次のような傾 向が示されている。 第一に、称呼、外観、観念ともに非類似となると判断した場合(観念に おいて比較しえない場合を含む)、ほとんど両商標が非類似となるという 結論になる31。そのうち、分離考察を否定した上で、三点要素の非類似に 30 例えば、「berry mobile」の文字から成り、指定役務を「携帯電話による通信」と する本件商標と、「Black Berry」の文字部分を含む引用商標との類否判断について、 それぞれ全体に対応した称呼及び観念のほか、「berry」の部分に対応した「ベリー」 の称呼及び「果物のベリー」の観念も生じることに基づき、商標の類似性を肯定し た知財高判平成22年 3 月17日平成21年(行ケ)第10328号 [berry mobile] が挙げられ る。 同旨の例として、「ATHLETE LABEL」を標準文字で記して成る本件商標について、 全体としてのみならず、「ATHLETE」の部分からも称呼、観念が生じると認めるこ とができるとして、「アスリート」の称呼と「運動選手、競技者」等の観念が生じ る引用商標「ΛTHLETE」との類似性を肯定した知財高判平成22年 4 月28日平成21 年(行ケ)第10411号 [「ATHLETE LABEL] がある。 31 三点要素がともに非類似と評価される場合の例として、特徴のある筆記体により 描かれた「StElla」から成る本件商標と、「STELLA」又は「STELLA McCARTNEY」 の文字から成る引用商標との類似性を否定した知財高判平成26年 2 月27日平成25 年(行ケ)第10251号 [STELLA] や、「醗酵玄米菜食ギャバ」の標準文字から成る本件 商標と「玄米菜食」の明朝体文字から成る引用商標との類似性を否定した知財高判 平成27年 2 月12日平成26年(行ケ)第10180号 [醗酵玄米菜食ギャバ] が挙げられる。 そのほか、知財高判平成22年 9 月14日平成21年(行ケ)第10300号 [片目でウインクし た顔の図形]、知財高判平成22年 6 月30日平成22年(行ケ)第10076号 [Jo-Ju]、知財高 判平成24年 5 月31日平成23年(行ケ)第10332号 [電装現代仏壇] 等がある。 観念において比較しえない場合の例として、「Deep Sea Driver」「ディープシード 商標類否の判断基準に関する一考察(許) 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 145 辿り着くものが多い32。 第二に、観念において非類似する場合に、称呼、外観のいずれかの要素 が類似しても、商標の類似性を否定する場合が多い33。ただし、商標から ライバー」を上下二段書きして成るものと「DEEP SEA」(知財高判平成25年 1 月15 日平成24年(行ケ)第10293号 [Deep Sea Driver]) や、「Gold Loan」と「CitiGold Loan」 (知財高判平成23年 4 月27日平成22年(行ケ)第10326号・第10327号 [Gold Loan]) が 挙げられる。そのほか、知財高判平成24年 2 月21日平成23年(行ケ)第10203号 [VOSS]、知財高判平成24年 1 月30日平成23年(行ケ)第10190号 [メルクス]、知財高 判平成23年 6 月 6 日平成22年(行ケ)第10339号 [潤煌] 等がある。 32 共通する部分があるとしても、要部と認められない場合、全体考察に従い三点要 素がともに類似とはいえないとして、商標の類似性を否定した例として、「御用邸 の月」の標準文字から成る本件商標と「御用邸」の文字を縦書きして成る引用商標 との類似性を否定した知財高判平成25年 5 月30日平成25年(行ケ)第10026号 [御用 邸の月] や、「いなば和幸」と「とんかつ和幸」との類似性を否定した知財高判平成 22年 3 月29日平成21年(行ケ)第10306号[いなば和幸]が挙げられる。また、称呼 が共通する部分があるとしても、商標に図形の要素が加えられて構成したもので一 体になっている場合に、分離考察を否定した上、全体考察に従い三点要素がともに 類似とはいえないとし、商標の類似性を否定した例として、上段の「P」「A」「G」 の文字、「!」の符号、足跡状の図形及び下段の「Point AD Game」のすべてがまと まりのある一体的な図形として描かれていることに照らして、「PAG」の欧文字を 横書きした引用商標との類似性を否定した知財高判平成23年10月24日平成23年(行 ケ)第10093号 [PAG] が挙げられる。さらに、同じ称呼が生じる仮名文字又は英文字 を含む両商標について、それぞれの仮名文字と英文字の部分のみを抽出して対比す ることを認めず、全体考察に従い三点要素がともに類似とはいえないとし、商標の 類似性を否定した例として、「TV プロテクタ」の標準文字から成る本願商標と 「PROTECTOR」の標準文字から成る引用商標の類似性を否定した知財高判平成23 年 9 月20日平成23年(行ケ)第10085号 [TV プロテクタ] や、上段に片仮名の「モノリ スタワー」、下段に欧文字の「Monolith Tower」を横書きした本件商標と欧文字の 「MONOLITH」を横書きした引用商標の類似性を否定した知財高判平成25年 3 月25 日平成24年(行ケ)第10338号 [モノリスタワー] が挙げられる。 33 例えば、「POLO JEANS CO.」と小さい文字の「RALPH LAUREN」を上下二段に 表示する本件商標と、引用商標「POLO」との類否判断について、本件商標から生 ずる観念 (ラルフローレンのデザインに係るポロ・ラルフローレン商品であること) は、引用商標から生ずる観念とは別個の、固有のものであり、取引場面において省 略されて呼ばれている本件商標の称呼が、引用商標と同様の称呼を生じるとしても、 論 説 146 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 生ずる観念が、一般的な言語表現とはいえず、その具体的意味も明らかで ない場合には、たとえ一般消費者が直ちに想起できず、観念上相違である にしても、商標類似を肯定することに妨げはない。例えば、「魔法の腰の くびれ」の観念を生ずる「マジカルウエスト」と「魔法の探索」を生ずる 「マジカルクエスト」(知財高判平成18年 5 月10日平成17年(行ケ)第10840 号[マジカルウエスト])。 第三に、称呼において類似する場合があることのみをもって、直ちに商 標非類似の結論を覆すことはできない34。かえって、称呼の類似の程度が 比較的弱い場合、商標類似を否定することに妨げはない。例えば、「エッ クス・パクト」という 2 音節から成る称呼を生ずる本願商標「X‐Pact」 と「エクスパクト」という一連の称呼を生ずる引用商標「EXPACT」(知 財高判平成18年11月20日平成18年(行ケ)第10233号[X-Pact])、「プロモス」 の称呼を生ずる「ProMOS」と「プラモス」の称呼を生ずる「PLAMOS」 (知財高判平成18年12月25日平成18年(行ケ)第10334号[ProMOS])がある。 また、いずれも「カイヨウ」との称呼を生ずる「海葉」と「海陽」につき、 商標の類似性は否定されるとした知財高判平成22年 4 月27日平成21年(行ケ)第 10152号 [POLO] が挙げられる。そのほかの例として、「POWERWEB」の文字を標 準文字で表して成る本願商標と、「POWERWAVE」の欧文字と「パワーウェーブ」 の片仮名を上下二段に横書きして成る引用商標との類似性を否定した知財高判平 成24年 7 月19日平成23年(行ケ)第10375号 [POWERWEB] や、「海葉」を標準文字で 横書きして成る本願商標と、「海陽」を縦書きで表記した引用商標との類似性を否 定した知財高判平成24年 1 月30日平成23年(行ケ)第10252号 [海葉] 等がある。 34 例えば、「ココ」の仮名文字から成る本件商標と、横に二つ並べる欧文字の「Co」 と鶏風の図形部分及び「ココストア」の仮名文字部分をそれぞれ組み合わせた引用 商標につき、「ココ」の称呼において一致するが、外観及び観念において著しく相 違するとし、また、引用商標の現実の使用状況を考慮して、両商標の類似性を否定 した東京高判平成 9 年 7 月29日平成 8 年(行ケ)第269号 [ココ]。 同旨の例として、本願商標「STERIS」と引用商標「STEALTH」(東京高判平成12 年 2 月29日平成11年(行ケ)第126号 [STERIS])、「海」と「快」(知財高判平成19年 8 月30日平成19年(行ケ)第10090号 [海])。 そのほか、東京高判平成13年12月12日平成13年(行ケ)第144号 [痛快!]、東京高 判平成16年11月29日平成16年(行ケ)第229号 [魚耕]、知財高判平成17年 4 月19日平 成17年(行ケ)第10103号 [BALMAIN] がある。 商標類否の判断基準に関する一考察(許) 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 147 これに「K」と「Y」の子音を組み合わせた「KあいYおう」との称呼は 二文字の漢字のありふれた読み方からくるもので、外観、観念の相違に比 較すると識別力が弱いものであり、称呼の類似は商標非類似の結論を覆す ものではないとした裁判例もある(知財高判平成24年 1 月30日平成23年 (行ケ)第10252号[海葉])。 (二)総合考察の要素に対する具体的な認定 総合考察の基礎とは、称呼、外観、観念という三点要素に対する類否認 定である。以下は、近年の裁判例を主として取り上げて敷衍する。 (1)称呼類否に対する認定 一つの商標から多数の称呼を生じる場合は少なくない。その際に、複数 の称呼を生じえる商標について、確定的な称呼を生じるとはいいがたい場 合は、両商標は称呼において必ずしも類似とはいえない35。他方で、多数 の称呼が生じえるにしても、取引実情において実際に呼ばれている称呼が 確定される場合、その称呼で類否を判断することが許される。例えば、実 際の取引において「潤煌」の部分につき「ウルオウ」と称呼して原告商品 を販売していることを考慮して、「ジュンソ」若しくは「ジュンコウ」の 称呼が生じる引用商標との類似性を否定する方向に参酌した知財高判平 成23年 6 月 6 日平成22年(行ケ)第10339号[潤煌]36や、本願商標「海葉」 35 その例として、「ピーエージー、ポイントエーデーゲーム」「パグ、ポイントエー デーゲーム」「ピーエージー」など複数の称呼を生じうる本願商標と、「ピーエージ」 「パグ」の称呼を生じる余地がある引用商標とは、「ピーエージー」の称呼において 同一としても、確定的な称呼が生じるとはいいがたいことに照らすと、両商標は称 呼において類似するとはいえないとした知財高判平成23年10月24日平成23年(行 ケ)第10093号 [PAG] や、本願商標は、英語の発音に近く「エアリー」や「エアリ」 と読まれる場合と、ローマ字読みで「アエリー」や「アエリ」と読まれる場合のい ずれもありうると解されるのに対し、引用商標は「エアリー」であって、両商標の 称呼は、同じ場合と異なる場合がありうるとした知財高判平成22年 8 月19日平成22 年(行ケ)第10094号 [AERIE] がある。 36 同旨の判決として、引用商標「RUBRA」は、実社会において、事実上、「ルブラ」 とのみ発音されて使用されてきたことを考慮して、一般論として見れば、引用商標 「RUBRA」から「ラブラ」の称呼をも生ずるとしても、このことをもって、「ラブ 論 説 148 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 及び引用商標「海陽」を指定商品に含まれるかまぼこに使用する際に、と もに「かいよう」の読み仮名を付していることを考慮して、両商標からは 基本的に「カイヨウ」の称呼が生じるものと認められた知財高判平成24年 1 月30日平成23年(行ケ)第10252号[海葉]が挙げられる。 需要者に対する称呼についての調査結果が、称呼の認定において参酌さ れることもある。例えば、特徴のある筆記体により描かれた「StElla」か ら成る本件商標の称呼認定について、実施した調査によって、本件商標に 接した者は、「St」部分と「Ella」部分に分けて認識し、かつ、前者を「Saint」 の略であると理解しているとの回答が多いこと等の諸事情を総合すると、 本件商標からは「セントエラ」又は「セイントエラ」との称呼が生じると 認められ、特段の事情のない限り、両者を連続した一体のものと認識する ことはないというべきであるから、「ステラ」との称呼は生じないと解す るのが相当であるとした(知財高判平成26年 2 月27日平成25年(行ケ)第 10251号[STELLA])。 両商標の称呼が近似しても、観念において顕著に相違する場合、称呼上 聞き分けられることを認める場合があり(「MICROLON」と「MAKROLON」 につき東京高判平成 3 年 1 月24日平成 2 年(行ケ)第154号[MICROLON] や、「CIMA」と「SEAMAN」につき東京高判平成11年 6 月30日平成11年(行 ケ)第 2 号[CIMA])、逆に、称呼全体の音声のみを捉えれば似ていないと しても、商標を構成する部分から称呼される音に内在する意味を考慮しつ つ、両商標が称呼においても類似するという結論を導く場合もある。例え ば、本件商標が「ふぐの子」の文字を標準文字で横書きして成るものであ るのに対し、引用商標が「子ふぐ」の文字を横書きして成るものである事 案について、称呼全体の音声から観察すると「フグノコ」と「コフグ」は 似ていないが、「フ」、「グ」、「コ」の 3 音において共通しており、「フグ」 は「河豚」を、「コ」は「子」を意味する語であり、「ノ」は「河豚」と「子」 との関係を示す助詞であることから、実質的には上記各称呼は、「河豚」 ラ」の称呼を生ずる本願商標「LABRA/ラブラ」を、引用商標との間において、そ の登録を拒絶しなければならないほどの強さの称呼の共通性を有するものと認め ることはできないとした東京高判平成11年12月 7 日平成11年(行ケ)第161号 [LA- BRA] がある。 商標類否の判断基準に関する一考察(許) 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 149 を意味する語と「子」を意味する語の語順を入れ替えたにすぎないもので あり、両商標の称呼において相当によく似ているとした(東京高判平成15 年 7 月 3 日平成14年(行ケ)第377号[ふぐの子])。 (2)外観類否に対する認定 両商標の相違部分は出所識別機能を有する部分であるとは認められな い場合には、外観上の相違は商標類似を否定する方向に働かない。例えば、 外観上の相違部分は、オレンジ色の横長長方形の中央部分に白色の真円を 配するというような格別特徴のない図形であるとか、又は「おいしさ365 日」との文字列のような商品・役務の内容を説明する部分であるとか、需 要者に対し、付加的な印象を与えるものにすぎず、出所識別機能を有する 部分であるとは認められないので、特徴的な外観上の相違があるとはいえ ないとした知財高判平成27年 2 月26日平成26年(行ケ)第10217号[Verger] が挙げられる37。さらに、両商標の全体の外観構成において相違するよう に見えるとしても、要部が共通する場合、外観上の非類似というよりも、 外観の近似性を認めるほうが多い。例えば、「VIA」文字の標準文字から 成る本願商標と「VIA」の文字、「SOLUTIONS」の文字及び引用図形を組 み合わせた引用商標の類否判断について、全体の外観構成において相違す るものの、引用商標を構成する構成部分のうち、外観上、「VIA」の文字 部分が単独で最も強く看者の注意を引くものと認められるので、要部であ る「VIA」の文字部分は、本願商標の外観において共通するものであると して、商標類似を肯定する方向へ斟酌した知財高判平成26年10月27日平成 26年(行ケ)第10122号[VIA]や、インディアン図形の有無という点では 異なるものの、特徴のある同一の書体で表された「Indian」の文字部分を 共通にするものであるから、外観上近似性を有すると認めた知財高判平成 25年 1 月17日平成24年(行ケ)第10223号[Indian]がある38。そのうち、要 37 そのほか、背景とする黄色の楕円形の図形部分という相違部分からは出所識別機 能は生じないから、外観上の相違によって商標類似を否定することはできないとし た知財高判平成21年 9 月15日平成21年(行ケ)第10102号 [l-Lux 事件] や、知財高判平 成22年11月30日平成22年(行ケ)第10226号 [ハーブヨーグルトン図形] がある。 38 同旨の例として、「飲食物の提供」を指定役務とし、「モンテローザカフェ」の標 準文字から成る本件商標と「モンテローザ」の文字を横書きして成る引用商標との 論 説 150 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 部が構成上離れているとしても、その構成において共通する要素がある場 合には、商標類似を肯定する方向へ斟酌することが許される場合もある。 例えば、本願商標が「PEACE」「ICED」「COFFEE」を三段にする図案化し て表されたものであるのに対し、引用商標が「ピースコーヒー」「PEACE COFFEE」を上下二段にするものである事案について、全体の外観構成は 相違しているが、本願商標の要部である上段「PEACE」及び下段「COFFEE」 の部分が、引用商標の下段「PEACE COFFEE」と比べると、文字のつづりが 共通していることに照らせば、商標類似を肯定する方向へ斟酌することが 許されるとした(知財高判平成26年10月29日平成26年(行ケ)第10094号 [PEACE ICED COFFEE])。 商標の外観を認定する際に、商標の構成を考慮することがよくある。ま ず、商標を構成する文字数が少ない場合、差異部分を軽視することはでき ない。例えば、本件商標の片仮名文字部分「メルクス」と引用商標の「メ ルク」は、4 文字ないし 3 文字の比較的少ない文字数から成るものであり、 「ス」文字の有無が外観全体に与える影響は大きいとして、外観の非類似 を参酌した(知財高判平成24年 1 月30日平成23年(行ケ)第10190号[メル クス])。また、一連の文字列によって構成される商標について、商標に接 した人の認識により容易に外観上の差異部分を区別できる場合、文字列の 共通性を強調すべきではない。例えば、「POWERWEB」と「POWERWAVE」 との類否について、人がこれらの商標に接した場合、単なる文字列として ではなく、容易にその意味を想起しうる「POWER」と「WEB」の組合せ から成るもの、又は「POWER」と「WAVE」の組合せから成るものとして 認識すると認められる以上、「POWERW」という文字列の共通性を強調す るのは相当ではなく、むしろ「WAVE」と「WEB」の外観上の相違を軽視 類否判断について、「モンテローザ」の部分が共通するから、両商標の外観におい て近似した印象を与えるものであると認めた知財高判平成23年 9 月27日平成23年 (行ケ)第10081号 [モンテローザカフェ] や、「化粧品」を指定商品とし、「ラブコス メティック」の文字から成る本願商標と「ラブ」の文字から成る引用商標とを類似 とした知財高判平成21年 7 月16日平成21年(行ケ)第10021号 [ラブコスメティック] や、「ソフトウェア」を指定商品とする「CST」と「CST 方式」が類似するとした知 財高判平成26年 1 月27日平成25年(行ケ)第10113号 [CST 方式] がある。 商標類否の判断基準に関する一考察(許) 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 151 することはできないと判断した(知財高判平成24年 7 月19日平成23年(行 ケ)第10375号[POWERWEB])。さらに、漢字 2 文字の語順を入れ替えた 両商標につき、離隔観察において外観類似と認定することがある。例えば、 「肌優」と「優肌」の外観類否について、商標を構成する文字そのものの 持つ意味が重要な判断要素となること、「優」と「肌」の文字が共通する こと、「優」「肌」の漢字はいずれも指定商品と関連性の強い文字が選択さ れていること、各商標とも横書きであるため、需要者は語順を正確に記憶 して理解することが必ずしも容易でない場合があること等の諸点を総合 考慮すると、離隔的に観察するときは、両商標の外観は紛らわしく、外観 において類似するとした(知財高判平成21年10月28日平成21年(行ケ)第 10071号[肌優])。 (3)観念類否に対する認定 商標から生じる意味が取引者、需要者が理解しえないものである場合に は、その意味は当該商標から生じる観念とは認めない。例えば、外国語が 商標の一部を構成する場合に、当該外国語が日本において一般的に知られ た語であるとは認められない限り、特段の観念は生じないと認定した例と して、「Verger」とのフランス語を構成に含む本件商標と引用商標からは特 段の観念は生じないとした知財高判平成27年 2 月26日平成26年(行ケ)第 10217号[Verger]や、フランス語である「RAFFINE」又はイタリア語で ある「LA・FINE」ないし「LA FINE」は、我が国において一般的に知られ た語であるとはいえないため、特段の観念は生じないとした知財高判平成 25年12月18日平成25年(行ケ)第10165号[RAffINE]がある。そのほか、商 標を構成する文字は難語であり、その意味がよく知られていると認められ ない場合、特段の観念は生じないと認定した例として、「aerie」という単 語には「(崖や山頂にあるワシ、タカなど猛鳥の)巣、(一般に大形の鳥の) 高所にある巣」との意味があり、同用語が、我が国において取引上よく用 いられており、親しまれていることも、又はその意味がよく知られている ことも認められないので、「AERIE」の欧文字よりなる本願商標からは特 段の観念は生じないとした知財高判平成22年 8 月19日平成22年(行ケ)第 10094号[AERIE]が挙げられる。 商標から生じる観念は、単に商標の符号自身の意味から生じる本来的な 観念だけではなく、実際の取引において生じる観念を含む。例えば、取引 論 説 152 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) の場で需要者にいかに認識されるかを考慮して、具体的な観念を認めた裁 判例として、「TON’S」「トン」という表示を、原告の商号、販売商品、広 告宣伝などにはよく使われているという実情、また、原告は、木の実の製 造、販売を主として実施しているという実情を考慮して、引用商標 「TON’S・美実」からは、「TON」「トン」(すなわち原告である「東洋ナッ ツ食品株式会社」)の製造、販売に係る美味しい木の実、又は木の実の含 まれた「菓子及びパン」を連想すると解して、少なくとも「美味しさを増 した」という程度の観念を生じるにすぎない本件商標「美実 PLUS」との 観念上の類似性を否定した(知財高判平成26年 2 月27日平成25年(行ケ)第 10175号[TON’S・美実])39。また、指定商品の機能との関連性を考慮した 上で、生じる観念を認定する裁判例として、本件商標の指定商品である絆 創膏等においては、かぶれないあるいは剥がすときに痛くない製品につい ての需要があること、原告は引用商標を使用した商品について肌に優しい 絆創膏として宣伝広告を続けてきたこと等の取引実情を認定し、引用商標 「優肌」、本件商標「肌優」のいずれも「肌に優しい」、「優しい肌」、「優美 な肌」等の観念を生じさせるとして、観念において類似であるとした知財 高判平成21年10月28日平成21年(行ケ)第10071号[肌優]が挙げられる。 中には、共通部分に着目して商標の生じる観念を考察することはせずに、 むしろ、指定商品の分野の慣習に照らし、自然に生じる観念に基づき、観 念の類否を判断すべきであるとする裁判例もある。例えば、知財高判平成 27年 2 月12日平成26年(行ケ)第10180号[醗酵玄米菜食ギャバ]は、「醗酵 玄米菜食ギャバ」の文字を標準文字で一連に横書きされて成る本件商標に 39 同様の例として、本件商標「PE’Z」の観念を確定する際に、被告に属する音楽バ ンドのグループの「PE’Z」は、平成11年から「ペズ」と称して活動し、継続して作 品を発表し、全国公演、テレビコマーシャル等への楽曲の提供及び宣伝活動をして いたなどの実情を考慮して、本件商標からは「ジャズバンドのペズ」の観念が生じ ると認定した知財高判平成21年 7 月21日平成21年(行ケ)第10048号 [PE’Z] や、上段 の「SAPPORO」と下段の「Factory」から成る引用商標から生じる観念について、 文字どおりに「札幌」「工場」という意味が商標から生じる観念であると認定せず、 むしろ、「さっぽろふぁくとりー」の称呼と札幌市中央区に所在する大型複合施設 である「サッポロファクトリー」の観念を生ずるとした知財高判平成21年 5 月28日 平成20年(行ケ)第10439号 [Factory 900] がある。 商標類否の判断基準に関する一考察(許) 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 153 ついて、指定商品である健康食品の分野で、玄米の表皮と胚芽を主原料に する原材料を麹菌などで醗酵させることが一般的に行われているので、 「醗酵」と「玄米」との結び付きは強いものと認定し、本件商標から「穀 物である醗酵玄米を食べること、これにより摂取した栄養素であるギャ バ」との観念を生じるものと認められ、「玄米を主食、野菜等を副食とす る食事法、健康法」との観念を生じる引用商標である「玄米菜食」とは、 観念上非類似であると判示した。 商標の符号自身の意味から生じる本来的な観念が一般的に知られてい るとは認められない場合に、取引実情において生じる観念が商標の観念で あると認定する場合がある。例えば、引用商標の上段部分の「MAGI」は、 英語で「マギ、東方の博士」を意味するものの、当該単語が我が国におい て一般的に知られているとは認められないため、下段部分の「マギー」か らは、認定の事実からすると、「マギー」という女性の名又は愛称との観 念が生じるので、全体としてみると、「マギー」という女性の名又は愛称 との観念が生じるものと認めた知財高判平成26年 8 月 7 日平成25年(行 ケ)第10298号[マギー]が挙げられる。それに対し、商標自体から生じる 観念は実在するものを指す場合、当該商標が周知著名ではない限り、その 観念を凌駕して、当該商標が使用者の商品と識別するものとしての観念を 生じがたい。例えば、「御用邸」の文字から成る商標について、「御用邸」 とは「皇室の別邸」であることは日本人にとって誰もが知ることであり、 原告及び被告が店舗を構える那須を訪れ原告の商品に接したとしても、そ こに表示された「御用邸」とは、まずもって栃木県那須郡那須町所在の「那 須の御用邸」を意味するのであって、その観念を凌駕して、「御用邸」の 文字のみから原告の商品と識別するほどに、原告使用の商標が独立して周 知あるいは著名となっているとは認められないとした(知財高判平成25年 5 月30日平成25年(行ケ)第10026号[御用邸の月])。 第 2 項 取引の実情に対する考察 柔軟期に入ってから、商標類否の判断については、三点要素のみならず 取引実情の考慮を含める総合考察が一般的に受け入れられることになり、 取引実情の考慮が商標類否の結論にかなり影響を与えるようになってき た。 論 説 154 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) (一)補助的な要素としての取引実情の考慮-三点要素の枠内で取引実 情が考慮される裁判例- (1)このような考慮の仕方は定型的規制の時期から行われてきたのであ って、柔軟期に入って以降も、商標の三点要素を確定する際に、取引の実 情を考慮する傾向は続いている。上記の三点要素に対する具体的な認定の 傾向において示したように、商標の具体的な使用状態を考慮して称呼を認 定する知財高判平成24年 1 月30日平成23年(行ケ)第10252号[海葉]や、 多数の称呼が生じえるにしても、実社会において事実上発音され、使用さ れて来た称呼をもって称呼類否の判断を行う東京高判平成11年12月 7 日 平成11年(行ケ)第161号[LABRA]及び知財高判平成23年 6 月 6 日平成22 年(行ケ)第10339号[潤煌]や、取引の実情において需要者にいかに認識 されるかを考慮して、具体的な観念を認定する知財高判平成21年 7 月21日 平成21年(行ケ)第10048号[PE’Z]及び知財高判平成21年 5 月28日平成20 年(行ケ)第10439号[Factory 900]や、指定商品の機能との関連性を考慮し た上で、観念を認定する知財高判平成21年10月28日平成21年(行ケ)第 10071号[肌優]や、指定商品の分野の慣習を考慮して自然に生じる観念 と認定する知財高判平成27年 2 月12日平成26年(行ケ)第10180号[醗酵玄 米菜食ギャバ]や、「VO」の発音を認定する際に著名な「フォルクスワー ゲン」や「フォルクス」の発音を参考にした知財高判平成24年 2 月21日平 成23年(行ケ)第10203号[VOSS]が挙げられる。 また、商標の外観、称呼、観念の三点要素を認定するため、商標の周知 著名性を斟酌することが許される。例えば、東京高判平成 7 年 4 月20日平 成 6 年(行ケ)第109号[マルエム]は、細線の円輪郭の内に、欧文字の「M」 字状の図形を配して成る引用商標からの称呼を認定する際に、原告(引用 商標の商標権者)の名称が「モトローラインコーポレーテッド」で、頭文 字が「エム」と捉えられるものであること、原告は、昭和37年に引用商標 の使用を開始して以来、携帯電話等に引用商標を付して、日本国内におい て販売し、広告をしてきたものであって、引用商標は周知、著名であるこ とを考慮して、引用商標は、本件商標の登録査定時において、日本国内に おいて、多くの取引者、需要者の間で「マルエム」と称呼されるに至って いたことが認められるとして、「マルエム」の称呼を生ずる本件商標との 称呼上の類似性を肯定した。 商標類否の判断基準に関する一考察(許) 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 155 図形商標から生ずる称呼、観念を認定する際に、引用商標の周知著名性 を考慮した知財高判平成20年12月17日平成20年(行ケ)第10139号[キュー ピー]は、「キューピー」のキャラクターの周知性を斟酌して、「キューピ ー」のキャラクターの特徴と符合する本件図形商標から、「キューピー」 の称呼を生ずると認定するとともに、頭の先の髪と思しき部分が尖り、目 がパッチリと大きい裸体の幼児又はその人形である「キューピー」の観念 を生ずると認定した。 また、本件商標から生ずる観念を認定する際に、本件商標の周知著名部 分を考慮した知財高判平成23年 6 月28日平成23年(行ケ)第10004号[アイ テック阪急阪神]は、「阪急阪神」は著名な企業グループを表す語である ことを斟酌して、本件商標からは「阪急阪神グループに属するアイテック という会社」という観念が生じることになると認定し、それに対し、引用 商標からは「アイテックという会社」という観念のみが生じ、観念が異な ると認めた。 その他の例として、東京高判平成 3 年10月24日平成 3 年(行ケ)第19号 [ Columbia Pictures Industries, Inc.](「Columbia Pictures」の語句も著名であ り、この商標の付された商品の取引に当たり、省略して称呼する場合であ っても、「コロンビア ピクチャーズ」と一体に称呼され、「コロンビア」 とのみ称呼されるものではないので、原告の先願商標である「Columbia」 を含む図形商標との類似性を否定した(同上告審も維持))や、東京高判 平成 4 年 7 月28日平成 3 年(行ケ)第192号[別冊フレンド](周知である本 願商標「別冊フレンド」は、現実に取引者、需要者の間の取引の場で「別 冊フレンド」という一連不可分の称呼により原告の商品であることを示す ものとして使用されていることを考慮して、「別冊」の構成部分を省略し て単に「フレンド」と称呼されることはないとして、称呼において引用商 標との類似性を否定した)、また、東京高判平成 6 年 3 月31日平成 4 年(行 ケ)第136号[CONVERSE]、東京高判平成 6 年10月25日平成 6 年(行ケ)第 8 号[Pan-ther]、東京高判平成13年12月18日平成13年(行ケ)第121号 [STEAK HOUSE hama]、知財高判平成19年 8 月 8 日平成19年(行ケ)第 10061号[CUBS]がある。 (2)商標の識別力を有する部分を確定するために、取引の実情を考慮す る判決も続いている。 論 説 156 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 例えば、商標の周知著名性を考慮したものとして、引用商標の一部が著 名であって、その著名部分は識別力の有する部分として商標類否の対比に おいて考慮すべきであり、それ以外の部分のみの共通性は商標類似を肯定 する理由にはならないと判示した有名な最判平成 5 年 9 月10日平成 3 年 (行ツ)第103号[SEIKO EYE]がある。この事件においては、「eYe」の下 部に「miyuki」との文字を配した構成である本願商標と、「SEIKO EYE」 という構成である引用商標との類否判断につき、原審は、「eye」の部分を 要部として捉えて、両商標とも「眼」という観念、「アイ」という称呼が 生ずることを理由に、外観は異なるものの、両商標の類似性を肯定した。 これに対して、最高裁は、引用商標の構成中の「SEIKO」の部分は、著名 な時計等の製造販売業者である株式会社服部セイコーの取扱商品ないし 商号の略称を表示するものであることを認定し、「セイコー」の著名性を 考慮して、「SEIKO」の文字と「EYE」の文字の結合から成る引用商標が 指定商品である眼鏡に使用された場合には、「SEIKO」の部分が取引者、 需要者に対して商品の出所の識別標識として強く支配的な印象を与える から、それとの対比において、眼鏡と密接に関連しかつ一般的、普遍的な 文字である「EYE」の部分のみからは、具体的取引の実情においてこれが 出所の識別標識として使用されている等の特段の事情が認められない限 り、出所の識別標識としての称呼、観念は生じず、「SEIKOEYE」全体と して若しくは「SEIKO」の部分としてのみ称呼、観念が生じるというべき であるとして、両商標は類似しないと判断した40。近時の同旨の裁判例と して、「宝焼酎」の部分が焼酎を取り扱う業界において周知であることを 考慮して、本願商標「枠」と引用商標「宝焼酎 粋」との類似性を否定し た知財高判平成26年 6 月18日平成26年(行ケ)第10029号[宝焼酎 粋]が ある。 また、引用商標「MIZUHO」は保険業務について取引者、需要者間に広 く認識されていることを考慮して、保険業務を指定業務に含む本件商標 40 そのほか、商標類似を否定したものとして、引用商標の著名部分が一体的に称呼 され、その一部のみの共通性は商標類似を肯定する理由にはならないと判示した東 京高判平成 3 年10月24日平成 3 年(行ケ)第19号 [Columbia Pictures Industries, Inc.]、 最判平成 4 年 7 月17日平成 4 年(行ツ)第71号 [同上告審] がある。 商標類否の判断基準に関する一考察(許) 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 157 「MIZUHO.NET」の構成中の「MIZUHO」の文字部分が強い印象を与える として、両商標の類似性を肯定した知財高判平成21年 1 月28日平成20年 (行ケ)第10258号[MIZUHO.NET]がある。そのほか、知財高判平成27年 8 月 6 日平成26年(行ケ)第10268号[オルガノサイエンス]41も同旨。 ただし、当然に抽出が許されるわけではなく、商標が一体的に表現され ていることを考慮して共通部分を抽出することを否定する場合もある(引 用商標「ビゲン」の著名性を考慮するとしても、同書同大でかつ等間隔に 一連で表示、成立している本件商標「ノービゲン」をことさらスペース等 を入れて分離させる根拠はないとした東京高判平成 7 年11月22日平成 6 年(行ケ)第157号[ノービゲン]や、引用商標の著名部分が一体的に称呼 され、その一部のみの共通性は商標類似を肯定するにはならないと判示し た東京高判平成 3 年10月24日平成 3 年(行ケ)第19号[Columbia Pictures Industries,Inc.]、最判平成 4 年 7 月17日平成 4 年(行ツ)第71号[同上告審])。 業界の慣習的認識を考慮したものとして、指定商品「清酒」は地域性の 強い商品であり、清酒の取引者、需要者は、地名部分を必ずしも産地等と 理解せずに、商標全体として自他商品の識別標識として認識する場合が多 いということを考慮して、本件商標「宰府寒梅」と引用商標「寒梅」との 類似性を否定した東京高判平成11年 5 月27日平成10年(行ケ)第318号[宰 府寒梅]や、葬祭業では商標に含まれている式場の所在地名等は役務の提 供場所と認識することが一般であることを考慮して、式場の所在地名の部 分は出所識別標識として認識されないとして、それ以外の部分における類 似性をもって、商標類似を肯定した知財高判平成26年 3 月 5 日平成25年 (行ケ)第10261号[中央式典・町田駅前会堂・けやき]がある42。また、両 41 本判決に対する評釈として、生田哲郎=中所昌司「判批」発明112巻11号 (2015 年) 51頁を参照。 42 その他の例は、菓子や食品の分野では、「小倉」の語は、「小倉餡」、「小倉汁粉」 の略称としても確立した言葉となっており、「小倉羹」の略称として用いられるこ ともあることを考慮して、引用商標を構成する「八雲小倉」が、その指定商品であ る「小倉羹」に使用された場合には、取引者、需要者は、その構成中の「小倉」の 文字部分は「小倉羹」を表すものと認識し、自他商品を識別する機能を有するその 構成中の「八雲」の文字部分で取引に当たることが多いと認められるとして、本願 論 説 158 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 商標の指定商品及び指定役務が共通するコンピュータ分野において、「フ ァンタジー」の語はゲームのジャンルを指すものとして使用されている実 情を認めた上で、引用商標の「fantasy LIFE」の部分はゲームのジャンルを 示すものと認識されることが多いと認定し、「fantasy LIFE」の部分が共通 しても、当該部分を抽出して類似性を判断することは許されないとして、 両商標の類似性を否定した知財高判平成24年 7 月12日平成23年(行ケ)第 10372号[ファンタジーライフ]や、「ベビー」の片仮名は、菓子やパンを 含む様々な商品分野において、商品が通常の大きさよりも小さなものであ ることを表すものとして、日常的に使用されているものであるから、本件 商標の構成中の「Baby」の欧文字からは出所識別標識としての称呼、観念 を生じることはないとして、「Mon chouchou」の部分が共通することをも って商標の類似性を肯定した知財高判平成25年 3 月21日平成24年(行ケ) 第10290号[Baby Mon chouchou]がある43。 両商標の類似部分を含む既登録商標が多数存在することを考慮したも のとして、被服の取引分野においては、「BEAR」、「Bear」、「bear」、「ベア ー(熊の図)」などの文字を含む商標が多数存在する事情を考慮して、単 なる「ベアー」という称呼や「熊」の観念のみによっては自他商品の識別 はできないということを認定し、「BEAR」に語句と図形を付加して構成さ れる本件商標と引用商標「BeaR」の類似性を否定した東京高判平成14年12 月19日平成13年(行ケ)第396号[BEAR]44がある。 そのほか、知財高判平成21年 5 月27日平成20年(行ケ)第10442号[Quick 商標「八雲」と「八雲小倉」との類似性を肯定した東京高判平成12年 9 月26日平成 12年(行ケ)第50号 [八雲] がある。 43 そのほか、引用商標中の「ラブ」は、指定商品中の「化粧品」と密接な関連性を 有することを考慮すれば、「ラブ」の部分が当然に強い排他力を持つ構成部分であ るとは認められないとして、類似性を否定した知財高判平成21年 4 月27日平成20年 (行ケ)第10380号 [ラブコスメ] がある。 44 また、文房具の分野において「グリップ」又は「GRIP」の文字を商標の構成中 に含む商標が多数出願・登録されている事情を考慮して、「GRIP」(グリップ)は、 単独では自他識別力を有しないか、又は自他識別力はあっても微弱なものと認めて、 本件商標「SUPER GRIP」と引用商標「グリップ」の類似性を否定した東京高判平 成15年 1 月21日平成14年(行ケ)第266号 [SUPER GRIP] がある。 商標類否の判断基準に関する一考察(許) 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 159 Change](引用商標の商標権者の過去の商標登録例を参考にして、引用商 標の「BL 図形」の部分は社名の一部であるという実情を斟酌して、当該 部分は識別力がある部分ではないとした)や、知財高判平成24年12月13日 平成23年(行ケ)第10344号[いなば和幸](飲食店を想起させる「和幸」と いう表示は、本件の当事者に限らず全国の飲食店で多数使用されているこ とを考慮して、「和幸」の部分が識別標識として強く支配的な印象を与え るものとは認められないとして、「和幸」の部分のみが共通する両商標の 類似性を否定した)や、知財高判平成24年11月29日平成23年(行ケ)第10447 号[BDO](本件商標の商標権者が「BDO」部分を共通のロゴとして商標 に統一的に用いていることを斟酌して、当該部分が需要者の注意を喚起さ せる特徴部分であると認定する際の考慮要素の一つと認めた)がある。 (3)重点を置くべき要素を決する際に取引分野における実情が考慮され た例が多数ある。例えば、東京高判平成13年 9 月13日平成13年(行ケ)第47 号[リスコート](眼科用薬剤に使用する場合、流通経路において耳から の情報のみによって取引することは少なくないことを認めた上で、称呼に おいての類似性を重視して商標類似を肯定した)や、知財高判平成19年 8 月30日平成19年(行ケ)第10090号[海](薬剤等を指定商品とする本件商標 「海」と引用商標「快」の類否判断につき、実際の薬の処方の場面におい て、商標の外観なり観念なりを意識した処方がなされることを考慮して、 称呼の共通性より、外観及び観念上の非類似を重視して、商標の類似性を 否定する方向に斟酌した)や、知財高判平成21年 3 月17日平成20年(行ケ) 第10411号[皇寿ドリンク](両商標の指定商品は比較的低廉な日常消費物 資であって、その取引者、需要者に含まれている一般消費者が商品を識別 する際に、商品の名称が極めて重要な要素となることを考慮して、称呼の 類似性をもって商標の類似性を肯定した)や、知財高判平成21年 9 月15日 平成21年(行ケ)第10102号[l-Lux 事件](指定商品として共通する「眼鏡」 の取引においては称呼が重視されるという取引実情を考慮して、商標の類 似性を肯定する方向に斟酌した)や、知財高判平成22年 8 月19日平成22年 (行ケ)第10094号[AERIE](第 3 類の化粧品はインターネット上の取引が 多いことを考慮して、外観非類似が称呼類似を凌駕すると判断した)や、 知財高判平成22年 8 月19日平成22年(行ケ)第10150号[京や](「飲食物の 提供」の分野において、音声を用いた宣伝・広告に対する人の耳からの記 論 説 160 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 憶が出所の識別に重要な役割を果たしており、称呼が極めて重要である実 情を認め、商標類似を肯定した)や、知財高判平成24年 1 月30日平成23年 (行ケ)第10252号[海葉](商品が電話注文を受け付けている事実が認めら れたものの、その多くは事前に配布されたカタログやチラシの存在、又は ウェブサイト上の商品情報の閲覧を前提とするという事情を考慮して、称 呼のみで取引が特定されている実情を認めず、商標の類似性を否定した) や、知財高判平成25年12月18日平成25年(行ケ)第10165号・第10166号・第 10167号[RAFFINE](化粧品等に関する分野において、商標を耳よりも目 で捉える機会が多いという実情を認め、「RAFFINE」と「ラ・フィネ/LA・ FINE」の外観の相違を重視して類似性を否定した)などがある。 (二)独立の要素としての取引実情の考慮-三点要素の枠外で出所混同 の有無を判断する一要素として取引実情が考慮される裁判例- (1)商標の使用態様・使用範囲の考慮 まず、商標の現時点の使用態様を斟酌しうるか否かについて、斟酌を否 定すべきとする立場に立つ判決として、東京高判平成14年 1 月29日平成13 年(行ケ)第254号[Naturea](本件商標を付した商品が「ナチュレアピュア シリーズ」の名称で販売されていることにより、本件商標が「ナチュレア」 の称呼を生じるとしても、その称呼は商標の類似性を判断する際の根拠に ならないとして、「ナチュリー」又は「ナチュリア」の称呼を生じる本件 商標と、「ナチュリエ」の称呼を生じる引用商標との類似性を肯定した) がある。それに対し、斟酌を肯定しても構わないとする立場に立つ判決も ある。例えば、新聞広告でなされている商標の現実の使用状況に照らして 商標の類似性を否定した東京高判平成 8 年 4 月17日平成 7 年(行ケ)第52 号[SPA]や、引用商標が一定程度のコンビニエンスストアのシンボルマ ークとして用いられているという現在の使用態様に照らして、コンビニエ ンスストアに関連する領域以外の商品と混同しないとした東京高判平成 9 年 7 月29日平成 8 年(行ケ)第269号[ココ]や、本願商標とほぼ同一の書 体と色彩により「スーパーみらべる」の店舗名の表示を掲げるなどの、引 用商標と類似する使用態様が行われていないことを、商標非類似の方向に 斟酌した知財高判平成23年12月26日平成23年(行ケ)第10135号[スーパー みらべる]が挙げられる。 商標類否の判断基準に関する一考察(許) 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 161 次に、商標が現実に使用されているか否かは、一般的に、取引実情の斟 酌要素とは認められない。例えば、知財高判平成18年 2 月16日平成17年(行 ケ)第10618号[SANYO SHINPAN GROUP](引用商標が現実に使用されて いないとしても、将来的に使用される可能性を否定できないとして、商標 が使用されていないという事情の斟酌を認めなかった)が挙げられる。た だし、特殊な事情から、商標が使用されていないという事実は恒常的なも のになると認められる場合には、斟酌が許される。まず、両商標の共通の 指定商品について、不使用取消審判で引用商標が当該指定商品についての 登録を取り消されたことを考慮して、これを商標類似を否定する方向に働 くものと斟酌することが許される。例えば、不使用取消審決の事実から、 少なくとも審判請求の予告登録の 3 年前から、当該指定商品に関しては、 引用商標を使用していなかったことが推認され、出所に誤認混同を生じさ せるような事情は認められないとした知財高判平成23年10月24日平成23 年(行ケ)第10093号[PAG]がある45。また、引用商標の商標権者に対して 破産手続終結決定が確定したので、引用商標がその正当な権利者によって 使用される可能性は極めて低いことを考慮して、この事情を商標の類似性 を否定する方向に働くものとして斟酌することが許されるとした裁判例 もある(知財高判平成22年 7 月21日平成21年(行ケ)第10396号[ロキ])46。 (2)商標の知名度の考慮 まず、混同を生じさせるか否かの判断要素として、類似性を肯定する方 45 同旨の例として、知財高判平成19年10月25日平成19年(行ケ)第10205号 [大阪プチ バナナ] (引用商標「大阪バナ奈」が使用されていないだけでなく、不使用取消審判 により取消審決が確定し、何らの信用も形成されていないという取引実情の考慮が 許された) や、知財高判平成22年12月14日平成22年(行ケ)第10171号 [BOOK- ING.COM] (本件商標が一定の信用を形成していること、及び引用商標に係る商標登 録に対しては争っている指定役務につき不使用取消審決が確定していることを、商 標非類似の方向への考慮要素として認めた) がある。 46 東京高判平成14年 3 月19日平成13年(行ケ)第363号 [鳳凰] (商標が実際に使用さ れていないことに加え、商標権者が破産宣告を受け解散登記もなされ、第三者が許 諾を受けて使用しているという事実もないことについて、この事情を一般的な取引 実情として考慮することが許された)も同旨である。 論 説 162 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 向に商標の著名・周知性を考慮する判決がよくあり、一般的には引用商標 の著名・周知性を斟酌している。例えば、東京高判平成 5 年 3 月 3 日平成 4 年(行ケ)第82号[LIZZA](引用商標が使用された結果、「リッツ」は、 特定の商品主体により製造販売されているクラッカーを示すものとして の著名性を獲得していることが認められるから、「リッツ」の 3 文字が共 通する本願商標を使用して、同一の指定商品である「菓子 パン」が販売 されると、時と所を異にして観察した場合、取引者、需要者が著名な商標 である「リッツ」を連想し、商品の出所を混同することは明らかであると して、この事情を両商標の類似性を肯定する方向に斟酌した)や、東京高 判平成12年10月 5 日平成12年(行ケ)第139号[象の図形](引用商標の象の 図形が特定の出所に係るものとして周知であることを認定し、両商標の相 違点に接した需要者に明らかにその特定の出所とは無関係のものである との観念を生じさせない限り、混同のおそれを否定することはできないと 判示した)や、東京高判平成14年11月13日平成14年(行ケ)第152号[セレ モアみずき](引用商標を構成する「セレモアつくば」の表示は、指定役 務中の「飲食物の提供、葬儀の執行、衣服の貸与」において周知であると いう取引の実情を参酌して、取引者、需要者において役務の出所を誤認混 同するおそれがあるとして、両商標の類似性を肯定した)がある。そのほ か、引用商標の著名性を類似性を否定する要素として斟酌する判決も存在 する。例えば、東京高判平成16年 2 月25日平成15年(行ケ)第371号[ポロ 競技]がある。 次に、裁判所が本件商標の周知著名性を類似性を否定する要素として斟 酌することは少なくない。例えば、東京高判平成 3 年10月15日平成 3 年(行 ケ)第77号[ランバン]は、「LANVIN」なる登録商標の連合商標として出 願された出願商標「ランバン」と、「ラーバン」と「RURBAN」の文字を 併記して成る引用商標との類否判断につき、「LANVIN」又は「ランバン」 の標章は、指定商品の属する被服等の取引分野において、フランスの著名 服飾会社である原告の商品を表すいわゆる高級衣料品のブランドとして 広く知られており、「ランバン」に接する者は、直ちに原告の商品である ことを想起するものと認められるとした上で、本件商標は引用商標と識別 可能というべきであるとして、称呼において類似するとした審決を取り消 した。また、東京高判平成10年 9 月22日平成 9 年(行ケ)第179号[メニコ 商標類否の判断基準に関する一考察(許) 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 163 ン]は、本件商標「メニコン」と引用商標「ENIKON」の類否が争われた 事件であり、裁判所は、本件商標「メニコン」は、被告の商品を表示する ものとして、コンタクトレンズ又は医療機械関連の需要者等の間において 周知となっていた一方、引用商標「ENIKON」は、審決当時において、原 告の商品表示として使用されていた形跡を窺うことができないため、本件 商標と引用商標は彼此相紛れる可能性は小さいということを考慮して、商 標類似を否定する方向の補強事情として斟酌した47。 (3)商品・役務に係る実情の考慮 まず、混同を起こさせる程度に影響を与える要素として、取引される商 品の性質を斟酌することが許される。例えば、知財高判平成24年 2 月15日 平成23年(行ケ)第10311号[BLCK](共通の指定商品であるマッチは、個 別の単価が安価な使い捨ての汎用品であって、需要者が商品の選択に当た って重要な意味を持つものとして認識していないという取引実情を、商標 の類似を肯定する方向へ斟酌することが許された)や、知財高判平成25年 3 月28日平成24年(行ケ)第10403号[ボロニアジャパン](本件商標の指定 商品が日常的に消費される性質の商品であることからすると、これを購入 するに際して払われる注意力はさほど高いものでないとして、この事情を 商標類似を肯定する方向に斟酌した)がある。 次に、混同を起こさせる程度に影響を与える要素として、商品・役務の 需要者層を斟酌することが許される。例えば、需要者層の趣向や動機の相 違を考慮して、商標「CHOOP」の使用された商品に関心を示す、「ティー ン世代の少女層向けの可愛いカジュアルファッション」を好む需要者層と、 引用商標の使用された商品に関心を示す、いわゆる「セクシーなB系ファ ッション」を好む需要者層とは、被服の趣向(好み、テイスト)や動機(着 用目的、着用場所等)において相違することを考慮して、両商標が称呼に おいて類似するものであったにもかかわらず、上記の事情を非類似性の方 向に斟酌した知財高判平成23年 6 月29日平成23年(行ケ)第10040号[シュ ープ]が挙げられる。需要者層の特殊性を考慮して、商品を選択、購入す る際に払う注意力が高いことを前提として、需要者が商標の区別を把握で 47 そのほか、東京高判平成 4 年 3 月10日平成 3 年(行ケ)第198号 [Dodgers] や、東京 高判平成 2 年 9 月10日平成 2 年(行ケ)第72号・第73号・第74号 [KODAK] がある。 論 説 164 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) きることを商品の出所混同を生じない方向に斟酌する裁判例は少なくな い。例えば、需要者は、情報通信分野を中心とする電子機器・部品の業者 等の当該役務に関して一定程度以上の知識経験を備えた少数の者に限ら れることを斟酌することが許された知財高判平成18年12月25日平成18年 (行ケ)第10334号[ProMOS]や、化粧品の需要者はこだわりを持って購入・ 使用するものであり、商品を間違えたかをそれなりに注意して確認すると いう事情の斟酌が許された知財高判平成22年 6 月30日平成22年(行ケ)第 10076号[Jo-Ju]や、指定役務の「資金の貸付け」において、一般的に借 主にとっては資金の貸主が誰であるかは最も重要な要素の一つであるか ら、相応の注意を払った上で確認するものであるという指定役務の内容を 含めた取引実情を、商標非類似の方向へ斟酌することを認めた知財高判平 成23年 4 月27日平成22年(行ケ)第10326号[Gold Loan]が挙げられる。た だし、取引実情において需要者に一般人が含まれる可能性がある限り、需 要者の範囲を限定する商品(専門者向けの商品など)という商品の性格に 基づき混同を生じさせないという主張をすることは認めがたい。例えば、 「コンピュータソフトウェア」はコンピュータの普及に伴い大衆化し、ま た様々な流通形態で活発に取引されている実情を考慮して、専門的な業務 用ソフトウェアについても、一般人が日常的に目にして、知ることが可能 であることを認定し、商品の専門性という性格は商標類似という結論を左 右しないと判示した裁判例がある(知財高判平成26年 1 月27日平成25年 (行ケ)第10113号[CST 方式])。そのほか、指定商品の需要者は、老人か ら若者までを含む一般大衆であって、商標やブランドについて詳しくない 者や中途半端な知識しか持たない者も多数含まれていることを考慮した 東京高判平成13年 8 月 9 日平成12年(行ケ)第279号[BEVERLY HILLS POLO CLUB]や、需要者層は一般消費者であることと、共通する取扱商 品もあることを考慮した知財高判平成26年 6 月11日平成25年(行ケ)第 10342号[ライフストア]がある。 さらに、混同を起こさせる程度に影響を与える要素として、商品・役務 の現在の販売態様・経営方式を斟酌することがある。一般的には、商標非 類似の方向へ商品・役務の現在の販売態様・経営方式を考慮することはな い。例えば、現在なされている契約の締結の仕方は店頭等で陳列販売され るような販売態様ではないという取引実情をもって、混同を生じさせない 商標類否の判断基準に関する一考察(許) 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 165 旨の主張を認めなかった知財高判平成21年 6 月25日平成21年(行ケ)第 10031号[Laser Eye]が挙げられる。しかし、最近その理に反する判決が 次々出ている。例えば、知財高判平成21年 7 月21日平成20年(行ケ)第10048 号[PE’Z](本件商標が用いられる場面は音楽活動としてのジャズバンド の演奏会場における商品販売を中心とするのに対し、引用商標 3 は菓子販 売等に伴うものに使用されるなどの取引実情を考慮して、類似性を否定し た)や、知財高判平成22年 8 月19日平成22年(行ケ)第10101号[きっと、 サクラサクよ。](もっぱら受験シリーズ商品に用いられるという事情、す なわち、具体的な使用商品上の相違という取引実情を考慮して、商標の類 似性を否定した)や、知財高判平成23年 6 月29日平成23年(行ケ)第10040 号[シュープ](現在の商品販売戦略における需要者の相違という浮動な 事情の考慮をも認めて、商標の類似性を否定した)や、知財高判平成23年 6 月 6 日平成22年(行ケ)第10339号[潤煌](現在の商品の構成及びその販 売形態における相違という実情を、商標非類似の方向への考慮要素として 斟酌することが許された)がある。 (4)取引分野に係る状況の考慮 まず、混同を起こさせる程度に影響を与える要素として、取引分野にお ける慣行を取引実情として斟酌することが許される。購買、販売、宣伝等 の取引形態の具体的な事状について、取引分野における慣行を参考にする 裁判例は少なくない。例えば、東京高判平成14年12月27日平成14年(行ケ) 第140号[Indian Motocycle](被服関連の企業は類似する複数の商標を使用 している例が少なくなく、一般の需要者の多くも短期間のうちに購入商品 を決定する場合もまれではないことを考慮して、この事情を商標の類似性 を否定する方向に斟酌した)や、東京高判平成13年 6 月20日平成12年(行 ケ)第435号[PRO-LEX](本件商標を付した商品と引用商標を付した商品 が同一販売者によって同一店舗で販売されうることを考慮して、この事情 を商標の類似性を否定する方向に斟酌した)や、東京高判平成15年 6 月12 日平成14年(行ケ)第518号[ジジ](化粧品の宣伝においては、販売元のみ ならず詳細な商品情報が豊富に提供され、商品のイメージを差別化する宣 伝広告が行われている実情を認めて、この事情を商標の類似性を否定する 方向に斟酌した)がある。ただし、取引分野における慣行は取引分野全般 の実情であるべきとされて、一部の取引分野における慣行を取引実情とし 論 説 166 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) て考慮することが認められないことがある。例えば、東京高判平成14年 9 月30日平成13年(行ケ)第518号[塩沢絣](織物工業協同組合の組合員及び 一部の絹織物製造業者が、本件商標及び引用商標等を別の 3 部分から成る 商標とともに使用するという商標の使用方法は、絣織物全般について一般 的・恒常的なものではないとして、当該使用方法を商標非類似に斟酌する ことは許されなかった)が挙げられる。 次に、取引分野における競争状態の考慮も許される。取引分野で競業者 の数が限られているという事情を、商標非類似の方向へ斟酌することを認 めた判決がある。例えば、営業活動は県内に限られていること及び同一県 内に複数の県信用組合が存在しているわけではないことという県信用組 合の特徴を考慮した知財高判平成23年11月30日平成23年(行ケ)第10205号 [けんしんスマートカードローン]がある。この事件においては、共通す る指定役務である「金融サービスの提供」において、「けんしんスマート カードローン」の文字を横書きして成る本願商標と「けんしん」の文字を 横書きした外観を有する引用商標との類否について、裁判所は、「けんし ん」の部分から「県信用組合」の略称であるとの観念が生じる可能性があ るにもかかわらず、組合員により構成される協同組合組織の金融機関であ る県信用組合は、その営業活動が県内に限られており、同一県内に複数の 県信用組合が存在しているわけではないという実情を認定し、この事情を 商標が混同をきたすことはないという方向に働くものとして斟酌した。た だし、そのような実情については、それが取引分野上の恒常的な実情でな ければ、考慮が許されない。例えば、取引分野での現在の市場占有率の斟 酌を否定した知財高判平成19年 5 月29日平成18年(行ケ)第10480号[アオ バ](引用商標の指定商品である「凝灰質砂岩のパウダーよりなる土壌改 良剤」について、引用商標の商標権者以外のメーカーは現在これを取り扱 っていないという事情を考慮しなかった)や、知財高判平成20年12月25日 平成20年(行ケ)第10285号[CIS](本件商標に係る指定商品についての現 在のマーケットシェアは今後も変化する余地があるとして、考慮しなかっ た)がある。 商標類否の判断基準に関する一考察(許) 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 167 第 2 節 権利侵害の場面の裁判例 第 1 款 定型的規制の時期-昭和60年代前後まで- 第 1 項 称呼、外観、観念の三点要素に対する考察 昭和60年代前後までの商標権侵害の場面で、商標の類否判断に関する裁 判例には、三点要素のいずれかが類似すれば商標の類似性を決する論法を 取る裁判例が続いているほか、三点要素に対する総合考察に基づき商標の 類似性を決する論法を取る裁判例も少なくない。 (一)商標類似肯定例 (1)三点要素のいずれかが類似すれば、商標類似を肯定する裁判例 第一に、一つの要素における類似をもって、他の要素を検討するまでも なく、商標類似を肯定する裁判例が続いている。現行法施行後の最初の頃 は、従来の判断基準に沿って、そのような趣旨を再度確認した裁判例もあ った。例えば、東京地判昭和39年12月26日昭和38年(ワ)第4493号 [シンセン] は、被告標章「強力シンセン」が原告登録商標「玉盛シンセン」とは、「外 観及び観念の点に及んで判断するまでもなく、『シンセン』の称呼を共通 にする点において、類似の商標といわなければならない」と述べた。 その後にも、判決において明確に述べていないにもかかわらず、その旨 を踏襲する裁判例が続いている。例えば、東京地判昭和48年 4 月23日昭和 46年(ワ)第7647号[塩瀬]は、登録商標(図13.1)は毛筆書き楷書体の漢 字「塩瀬」から成るのに対し、被告標章(図13.2)は特殊の模様地の中央 空所に毛筆書きの変体仮名文字「志ほ●」を表して成る点で、両商標は外 観を異にするが、前者は「しおせ」の称呼を生じるのに対し、後者は「し おせ」又は「しほせ」の称呼を生じるから、両商標は「しおせ」との称呼 を共通にするか又は称呼が類似するものということができるので、両者は 全体として類似するものであるとした。 図13.1 図13.2 論 説 168 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) また、東京地判昭和52年 1 月19日昭和50年(ワ)第6209号[ニコラス]は、 被告標章 2 は、「ニコラス」の称呼を生じる点で原告登録商標と類似し、 被告標章 3 は、口ひげを蓄えた、身体に比べてかなり大きな短靴を履いた 人物が左を向いて立ち、両手に頭の高さにまで達するほどに重ねられた数 十枚の皿のようなものを持ち、その皿様のものが左側に倒れそうにわん曲 している図が描かれている点で外観が原告登録商標と類似するとして、い ずれも商標類似を肯定した。 第二に、外観が商標に対するイメージに強く訴える場合、その類似する 要素のみをもって、商標類似性を肯定することが認められている。例えば、 浦和地判昭和47年10月18日昭和46年(モ)第1308号[納豆の包装用容器第 一審]では、「クロレラ」「ゴールド」「納豆」の各文字を 3 段に横書きし た構成を含む図形から成る標章(図14.1)と、「クロレラ」「デラップス」 「納豆」の各文字を 3 段に横書きした構成を含む図形から成る登録商標(図 14.2)との類否判断につき、裁判所は、両標章を離隔的に観察すると、「デ ラップス」と「ゴールド」に対する印象は、層状模様の形状と色彩に注意 力が奪われるために、むしろ同一の認識、記憶が残るものになると述べ、 特別顕著性を有する図形と色彩が両商標において類似することをもって 両商標は外観上類似すると認定した。さらに、本件商品である納豆の機能 という観点から考察すると、外観上の類似があれば、たとえ称呼と観念が 非類似であっても、原則として商標の類似性があると解するのが相当であ ると述べ、本件の両商標については外観上の類似性があり、その他の点に ついては多少非類似であるにすぎないとして両商標の類似性を肯定した。 控訴審の東京高判昭和48年10月26日昭和47年(ネ)第2617号[同控訴審]も、 両商標の外観については、図形と配色は一見して同一であるとの印象を与 えるものということができ、また、文字部分はやや異なるところがあるに しても、図形、配色、各文字の配置関係を含めた全体としてみるときは、 両商標の外観は類似したものとの印象を看者に与えると認められ、仮に文 字部分に応じた称呼、観念を生ずるとしても、全体的観察において彼此相 紛らわしい形状のものである以上、外観類似とするに何らの妨げはないと して、両商標の外観上の類似が商標に対する全体的なイメージに与える影 響力を強調して、原審の判断を支持した。 商標類否の判断基準に関する一考察(許) 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 169 図14.1 図14.2 そのほか、標章(図15.1)は登録商標(図15.2)と同一の図形を要部と するものであり、その図形自体が強く需要者の注意を引くものであること を考慮すれば、標章は全体として本件登録商標と類似していると認められ るとした東京地判昭和57年10月22日昭和54年(ワ)第11817号[制糖茶一審]、 東京高判昭和62年 9 月29日昭和57年(ネ)第2799号[同控訴審]が挙げられ る。 図15.1 図15.2 (2)三点要素の検討結果に基づき商標類似を肯定する裁判例 もとより、外観、称呼、観念の三点要素がともに類似であるとして、商 標の類似性を肯定した裁判例もある。例えば、東京地判昭和37年 6 月30日 昭和36年(ワ)第5101号[CAMERART](ただし、商標類似と認定しつつ、 先使用権の成立をも認めて侵害を否定した)や、大阪地判昭和56年 4 月 8 日昭和53年(ワ)第35号[フエルタッチ]、名古屋地判昭和60年 7 月26日昭 和59年(ワ)第2088号[東天紅一審]、名古屋高判昭和61年 5 月14日昭和60 年(ネ)第531号[同控訴審]や、横浜地判昭和60年10月25日昭和57年(ワ) 第1482号[濱ッ子]がある。 称呼、観念の二点にわたって同一又は類似している場合は、商標類似を 論 説 170 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 肯定する裁判例も少なくない。例えば、被告標章「東洋レリーフ箱根」「ト ーヨーレリーフ箱根」と登録商標「はこね」「箱根」(大阪地判昭和54年 9 月 14日昭和53年(ワ)第2295号[東洋レリーフ箱根])、被告標章「SORORI」 と登録商標「曽呂利」(大阪地判昭和57年 1 月19日昭和55年(ワ)第7933号 [曽呂利])、図16.1の標章と図16.2の登録商標(大阪地判昭和58年11月25 日昭和58年(ワ)第944号[ROYAL])、また、被告標章の「コンピュータラ ンド北海道」と登録商標の「コンピュータランド」(札幌地判昭和59年 3 月 28日昭和58年(ヨ)第46号[コンピューターランド北海道])などが挙げら れる。そのほか、大阪地判昭和63年 2 月 9 日昭和60年(ワ)第9860号[プラ ス]、東京地判昭和56年 8 月 3 日昭和48年(特わ)第2138号[盛光]がある。 図16.1 図16.2 そのうち、外観が異なると認定したとしても、称呼、観念の同一性をも って商標類似を肯定することもある。例えば、被告標章「Meijiya」と登録 商標「明治屋」との類似性を肯定した東京地判昭和36年11月15日昭和36年 (ワ)第382号[明治屋]や、被告標章「ETIQUETTE FRIEND」と登録商標 「エチケツト」との類似性を肯定した大阪地判昭和54年11月28日昭和53年 (ワ)第1898号[エチケツト]や、被告標章「月刊しゅみ」と登録商標「月 刊趣味の会」との類似性を肯定した東京地判昭和36年 3 月 2 日昭和32年 (ワ)第5278号[趣味の会]が挙げられる。 観念において特定の意味を有しないために比較できない場合、称呼、外 観における類似性をもって商標類似を肯定するものが少なくない。例えば、 東京地判昭和62年 7 月17日昭和61年(ワ)第6816号[SCIENCE DIET]で、 被告標章「SUNACE DIET」と登録商標「SCIENCE DIET」とは特定の意味 を有しない造語であり、意味のある特定の観念が生ずるものではなく、両 商標の観念の類否を比較できないとして、裁判所は、称呼、外観における 類似をもって商標類似を肯定した。 なお、商標からもたらされる観念がその商標の付せられる商品自体の観 念である場合には、観念の類似は商標類否の判断要素から除外されるとし 商標類否の判断基準に関する一考察(許) 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 171 た判決もある。例えば、大阪高判昭和50年10月24日昭和48年(ネ)第736号 [アルバイトニュース]は、控訴人の商標である「アルバイトニユース」 も、被控訴人の商標である「アルバイトパートタイマー情報」も、アルバ イトの機会についての情報を提供する新聞の題号であり、その種の新聞で あることを示す名称であって、そのもたらす観念は、いずれも、その商標 の付せられる商品自体の観念であると述べた。その上で、「普通名称」と は商品の「観念」を指すものという点を捉え、商品の「普通名称」を独占 することが条文上排斥されている趣旨は商品の観念を一つの商標が独占 することを排斥しているものと解して、このような場合には商標のもたら す観念が同一であることをもって、二つの商標を類似の商標と認定して、 商標権の侵害を認めることは、許されないとした(最判昭和51年6月29日 昭和51年(オ)第197号[同上告審]も控訴審を支持した)。 (二)商標類似否定例 (1)三点要素がともに非類似であるとして商標の類似性を否定する裁判 例 商標類似を否定する判決には、もちろん、称呼、外観、観念の三点要素 の類似性をともに否定するものもある。例えば、大阪地判昭和55年10月24 日昭和54年(ワ)第8683号等[稲妻]においては、図17.1の登録商標と図17.2 の被告標章との類似性について、称呼ないし外観には特段の共通性がない ことについては明らかに争っていなかったものの、裁判所は、観念上の同 一性の存否を検討して、我が国の英語教育の普及度からして、被告標章を 「ライトニング」「ボルト」と英語発音風に読み、かつそれが何らかの意味 のある英語であると受け取るとしても、一般人がこれを見て直ちに「稲妻」 の観念を想起すると考えるのは実情に反すると述べ、結局、観念上の類似 性をも否定し、両商標は類似しないとした(大阪高判昭和56年 5 月19日昭 和55年(ネ)第1839号[同控訴審]も非類似の結論を支持した)48。 48 そのほか、称呼、外観、観念における類似性をともに否定して、商標非類似とし た例として、被告標章「おとなの特選街」と登録商標「特選街」(東京地判昭和62 年10月23日昭和61年(ワ)第1322号等 [特選街])、被告標章「Asax」と登録商標「Asahi」 (東京地判平成 6 年 3 月28日平成 4 年(ワ)第9311号 [asahi]、東京高判平成 8 年 1 月 論 説 172 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 図17.1 図17.2 (2)称呼、外観を異にし、商標の類似性を否定する裁判例 問題の両商標が称呼、外観において明らかに異なる場合、商標類似を否 定する裁判例は少なくない。例えば、当事者が観念上の類似性を主張して いない事案であるが49、東京高判昭和55年 5 月21日昭和54年(ネ)第2078号 [REAL CHEMICAL CO., LTD. 控訴審]は、図18.1の標章と図18.2登録商標 とは称呼、外観において非類似であるとして、商標類似性を否定した。 図18.1 図18.2 外観が明らかに相違であることをもって、商標類似を否定するものであ って、被告標章(図19.1)が原告商標(図19.2)と同時に、一般的に月桂 樹の観念及び称呼を生じさせる事案で、裁判所は、月桂樹の小枝二本を左 右対称に冠状にして形成した図形を商標として用いることは、被服その他 の商品について、一般に広く行われており、単に、被告標章が原告商標と 同時に、一般的に月桂樹の観念及び称呼を生じさせるからといって、直ち にそのことのみによりその類否を決することは許されないとした。その上 で、明らかに飾りひもと見られる裂片が示され、また、全体の形も、原告 商標が自然の月桂樹の小枝二本をそのまま冠状としたと見られる図形で 25日平成 6 年(ネ)第1470号 [同控訴審]、最判平成10年 6 月25日平成 8 年(オ)第1022 号 [同上告審]) がある。 49 商標類否を判断する際に、裁判所が考慮するものは、当事者の主張する要素に限 らない。 商標類否の判断基準に関する一考察(許) 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 173 あるのに対し、被告標章はキリスト降誕祭の装飾として用いられるやどり ぎ(ミスルトウ)に近いものとして図案化された図形であって、この両者 を対比するとき、これを離隔して観察したとしても、その混同は生じない ものというべきであり、互いに類似の商標であるということはできないと した(東京地判昭和47年 1 月31日昭和44年(ワ)第13261号[月桂樹]、東京 高判昭和51年 1 月29日昭和47年(ネ)第376号・第404号[同控訴審])。 図19.1 図19.2 また、上記大阪地判昭和55年10月24日昭和54年(ワ)第8683号等[稲妻] は、傍論においてではあるものの、「仮りに前記要部A、B、Cのいずれ かについて人により場合によりいわゆる稲妻の観念を想起することを無 視できないとしても、もともと商標の類否判別上観念の共通性は単にその 一つの基準にすぎないものであつて、必らずしも右の共通性のゆえに直ち に商標の類似性を肯定しなければならないものでもない」とし、「このよ うな全体的考慮の見地からひるがえつて本件をみるに、本件商標は前示の とおり漢字と平仮名を墨書体風に併記しただけのおよそ現代的感覚に乏 しいもので、現在では殆んど顧客吸引力のない商標であるといつて過言で ないものであるのに対し、本件被告各標章は、あるいは英文字自体をその 意味とは別に章匠化したものであり、あるいは全体として英文によつて感 じるナウさ(斬新さ)を訴えるものであり、あるいは力動感、スピード感、 スマートさ等を感得させる構成が工夫されたものであると認められ、こと にそれが使用される商品が若者を主たる顧客とするサーフイン関連商品 であることをあわせ考えると、双方は称呼上はもとより外観上において著 しく相違することが明らかであつて、その取引上双方の標章を誤認混同し、 またはこれを付した商品の出所を混同するような事態はおよそ生じない と考えるのが相当である」と補足することがある。 論 説 174 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 第 2 項 取引実情の考慮 この時期の商標の類否判断に関する裁判例には、取引の実情を考慮する ものがあり、その中にも、三点要素の枠内で補助的な要素として取引実情 を考慮する裁判例と、三点要素を検討するとともに混同を生じさせる(生 じさせない)取引実情を独立の考量要素として取り扱い、総合考察を行う 裁判例が見られる。 (一)補助的な要素としての取引実情の考慮 (1)称呼を認定するために取引実情の考慮が許される裁判例 被告標章の使用形態を考慮して称呼を認定する東京地判昭和51年 1 月 28日昭和47年(ワ)第8673号[an 事件]は、被告標章(図20.1)について、 左部分はローマ字aの図案化と見られる余地がないわけではなく、右部分 もhよりnに近いと見られなくはないとしつつ、被告の商品である婦人服 の下げ札には、被告標章が、「株式会社アン東京原宿」、「TOKYO AN Co. LTD. AN」の表示と併記して用いられているので、需要者には被告標章を 「an」を図案化したものであり、「あん」と称呼されうると認定し、本件登 録商標(図20.2)との類似性を肯定した。 図20.1 図20.2 (2)識別力を有する部分を確定する作業において取引実情の考慮が許さ れる裁判例 結論として商標の類似性を肯定する判決の中には、原告商標の表示部分 が被告標章の一部を構成する事案において、原告商標の著名性を考慮して、 当該表示部分は被告標章における識別力の強い部分と認定するものがあ る。例えば、このような論法に基づき、当該表示部分から生じる称呼を、 被告標章から生じる称呼と認定するものとして、次の裁判例がある。ファ ッション雑誌の題号として著名である「VOGUE」の標章と「SUNSEA VOGUE」等の標章との類否判断につき、裁判所は、「債務者標章 2 ないし 商標類否の判断基準に関する一考察(許) 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 175 12において、『VOGUE』の部分を外観上他の部分から明確に区別して認識 しうること及び『VOGUE』の標章がファッション雑誌の題号として著名 であることに照らすと、債務者標章 2 ないし12からは、いずれも少なくと も『ヴォーグ』又は『ボーグ』の称呼を生じることが肯認できるところ、 これは本件登録商標から生じる称呼と同一であるのであつて、結局債務者 標章 2 ないし12は本件登録商標と類似するものといわねばならない」とし て、称呼類似に基づき両商標の類似性を肯定した(東京地判昭和63年 2 月 12日昭和61年(モ)第4564号[VOGUE])。 (二)独立の要素としての取引実情の考慮 混同を生じるか否かを決する要素として取引実情を独立して考慮し、商 標類似の方向に斟酌することがある。例えば、三点要素に対する考察をも って商標類似と推定した上で、商品の包装の表示態様を商標の類似性を肯 定する方向に補強する例として、大阪地判昭和51年 4 月30日昭和48年(ワ) 第5635号[ピロビタン]がある。この事件においては、裁判所は、「ピロ ビタン」と「ピオビタンA」との類否判断につき、外観、称呼、観念につ いて類似するものと認めるほかに、「原告らの容器である瓶の前記『ピロ ビタン』の表示の上部には『各種ビタミン・ローヤルゼリー・アスパラギ ン酸NA・L-リジン・R』との内容表示があるのに対し、被告の容器で ある瓶の前記『ピオビタンA』の表示の上部にはこれがないが、後記の 『Piovitan』の表示の上部には『各種ビタミン・ローヤルゼリー・アスパラ ギン酸NA・L-リジン・クロレラ』との内容表示があり、右内容表示の 差は『R』と『クロレラ』だけであつてその字体、大きさ、色彩が殆んど 同一である」と述べ、標章を付した商品の包装の表示態様も考慮して、「被 告の標章『ピオビタンA』を附した乳酸菌飲料の販売は一般の人をして原 告らの本件登録商標を附した乳酸菌飲料ピロビタンと誤認混同を生ぜし むる行為と認めるを相当とする」と認定し、両商標の類似性を肯定した。 また、被告標章「美鶴松浦」「美鶴松浦漬」と登録商標「松浦漬」との 類否判断につき、原告登録商標の周知著名性を商標の類似性を肯定する方 向に補強する福岡地判昭和42年 3 月31日昭和32年(ワ)第1125号[美鶴松浦 漬]がある。 それに対し、独立の要素としての取引実情を商標非類似の方向に斟酌す 論 説 176 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) べきとする主張は、否定される場合が多い。例えば、実際の取引における 事情を取り上げ、商標類似に消極的に働く取引実情を重視して、非類似と の結論を導くことを否定した大阪地判昭和54年 9 月14日昭和53年(ワ)第 2295号[東洋レリーフ箱根]がある。この事件においては、被告は、被告 の使用する標章には業界において被告を意味することが周知されている 「トーヨー」「東洋」等の表示がされていることや、取引者が限られている ことあるいは原被告が製造販売する商品に形状、大きさの違いがあること を理由に、両者が誤認混同されることはありえないと主張した。この被告 の主張に対して、裁判所は、「本件はいずれも少くとも称呼、観念の二点 にわたつて同一または類似している場合であつて、右二点にわたる同一性、 類似性は一般にはそれ自体強く誤認混同のおそれを事実上推定するもの である」と述べつつ、さらに次の点を付け加えた。すなわち、原被告が製 造販売する製品は等しく天井材、壁材であるといっても多種類に及び、そ の各種のものがさらに多様な柄・模様のものに分けられていること、そし て、被告標章又はその主要部や本件各登録商標はいずれも各種別の商品の 中の一つを特定するための品名(柄名)を示すいわば愛称として使用され るものであること、また、ことに被告商品について電話取引等口頭で商品 を特定するような場合には、被告使用標章中の「トーヨー」「レリーフ」「ホ ンザネ」等非主要部分の称呼は省略されることが多いこと等の事実を認め て、被告標章又はその主要部や本件登録商標はいずれも各種製品の中の品 名(柄名)を表示するものであり、多種類の中から一つの商品を特定する ための最も直接的な識別手段として使用されるものであると認定した。結 局、被告が主張する取引実情のために混同は生じないとは認めなかったの である。 また、当事者が混同が生じない理由として取引実情を持ち出してきたの に対して、一時的、局所的なものにすぎないということを理由に、商標類 似に消極的に働く取引実情を重視して、非類似との結論を導くことを否定 したものとして、大阪地判昭和54年11月28日昭和53年(ワ)第1898号[エチ ケット]がある。本件においては、被告は、本件外箱にその主張の如きキ ャラクターや標章が付されていること及び被告商品は特別に被告商品だ けを集めた特設コーナーで販売されることを理由に、原告の商品と誤認混 同されることはありえない旨を主張した。これに対して、裁判所は、被告 商標類否の判断基準に関する一考察(許) 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 177 が主張する事情は、末端の消費者が前記のような店頭で被告製品ブラシを 購入する場合だけに妥当するにすぎないものと考えられるのであり、その 他の取引場面、生活場面において、ことに称呼だけで商品を特定するよう な場合において、取引者等の混同はなお避けがたいとして、商標類似に消 極的に働く取引実情を重視して、非類似との結論を導くことを否定した。 第 2 款 具体的取引状況の強調と出所混同基準の展開 -侵害事件に関する二つの最高裁判決- 第 1 項 大森林事件最高裁判決(最判平成 4 年 9 月22日平成 3 年(オ)第 1805号[大森林]) 育毛剤あるいはシャンプーに付して使用している、「木林森」の漢字を 行書体で横書き又は縦書きした標章(図21.1及び図21.2)と、指定商品を 第 4 類「せっけん類、歯みがき、化粧品、香料類」とし、「大森林」の漢 字を楷書体で横書きした登録商標(図21.3)との類否について争われた事 案で、一審及び控訴審は類似性を否定した。これに対して、最高裁は、昭 和43年の氷山印事件最高裁判決の判旨を引用して、類似性は「具体的な取 引条件に基づいて判断すべきものであつて、綿密に観察する限りでは、外 観、観念、称呼において個別的には類似しない商標であつても、具体的な 取引状況如何によつては類似する場合があり、したがつて、外観、観念、 称呼についての総合的な類似性の有無も、具体的取引状況によって異なっ てくる場合もあることに思いをいたすべきである。」「本件についてこれを みるのに、…両者は、いずれも構成する文字からして増毛効果を連想させ る樹木を想起させるものであることからすると、全体的に観察し対比して みて、両者は少なくとも外観、観念において紛らわしい関係にあることが 明らかであり、取引の状況によつては、需要者が両者を見誤る可能性は否 定出来ず、ひいては両者が類似する関係にあるものと認める余地もあるも のといわなければならない。」「原審は…被上告人商品が訪問販売によつて いるのかあるいは店頭販売によつているのか、後者であるとしてその展示 態様はいかなるものかなどの取引の状況についての具体的な認定のない ままに、本件商標と被上告人標章との間の類否を認定判断したものであつ て、原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の解釈適用の誤 論 説 178 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) りないし理由不備の違法がある」として、原判決を破棄し、差し戻した。 本判決は、昭和43年の氷山印事件最高裁判決の判断基準が侵害事件にお いても適用され、侵害事件でも同じように考えてよいのだということを初 めて述べた判決である。また、「個別的には類似しない商標」が、取引実 情を斟酌することによって類似する場合があると述べており、侵害事件に おいては、取引の実情を考える場合に訪問販売かどうかとか、展示態様は どうかというような、極めて具体的な取引事情を考慮しなければならない ことを示した。 図21.1 図21.2 図21.3 第 2 項 小僧寿し事件最高裁判決(最判平成 9 年 3 月11日平成 6 年(オ) 第1102号[小僧寿し]) 指定商品を「他類に属しない食料品及び加味品」とする、「小僧」の文 字を縦書きした本件登録商標(図22.4)と、持帰り品としてのすしを製造 販売する際に使用する、「小僧寿し」「KOZOSUSHI」「KOZOSUSI」「KOZO SUSHI」「KOZO」の文字及び小僧の図形標章(図22.1、図22.2、図22.3) との類否について争われた事案で、最高裁は、「KOZO」のみから成る標 章との類似性を肯定する以外に、他の「小僧寿し」あるいは「KOZOSUSHI」 等だけではなく、図形の商標も含めて、これらは全部非類似であるとして、 一審及び控訴審の結論を支持した。 その理由としては次のように述べている。「商標の類否は、同一又は類 似の商品に使用された商標が外観、観念、称呼等によつて取引者、需要者 に与える印象、記憶、連想等を総合して全体的に考察すべきであり、かつ、 その商品の取引の実情を明らかにし得る限り、その具体的な取引状況に基 づいて判断すべきものである。右のとおり、商標の外観、観念又は称呼の 類似は、その商標を使用した商品につき出所を誤認混同するおそれを推測 商標類否の判断基準に関する一考察(許) 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 179 させる一応の基準にすぎず、したがつて、右三点のうち類似する点がある としても、他の点において著しく相違するか、又は取引の実情等によつて、 何ら商品の出所を誤認混同するおそれが認められないものについては、こ れを類似商標と解することはできないというべきである。」と、氷山印最 高裁判決の判断基準によることを述べた上で、「小僧寿し」というのは持 帰り寿しのフランチャイズの名称であって、小僧寿し本部、被上告人を始 めとする各地の加盟店及び被上告人傘下の加盟店は全体として 1 個の企 業グループを形成し、外食産業において店舗数、売上高などの点で日本国 有数の規模の企業グループとなっており、遅くとも昭和53年には、「小僧 寿し」の名称は、小僧寿し本部又は小僧寿しチェーンを示すものとして広 く認識されており、本件商品の取引において「小僧寿し」といえば、一般 需要者の間で小僧寿し本部又は小僧寿しチェーンの略称として通用する ものとなっていたということから、「小僧寿し」という商標を「小僧」と 「寿し」とを分離せず一体として見なければならず、それが直ちに需要者 に著名な「小僧寿しチェーン」を思い浮かばせ、そのように観念させるも のであると認められるとして、単なる「小僧」である上告人商標とは外観、 観念において異なり、類似しないとした。 本判決は、「小僧寿しチェーン」が著名であるということを、この持帰 り寿しの商品取引の実情として認定して、結論的に、原告商標と被告標章 とは類似しないと判断したものである。本判決は、被告標章が著名であっ たために、被告標章からは標章自体が生じる観念から脱して、「あの著名 な小僧寿しチェーン」という具体的な観念が生じるのに対して、本件登録 商標からは「商店で使われている年少の男子店員」「年少の僧」「あなどっ ていうときの年少の男子」等の観念が生じるとした上で、この両者を比較 して、被告標章の具体的な観念を商標の類似性を否定する方向に斟酌した ものであり、結局、本判決は出所を誤認混同するおそれの有無をもって商 標類似性を決することを示したものと評価できよう。 論 説 180 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) そのほか、やや字 体の異なるもの 3 個、右から左書き の 1 個、縦書きの 4 個 図22.1 図22.2 図22.3 図22.4 第 3 款 柔軟な規制の時期-平成初期から- 第 1 項 柔軟な判断を踏襲するその後の裁判例 大森林事件最高裁判決は、昭和43年の氷山印事件最高裁判決の判断基準 が侵害事件においても適用されることを明確に述べ、具体的な取引事情の 考慮を強調することを示した。その影響を受け、平成初期からの柔軟な規 制の時期では、三点要素の一つが類似すれば商標の類似性を直ちに肯定す る裁判例はあまり見られず、ほとんどの裁判例が、取引実情に照らして、 三点要素を逐一検討した結果に基づき総合考察を行っている50。 50 取引の実情を検討せず、三点要素に対する総合考察の結果に従い、商標類否を判 断する裁判例もある。例えば、東京地判平成15年 5 月28日平成14年(ワ)第6889号 [カ ナディアンメープルシロップ]や、東京地判平成15年 6 月27日平成14年(ワ)第10522 号 [花粉]や、東京地判平成17年 4 月13日平成16年(ワ)第17735号 [レガシィクラブ] や、東京地判平成17年10月14日平成16年(ワ)第11617号 [RENAPUR] などが挙げら れる。 商標類否の判断基準に関する一考察(許) 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 181 さらに、取引実情の考慮については、小僧寿し事件最高裁判決が、出所 を誤認混同するおそれの有無をもって商標類似性を決するという基準を 抽象的に展開したために、その後、商標類否の判断において、取引実情は、 補助的な要素として三点要素の枠内で考慮されるに止まるとは限らず、出 所混同が生じるおそれがあるか否かを認定するための独立の一要素とし て考慮されるものであり、商標の類否判断を決する場合においても考慮さ れるとする判決が増えていく。 第 2 項 取引実情に対する考察 (一)補助的な要素としての取引実情の考慮 (1)商標の称呼、外観又は観念を確定する場合に考慮する裁判例 この時期においては、三点要素を確定するために取引実情を考慮するこ とが容易に認められるようになった。しかも、それらの事案においては、 考慮が許される取引実情が標章の使用態様又は標章の周知著名性に限ら れるわけではなく、考慮が許される取引実情の範囲は広がってきた。商標 の称呼、外観又は観念を確定する場合に考慮された取引実情の具体例は、 次に挙げるようなものである。 (a)被告標章の現実の表示状態。例えば、被告標章の注意を引く部分で ある「遊」「食」「市場」の各文字については、「遊」のほうが他の文字よ りも幾分大きいものの、被告店舗の入口上部には、すべて同じ大きさの文 字及び書体で書かれた「遊食市場」との大きな表示があり、また、入口横 そのうち、三点要素の総合考察の下で、観念類似に基づき、商標類似を肯定する ものも出ている。例えば、登録商標「レガシィクラブ」を有する原告が、「Club LEGACY」の表題で雑誌を発行している被告に対し、商標権侵害を理由として争っ た事案で、裁判所は、文字類別が異なりかつ構成している語の順序が逆である本件 商標と被告標章とは、外観、称呼においては似ていない (なお、裁判所は、称呼類 否を判断する際に、読みが似ていないにもかかわらず、出所を誤認混同する可能性 の有無を基準として称呼類似と認定した) ものの、観念においては、同様に「レガ シィのクラブ」ないし「レガシィの会」といった伝統ある又は高貴な雰囲気を有す る集まりとの観念が生ずるものと認め、商標類似を肯定した (東京地判平成17年 4 月13日平成16年(ワ)第17735号 [レガシィクラブ])。 論 説 182 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) の壁面にある店舗の案内表示にも、すべて同じ大きさの文字及び書体で書 かれた「遊食市場」との表示が存する実情を考慮すると、被告標章におい て識別力を有する要部は、「遊」の文字部分ではなく、「遊食市場」と認識 される文字部分であると認定し、「ゆうしょくいちば」との称呼を生ずる ものと認めた東京地判平成12年 2 月25日平成11年(ワ)第19607号[遊食市 場]がある。 そのほか、「&」「★」などの符号をもって、「LOVE」と「BERRY」を つなげる各被告標章について、「オシャレ魔女の“ラブ”と“ベリー”」を 想起させる図形等が付されている場合は、「愛らしい小果実」との観念を 生ずることはなく、周知である「オシャレ魔女の“ラブ”と“ベリー”」 のキャラクターとの観念を生ずることになると認定し、観念において類 似しないとした東京地判平成18年12月22日平成17年(ワ)第18156号 [LOVEBERRY]がある。 他方で、被告標章の現実的な利用形態から被告商標が常に一体的に認識 されている場合、被告標章全体から生じる称呼、観念により原告商標と対 比するという判断手法が採られる。例えば、被告標章の現実的な利用形態 について、次のように述べた裁判例がある。被告ウェブサイトには、被告 の正式名称である「特定非営利活動法人ライフサポートネットワークいけ だ」あるいはブログのタイトルである「ライフサポートネットワークいけ だのブログ」が記載されており、これらはいずれも目立つように大書され ている。その後に、バナー、イラスト、及び、記述的文章が配置されてお り、その中に被告の正式名称の略語として被告標章である「ライサポいけ だ」が使用されている。そして、被告ウェブサイトの閲覧者は以上のこと を認識するものと考えられるから、被告ウェブサイトを閲覧し被告標章に 接する者は、被告ウェブサイトを管理運営しているのは、池田市に本拠を 置く、生活(ライフ)を支援(サポート)することを目的とする団体であ る旨の観念を抱くものと考えられるので、被告標章である「ライサポいけ だ」は一体として認識され、「ライサポ」のみが抽出して捉えられること はないと判断した(大阪地判平成26年 6 月26日平成25年(ワ)第12788号[ラ イサポ])。 (b)需要者層の特徴。例えば、片仮名で横書きして成る「アイネイル」 と表記する構成である被告標章から生じる観念を認定する際に、美容とし 商標類否の判断基準に関する一考察(許) 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 183 てのネイル装飾についての需用者には比較的若年の女性層が多いものと 推認されること、また、「幸福」や「結婚」、「お姫様気分」といった宣伝 がなされていることを考慮して、「アイ」は、日本語の「愛」を連想させ、 「愛のあるネイル」との観念をも生じさせるものと認定した東京地判平成 24年 9 月10日平成23年(ワ)第38884号[アイネイル]がある。 そのほか、需要者層の知識構成を考慮したものとして、標章に含む英文 字の単語が日本の需要者において普及している程度を考慮し、「sak」から 生じる観念を確定する際に、フランス語である「sak」が日本であまり認 識されないことを斟酌した東京地判平成11年 7 月23日平成10年(ワ)第 20383号[THE sak]がある。 (c)商品取引業界の慣習。例えば、産地に結び付けた表現が日常頻繁に 用いられている日本酒の取引業界において、取引者・需要者が、一般にそ の産地によって日本酒の味や品質に相違があるものと認識しているとい う取引の実情を考慮して、「筑後の国寒梅」又は「筑後の寒梅」という標 章について、その地名部分は自他商品識別機能を果たしうるものと認めて、 登録商標「寒梅」との類似性を否定した(東京地判平成10年 7 月24日平成 7 年(ワ)第20095号[筑後の国寒梅]、東京高判平成11年10月29日平成10年 (ネ)第3707号[同控訴審])。 また、衣料品業界においては、ブランド名に「Sports」を付加したもの が当該ブランドの商品のうちスポーツ関係の商品のブランドとして一般 に用いられていることを考慮して、被告標章のうち「Sports」はスポーツ 関連の商品であると認識されるのが通常であると認められるから、商品識 別能力は極めて弱く、被告標章前段である「United」の部分が要部である と認定した(東京地判平成14年 1 月29日平成12年(ワ)第23425号[United Sports])。そのほか、東京地判平成19年12月27日平成18年(ワ)第5272号・ 第8460号[SHIRAHAMA]などがある。 (2)商標の識別力部分を確定するために、取引の実情を考慮する裁判例51 被告標章の著名性を類似性を否定する方向に斟酌する裁判例として、被 告標章の著名部分以外の部分は識別力が弱く、その部分の共通性をもって 商標類似を決することは認められないとした裁判例がある。例えば、裁判 51 小嶋崇弘「判批」知的財産法政策学研究21号 (2008年) 288-293頁のまとめを参照。 論 説 184 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 所は、被告標章「日経ギフト」の要部を認定する際に、「日経」の語が株 式会社日本経済新聞社又はその発行する新聞等の略称として著名である ことを考慮して、「日経」という語が、看者の注意を強く引き、後に続く 単語を修飾し、当該雑誌が株式会社日本経済新聞社又はその関連会社が刊 行したものであることを示しているものと認められると認定して、被告標 章の要部は、「日経」を含む標章の全体であって、「日経ギフト」というよ うに一体となって、日経のギフト(贈り物)と観念され、ニッケイギフト と一連に称呼されるものと認めることができるとして、「GIFT」を要部と する登録商標とは類似しないとした(東京地判平成 3 年 2 月25日平成元年 (ワ)第3496号[日経ギフト]、東京高判平成 3 年11月12日平成 3 年(ネ)第 738号[同控訴審])。 また、被告標章「Always Coca-cola」の要部は著名商標に該当する 「Coca-cola」の部分にあるとして、原告商標「オールウェイ」と類似しな いとした東京地判平成10年 7 月22日平成 9 年(ワ)第10409号[Always Coca-cola]がある。 世界的に著名なタバコの商標「CAMEL」「CAMEL 及びラクダの図形」 を「トレーナー」に付す行為が商標権侵害に該当するか否かが争われた事 案で、当該商標の著名性を斟酌して、登録商標「ラクダ印メリヤス」との 類似性を否定した裁判例がある(大阪地判平成 4 年 1 月30日平成 2 年(ワ) 第259号[CAMEL Ⅰ一審]、最判平成 7 年 9 月19日平成 5 年(オ)第541号[同 上告審]、大阪地判平成 4 年 1 月30日平成 2 年(ワ)第258号[CAMEL Ⅱ一 審]、最判平成 7 年 9 月19日平成 5 年(オ)第542号[同上告審])。そのほか、 東京地判平成18年12月22日平成17年(ワ)第18156号[LOVEBERRY]など。 原告商標の著名性を類似性を肯定する方向に斟酌する裁判例として、登 録商標「ELLE」と被告標章「ELLE MANINE」の類似性が争われた事案で、 被告標章の構成や、被告標章が二つの別々の単語から成るものと認識され ることに加えて、原告の登録商標が著名であるため、一般消費者は被告標 章のうち「ELLE」の部分に着目すると認定して、類似性を肯定する裁判 例がある(東京地判平成10年10月30日平成8年(ワ)第23034号[ELLE MANINE])。同様に、原告「ELLE」の著名性を認定して、被告標章のう ちの「ELLE」の部分を要部と認定した上で、類似性を肯定した裁判例も ある(東京地判平成11年 1 月29日平成 8 年(ワ)第19807号[JOELLE])。そ 商標類否の判断基準に関する一考察(許) 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 185 のほか、原告商標「菊正宗」と被告標章「金盃菊正宗」の類似性が争われ た事案で、原告登録商標が清酒の商標として著名であるため、被告標章の うち「菊正宗」の部分が要部であると認定し、類似性を肯定した大阪高判 平成12年 8 月25日平成11年(ネ)第2815号[金盃菊正宗控訴審]がある52。 (3)重点に置くべき要素を決する際に取引実情が考慮される裁判例 例えば、本件商標は欧文字の「Pierarejeunne」と片仮名の「ピエラレジ ェンヌ」を上下二段に横書きしたものであるのに対し、被告標章は欧文字 の「Pierarejeunne」を横書きしたもの、又は、片仮名の「ピエラレジェン ヌ」を横書きしたものである事案において、裁判所は、欧文字の下にその 語の音を日本語表記で併記した商標については、欧文字の標章とその日本 語読み標章を切り離して個別に使用する場合があることを考慮して、本件 商標と被告標章については、その外観の相違を重視することは相当ではな く、両者は称呼において同一であるとして、商標類似を肯定した(東京地 判平成26年 1 月31日平成24年(ワ)第24872号[Pierarejeunne/ピエラレジェ ンヌ])53。 (二)独立の要素としての取引実情の考慮 独立の要素としての取引実情を、補強的な理由として、商標類似を肯定 する方向に斟酌することを認める裁判例が続いている。 例えば、知財高判平成25年 3 月25日平成24年(ネ)第10010号・第10017号 [ナーナニーナ]は、片仮名「ナーナニーナ(標準文字)」を横書きした本 件商標(図23.1)と、全体として「na-nani-na」という表記となるとの 52 他方で、原告商標「clear」が周知となっているとしても、それが意味上の関連を 持って名詞と結び付き、しかもその結び付く名詞がそれ自体として識別力を有する 場合には、当該結合商標が「clear」のみによって識別されるということはできない として、被告標章「CLEAR IMPRESSION」の一部との類似性を否定する裁判例も 出現している (大阪地判平成20年 2 月 7 日平成19年(ワ)第3024号 [CLEAR IM- PRESSION])。 53 同様に、欧文字の下にその語の音を日本語表記で併記した登録商標について、そ の欧文字の標章と日本語読み標章を切り離して個別に表示される被告標章との類 似性を肯定した例として、大阪地判平成26年 3 月27日平成24年(ワ)第13709号 [PRIME SELECT/プライム セレクト] がある。 論 説 186 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 印象を与える被告標章(図23.2)との類似性が争われた事案において、「ナ ーナニーナ」との称呼を生じる点で同一であり、外観に相違があるものの、 「文字商標等において、片仮名表記の一部をローマ字表記にすることは一 般に行われることであるから、上記の点は、本件における類否を判断する に当たり、重視されるべき要素ではない」と述べつつ、被控訴人(被告) は、被告標章を付してメザイク商品を直接に販売する前に、契約の趣旨に 従って、長い間被告標章を付した上で、控訴人(原告)を販売者としてメ ザイク商品を販売していたとの取引の実情等を考慮して、需要者にとって は出所混同を生じやすいとして、本件商標と被告標章との類似性を肯定し た54。 ナーナニーナ 図23.1 図23.2 それに対し、三点要素のうち類似する点があるとしても、取引実情を独 立の要素として商標類似を否定する方向に斟酌することを認める判決は、 定型的規制の時期よりも増えてきた。 例えば、大阪地判平成26年 8 月28日平成25年(ワ)第7840号[melonkuma] は、原告商標はローマ字(小文字)で「melonkuma」と一連一体に表記さ れるのに対し、被告標章はいずれも「メロン熊」又は「メロンくま」に商 品の種類に関する記述を続けるものであり、その要部は「メロン熊」又は 「メロンくま」である事案において、原告商標と被告各標章のうち「メロ ン熊」又は「メロンくま」の部分が称呼において類似しているとしても、 被告標章がメロンを食べ過ぎた熊の様子を想定するキャラクター(被告キ ャラクター)を指し示すものとして周知著名性を獲得していること、被告 のウェブサイトにおいて、北海道夕張市に由来することを示す各種語句と 54 被告が同じ標章を付した役務を承継して、それを用いて経営を行うことにより、 混同を生じるおそれがある場合、商標類似性を肯定する方向に斟酌する裁判例 (東 京地判平成24年 7 月27日平成24年(ワ)第5946号 [小町苑]) があるが、本件と同様に、 取引実情がそういった混同を生じる独立の要素として考慮されるとしても、それは 補強的な理由として働くものにすぎない。 商標類否の判断基準に関する一考察(許) 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 187 ともに使用されており、他人の商品役務との誤認混同が生じることのない ような措置がされていること、被告キャラクターが出現するまで、果物の メロンと動物の熊を組み合わせた存在を具体的なイメージとして観念し がたかったことを考慮して、需要者が誤認混同するおそれは極めて低いと 認定し、商標の類似性を否定した。 ブランドイメージの相違を考慮したものとして、標章「Love cosmetic」 「ラブコスメティック」等 9 件と登録商標「LOVE」他 3 件との類否につき、 HP のトップページには、「性的な用途に使用する化粧品」又はそれを扱う 店の意味合いで「ラブコスメティック」という用語が用いられていること、 取り扱っている商品に性的用途に用いるための説明をしていることなど、 控訴人(被告)が、通常の化粧品メーカーないし販売業者とは異なり、性 的用途に用いる化粧品・雑貨を主として取り扱うイメージを宣伝広告戦略 としているという取引実情を、商標類似を否定する方向へ斟酌することを 認め、商標類似とする原判決を取り消した大阪高判平成20年11月 7 日平成 19年(ネ)第3057号[LOVE 控訴審](上告不受理)がある。また、図24.1 の控訴人(被告)標章「ELLEGARDEN」と図24.2の登録商標「ELLE」と の類否判断につき、控訴人(被告)標章ないしその現実的な使用態様から 喚起される控訴人(被告)商品の製造販売主体のイメージと、歴史的な経 緯に立脚し、本件 ELLE 商標とともに形成されてきた一審原告のブランド イメージとは到底合致しないことを、商標の類似性を否定する方向に斟酌 した知財高判平成20年 3 月19日平成19年(ネ)第10057号[ELLEGARDEN 控 訴審]も挙げられる。 図24.1 図24.2 独立の要素としての取引実情を考慮して商標類似性を否定するほかの 例として、原告登録商標「Cutie」と称呼の共通する被告標章「Qt」との 類否について争われた事案で、被告標章の使用態様(取引、広告等)を、 商標類似を否定する一要素として斟酌した東京地判平成11年 7 月23日平 論 説 188 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 成10年(ワ)第26638号[Qt]及び東京高判平成12年 1 月26日平成11年(ネ) 第4571号[同控訴審]や、原告商標と称呼の共通する被告標章が被告ホー ムページで使用されている事案で、トップページやそれに続くページに被 告の著名商標「NTTDoCoMo」との記載があることを斟酌した東京地判平 成16年12月 1 日平成16年(ワ)第12137号[(ドコモ)e サイト]や、被告標 章の文字部分は本件商品の商品名であることを斟酌した東京地判平成21 年 3 月31日平成19年(ワ)第18611号[Comfor るるど]がある。 さらに、混同基準が独り歩きして、現実の出所混同が生じるか否かを重 視して、取引実情を商標類似を否定する方向に斟酌することをもって、商 標の類似性を否定する判決も存在する。 例えば、取引業界の特徴を考慮した例として、控訴人標章「Bear」(図 25.1及び図25.2)と被控訴人登録商標「BeaR」(図25.3)との類否判断に つき、商標自体に対する考察を行った後、「bear(熊、ベアー)」に関連付 けられる観念及び称呼を生じさせる多数の商標が被服の分野において 様々な者により登録され実際に使用されているという実情、及び、被服類 の購入者や取引業者は襟ネームや商品タグによっても商品の出所を識別 するのが普通であるという実情といった一般的な取引実情のほかに、さら に、襟ネーム及び商品タグに控訴人標章を付した商品が販売されているの に対し、被控訴人登録商標「BeaR」自体は使用の実績が薄いという商標に 関連する個別の取引事情をも考慮して、商品の出所についての誤認混同を 生ずるおそれはないと判断し、商標類似を否定した東京高判平成14年12月 19日平成12年(ネ)第6252号[BeaR 控訴審](上告不受理)がある55。 図25.1 図25.2 図25.3 55 そのほか、東京地判平成26年 4 月30日平成24年(ワ)第964号 [名奉行金さん] がある。 商標類否の判断基準に関する一考察(許) 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 189 第 3 節 裁判例のまとめと新たな動向 第 1 款 裁判例のまとめ 第 1 項 裁判例のまとめ その 1 -登録阻却の場面- (一)定型的規制の時期の裁判例のまとめ (1)三点要素の考察について 昭和60年代前後までの審決取消訴訟では、商標類否の判断につき、外観、 観念、称呼のうち一つが類似すれば商標が類似するという従来の考え方に 強く影響を受けている。商標類似の肯定例には、三点要素のうち一つの要 素の類似を理由として、商標の類似性を決するものが多数あり、商標類似 の否定例は、ほとんど三点要素の類似性ともに否定した場合である。また、 観念が生じないか、又は観念において比較できない場合には、称呼、外観 の非類似に基づき、商標の類似性を否定することが認められるものの、外 観、称呼、観念がともに生じる場合において、単に一つの要素における非 類似に基づき商標の類似性の否定を導くもの、又は、称呼・観念非類似若 しくは外観・観念非類似に基づき商標の類似性の否定を導くものはほとん どない。 この時期の後期に入って、三点要素のいずれかが類似すれば商標の類似 性を決する論法に「特段の事情がない限り」という限定を加え、判断を緩 やかにする可能性を示した裁判例が出てきた。これらの判決を嚆矢として、 ほかの要素を検討するまでもなく、一つの要素のみが類似することをもっ て商標類似を肯定するという従来のやり方が変わり、三点要素の間で互い に与える影響を考慮するようになってきた。 (2)取引実情の斟酌について 昭和60年代前後までの審決取消訴訟では、商標類否の判断につき、取引 の実情はあまり考慮されていないと見られる。他方で、商標に生じる称呼 を認定するために取引実情を考慮するものや、商標の識別力の有する部分 を確定する作業において商標の周知著名性を考慮するもののように、補助 的な要素として取引の実情を考慮する裁判例は何件かある。また、取引実 情を独立の要素として考慮することについては、後願商標の周知著名性を 商標非類似に斟酌するものと、両商標の称呼が紛れるおそれのある事案で、 論 説 190 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 需要者が商標の称呼について常に冷静に注意深く発音しかつ聞き取ると は限らないという取引現場の実態を両商標が類似するという方向に斟酌 したものがある。 (二)柔軟な規制の時期の裁判例のまとめ (1)三点要素の考察について 平成初期からの審決取消訴訟では、外観、称呼、観念等によって、取引 者、需要者に与える印象、記憶、連想等を総合して、全体的に考察する、 すなわち、総合考察を行う判決が主流を占めてきた。 その時期においては、三点要素の類否による商標類否の判断について、 次のような傾向がある。まず、商標類似の肯定例につき、称呼、外観、観 念がともに類似すると判断した場合、ほとんどの事案では両商標が類似す るという結論になる。観念において類似する場合に、称呼又は外観上の一 要素の相違は、常に類似性を否定する方向に強く働くとは限らない。外観 がそれほど顕著な特徴を有するものとはいえない場合、外観上の相違は商 標の類似性を否定する方向に強く働く要素とまではならない。商標から複 数の称呼、観念が生じえる場合、一つの称呼、観念が他人の商標の称呼、 観念と同一又は類似であるとはいえないとしても、他の称呼、観念が他人 の商標のそれと類似するときは、両商標は類似するものと解することが許 される。 次に、商標類似の否定例につき、称呼、外観、観念ともに非類似となる と判断した場合(観念において比較しえない場合を含む)、ほとんどの事 案では両商標が非類似となるという結論になる。観念において非類似とな る場合には、称呼、外観のいずれかの要素が類似するとしても、商標の類 似性を否定する場合が多い。称呼において類似する場合があることのみを もって、直ちに商標非類似の結論を覆すことはできない。かえって、称呼 の類似の程度が比較的弱い場合、商標類似を否定することに妨げはない。 (2)取引実情の斟酌について 平成初期からの審決取消訴訟では、商標類否の判断につき、取引の実情 がよく考慮されるようになった。 この時期において考慮される取引実情の特徴といえば、補助的な要素と して商標類否の結論に影響を与えるものが多い。例えば、商標の三点要素 商標類否の判断基準に関する一考察(許) 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 191 を確定する際に取引の実情を考慮する判決や、商標の識別力部分を確定す るために取引の実情を考慮する判決、及び三点要素において重点を置くべ き要素を決する際に取引実情を考慮する判決が多数続いている。また、独 立の要素として取引実情が考慮される場合については、考慮される取引実 情の種類が多岐にわたっており、商標の使用態様、使用範囲を取引実情と して考慮するものとか、商標の知名度を取引実情として考慮するものとか、 商品・役務に係る実情を考慮するものとか、取引分野に係る状況を考慮す るものなどがあり、かかる裁判例も数少ないわけではない。 そして、独立の要素としての取引実情の考慮については、この時期は、 商標類似を否定する方向に考慮するものが多くなる。また、後願商標の周 知著名性を類似性を否定する要素として斟酌することも少なくないが、中 には、後願商標の著名性に由来する特別の称呼が日本語として定着してい るほど極めて著名であったという事案をも含んでいる56。そして、商品・ 役務の現在の販売態様・経営方式は、一般的には、商標非類似の方向には 斟酌されないが、最近その理に反する判決が次々出ている。ただし、それ らの考慮される取引実情は、ほとんど、補強的な理由として機能している と見られ、商標を構成する三点要素がいずれも非類似である場合に、取引 の実情からすれば出所混同のおそれがあることによって、商標が類似とす る裁判例はまだ見られない。 第 2 項 裁判例のまとめ その 2 -権利侵害の場面- (一)定型的規制の時期の裁判例のまとめ (1)三点要素の考察について 昭和60年代前後までの侵害訴訟では、商標類否の判断につき、三点要素 のうち一つが類似するときには両商標は類似するという旧法時代の判断 基準を援用する裁判例が続いている。ただし、それらの裁判例は図形標章 にかかわる事案であることが多く、ほとんどが称呼又は外観に基づき商標 類似を肯定する判決であり、観念のみが共通することだけで商標の類似性 56 極めて著名であって日本語として定着しており、長期的に変化がないと認められ る場合、著名性に由来した特別の称呼を顧慮して類似性を否定するものと評価され る (田村・前掲注 1 )119頁)。 論 説 192 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) を肯定した判決はまだ見られない。最高裁が登録阻却場面の事件において 判示した商標類否の判断に関する基準(最判昭和36年 6 月27日昭和33年 (オ)第1104号[橘正宗]、最判昭和43年 2 月27日昭和39年(行ツ)第110号[氷 山印]等)が受け入れられるとともに、昭和50年代以降は、三点要素に対 する総合考察を通じて、商標の類否判断を行う裁判例が多くなるという傾 向が見られる。 この時期に、総合考察の下で三点要素の類否による商標類否の判断を行 う裁判例については、次のような傾向が見られる。まず、商標類似の肯定 例につき、外観、称呼、観念の三点要素がともに類似である場合には、商 標の類似性を肯定することはもとより当然であり、さらに、称呼、観念の 二点にわたって同一又は類似している場合にも、一般にはそれ自体強く誤 認混同のおそれを事実上推定させるものであるとして、商標類似を肯定す る裁判例が多い。そのうち、外観が異なると認定したとしても、称呼、観 念の同一性をもって商標類似を肯定することもあるが、そのような事案の ほとんどが、英文字若しくは漢字の標章と、それを仮名若しくはローマ字 により表示された標章とが争われた事案であり、日常的には、英文字又は 漢字を仮名又はローマ字により表示することはよくあるので、外観上、文 字種類の相違があるぐらいは商標類似の阻却に強くは働かないと考慮さ れたのだろう。また、観念の類否を判断要素から除外して、称呼、外観に おける類似性をもって商標類似を肯定するものが少なくない。それについ ては、事実認定の問題として、商標の構成が特定の意味を有しない造語で あるとか、意味のある特定の観念が生ずるものではないといった事情で、 観念において特定の意味を有さず、比較できない場合がよくあるので、そ の場合に、称呼、外観の類似をもって商標の類似性を肯定するのは妥当で あろう。次に、商標類似の否定例につき、称呼、外観、観念がともに非類 似である場合には、裁判例は常に商標の類似性を否定する一方、称呼、外 観が明らかに異なる場合にも、商標の類似性を否定する判決が少なくない。 称呼、外観を異にする場合、通常は、両者の区別が付くと推察されるから、 観念類似のみで出所混同を生じさせることは滅多にないことであり、称呼、 外観において明らかに異なる場合、商標類似を否定するのが穏当であろう。 (2)取引実情の斟酌について 昭和60年代前後までの侵害訴訟において、商標類否の判断につき、取引 商標類否の判断基準に関する一考察(許) 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 193 実情を考慮する裁判例がいくつかある。被告標章の使用態様を考慮して称 呼を認定するものや、商標の識別力を有する部分を確定するため商標の周 知著名性を斟酌するものは、いずれも補助的な要素として取引実情を考慮 した裁判例に属する。取引実情を独立の要素として考慮することについて は、取引実情を商標類似を肯定する方向に斟酌する裁判例はあるものの、 商標類似を肯定する補強の理由として考慮するものである。それに対し、 独立の要素としての取引実情を商標類似を否定する方向に斟酌すること は、否定される場合が多い。したがって、厳密にいえば、この時期での商 標類否判断において独立要素としての取引実情を考慮する判示は、拘束力 のある判旨部分においては見られない。 (二)柔軟的規制の時期の裁判例のまとめ 平成初期からの侵害訴訟では、商標類否の判断につき、大森林最高裁判 決と小僧寿し最高裁判決を通じて、具体的な取引実情の強調及び出所混同 基準の展開を行うとともに、三点要素の一つが類似すれば商標の類似性を 直ちに肯定する裁判例が見られなくなり、代わって、取引実情に対応して、 三点要素を逐一検討した結果に基づき総合考察を行う手法が一般的にな った。 この時期、三点要素を確定するために考慮される取引実情は、標章の使 用態様又は標章の周知著名性に限られず、考慮が許される取引実情の範囲 は広がり、容易に認められるようになる。取引実情を出所混同の有無を判 断する一要素として考慮することについては、取引事情を補強的な理由と して商標類似を肯定する方向に斟酌するものが続いている一方、三点要素 のうち類似する点がある場合においても、取引事情を商標類似を否定する 方向に斟酌するものが増えている。 この時期の侵害訴訟では、商標類否の判断につき、取引の実情を広く斟 酌する裁判例が多くなっているにもかかわらず、これとは反対に、明確に 異なる立場を採用する裁判例がないわけでもない57。 57 例えば、一時的、浮動的な取引実情を考慮すべきではないとする裁判例として、 被告標章が付された商品について、当該被告ゲーム機の夏休みキャンペーンでの販 売方法が今後とも永続する販売方法であると認めることはできないとして、商標類 論 説 194 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 第 3 項 小括 商標類否の判断に関する裁判例は、大まかにいって、昭和60年代前後ま での定型的に認定する判決が主流を占めていた時代から、その後の、平成 初期からの柔軟に認定する時代へという変遷が見られる。 定型的規制の時期においては、裁判所は、基本的には、外観、称呼、観 念の三点要素の類否に基づき商標類否の判断を行っており、取引実情の考 慮については、考慮される取引事情の範囲は主に標章の使用態様又は標章 の周知著名性に限られている。すなわち、裁判所は標章自体が需要者にい かに認識されているかという点に着目するに止まっている。また、その時 期では、三点要素のいずれかが類似すれば商標類似とする旧法時代の考え 方が続いている一方、逆に、後期から三点要素の相互間の影響を考慮する 裁判例が多くなっている58。それに対し、柔軟な規制の時期においては、 三点要素に対する総合考察が主流を占めており、取引の実情も広く考慮さ れるようになった。考慮される取引実情は、標章の使用態様又は標章の周 知著名性に限らず多岐にわたるようになった。もっとも、取引の実情を考 慮する判決は多くの場合補助的な要素として三点要素の枠内で斟酌する もので、独立の要素として斟酌する判決においても、ほとんど商標類否の 判断の結論を補強する理由の一つとして追加するものにすぎない59。 以上のとおり、定型的規制の時期はもとより、柔軟な規制の時期におい ても、取引実情の考慮につき謙抑的な態度を示す裁判例が主流であるよう に見える。商標類否の判断においては、外観、称呼、観念という三点要素 似を否定する理由を斟酌しなかった東京地判平成18年12月22日平成17年(ワ)第 18156号 [LOVEBERRY] がある。 同旨の判決として、被告商品が本件ロックバンドの人気上昇等に従い、デパート や衣料品の通販チャンネルで販売されることも十分ありうると認められるから、ラ イブ会場や被告ウェブサイトを通じて販売されているとの現在の販売方法が今後 とも永続する販売方法であるとまで認めることはできないとした東京地判平成19 年 5 月16日平成18年(ワ)第4029号 [ELLEGARDEN] が挙げられる。 58 登録阻却の場面の判決と権利侵害の場面の判決とでは、総合考察の普遍化のタイ ミングにずれがあり、昭和50年代後期において、前者は未だ総合考察を示唆するに 止まっているのに対し、後者は既に総合考察を展開していたように見られる。 59 前掲注 7 )66頁以下の、登録阻却の場面における裁判例の動向の分析を参照。 商標類否の判断基準に関する一考察(許) 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 195 の根本的な地位が動揺しているわけではない。 第 2 款 裁判例の新たな動向 第 1 項 登録阻却の場合における近時の裁判例の傾向 近時の判決においては、取引実情を商標類否の判断の際に斟酌すること について、厳格な傾向が見られる。 商標の類似性を肯定する際に、当事者が評価障害事実(類似性を否定す るための事実)として取引実情を主張したとしても、その斟酌を認めない ものは多い。 例えば、両商標を区別させるほどの周知著名性を認めることなく、商標 類似を肯定するものとして、知財高判平成25年 9 月 5 日平成25年(行ケ)第 10045号[カガミクリスタル江戸切子](本願商標と引用商標のどちらにつ いても、一方が他方を凌駕して、圧倒的に顕著な著名性を有しているとは 認めなかった)、知財高判平成23年 9 月27日平成23年(行ケ)第10081号[モ ンテローザカフェ](本件商標権者である原告の商号の周知性は商標類否 の判断結果に影響するという主張を認めなかった)、知財高判平成26年 5 月21日平成25年(行ケ)第10345号[マキシマム](本願商標の周知性及び一 時的な取引実情を認めなかった)、知財高判平成22年 6 月28日平成21年(行 ケ)第10409号[e-watching](本願商標の周知著名性を認めなかった)、知 財高判平成25年 3 月21日平成24年(行ケ)第10290号[Baby Mon chouchou] (本件商標と同一商標権者の別の既使用著名商標との同一構成を認めなか った)、また、知財高判平成26年 1 月27日平成25年(行ケ)第10113号[CST 方式](本願商標の周知性を否定するとともに、指定商品のソフトウェア は簡易迅速とは無縁の領域にあるという主張を認めなかった)がある。 需要者が限定されるという実情を認めることなく、商標類似を肯定する ものとして、知財高判平成25年 1 月17日平成24年(行ケ)第10223号[Indian] (ファッションに関心を持つ若い男性層という需要者層が共通することは 混同を生じさせないという主張を認めなかった)、知財高判平成25年 7 月 18日平成25年(行ケ)第10029号・第10030号[SAMURAI JAPAN](具体的 な取扱商品、販売ルート及び需要者層を限定して経営することを認めなか った)、また、知財高判平成23年 7 月21日平成23年(行ケ)第10087号[ホレ 論 説 196 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) カ](一般消費者を対象とし、消費者を限定した上での主観的観念の相違 という主張は採用されなかった)がある。 商標の保護範囲を減縮させる事実を認めることなく、商標類似を肯定す るものとして、知財高判平成25年11月21日平成25年(行ケ)第10168号 [Indian・図形・Indian Motocycle Co., Inc.](引用商標未使用の事実を認め なかった)、また、知財高判平成24年 7 月26日平成24年(行ケ)第10054号・ 第10055号[スマイルマーク](スマイル商標は指定商品において多数登録 され、その態様はそれぞれ異なることに基づき、類似範囲を同一の図形に 限定すべきという出願人の主張を認めなかった)がある。 類似性に消極的に働く取引実情を認めることなく、商標類似を肯定する ほかの例として、知財高判平成25年 6 月26日平成24年(行ケ)第10417号 [ASCEND]、知財高判平成26年 6 月18日平成25年(行ケ)第10322号[チボ リ]、知財高判平成24年 6 月13日平成23年(行ケ)第10328号[レインボー] がある。なお、否定する例として、知財高判平成24年 7 月19日平成23年(行 ケ)第10375号[POWERWEB]がある。 また、取引実情を商標類似の方向に斟酌することも否定されることが少 なくない。 商標の類似性を否定するために、当事者が評価根拠事実(類似性を根拠 付けるための事実)として取引実情を主張したとしても、その斟酌を認め ることなく、商標類似を否定するものとして、例えば、知財高判平成26年 2 月 5 日平成25年(行ケ)第10127号[Meiji](スタッフの間で主観的に呼ん でいる称呼を商標から生じる称呼と認めなかった)、知財高判平成25年 1 月15日平成24年(行ケ)第10293号[Deep Sea Driver](引用商標「DEEPSEA」 が公知であることを認めなかった)、また、知財高判平成24年 2 月21日平 成23年(行ケ)第10203号[VOSS](指定商品が日常消費物資であり取引者 等が一般消費者であることに基づき、称呼を重視するすべきという被告特 許庁の主張を認めなかった)がある。 第 2 項 侵害訴訟の場合における近時の裁判例の傾向 近似の裁判例は、混同基準が独り歩きする判断を見直し、定型的な判断 に復帰する傾向が見られる。 まずは、取引実情を斟酌せず、三点要素の総合考察を行った上で、商標 商標類否の判断基準に関する一考察(許) 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 197 類否を判断する裁判例が多くなった。その例として、登録商標と被告標章 自体の構造及び各部分の識別力に対する考察を通じて、三点要素の対比を 行った上で、商標類似を否定したもの(東京地判平成17年 3 月30日平成16 年(ワ)第25661号[スタビライゼーション]、二審の知財高判平成17年11月 24日平成17年(ネ)第10082号[同控訴審]も商標非類似の結論を支持した)、 また、被告標章の周知性やカタログでの実際の使用態様などが商標非類似 の方向に主張されたが、裁判所がこれらの取引実情を考慮せず、三点要素 の対比から、両商標は類似すると判示したものがある(東京地判平成14年 8 月22日平成 8 年(ワ)第14026号[インディアンモーターサイクル 中間判 決])60。 原告登録商標若しくはその要部と被告標章若しくはその要部とが表示 自体においてかなり似ている場合、取引実情などを主張して、出所混同が 生じないと反証する余地が少ないため、三点要素の総合考察に従って商標 類似を肯定する例が多い(東京地判平成19年 7 月26日平成18年(ワ)第 28323号[自然健康館]、知財高判平成19年12月25日平成19年(ネ)第10065 号[同控訴審]、大阪地判平成20年 7 月10日平成19年(ワ)第14984号[青丹 よし]、大阪地判平成21年 9 月17日平成20年(ワ)第1606号[SWIVEL SWEEPER]、東京地判平成21年12月24日平成21年(ワ)第19888号[薄茶形 図形の組合せ図]、知財高判平成22年11月29日平成22年(ネ)第10015号[同 控訴審]、東京地判平成22年 3 月 4 日平成20年(ワ)第10735号[I(ハート 形の図形)Nail]、東京地判平成22年 7 月16日平成20年(ワ)第19774号[シ ルバーヴィラ]、東京地判平成22年10月14日平成21年(ワ)第10151号[S-cut /エスカット]、大阪地判平成23年 6 月 2 日平成22年(ワ)第11115号[PIA]、 また、大阪地判平成23年 7 月21日平成21年(ワ)第16490号[ポリマーガー ド])。 外観、称呼、観念の類似性が強い事案において、取引の実情をほとんど 60 原告と被告の地位が逆になっている、もう一つの侵害訴訟事件についての判決と して、東京地判平成14年 8 月22日平成 8 年(ワ)第9391号 [インディアンロゴ 中間判 決] がある。二つの事件ともに、各事件の原被告がそれぞれ自分の有する登録商標 権に基づき侵害訴訟を提起したものであるが、商標類似を肯定したのは、相手の有 する登録商標権と同一ではない標章を対象としていたからである。 論 説 198 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 検討せず類似性を肯定している近時の例として61、東京地判平成24年 1 月 26日平成22年(ワ)第32483号[KAMUI]、東京地判平成24年 4 月25日平成 23年(ワ)第35691号[Shibuya Girls Collection]、大阪地判平成24年 7 月12日 平成22年(ワ)第13516号[SAMURAI]、東京地判平成24年10月17日平成23 年(ワ)第26696号[エイブル]、東京地判平成25年 3 月22日平成22年(ワ)第 44788号[とんかつ和幸]、大阪地判平成25年10月17日平成25年(ワ)第127 号[RAGGAZZA]、東京地判平成25年11月28日平成24年(ワ)第16372号 [RAFINE ]、東京地判平成26年 1 月31日平成24年(ワ)第24872号 [Pierarejeunne/ピエラレジェンヌ]、東京地判平成26年11月14日平成25年 (ワ)第27442号・第34269号[SHIPS]、東京地判平成27年 1 月29日平成24 年(ワ)第21067号[IKEA]、東京地判平成27年 2 月27日平成26年(ワ)第7132 号[Agile]、東京地判平成27年 9 月10日平成26年(ワ)第29617号[TKD] がある。 そのほか、外観、称呼、観念の点で類似性が否定される裁判例では、取 引の実情はほとんど考慮されず侵害が否定されている62。その例として、 大阪地判平成25年 1 月24日平成24年(ワ)第6896号[Cache]、東京地判平成 25年 3 月28日平成24年(ワ)第8346号[御用邸]、東京地判平成25年10月23 日平成24年(ワ)第27475号[ふふ一審]、知財高判平成26年11月19日平成25 年(ネ)第10101号[同控訴審]、東京地判平成26年12月 5 日平成25年(ワ)第 25768号[プラネット]、東京地判平成27年 4 月27日平成26年(ワ)第21249 号[HYBRID AERO]、また、大阪地判平成27年10月15日平成26年(ワ)第3179 号[中古車の110番]が挙げられる。 次に、当事者が類似性に消極的に働く取引実情を主張し、この取引事情 を審査したが、その存在を否定し、三点要素の検討に基づき商標類似を肯 定する裁判例も少なくない。 例えば、各関連実情に基づき類似性に消極的に働く取引実情の存在可能 性を認めないものとして、取引の実情から見て「Epi Salon」「エピ・サロ ン」「エピサロン」との標章が脱毛美容の役務に使用されても、原告商標 61 平澤卓人「商標的使用論の機能的考察(1)」知的財産法政策学研究48号 (2016年) 235頁も参照。 62 平澤・前掲注61)を参照。 商標類否の判断基準に関する一考察(許) 知的財産法政策学研究 Vol.49(2017) 199 「EPI/エピ」と出所の混同が生じるおそれはない旨の被告の主張に対し、 裁判所が、「EPI」「エピ」が「脱毛」の意味として使用されること、原告 の脱毛サービスには「EPI」「エピ」の名称が付されること、「epi」が脱毛 を意味することが知られるようになってきていること、原告が被告に先行 して「EPI/エピ」を使用していたものであることを考慮して、「Salon」 標章が需要者に被告の出所のみを識別させるものとなっていたものとは 到底いえないとして、上記の被告の主張を認めなかったものがある(東京 地判平成19年11月21日平成18年(ワ)第17960号[EPI])。また、当事者が主 張する類似性に消極的に働く取引実情は、経験則上、生じる可能性が低い と判断して考慮しなかったものとして、表紙の視覚的構成が近似する雑誌 がある中で、需要者が題号を識別して商品の選択をしていることは、客観 的根拠を欠くものであり、被告の憶測にすぎない上、原告雑誌や本件雑誌 1 の需要者が通常人よりも高い注意力を有して当該雑誌を選択していると も認められないとして、外観、称呼、観念ともに類似することに基づき、 両商標の類似性を肯定したものがある(東京地判平成17年12月21日平成16 年(ワ)第8092号[本当にあったH(エッチ)な話])。さらに、類似性に消 極的に働く取引実情を否定するために、具体的混同例を挙げて、商標類似 を肯定するものもある(名古屋地判平成13年11月9日平成12年(ワ)第366号 [JamJam])63 64。 63 そのほか、混同を生じない取引実情の存在を否定しつつ、三点要素の考察によっ て商標類似を肯定する裁判例として、大阪地判平成24年 7 月12日平成22年(ワ)第 13516号 [SAMURAI] (控訴審も支持)がある。他方、三点要素を検討した結果は類似 とすべきであって、その判断を否定する取引の実情の存在もないと述べつつ、商標 類似としたものとして、東京地判平成26年11月14日平成25年(ワ)第27442号・第 34269号 [SHIPS]、知財高判平成26年 1 月27日平成25年(行ケ)第10113号 [CST 方式]、 また、東京地判平成26年 5 月21日平成25年(ワ)第31446号 [エルメス・バーキン] が ある。 64 判断の順序としては、先に、出所混同のおそれを否定するような取引の実情は存 在しないことを認定してから、外観、称呼、観念の対比によって類否判断を行う裁 判例もある (大阪地判平成23年 6 月30日平成22年(ワ)第4461号 [MONCHOUCHOU]、 大阪高判平成25年 3 月 7 日平成23年(ネ)第2238号・平成24年(ネ)第293号 [同控訴 審])。