学位論文審査の要旨 博士の専攻分野の名称  博士 (工学)    氏名   Orasutthikul Shanya  審査担当者 主 査 教 授  横田弘        副 査 教 授  上田多門        副 査 教 授  杉山隆文 学位論文題名 Rehabilitation of corrosion damaged reinforced concrete beams with recycled nylon fiber reinforced sprayed polymer cement mortar (リサイクルナイロン繊維を混入したポリマーセメントモルタルによるコンクリート部材の補修 効果)  近年、海洋に投棄される廃棄物によって種々の問題が引き起こされている。漁網には優れた長期 安定性や軽量という利点からナイロン製のものが多く用いられ、その使用量も年々増加している が、それに伴い海洋中に廃棄される漁網も増加し、海洋ごみの 10%にあたる約 64万トンもの量が 毎年海洋中に放置されていると推測されている。海洋中に放置された漁網は、海洋生態系の破壊に つながるなどの理由から回収され始めてきているものの、回収後の処分方法は確立されておらず、 できる限りリサイクルすることが求められている。  一方、圧縮強度に比べて引張強度が非常に低いという欠点をもつセメント系複合材料に対し、引 張強度の向上やひび割れ分散等の様々な力学性能の改善の手法として、短繊維の混入による補強が 実用化されている。近年では、鋼製繊維のみならず合成繊維の利用も進められようとしている。し たがって、廃棄漁網から補強用の短繊維が再生できればその利点は計り知れない。  廃棄漁網から再生したリサイクルナイロン短繊維をセメント複合材料の補強繊維として用いるた めには、まず短繊維の混入条件に応じて得られる補強効果を定量化し、利用条件を明らかにする必 要がある。ナイロン繊維自体の性能は他の合成繊維に比べて高くはないので、補強効果を十分に得 るための仕様について十分な考察が必要となる。特に、セメント複合材料中でのナイロン繊維の引 抜けに対する抵抗性の変化などの挙動をより詳細に把握することが求められる。また、塩害劣化の 生じた鉄筋コンクリート構造物の補修材料として用いることを想定すれば、補修条件に応じた性能 回復効果を定量化する必要があり、それに応じた劣化構造物の補修プログラムも提示する必要が ある。  このような背景のもとで、本論文では、廃棄漁網より再生したリサイクルナイロン短繊維をセメ ント複合材料の補強材料として用いる手法の有用性を明らかにし、補修工法として吹付けポリマー セメントモルタルによる断面修復に適用する場合の効果的な使用方法について、推奨補修プログラ ムの提示とともに提案している。リサイクルナイロン短繊維は、他の合成繊維に比較してセメント マトリックスとの付着性能が十分ではないものの、適切な繊維の長さと混入条件を選択すること で、断面修復材の補強材料として十分に適用できることを明らかにしている。  本論文は全 5章から構成されており、各章の内容は以下のとおりである。  第 1章では、研究の背景と意義および関連する既往の研究成果をまとめており、これらを受けて 研究の目的とともに論文の構成を示している。  第 2 章では、廃棄漁網より再生したリサイクルナイロン短繊維のモルタル補強材としての活用 の可能性を実験的に検討している。フレッシュモルタルのフロー値、圧縮強度と曲げ強度、曲げじ ん性と残存強度に着目して、繊維の長さ、混入率等を変化させて、PVA短繊維や PET短繊維との 比較により、リサイクルナイロン短繊維のモルタル補強材としての適用性を明らかにしている。ま た、漁網からリサイクルする特徴を生かして、短繊維の両端に結び目をつけることの効果について も、検討している。  第 3章では、リサイクルナイロン短繊維により補強したポリマーセメントモルタルを吹付け断面 修復材として利用することの可能性について考察している。電気化学的に促進腐食させた鉄筋コン クリートはりを対象に除去する劣化部分の深さを変化させた場合の修復効果について、曲げ耐力、 変形性能、曲げ剛性、ひび割れ発生状況に着目して明らかにしている。特に、従来より用いられて いるポリエチレン繊維混入モルタルとの比較も示している。  第 4章では、鉄筋コンクリート部材のライフサイクルデザインの一環として、鉄筋の腐食程度と それに対する補修による回復レベルの組合せによるシミュレーションを行い、リサイクルナイロン 繊維を混入した吹付けポリマーセメントモルタルによる断面修復による補修プログラムの立案につ いて考察し、効果的な適法方策を提案している。  最後に第 5章では、本研究の結論として得られた知見と結論をとりまとめ、今後の課題を示して いる。  これを要するに、著者は、廃棄漁網から再生したリサイクルナイロン短繊維をモルタル補強材と して活用することの可能性を基礎的な物性評価試験によって明らかにするとともに、これを混入し た吹付けポリマーセメントモルタルを断面修復材として活用する方策についての知見を得たもので あり、コンクリート工学、鉄筋コンクリート工学、維持管理工学に貢献するところ大なるものがあ る。よって著者は、北海道大学博士 (工学)の学位を授与される資格あるものと認める。