ソーシャルメディア時代における コミュニケーションのあり方の研究 初音ミク衛星プロジェクトを事例として t_watanabeアットimc.hokudai.ac.jp メディア社会学 第4回 2018年5月7日(月)@同志社女子大学 渡辺謙仁 はじめに • アマチュア無線やPCが好きな少年たちが アニメや美少女ゲームも好きだったこと から、秋葉原や日本橋はオタクの街に なったと言われている。 – 趣味の「沼」は繋がっている。 • ニコニコ技術部は古き良き秋葉原や日本 橋の「風景」を保存しているのかもしれ ない。 • 色々な疑問・質問を考えながら聴いてく ださい。 今日のお話の内容 • 近年、ソーシャルメディアの普及に伴って コミュニケーションのあり方が大きく 変化している • ソーシャルメディア時代の寵児である 「初音ミク」に宇宙でネギを振らせる 「ソーシャルメディア衛星開発プロジェクト SOMESAT」を取り上げ、フィールドワークを 通して、現代のコミュニケーションのあり方を 理解する • 私がどのように、フィールドへの興味から 社会(科)学的な研究を組み立てたかを話す 3 私の略歴 • 東京理科大学 理学部第一部 物理学科 (教育工学の研究室) 卒業 • 大阪教育大学大学院 教育学研究科 理科教育専攻 修士課程(天文学研究室) 修了 • 北海道大学大学院 国際広報メディア・観光学院 国際広報メディア専攻 博士後期課程 在学中 4 もともと、科学技術や宇宙に興味があった (日本の)教育工学は状況的学習論に依拠していた 状況的学習論 (レイヴ & ウェンガー 1993他) • 学習を、頭の中で 知識・技能を 獲得するものと捉える ↓学習観の転換 • 学習を、共同体への 参加の度合いの深化や アイデンティティの 変化といった 社会的状況の変容と 捉える 活動理論 (エンゲストロー ム 2013他) • 拡張による学習: 共同体の状況を発展的に 作り替えること 5 相 互 に 影 響 を 与 え 合 い な が ら 発 展 し て き た SOMESATの概要 ソーシャルメディアなどで 集まった人達で超小型衛星 を開発し、打ち上げる ニコニコ技術部が 発祥 「はちゅねミク」の 宇宙ネギ振り ソーシャルメディアと連動 したミッション 社会の反応を 調べる 宇宙を身近にする ことを狙う 6 1999年、仕様発表 2003年、世界で初めて打上げ 10 cm立方が基本サイズ 人工衛星の開発・打上げ費用を大幅に下げた 多くの大学や企業などが開発 超小型衛星キューブサット 7 キューブサット・キット Ardusat DemoSat $600 PocketQube Kit v1.0 EM $10,299 OPUSAT-KIT ARTSAT KIT 80万円 8 個人に開かれた宇宙開発 • 衛星の自作 • 宇宙開発の民主化 9 衛星開発を個人に開かれたものにしようとする 企画の例 企画ID等 主な人の つながり方 コンセプト SOMESAT 情報縁 (ニコニコ技術部) 初音ミクが宇宙でネギ振り ソーシャルメディアとしての衛星 企画J 地縁とネットの ハイブリッド 女子高生(女子工学部生)が主任の衛星開発 宇宙でシャボン玉(膜構造)生成実験 企画A 大学のチーム 広く社会に開かれた「みんなの衛星」 人間の感覚や感情を刺激する「感じる衛星」 衛星本体の機能と外見がトータルにデザインされた「美しい衛星」 企画R 学縁・職縁 イベント縁 情報縁 サラリーマンによる衛星開発 あこがれを創出する宇宙船デザイン 日常の問題と宇宙開発を結ぶ 企画F 大学のチーム 技術やコスト面でのハードルを下げる 多くの人が衛星創りに参加できる仕組みを作る 企画D 企業と大学と個人 からなるチーム 1000人の仲間で打上げる人工衛星 「産・学・民」が力を合わせ、みんなで作る 10 ニコニコ技術部 • ものづくり系の動画に つけられた「タグ」から 始まった • 部員を自称する者による 自発的な活動 • 組織や入部資格がある わけではない • ニコ動のアーキテクチャが 可能にしたn次創作 (濱野 2008) • 越境するキャラクター的 身体(濱野 2011) 11 越境する キャラク ター的 身体 ニコニコ動 画のアーキ テクチャー 宇宙開発の 民主化 12 SOMESATを生み出した社会技術的条件 「金星ミク」に13,849人のメッセージが集まった • 2010年、打ち上げ • 2015年、金星到達 • ネットワーク社会の島宇宙を 跳躍する(濱野 2011)だけで なく、真の宇宙へも飛翔する キャラクター的身体 13 事実上、出入りが自由でメンバーが入れ替わる場 IRC (2018年4月まではMTGに利用) ニコニコ生放送やツイキャス 進捗をTwitterでつぶやきあい Togetterでまとめる オフラインの勉強会や食事会 電子工作の展示会や 模擬衛星・ロケットの大会 IRCという場 • ニックネームを確認したメンバーは約55人 • オフラインで会ったことがあるメンバーは 約25人 • ログインしなくても過去ログを閲覧可能 15 種々の匿名状態の階層構造 (Morio and Buchholz(2009)のFig. 1を改変) 識別性の欠如 アイデンティティ の乖離 視覚的匿名性 IRCという 場の匿名性 匿 名 性 の 水 準 高 低 16 現在ではオフラインで見知った仲の人が多い 能代宇宙イベントの様子 17 出入りが自由ではなく、メンバーがあまり 入れ替わらない場 TwitterのDMグループ slack(2018年4月から) 大阪・日本橋の活動拠点 任意団体・法人の役職 2011年2月の質問紙調査の結果 (N=18) (渡辺 2011) 会社員 50% 公務員 11% 学生 17% ひみつ 5% その他 17% 性別は全員男性 年齢(何歳代かで質問, M=27) 職業(自由記述) 10代 11% 20代 33% 30代 39% 40代 11% 50代 6% 19 現在は構成が大きく異なる 状況的学習論を理論的枠組みとして学会発表 20 日本情報経営学会 第62回大会予稿より 岡部先生は状況論・活動論等で サブカルチャーを分析していた • カメラ付ケータイ利用のエスノグラフィ • ステージ構築からみるコスプレ実践の学び • 趣味的なものづくりを通した学習のフィール ドワーク: 大学におけるデジタル工作機械の 利用に着目して • 青年期前期のメディア利用からみる友人関係 --女子高校生のプリクラ利用を中心に • 文化的なオブジェクトとしての 「童貞」 • 腐女子のアイデンティティ・ゲーム: アイデ ンティティの可視⁄ 不可視をめぐって 21 もっと興味ある人は 渡辺謙仁, & 田邉鉄. (2016). 野火的な 「プロ ジェクト」 と学び: メディアとしての超小型衛 星開発プロジェクトにおけるフィールドワーク を通して. 認知科学, 23(3), 255-269. http://bit.ly/2KBYfWs 論文の目的 • ニコニコ技術部から立ち上がった メディアとしての超小型衛星開発 プロジェクトにおけるフィールドワークを 通じ、新たな学びの可能性を探ること 23 野火的活動 • 制度的組織や中心を持たず、人々が分散的 かつ流動的に繋がり、同時多発的に野火の ように広がる非継続的な活動でありながら 長寿命の活動 (Engeström 2009) • 例 – バードウォッチング、スケートボード (Engeström 2009) – Makerコミュニティやファブラボ(松浦 他 2015) ニコニコ技術部 24 うつわ型と野火型の比較 (香川 2015) タイプ ①継続性 ②報酬と動機 ③中心性 ④境界 うつわ・箱型 継続的、 組織的に存続 公的報酬が 明確にあり、 それに動機 付けられる 幹部や官僚 組織等の 中心が 比較的明確 コミュニティ の内と外との 境界が 比較的明瞭 野火・拡集型 非継続的だが 長命 はっきりとし た公的な 報酬はないが 高い動機 中心のない 共生的で ハイブリッド な繋がり 流動的で 境界が曖昧 25 野火的活動としてのSOMESAT • プロジェクトには原則的に誰でも参加でき メンバーは流動的かつメンバー/非メンバー の境界は曖昧 • 衛星の実物大模型やプロジェクトのPV といった有形無形のモノが自発的に多数 作られている • メンバーはSOMESAT内外のヒトやモノの つながりを動員して、衛星開発にとどまらず ペットボトルロケットの打ち上げなどの 幅広い活動を自発的に行っている 26 衛星開発にとどまらない幅広い活動 • D氏を中心とした 大型ペットボトルロケット 打上実験 • 個人的活動→部活動 →SOMESATの活動へと拡張 • D氏によるSOMESAT内外の 分散的なヒトやモノの つながりの動員 • SOMESATは分散的で 「多方向性のパルス」 (Engeström 2009)の ような発達の場でもある 発射台に据え付けられた 大型ペットボトルロケット 27 学校内外の学びをつなぐ実践を可能にしたものは何か? • 学校の教師の理解 • 分散的かつ流動的で多方向性のパルスの ような発達の場 • 中心人物の分散的なヒトやモノのつながりを 動員する能力 • 実名と匿名・仮名の使い分け 28 まとめにかえて • 上手く「パク」ろう! – 先行研究の検討を綿密に ×剽窃・盗用 • 学位はパスポート 早く取ってしまった方が先が拓ける – 時間の有効活用のためにも学校という制度はある • 完璧を目指すよりも、まず終わらせる • 全てのプロジェクトは未完の中間発表 – 心残りがあるなら命の続く限り、次回作を – もしくは次世代に託す 29 謝辞 ソーシャルメディア衛星開発プロジェクト SOMESATの皆様を始め、ご協力くださいまし た方々と、講義の機会をくださいました岡本 健先生に心から感謝いたします。 参考文献(1) 青山征彦. (2015). 越境と活動理論のことはじめ. In 香川秀太 & 青山征彦 (Eds.), 越境する対話と学び:異質な人・組織・コミュニティをつなぐ (pp. 19–33). 東京: 新曜社. 新井周作, 森下覚, 岡部大介, & 有元典文. (2004). 文化的なオブジェクトとしての 「童貞」. 横浜国立大学大学院教育学研究科教育相談・支援総合センター紀要, 4, 67-88. 超電磁P. (2009). 【NT京都】HAXAへのお誘い. Retrieved December 22, 2015, from http://www.nicovideo.jp/watch/sm6516836 Engeström, Y. (2009). Wildfire activities: New patterns of mobility and learning. International Journal of Mobile and Blended Learning, 1(2), 1– 18. エンゲストローム Y. (2013). ノットワークする活動理論 : チームから結び目へ. (山住勝広, 山住勝利, & 蓮見二郎, 訳.). 東京: 新曜社. 濱野智史. (2008). アーキテクチャの生態系 : 情報環境はいかに設計されてきたか. 東京: NTT出版. 濱野智史. (2011). 初音ミク、その越境するキャラクター的身体について. SFマガジ ン, 52(8), 84–87. 31 参考文献(2) 香川秀太. (2015). 矛盾がダンスする反原発デモ(前篇)―マルチチュードと野火 的活動. In 香川秀太 & 青山征彦 (Eds.), 越境する対話と学び:異質な人・組 織・コミュニティをつなぐ (pp. 309–335). 東京: 新曜社. レイヴ J., & ウェンガー E. (1993). 状況に埋め込まれた学習 : 正統的周辺参加. (佐 伯胖, 訳) (初版). 東京: 産業図書. 松浦李恵, & 岡部大介. (2013). ステージ構築からみるコスプレ実践の学び. JCSS Japanese Congnitive Science Society, 409-412. 松浦李恵, 岡部大介, & 大石紗織. (2015). ものづくりコミュニティへの参加を通し た学習 : ファブラボ鎌倉におけるフィールドワークを通して. 認知科学, 22(2), 268–281. Morio, H., & Buchholz, C. (2007). How anonymous are you online? Examining online social behaviors from a cross-cultural perspective. AI & SOCIETY, 23(2), 297–307. 森岡澄夫, & ITmedia. (2010). 金星へ飛び立つ「あかつき」と初音ミクパネルを見 てきた. Retrieved October 19, 2017, from http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1002/23/news024.html 32 参考文献(3) 野尻抱介. (2009). 【NT京都】キャラクター・メディア衛星による社会実験の試み. Retrieved December 22, 2015, from http://www.nicovideo.jp/watch/sm6515711 岡部大介. (2006). カメラ付ケータイ利用のエスノグラフィ. ケータイのある風景- テクノロジーの日常化を考える-, 167-180. 岡部大介. (2008). 腐女子のアイデンティティ・ゲーム: アイデンティティの可視⁄ 不可視をめぐって. 認知科学, 15(4), 671-681. 岡部大介. (2009). 青年期前期のメディア利用からみる友人関係--女子高校生のプリ クラ利用を中心に. 社会情報学研究, 13(1), 1-15. 岡部大介. (2012). メディアとコミュニティ : つながりの社会的セッティング. In 茂呂雄二, 有元典文, 青山征彦, 伊藤崇, 香川秀太, & 岡部大介 (Eds.), 状況と活 動の心理学 : コンセプト・方法・実践 (初版, pp. 104–110). 東京: 新曜社. 岡部大介, & 松浦李恵. (2016). 趣味的なものづくりを通した学習のフィールドワー ク: 大学におけるデジタル工作機械の利用に着目して (特集論文 インタラク ティブファブリケーション). ヒューマンインタフェース学会論文誌 The transactions of Human Interface Society, 18(1), 19-25. 33 参考文献(4) 渡辺謙仁. (2011). ソーシャルメディア衛星開発プロジェクトSOMESATの質問紙調 査. In 日本天文学会2011年秋季年会発表ポスター. 渡辺謙仁. (2015). 初音ミクと宇宙開発の草の根な関係: 「ソーシャルメディア衛 星開発プロジェクトSOMESAT」に着目して. 草の根文化の時代, 2, 33–53 渡辺謙仁, & 田邉鉄. (2016). 野火的な「プロジェクト」と学び:メディアとしての 超小型衛星開発プロジェクトにおけるフィールドワークを通して. 認知科学, 23(3), 255–269. 34