北法69(1・1)1           目    次 序 論      ( 一 ) 先 行 研 究 の 概 観 と 近 年 の 研 究 動 向           ( 二 ) 本 稿 の 目 的 と シ ュ ミ ッ ト 民 主 主 義 論 に 関 す る 先 行 研 究 論      説       カ ー ル ・ シ ュ ミ ッ ト に お け る 民 主 主 義 論 の 成 立 過 程 ( 二 )                     ─ ─  第 二 帝 政 末 期 か ら ヴ ァ イ マ ル 共 和 政 中 期 ま で  ─ ─松  本  彩  花 論   説 北法69(1・2)2           ( 三 ) 本 稿 の 研 究 視 角 と 全 体 構 成 第 一 章    シ ュ ト ラ ス ブ ル ク 大 学 時 代 に お け る シ ュ ミ ッ ト の 思 想 ( 一 九 一 〇 ─ 一 九 一 九 年 )   第 一 節  『 国 家 の 価 値 と 個 人 の 意 義 』 に お け る 国 家 論   第 二 節  最 初 期 シ ュ ミ ッ ト に お け る 共 同 体 と 個 人   第 三 節  法 学 方 法 論 を め ぐ る 一 九 一 〇 年 代 に お け る シ ュ ミ ッ ト と ケ ル ゼ ン  ( 以 上 、 六 十 八 巻 六 号 ) 第 二 章    第 一 次 世 界 大 戦 期 に 始 ま る シ ュ ミ ッ ト の 独 裁 論 研 究 ( 一 九 一 五 ─ 一 九 二 一 年 )   第 一 節  独 裁 論 の 出 発 点 と し て の 戒 厳 状 態 論   第 二 節  第 一 次 大 戦 直 後 の シ ュ ミ ッ ト に お け る ボ ダ ン 論 と ホ ッ ブ ズ 論   第 三 節  『 独 裁 』 成 立 の 諸 状 況 と 委 任 独 裁 論 の 形 成   第 四 節  『 独 裁 』 に お け る 主 権 独 裁 論 ─ ─ 人 民 の 意 志 に つ い て の 考 察   第 五 節  プ ロ レ タ リ ア 独 裁 評 価 を め ぐ る シ ュ ミ ッ ト と ケ ル ゼ ン 第 三 章    シ ュ ミ ッ ト の 人 民 主 権 論 批 判 ( 一 九 二 二 年 )   第 一 節  『 政 治 神 学 』 に お け る 政 治 神 学 的 方 法   第 二 節  政 治 神 学 の 由 来 ─ ─ 反 革 命 国 家 哲 学 者 か ら の 影 響   第 三 節  シ ュ ミ ッ ト に お け る 政 治 神 学 的 方 法 の 継 承 と 独 自 の 展 開   第 四 節  人 民 主 権 の 成 立 過 程 を め ぐ る シ ュ ミ ッ ト と ケ ル ゼ ン  ( 以 上 、 本 号 ) 第 四 章    シ ュ ミ ッ ト 民 主 主 義 論 の 変 容 ( 一 九 二 三 ─ 一 九 二 六 年 ) 第 五 章    シ ュ ミ ッ ト 民 主 主 義 論 の 新 た な 展 開 と そ の 起 源 ( 一 九 二 七 年 ) 第 六 章    『 憲 法 論 』 に お け る シ ュ ミ ッ ト 民 主 主 義 論 の 完 成 ( 一 九 二 八 年 ) 結 び ※ 文 献 か ら の 引 用 を 示 す た め に 本 文 中 で 用 い た 略 号 に つ い て は 、六 十 八 巻 六 号 に 記 載 し た「 引 用 に つ い て 」を 参 照 さ れ た い 。 カール・シュミットにおける民主主義論の成立過程(2) 北法69(1・3)3 第 二 章  第 一 次 世 界 大 戦 期 に 始 ま る 独 裁 論 研 究 ( 一 九 一 五 ─ 一 九 二 一 年 )   本 章 は 第 一 次 世 界 大 戦 開 戦 か ら ド イ ツ が 敗 戦 と 革 命 を 経 験 す る ま で の 時 期 を 対 象 と し 、 一 方 で は シ ュ ミ ッ ト の 思 想 に 内 在 的 な 視 点 か ら 、 他 方 で は 彼 の 戦 争 体 験 等 の 時 代 体 験 を 踏 ま え た 歴 史 的 視 点 か ら 、『 独 裁 』( 一 九 二 一 年 ) が 形 成 さ れ る ま で の 過 程 を 解 明 す る こ と を 目 的 と す る 。 そ の た め に 以 下 で は 、 次 の よ う な 順 序 で 論 述 を 進 め る 。 第 一 に 、 近 年 公 刊 さ れ た 日 記 帳 と メ ー リ ン グ に よ り 著 さ れ た 新 た な 伝 記 に 基 づ き 、 第 一 次 大 戦 開 戦 直 後 に お け る シ ュ ミ ッ ト の 戦 争 や 軍 隊 に 対 す る 見 解 、 初 年 兵 と し て の 兵 営 で の 彼 自 身 の 戦 争 体 験 を 明 ら か に す る 。 第 二 に 、 バ イ エ ル ン 副 総 司 令 部 に 配 属 さ れ た シ ュ ミ ッ ト が そ こ で の 一 任 務 と し て 戒 厳 状 態 論 研 究 に 着 手 す る 経 緯 を 確 認 す る 。 こ こ で は 、 そ の 研 究 結 果 と し て 成 立 し た 「 独 裁 と 戒 厳 状 態 ─ ─ 国 法 学 的 研 究 」( 一 九 一 六 年 ) の 内 容 を 検 討 し 、 の ち に 『 独 裁 』 へ と 結 実 す る 萌 芽 的 研 究 が ど の よ う な も の で あ っ た の か を 明 ら か に す る 。 第 三 に 、 近 年 公 開 さ れ た 、 ミ ュ ン ヘ ン 商 科 大 学 講 師 時 代 の シ ュ ミ ッ ト の 講 義 録 ( 一 九 一 九 年 ) に 基 づ き 、 戦 後 の シ ュ ミ ッ ト に お け る ボ ダ ン 論 お よ び ホ ッ ブ ズ 論 を 再 構 成 す る 。 こ こ で は 、 当 時 彼 が す で に 近 代 の 絶 対 君 主 政 に よ り 確 立 し た 主 権 の 意 義 を 強 調 し 、 こ れ に よ り 「 国 家 的 統 一 」 が 可 能 と な っ た と 把 握 し て い た こ と 、 ま た 分 裂 し た 諸 個 人 を 統 合 し 国 家 的 統 一 の 状 態 を 作 り 出 す こ と を 可 能 に し た も の と し て 「 絶 対 的 代 表 」 の 思 想 を 評 価 し て い た こ と を 明 ら か に す る 。 第 四 に 、 こ う し た 構 想 が 発 展 し た 帰 結 と し て 『 独 裁 』 の 成 立 を 説 明 で き る こ と を 示 す 。 こ こ で は ま ず 、 シ ュ ミ ッ ト が ボ ダ ン の 主 権 論 に 即 し て 委 任 独 裁 を 概 念 化 し た こ と を 明 ら か に し た 上 で 、 ホ ッ ブ ズ 、 ル ソ ー 、 シ ー エ ス の 政 治 思 想 を 独 自 に 解 釈 す る こ と で 主 権 独 裁 の 概 念 化 に 成 功 す る 過 程 を 解 明 す る 。 つ ま り 人 民 の 意 志 と の 「 同 一 化 」 を そ の 根 拠 と し 、人 民 の 意 志 を 代 表 す る こ と を 特 徴 と す る 「 主 権 独 裁 」 が 定 式 化 さ れ る 背 景 に は 、 ル ソ ー の 人 民 主 権 論 に 対 す る 独 自 の 解 釈 、 お よ び シ ー エ ス の 制 定 権 力 論 か ら の 「 人 民 の 意 志 の 代 表 可 能 性 」 と い う 思 想 論   説 北法69(1・4)4 の 受 容 が あ っ た こ と を 明 ら か に す る 。 さ ら に シ ュ ミ ッ ト は 、 主 権 独 裁 の 一 事 例 と し て プ ロ レ タ リ ア 独 裁 を 捉 え 、 こ れ を 民 主 主 義 と 矛 盾 し な い も の と し て 把 握 し た 。 こ れ に 対 し て 同 時 代 の ヴ ィ ー ン 出 身 の 法 学 者 ハ ン ス ・ ケ ル ゼ ン は 、『 独 裁 』 公 刊 の 前 年 に 発 表 し た 論 文 (「 社 会 主 義 と 国 家 」 第 一 版 、 一 九 二 〇 年 ) に お け る マ ル ク ス 主 義 批 判 お よ び レ ー ニ ン 批 判 の 中 で 、 プ ロ レ タ リ ア 独 裁 は 民 主 主 義 と は 決 定 的 に 対 立 す る と 論 じ て い た 。 こ の 点 を 踏 ま え て 最 後 に 、 シ ュ ミ ッ ト と ケ ル ゼ ン そ れ ぞ れ の プ ロ レ タ リ ア 独 裁 観 を 対 比 し 、 シ ュ ミ ッ ト に よ る 独 裁 論 の 独 自 性 と 特 殊 性 に つ い て 検 討 す る 。 第 一 節  独 裁 論 の 出 発 点 と し て の 戒 厳 状 態 論 研 究 ( 一 ) 第 一 次 世 界 大 戦 開 戦 直 後 の シ ュ ミ ッ ト   周 知 の 通 り 、 一 九 一 四 年 六 月 二 八 日 に サ ラ エ ヴ ォ で 発 生 し た 、 オ ー ス ト リ ア ・ ハ ン ガ リ ー 二 重 帝 国 皇 位 継 承 者 フ ラ ン ツ ・ フ ェ ル デ ィ ナ ン ト 大 公 夫 妻 の 暗 殺 事 件 を 契 機 と し て 、ド イ ツ は 同 盟 国 オ ー ス ト リ ア と 共 に 戦 争 へ の 道 を 歩 ん で い く 。 翌 七 月 二 八 日 に オ ー ス ト リ ア が セ ル ビ ア に 対 し て 宣 戦 布 告 す る と 、 こ れ を 受 け て ロ シ ア が 総 動 員 令 を 発 令 し 、 ド イ ツ は 八 月 一 日 に ロ シ ア に 、 三 日 に フ ラ ン ス に 対 し て 宣 戦 布 告 す る に 至(1 )る 。   W .A .ヴ ィ ン ク ラ ー に よ れ ば 、 開 戦 直 後 の ド イ ツ で は 愛 国 主 義 的 気 分 が 蔓 延 し て い た 。 例 え ば 当 時 、 プ ロ テ ス タ ン ト 教 会 に お い て も カ ト リ ッ ク 教 会 に お い て も 、 聖 職 者 た ち が 教 壇 か ら 、 熱 狂 的 民 族 主 義 を 内 容 と す る 説 教 を 行 っ て い た と い う 。 同 様 の 状 況 は 講 壇 に お い て も 看 取 さ れ 、ド イ ツ の 大 学 教 授 た ち に お け る「 戦 時 ナ シ ョ ナ リ ズ ム 」の 高 揚 は「 一 九 一 四 年 の 理 念 」 の 喧 伝 に 示 さ れ て い た 。 こ れ は フ ラ ン ス に お け る 自 由 、 平 等 、 人 権 尊 重 を 謳 っ た 「 一 七 八 九 年 の 理 念 」 に 対 抗 し て 、 一 九 一 五 年 に ミ ュ ン ス タ ー の 経 済 学 者 J . プ レ ン ゲ に よ り 作 り 出 さ れ た ス ロ ー ガ ン で あ る 。 そ れ は 自 由 主 義 や カール・シュミットにおける民主主義論の成立過程(2) 北法69(1・5)5 個 人 主 義 、 民 主 主 義 や 基 本 的 人 権 と い っ た 「 西 欧 的 価 値 」 を 否 定 し 、 強 力 な 国 家 に よ っ て の み 保 証 さ れ う る も の と し て 義 務 や 秩 序 、 公 正 を 「 ド イ ツ 的 価 値 」 と し て 称 揚 す る も の で あ っ(2 )た 。 こ う し た 時 代 潮 流 の 中 で 、 一 九 一 五 年 六 月 に は 帝 国 主 義 的 な い し 膨 張 主 義 的 政 策 に 対 す る 支 持 を 表 明 す る 「 大 学 教 授 請 願 書 (Professoreneingabe )」 が 提 出 さ れ 、 著 名 な 学 者 や 芸 術 家 ら を 含 む 一 三 四 七 名 の 知 識 人 が 賛 同 し た 。 こ の 内 の 三 五 二 名 は 大 学 教 授 で あ り 、 そ こ に は 歴 史 学 者 E . マ イ ヤ ー や 法 学 者 O .v .ギ ー ル ケ も 含 ま れ て い(3 )た 。 こ の 請 願 書 は ベ ル リ ン の 神 学 者 R . ゼ ー ベ ル ク に よ り 発 案 さ れ た も の で あ り 、 ロ シ ア か ら 割 譲 さ れ る べ き で あ る と さ れ た 地 域 に お い て 大 多 数 の ロ シ ア 系 住 民 を 追 放 し 、 人 口 過 密 が 問 題 と さ れ た 他 の 地 域 か ら ド イ ツ 系 農 民 を 入 植 さ せ 、 当 該 地 域 の 「 ド イ ツ 化 (Eindeutschung )」 を 目 指 す も の で あ っ た 。   さ ら に 、 一 九 一 五 年 七 月 に は 『 ベ ル リ ン 日 刊 紙 』 の 編 集 者 T .ヴ ォ ル フ と 歴 史 学 者 H .デ ル ブ リ ュ ッ ク を 中 心 と し て 新 た な 声 明 が 表 明 さ れ た 。 こ れ は 「 政 治 的 に 自 立 し 、 独 立 性 に 習 熟 し た 諸 国 民 を 同 化 し 、 あ る い は 併 合 す る こ と は 非 難 さ れ る べ き だ 」 と す る 立 場 か ら 、 西 方 に お け る 領 土 拡 大 に 反 対 し つ つ も 、 東 方 に お け る 領 土 合 併 の 可 能 性 を 容 認 す る も の で あ っ(4 )た 。 す な わ ち こ れ は 、前 年 に 提 出 さ れ た 「 大 学 教 授 請 願 書 」 と 比 較 す る な ら ば 穏 健 な 政 策 を 支 持 す る も の で は あ っ た が 、 帝 国 主 義 的 な 領 土 拡 大 政 策 を 否 定 す る も の で は な か っ た 。 こ の 声 明 に 対 し て は 、 ド イ ツ 知 識 人 の 内 一 九 一 名 ば か り が 支 持 を 表 明 し た に 過 ぎ な か っ た が 、 し か し 神 学 者 A .v .ハ ル ナ ッ ク や 社 会 学 者 M .ヴ ェ ー バ ー 、 A .ヴ ェ ー バ ー 、 法 学 者 G .ア ン シ ュ ッ ツ と い っ た 錚 錚 た る 学 者 が 名 を 連 ね て い(5 )た 。 こ う し た 事 実 を 考 慮 す る な ら ば 、 第 一 次 開 戦 直 後 に お け る ド イ ツ の 大 学 で は 、 そ の 主 張 の 強 弱 に は 差 が あ っ た と は い え 、 愛 国 主 義 的 立 場 か ら 戦 争 を 肯 定 し 正 当 化 す る ナ シ ョ ナ リ ズ ム が 蔓 延 し て い た の で あ る 。   シ ュ ミ ッ ト の 日 記 帳 に よ れ ば 、 サ ラ エ ヴ ォ 事 件 の 報 に 接 し た シ ュ ミ ッ ト は 非 常 に 動 揺 し 、 衝 撃 を 受 け た 。 こ の 事 件 が 勃 発 し た 当 日 に 、彼 は 次 の よ う に 書 き 留 め て い る 。「〔 デ ュ ッ セ ル ド ル フ に ─ ─ 引 用 者 〕 帰 り 、カ イ ザ ー ホ フ で 夕 食 を と っ 論   説 北法69(1・6)6 て い る と 、 司 法 修 習 生 の カ ペ レ ─ ─ 彼 も そ こ で 愛 人 と 夕 食 を と っ て い た の だ が ─ ─ が や っ て 来 て 、 一 人 の セ ル ビ ア 人 に よ っ て オ ー ス ト リ ア の 帝 位 継 承 者 が そ の 妻 と と も に 射 殺 さ れ た こ と を 語 っ た 。 私 の 心 は 打 ち 砕 か れ 、 枢 密 顧 問 官 の と こ ろ へ 走 っ た 」(T B1:16 ( 6 ) 3 )。 さ ら に 、 そ の 翌 日 に は 次 の よ う に 記 し て い る 。「 冷 笑 す べ き で は な い 。 オ ー ス ト リ ア の 帝 位 継 承 者 は 夫 人 と と も に 、 プ リ ン ツ ィ プ と い う 名 の 十 九 歳 の ギ ム ナ ジ ウ ム 生 徒 に 射 殺 さ れ た の だ 」(T B1:165 )。   サ ラ エ ヴ ォ 事 件 の 報 に 接 す る 直 前 に 、 シ ュ ミ ッ ト は 、 事 故 に 遭 い 瀕 死 の 状 態 で 床 に つ い て い た 同 僚 の 司 法 修 習 生 F . ヴ ュ ル フ ィ ン グ を 訪 れ て い た 。そ の 訪 問 に つ い て シ ュ ミ ッ ト は 次 の よ う に 記 し て い る 。「 私 は 衝 撃 を 受 け た 。不 安 ゆ え に 、 本 当 に 私 自 身 の 生 命 が 苛 ま れ て い る よ う だ っ た 。 な ぜ な ら ば 、 人 生 と 呼 ば れ る こ の 陶 酔 が い か に 哀 れ な 仕 方 で 終 わ る の か を 垣 間 見 た か ら で あ る 。 す べ て が い か に す ば や く 、悲 惨 な 形 で 終 わ る の か と い う こ と 、そ し て 私 が 彼 よ り も 幾 日 か 〔 死 を 迎 え る ま で ─ ─ 引 用 者 〕猶 予 期 間 を も っ て い る と い う こ と は 、終 末 の 平 等 性 を 考 え る な ら ば 問 題 に は な ら な い 」(Ebd. )。 ヴ ュ ル フ ィ ン グ は こ の 翌 日 に 死 去 し た 。 シ ュ ミ ッ ト の 伝 記 著 者 メ ー リ ン グ は 、 こ の 「 友 人 の 死 が 戦 争 の 前 兆 と な(7 )る 」 も の で あ っ た と 述 べ 、 シ ュ ミ ッ ト に と っ て 第 一 次 大 戦 の 帰 趨 を 暗 示 す る 象 徴 的 出 来 事 で あ っ た と 推 測 し て い る 。   同 年 の 八 月 三 日 に は 、 シ ュ ミ ッ ト は 「 こ の 戦 争 は 勝 利 せ ず 、 敗 北 す る だ ろ う 」(T B1:175 ) と 述 べ て お り 、 開 戦 当 初 か ら ド イ ツ の 勝 利 に 対 し て 彼 が 悲 観 的 展 望 を も っ て い た こ と が わ か る 。 ド イ ツ 軍 に よ る ベ ル ギ ー の 中 立 侵 犯 を 理 由 と し て 、 英 国 が 参 戦 し た 八 月 五 日 に は 、「 英 国 が 戦 争 を 宣 言 し た ! 恐 ろ し い こ と だ 。 し か し 私 は 比 較 的 落 ち 着 い て い る 」 (T B1:176 ) と 記 し て い る 。 こ の よ う に シ ュ ミ ッ ト は 、 戦 争 開 始 直 後 に 大 き な 衝 撃 を 受 け る と と も に 、 自 国 の 勝 利 に つ い て は 決 し て 楽 観 的 な 予 断 を 下 し て は い な か っ た の で あ る 。   し か し 同 時 期 に 、 シ ュ ミ ッ ト は 次 の よ う に も 記 し て い た 。「 兵 士 た ち の 一 群 が 私 の 前 を 通 っ て 行 進 す る の を 見 る と 、 私 も い つ か 彼 ら の 内 の 一 人 と な る の だ と 考 え 、 激 し い 興 奮 と 高 揚 感 3 3 3 (Erhebung ) を す ら 感 じ る 」(T B1:175  傍 点 強 調 は カール・シュミットにおける民主主義論の成立過程(2) 北法69(1・7)7 引 用 者 に よ(8 )る )。 他 方 で シ ュ ミ ッ ト は 、 軍 隊 に 対 し て 強 い 嫌 悪 感 を も 表 明 し て お り 、 軍 隊 に 対 す る 彼 の 見 方 は ア ン ビ ヴ ァ レ ン ト な も の で あ っ た と 言 え よ う 。 軍 隊 を 構 成 す る 「 個 々 人 は 嫌 悪 感 を 催 さ せ る し 、 そ の 一 群 の 中 に い る と い う こ と は 不 快 極 ま り な い 。 私 は 彼 ら の 卑 劣 さ を 知 っ て い る 。 彼 ら は 勝 利 す れ ば 粗 暴 に な り 、そ の 悪 趣 味 は も は や 限 界 を 知 ら な い 。 彼 ら の 傲 慢 さ は 耐 え 難 い も の で あ り 、〈 素 朴 で 〉 愉 快 な 、 か つ 偏 狭 な エ ゴ イ ズ ム は 全 く 否 定 で き な い も の と な っ た 。〔 中 略 〕 そ れ は 想 像 を 絶 す る も の だ ろ う 」(T B1:17 ( 9 ) 5 )。   同 年 十 月 に は 、 シ ュ ミ ッ ト の 旧 友 F .ア イ ス ラ ー の 戦 死 の 報 が 伝 え ら れ 、 そ の 翌 日 に は シ ュ ミ ッ ト 自 身 が デ ュ ッ セ ル ド ル フ で 敵 機 に よ る 爆 撃 を 受 け ) (1 ( る 。 シ ュ ミ ッ ト の 弟 も 召 集 さ れ 、 そ の 翌 年 二 月 に は 彼 自 身 も 軍 務 に 就 く よ う 催 告 を 受 け ) (( ( る 。 二 月 七 日 に は ミ ュ ン ヘ ン の G .ア イ ス ラ ー ( 戦 死 し た F .ア イ ス ラ ー の 弟 ) か ら 、 シ ュ ト ラ ス ブ ル ク 大 学 時 代 の か つ て の 指 導 教 授 F .v .カ ル カ ー が シ ュ ミ ッ ト の た め に 親 衛 隊 に お け る 地 位 を 用 意 す る つ も り だ と い う 旨 の 書 簡 を 受 け 取 る 。 こ れ に つ い て シ ュ ミ ッ ト は 、「 す ば ら し い 」 と コ メ ン ト す る と 同 時 に 、「 興 奮 し て い た 」「 午 後 は も は や 仕 事 が 手 に つ か な か っ た 」 と 述 べ 、 す ぐ に ミ ュ ン ヘ ン に 向 か う こ と を 決 心 す る 。「 私 は お そ ら く 召 集 さ れ 〔 中 略 〕、 そ れ か ら お そ ら く は 親 衛 隊 に 配 属 さ れ る だ ろ う 」(T B1:311 )。 そ の 翌 々 日 に は 早 速 、 カ ル カ ー に 伴 わ れ て ミ ュ ン ヘ ン の ト ル コ 通 り に あ る 兵 営 ( 通 称 「 ト ル コ 兵 営 」) に 赴 き 、 徴 兵 検 査 を 受 け る 。 兵 営 自 体 に つ い て シ ュ ミ ッ ト は 、「 ぞ っ と す る 」 と い う 印 象 を 書 き 留 め る 一 方 、 兵 営 事 務 所 の 将 校 や 兵 士 た ち の 様 子 に つ い て は 好 意 的 感 想 を 述 べ る 。「 私 は 喜 ば し い 様 子 で 、 非 常 に 親 切 に 迎 え 入 れ ら れ た 」(T B1:313 )。「 カ ル カ ー は 大 佐 だ 。 兵 士 た ち は 私 が ど れ だ け カ ル カ ー と 親 し い か と い う こ と を 見 て と る と 、 当 然 私 を 立 派 な 態 度 で 遇 し た 」(Ebd. )。 検 査 の 結 果 、 シ ュ ミ ッ ト は 視 力 不 良 の た め 不 適 格 と な る 。「 残 念 だ 。 と い う の も 私 は す で に ミ ュ ン ヘ ン で 何 か を 見 出 し た と 考 え て い た か ら だ 」(T B1:314 )。 し か し そ の 直 後 に カ ル カ ー か ら 、 戦 線 勤 務 で は な く 、 駐 留 地 に 勤 務 す る 志 願 兵 と し て す ぐ に 採 用 さ れ る 旨 を 伝 え ら れ る (Ebd. )。 こ う し て 志 願 兵 論   説 北法69(1・8)8 に 登 録 し た シ ュ ミ ッ ト は 、 そ の 翌 々 日 に 次 の よ う に 記 し て い る 。「 兵 役 期 間 に 対 し て 怯 え て い た 。 し か し 耐 え な け れ ば な ら な い と 感 じ る 」(T B1:315 )。   こ の よ う に 兵 役 に 対 す る 不 安 と ミ ュ ン ヘ ン で の 新 た な 生 活 へ の 期 待 が 入 り 混 じ っ た 複 雑 な 感 情 を 抱 え つ つ 、 シ ュ ミ ッ ト は 一 九 一 五 年 二 月 一 五 日 に 歩 兵 親 衛 連 隊 補 充 大 隊 の 初 年 兵 第 二 部 隊 へ 召 集 さ れ る 。 同 月 二 五 日 に ベ ル リ ン で 試 補 試 験 の 口 述 試 験 を 終 え る と 、 シ ュ ミ ッ ト は す ぐ に ミ ュ ン ヘ ン に 向 か い 、 ト ル コ 兵 営 に 入 営 す る 。 こ う し て シ ュ ミ ッ ト は 、「 殆 ど 耐 え 難 い 、 二 月 二 五 日 か ら 三 月 二 三 日 ま で の 四 週 間 の 初 年 兵 時 代 」(T B2:7 ) を 過 ご す こ と に な る 。 メ ー リ ン グ が 日 記 帳 か ら 引 用 し 強 調 す る よ う に 、シ ュ ミ ッ ト に と っ て ト ル コ 兵 営 で の 軍 務 は 「 暴 力 的 強 制 」 で あ り 、兵 営 と い う 「 監 獄 」 で 「 奴 隷 状 態 」「 悪 夢 」 を 経 験 し な け れ ば な ら な か っ ) (1 ( た 。 例 え ば 三 月 十 日 に 、 彼 は 兵 営 で の 生 活 に つ い て 次 の よ う に 記 し て い る 。「 私 は し ば し ば 、 夜 に 長 い 間 眠 ら ず に い て 、 自 分 に 関 係 す る 出 来 事 に つ い て 熟 考 し た 。 つ ま り 兵 営 で の 生 活 、 全 く 醜 い 私 の 制 服 姿 、 下 士 官 の 命 令 。 こ れ ら は す べ て 、 現 実 味 の な い こ と 、 悪 夢 の よ う で あ り 、 魔 法 、 地 獄 、 つ ま り ス ウ ェ ー デ ン ボ ル ク の 地 獄 の よ う に 思 わ れ る 。 し ば し ば 私 は 気 が ふ れ た よ う に 憤 激 し 、 そ れ か ら 再 び 放 心 状 態 に 陥 る 。 こ れ ま で に 未 だ 経 験 し た こ と の な い 非 人 間 的 な 、 精 神 の な い 状 態 」(T B2:23 )。 さ ら に 、 三 月 一 六 日 に は 次 の よ う な 経 験 を 印 象 的 に 書 き 留 め て い る 。「 一 人 の 下 士 官 が 通 り 過 ぎ る 。 私 は 彼 に 気 が つ か な か っ た 。 彼 は 私 を 怒 鳴 り つ け て 言 っ た 。 「 な ぜ 敬 礼 を し な い の か 。 な ん と か 言 え 、 無 作 法 な 男 、 愚 か な 初 年 兵 」。 私 は 怒 り の あ ま り 泣 い た 。 何 と い う 残 酷 な 暴 力 的 強 制 だ ろ う 。〔 中 略 〕 私 は 祈 り 、 神 を 認 識 し た い と 望 む 。 こ れ は 重 要 な 試 練 な の だ と 予 感 す る 。 神 よ 、 こ の 試 練 を 乗 り 越 え ら れ ま す よ う に 。〔 中 略 〕 兵 営 の 中 は ど こ も か し こ も 悪 臭 が す る 。 ま る で 豚 の 屠 殺 場 の よ う だ 」(T B2:28f. )。   こ の よ う な 過 酷 な 日 々 は 三 月 二 三 日 に 終 わ り を 告 げ る 。 再 び カ ル カ ー の 采 配 に よ り 、 シ ュ ミ ッ ト は マ ッ ク ス ・ ブ ル ク 公 バ イ エ ル ン 第 一 軍 隊 副 総 司 令 部 に 配 置 換 え さ れ る こ と に な っ た の で あ る (T B2:7, 32 )。 こ う し て シ ュ ミ ッ ト は 、約 一 ヶ カール・シュミットにおける民主主義論の成立過程(2) 北法69(1・9)9 月 間 に わ た る ト ル コ 兵 営 で の 軍 隊 生 活 か ら 解 放 さ れ 、「 幸 運 」 と 「 自 由 」(T B2:32 ) を 取 り 戻 す こ と と な っ た 。 ( 二 ) 第 一 次 大 戦 期 シ ュ ミ ッ ト の 戒 厳 状 態 論 ─ ─ そ の 着 手 の 経 緯   新 た に 配 属 さ れ た バ イ エ ル ン 第 一 軍 隊 副 総 司 令 部 に お い て シ ュ ミ ッ ト は 、 部 門 「 P 」 の 内 七 つ に 分 け ら れ た 部 局 の 一 つ で あ る 「 P 6 」 に 勤 務 す る こ と と な っ た 。 近 年 、 こ の 時 期 に お け る シ ュ ミ ッ ト の 日 記 帳 の 公 刊 と 同 時 に 、「 P 6 」 で 彼 が 従 事 し た 任 務 の 内 容 が 公 表 さ れ た (T B2:183-391 )。 そ れ に よ れ ば 、「 P 6 」 は 次 の 事 柄 を 管 轄 す る 部 局 で あ っ た 。「 平 和 運 動 の 監 視 、 独 立 社 会 民 主 党 の 監 視 、 全 ド イ ツ 運 動 の 監 視 、 外 国 の 雑 誌 を 含 む 出 版 物 の 輸 入 の 監 視 、 敵 対 的 プ ロ パ ガ ン ダ 文 書 や ビ ラ の 頒 布 の 監 視 と 防 止 、 出 版 物 の 押 収 、 出 版 物 の 輸 出 の 監 視 、 ミ ュ ン ヘ ン 以 外 の 地 域 に お け る 講 演 と 集 会 の 許 可 、戦 傷 に よ る 身 体 障 害 を も つ 労 働 者 の た め の 劇 興 行 の 監 視 、戦 時 集 会 の 監 視 」(T B2:183 )。 そ の 内 の 任 務 の 一 つ が 、 「 戒 厳 状 態 法 律 に つ い て 報 告 す る 」と い う 課 題 で あ っ ) (1 ( た 。一 九 一 五 年 九 月 七 日 に シ ュ ミ ッ ト は 、次 の よ う に 記 し て い る 。「 午 後 、 戒 厳 状 態 法 律 に つ い て の 報 告 を 行 う 。 戦 争 後 な お 数 年 間 、 戒 厳 状 態 が 維 持 さ れ る 理 由 を 説 明 す る 。 よ り に よ っ て 私 が ! 一 体 何 の た め に 、 神 の 摂 理 (V orsehung ) は 私 を そ の よ う に 定 め た の か 」(T B2:125 )。   こ こ で 与 え ら れ た 任 務 を 契 機 と し て 、シ ュ ミ ッ ト は 戒 厳 状 態 に 関 す る 理 論 的 著 作「 独 裁 と 戒 厳 状 態 ─ ─ 国 法 学 的 研 究 」 ( 一 九 一 六 年 ) を 完 成 さ せ ) (1 ( る 。 従 来 の 研 究 に お い て も 、 こ の 論 文 は 副 総 司 令 部 に 勤 務 し て い た 頃 に 構 想 さ れ た の だ ろ う と 推 測 さ れ て は い た ) (1 ( が 、 近 年 公 開 さ れ た 前 述 の 新 資 料 に 基 づ き 、 副 総 司 令 部 で 従 事 し た 任 務 を 契 機 に 開 始 さ れ た 研 究 で あ っ た こ と が 実 証 さ れ た 。   実 際 に 、 ド イ ツ で は 開 戦 と と も に 戦 時 戒 厳 状 態 が 布 告 さ れ 、 執 行 権 は 軍 管 区 副 司 令 官 に よ り 掌 握 さ れ て い ) (1 ( た 。 皇 帝 に 直 属 す る 個 々 の 副 総 司 令 官 は 、 管 区 内 の 処 置 に つ い て 大 き な 権 限 を も ち 、 国 内 行 政 に お け る 軍 の 役 割 は 増 大 し た 。 こ れ 論   説 北法69(1・10)10 に よ り 、 各 軍 管 区 は 事 実 上 の 新 た な 行 政 単 位 と な っ た が 、 検 閲 、 集 会 の 規 制 や 認 可 等 を め ぐ る 対 応 の 点 で 軍 管 区 ご と に 相 違 が 生 じ 、 戦 時 下 の ド イ ツ 社 会 に 権 限 の 錯 綜 と 対 立 、 混 乱 を も た ら す こ と と な っ た 。 ま た 、 政 治 や 社 会 情 勢 に 疎 い 軍 人 が 行 政 に 介 入 す る こ と に よ り 、 国 内 の 統 合 は よ り 一 層 困 難 と な っ ) (1 ( た 。 こ う し た 状 況 の 中 で 、 戒 厳 状 態 に つ い て 報 告 す る と い う 任 務 が シ ュ ミ ッ ト に 課 せ ら れ た の で あ る 。 ( 三 ) 第 一 次 大 戦 期 シ ュ ミ ッ ト の 例 外 状 態 論 ─ ─ そ の 内 容 と 成 果   そ の 理 論 的 成 果 は 、 論 文 「 独 裁 と 戒 厳 状 態 ─ ─ 国 法 学 的 研 究 」( 一 九 一 六 年 ) に 結 実 し 、『 ド イ ツ 全 刑 法 学 雑 誌 』 第 三 十 八 巻 に 所 収 さ れ る こ と と な る 。 こ の 論 文 に お け る シ ュ ミ ッ ト の 理 論 的 問 題 関 心 は 、「 例 外 状 態(A usnahm ezustand )」 と い う 概 念 の 下 で 従 来 一 括 り に 理 解 さ れ 、 混 同 さ れ て き た 諸 概 念 、 す な わ ち 「 戒 厳 状 態 (Belagerungszustand )」、「 戦 争 状 態 (K riegszustand )」、「 独 裁 (D iktatur )」 の 相 違 点 を 明 ら か に し 、 区 別 す る と い う こ と で あ っ た 。 ま た 同 時 に 、 戒 厳 状 態 の 特 質 を 明 確 化 す る こ と に よ り 、 戦 時 下 の ド イ ツ で 当 時 効 力 を も っ て い た プ ロ イ セ ン の 戒 厳 状 態 法 律 を 批 判 的 に 検 討 す る と い う 実 践 的 な い し 政 治 的 な 意 図 を も っ て い た の で あ る 。 戒 厳 状 態 と 独 裁 の 区 別 ─ ─ フ ラ ン ス に お け る 一 七 九 三 年 と 一 八 三 〇 年 な い し 一 八 四 八 年 の 例 外 状 態 の 比 較 を 通 じ て   シ ュ ミ ッ ト に よ れ ば 、「 戒 厳 状 態 、戦 争 状 態 、独 裁 と し て 示 さ れ る 例 外 状 態 」 は 、従 来 、混 同 し て 理 解 さ れ て き た 。 特 に 、 戒 厳 状 態 と 独 裁 と い う 「 両 概 念 の 等 置 は 、 西 欧 全 土 で 革 命 に 関 し て 用 い ら れ た 術 語 に お い て 継 承 さ れ た 。 そ の 混 同 は 、 今 日 ま で 継 続 し て い る 」(BD : 4 )。 そ こ で シ ュ ミ ッ ト は 、「 か の 例 外 状 態 の 法 学 的 本 質 な ら び に 政 治 的 本 質 を 認 識 す る 」 た め に 、 こ れ ら の 概 念 に お け る 「 異 質 な 諸 要 素 を 解 き ほ ぐ す 」(D B:3 ) 必 要 が あ る と 述 べ る 。 そ の た め に 参 照 し な け れ カール・シュミットにおける民主主義論の成立過程(2) 北法69(1・11)11 ば な ら な い の は 、 シ ュ ミ ッ ト に よ れ ば 、 フ ラ ン ス 史 に お け る 例 外 状 態 で あ る 。 と い う の も 、 当 時 の ド イ ツ に お い て 妥 当 し て い る 例 外 状 態 に 関 す る 諸 法 律 は 、 本 質 的 な 点 で フ ラ ン ス 立 法 の 影 響 下 に 成 立 し た か ら で あ る 。「 確 か に 、 フ ラ ン ス に お け る 諸 概 念 が プ ロ イ セ ン の 内 政 改 革 や 軍 事 制 度 改 革 に 与 え た 影 響 は 大 し て 重 大 で は な い し 、 多 様 な 点 に お い て 受 け 入 れ ら れ た わ け で は な い 。 し か し 、 ド イ ツ 諸 国 家 の 体 制 は い ず れ に せ よ 、 フ ラ ン ス の 諸 概 念 の 術 語 を ─ ─ こ れ は 長 ら く 諸 概 念 か ら 切 り 離 さ れ な い も の で あ っ た が ─ ─ 継 承 し て き た の で あ る 。 ま た 、 プ ロ イ セ ン に お け る 戒 厳 状 態 の 歴 史 は 、 プ ロ イ セ ン の 憲 政 史 か ら 切 り 離 さ れ え な い 」(Ebd. )。 そ れ ゆ え に シ ュ ミ ッ ト は 、 フ ラ ン ス 史 か ら 例 外 状 態 に 関 す る 歴 史 的 資 料 が 引 き 出 さ れ る べ き だ と 述 べ 、 フ ラ ン ス に お け る 一 七 九 三 年 の 事 例 と 一 八 三 〇 年 お よ び 一 八 四 八 年 の 事 例 を 検 討 対 象 と す る 。   シ ュ ミ ッ ト に よ れ ば 、 一 八 四 八 年 の 二 月 革 命 以 来 、「 内 乱 鎮 圧 の た め に 施 行 さ れ た 、 政 治 的 な 戒 厳 状 態 」 に 「 軍 事 独 裁 (M ilitärdiktatur )」 の 名 を 与 え 、 法 制 度 と し て の 戒 厳 状 態 と 独 裁 と を 同 一 視 す る こ と が 慣 例 と な っ て い る 。 し か し 戒 厳 状 態 と 独 裁 を 同 一 視 し 、等 し い も の と 見 做 す こ と は 、歴 史 的 に は 全 く 根 拠 の な い も の で あ る(Ebd. )。と い う の も 、シ ュ ミ ッ ト に よ れ ば「 独 裁 の 名 に 値 す る 」フ ラ ン ス 大 革 命 後 の 一 七 九 三 年 の 国 民 公 会(N ationalkonvent )の 統 治 に お い て は 、 独 裁 と 戒 厳 状 態 と は 全 く 異 な る も の で あ る と 理 解 さ れ て い た か ら で あ る 。 そ れ 以 前 の 一 七 九 一 年 七 月 八 日 か ら 十 日 の 法 律 に お い て は 、 戒 厳 状 態 お よ び 戦 争 状 態 と い う 文 言 が 見 出 さ れ る が 、 一 七 九 三 年 の 国 民 公 会 に お い て は 戒 厳 状 態 が 問 題 と さ れ る こ と は な か っ た 。 な ぜ な ら ば 、 国 民 公 会 に お い て は 「 国 家 の 防 衛 と 公 共 の 福 祉 の た め に 必 要 で あ る と 考 え ら れ た 」 例 外 状 態 の 概 念 が 戒 厳 状 態 と 関 わ り を も つ と は 全 く 考 え ら れ ず 、 戒 厳 状 態 は 「 自 由 な 国 民 に は 相 応 し く な い も の と 考 え ら れ 、 憤 慨 の 感 情 と と も に 拒 絶 さ れ た 」(D B:4 ) か ら で あ る 。   こ れ に 対 し て 一 八 四 八 年 の 憲 法 制 定 国 民 議 会 (N ationalversam m lung ) に お い て は 、 戒 厳 状 態 は 「 憲 法 規 定 の 停 止 と 論   説 北法69(1・12)12 結 び つ い た 、 軍 事 命 令 権 者 へ の 執 行 権 力 の 移 行 」 と し て 理 解 さ れ た 。   シ ュ ミ ッ ト に よ れ ば 、 戒 厳 状 態 と 独 裁 と を 同 一 視 す る と い う 誤 解 と 混 同 は 、 今 日 ま で 続 い て お り 、 概 念 を め ぐ る 様 々 な 混 乱 を も た ら し て い る が 、 実 際 に は 、 一 七 九 三 年 に お け る 例 外 状 態 と 一 八 四 八 年 の 例 外 状 態 の 相 違 は 明 白 で あ っ た (D B:4 )。 そ の 相 違 は 、 前 者 が 諸 外 国 か ら の 攻 撃 に 対 す る 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 防 衛 戦 争 か ら 生 じ た 独 裁 で あ っ た の に 対 し 、 後 者 は 国 内 に お 0 0 0 0 け る 反 乱 の 鎮 圧 0 0 0 0 0 0 0 を 目 的 と す る 非 常 措 置 で あ っ た こ と に あ る 。「 一 七 九 三 年 に お い て 共 和 国 に と っ て 問 題 で あ っ た の は 、 ほ ぼ 全 て の ヨ ー ロ ッ パ 列 強 諸 国 の 大 同 盟 に 抵 抗 す る こ と で あ っ た 。 敵 国 の 進 攻 は 北 フ ラ ン ス 、 ア ル ザ ス 、 テ ュ ー ロ ン ま で 迫 っ て い た 。 自 国 を 外 側 に 向 け て 防 衛 す る 必 要 か ら 、 独 裁 が 生 じ た の で あ る 。 そ こ で は 、 公 安 委 員 会 (Com ité de  salut public ) が 統 治 し た 」(Ebd. )。 シ ュ ミ ッ ト は 、 フ ラ ン ス 革 命 史 家 ア ル フ ォ ン ス ・ オ ラ ー ル の 著 書 『 フ ラ ン ス 革 命 政 治 史 』( 初 版 、 一 九 一 九 年 ) か ら 次 の 一 節 を 引 用 し 、 説 明 を 補 足 す る 。 一 七 九 三 年 の 独 裁 は 、「 全 ヨ ー ロ ッ パ に 対 し て 戦 争 状 態 に 置 か れ た 人 民 、 す な わ ち 総 じ て 武 装 化 し た 人 民 が 、 主 と し て 戦 陣 と 化 し た 国 に お い て そ の 実 存 を 防 衛 す る た め に 連 続 的 に 生 じ た 緊 急 状 態 」 の 漸 進 的 出 来 事 で あ っ た 」(Ebd. )。 こ の よ う に シ ュ ミ ッ ト は 、 列 強 諸 国 に よ り 結 成 さ れ た 対 仏 大 同 盟 に 対 し て 共 和 国 を 防 衛 す る 必 要 か ら 生 じ た 一 七 九 三 年 に お け る 例 外 状 態 を 独 裁 と し て 把 握 し 、 そ の 統 治 の 主 体 は 公 安 委 員 会 で あ っ た と 理 解 し て い た 。   こ れ に 対 し て 、 一 八 三 〇 年 七 月 革 命 お よ び 一 八 四 八 年 二 月 革 命 に お い て 問 題 で あ っ た の は 、 国 内 の 反 乱 に 対 す る 闘 争 と そ の 鎮 圧 で あ っ た 。 七 月 革 命 は 復 古 王 政 に 対 抗 す る 憲 法 闘 争 す な わ ち 既 存 の 体 制 と の 紛 争 で あ り 、 一 八 四 八 年 革 命 も ま た 、 諸 外 国 に 与 え た 印 象 が い か に 甚 大 で あ っ た と し て も 、「 フ ラ ン ス 国 内 の 問 題 」 で あ っ た (D B:4f. )。 す な わ ち 国 内 に お い て 脅 威 と な る 危 険 の 除 去 を 目 的 と し 、 内 乱 を 鎮 圧 す る た め に と ら れ た 非 常 措 置 で あ っ た (D B:5 )。   シ ュ ミ ッ ト は さ ら に 、 一 七 九 三 年 の 例 外 状 態 と 一 八 三 〇 年 な い し 一 八 四 八 年 の 例 外 状 態 と の 間 に あ る 、 国 法 学 上 の 相 カール・シュミットにおける民主主義論の成立過程(2) 北法69(1・13)13 違 点 に つ い て 分 析 を 進 め る 。 端 的 に 述 べ る な ら ば 、〈 立 法 権 と 執 行 権 の 分 離 が 維 持 さ れ て い る か 〉、 す な わ ち 権 力 分 立 の 原 則 が 貫 か れ て い る か 否 か を 基 準 と し て 、 こ れ ら の 例 外 状 態 は 区 別 さ れ な け れ ば な ら な い と 論 じ る 。 一 七 九 三 年 の 例 外 状 態 す な わ ち 独 裁 に お い て は 、 立 法 権 と 執 行 権 の 分 離 と い う 原 則 は 廃 棄 さ れ て い る 。 す な わ ち 「 一 七 九 三 年 に お け る 独 裁 の 発 展 は 、 国 法 上 の 形 態 と し て は 権 力 分 立 の 漸 次 的 廃 棄 の み を 意 味 し た 」(Ebd. )。 周 知 の 通 り 、 一 七 八 九 年 の 人 権 宣 言 第 十 六 条 に は 、「 三 権 の 分 立 が 貫 徹 さ れ て い な い 社 会 は す べ て 、 憲 法 と 自 由 を 欠 い て い る 」 と 規 定 さ れ て い る 。 権 力 分 立 原 則 の 理 論 的 創 始 者 で あ る ロ ッ ク と モ ン テ ス キ ュ ー に と り 、 権 力 分 立 は 、 国 家 権 力 に よ る 個 人 の 抑 圧 の 防 止 を 目 的 と し た 、 国 家 権 力 の 均 衡 を と る た め の 実 践 的 か つ 技 術 的 手 段 で あ っ た 。 確 か に 革 命 政 府 は 、 少 な く と も 形 式 的 に は 権 力 分 立 を 絶 対 的 原 則 と し た が 、シ ュ ミ ッ ト に よ れ ば 実 際 に そ こ で 現 出 し た の は「 公 安 委 員 会 に よ る 無 制 約 の 独 裁 」で あ っ た 。 つ ま り 、 一 七 九 三 年 四 月 六 日 の 国 民 公 会 の 決 議 に よ り 公 安 委 員 会 が 設 置 さ れ た と き 、 立 法 権 と 執 行 権 の 分 離 は 現 実 に は 放 棄 さ れ て い た (D B:5 ) と 述 べ る 。 公 安 委 員 会 の 原 型 は 同 年 一 月 に 設 置 さ れ て い た 「 一 般 防 衛 委 員 会 」 で あ り 、 権 力 集 中 を 図 る た め に 、 よ り 強 力 な 権 限 を も つ 委 員 会 と し て 改 組 さ れ 成 立 し た 組 織 で あ っ ) (1 ( た が 、 シ ュ ミ ッ ト に よ れ ば 、 こ の 一 般 防 衛 委 員 会 の 設 立 と と も に す で に 独 裁 の 進 展 は 押 し と ど め よ う の な い も の と な っ て い た (Ebd. )。 と い う の も 、 公 安 委 員 会 に は 実 質 的 に 、 立 法 権 を も 執 行 権 を も 含 む 強 大 な 権 限 が 認 め ら れ る こ と と な っ た か ら で あ る 。 公 安 委 員 会 の 設 置 後 も 執 行 部 や 諸 大 臣 は 存 在 し 続 け た が 、 公 安 委 員 会 は 執 行 部 の 諸 活 動 を 監 視 す る と と も に 、 緊 急 時 に は 内 外 に 対 し て 共 和 国 防 衛 の た め の 非 常 措 置 を 講 じ る こ と が で き 、 し か も 即 座 に 執 行 す る こ と が で き た 。 公 安 委 員 会 は 、 自 ら 公 布 し た 暫 定 的 な 指 令 を 執 行 す る 権 限 を も っ た だ け で は な く 、 国 民 公 会 に よ り 公 布 さ れ た 法 律 の 執 行 権 を も 握 っ て い た 。 た だ し 実 際 に は 、 公 安 委 員 会 自 体 が 法 案 を 提 出 し 、 国 民 公 会 に お い て い か な る 討 論 も な し に 、 満 場 一 致 の 採 決 を 経 て 成 立 し た も の で あ っ た 。 し た が っ て 公 安 委 員 会 は 事 実 上 、自 ら 立 法 し 、そ の 法 律 を 即 座 に 執 行 す る 地 位 に あ っ た の で あ る(D B:7 )。 論   説 北法69(1・14)14 し た が っ て 一 七 九 三 年 の 独 裁 に お い て は 、 実 際 に は 、 公 安 委 員 会 と い う 同 一 の 機 関 が 立 法 権 と 執 行 権 を 行 使 し て お り 、 権 力 分 立 の 原 則 は 放 棄 さ れ て い た 。 シ ュ ミ ッ ト は オ ラ ー ル に 倣 い 、 立 法 権 と 執 行 権 を 分 離 す る 原 則 の 廃 棄 、 す な わ ち 二 権 の 一 致 を 通 じ て フ ラ ン ス は 救 済 さ れ た の だ と 述 べ て い る (D B:6 )。   こ れ に 対 し て 、 一 八 三 〇 年 お よ び 一 八 四 八 年 に は 、 立 法 権 と 執 行 権 の 分 離 は 廃 棄 さ れ ず 、 権 力 分 立 の 原 則 は 維 持 さ れ た 。 二 月 革 命 に お い て は 、 憲 法 制 定 国 民 議 会 は 一 八 四 八 年 六 月 二 十 三 日 に 、 当 時 の 軍 司 令 官 カ ヴ ェ ニ ャ ッ ク に 全 軍 事 権 力 を 与 え 、翌 日 に 民 事 官 庁 の 権 限 を も 委 託 し た 。 こ の 同 日 に 、国 民 議 会 は 戒 厳 状 態 を 宣 言 し た の で あ る が 、カ ヴ ェ ニ ャ ッ ク に と り 、 戒 厳 状 態 は 「 共 和 国 の 原 理 を 擁 護 す る た め の 手 段 」 で あ っ た (Ebd. )。 彼 は 新 聞 や 報 道 機 関 を 抑 圧 し 、 ま た 各 地 に 委 員 を 派 遣 す る な ど し て 権 限 を 大 い に 利 用 し た が 、 彼 は 自 ら を 単 な る 執 行 機 関 で あ る と 認 識 し て い た 。 す な わ ち 軍 事 命 令 権 者 は 、 現 行 体 制 上 の 制 約 に は 制 約 さ れ な い が 、 国 民 議 会 に よ り 与 え ら れ た 、 あ ら ゆ る 手 段 を も っ て 革 命 な い し 内 乱 を 鎮 圧 す る と い う 委 託 に 拘 束 さ れ て い た 。 そ し て 委 託 を 完 遂 し た の ち に は 、 た だ ち に 全 権 限 を 委 託 付 与 者 す な わ ち 国 民 議 会 に 返 還 す る こ と と さ れ て い た (D B:7 )。 し た が っ て 、 一 八 三 〇 年 お よ び 一 八 四 八 年 に お い て は 、 国 王 命 令 あ る い は 国 民 議 会 の 法 律 を 通 じ て 軍 事 命 令 権 者 に 執 行 権 力 が 集 中 し 、具 体 的 な 課 題 に 対 処 す る こ と が 求 め ら れ た 。 つ ま り 、 軍 事 命 令 権 者 は 全 官 庁 の 有 す る 執 行 権 を 集 中 的 に 掌 握 し た が 、 立 法 権 を も た な か っ た と い う こ と が そ の 特 徴 で あ っ た 。   シ ュ ミ ッ ト は 、 一 七 九 三 年 の 例 外 状 態 と 一 八 三 〇 年 な い し 一 八 四 八 年 の 例 外 状 態 と が 従 来 の 見 解 に お い て 混 同 さ れ て き た こ と の 背 景 と し て 、 両 者 が と も に 「 国 家 を 脅 か す 危 険 を 除 去 す る 」 と い う 目 的 を も っ て い た こ と 、 し か も 軍 事 的 手 段 を 利 用 し て そ の 目 的 を 達 成 し た 点 に 共 通 性 が あ っ た こ と を 指 摘 す る 。 し か し 実 際 に は 、 対 外 的 な 防 衛 戦 争 に も ち こ た え る こ と を 目 的 と す る 独 裁 で あ っ た か 、 あ る い は 内 乱 の 鎮 圧 を 目 的 と す る 非 常 措 置 で あ っ た か と い う 点 で 両 事 例 は 事 実 上 の 相 違 点 を も つ の み な ら ず 、 権 力 分 立 の 原 則 が 維 持 さ れ て い る か 否 か と い う 理 論 上 の 観 点 か ら し て も 根 本 的 に 異 な っ カール・シュミットにおける民主主義論の成立過程(2) 北法69(1・15)15 て い た の で あ る 。 戒 厳 状 態 論 ─ ─ 実 質 的 戒 厳 状 態 と 擬 制 的 戒 厳 状 態 の 区 別   さ ら に シ ュ ミ ッ ト は 、 法 制 度 と し て の 戒 厳 状 態 は 二 通 り に 区 別 し て 理 解 さ れ な け れ ば な ら な い と 論 じ る 。 す な わ ち 戒 厳 状 態 は 、 現 前 す る 危 機 に 直 面 し た 場 合 に 純 粋 に 「 軍 事 的 目 的 を 貫 徹 す る た め の 手 段 」 と し て の 「 真 の 意 味 に お け る 戒 厳 状 態 」 す な わ ち 「 実 質 的 (effektiv ) 戒 厳 状 態 」 と 、 治 安 維 持 を 目 的 と す る 「 政 治 的 な い し 擬 制 的 戒 厳 状 態 」 と に 区 別 さ れ る べ き で あ る (D B:8 ) と い ) (1 ( う 。 こ う し た 戒 厳 状 態 に お け る 「 軍 事 的 観 点 と 治 安 警 察 上 の 観 点 」 は 通 常 、 明 白 に 区 別 さ れ ず 、 個 々 の 戒 厳 状 態 立 法 に お い て 「 戦 争 状 態 な い し 戒 厳 状 態 と 戒 厳 令 (Standrecht ) と の 対 立 」 と い う 形 で 継 承 さ れ て き た (D B:8f. )。   シ ュ ミ ッ ト に よ れ ば 、 十 九 世 紀 フ ラ ン ス の 歴 史 的 展 開 を 通 じ て 、 こ う し た 法 制 度 と し て の 戒 厳 状 態 に お け る 二 つ の 異 な る 要 素 が 見 出 さ れ る 。 治 安 警 察 上 の 目 的 の た め に 戒 厳 状 態 が 始 め て 用 い ら れ た 歴 史 的 事 例 は 、 一 八 一 六 年 五 月 の 戒 厳 状 態 で あ っ た 。 こ こ で 初 め て 、戒 厳 状 態 は 反 政 府 派 に 対 す る 闘 争 の 中 で 、政 府 に よ り 「 内 政 上 の 道 具 」 と し て 用 い ら れ 、 そ の 後 、 一 八 四 九 年 八 月 の 法 律 に よ り 、 戒 厳 状 態 概 念 の 展 開 は 完 結 に 至 っ た (D B:13f. )。   シ ュ ミ ッ ト の 議 論 を 整 理 す る な ら ば 、 こ う し て 確 立 し た 戒 厳 状 態 の 特 徴 は 次 の よ う に 理 解 で き る 。 第 一 に 、 反 乱 の 鎮 圧 は 裁 判 権 上 の 手 段 を 用 い て 成 功 し う る 、 す な わ ち 「 危 機 は 即 決 裁 判 の 手 続 き に よ り 除 去 さ れ る 」 か ら 、 軍 事 命 令 権 者 は 戒 厳 令 を 通 じ て 、 即 決 裁 判 と そ の 即 時 執 行 と い う 「 擬 制 的 司 法 権 限 」 を 手 に 入 れ る (D B:11 )。 第 二 に 、 戒 厳 状 態 が 布 告 さ れ た 地 域 に お い て は 、 軍 事 命 令 権 者 が そ の 地 域 の 軍 事 、 民 事 を 含 む 全 官 庁 の 権 限 を 一 手 に 掌 握 す る (Ebd. )。 第 三 に 、戒 厳 状 態 法 律 は す べ て 、軍 事 命 令 権 者 の 権 限 を 限 定 し よ う と す る が 、戒 厳 状 態 が 敷 か れ た 地 域 に お い て は 事 実 上 、 論   説 北法69(1・16)16 軍 事 命 令 権 者 に 対 す る 法 律 的 制 約 は な く な る 。(D B:15 )。 以 上 か ら シ ュ ミ ッ ト が 結 論 づ け る と こ ろ に よ れ ば 、 戒 厳 状 態 の 本 質 は 、 特 定 の 地 域 内 に お け る 法 律 的 制 約 の 廃 棄 で あ り (Ebd. )、 全 官 庁 の 行 為 が 全 て 法 律 に 適 合 す る 完 全 な 法 治 国 家 を 前 提 と す る な ら ば 、こ れ は 執 行 権 力 の 集 中(K onzentration )を 意 味 す る が 、法 治 国 家 原 理 の 廃 棄 を 意 味 し な い(D B:11 )。   た だ し こ の と き 、 権 力 分 立 の 原 則 が 維 持 さ れ 、 軍 事 命 令 権 者 は 立 法 権 を も た な い と し て も 、 軍 事 命 令 権 者 に 委 ね ら れ た 領 域 、 す な わ ち 戒 厳 状 態 が 敷 か れ た 地 域 内 部 で は 「 も は や 権 力 分 立 は 存 在 し な い 」 か の よ う な 状 況 に 陥 る (D B:19 )。 戒 厳 状 態 に お い て は 、 そ の 目 的 は 純 粋 に 事 実 、 例 え ば 反 乱 は 鎮 圧 さ れ な け れ ば な ら な い と い う 事 実 や 、 特 定 の 軍 事 的 成 果 が 保 証 さ れ な け れ ば な ら な い と い う 事 実 に よ っ て 規 定 さ れ て お り 、 こ の 目 的 の 達 成 だ け が 重 要 で あ る 。 こ の 目 的 を 貫 徹 す る た め に 、 軍 事 命 令 権 者 は 法 律 的 制 約 に よ っ て 妨 げ ら れ る こ と な く 、 自 ら が 適 切 だ と 判 断 す る あ ら ゆ る 手 段 を 用 い る こ と が で き る 。 す な わ ち 軍 事 命 令 権 者 は 法 律 を 廃 棄 す る こ と は で き な い が 、 法 律 に よ る 制 約 を 免 れ る の で あ る 。 つ ま り 、 そ の 領 域 内 部 で 法 律 は 妥 当 し 続 け る と し て も 、 軍 事 命 令 権 者 は あ た か も 「 法 か ら 自 由 な 領 域 を 画 定 す る 」 こ と が で き 、 彼 は そ の 制 約 を 無 視 す る こ と が で き る 。 し た が っ て 、 そ こ で は 「 原 始 状 態 へ の 回 帰 」 が 生 じ 、 権 力 分 立 は 存 在 し な い か の よ う な 法 的 状 況 、 す な わ ち 「 権 力 分 立 以 前 の 行 政 国 家 」(BD :19 ) へ と 逆 行 す る の で あ る 。   こ う し た 現 象 が 生 じ る 理 由 を 、シ ュ ミ ッ ト は 執 行 お よ び 行 政 の 特 別 な 性 格 か ら 説 明 す る 。す な わ ち こ う し た 現 象 は 、「 特 定 の 目 的 を 達 成 す る と い う 顧 慮 ゆ え に 軍 部 に 手 段 の 選 択 を 委 ね る た め 、 法 律 が 後 退 す る 」 と い う 前 述 の 事 情 に 起 因 す る と と も に 、 行 政 は 「 特 定 の 法 律 の 単 な る 執 行 以 上 の も の で あ る 」 こ と に 由 来 す る (D B:19 )。 シ ュ ミ ッ ト は ル ソ ー の 国 家 論 を 批 判 的 に 解 釈 し な が ら 、 行 政 は 「 単 な る 法 律 の 執 行 以 上 の も の 」 で あ る と い う こ と を 次 の よ う に 論 じ る 。 ル ソ ー の 国 家 論 で は 、 国 家 の 全 活 動 は 立 法 権 と 執 行 権 に 分 割 さ れ て お り 、 司 法 権 は 抜 け 落 ち て い る た め 、 権 力 の 三 分 割 と い う 理 論 は そ の 基 礎 を も た な い 。 さ ら に ル ソ ー の 議 論 に お い て は 「 同 時 に 、 執 行 権 も も は や そ れ 以 前 の 議 論 〔 ル ソ ー 以 前 の カール・シュミットにおける民主主義論の成立過程(2) 北法69(1・17)17 思 想 家 の 議 論 ─ ─ 引 用 者 〕 と 同 じ 権 利 を 持 た な い 」。 す な わ ち 、 命 令 す る 主 権 者 で あ る 立 法 者 と そ の 命 令 に 服 従 す る 執 行 部 と が 対 置 さ れ 、 こ こ で 後 者 は 前 者 に 対 し て 従 属 的 な 地 位 に あ る 。 こ こ で は 「 立 法 は 脳 で あ り 、 執 行 は 単 な る 腕 で あ る 」 か の よ う に 見 做 さ れ て い る 。 こ れ に 対 し て シ ュ ミ ッ ト は 、 執 行 お よ び 行 政 の 意 義 を ル ソ ー は 正 当 に 評 価 し て い な い と し て 批 判 す る 。 シ ュ ミ ッ ト に よ れ ば 、 行 政 と は 「 実 定 的 法 律 諸 規 定 を 単 に 遂 行 す る 以 上 の も の 」 で あ り 、「 あ ら ゆ る 国 家 活 動 の 始 ま り は 行 政 で あ る 」(D B:17 )。 歴 史 的 に も 、 最 初 に 執 行 さ れ る べ き 意 志 と し て の 法 律 が 表 明 さ れ 、 そ れ か ら 執 行 が 行 わ れ る と い う 仕 方 で は 進 展 し て い な い 。 立 法 と 司 法 は 後 続 的 に 、 行 政 か ら 分 離 さ れ る こ と で 初 め て 確 立 し た と い う 。   以 上 の 議 論 を 踏 ま え て 、 シ ュ ミ ッ ト は ヘ ー ゲ ル の 弁 証 法 の 論 理 を 用 い て 、 独 裁 と 戒 厳 状 態 の 相 違 を 次 の よ う に 要 約 す る 。「 ヘ ー ゲ ル 的 定 式 化 が 未 だ に 許 さ れ る な ら ば 、 こ の 〔「 独 裁 」 と 「 戒 厳 状 態 」 の ─ ─ 引 用 者 〕 相 違 は 次 の よ う に 表 現 さ れ う る だ ろ う 。 国 家 的 諸 機 能 が 区 別 さ れ て い な い 最 初 の 統 一 が 肯 定 (Position ) で あ っ た 。 権 力 分 立 は そ の 否 定 (N egation )で あ る 。 戒 厳 状 態 は( 特 定 の 空 間 に と り )肯 定 へ の 回 帰(Rückkehr zur Position )を 意 味 す る 。 一 方 で 独 裁 は 、 否 定 の 否 定(N egation der N egation )で あ る 。 す な わ ち 権 力 分 立 は 確 か に 廃 棄 さ れ る が 、継 承 さ れ 前 提 さ れ る 」(D B:19 )。 す な わ ち 、 権 力 分 立 の 原 則 が 維 持 さ れ た 状 態 を 二 権 が 分 離 さ れ 区 別 さ れ た 「 否 定 」 の 状 態 で あ る と す れ ば 、 特 定 の 地 域 に お い て 権 力 が 一 者 に 集 中 し 、「 権 力 分 立 以 前 の 行 政 国 家 」 へ の 回 帰 を 意 味 す る 戒 厳 状 態 は 「 肯 定 へ の 回 帰 」、 す な わ ち 直 接 的 統 一 へ の 回 帰 と し て 捉 え ら れ る 。 さ ら に 、 権 力 分 立 の 原 則 が 認 識 さ れ 前 提 さ れ な が ら も 、 そ の 上 で 同 一 の 機 関 が 二 権 を 行 使 す る 独 裁 は 「 否 定 の 否 定 」、 す な わ ち 綜 合 の 状 態 と し て 説 明 さ れ る の で あ る 。 論   説 北法69(1・18)18 現 行 の 戒 厳 状 態 法 律 に お け る 問 題 点   戒 厳 状 態 に お け る 二 つ の 要 素 、 す な わ ち 「 軍 事 的 目 的 を 貫 徹 す る た め の 手 段 」 と し て の 「 実 質 的 戒 厳 状 態 」 と 国 内 の 治 安 維 持 を 目 的 と す る 「 擬 制 的 戒 厳 状 態 」 と を 区 別 す る こ と は 、 シ ュ ミ ッ ト に と り 、 理 論 的 意 義 を も つ の み な ら ず 、 現 行 の 戒 厳 状 態 法 律 に お け る 問 題 点 を 明 ら か に す る と い う 実 際 的 な 意 義 を 有 す る も の で あ っ た 。 シ ュ ミ ッ ト に よ れ ば 、 ラ イ ヒ 憲 法 第 六 十 八 条 に よ り ラ イ ヒ 法 律 と な っ た 、 戒 厳 状 態 に 関 す る 一 八 五 一 年 六 月 四 日 の プ ロ イ セ ン 法 律 は 、 戒 厳 状 態 に お け る 二 つ の 要 素 、す な わ ち 対 外 的 軍 事 目 的 お よ び 治 安 警 察 上 の 目 的 を 区 別 せ ず に 並 存 さ せ て い る (BD :9 )。 そ れ は 、 こ の 法 律 が 対 外 戦 争 よ り も 内 乱 や 革 命 を 考 慮 し て 制 定 さ れ た と い う 成 立 事 情 に 起 因 す る も の で あ っ た 。 そ れ ゆ え 、「 法 学 的 解 釈 の 方 法 に よ っ て は 解 決 さ れ え な い 困 難 な 論 争 が 生 じ た 」 と い う 。 す な わ ち プ ロ イ セ ン に お い て 「 戦 争 状 態 は 、 と き に は 治 安 警 察 上 の 措 置 と し て 、 ま た 政 府 の 法 律 と し て 取 り 扱 わ れ る が 、 と き に は ラ イ ヒ の 最 高 指 揮 官 と し て の 皇 帝 の 権 限 に 属 す る 軍 事 的 案 件 と し て 扱 わ れ る 」(Ebd. )。 こ れ に つ い て 通 説 で は 、「 ラ ー バ ン ト に よ る 見 事 な 説 明 」に 従 い 、「 皇 帝 は 軍 事 命 令 権 者 と し て 、 戦 争 状 態 を 宣 言 す る 」 と い う 立 場 が 採 用 さ れ て い る が 、 こ こ で は 不 当 に も 軍 事 的 契 機 が 一 方 的 に 強 調 さ れ て い る (D B:10 )。   こ の 点 で シ ュ ミ ッ ト は 、 一 九 一 二 年 十 一 月 五 日 に 成 立 し た バ イ エ ル ン 戦 争 状 態 法 律 を 評 価 す る 。 と い う の も 、 バ イ エ ル ン 戒 厳 状 態 法 律 は 、 純 粋 な 軍 事 的 考 慮 か ら 制 定 さ れ た も の で あ り 、 そ の 目 的 は 円 滑 な 動 員 を 保 証 す る こ と で あ っ た 。 こ こ で は 、 国 内 の 反 乱 に 対 す る 憂 慮 と そ れ に 対 処 と い う 観 点 は 明 白 に 退 け ら れ て い た (D B:9 )。   さ ら に シ ュ ミ ッ ト は 、 第 一 次 大 戦 中 に ド イ ツ の 裁 判 所 が 軍 事 命 令 権 者 に 対 し て 白 紙 委 任 を 通 じ て 立 法 権 に 類 す る 権 限 を も 認 め て い る こ と を 批 判 的 に 指 摘 す る 。「 今 日 の 戦 争 中 、 ド イ ツ 裁 判 所 は そ の 一 致 し た 、 恒 常 的 な 実 践 に お い て 、 軍 事 命 令 権 者 に 〔 執 行 権 の み な ら ず ─ ─ 引 用 者 〕 立 法 権 を も 認 め て い る 。 一 八 五 一 年 の プ ロ イ セ ン 法 律 第 九 条 、 そ し て カール・シュミットにおける民主主義論の成立過程(2) 北法69(1・19)19 一 九 一 二 年 バ イ エ ル ン 戦 争 状 態 法 律 第 四 条 第 二 項 は 、 軍 事 命 令 権 者 の 命 令 に 違 反 す る 行 為 に 対 し て 〔 軍 事 命 令 権 者 が ─ ─ 引 用 者 〕 処 罰 を 与 え る と い う 白 紙 委 任 を 含 ん で お り 、 そ の た め に 必 要 な 立 法 権 力 の 委 譲 が 認 め ら れ た 。 こ の 解 釈 が ど の 程 度 正 当 で あ る か と い う こ と は 、 こ こ で は 検 証 さ れ な い 」(D B:14 )。 す な わ ち シ ュ ミ ッ ト は 、 立 法 権 と 執 行 権 の 分 離 は 維 持 さ れ 、 特 定 地 域 に お い て の み 軍 事 命 令 権 者 に 全 執 行 権 力 を 認 め る と い う 、 十 九 世 紀 フ ラ ン ス 史 を 通 じ て 確 認 さ れ た 戒 厳 状 態 の 概 念 と は 相 容 れ な い 現 象 が 現 下 の ド イ ツ で 生 じ て い る 、 と 現 状 を 把 握 し て い た 。 と い う の も 、 シ ュ ミ ッ ト の 定 義 に よ れ ば 、 執 行 権 を 行 使 す る 軍 事 命 令 権 者 に 立 法 権 限 を も 認 め る な ら ば 、 そ れ は 戒 厳 状 態 で は な い か ら で あ る 。 一 者 な い し 一 機 関 が 立 法 権 と 執 行 権 を 同 時 に 行 使 す る な ら ば 、 そ れ は 一 七 九 三 年 の フ ラ ン ス に 現 出 し た 独 裁 で あ る 。   シ ュ ミ ッ ト は 「 独 裁 と 戒 厳 状 態 」 末 尾 の 脚 注 で 次 の よ う に 記 し て い る 。「 軍 事 命 令 権 者 の 下 し た す べ て の 命 令 が 、 ラ イ ヒ 議 会 の よ う な 中 心 機 関 に よ り 公 布 さ れ た 法 律 的 諸 命 令 と 全 く 同 等 で あ り 、 と き に は こ れ に 優 先 し さ え す る [ こ と を 許 す ─ ─ 引 用 者 ] な ら ば 、 あ ら ゆ る 個 々 の 軍 事 命 令 権 者 に 対 し て 立 法 権 限 を 認 め る 今 日 の 裁 判 所 の 実 践 は 、〔 執 行 権 力 の ─ ─ 引 用 者 〕 集 中 と は 真 逆 の 事 態 を 引 き 起 こ す と い う こ と が 僅 か ば か り で も 言 及 さ れ て 然 る べ き だ ろ う 」(D B:20,  A nm . 52 )。 本 論 文 で シ ュ ミ ッ ト は 、 当 時 の ド イ ツ に お け る 戒 厳 状 態 法 律 の 運 用 に つ い て 明 白 に 批 判 す る こ と は 避 け て い る が 、軍 事 命 令 権 者 の 裁 量 や 権 限 の 範 囲 が 法 制 度 と し て の 戒 厳 状 態 が 許 容 す る 範 囲 を 逸 脱 し て い る と い う 認 識 を も ち 、 批 判 的 に 検 討 し て い た の で あ る 。 ( 四 ) シ ュ ミ ッ ト の 戒 厳 状 態 論 に 対 す る 同 時 代 の 法 学 者 に よ る 評 価   ド イ ツ に お け る 戒 厳 状 態 法 律 に 対 す る 従 来 の 解 釈 と そ の 運 用 を 批 判 す る と い う 、 以 上 に 見 た シ ュ ミ ッ ト の 実 践 的 意 図 は 、 同 時 代 の 法 学 者 に は 明 ら か な こ と と し て 映 っ て い た よ う で あ る 。 シ ュ ト ラ ス ブ ル ク 大 学 法 学 部 に 勤 務 し て い た 頃 に 論   説 北法69(1・20)20 シ ュ ミ ッ ト の 同 僚 で あ っ た 、 ド イ ツ 歴 史 学 派 の 国 家 学 者 ヴ ェ ル ナ ー ・ ヴ ィ テ ィ ヒ は 、 一 九 一 六 年 十 二 月 三 十 一 日 付 の 書 簡 で 次 の よ う に 述 べ て い る 。   「〔 独 裁 と 戒 厳 状 態 と い う 〕 二 つ の 法 的 な 分 離 は 非 常 に 説 得 的 で あ り 、 副 総 司 令 部 に お け る 独 裁 の 職 務 に つ い て 驚 く べ き 洞 察 を も た ら す も の で す 。 た だ し 現 在 の 時 流 に お い て は 、 軍 部 の 掌 中 に 立 法 権 と 執 行 権 が 一 致 し て い る と い う 実 質 的 結 論 に つ い て 、 暗 示 す る こ と し か 許 さ れ て い な い の が 残 念 で す 。〔 中 略 〕 あ な た が 平 時 に お い て こ の 作 品 を 、 こ の 主 題 に つ い て の 浩 瀚 な 研 究 へ と 完 成 さ せ る こ と を 望 ん で い ま す 」(T B2:500 )。   ま た 、 シ ュ ミ ッ ト の 戒 厳 状 態 研 究 は 、 国 法 学 者 パ ウ ル ・ ラ ー バ ン ト か ら も 非 常 に 高 い 評 価 を 受 け て い た 。 本 稿 第 一 章 で 確 認 し た 通 り 、 ラ ー バ ン ト は 当 時 の シ ュ ト ラ ス ブ ル ク 大 学 法 学 部 を 代 表 す る 法 学 者 で あ っ た が 、 一 九 一 六 年 に 同 大 学 の 私 講 師 に 着 任 し た シ ュ ミ ッ ト は 、 同 年 末 に ラ ー バ ン ト に こ の 論 文 の 写 し を 送 っ て い た (T B2:501 )。 こ れ に 対 し て ラ ー バ ン ト は 、 一 九 一 七 年 一 月 六 日 付 の 書 簡 で 次 の よ う に 応 答 す る 。   「 あ な た の 論 文 を 大 変 興 味 深 く 拝 読 し ま し た 。 独 裁 と 戒 厳 状 態 の 対 立 の 発 展 、 ま た 、 立 法 と 実 務 に お け る 両 概 念 の 混 同 は 明 快 で あ り 、 説 得 的 で す 。 予 想 さ れ て い る 戒 厳 状 態 に つ い て の プ ロ イ セ ン 法 律 が 改 正 さ れ る 際 に は 、 あ な た の 論 述 が 必 ず 考 慮 に 入 れ ら れ 、 そ の 有 用 性 が 証 明 さ れ る で し ょ う 」(T B2:501 )。   以 上 に み た ヴ ィ テ ィ ヒ 、ラ ー バ ン ト の 書 簡 か ら 、次 の 事 実 を 窺 う こ と が で き る 。 す な わ ち シ ュ ミ ッ ト の 戒 厳 状 態 論 は 、 国 法 学 上 の 理 論 的 研 究 と し て 評 価 さ れ た の み な ら ず 、 戦 時 下 の ド イ ツ に お け る 戒 厳 状 態 法 律 の 運 用 状 況 の 問 題 点 を 指 摘 し 、 今 後 予 想 さ れ る こ の 法 律 の 改 正 に あ た っ て 優 れ た 実 践 的 提 言 を 用 意 す る も の で あ る と 期 待 さ れ た の で あ る 。 し か し 敗 戦 と 帝 政 崩 壊 を 経 た ド イ ツ に お い て 、 プ ロ イ セ ン 戒 厳 状 態 法 律 を 改 正 す る と い う 計 画 は 水 泡 に 帰 し た の で あ っ た 。 カール・シュミットにおける民主主義論の成立過程(2) 北法69(1・21)21 第 二 節  第 一 次 大 戦 直 後 の シ ュ ミ ッ ト に お け る ボ ダ ン 論 ・ ホ ッ ブ ズ 論   独 裁 と 国 家 を め ぐ る シ ュ ミ ッ ト の 研 究 に お け る 次 な る 発 展 は 、 ミ ュ ン ヘ ン 商 科 大 学 講 師 時 代 の 講 義 録 に 見 出 さ れ る 。 敗 戦 と 革 命 後 の 一 九 一 九 年 六 月 末 に 除 隊 し た シ ュ ミ ッ ト は 、 ミ ュ ン ヘ ン 商 科 大 学 学 長 M .J .ボ ン の 助 力 を 受 け て 、 一 九 一 九 年 七 月 か ら 一 九 二 一 年 夏 学 期 ま で そ こ で 講 師 の 職 を 得 る (T B2:13 )。 シ ュ ミ ッ ト が ミ ュ ン ヘ ン 商 科 大 学 で 行 っ た 、 政 治 思 想 史 を 内 容 と す る 講 義 ノ ー ト ( 以 下 、 一 九 一 九 年 講 義 録 ) の 一 部 が 、 近 年 公 開 さ れ た 。 そ の 冒 頭 に 記 さ れ た 講 義 各 回 の 見 出 し は 次 の 通 り で あ る 。 「 第 一 冊     § 1 と § 2  見 出 し な し (S.1-14 )     § 3  宗 教 改 革 、 ド イ ツ 農 民 戦 争 、 ミ ュ ン ス タ ー 再 洗 礼 派 (S.15-27 )     § 4  モ ナ ル コ マ キ 〔 暴 君 討 伐 論 者 〕(S. 28-36 )     § 5  統 一 国 家 の 理 念 . ジ ャ ン ・ ボ ダ ン (S. 37-48 )   第 二 冊     § 6  十 七 世 紀 の 自 然 法 (S. 1-23 )     § 7  イ ン グ ラ ン ド 革 命 と 英 国 自 然 法 ( 権 )(S. 25-40 )     § 8  ジ ョ ン ・ ロ ッ ク (S. 42-52 )     § 9  十 八 世 紀 . 啓 蒙 (S. 53-56 )     § 10  モ ン テ ス キ ュ ー (S. 57-65 ) 論   説 北法69(1・22)22     § 11  ル ソ ー (S. 66-7 ) 11 (7 )」   こ れ ま で に 公 表 さ れ 、 現 在 利 用 す る こ と の で き る 講 義 録 は 、「 § 5  統 一 国 家 の 理 念 . ジ ャ ン ・ ボ ダ ン 」 と 「 § 6  十 七 世 紀 の 自 然 法 」 の 二 つ で あ る 。 前 者 は ボ ダ ン の 政 治 理 論 を 、 後 者 は 主 に ホ ッ ブ ズ の 政 治 理 論 を 、 講 義 出 席 者 に 向 け て 解 説 し た も の で あ る 。 講 義 録 と い う 性 質 上 、 こ こ で は 主 に 、 政 治 思 想 史 に お け る こ れ ら 政 治 理 論 の 意 義 に つ い て の 標 準 的 な 説 明 が 与 え ら れ る が 、 同 時 に シ ュ ミ ッ ト 独 自 の 視 点 か ら 、 そ の 後 の シ ュ ミ ッ ト の ボ ダ ン お よ び ホ ッ ブ ズ 理 解 に つ な が る 思 想 史 解 釈 が 示 さ れ て い る と 言 え る 。 本 節 で は 、 こ の 一 九 一 九 年 講 義 録 を 用 い て 、 国 家 的 統 一 と 主 権 概 念 を め ぐ る 論 考 を 中 心 に 、 シ ュ ミ ッ ト に お け る 国 家 論 研 究 の 発 展 を 解 明 す る 。 ( 一 ) ボ ダ ン 論 ─ ─ 主 権 と 国 家 的 統 一   一 九 一 九 年 講 義 録 ・ § 5 で は 、一 六 世 紀 後 半 に お け る フ ラ ン ス 宗 教 戦 争 、す な わ ち 宗 派 中 心 主 義 (K onfessionalism us ) を め ぐ る 闘 争 が 主 題 と さ れ 、 こ の 闘 争 を 克 服 す る た め に 主 権 概 念 を 形 成 し た ジ ャ ン ・ ボ ダ ン の 政 治 思 想 が 論 じ ら れ る 。   シ ュ ミ ッ ト は 第 一 に 、 国 内 に お け る 分 裂 を 克 服 し 、 統 一 を も た ら そ う と す る 要 求 が 生 じ た 背 景 を 説 明 す る 。 す な わ ち 当 時 、 ロ ー マ ・ カ ト リ ッ ク 教 会 内 部 に お い て 「 絶 対 的 統 一 」 を 目 指 す 動 向 が 高 ま っ て い た こ と を 指 摘 し 、 教 会 の 「 絶 対 的 な 教 会 統 一 」 と の ア ナ ロ ジ ー に お い て 国 家 の 統 一 要 求 を 理 解 す る の で あ る 。   シ ュ ミ ッ ト に よ れ ば 、 教 会 分 裂 と 宗 教 戦 争 と い う 経 験 を 経 て 、 教 会 に お い て は 次 の よ う な 経 緯 で 「 絶 対 的 な 統 一 」 が 目 指 さ れ た 。「 教 会 分 裂 と 宗 教 戦 争 は 、 イ エ ズ ス 会 士 に 体 現 さ れ た よ う に 、 絶 対 的 な 教 会 の 統 一 に 対 す る 熱 意 を 鼓 舞 し た 」(Ebd. )。 こ の と き 教 会 の 統 一 を 保 証 す る 者 は 教 皇 で あ る と 見 做 さ れ 、「 イ エ ズ ス 会 士 た ち は 、教 皇 君 主 政 (päpstliche  M onarchie ) に お け る 絶 対 的 に 機 能 す る 組 織 で あ っ た 」(Ebd. )。 当 時 、修 道 会 と イ エ ズ ス 会 士 は 敵 対 者 か ら 、「 暗 殺 者 」「 イ カール・シュミットにおける民主主義論の成立過程(2) 北法69(1・23)23 エ ニ チ ェ リ 〔 原 語 は ト ル コ 語 で 、 歩 兵 軍 団 を 意 味 す る ─ ─ 引 用 者 〕」、 す な わ ち 「 軍 事 的 権 力 装 置 に 対 応 す る 戦 争 の 主 要 な 手 段 」 と 呼 ば れ 、 非 難 さ れ た と い う 。   さ ら に シ ュ ミ ッ ト は 、 リ ー グ 派 の イ エ ズ ス 会 士 ベ ラ ル ミ ー ノ を 引 き 合 い に 出 し 、 教 会 の 統 治 形 式 は 君 主 主 義 的 性 格 を も つ と 考 え ら れ て い た こ と に 言 及 す る 。「 教 会 の 統 治 形 式 が 民 主 主 義 的 で も な け れ ば 、 貴 族 主 義 的 で も な く 、「 主 と し て (praecipue )」 君 主 主 義 的 で あ ら ね ば な ら な い こ と を 、 ベ ラ ル ミ ー ノ は 表 現 し た 。 ス ペ イ ン や フ ラ ン ス に お い て 国 王 が 諸 身 分 に 優 位 し て い た よ う に 、 教 会 組 織 に お い て は 教 皇 が 公 会 議 (K onzil ) を 圧 倒 す る 」(V 1919B:479 )。   そ の 上 で シ ュ ミ ッ ト は 、 こ う し た 教 皇 に よ る 教 会 の 統 一 と 、 絶 対 君 主 に よ る 国 家 の 統 一 を ア ナ ロ ジ ー の 関 係 で 把 握 す る 。 す な わ ち 、「 教 皇 制 度 を 、 教 会 を 統 治 す る 絶 対 君 主 政 と し て 捉 え る 解 釈 は 、 絶 対 君 主 を 国 家 の 主 権 者 と し て 捉 え る 解 釈 に 対 応 し た 。 教 皇 は 教 会 の 統 一 を 保 証 し 、 絶 対 君 主 は 国 家 の 統 一 を 保 証 す る 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 〔 傍 点 は 引 用 者 に よ る 〕」(Ebd. )。 統 一 に と っ て の 弊 害 は 、 教 会 に お い て は 「 公 会 議 」 で あ り 、 世 俗 国 家 に お い て は 「 諸 身 分 の 代 表 」 で あ っ た 。 そ れ ゆ え 、 教 皇 な い し 絶 対 君 主 に 対 立 す る 権 力 を 排 除 し 、 教 皇 と 「 公 会 議 」、 お よ び 絶 対 君 主 と 「 諸 身 分 の 代 表 」 と い う 「 二 元 主 義 (D ualism us )」 を 克 服 す る こ と が 目 指 さ れ た 。「 絶 対 的 統 一 の 理 念 は 、 教 会 に お い て は 公 会 議 と い う 身 分 制 的 観 念 の 否 定 、 ま た 世 俗 国 家 に お い て は 貴 族 や 聖 職 者 、 諸 身 分 の 代 表 の 否 定 を 意 味 す る 。 身 分 制 国 家 は 、 同 等 の 権 利 を も つ 二 つ の 党 派 間 の 契 約 と い う 弁 証 法 的 基 礎 に 基 づ く 。 統 一 と い う 新 た な 思 想 は そ の よ う な 二 元 主 義 を 、 秩 序 あ る 共 同 体 (Gem einw esen ) 内 部 の 対 立 、 す な わ ち ア ナ ー キ ー と 内 乱 で あ る と 考 え た 」(Ebd. )。   こ う し て 国 内 の 二 元 主 義 の 克 服 、す な わ ち 諸 身 分 の 代 表 の 権 力 の 排 除 が 試 み ら れ た 。 し た が っ て シ ュ ミ ッ ト に よ れ ば 、 「 統 一 と い う 思 想 は 諸 々 の 内 乱 の 経 験 か ら 生 じ た 」 も の で あ っ た 。 当 然 、 こ の 内 乱 は 内 面 の 信 仰 を 問 題 と す る 宗 教 戦 争 で も あ っ た か ら 、 克 服 す べ き 対 象 は 諸 身 分 だ け で は な く 、 宗 教 的 不 寛 容 者 で も あ っ た ─ ─ 「 宗 教 戦 争 の 経 験 か ら 、 十 六 論   説 北法69(1・24)24 世 紀 フ ラ ン ス に お い て は す で に 、 宗 教 的 寛 容 と 宗 教 的 平 和 へ の 強 い 要 求 が 生 じ て い た 。 こ の 平 和 は 、 教 会 を 国 家 の 利 益 の 下 に 服 従 さ せ る こ と に よ っ て 達 成 す る こ と が 望 ま れ た 」(V 1919B:478 )。「 内 乱 は 同 時 に 宗 教 戦 争 で も あ っ た か ら 、 統 一 と い う 思 想 は 同 等 の 権 利 を も つ 諸 身 分 に 対 し て だ け で は な く 、 教 会 の 権 力 要 求 に 対 し て も 向 け ら れ る 観 念 で あ っ た 。 新 た な 統 一 の た め の 術 語 は 、 あ る 概 念 、 す な わ ち 「 主 権 」 と い う 国 法 学 上 の 概 念 で あ る 。 そ れ は 二 つ の 側 に 向 か っ て 、 す な わ ち 諸 身 分 の 権 利 と 教 会 の 権 利 に 対 し て 向 け ら れ た 「 論 争 的 な 概 念 」( ギ ー ル ケ ) で あ っ た 」(V 1919B:480 )。   こ う し て 本 講 義 録 で シ ュ ミ ッ ト は 第 二 に 、主 権 概 念 の 創 始 者 で あ る ジ ャ ン ・ ボ ダ ン の 政 治 思 想 の 意 義 に つ い て 論 じ る 。 ボ ダ ン の 真 の 功 績 は 、 主 権 概 念 を う ち 立 て 定 義 し た こ と に 基 づ く 。 そ の 主 権 の 定 義 は 「 主 権 は い か な る 他 の 世 俗 の 権 力 か ら も 演 繹 さ れ な い 最 高 権 力 で あ り 、 時 間 に よ っ て も 委 託 に よ っ て も 制 限 さ れ な い 、 そ し て 法 律 に も 拘 束 さ れ な い 最 高 権 力 で あ る 」 と い う も の で あ る 。 そ し て 主 権 の メ ル ク マ ル は 、「 戦 争 と 平 和 を 決 定 す る こ と 、 自 立 的 な 、 す な わ ち 他 者 の 同 意 に 拘 束 さ れ な い 立 法 行 為 、 高 級 官 吏 の 任 命 、 司 法 の 最 高 審 級 、 恩 赦 権 、 貨 幣 鋳 造 権 、 課 税 権 、 信 義 ・ 服 従 を 要 求 す る 権 利 で あ る 」(Ebd. )。 こ こ で シ ュ ミ ッ ト は 、 主 権 と 国 家 の 統 一 の 関 係 を 強 調 し 、 次 の よ う に 述 べ る ─ ─ 「 国 家 自 体 は 主 権 的 権 力 が 存 立 す る こ と に よ っ て 初 め て 統 一 へ と 、 一 つ の 全 体 へ と 生 成 す る 。 主 権 は 国 家 に 拠 り 所 を 与 え 、 様 々 な 構 成 要 素 か ら 国 家 を つ な ぎ 合 わ せ る 」(Ebd. )。   ボ ダ ン が 君 主 政 こ そ を 最 善 の 国 家 形 式 で あ る と 捉 え て い た と い う こ と に つ い て 、 シ ュ ミ ッ ト は 次 の よ う に 説 明 す る 。 シ ュ ミ ッ ト に よ れ ば 、 ボ ダ ン の 政 治 思 想 に お い て は 「 国 家 の 統 一 」 と 主 権 的 君 主 の 「 人 格 (Person )」 と は 密 接 な 関 係 に あ る 。 君 主 政 が 最 善 の 国 家 形 式 で あ る の は 、「 そ れ が 主 権 的 君 主 の 人 格 に お い て 国 家 の 統 一 を 最 も よ く 表 し て い る (darstellen ) か ら で あ る 。 こ れ は 家 族 の 中 で 、 父 親 が 家 族 の 統 一 を 形 成 し て い る こ と と 同 様 で あ る 」(V 1919B:482 )。   た だ し 、 シ ュ ミ ッ ト の ボ ダ ン 解 釈 に よ れ ば 、 ボ ダ ン の 構 想 し た 君 主 政 論 は 、 民 主 政 の 「 平 等 」 と 貴 族 政 の 選 良 思 想 と カール・シュミットにおける民主主義論の成立過程(2) 北法69(1・25)25 を 排 斥 す る も の で は な く 、こ れ ら と 両 立 す る 制 度 で あ る 。 つ ま り 君 主 の 人 格 に お い て 国 家 の 統 一 を 表 現 す る も の と し て 、 「 君 主 政 は 、 民 主 政 と 貴 族 政 と い う 二 つ の 矛 盾 す る 原 理 の 調 和 的 統 一 を も 意 味 す る 。 つ ま り 、 こ う し た 君 主 政 は 、 民 主 政 の 原 理 で あ る 平 等 (égalité ) と 、 貴 族 政 の 原 理 で あ る 成 果 と 貢 献 に 従 っ た 差 異 の あ る 待 遇 と を 相 互 に 結 び つ け る こ と を 可 能 に す る 。 そ し て 正 し い 国 家 の 三 つ の 諸 原 則 、 す な わ ち 統 一 (unité )、 分 配 的 正 義 (proportion )、 平 等 (égalité,  com m utative Gerechtigkeit ) を 正 当 に 評 価 す る こ と を 可 能 に す る 」(Ebd. )。 確 か に 、「 主 権 の 絶 対 主 義 的 性 格 」 ゆ え に 「 主 権 は 何 も の に も 拘 束 さ れ え ず 、 自 ら の 法 律 に も 服 従 し な い 」(V 1919B:481 )。 し か し ボ ダ ン の 論 じ る 主 権 的 君 主 政 が 恣 意 的 統 治 で は な い こ と を 、 シ ュ ミ ッ ト は 次 の よ う に 説 明 す る 。「 正 統 な 君 主 政 は 、 形 式 的 に は 、 法 的 に 何 も の に も 拘 束 さ れ な い が 、 そ れ に も か か わ ら ず 神 の 規 範 と 道 徳 規 範 と を 遵 守 す る 。〔 権 力 の ─ ─ 引 用 者 〕 正 統 な 行 使 の う ち に 、 正 統 な 君 主 政 の メ ル ク マ ル が 存 在 す る 」 ─ ─ す な わ ち ボ ダ ン は 「 臣 民 が 君 主 の 所 有 物 で あ る 封 建 君 主 政 と 純 粋 な 恣 意 的 支 配 で あ る 僭 主 的 君 主 政 、 お よ び 正 統 な 君 主 政 と の 間 に 区 別 を 設 け る 。〔 中 略 〕 こ れ に よ っ て 主 権 は 君 主 の 掌 中 に あ る こ と を 止 め な い し 、( 法 的 に 考 察 す れ ば 常 に 自 発 的 で の み あ る )道 徳 法 則 へ の 人 格 の 自 己 拘 束 は 、主 権 を 廃 棄 し な い 」(Ebd. )。   ボ ダ ン が 批 判 し た 対 象 は 、 モ ナ ル コ マ キ や 教 会 、 君 主 と 対 立 す る 諸 身 分 だ け で は な く 、「 一 般 に 正 当 に も 無 心 論 者 、 無 知 な 者 と 称 さ れ て い た マ キ ャ ヴ ェ リ 」 と 「 マ キ ャ ヴ ェ リ ス ト 」 と 呼 称 さ れ た 政 治 的 陰 謀 家 で も あ っ た 。 そ の 理 由 は 、 ボ ダ ン に と っ て 「 政 治 学 は 、イ タ リ ア の 片 田 舎 か ら 片 端 に 集 め ら れ た 陰 険 な 術 策 の う ち に 存 立 す る の で は な い 」(Ebd. ) か ら で あ っ た 。 シ ュ ミ ッ ト に よ れ ば 、ボ ダ ン の 国 家 論 に と っ て は「 む し ろ 正 義 こ そ が 国 家 の 必 然 的 な メ ル ク マ ル で あ る 」。 「 君 主 は 法 律 に 服 従 し て は い な い が 、 合 法 的 な 権 力 行 使 、 す な わ ち 臣 民 の 自 由 と 私 有 財 産 を 尊 重 す る よ う な 権 力 行 使 が 正 統 な 君 主 政 に と っ て は 必 要 で あ る 」。 シ ュ ミ ッ ト は 「 こ の 点 に 、 マ キ ャ ヴ ェ リ の 素 朴 な 技 術 的 見 地 と 、〔 ボ ダ ン に お け る ─ ─ 引 用 者 〕 フ ラ ン ス 君 主 政 の よ う な 偉 大 な 国 家 的 (national ) 君 主 政 の も つ 自 負 と の 間 の 相 違 が 際 立 っ て い る 」 と 論   説 北法69(1・26)26 述 べ 、 ボ ダ ン の 政 治 思 想 を 高 く 評 価 す る 。   以 上 に 見 た よ う に 、 本 講 義 録 で は ボ ダ ン の 主 権 論 に お い て 「 国 家 的 統 一 」 と 「 主 権 的 君 主 」、 お よ び そ の 「 人 格 」 と の 間 の 密 接 な 関 係 が 示 さ れ て い た 。 こ う し た ボ ダ ン 解 釈 か ら 出 発 し 、『 独 裁 』 に お い て は 、 ボ ダ ン の も う 一 つ の 功 績 と し て 、 主 権 者 と 独 裁 官 の 区 別 に つ い て の 議 論 が 評 価 さ れ 、 さ ら に 『 政 治 神 学 』 に お い て は 、 人 格 主 義 と 決 断 主 義 を 特 徴 と す る 主 権 概 念 が 形 成 さ れ る の で あ る 。 ( 二 ) ホ ッ ブ ズ 論 ─ ─ 代 表 、 主 権 、 統 一   一 九 一 九 年 講 義 録 ・ § 6 「 十 七 世 紀 の 自 然 法 」 で は 、 シ ュ ミ ッ ト に よ り 「 自 然 科 学 的 自 然 法 の 偉 大 な る 代 表 者 」 と 呼 称 さ れ る 、 ト マ ス ・ ホ ッ ブ ズ の 政 治 理 論 に つ い て 論 じ ら れ る 。 こ こ で は 「 自 然 状 態 」 と そ の 克 服 の た め の 社 会 契 約 論 に つ い て 、 ホ ッ ブ ズ の 思 想 に 対 す る シ ュ ミ ッ ト の 解 釈 が 示 さ れ て い る 。   周 知 の 通 り 、 ホ ッ ブ ズ の 思 想 に お い て は 、 自 然 状 態 に お け る 人 間 の 存 在 (D asein ) は 常 に 危 険 に 晒 さ れ て い る 。 シ ュ ミ ッ ト は 、 ホ ッ ブ ズ に お け る 自 然 状 態 を 歴 史 的 に 解 釈 す る こ と は 誤 り で あ る と 指 摘 し 、 自 然 状 態 は 原 始 状 態 や 「 歴 史 の 始 ま り 」 に 存 在 す る も の で は な い と 述 べ る 。 む し ろ 自 然 状 態 は 「 潜 在 的 に 、 常 に 現 在 す る 」(V 1919H :12 ) も の で あ り 、 近 代 国 家 は 他 の 諸 外 国 と の 関 係 に お い て 、潜 在 的 に 「 恒 常 的 な 戦 争 」 状 態 に あ る 。 す な わ ち 、常 に 他 国 か ら 襲 撃 を 受 け 、 滅 ぼ さ れ る と い う 危 険 に 晒 さ れ て い る 。 そ れ ば か り で は な く 、 国 家 内 部 に お い て も 自 然 状 態 は 再 現 さ れ う る 。「 一 旦 、 国 家 の 強 制 が 弱 ま る と 、 革 命 期 に お い て 自 然 状 態 は 復 活 し 、 歯 止 め を 知 ら な い 残 虐 な 仕 方 で 、 存 在 を め ぐ る 闘 争 が 行 わ れ る 」(Ebd. )。 こ う し た 自 然 状 態 に お い て は 「 法 と 不 法 の 区 別 」 は な く 、 暴 力 と 策 略 が 「 徳 (T ugend )」 で あ る 。   さ ら に シ ュ ミ ッ ト は 、 ホ ッ ブ ズ の 社 会 契 約 論 の 概 要 を 、 端 的 に 次 の よ う に 整 理 す る 。 死 に 対 す る 不 安 と 恐 怖 か ら 、「 万 カール・シュミットにおける民主主義論の成立過程(2) 北法69(1・27)27 人 の 万 人 に 対 す る 闘 争 」 を 回 避 し よ う と す る 理 性 的 考 慮 に 導 か れ て 、国 家 が 成 立 す る (V 1919H :13 )。『 リ ヴ ァ イ ア サ ン 』 に お い て は 、 国 家 を 作 り 出 す 国 家 契 約 は 「 代 表 機 関 の 創 設 」 を 意 味 す る 。「 各 人 は 主 権 者 の 行 為 を 自 ら の 行 為 で あ る か の よ う に 見 做 し て 行 為 す る 。 こ の 契 約 は 絶 対 的 代 表 (Repräsentation ) を 創 り 出 す 。 各 人 は 主 権 者 を 顧 慮 し て 他 の 各 々 と 契 約 を 結 ぶ こ と を 通 じ て 、 諸 個 人 は 、 主 権 者 に 服 従 す る 統 一 へ と 生 成 し た 。 こ れ に よ り 国 家 は 成 立 し た 。 今 や 平 和 は 保 証 さ れ た 」(V 1919H :13f. )。   以 上 の 帰 結 と し て 、 シ ュ ミ ッ ト は 「 諸 個 人 の 結 合 契 約 が 国 家 を 創 設 す る の で は な く 、 主 権 的 で 不 可 分 の 統 一 体 に 対 し て す べ て の 者 が 服 従 す る と い う こ と が 、 国 家 を 創 設 す る 」 と 述 べ る 。 こ う し て 「 結 合 契 約 (pactum  unionis ) と 服 従 契 約 (pactum  subjectionis ) と を 結 合 す る 」 ア ル ト ジ ウ ス 以 来 の 二 元 主 義 が 除 去 さ れ 、「 国 家 の 主 権 と 統 一 と い う 概 念 が 、 非 常 に 明 晰 な 仕 方 で 展 開 さ れ た 」 と し て 評 価 す る 。   次 に シ ュ ミ ッ ト は 、 ホ ッ ブ ズ 思 想 に お い て 「 一 度 成 立 し た 国 家 の 権 力 は 無 制 約 で あ る 」 と 規 定 さ れ る こ と に つ い て 次 の よ う に 説 明 す る 。「 主 権 者 は 世 俗 の 神 で あ る 。 人 間 は 主 権 者 の お か げ で 平 和 と 保 護 を 享 受 す る 。 主 権 者 は 臣 民 か ら す べ て を 要 求 で き る 」。 そ し て 『 リ ヴ ァ イ ア サ ン 』 か ら 、次 の 諸 命 題 を 引 用 す る ─ ─ 「 市 民 の 自 由 は 法 律 へ の 服 従 で あ る 」 (Lev. C.21 )、「 宗 教 は 国 家 に よ り 認 め ら れ な い 限 り 、 迷 信 で あ る 」(C.12 )、「 国 家 に お い て は 、 国 家 法 律 に 対 し て 服 従 す る 以 上 に 服 従 し な け れ ば な ら な い よ う な 私 的 良 心 は 存 在 し な い 。 す べ て の 者 に と っ て 、 国 家 法 律 が 最 も 高 次 の 良 心 的 義 務 で な け れ ば な ら な い 」(C.29 )。   そ れ ゆ え 「 法 と 不 法 の 対 立 は 、 国 家 を 通 じ て の み 存 在 す る 」 と さ れ る 。 あ る 命 題 が 法 (Recht ) で あ る と 見 做 さ れ る の は 、「 国 家 が そ の 内 容 を 命 じ る 」 か ら で あ る 。 そ う 述 べ た 上 で 、 シ ュ ミ ッ ト は 、 後 に 繰 り 返 し 言 及 す る こ と に な る ホ ッ ブ ズ の 命 題 「 真 理 で は な く 、権 威 が 法 を 定 め る (auctoritas, non veritas facit legim )」(C.26 ) を 引 用 す る (V 1919H :15 )。 論   説 北法69(1・28)28   以 上 に み た ホ ッ ブ ズ 解 釈 は 、『 独 裁 』 に お い て 再 び 繰 り 返 さ れ る 。 シ ュ ミ ッ ト は 、『 独 裁 』 に お い て 十 七 世 紀 に お け る 自 然 法 解 釈 を め ぐ る 分 裂 に つ い て 論 じ る 中 で 、 ホ ッ ブ ズ の 自 然 法 理 解 を 「 科 学 的 自 然 法 」 と 称 し 、 グ ロ チ ウ ス に 代 表 さ れ る 「 正 義 の 自 然 法 」 に 対 置 す る 。「 特 定 の 内 容 を 伴 な う 法 が 、 国 家 以 前 の 法 と し て 存 立 し て い る こ と を 前 提 と す る 」 グ ロ チ ウ ス の 「 正 義 の 自 然 法 」 と は 対 照 的 に 、 ホ ッ ブ ズ の 法 理 解 に お い て は 、「 国 家 以 前 お よ び 国 家 の 外 部 に は 法 は 存 在 し な い 。 国 家 の 価 値 は 、国 家 が 法 を 作 り 出 す こ と に よ り 、法 を め ぐ る 争 い に 決 着 を つ け る と い う 点 に 存 す る 」(D D :21 )。 こ う し た 文 脈 で 、『 リ ヴ ァ イ ア サ ン 』 か ら 引 用 し た 前 述 の 諸 命 題 が 繰 り 返 さ れ る の で あ る 。   シ ュ ミ ッ ト は 、 ホ ッ ブ ズ の 思 想 に お い て は 「 平 和 と 保 護 」 が 国 家 の 最 高 次 の 目 的 と さ れ て い た こ と を 強 調 す る 。 そ し て 、 こ う し た 国 家 の 目 的 ゆ え に 、 ホ ッ ブ ズ は 他 の 政 体 に 君 主 政 が 優 位 す る と 考 え た 、 と 説 明 す る 。 君 主 政 に お い て は 、 君 主 の 私 的 利 益 は 共 同 体 の 利 益 と 最 も 容 易 に 一 致 す る 。 そ の 一 方 で 民 主 政 に お い て は 、 内 戦 や 派 閥 化 、 デ マ ゴ ー グ の 支 配 に よ り 、 簡 単 に 再 び 自 然 状 態 が 再 現 し う る 。   以 上 に み た よ う に 、一 九 一 九 年 の シ ュ ミ ッ ト は 、す で に ホ ッ ブ ズ の 政 治 思 想 か ら 、主 権 者 命 令 説 と し て の 自 然 法 解 釈 、 国 家 成 立 時 に お け る「 絶 対 的 代 表 」の 創 設 と 統 一 の 形 成 、主 権 者 の 概 念 と い っ た 諸 論 点 に つ い て 理 解 を 得 て い た の で あ る 。 第 三 節  『 独 裁 』 成 立 の 諸 状 況 と 委 任 独 裁 論 の 形 成 ( 一 ) ミ ュ ン ヘ ン に お け る 革 命 と 内 乱   以 上 に 見 た よ う に 、 シ ュ ミ ッ ト は 一 九 一 九 年 七 月 以 来 、 ミ ュ ン ヘ ン 商 科 大 学 で 講 師 を 務 め 、 右 に 確 認 し た 内 容 の 講 義 録 を 書 き 残 し た 。 こ れ に 先 立 つ 時 期 、 す な わ ち 一 九 一 八 年 の 十 一 月 革 命 か ら 翌 年 六 月 末 に 除 隊 す る ま で の 期 間 、 バ イ エ カール・シュミットにおける民主主義論の成立過程(2) 北法69(1・29)29 ル ン 都 市 駐 留 司 令 部 に 転 属 し た シ ュ ミ ッ ト は 、 君 主 政 崩 壊 と 敗 戦 、 続 く 革 命 と 内 乱 を ミ ュ ン ヘ ン で 経 験 し た 。 国 王 や 旧 勢 力 が 国 外 へ と 亡 命 し た 後 の ミ ュ ン ヘ ン で は 、 K .ア イ ス ナ ー が 一 九 一 八 年 十 一 月 に 急 進 的 社 会 主 義 者 の 支 持 を 得 て 、 殆 ど 武 力 抵 抗 を 受 け ず に 数 時 間 で 革 命 を 宣 言 し 、 バ イ エ ル ン 自 由 国 民 国 家 の 樹 立 を 宣 言 し ) 1( ( た 。 そ こ で 新 た に 政 治 権 力 を 掌 握 し た 急 進 的 社 会 主 義 者 た ち は 、 ま さ に 大 戦 中 の 副 総 司 令 部 勤 務 時 に シ ュ ミ ッ ト が 監 視 対 象 と し て い た 人 々 で あ っ た (T B2:12 )。 翌 年 一 月 に 行 わ れ た 州 議 会 選 挙 で は 、 ア イ ス ナ ー が 党 首 を 務 め る 独 立 社 会 民 主 党 は 大 敗 を 喫 し 、 社 会 民 主 党 お よ び ブ ル ジ ョ ワ 政 党 の 勢 力 が 復 活 す る 。 翌 二 月 に ア イ ス ナ ー が 暗 殺 さ れ る と 、 革 命 的 状 況 と 内 乱 が 再 び ミ ュ ン ヘ ン を 支 配 す る こ と と な ) 11 ( る 。 四 月 に レ ー テ 共 和 国 が 宣 言 さ れ 、 同 月 末 に 左 右 勢 力 の 武 力 闘 争 が 頂 点 に 達 し た と き 、 都 市 駐 留 司 令 部 に 下 士 官 と し て 勤 務 し て い た シ ュ ミ ッ ト は 、 自 ら 生 命 の 危 機 を 経 験 す る (T B2:13 )。   本 章 第 一 節 で 見 た よ う に 、 副 総 司 令 部 勤 務 時 に 与 え ら れ た 任 務 を 契 機 と し て 行 わ れ た 戒 厳 状 態 に つ い て の 研 究 で は 、 従 来 の 解 釈 に お い て 戒 厳 状 態 と 混 同 さ れ て い た 独 裁 概 念 と の 区 別 を 通 じ て 、 戒 厳 状 態 を 明 確 に 定 式 化 し よ う と す る も の で あ っ た 。 こ の と き 独 裁 に つ い て は 簡 潔 に 論 及 さ れ る に 留 ま っ て い た が 、 ミ ュ ン ヘ ン で 革 命 的 状 況 と 内 乱 を 経 験 す る こ と を 通 じ て 、 独 裁 概 念 を 究 明 し よ う と す る 問 題 関 心 が 醸 成 さ れ 、 研 究 意 欲 が よ り 一 層 強 く 喚 起 さ れ た と 推 定 さ れ る 。 先 に 見 た 、 ミ ュ ン ヘ ン 商 科 大 学 講 義 録 に 見 出 さ れ る ボ ダ ン 、 ホ ッ ブ ズ の 政 治 思 想 に 対 す る 透 徹 し た 理 解 と 解 釈 は 、 こ の 時 期 に 形 成 さ れ つ つ あ っ た 独 裁 に 対 す る 問 題 関 心 に 基 づ き 、 独 裁 概 念 の 定 式 化 を 試 み る 過 程 で な さ れ た も の で あ っ た と 言 え る 。 ( 二 )『 独 裁 』 に お け る ボ ダ ン 論 ─ ─ 主 権 者 と 独 裁 官 の 区 別   『 独 裁 』( 一 九 二 一 年 ) で は 一 九 一 九 年 講 義 録 か ら 発 展 し て 、 ボ ダ ン の 主 権 論 の 成 立 過 程 に つ い て シ ュ ミ ッ ト 独 自 の 新 論   説 北法69(1・30)30 た な 解 釈 が 示 さ れ る 。 ま ず シ ュ ミ ッ ト は 、 一 九 一 九 年 講 義 録 に お い て も 言 及 し た よ う に 、 ボ ダ ン を 「 近 代 国 法 に お け る 主 権 概 念 」 の 創 始 者 と し て 再 び 評 価 す る 。 す な わ ち 「 主 権 は 国 家 の 絶 対 的 か つ 永 続 的 権 力 で あ る 」 と い う ボ ダ ン に よ る 主 権 の 定 義 は 、「 今 日 に お い て も 未 だ に 根 本 的 で あ る と 見 做 さ れ な け れ ば な ら な い 定 義 」 で あ る と い う 。 さ ら に 、 本 書 で シ ュ ミ ッ ト は 新 た に 、「 主 権 の 問 題 と 独 裁 の 関 連 を 認 識 し た 」 こ と も ボ ダ ン の 功 績 で あ る と 述 べ る 。 そ し て シ ュ ミ ッ ト は 、 ボ ダ ン の 議 論 に 即 し て 、 主 権 者 と 独 裁 官 の 区 別 、 す な わ ち 主 権 的 君 主 政 と 委 任 独 裁 と の 相 違 を 次 の よ う に 明 確 化 す る 。   シ ュ ミ ッ ト に よ れ ば 、 君 主 す な わ ち 主 権 者 は す べ て の 臣 民 に 対 す る 支 配 者 で あ る か ら 、 当 然 、 正 規 の 官 吏 や 委 員 に 対 す る 支 配 者 で も あ っ た 。 主 権 者 は 官 吏 な り 委 員 に 委 託 し た 権 力 を い か な る 場 合 に も 引 き 上 げ 、 そ の 行 動 に 介 入 す る こ と が で き る (D D :25 )。 非 常 時 に 権 限 と 任 期 を 限 定 さ れ た 上 で 絶 大 な 権 力 を 行 使 し た 独 裁 官 も ま た 、 主 権 者 に よ り 任 務 を 委 託 さ れ た 委 員 で あ る 。 そ れ ゆ え 独 裁 官 は 、 委 託 さ れ た 権 力 が い か に 大 き い と し て も 主 権 者 で は な い 。 そ し て 、 独 裁 官 の 権 力 は 任 務 の 完 遂 と と も に 消 滅 す る の で あ る 。「 国 家 に お い て 一 個 人 、 あ る い は 一 官 庁 が 無 制 約 の 権 限 を 保 持 し 、 そ の 措 置 に 対 す る い か な る 法 的 手 段 も 存 在 し な い と し て も 、 彼 の も つ 権 力 が 永 続 的 で は な い 限 り 、 こ れ は 主 権 的 権 力 で は な い 。 な ぜ な ら ば 、 そ れ は 他 の 者 か ら 導 き 出 さ れ た 権 力 だ か ら で あ る 。 真 の 主 権 者 は 自 ら の 上 位 に 、 神 以 外 の い か な る 者 も 認 め な い 」(D D :26 )。 し た が っ て 、 主 権 者 と 独 裁 官 を 区 別 す る 際 の 基 準 と し て は 、 そ の 権 力 が 自 ら に 由 来 す る 永 続 的 な も の で あ る か 否 か 、 あ る い は そ の 権 力 が 他 者 に 由 来 す る 派 生 的 な も の で あ り 、 か つ 一 時 的 な も の で あ る か 否 か と い う 点 が 決 定 的 と な る 。   こ う し て ボ ダ ン の 議 論 に お い て は 、 主 権 者 と 独 裁 官 と は 明 確 に 区 別 さ れ て い た 。 た だ し 原 理 的 に は 、「 独 裁 は 概 念 上 、 本 当 に 主 権 的 事 例 で は な い の か 」 と い う 問 題 、 す な わ ち 主 権 者 と 独 裁 官 が 一 致 す る 可 能 性 が あ る の で は な い か と い う 問 カール・シュミットにおける民主主義論の成立過程(2) 北法69(1・31)31 い が 提 起 さ れ う る 。 し か し ボ ダ ン に と っ て は 、 主 権 者 と 独 裁 官 が 一 致 す る と い う 可 能 性 、 す な わ ち 主 権 独 裁 の 事 例 は 考 察 の 対 象 外 で あ っ た 。 な ぜ な ら ば 、 十 六 、十 七 世 紀 に 君 主 政 を 論 じ た 国 法 学 者 に と っ て 、 主 権 者 で あ る 君 主 は 独 裁 官 で は あ り え ず 、 委 員 で あ る 独 裁 官 は 君 主 で は あ り え な か っ た か ら で あ る 。「 君 主 政 的 国 家 論 は 確 か に 、 緊 急 時 に は 一 個 人 に よ る 絶 対 的 な 支 配 が 不 可 避 的 で あ る こ と を 示 す た め に 、 常 に 好 ん で 独 裁 に 言 及 し た 。 し か し 政 治 的 実 践 に お い て 広 範 な 全 権 を も つ 委 員 的 官 吏 を 常 時 利 用 し た 正 統 的 絶 対 主 義 の 観 点 か ら は 、〔 主 権 者 と ─ ─ 引 用 者 〕 委 員 と の 相 違 は あ ま り に も 大 き く 、 何 ら か の 種 類 の 「 委 任 (com m issio )」 に 際 し て 、 主 権 が 委 員 の 側 に あ る も の と し て 主 権 に つ い て 論 じ る こ と は で き な か っ た 」(D D :27 )。   そ こ で シ ュ ミ ッ ト は 次 に 、 ボ ダ ン が 考 察 対 象 と は し な か っ た 、 主 権 者 と 独 裁 官 が 一 致 す る 場 合 を 検 討 す る 。 委 任 独 裁 か ら 主 権 独 裁 へ の 移 行 段 階 と し て 考 察 し た の は 、 ホ ッ ブ ズ の 政 治 理 論 、 特 に 「 代 表 」 に 関 す る 議 論 で あ っ た 。 第 四 節  『 独 裁 』 に お け る 主 権 独 裁 論 ─ ─ 人 民 の 意 志 に つ い て の 考 察 ( 一 )『 独 裁 』 に お け る ホ ッ ブ ズ 論 ─ ─ 代 表 と 主 権 独 裁 の 関 係   一 九 一 九 年 講 義 録 で シ ュ ミ ッ ト は 、 ホ ッ ブ ズ の 理 論 の 核 心 は 社 会 契 約 論 を 通 じ た 「 絶 対 的 代 表 」 の 形 成 で あ る こ と を 強 調 し て い た 。『 独 裁 』 で は 新 た に 、 ホ ッ ブ ズ の 政 治 理 論 に お い て は 「 政 治 権 力 の 時 限 的 委 譲 の 問 題 」(D D :29 ) が 提 起 さ れ て い る と い う 認 識 が 付 加 さ れ る 。   シ ュ ミ ッ ト に よ れ ば 、 ホ ッ ブ ズ の 理 論 の 構 成 は 「 主 権 独 裁 の 問 題 を 指 示 す る 」(D D :31 ) も の で あ っ た 。 と い う の も 、 ホ ッ ブ ズ は 独 裁 官 が 同 時 に 主 権 者 と な る と い う 事 態 を 考 慮 し て い た か ら で あ る 。 ホ ッ ブ ズ の 理 論 に お い て は 、 一 人 格 と 論   説 北法69(1・32)32 し て の 人 民 の 全 体 が 一 個 人 に 支 配 を 最 終 的 に 委 譲 す る 場 合 に は 君 主 政 が 成 立 す る 。 他 方 、 そ の 支 配 が 一 時 的 に の み 委 譲 さ れ る 場 合 に は 、 時 限 的 支 配 の 間 に 人 民 の 全 体 が 集 会 を 持 つ 権 利 を 持 つ か 否 か に よ り 、 そ の 政 治 権 力 の 法 的 性 格 が 決 ま る 。 第 一 に 、 人 民 が 集 会 を も つ 権 利 を 保 持 し 、 支 配 を 委 譲 さ れ た 者 す な わ ち 代 表 者 を そ の 任 期 満 了 以 前 に 解 任 で き る 場 合 に は 、 代 表 者 は 君 主 で は な い 。 そ う で は な く 、 彼 は 「 民 衆 の 最 高 奉 仕 者 」 で あ り 、 人 民 が 主 権 者 で あ る 。 つ ま り 代 表 者 に 対 し て 政 治 権 力 が 時 限 的 に 委 譲 さ れ る 場 合 、 す な わ ち 代 表 者 を 常 に 解 任 で き る 場 合 に は 、 代 表 者 は 主 権 者 で あ る 人 民 の 名 に お い て 統 治 す る の で あ る (D D :30 )。   こ れ に 対 し て 第 二 に 、 人 民 が 集 会 を も つ 権 利 を 奪 わ れ 、 代 表 者 を 任 期 満 了 前 に 解 任 す る こ と が で き な い 場 合 に は 、 代 表 者 は 君 主 と 同 等 の 権 力 を 持 つ 。 す な わ ち こ こ で は 、 実 質 的 に は 、 支 配 を 委 譲 さ れ た 者 が 君 主 す な わ ち 主 権 者 で あ る 。 こ れ に つ い て シ ュ ミ ッ ト は 、「 イ ン グ ラ ン ド 革 命 の 経 験 と ク ロ ム ウ ェ ル の 護 国 卿 統 治 へ の そ の 発 展 」 が ホ ッ ブ ズ に 与 え た 印 象 が 、 彼 の 独 裁 に 対 す る 評 価 に 反 映 さ れ て い る と 論 じ る 。「 リ ヴ ァ イ ア サ ン ( 一 六 五 一 年 ) に お い て ホ ッ ブ ズ は 、 ク ロ ム ウ ェ ル を 暗 示 し つ つ 、 彼 が 護 国 卿 と 並 置 す る 独 裁 官 を 時 限 的 君 主 と 呼 称 し た 。 そ の 際 に 、 こ こ で は 君 主 の 権 力 と 同 等 の も の と 評 価 さ れ る 権 力 が 前 提 さ れ て い る と い う こ と が 根 拠 と さ れ て い た 」(Ebd. )。 し た が っ て 、 ホ ッ ブ ズ は 独 裁 官 と 主 権 者 が 一 致 す る 可 能 性 、 す な わ ち 主 権 独 裁 の 問 題 を 認 識 し て い た 、 と 指 摘 す る の で あ る 。   た だ し シ ュ ミ ッ ト に よ れ ば 、 ホ ッ ブ ズ は 主 権 自 体 と 主 権 の 行 使 と を 区 別 す る こ と で 、 究 極 的 な 帰 結 に 至 る こ と を 免 れ た 。 し か し 、 そ の 構 成 は 「 主 権 独 裁 」、 す な わ ち 「 主 権 者 で あ る 人 民 に 支 配 を 委 託 さ れ た 独 裁 者 に よ る 支 配 」 を 指 し 示 す も の で あ っ た 。 ( 三 ) 主 権 独 裁 の 成 立 ─ ─ 同 一 化 原 理 と 人 民 の 意 志 の 形 成 カール・シュミットにおける民主主義論の成立過程(2) 北法69(1・33)33   『 独 裁 』 に お い て 「 主 権 独 裁 」 を 定 式 化 す る 際 に シ ュ ミ ッ ト が 前 提 と し て い た も の は 、 第 一 次 大 戦 中 に 着 手 し た 戒 厳 状 態 研 究 ( 一 九 一 五 年 ) に お け る 認 識 で あ っ た 。 前 節 で 確 認 し た よ う に 、 シ ュ ミ ッ ト は 立 法 権 と 執 行 権 が 一 機 関 な い し 一 者 に 一 元 的 に 掌 握 さ れ る 例 外 状 況 を 「 独 裁 」 と 定 義 し 、 こ れ を 法 制 度 と し て の 戒 厳 状 態 か ら 区 別 し た 。 そ こ で は 一 七 九 三 年 に お け る 国 民 公 会 の 統 治 こ そ が 真 に 独 裁 の 名 に 値 す る も の で あ っ た と 論 じ ら れ て い た 。こ れ に 基 づ き 、『 独 裁 』 に お い て は 、立 法 権 と 独 裁 の 権 限 が 結 合 す る と き に 主 権 独 裁 が 成 立 す る と 論 じ ら れ る 。「 立 法 者 に 独 裁 者 の 権 力 を 与 え 、 独 裁 的 立 法 者 や 憲 法 を 制 定 す る 独 裁 者 を 構 成 す る こ と を 可 能 に す る よ う な 結 合 が な さ れ る や 否 や 、 委 任 独 裁 か ら 主 権 独 裁 が 成 立 す る 」(D D :126 )。 そ の 上 で シ ュ ミ ッ ト は 、 以 下 に 述 べ る よ う に 、 ル ソ ー の 人 民 主 権 論 と シ ー エ ス の 憲 法 制 定 権 力 論 を 援 用 し つ つ 主 権 独 裁 を 定 式 化 す る 。   シ ュ ミ ッ ト に よ れ ば 、 主 権 独 裁 の 基 盤 は 人 民 主 権 原 理 に あ り 、 人 民 こ そ が あ ら ゆ る 正 統 性 の 源 泉 で あ る と す る 思 想 に 基 づ く 。 人 民 主 権 論 の 祖 で あ る ル ソ ー の 理 論 は 、 本 来 、「 抽 象 的 構 成 を も つ 」 が 、 実 践 的 に は 「 革 命 的 イ デ オ ロ ギ ー 」 へ と 変 化 し 、「 独 裁 の 正 当 化 に 奉 仕 し 、自 由 の 専 制 の た め の 図 式 を 提 供 す る 」(D D :121 ) と い う 。 な ぜ な ら ば 、こ れ は 「 自 ら を 人 民 で あ る と 称 し 、 人 民 と 同 一 化 す る 権 利 を も つ 」 者 の 「 徳 (T ugend )」 の 道 徳 的 パ ト ス 」 に よ る 支 配 を 認 め る こ と に な る か ら で あ る 。「 道 徳 的 に 善 で あ る 者 だ け が 自 由 で あ り 、 自 ら を 人 民 で あ る と 称 し 、 人 民 と 同 一 化 す る 権 利 を も つ 」(Ebd. )。   そ し て 、 フ ラ ン ス 大 革 命 後 の ジ ャ コ バ ン 派 独 裁 に 見 出 さ れ る こ う し た 「 徳 」 の 支 配 に お い て 、 独 裁 者 が 立 法 権 を も 掌 握 す る と き に 「 主 権 独 裁 」 は 成 立 す る (D D :126 )。 こ こ で 独 裁 を 正 統 化 す る 根 拠 は 、 独 裁 者 が 自 ら を 、 主 権 者 で あ る 人 民 の 意 志 と 同 一 化 さ れ た 存 在 で あ る と 主 張 し う る こ と に あ る 。 そ こ か ら シ ュ ミ ッ ト は 、 人 民 主 権 論 を 基 盤 と し 、 人 民 の 意 志 と 同 一 化 す る 者 に よ る 独 裁 を 意 味 す る も の と し て 主 権 独 裁 を 定 式 化 す る の で あ る 。 論   説 北法69(1・34)34   さ ら に 、 人 民 の 意 志 と の 同 一 化 を 究 極 的 根 拠 と す る 主 権 独 裁 に つ い て 考 察 を 進 め る 中 で 、 シ ュ ミ ッ ト は 人 民 の 意 志 の 形 成 過 程 に 着 目 し 、 人 民 の 意 志 と 「 代 表 」 と の 間 の 不 可 分 の 関 係 を 強 調 す る 。 シ ュ ミ ッ ト は シ ー エ ス に よ り 論 じ ら れ た 制 定 権 力 論 を 人 民 主 権 の 理 論 と し て 受 容 し 、 制 定 権 力 は 原 理 的 に 無 限 定 で あ り 、 何 事 を も 成 し う る 力 を も つ こ と を 強 調 す る 。 さ ら に シ ュ ミ ッ ト は 、 こ の 理 論 を 主 権 独 裁 に 適 用 し 、 主 権 独 裁 は 人 民 の 制 定 権 力 の 委 託 に 基 づ く と 述 べ る 。 そ し て 、 人 民 の 意 志 す な わ ち 一 般 意 志 は 代 表 さ れ え な い と 論 じ た ル ソ ー と は 対 照 的 に 、 シ ー エ ス は 制 定 権 力 論 と 「 代 表 (Repräsentation ) 可 能 性 」 と を 結 び つ け た 点 を 指 摘 す る (D D :140 )。   シ ュ ミ ッ ト に よ れ ば 、 シ ー エ ス は 一 七 八 九 年 の 憲 法 制 定 議 会 の 議 員 を 「 命 令 的 委 任 (m andat im peratif )」 の 保 有 者 と し て で は な く 、 代 表 者 (Repräsentant ) と し て 理 解 し た 。 代 表 者 は 人 民 の 意 志 の 単 な る 伝 達 者 な い し 使 者 で は な い 。 シ ー エ ス の 思 想 に お い て は 、 代 表 者 は す で に 確 立 し た 制 定 権 力 の 意 志 な い し 人 民 の 意 志 を 伝 達 す る の で は な く 、 そ の 意 志 を ま ず 「 形 成 す る (form ieren )」 べ き で あ る と 考 え ら れ て い た と い う 。 こ こ に 「 制 定 意 志 の 全 能 性 に 対 す る 奇 妙 な 関 係 」 が 成 立 す る 。   「 人 民 の 意 志 が 内 容 的 に 全 く 存 在 せ ず 、 代 表 者 に よ っ て は じ め て 形 成 さ れ る 場 合 で あ っ て も 、 こ の 意 志 に 対 す る 代 表 者 の 依 存 、 し か も 明 白 な 意 味 に お い て 無 制 約 の 委 任 的 依 存 が 存 続 す る 。 も し も 制 定 権 力 が 実 際 に 制 定 し え な い も の な ら ば 制 定 権 力 の 意 志 は 不 明 確 で あ り う る 。 む し ろ そ れ は 不 明 確 で な け れ ば な ら な い 」(Ebd. )。   「 代 表 者 に よ る 無 制 約 の 委 任 的 依 存 」 と い う 思 想 に は 本 来 、「 命 令 的 委 任 」 の 観 念 も 含 ま れ て い た が 、 シ ー エ ス は こ う し た 帰 結 を 引 き 出 さ な か っ た 。 そ の 論 拠 は 、「 人 民 の 意 志 は 内 容 的 に 明 確 で は な い 」 か ら で あ る 。「 し た が っ て そ の 意 志 は 、 代 表 者 の 人 物 と 代 表 が 存 続 す べ き か 否 か と い う 決 定 に の み 関 わ る 。 実 際 に 、 そ の 意 志 は 明 確 で あ っ て は な ら な い 。 な ぜ な ら ば 、 そ れ が 何 ら か の 形 で 形 成 さ れ る や い な や 、 制 定 す る も の で あ る こ と を 止 め 、 自 ら 制 定 さ れ た も の と な る か カール・シュミットにおける民主主義論の成立過程(2) 北法69(1・35)35 ら で あ る 」(D D :141 )。   以 上 に み た よ う に 、 主 権 独 裁 は 人 民 の 意 志 と の 同 一 化 を 根 拠 と し て 成 立 し 、 人 民 の 意 志 を 形 成 す る 代 表 者 の 存 在 を 不 可 欠 と す る こ と を 特 徴 と す る こ と が 論 じ ら れ た 。 こ の よ う に し て シ ュ ミ ッ ト は ボ ダ ン 論 、 ホ ッ ブ ズ 論 で 考 察 し た 国 家 の 統 一 と 主 権 概 念 、 代 表 思 想 を 前 提 と し て 、 ル ソ ー 、 シ ー エ ス と い っ た 人 民 主 権 論 者 に よ る 理 論 を も 受 容 し 、 主 権 独 裁 を 構 想 す る た め に 独 自 に 援 用 し た の で あ る 。 ( 四 ) 戒 厳 状 態 研 究 か ら 『 独 裁 』 へ の 継 承 と 発 展   以 上 に 見 た よ う に 、シ ュ ミ ッ ト は 一 九 一 五 年 の 戒 厳 状 態 研 究 、一 九 一 九 年 講 義 録 に お け る ボ ダ ン 、ホ ッ ブ ズ 論 を 経 て 、 『 独 裁 』( 一 九 二 一 年 ) を 成 立 さ せ た 。 こ れ は 当 初 の 概 念 区 分 (「 独 裁 」 と 「 戒 厳 状 態 」) を さ ら に 細 分 化 し て 概 念 を 明 確 化 し 、 こ れ を 主 権 国 家 成 立 と い う 歴 史 過 程 の 説 明 に 組 み 込 む こ と で 形 成 さ れ た も の で あ る と 言 え る 。 本 節 で は 最 後 に 、 一 九 一 五 年 の 議 論 か ら の 連 続 性 と 発 展 に つ い て 確 認 す る 。   一 九 一 五 年 の 戒 厳 状 態 研 究 で は 、 対 外 戦 争 を 前 提 と し て 立 法 権 と 執 行 権 が 国 民 公 会 ( 実 際 に は 公 安 委 員 会 ) に 集 中 し た 「 本 来 の 独 裁 」 と 、 立 法 権 と 執 行 権 の 分 離 は 形 式 上 維 持 さ れ つ つ 、 軍 事 命 令 権 者 に 全 執 行 権 が 集 中 す る 内 政 上 の 措 置 と し て の 戒 厳 状 態 が 区 別 さ れ た 。 後 者 に つ い て シ ュ ミ ッ ト は 、 形 式 上 権 力 分 立 が 維 持 さ れ る と し て も 、 戒 厳 令 が 敷 か れ た 領 域 内 部 で は 、 実 際 に は 軍 事 命 令 権 者 が 法 的 制 約 を 無 視 し て 全 権 力 を 行 使 す る 「 原 始 状 態 」 が 発 生 す る こ と を 指 摘 し て い た 。 こ う し た 戒 厳 状 態 の 基 本 的 特 徴 は 、『 独 裁 』 に お い て 継 承 さ れ る (D D :169f. )。   一 九 一 九 年 の ボ ダ ン 論 、 ホ ッ ブ ズ 論 を 経 て 、『 独 裁 』 に お い て は 、 そ の 発 展 的 成 果 と し て 「 独 裁 」 概 念 が 「 委 任 独 裁 」 と 「 主 権 独 裁 」 に 区 別 さ れ る 。 こ の 点 が 一 九 一 五 年 研 究 と の 間 の 最 も 大 き な 相 違 で あ る 。 一 九 一 五 年 研 究 に お い て は 、 論   説 北法69(1・36)36 シ ュ ミ ッ ト は 一 七 九 三 年 の 国 民 公 会 な い し 公 安 委 員 会 の 支 配 を 「 本 来 の 独 裁 」 と し て 説 明 し 、 執 行 権 と 立 法 権 が と も に 一 機 関 や 一 者 に 掌 握 さ れ る 事 例 を 「 独 裁 」 し て 定 義 し た 。 こ の 事 例 は 『 独 裁 』 に お い て は 、 一 八 世 紀 以 降 の 新 た な 独 裁 の 現 象 す な わ ち 「 主 権 独 裁 」 と し て 捉 え 直 さ れ る 。 十 八 世 紀 以 前 の 君 主 政 国 家 に お け る 委 員 と し て の 独 裁 官 制 度 が 歴 史 的 に は 先 行 す る た め 、こ こ で は 「 委 任 独 裁 」 が 本 来 の 独 裁 と し て 捉 え ら れ 、一 七 九 三 年 の ジ ャ コ バ ン 派 を 主 体 と す る 「 革 命 的 独 裁 」 や ボ ル シ ェ ヴ ィ キ に よ る 「 プ ロ レ タ リ ア 独 裁 」 は 新 た な 独 裁 の 事 例 と し て 理 解 さ れ た 、 と 考 え ら れ る 。 第 五 節  プ ロ レ タ リ ア 独 裁 評 価 を め ぐ る シ ュ ミ ッ ト と ケ ル ゼ ン   本 節 で は シ ュ ミ ッ ト に お け る プ ロ レ タ リ ア 独 裁 に 対 す る 評 価 と 、 プ ロ レ タ リ ア 独 裁 と 民 主 主 義 の 関 係 に 対 す る 見 解 を 把 握 す る 。 そ こ で 、 ま ず 『 独 裁 』 で 端 的 に 言 及 さ れ た 、 シ ュ ミ ッ ト に よ る プ ロ レ タ リ ア 独 裁 に 対 す る 評 価 を 確 認 し 、 そ の 上 で ケ ル ゼ ン の 論 稿 「 社 会 主 義 と 国 家 」( 初 版 、 一 九 二 〇 年 ) に お け る プ ロ レ タ リ ア 独 裁 観 を 参 照 す る 。 こ う し て 両 者 の 議 論 を 比 較 す る こ と で 、 シ ュ ミ ッ ト に お け る 独 裁 と 民 主 主 義 の 関 係 に つ い て の 理 解 を 相 対 化 し 、 そ の 独 自 性 を 浮 き 彫 り に し た い 。 ( 一 ) シ ュ ミ ッ ト に お け る プ ロ レ タ リ ア 独 裁 論   『 独 裁 』に お い て シ ュ ミ ッ ト は 、プ ロ レ タ リ ア 独 裁 を 主 権 独 裁 の 一 事 例 と し て 理 解 す る 。 前 節 で 確 認 し た 通 り 、シ ュ ミ ッ ト に よ れ ば 、 主 権 独 裁 と は 「 人 民 の 意 志 と 同 一 化 す る 」 こ と に 根 拠 を も つ 独 裁 で あ り 、 根 本 的 に 人 民 主 権 原 理 に 基 づ く も の で あ っ た 。 カール・シュミットにおける民主主義論の成立過程(2) 北法69(1・37)37   『 独 裁 』 第 四 章 「 既 成 の 法 治 国 家 的 秩 序 に お け る 独 裁 」 末 尾 に お い て 、 シ ュ ミ ッ ト は プ ロ レ タ リ ア 独 裁 を 「 人 民 と 同 一 化 さ れ た プ ロ レ タ リ ア の 独 裁 」(D D :202 ) と 規 定 す る 。 本 章 に お い て シ ュ ミ ッ ト は 、 戒 厳 状 態 な い し 戒 厳 令 の 歴 史 的 成 立 と そ の 発 展 過 程 を 叙 述 す る の で あ る が 、そ の 上 で 次 の よ う に 述 べ る 。「 戒 厳 状 態 の 法 制 度 化 の 発 展 に と っ て 重 要 な 年 」 で あ る 一 八 三 二 年 と 一 八 四 八 年 に お い て 「 す で に 、 プ ロ レ タ リ ア 独 裁 の 要 求 に お い て 存 在 す る よ う な 独 裁 の 概 念 は 、 そ の 理 論 的 特 殊 性 に お い て 存 在 し て い た 」(D D :201 )。 シ ュ ミ ッ ト に よ れ ば 、 マ ル ク ス や エ ン ゲ ル ス に よ り 提 唱 さ れ た 「 独 裁 」 と い う 観 念 は 、 す で に 当 時 一 般 に 慣 用 化 し て い た 政 治 的 ス ロ ー ガ ン を 継 承 し 、 利 用 し た も の に 過 ぎ な い 。 一 八 三 〇 年 以 来 、 独 裁 と い う 語 は 政 治 的 ス ロ ー ガ ン と し て 様 々 な 人 物 や 抽 象 物 に 対 し て 適 用 さ れ て き た 。 例 え ば 、「 ラ フ ァ イ エ ッ ト の 独 裁 、 カ ヴ ェ ニ ャ ッ ク 、 ナ ポ レ オ ン 三 世 の 独 裁 」、 ま た 同 様 に 、「 政 府 の 独 裁 、 街 頭 、 報 道 、 資 本 、 官 僚 制 の 独 裁 」 と 呼 称 さ れ て い た (D D :201 )。   こ こ で シ ュ ミ ッ ト は 、 さ ら に 詳 細 に こ の 問 題 を 論 究 す る こ と は 避 け 、「 独 裁 概 念 が 十 九 世 紀 の 哲 学 と ど の よ う な 体 系 的 関 連 性 に お い て 発 展 し 、 世 界 大 戦 の 経 験 と の ど の よ う な 政 治 的 関 連 性 に お い て 発 展 し た か と い う こ と は 、 別 個 の 記 述 に 残 さ れ な け れ ば な ら な い 」 と す る 。 な ぜ な ら ば 、 マ ル ク ス 、 エ ン ゲ ル ス に 継 承 さ れ る プ ロ レ タ リ ア 独 裁 の 観 念 に 見 出 さ れ る 独 裁 概 念 と は 別 に 、「 バ ブ ー フ と ブ ォ ナ ロ ッ テ ィ か ら ブ ラ ン キ へ と 進 む 伝 統 」 が 、 一 七 九 三 年 の 主 権 独 裁 に お け る 明 瞭 な 独 裁 観 念 を 一 八 四 八 年 へ と 伝 え て い る か ら で あ る (Ebd. )。   た だ し シ ュ ミ ッ ト は 、 次 の こ と は 確 言 で き る と 言 う 。「 一 般 的 国 家 論 の 観 点 か ら 考 察 す る な ら ば 、 人 民 と 同 一 化 す る プ ロ レ タ リ ア の 独 裁 は 、 そ こ に お い て 国 家 が 「 死 滅 す る (absterben )」 よ う な 経 済 的 状 態 へ の 移 行 と し て 、 主 権 独 裁 の 概 念 を 前 提 と す る 。 国 民 公 会 の 理 論 と 実 践 の 基 礎 に 主 権 独 裁 の 概 念 が 存 在 し た の と 同 様 に 」(D D :202 )。 す で に 確 認 し た 通 り 、 一 七 九 三 年 の フ ラ ン ス 国 民 公 会 に お け る 独 裁 は 、 主 権 独 裁 の 古 典 的 事 例 で あ る 。 し た が っ て シ ュ ミ ッ ト は こ こ 論   説 北法69(1・38)38 で 、 十 九 世 紀 に 登 場 す る プ ロ レ タ リ ア 独 裁 を 一 七 九 三 年 の 独 裁 と 同 一 視 し 、 両 者 を と も に 主 権 独 裁 の 概 念 を 前 提 と す る 独 裁 と し て 捉 え て い る 。 さ ら に シ ュ ミ ッ ト は 、 続 け て 次 の よ う に 述 べ 、『 独 裁 』 最 終 章 を 締 め く く る 。 マ ル ク ス 、 エ ン ゲ ル ス の 唱 え た 、「 無 国 家 状 態 へ 移 行 す る と い う 国 家 理 論 に と っ て も 、 エ ン ゲ ル ス が 一 八 五 〇 年 三 月 に 共 産 主 義 者 同 盟 に 対 す る 挨 拶 に お い て 、 彼 の 実 践 の た め に 要 求 し た こ と は 当 て は ま っ て い る 。 す な わ ち 、 そ れ は 「 一 七 九 三 年 の フ ラ ン ス と 同 様 に 」 と い う こ と で あ る 」(Ebd. )。   以 上 に 見 た よ う に 、 シ ュ ミ ッ ト に と り 、 プ ロ レ タ リ ア 独 裁 は 、 プ ロ レ タ リ ア 階 級 が 人 民 と 同 一 化 さ れ る こ と に 基 づ く 独 裁 で あ り 、 す な わ ち 人 民 主 権 原 理 に 基 づ く 主 権 独 裁 の 一 事 例 で あ っ た 。 ( 二 ) ケ ル ゼ ン に お け る プ ロ レ タ リ ア 独 裁 論 ─ ─ 「 社 会 主 義 と 国 家 」   シ ュ ミ ッ ト が 『 独 裁 』 を 公 刊 す る 前 年 、 ケ ル ゼ ン は マ ル ク ス 主 義 理 論 お よ び レ ー ニ ン 、 ボ ル シ ェ ヴ ィ ズ ム 批 判 を 主 題 と す る 論 文「 社 会 主 義 と 国 家 ─ ─ マ ル ク ス 主 義 政 治 理 論 の 一 研 究 」( 初 版 、一 九 二 〇 年 )を 発 表 し ) 11 ( た 。 第 二 版 序 文( 一 九 二 三 年 ) に お い て ケ ル ゼ ン 自 身 に よ り 言 明 さ れ て い る 通 り 、 こ の 論 稿 は 社 会 主 義 の 否 定 を 意 図 す る も の で は な く 、 主 に マ ル ク ス 主 義 の 政 治 理 論 に お け る 民 主 主 義 観 を 考 察 の 対 象 と す る も の で あ ) 11 ( り 、 そ れ が 孕 む 理 論 上 の 問 題 点 が 検 討 さ れ る 。   ケ ル ゼ ン は マ ル ク ス 、 エ ン ゲ ル ス の 著 作 に 即 し て 、 彼 ら の 政 治 理 論 に お い て は 、 プ ロ レ タ リ ア 独 裁 が 民 主 主 義 的 形 式 を と る と 考 え ら れ て い る こ と を 確 認 す る 。『 共 産 党 宣 言 』 に お い て 「 マ ル ク ス と エ ン ゲ ル ス に よ り 好 ん で 「 独 裁 」 と 名 付 け ら れ た プ ロ レ タ リ ア 支 配 の た め の 国 家 形 ) 11 ( 式 」 は 「 民 主 主 義 の 国 家 形 ) 11 ( 式 」 で あ る 。「「 プ ロ レ タ リ ア を 支 配 階 級 に 高 め る こ と 」、「 民 主 主 議 を 勝 ち 取 る こ と 」 は 、 最 も 緊 密 な 関 連 性 に お い て 労 働 者 革 命 の 目 標 と 称 さ れ て い ) 11 ( た 」。   マ ル ク ス 、エ ン ゲ ル ス に お け る プ ロ レ タ リ ア 独 裁 観 に 対 し て 、ケ ル ゼ ン は 次 の よ う に 分 析 を 加 え る 。ケ ル ゼ ン に よ れ ば 、 カール・シュミットにおける民主主義論の成立過程(2) 北法69(1・39)39 彼 ら の 政 治 理 論 は 一 つ の 原 理 的 前 提 の 帰 結 に 過 ぎ な い 。 す な わ ち 「 ブ ル ジ ョ ワ ジ ー に 抑 圧 さ れ 搾 取 さ れ た 階 級 で あ る プ ロ レ タ リ ア ー ト が 、 数 的 に 圧 倒 的 多 数 派 で あ る 」 と い う 前 提 で あ ) 11 ( る 。 こ れ は 『 共 産 党 宣 言 』、 ま た こ れ を 基 礎 と す る す べ て の 社 会 主 義 的 文 献 の 出 発 点 と し て 共 有 さ れ て い る と 言 う 。 そ し て 、『 共 産 党 宣 言 』 か ら 次 の 一 節 を 引 用 す る 。「 従 来 の す べ て の 運 動 は 、 少 数 派 の 運 動 か 、 少 数 派 の 利 益 の た め の 運 動 で あ っ た 。 プ ロ レ タ リ ア の 運 動 は 、 膨 大 な 多 数 派 の 利 益 の た め の 膨 大 な 多 数 派 の 運 動 で あ る 」。 す な わ ち 従 来 、プ ロ レ タ リ ア は ブ ル ジ ョ ワ ジ ー に 抑 圧 さ れ 、搾 取 さ れ て き た が 、 数 の 点 で 多 数 派 で あ る の は プ ロ レ タ リ ア で あ る 。 そ れ ゆ え 多 数 決 原 理 を 採 用 す る な ら ば 、 必 然 的 に プ ロ レ タ リ ア が 支 配 階 級 と な る と 考 え ら れ て い た 。   本 論 文 と 同 年 に 発 表 さ れ た 「 民 主 主 義 の 本 質 と 価 値 」( 初 版 、一 九 二 〇 年 ) に お い て も 、上 記 と 同 様 の 見 解 が 示 さ れ る 。 こ こ で ケ ル ゼ ン は 、マ ル ク ス 、エ ン ゲ ル ス の プ ロ レ タ リ ア 独 裁 論 に つ い て 、よ り 具 体 的 に 次 の よ う に 述 べ る 。「 マ ル ク ス 、 エ ン ゲ ル ス 以 来 の 社 会 主 義 の 政 治 理 論 、 経 済 理 論 の 基 礎 を な す 出 発 点 は 、 搾 取 さ れ 、 窮 乏 化 し た プ ロ レ タ リ ア が 人 口 の 大 多 数 を 占 め て お り 、 消 え 去 る べ き 少 数 派 に 対 す る 階 級 闘 争 の た め に 社 会 主 義 政 党 に お い て 自 ら を 組 織 す る た め に は 、 プ ロ レ タ リ ア は 自 ら の 階 級 的 状 況 を 自 覚 す る だ け で よ い と い う こ と で あ っ ) 11 ( た 」。   し た が っ て ケ ル ゼ ン に よ れ ば 、 プ ロ レ タ リ ア が 支 配 権 力 を 獲 得 す る た め に は 、 多 数 決 原 理 を 採 用 す る こ と が 有 利 で あ る と 見 做 さ れ た 。 そ し て 、 こ の 前 提 ゆ え に 、 マ ル ク ス 、 エ ン ゲ ル ス を は じ め と す る 社 会 主 義 の 政 治 理 論 は 民 主 主 義 を 必 然 的 に 要 請 し た の だ と 論 じ る 。「 支 配 権 力 の 掌 握 に つ い て 多 数 派 が 決 定 す る な ら ば 、 確 実 に 支 配 権 力 を 自 ら 掌 握 し う る と 確 信 し て い る が ゆ え に の み 、 社 会 主 義 は 民 主 主 義 を 要 請 し た の で あ ) 11 ( る 」。   こ れ に 対 し て ケ ル ゼ ン は 、 次 の よ う に 指 摘 す る 。 民 主 主 議 内 部 に お い て は 、 政 治 的 に 多 数 派 を 獲 得 し た 政 党 だ け が 支 配 を 主 張 で き る 。 そ れ ゆ え に 民 主 主 義 に お い て 政 治 権 力 を 獲 得 す る の は 階 級 で は な く 、 プ ロ レ タ リ ア の 政 党 で あ る 。 し 論   説 北法69(1・40)40 か し 議 会 に お い て 、 プ ロ レ タ リ ア 政 党 が 多 数 派 を 獲 得 し て い る か と い う と 、 実 際 に は そ う で は な い 。 と い う の も 、 プ ロ レ タ リ ア 全 体 が 複 数 の 政 党 に 分 裂 し 、 絶 対 的 多 数 派 を 形 成 す る 能 力 を も た な い 場 合 や 、 農 業 国 家 、 あ る い は 高 度 の 工 業 国 家 に お い て も し ば し ば 、 プ ロ レ タ リ ア は 人 口 の 過 半 数 を 構 成 し て い な い 場 合 が あ る か ら で あ る 。 ま た 、 プ ロ レ タ リ ア の 相 当 部 分 が プ ロ レ タ リ ア の 社 会 主 義 政 党 に 同 調 し な い と い う 可 能 性 も 十 分 に あ ) 1( ( る 。「『 共 産 党 宣 言 』 は こ う し た 可 能 性 を す べ て 考 慮 に 入 れ て い な か っ た よ う で あ る が 、 プ ロ レ タ リ ア が 革 命 に よ っ て 政 権 を 奪 取 し た 諸 国 は 、 ま さ し く こ う し た 状 況 に 直 面 し た の だ っ ) 11 ( た 」。   ケ ル ゼ ン が 批 判 す る の は 、 プ ロ レ タ リ ア が 多 数 派 を 構 成 し て い な い 、 あ る い は 構 成 し な い 可 能 性 が あ る に も か か わ ら ず 、プ ロ レ タ リ ア 独 裁 を 民 主 主 義 と 同 一 視 す る こ と で あ る 。 こ の 論 理 に 従 う な ら ば 、プ ロ レ タ リ ア が 多 数 派 を 形 成 す る 、 あ る い は プ ロ レ タ リ ア 政 党 が 多 数 派 を 獲 得 す る 限 り に お い て 、 プ ロ レ タ リ ア 独 裁 は 民 主 主 義 と 矛 盾 し な い こ と に な る 。 し た が っ て 、 本 論 文 に お い て ケ ル ゼ ン は 、 プ ロ レ タ リ ア 独 裁 と 民 主 主 議 が 両 立 す る 可 能 性 を 原 理 的 に 否 定 し た わ け で は な い こ と に 留 意 す べ き で あ る 。 ケ ル ゼ ン が こ う し た 批 判 を 加 え る 背 景 に は 、 マ ル ク ス ・ エ ン ゲ ル ス 以 降 の マ ル ク ス 主 義 の 政 治 理 論 が 辿 る 経 緯 が 存 在 す る と 推 測 さ れ る 。 ケ ル ゼ ン は レ ー ニ ン の 唱 え た 前 衛 党 に よ る 支 配 を 批 判 し 、「 少 数 派 で あ る プ ロ レ タ リ ア ー ト の 独 裁 」 は 民 主 主 義 と 対 立 す る と 強 く 主 張 す る の で あ る 。 ( 三 ) プ ロ レ タ リ ア 独 裁 を め ぐ る シ ュ ミ ッ ト と ケ ル ゼ ン   以 上 に 見 た 両 者 の プ ロ レ タ リ ア 独 裁 観 は 、 次 の よ う に 整 理 で き る 。   シ ュ ミ ッ ト に と り 、 プ ロ レ タ リ ア 独 裁 は 人 民 主 権 原 理 に 基 づ く 主 権 独 裁 の 一 事 例 で あ る 。『 独 裁 』 を 執 筆 し て い た 時 点 で シ ュ ミ ッ ト は 、 独 裁 と 民 主 主 義 が 両 立 し う る と は 言 明 し て お ら ず 、 ま た 翌 年 の 『 政 治 神 学 』 に お い て は 民 主 主 義 と カール・シュミットにおける民主主義論の成立過程(2) 北法69(1・41)41 反 革 命 思 想 家 が 求 め る 権 威 的 独 裁 を 対 立 的 に 捉 え て い た 。 し か し 『 独 裁 』 で の 議 論 を 通 じ て 、 シ ュ ミ ッ ト は 人 民 と 同 一 化 す る プ ロ レ タ リ ア の 支 配 と し て 人 民 主 権 原 理 に 基 礎 付 け ら れ て い る 限 り 、 プ ロ レ タ リ ア 独 裁 は 民 主 主 義 と は 矛 盾 し な い と 考 え て い た こ と が わ か る 。   ま た 、 革 命 的 な 移 行 期 間 、 過 渡 期 に 現 象 す る と い う 本 来 の 主 権 独 裁 の 性 格 規 定 に も か か わ ら ず 、 プ ロ レ タ リ ア 独 裁 を 主 権 独 裁 の 一 事 例 と し た 点 に 、民 主 主 義 と 独 裁 は 両 立 し う る と す る 、の ち の 議 論 と の 連 続 性 を 見 出 す こ と が 可 能 で あ る 。 マ ル ク ス 主 義 理 論 に お い て 、 プ ロ レ タ リ ア 独 裁 は 共 産 主 義 社 会 樹 立 に 至 る ま で の 過 渡 期 に お け る 一 時 的 現 象 と し て 位 置 付 け ら れ て い た 。 し か し 歴 史 的 経 験 を 鑑 み る な ら ば 、 レ ー ニ ン の プ ロ レ タ リ ア 独 裁 論 に 典 型 的 に 見 出 さ れ る よ う に 、 実 際 に は 前 衛 党 に よ る 長 期 的 支 配 を も 肯 定 す る こ と と な る 。   他 方 で ケ ル ゼ ン に と り 、 プ ロ レ タ リ ア 独 裁 は 原 理 的 に 民 主 主 義 と 背 反 す る わ け で は な い が 、 プ ロ レ タ リ ア あ る い は プ ロ レ タ リ ア 政 党 の 支 持 者 が 少 数 派 で あ る に も か か わ ら ず 支 配 を 主 張 す る 限 り 、 民 主 主 義 と 矛 盾 す る 。   以 上 か ら 、 両 者 の プ ロ レ タ リ ア 独 裁 観 に お け る 相 違 は 、 シ ュ ミ ッ ト が そ の 支 配 の 根 拠 を 人 民 の 意 志 と の 同 一 化 に 、 他 方 で 、 ケ ル ゼ ン が 数 に お け る 多 数 派 の 支 配 に 見 出 し た こ と に あ る と 一 旦 結 論 づ け る こ と が で き る 。 ( 1 )H . A . W inkler, D er lange W eg nach W esten, B d.1, D eutsche G eschichte vom  E nde des A lten R eiches bis zum   U ntergang der W eim arer Republik, M ünchen 2014 (1. A ufl. 2000), S.329-332.  後 藤 俊 明 、 奥 田 隆 男 、 中 谷 毅 、 野 田 昌 吾 訳 『 自 由 と 統 一 へ の 長 い 道 I 』 昭 和 堂 、 二 〇 〇 八 年 、 三 三 四 ─ 三 三 六 頁 。 ( 2 )W inkler, a.a.O ., S.337.  前 掲 邦 訳 三 四 〇 ─ 三 四 二 頁 。「 一 九 一 四 年 の 理 念 」 と 保 守 革 命 運 動 と の 関 連 に つ い て は 、 山 下 威 士 論   説 北法69(1・42)42 『 カ ー ル ・ シ ュ ミ ッ ト 研 究 : 危 機 政 府 と 保 守 革 命 運 動 』 南 窓 社 、 一 九 八 六 年 、 一 一 六 ─ 一 一 八 頁 を 参 照 。 ( 3 )W inkler, a.a.O ., S.341f.  邦 訳 三 四 五 ─ 三 四 六 頁 。 ( 4 )W inkler, a.a.O ., S.342.  邦 訳 三 四 六 頁 。 ( 5 )Ebd. ( 6 )V gl. auch R. M ehring, Carl Schm itt: A ufstieg und Fall, M üunchen 2009, S.70.  ( 7 )Ebd. ( 8 )V gl. auch M ehring, a.a.O ., S.71. ( 9 )Ebd. ( 10 )Ebd. ( 11 )M ehring, a.a.O ., S. 75. ( 12 )M ehring, a.a.O ., S.76. ( 13 )V gl. M ehring, a.a.O ., S.88f., ders, K riegstechniker des Begriffs, T übingen 2014, S.8. ( 14 ) 日 記 帳 編 集 者 は 、 こ の 報 告 か ら 論 文 「 独 裁 と 戒 厳 状 態 」 が 成 立 し た こ と を 言 明 し て い る 。V gl. T B2:125. A nm . 151.  メ ー リ ン グ は 日 記 帳 の 記 載 か ら 、「 戒 厳 状 態 と い う 主 題 に 対 し て シ ュ ミ ッ ト は 自 ら の 任 務 と し て 向 き 合 う こ と に な っ た 」 と 述 べ て い る (vgl. M ehring, a.a.O ., S.88. )。 ( 15 )V gl. J. W . Bendersky, Carl Schm itt. T heorist for the R eich, Princeton 1983, 19f.  ( 16 ) 木 村 靖 二 「 第 一 次 世 界 大 戦 下 の ド イ ツ 」、 成 瀬 治 ・ 山 田 欣 吾 ・ 木 村 靖 二 編 『 世 界 歴 史 大 系 : ド イ ツ 史 3 : 一 八 九 〇 年 ~ 現 在 』 山 川 出 版 社 、 一 九 九 七 年 、 八 三 頁 。 ( 17 ) 木 村 前 掲 、 八 三 、 八 四 頁 。 ( 18 ) 松 浦 義 弘 「 フ ラ ン ス 革 命 期 の フ ラ ン ス 」、 柴 田 三 千 雄 ・ 樺 山 紘 一 ・ 福 井 憲 彦 編 著 『 世 界 歴 史 体 系 : フ ラ ン ス 史 2 : 一 六 世 紀 ~ 一 九 世 紀 な か ば 』 山 川 出 版 社 、 一 九 九 六 年 、 三 七 七 頁 。 ( 19 )「 戒 厳 状 態 あ る い は 戦 争 状 態 は 真 の 意 味 に お い て 、 い わ ゆ る 「 実 質 的 」 戒 厳 状 態 で あ り 、 国 内 の 反 乱 に よ り 引 き 起 こ さ れ た 「 政 治 的 」 あ る い は 「 擬 制 的 」 戒 厳 状 態 と は 区 別 さ れ る 」(D B:8 )。 シ ュ ミ ッ ト は 戒 厳 状 態 を 区 別 す る こ う し た 見 解 を テ カール・シュミットにおける民主主義論の成立過程(2) 北法69(1・43)43 オ ド ー ア ・ ラ イ ナ ッ ハ の 著 書 『 戒 厳 状 態 に つ い て 』( 一 八 八 五 ) か ら 受 容 し た こ と を 注 記 し て い る (ebd. anm . 17 )。 こ う し た 継 承 関 係 に 言 及 し た 研 究 と し て は 、 大 竹 弘 二 『 正 戦 と 内 戦 : カ ー ル ・ シ ュ ミ ッ ト の 国 際 秩 序 思 想 』 以 文 社 、 二 〇 〇 九 年 、 一 〇 〇 頁 ・ 注 四 三 を 参 照 。 ( 20 )Carl Schm itt, „D rei Inedita (1919-1922-1930)“, Piet T om m issen (H rsg.), Schm ittiana. Beiträge zu Leben und W erk Carl Schm itts, Bd. V II, Berlin 2001, S.10. V gl. auch, T B2:476. ( 21 )V gl. W inkler, a.a.O ., S.367. 『 自 由 と 統 一 へ の 長 い 道 I 』、 三 七 〇 頁 。 ( 22 )W inkler, a.a.O ., S.396f.  『 自 由 と 統 一 へ の 長 い 道 I 』、 三 九 六 ─ 三 九 七 頁 。M ehring, a.a.O ., S. 114f. ( 23 )H ans K elsen, „Sozialism us und Staat. Eine U ntersuchung der politischen T heorie des M arxism us“, Carl Grünberg  (H rsg.), A rchiv für die G eschichte des Sozialism us und der A rbeiterbew egung. Im  V erbindung m it einer Reihe nam hafter  Fachm änner aller Länder, N eunter Jahrgang, Leipzig 1921, S. 1-129. ( 24 )K elsen, Sozialism us und Staat: E ine U ntersuchung der politischen T heorie des M arxism us, zw eite erw eiterte A uflage,  Leipzig 1923, S.V . ( 25 )K elsen, a.a.O ., S.29. ( 26 )K elsen, .a.a.O ., S.30. V gl. auch, S.15. ( 27 )K elsen, .a.a.O ., S.15. ( 28 )Ebd. ( 29 )H ans K elsen, V om W esen und W ert der D em okratie, T übingen 1920, S.35.  ( 30 )Ebd. ( 31 )K elsen, a.a.O ., S.16. ( 32 )Ebd. 論   説 北法69(1・44)44 第 三 章  シ ュ ミ ッ ト の 人 民 主 権 論 批 判 ( 一 九 二 二 年 )   本 章 で は 『 政 治 神 学 ─ ─ 主 権 論 第 四 章 』( 一 九 二 二 年 ) に 対 す る 分 析 を 通 じ て 、 シ ュ ミ ッ ト が ど の よ う に 人 民 主 権 を 歴 史 的 に 位 置 づ け 、 理 論 的 に 定 式 化 し た の か と い う 問 題 を 検 討 す る 。 第 一 に 、『 政 治 神 学 』 に お い て シ ュ ミ ッ ト が 提 示 し 、 人 民 主 権 の 特 徴 を 説 明 す る た め に 援 用 し た 「 政 治 神 学 的 方 法 」 が ど の よ う な も の で あ る の か を 確 認 し 、 従 来 の 研 究 に お け る 議 論 を 整 理 す る 。 第 二 に 、 日 本 に お け る 従 来 の シ ュ ミ ッ ト 研 究 に お い て は 知 ら れ て い な い 、「 政 治 神 学 的 方 法 」 の 由 来 に つ い て 検 討 す る 。 第 三 に 、 シ ュ ミ ッ ト が こ の 方 法 を 用 い て 独 自 に 、 君 主 政 と 民 主 政 を ど の よ う に 特 徴 付 け た の か を 明 ら か に し 、 ま た 世 俗 化 論 を 用 い て 人 民 主 権 の 成 立 を 近 代 史 に 位 置 付 け た こ と を 確 認 す る 。 さ ら に 、 こ う し て 理 解 さ れ た 民 主 主 義 に 対 し て シ ュ ミ ッ ト が 当 時 ど の よ う な 評 価 を 下 し て い た の か を 検 討 す る 。 第 四 に 、 シ ュ ミ ッ ト と ケ ル ゼ ン に お け る 人 民 主 権 の 成 立 過 程 に つ い て の 叙 述 を 対 比 し 、 民 主 主 義 と 個 人 の 自 由 と の 関 係 に つ い て の 両 者 の 見 解 の 相 違 を 把 握 す る 。 第 一 節  『 政 治 神 学 』 に お け る 政 治 神 学 的 方 法 ( 一 )『 政 治 神 学 』 に お け る 政 治 神 学 の 二 義 牲   シ ュ ミ ッ ト は ミ ュ ン ヘ ン 商 科 大 学 に 勤 務 し て い た 頃 、 晩 年 の マ ッ ク ス ・ ヴ ェ ー バ ー が ミ ュ ン ヘ ン 大 学 で 行 っ た 演 習 に 参 加 し 、講 義 を 聴 講 し た 。ヴ ェ ー バ ー 学 派 の 一 人 で あ り 、ヴ ェ ー バ ー の 妻 と と も に『 経 済 と 社 会 』編 集 に 携 わ っ た M .パ リ ュ イ を 通 じ て 、 シ ュ ミ ッ ト は ヴ ェ ー バ ー 追 悼 論 集 へ の 寄 稿 を 依 頼 さ れ る 。『 政 治 神 学 』 と し て 公 刊 さ れ た も の う ち の 第 一 カール・シュミットにおける民主主義論の成立過程(2) 北法69(1・45)45 章 か ら 第 三 章 は 最 初 、 ヴ ェ ー バ ー 追 悼 論 集 に 寄 稿 さ れ た も の で あ る 。『 政 治 神 学 』 は こ の 三 章 に 加 え 、 別 誌 で 発 表 し て い た 「 反 革 命 の 国 家 哲 学 者 ─ ─ ボ ナ ー ル 、 ド ノ ソ ・ コ ル テ ス 、 ド ・ メ ー ス ト ル 」 を 第 四 章 と し て 公 刊 さ れ た 。   シ ュ ミ ッ ト の 政 治 神 学 と は 一 般 に 、『 政 治 神 学 』 第 三 章 冒 頭 で 掲 げ ら れ る 一 節 、「 近 代 国 家 理 論 の あ ら ゆ る 簡 潔 な 諸 概 念 は 、世 俗 化 さ れ た 神 学 の 諸 概 念 で あ る 」(PT :37 )と し て 知 ら れ て い る 。 シ ュ ミ ッ ト は こ れ に 続 け て 次 の よ う に 説 明 す る 。 「 こ れ は 神 学 か ら 諸 概 念 が 国 家 学 へ と 転 用 さ れ た こ と に よ る 、 例 え ば 全 能 の (allm ächtig ) 神 が 全 能 の (om nipotent ) 立 法 者 と な っ た と い う 、 そ の ( 近 代 国 家 理 論 の 諸 概 念 の ) 歴 史 的 発 展 に 従 う も の だ け で は な く 、 こ れ ら の 諸 概 念 の 社 会 学 的 考 察 に と っ て 不 可 欠 な 認 識 で あ る 、 そ の 体 系 的 構 造 に お い て も そ う で あ る 」(Ebd. )。   『 政 治 神 学 』 第 三 章 に お け る シ ュ ミ ッ ト の 議 論 を 分 析 す る な ら ば 、 彼 の 政 治 神 学 は 二 つ の 側 面 を も つ こ と が わ か る 。 第 一 に 、 政 治 神 学 は 「 神 学 か ら 諸 概 念 が 国 家 論 へ と 転 用 さ れ た 」 こ と に 基 づ く 、 概 念 の 「 世 俗 化 」 を 意 味 す る 。 こ れ は 同 時 に 「 近 代 国 家 理 論 の 諸 概 念 の 歴 史 的 発 展 に 従 う 」 も の で あ る 。 神 の 全 能 性 と い う 神 学 的 起 源 を も つ 主 権 概 念 が 、 初 期 近 代 以 降 に は 絶 対 君 主 に 世 俗 化 し 、 啓 蒙 期 以 降 に は 人 民 に 世 俗 化 し て い く 、 と す る 主 権 概 念 の 歴 史 的 移 行 過 程 と し て 示 さ れ る 。   第 二 に 、 政 治 神 学 は 「 諸 概 念 の 社 会 学 的 考 察 に と っ て 不 可 欠 な 認 識 で あ る 、 そ の 体 系 的 構 造 」 に 関 す る も の で あ る 。 シ ュ ミ ッ ト に よ れ ば 、「 あ る 特 定 の 時 代 が 世 界 に つ い て 作 り 出 す 形 而 上 学 的 像 は 、 そ の 世 界 に と り そ の 政 治 的 組 織 の 形 式 と し て 簡 単 に は っ き り と わ か る も の と 同 一 の 構 造 を も つ 」(PT :42 )。 つ ま り 、 特 定 の 時 代 に お け る 形 而 上 学 的 世 界 像 と 政 治 形 式 と は 構 造 的 に 同 一 性 を も つ と い う 。 そ し て 「 そ の よ う な 同 一 性 の 確 認 が 主 権 概 念 の 社 会 学 で あ る 」(PT :40 ) と い う 。 し た が っ て シ ュ ミ ッ ト に と っ て 政 治 神 学 と は 、 特 定 の 時 代 の 形 而 上 学 的 世 界 像 と 政 治 形 式 と の 間 に 構 造 的 な 同 一 性 が あ る と 仮 定 し 、 こ の 同 一 性 を 確 認 す る と い う 方 法 を 意 味 す る 。 こ の 「 主 権 概 念 の 社 会 学 」 だ け が 「 主 権 の よ う な 論   説 北法69(1・46)46 概 念 に 対 し 、 唯 一 学 問 的 成 果 の 見 通 し を も つ 」(PT :42 ) 方 法 論 で あ る と い う 。   以 上 に 簡 潔 に 見 た よ う に 、 シ ュ ミ ッ ト の 政 治 神 学 は 厳 密 に 理 解 す る な ら ば 二 つ の 意 味 内 容 を も つ も の で あ る が 、 従 来 の 研 究 に お い て は こ れ ら は 区 別 さ れ て い な か っ た 。 以 下 で は ま ず 、 第 二 の 政 治 神 学 、 す な わ ち 主 権 概 念 の 社 会 学 と し て の 政 治 神 学 ( 以 下 で は 、 政 治 神 学 的 方 法 と 表 記 す る ) に 焦 点 を 合 わ(1 )せ 、『 政 治 神 学 』 に お い て シ ュ ミ ッ ト は 政 治 神 学 的 方 法 論 を ど の よ う な も の と し て 説 明 し た の か を 確 認 す る 。 次 に 、 こ の 政 治 神 学 的 方 法 は 先 行 研 究 に お い て ど の よ う に 受 け 止 め ら れ 、 論 じ ら れ て き た の か を 概 観 す る 。 ( 二 ) シ ュ ミ ッ ト の 政 治 神 学 的 方 法   『 政 治 神 学 』 に お い て シ ュ ミ ッ ト は 、「 究 極 的 な 唯 心 論 的 歴 史 哲 学 」 と 「 究 極 的 な 唯 物 論 的 歴 史 哲 学 」 に お け る 方 法 論 を 斥 け る こ と で 政 治 神 学 的 方 法 論 を 確 立 し た 。 シ ュ ミ ッ ト は M .ウ ェ ー バ ー に よ る 指 摘 ─ ─ 「 究 極 的 唯 物 論 的 歴 史 哲 学 に 対 し 、 反 論 で き な い 仕 方 で 、 同 様 に 究 極 的 な 唯 心 論 的 歴 史 哲 学 を 対 置 す る こ と が で き る 」 ─ ─ を 引 き 合 い に 出 し な が ら 、 以 下 の よ う に 述 べ る 。 シ ュ ミ ッ ト に よ れ ば 、 一 方 で 反 革 命 派 の 思 想 家 は 政 治 的 変 化 を 世 界 観 の 変 化 か ら 説 明 し 、 フ ラ ン ス 革 命 を 啓 蒙 哲 学 に 起 因 す る も の と 見 做 し た(「 物 理 的 諸 現 象 の 唯 心 論 的 説 明 」と し て の 究 極 的 な 唯 心 論 的 歴 史 哲 学 ) が 、 他 方 で 急 進 的 な 革 命 家 は 思 想 の 変 化 を 政 治 的 な い し 社 会 的 諸 関 係 の 変 化 に よ っ て 説 明 し た (「 物 理 的 諸 現 象 の 唯 心 論 的 説 明 」 と し て の 究 極 的 な 唯 物 論 的 歴 史 学 )。 こ れ ら の 「 究 極 的 な 唯 心 論 的 歴 史 哲 学 」 と 「 究 極 的 唯 物 論 的 歴 史 哲 学 」 と い う 「 両 者 は と も に 因 果 関 係 を 突 き 止 め よ う と す る の で あ る が 、 ま ず 二 つ の 領 域 の 対 立 を 立 て 、 一 方 の 領 域 を も う 一 方 へ と 還 元 す る こ と に よ っ て こ の 対 立 を 再 び 無 に 解 消 し よ う と す る 。こ れ ら は 方 法 論 的 必 然 性 に よ っ て 戯 画(K arikatur ) と な ら ざ る を 得 な い 」(PT :40f. )。 そ こ で シ ュ ミ ッ ト は 、 形 而 上 学 的 思 考 様 式 と 政 治 形 式 と の 間 の 構 造 的 同 一 性 な い し カール・シュミットにおける民主主義論の成立過程(2) 北法69(1・47)47 類 比 関 係 を 認 識 す る と い う 独 自 の 社 会 学 的 方 法 論 を 提 示 す る 。 こ の 方 法 論 に お い て は 「 究 極 的 で 根 源 的 な 体 系 的 構 造 が 見 出 だ さ れ 、 こ の 概 念 的 構 造 が あ る 特 定 の 時 代 の 社 会 的 構 造 の 概 念 的 変 容 と 比 較 さ れ る 。 こ こ で は 根 本 的 な 概 念 性 の 理 念 が 社 会 学 的 現 実 の 反 映 で あ る か 、 あ る い は 社 会 的 現 実 が 一 定 の 思 考 様 式 の 結 果 と し て 捉 え ら れ る か と い う こ と は 問 題 に な ら な い 。 む し ろ 二 つ の 精 神 的 で あ る が 実 在 的 な 同 一 性 (zw ei geistige, aber substanzielle Identitäten ) が 証 明 さ れ な け れ ば な ら な い 」(PT :42 )。 ( 三 ) 先 行 研 究 に お け る 政 治 神 学 的 方 法 に 対 す る 注 目   こ う し た シ ュ ミ ッ ト の 政 治 神 学 的 方 法 は 、 従 来 の 研 究 に お い て 多 様 に 評 価 さ れ て き た 。 例 え ば ド イ ツ に お い て は 、 憲 法 学 者 E .W .ベ ッ ケ ン フ ェ ル デ が シ ュ ミ ッ ト の 政 治 神 学 を 「 神 学 概 念 の 国 家 的 ・ 法 学 的 領 域 へ の 移 行 と い う 現 象 」 と 定 義 し 、 こ れ を 「 法 学 的 政 治 神(2 )学 」 と 呼 称 し て 積 極 的 に 評 価 し た 。「 カ ー ル ・ シ ュ ミ ッ ト は 一 九 二 二 年 に 「 政 治 神 学 」 と い う 概 念 を 学 問 的 論 議 の 場 に 導 入 し 、こ れ に 古 典 的 意 味 内 容 を 与 え た 」。 ベ ッ ケ ン フ ェ ル デ に よ れ ば 、「 法 学 的 政 治 神 学 」 は 政 教 分 離 を 否 定 す る 神 学 、 す な わ ち 「 制 度 的 政 治 神 学 」 や 、 信 仰 に 基 づ い て 実 践 的 活 動 を 喚 起 し よ う と す る 神 学 、 す な わ ち「 普 通 名 詞 と し て の 政 治 神 学 」と は 区 別 さ れ る も の で あ る 。 ベ ッ ケ ン フ ェ ル デ は 、「 法 学 的 政 治 神 学 」に お い て は「 概 念 の 社 会 学 、 し か も 法 学 概 念 の 社 会 学 、 正 確 に は 国 法 学 上 の 諸 概 念 の 社 会 学 が 問 題 と な っ て い(3 )る 」 と 述 べ 、 何 ら か の 神 学 的 な 意 味 内 容 が 問 わ れ て い る の で は な い こ と を 強 調 し た 。 こ の よ う に 第 二 次 大 戦 後 の ド イ ツ に お い て は 、 シ ュ ミ ッ ト の 政 治 神 学 的 方 法 を 「 法 学 的 政 治 神 学 」 と し て 理 解 し 、そ の 学 問 的 意 義 を 積 極 的 に 評 価 し よ う と す る こ と が 試 み ら れ た 。 し か し 国 法 学 に 対 す る こ の 方 法 論 の 実 際 上 の 意 義 は 、 明 確 化 さ れ な い ま ま で あ っ た た め 、 そ の 影 響 力 は 僅 か な も の に 留 ま っ た 。 論   説 北法69(1・48)48   日 本 に お い て は 、 す で に 一 九 七 〇 年 代 後 半 か ら 政 治 神 学 的 方 法 が 注 目 さ れ た が 、 シ ュ ミ ッ ト 思 想 解 釈 に お け る そ の 潜 在 的 可 能 性 が 指 摘 さ れ る に と ど ま っ た 。 新 正 幸 に よ る 一 九 七 八 年 の 論 文 に よ れ ば 、シ ュ ミ ッ ト に お け る「 概 念 の 社 会 学 」 と は 「 一 定 の 時 代 の 歴 史 的 現 実 の 中 核 を な す も の の 端 的 な あ ら わ れ が 形 而 上 学 ・ 神 学 に 他 な ら な い こ と 、 し た が っ て そ の 時 代 の 社 会 学 ・ 政 治 的 体 制 の 法 学 的 定 式 も そ の 究 極 的 な 表 現 が そ の 時 代 に 特 徴 的 な 形 而 上 学 ・ 神 学 の 中 に 示 さ れ て い る と い う こ と で あ る 。 逆 に 言 え ば 、 そ の 時 代 に 特 徴 的 な 形 而 上 学 ・ 神 学 を 見 れ ば 、 そ こ か ら 逆 に そ の 時 代 の 歴 史 的 現 実 が 明 瞭 且 つ 最 も 鋭 い 形 で 認 識 さ れ る と い う こ と で あ(4 )る 」。 し た が っ て 、「 結 局 シ ュ ミ ッ ト の い う 「 概 念 の 社 会 学 」 と は 、 一 切 の も の の 根 底 に 形 而 上 学 ・ 神 学 的 な る も の を 見 、 ま さ し く か か る 形 而 上 学 的 ・ 神 学 的 世 界 像 が と り も な お さ ず そ の 時 代 の 現 実 を 端 的 に あ ら わ し て い る の で あ る か ら 、 逆 に 今 度 は そ こ か ら 一 切 の も の を 説 明 し 解 釈 し て ゆ く と い う こ(5 )と 」 で あ る 。 そ れ ゆ え 新 は こ れ を 「 精 神 史 的 思 想 史 的 方 法(6 )論 」 と し て 解 釈 す る 。   一 九 八 七 年 に は 山 下 威 士 が 次 の よ う に 政 治 神 学 的 方 法 を 評 価 し て い る 。「 従 来「 方 法 が な い 」「 体 系 が な い 」「 直 観 的 」、 し た が っ て そ の 理 論 は 「 鋭 い 」 な が ら も 「 カ メ レ オ ン 的 」 に 、 御 都 合 主 義 的 に 変 節 す る と 評 さ れ て き た シ ュ ミ ッ ト に つ い て 、 敢 え て そ の 理 論 に お け る 根 本 的 な る も の を 問 い 続 け て き た 少 数 の 研 究 者 の 努 力 は 、 今 日 彼 の 理 論 を 貫 く 赤 い 糸 と し て 、 そ の 「 政 治 神 学 論 文 」 に お け る 思 考 に 注 目 す る に い た っ(7 )た 」。 そ の 上 で 山 下 は 、「 政 治 神 学 的 方 法 」 を 次 の よ う に 要 約 す(8 )る 。「( 1 ) 形 而 上 学 ・ 神 学 こ そ は 、 そ の 時 代 の も っ と も 強 烈 な 、 ま た 明 確 な 表 現 で あ り 、 そ こ に こ そ そ の 時 代 の 歴 史 的 現 実 が も っ と も 明 確 に 、 先 鋭 的 に 表 現 さ れ て い る 。( 2 ) こ の 命 題 を 前 提 と し て 、 そ の 時 代 の 形 而 上 学 的 神 学 的 世 界 像 と 法 学 的 形 象 と の 構 造 的 同 一 性 を 確 認 す る 。( 3 ) さ ら に そ の よ う に し て 確 認 さ れ た 形 而 上 学 ・ 神 学 か ら 一 切 を 、 し た が っ て 法 を も 説 明 し 、 解 釈 し て 行 く 」。   さ ら に 、 政 治 神 学 的 方 法 は 歴 史 認 識 の た め の 方 法 論 と し て だ け で は な く 、「 自 己 の 形 而 上 学 、 神 学 的 世 界 像 に よ っ て 、 カール・シュミットにおける民主主義論の成立過程(2) 北法69(1・49)49 現 状 を 変 革 す る 」 機 能 を 果 た す 可 能 性 を も つ こ と が 期 待 さ れ た 。 石 村 修 に よ る と 、 こ の 方 法 は 「 歴 史 観 察 お よ び 現 状 分 析 に は も っ て こ い 」 で あ る が 、「 同 時 に 積 極 的 な 意 味 、 つ ま り 自 己 の 新 た な 形 而 上 学 、 神 学 的 世 界 像 に よ っ て 、 現 状 を 変 革 す る と い う 意 味 で も 用 い る こ と が 出 来(9 )る 」。   本 稿 第 一 章 第 三 節 で は 、 一 九 一 〇 年 代 に お い て シ ュ ミ ッ ト は 、 神 学 と 法 学 と が 類 比 関 係 に あ る と す る 独 創 的 な 議 論 、 す な わ ち 神 学 ─ 法 学 並 行 論 を 展 開 し て お り 、 こ れ が の ち に 政 治 神 学 的 方 法 を 形 成 す る 素 地 と な っ た こ と を 確 認 し た 。 こ う し た 彼 の 独 特 の 見 解 は 、 実 は 『 国 家 の 価 値 と 個 人 の 意 義 』 に お い て も す で に 示 さ れ て い た 。 第 一 章 第 一 節 で は こ の 著 作 に お い て 示 さ れ た シ ュ ミ ッ ト の 国 家 論 を 詳 ら か に し た が 、 そ の 際 に 彼 は ロ ー マ ・ カ ト リ ッ ク 教 会 と 国 家 が 類 比 関 係 に あ る も の と 想 定 し 、 教 会 制 度 を モ デ ル と し て あ る べ き 国 家 の あ り 方 、 す な わ ち 「 理 念 的 国 家 」 に つ い て 論 じ て い た 。 例 え ば 、 シ ュ ミ ッ ト は 次 の よ う に 述 べ る ─ ─ 「 国 家 概 念 は 法 に 対 し て 、 神 概 念 ─ ─ こ れ は 実 在 の 世 界 に お け る 道 徳 的 な も の の 実 現 の 必 要 性 に 由 来 す る の で あ る ─ ─ が 倫 理 に 対 し て 占 め る 地 位 と ま さ し く 類 比 的 な 地 位 を も つ 」(W S:5 ) (1 (8 )。 第 一 章 で 確 認 し た 通 り 、こ の 著 作 に お い て シ ュ ミ ッ ト は 、法 を 経 験 的 世 界 に お い て 実 現 す る と い う 課 題 に 専 念 す る 国 家 を 「 法 の 最 初 の 奉 仕 者 」(W S:54 )と 称 し 、こ う し た 国 家 を「 理 念 に お い て 把 握 さ れ た 国 家 」、す な わ ち 理 念 的 国 家 と 規 定 し ) (( ( た 。 シ ュ ミ ッ ト に よ れ ば 、 理 念 的 国 家 は 「 事 実 の 世 界 に お い て 「 国 家 」 と い う 名 を 課 さ れ て い る も の 」(W S:45 )、 す な わ ち 経 験 的 に 存 在 す る 諸 国 家 と は 区 別 さ れ る べ き も の で あ り 、 そ の 模 範 的 制 度 は ロ ー マ ・ カ ト リ ッ ク 教 会 で あ る 。「 教 会 法 を 論 じ る カ ト リ ッ ク の 理 論 家 た ち は 、 全 員 一 致 で 次 の こ と を 強 調 す る 。「 国 家 そ れ 自 体 は ど こ に も 存 在 し な い 。 実 際 に 、 国 家 は 単 な る 歴 史 の 産 物 で あ り 、 個 々 の 国 家 が 存 在 す る だ け で あ る 」。〔 中 略 ─ ─ 引 用 者 〕 こ れ に 対 し て 、 教 会 法 学 者 に よ れ ば 教 会 は 唯 一 で あ り 、 教 会 は 自 ら と 並 ぶ い か な る 他 の も の を も 容 認 し え な い 。 ま た 、 そ れ 自 体 で 一 つ の 理 念 の 実 現 を 代 表 す る 教 会 は 、 個 々 の 国 家 に 対 し て 無 際 限 に 有 利 な 立 場 に あ る 」。 シ ュ ミ ッ ト は さ ら に 次 の よ う に 続 け る 。「 教 会 は 自 論   説 北法69(1・50)50 己 の た め に 、 理 念 的 国 家 の 哲 学 的 基 礎 づ け に 関 す る あ ら ゆ る 論 証 を 用 い る こ と が で き 、 具 体 的 国 家 に 対 す る 反 論 と し て 利 用 す る こ と が で き る 。 教 会 が 唯 一 で あ る な ら ば 、 教 会 は 必 然 的 に 完 全 (vollkom m en ) で あ る 。 百 の 国 家 が 存 在 す る な ら ば 、一 個 の 具 体 的 国 家 は 必 然 的 に 不 完 全 (unvollkom m en ) で あ る 」(W S:49 )。 つ ま り シ ュ ミ ッ ト は 、ロ ー マ ・ カ ト リ ッ ク 教 会 は 唯 一 で あ る が ゆ え に 完 全 で あ る と 捉 え 、 こ れ を 国 家 の 模 範 と し て 想 定 し て い た 。   こ う し た 初 期 以 来 の シ ュ ミ ッ ト に お け る 政 治 神 学 的 方 法 に 着 目 し た 和 仁 陽 に よ れ ば 、 一 九 二 七 年 ま で の 時 期 に お い て シ ュ ミ ッ ト は 、 カ ト リ シ ズ ム の 「 再 現 前 ( 代 表 )」 概 念 を 応 用 し 、 ロ ー マ ・ カ ト リ ッ ク 教 会 制 度 を モ デ ル と し て そ の 公 法 学 上 の 学 説 を 形 成 し た 。 シ ュ ミ ッ ト の 初 期 思 想 全 体 が 「 カ ト リ ッ ク 教 会 と ( そ れ を モ デ ル に し た ) 初 期 近 代 の 絶 対 主 義 国 家 と の 下 で の 秩 序 な い し 観 念 世 界 を 、 再 現 前 の 概 念 を 核 と し て 表 現 し 、 こ の 秩 序 な い し 観 念 世 界 を 公 法 学 の 場 で 復 権 す る こ と を 通 じ て 、 十 九 世 紀 以 降 の ド イ ツ 近 代 の 国 家 ・ 社 会 ・ 文 化 の あ り 方 を 批 判 す る 試 み 」 で あ っ ) (1 ( た 。   こ う し て シ ュ ミ ッ ト の 思 想 形 成 過 程 に お け る 政 治 神 学 的 方 法 の 意 義 が 確 認 さ れ た の で あ る が 、 神 学 ─ 法 学 並 行 論 に つ い て 独 自 の 見 解 を 示 し た 一 九 一 〇 年 代 か ら 『 政 治 神 学 』 に か け て 、 政 治 神 学 的 方 法 に 関 す る シ ュ ミ ッ ト の 構 想 が ど の よ う に し て 発 展 し た の か と い う 問 題 は 解 明 さ れ て い な い 。 例 え ば 和 仁 は 、 神 学 的 な い し は 形 而 上 学 的 世 界 像 と 政 治 形 式 と が 構 造 的 に 同 一 性 を も つ と す る シ ュ ミ ッ ト の 主 張 に つ い て 、 シ ュ ミ ッ ト 自 身 に よ っ て は 「 ラ イ プ ニ ッ ツ の 権 威 を 援 用 す る 以 上 の 論 証 は 遂 に 行 わ れ る こ と が な ) (1 ( い 」と 言 及 す る の み で あ る 。 和 仁 に よ れ ば 、「 こ の 命 題 の 実 体 的 真 偽 は 措 い て 、シ ュ ミ ッ ト の 構 想 に と っ て も つ 意 味 に 問 題 を 限 れ ば 、 こ れ は 彼 が 世 界 像 と 国 家 像 と の 対 応 を 想 定 す る 際 の 理 論 的 根 拠 を 実 際 に 提 供 し て い る と い う よ り は 、 シ ュ ミ ッ ト が 公 法 学 者 と し て の 自 意 識 か ら 、 国 家 像 の 生 産 が 法 学 者 ( 公 法 学 者 ) に 独 占 さ れ て き た か の ご と き 印 象 を 与 え る た め の 議 論 と し て の 機 能 し か 果 た し て い な ) (1 ( い 」。 カール・シュミットにおける民主主義論の成立過程(2) 北法69(1・51)51 第 二 節  政 治 神 学 の 由 来 ─ ─ 反 革 命 派 国 家 哲 学 者 か ら の 影 響   そ こ で 次 に 、『 政 治 神 学 』 に お け る 政 治 神 学 的 方 法 が そ も そ も ど の よ う に し て 形 成 さ れ た の か を 明 ら か に す る 。『 政 治 神 学 』 に お い て は シ ュ ミ ッ ト 自 身 に よ り 、 政 治 神 学 的 方 法 が 反 革 命 派 の 国 家 哲 学 者 に よ っ て 用 い ら れ て き た も の で あ る と 言 及 し て い る 。「 こ の よ う な 〔 神 学 と 法 学 と の 間 の ─ ─ 引 用 者 〕 ア ナ ロ ジ ー の 最 も 興 味 深 い 政 治 的 利 用 は 、ボ ナ ー ル 、 ド ・ メ ー ス ト ル 、 ド ノ ソ ・ コ ル テ ス と い っ た 反 革 命 の カ ト リ ッ ク 系 国 家 哲 学 者 た ち に み ら れ る も の で あ る 」。   シ ュ ミ ッ ト と カ ト リ ッ ク 系 知 識 人 と の 関 係 を 考 察 し た 古 賀 は 、 英 米 圏 の 著 者 に よ る ド ノ ソ ・ コ ル テ ス の 伝 記 に 基 づ い て ド ノ ソ の 生 涯 と 思 想 に つ い て 紹 介 し て い る 。 そ こ で 古 賀 は 、 ド ノ ソ の 歴 史 哲 学 に お い て は 「 特 定 の 神 学 が 必 然 的 に 特 定 の 政 治 体 制 と 表 裏 一 体 の 関 係 に あ る こ ) (1 ( と 」が 前 提 と さ れ て い た こ と を 指 摘 し た 。 こ れ に 続 い て 、ス ペ イ ン 人 研 究 者 J . R . H . ア リ ア ) (1 ( ス は 一 九 九 七 年 に フ ラ イ ブ ル ク 大 学 に 提 出 し た 博 士 論 文 に お い て 、 政 治 神 学 的 方 法 を め ぐ る ド ノ ソ ら 反 革 命 派 の 国 家 哲 学 者 か ら シ ュ ミ ッ ト へ の 影 響 関 係 を 究 明 し た 。 以 下 で は ア リ ア ス の 研 究 に 依 拠 し つ つ 、 シ ュ ミ ッ ト に お け る 政 治 神 学 的 方 法 の 成 立 に 対 し て 反 革 命 の 国 家 哲 学 者 が 与 え た 影 響 に つ い て 確 認 す る 。 ( 一 ) 反 革 命 国 家 哲 学 者 に お け る 歴 史 認 識 ─ ─ ─ ─ 政 治 概 念 と 神 学 概 念 と の 類 比   ア リ ア ス に よ れ ば 、 政 治 概 念 と 神 学 概 念 と を 類 比 す る 、 と い う 政 治 神 学 的 方 法 の 「 最 も 重 要 な 先 駆 者 」 は 、 ボ ナ ー ル ( 一 七 五 四 ─ ─ 一 八 四 〇 年 ) で あ っ た 。 ボ ナ ー ル はT heorie du pouvoir politique et religieux dans la societe cobvile,dem ontree par le raisonnem ent et par l’histoire に お い て 「 神 観 念 と 政 治 的 社 会 秩 序 と の 間 に は ア ナ ロ ジ ー が 存 在 す る と い う 思 想 」 を 展 開 し 、「 政 治 的 権 力 関 係 に つ い て 実 践 的 、 具 体 的 に 、 各 国 に お い て 支 配 的 な 宗 教 や イ デ オ ロ ギ ー 論   説 北法69(1・52)52 の 観 点 か ら 分 析 を 行 っ ) (1 ( た 」。 ボ ナ ー ル の 議 論 に 基 づ く な ら ば 、 西 洋 諸 国 に お け る 政 治 な い し は 統 治 形 式 と そ こ で 支 配 的 な 宗 教 と は 対 応 関 係 に あ る 。 ア リ ア ス は そ の 対 応 関 係 を 次 の よ う に 図 式 化 す る 。   「 君 主 制 ─ カ ト リ シ ズ ム     貴 族 制 ─ ル タ ー 主 義     民 主 制 ─ カ ル ヴ ィ ニ ズ ム 、 ピ ュ ー リ タ ニ ズ ム 、 長 老 派 ( プ レ ス ビ テ リ ア ニ ズ ム )     混 合 政 体 ─ 英 国 国 教 会 主 義 ( カ ト リ シ ズ ム と ル タ ー 主 義 、 カ ル ヴ ィ ニ ズ ム の 混 ) (1 ( 合 )」   ボ ナ ー ル に よ れ ば 、 こ う し た 諸 々 の 対 応 関 係 の 中 で 「 最 も 完 璧 な 同 一 性 (Identität )」 が 成 り 立 っ て い る の は 、 カ ト リ シ ズ ム と 革 命 以 前 の フ ラ ン ス に お け る 君 主 制 と の 間 に お い て で あ る 。 こ れ に つ い て ア リ ア ス は 、 ボ ナ ー ル が 政 治 体 制 と 宗 教 と の 間 の 均 衡 と 調 和 を 最 も 重 要 視 し て い た と 指 摘 す る 。 す な わ ち ボ ナ ー ル は 、 国 家 に お い て は 「 宗 教 的 原 理 と 市 民 的 原 理 と の 間 に 均 衡 と 確 か な 調 和 が 支 配 し て い な い な ら ば 、 内 政 上 の 平 和 は 存 在 し な い 」 と 考 え て い た と い う 。 そ れ ゆ え ボ ナ ー ル は 「 あ ら ゆ る 政 府 は そ れ と 類 比 的 な 関 係 に あ る 宗 教 を 確 立 す る よ う 努 力 す る 」 と 論 じ た 。 こ の 点 で 、 政 治 体 制 と 宗 教 と の 「 自 然 的 で 確 か な 対 応 」 関 係 を も つ 君 主 制 が 他 の 政 体 に 優 越 す る 。 貴 族 制 は 君 主 制 よ り も 宗 教 的 権 威 の 点 で 劣 っ て お り 、 民 主 制 と 混 合 政 体 は 「 キ リ ス ト 教 共 同 体 に お け る 普 遍 的 で 伝 統 的 な 原 理 を 表 現 す る こ と が で き な い 」 た め に 脆 弱 な 政 治 体 制 で あ ) (1 ( る 。   こ う し て 政 治 形 式 と 宗 教 的 形 式 の 間 の 本 質 的 親 近 性 を 体 系 的 に 構 築 し よ う と し た ド ・ ボ ナ ー ル の 試 み を 継 承 し た の が 、 ド ・ メ ー ス ト ル ( 一 七 五 三 ─ ─ 一 八 二 一 年 ) で あ る 。 ド ・ メ ー ス ト ル は 、「 人 民 の 政 治 体 制 が 人 間 の 手 に よ っ て の み 作 り 出 さ れ た も の で あ る 」 と す る 思 想 を 根 本 的 な 誤 謬 と 見 做 し 、 危 険 視 し て い た 。 そ の 上 で ド ・ メ ー ス ト ル は 、「 宗 教 と 政 治 の 関 係 」 を 重 視 し 、「 宗 教 の 正 し い 使 用 」 こ そ が 社 会 の 安 定 に と っ て 本 質 的 に 重 要 で あ る と 強 調 し た 。 ア リ ア ス に カール・シュミットにおける民主主義論の成立過程(2) 北法69(1・53)53 よ れ ば 、 ド ・ メ ー ス ト ル は 「 伝 統 主 義 者 」 と し て 、 カ ト リ ッ ク 教 会 と 西 洋 の 絶 対 君 主 制 と が 理 想 的 な 政 治 神 学 的 構 成 を と っ て い る と 考 え ) 11 ( た 」。 そ の 際 に 彼 は ロ ー マ ・ カ ト リ ッ ク 教 会 と 君 主 制 と の 両 方 に お い て 主 権 が 存 在 す る と 捉 え 、 こ の 主 権 論 に 基 づ い て 政 治 神 学 に お け る 議 論 を 構 築 し た 。 こ れ が 所 以 と な り 、 ド ・ メ ー ス ト ル は 「 キ リ ス ト 教 に お け る マ キ ャ ヴ ェ リ 」「 神 権 政 治 の マ キ ャ ヴ ェ リ 」 と 呼 ば れ る よ う に な っ た と い う 。   ア リ ア ス に よ れ ば 、 ボ ナ ー ル 、 ド ・ メ ー ス ト ル に よ る こ う し た 考 察 は 、 彼 ら 反 革 命 の 思 想 家 に 固 有 の も の で あ っ た わ け で は な い 。 む し ろ 政 治 神 学 に 関 す る こ う し た 議 論 は 、 当 初 、 同 時 代 に お け る 革 命 派 に よ り 展 開 さ れ て い た も の で あ っ た 。 ア リ ア ス は 、フ ラ ン ス 革 命 期 に お け る 革 命 派 の 議 論 は「 政 治 神 学 的 に 構 想 さ れ て い た 」と 指 摘 す る 。 例 え ば サ ン ・ ジ ュ ス ト は 、 ル イ 十 六 世 に 対 し て 死 罪 を 求 刑 す る 演 説 に お い て 、 ル ソ ー か ら の 引 用 を 駆 使 し つ つ 、 政 治 神 学 的 議 論 を 展 開 し た 。 サ ン ・ ジ ュ ス ト に よ れ ば 、「 国 王 と 神 は 同 一 の 運 命 を 共 有 し て お り 、 国 王 が 死 刑 に 処 せ ら れ る な ら ば 、 キ リ ス ト 教 の 神 の 理 念 も 同 様 に 死 に 至 る 」。 ア リ ア ス は 、 革 命 派 は 君 主 制 を 犯 罪 な い し は 冒 涜 で あ る と 主 張 し て お り 、 国 王 に 対 す る 裁 判 を 法 学 的 な も の と で は な く 、 根 本 的 に 神 学 的 な も の と 見 做 し て い た と い う 。「 革 命 派 に よ る 国 王 殺 害 に つ い て の こ う し た 過 激 な 神 学 政 治 的 主 張 は 、 反 革 命 派 に 受 け 入 れ ら れ 、 新 た な 力 を も っ て そ の 敵 〔 革 命 派 ─ ─ 引 用 者 〕 に 対 し て 向 け ら れ ) 1( ( た 」。   さ ら に 反 革 命 派 は 、 国 王 と 神 観 念 の 存 在 に 密 接 な 関 係 が あ る 、 す な わ ち 「 同 一 の 運 命 を 共 有 し て い る 」 と す る 反 革 命 派 の 議 論 を 理 論 化 す る こ と に よ り 、 政 治 体 制 と 宗 教 と の 間 に 相 関 関 係 を 見 出 す と い う 国 家 哲 学 的 考 察 方 法 へ と 発 展 さ せ た 。 し た が っ て フ ラ ン ス 革 命 期 に お け る 反 革 命 の 思 想 家 は 、 革 命 派 に 対 抗 し よ う と す る 意 図 を も っ て 政 治 神 学 に 関 す る 議 論 を 形 成 し た の で あ っ た 。 つ ま り 、 反 革 命 派 が 行 な っ た 政 治 神 学 的 考 察 は 、 革 命 派 の 政 治 神 学 的 議 論 に 対 す る 反 動 と し て 生 じ た も の で あ り 、 政 治 神 学 的 考 察 を 用 い る 点 で 両 者 は 元 来 、 共 通 点 を も っ て い た 。 論   説 北法69(1・54)54 ( 二 ) ド ノ ソ ・ コ ル テ ス に お け る 歴 史 認 識 の た め の 方 法 論   ア リ ア ス に よ れ ば 、 こ う し て フ ラ ン ス 革 命 期 の 反 革 命 思 想 家 が 展 開 し た 国 家 哲 学 的 考 察 を 継 承 す る こ と は 、 ス ペ イ ン の カ ト リ ッ ク 知 識 人 ド ノ ソ ・ コ ル テ ス に と り 「 知 的 責 任 」 で あ る よ う に 感 じ ら れ ) 11 ( た 。 フ ラ ン ス 革 命 後 の 西 欧 で は 、 保 守 的 な サ ー ク ル に お い て 世 俗 化 の 進 行 を 押 し と ど め る た め に 類 似 し た 政 治 神 学 的 議 論 を 展 開 す る こ と は し ば し ば 見 ら れ た 現 象 で あ り 、 ド ノ ソ の 試 み は 唯 一 の も の で は な か っ た 。 し か し ド ノ ソ に お い て 独 創 的 で あ っ た の は 、 こ う し た 政 治 神 学 的 考 察 を 継 承 し 、 こ れ を 歴 史 認 識 の 方 法 論 と し て 発 展 さ せ た 点 に で あ っ た 。   ア リ ア ス に よ れ ば 、 ド ノ ソ ・ コ ル テ ス は 神 学 者 で は な か っ た し 、 ま た 神 学 者 に な ろ う と も し な か っ た が 、 そ の 著 作 に お い て 神 学 を 論 じ る こ と に な っ た の は 、 次 の よ う な 確 信 の 帰 結 で あ っ た ─ ─ 「 文 明 化 と は す べ て 、 そ の 神 学 の 反 映 で あ り 、 神 学 が 死 滅 す れ ば 文 明 化 も ま た 根 絶 さ れ る こ と を 意 味 す る 」。 ド ノ ソ に よ れ ば 、 ロ ー マ 帝 国 は そ の 神 学 が 衰 退 し た が ゆ え に 没 落 し た の で あ る が 、 十 九 世 紀 の 西 欧 諸 国 に お い て も 同 様 の 現 象 が 見 ら れ る 。 す な わ ち 神 学 の 教 義 が 不 可 逆 的 に 衰 退 し 、 現 実 と 学 問 的 神 学 が 離 反 し て い る 。 こ う し た 〈 神 学 の 衰 退 と 政 治 体 制 の 没 落 と の 相 関 関 係 〉 に つ い て は 、 の ち に シ ュ ペ ン グ ラ ー が 体 系 的 に 論 じ る こ と に な る の で あ る が 、 ア リ ア ス に よ れ ば 、 カ ト リ ッ ク で あ る ド ノ ソ に と っ て 関 心 事 で あ っ た の は 、 こ う し た 歴 史 哲 学 的 立 場 か ら 、 何 が 必 然 的 な 帰 結 と し て 導 き 出 さ れ る こ と に な る の か 、 と い う 問 題 で あ っ ) 11 ( た 。   こ う し た 問 題 関 心 に 導 か れ て ド ノ ソ は 、「 か つ て の 哲 学 が そ う で あ っ た よ う に 、 究 極 的 に 歴 史 を 照 ら す も の 、 諸 学 問 の 中 で 最 も 普 遍 的 な も の 」 と し て 神 学 を 理 解 す る 。「 神 学 を 通 じ て 、 あ ら ゆ る 歴 史 的 現 象 や 政 治 的 事 象 を 非 常 に よ く 理 解 す る こ と が 可 能 と な る 」。 し た が っ て 「 政 治 理 論 の 核 心 を 認 識 す る た め の 最 も 良 い 方 法 は 、 そ れ が ど の よ う な 神 に つ い て の 解 釈 を 描 写 し て い る か を 確 認 す る こ と で あ ろ う 。 そ れ ゆ え 政 治 史 は 神 学 の 歴 史 で あ ) 11 ( る 」。 こ う し て ド ノ ソ は 「 政 カール・シュミットにおける民主主義論の成立過程(2) 北法69(1・55)55 治 的 概 念 と 神 学 的 概 念 と を 類 比 的 に 位 置 付 け る 」 と い う 方 法 論 に 基 づ き 、「 ヨ ー ロ ッ パ の 状 況 に つ い て の 講 演 」( 一 八 五 一 年 ) に お い て 次 の よ う な 歴 史 理 解 を 提 示 し た 。   「 有 神 論 ─ 絶 対 君 主 制 あ る い は 穏 健 君 主 制     ( 否 定 的 期 間 あ る い は 革 命 期 を 経 て )     理 神 論 ─ 立 憲 ・ 進 歩 主 義 的 君 主 制     汎 神 論 ─ 共 和 主 義     無 神 論 ─ ア ナ ー キ ズ ム 、 社 会 主 ) 11 ( 義 」   こ う し た 議 論 に 対 し 、 ド イ ツ 語 版 の ド ノ ソ の 著 書 の 編 集 者 は 次 の よ う に 評 価 す る 。「 ド ノ ソ の 真 の 業 績 」 は 「 政 治 神 学 的 認 識 を 歴 史 に 、 す な わ ち そ の 過 去 と 将 来 の 経 過 に 適 用 し 、 そ こ か ら 国 家 哲 学 的 体 系 を 発 達 さ せ た 」 と い う 「 大 胆 な 一 面 性 」 に あ ) 11 ( る 。 ド ノ ソ は 政 治 神 学 的 認 識 を 用 い て 君 主 制 の 没 落 を 予 言 し 、 同 時 に 「 最 も 危 険 な 敵 」 で あ る 社 会 主 義 が 勝 利 す る だ ろ う と 予 想 し て い た 。 ド ノ ソ に よ れ ば 、 社 会 主 義 が 他 の 政 体 に 対 し て 優 越 し て い る の は 、 例 え ば 自 由 主 義 と は 違 い 、「 強 力 か つ 論 理 的 な 神 学 ─ 異 教 的 特 徴 を も つ 神 学 ─ を そ の イ デ オ ロ ギ ー の 背 後 に 隠 し て い ) 11 ( る 」 か ら で あ る 。 こ の よ う に 政 治 神 学 的 考 察 を 歴 史 解 釈 に 適 用 し た こ と が ド ノ ソ の 功 績 で あ っ た 。 第 三 節  シ ュ ミ ッ ト に お け る 政 治 神 学 的 方 法 の 継 承 と 独 自 の 展 開   シ ュ ミ ッ ト の 「 政 治 神 学 」 は 、 政 治 神 学 的 方 法 を フ ラ ン ス の 反 革 命 思 想 家 の 思 想 を 受 容 し て 歴 史 認 識 の た め に 応 用 し た ド ノ ソ ・ コ ル テ ス の 議 論 を 継 承 す る こ と に よ り 形 成 さ れ た も の で あ っ た 。 シ ュ ミ ッ ト は 、 政 治 体 制 と 神 学 的 世 界 像 と 論   説 北法69(1・56)56 の 対 応 関 係 に つ い て の 基 本 的 な 理 解 を 反 革 命 思 想 家 か ら 受 容 し た の で あ る 。 シ ュ ミ ッ ト に よ れ ば 、 初 期 近 代 に お け る 絶 対 君 主 制 す な わ ち 君 主 主 権 は 有 神 論 神 学 と 類 比 関 係 に あ る 。 さ ら に 、 法 治 国 家 な い し 立 憲 君 主 制 は 理 神 論 神 学 に 対 応 す る と い う 。「 理 神 論 の 神 学 ・ 形 而 上 学 は 、世 界 か ら 奇 跡 を 排 除 し 、神 が 直 接 世 界 に 介 入 し て 例 外 的 に 自 然 法 則 を 破 る と い う 、 奇 跡 概 念 に 含 ま れ た 思 想 を 排 除 し た が 、法 治 国 家 論 も 同 様 に 、主 権 者 の 実 定 法 秩 序 へ の 直 接 的 介 入 を 排 除 し た 」(PT :37 )。 理 神 論 的 世 界 観 に お い て は 、主 権 者 は 「 世 界 外 に 存 在 す る と し て も 偉 大 な 機 械 の 組 立 工 と し て 留 ま っ て い た 」(PT :44 )。 さ ら に 民 主 制 す な わ ち 人 民 主 権 は 、 汎 神 論 、 あ る い は 形 而 上 学 一 般 に 対 し て 無 関 心 な 態 度 と 類 比 的 関 係 に あ る 。「 教 養 層 の 下 で は あ ら ゆ る 超 越 観 念 が 消 え 去 り 、 多 か れ 少 な か れ 明 確 な 内 在 ─ 汎 神 論 あ る い は あ ら ゆ る 形 而 上 学 に 対 す る 実 証 主 義 的 無 関 心 が 明 瞭 に な る 」(PT :45 )。   以 下 で は ま ず 、 政 治 神 学 的 方 法 を 用 い て シ ュ ミ ッ ト が ど の よ う に し て 絶 対 君 主 制 な い し 君 主 主 義 的 正 統 性 を 特 徴 付 け た の か 、 次 に 、 民 主 制 な い し 民 主 主 義 的 正 統 性 を 特 徴 付 け た の か と い う こ と を 明 ら か に す る 。 そ の 上 で シ ュ ミ ッ ト が 当 時 、 民 主 制 に 対 し て な ぜ 否 定 的 評 価 を 下 し た の か 、 そ の 理 由 を 説 明 す る 。 ( 一 ) 絶 対 君 主 制 な い し 君 主 主 義 的 正 統 性 の 特 徴 ─ ─ 超 越 性   シ ュ ミ ッ ト に よ る と 「 主 権 概 念 の 社 会 学 」 す な わ ち 政 治 神 学 的 方 法 は 、 例 え ば 「 君 主 制 の 歴 史 的 政 治 的 存 続 は 、 当 時 の 西 欧 人 の 全 体 的 意 識 状 況 に 対 応 し た も の で あ り 、 そ の 歴 史 的 ・ 政 治 的 現 実 を 法 的 に 構 成 す る な ら ば 、 そ の 構 造 が 形 而 上 学 的 諸 概 念 の 構 造 と 一 致 す る よ う な あ る 概 念 を 見 出 し う る こ と を 示 す 」(PT :42 ) も の で あ る 。 先 に 確 認 し た よ う に 、 超 越 神 の 存 在 と 絶 対 君 主 の 存 在 、 お よ び 国 家 に お け る 君 主 の 地 位 と 世 界 に お け る 神 の 地 位 は 類 比 的 関 係 に あ る も の と 捉 え ら れ た 。 シ ュ ミ ッ ト は F . ア ジ ェ を 引 用 し て 次 の よ う に 述 べ る 。「 十 七 世 紀 国 家 学 に お け る 君 主 は 神 と 同 一 化 さ れ て カール・シュミットにおける民主主義論の成立過程(2) 北法69(1・57)57 お り 、 君 主 は 国 家 に お い て 、 世 界 に お い て デ カ ル ト 哲 学 の 体 系 の 神 に 対 し て 与 え ら れ る 地 位 と 全 く 類 比 的 地 位 を も つ 」 (PT :43 )。   シ ュ ミ ッ ト に よ る と 、「 あ ら ゆ る 懐 疑 の 末 に 、 自 ら の 知 性 を 過 た ず 用 い よ う と す る 新 た な 合 理 主 義 精 神 の 記 録 」 で あ る デ カ ル ト の 『 方 法 序 説 』 に お い て 、「 形 而 上 学 的 ・ 政 治 的 ・ 社 会 学 的 観 念 に 完 全 な 同 一 性 が 貫 徹 し て お り 、 主 権 者 が 統 一 的 人 格 で あ り 同 時 に 究 極 的 創 造 者 で あ る は ず だ と さ れ て い る こ と の 例 」が 示 唆 的 に 示 さ れ て い る 。万 事 に 確 信 を も っ て 理 性 を 用 い 、 省 察 に 心 を 集 中 し た 精 神 に 突 如 閃 い た 第 一 の こ と は 、「 多 数 の マ イ ス タ ー た ち に よ っ て 作 ら れ た 作 品 は 、 一 人 が 作 っ た 作 品 ほ ど に は 完 全 で は な い 」 と い う こ と で あ る 。「 唯 一 の 建 築 家 」 が 家 や 都 市 を 建 築 し な け れ ば な ら な い 。 最 良 の 憲 法 は 唯 一 の 賢 明 な 立 法 者 に よ る 作 品 で あ り 、「 唯 一 の 発 明 」 で あ る 。 そ し て 究 極 的 に は 、 唯 一 の 神 が 世 界 を 支 配 し て い る 。 デ カ ル ト の メ ル セ ン ヌ 宛 の 書 簡 に は 「 王 が そ の 国 に 法 を 定 立 す る よ う に 、 神 は 自 然 に 法 則 を 定 立 し た 」 と あ る 。 十 七 世 紀 お よ び 十 八 世 紀 は こ う し た 思 想 に 支 配 さ れ て い た 」(PT :43 )。 こ う し て 唯 一 神 を 奉 じ る 有 神 論 神 学 に お け る 神 と 絶 対 君 主 は 「 唯 一 性 」、 す な わ ち そ の 存 在 が 唯 一 無 二 で あ る と い う 点 で 共 通 す る と 論 じ る 。   世 界 に 対 す る 神 の 関 係 と 国 家 に 対 す る 君 主 の 関 係 と が 類 比 的 で あ る と い う 認 識 は 、 シ ュ ミ ッ ト に よ り 、 教 授 資 格 申 請 論 文 に お い て す で に 示 さ れ て い た 。「 君 主 は 、 神 が 世 界 に 対 し て 占 め る の と 同 様 の 地 位 を 国 家 に 対 し て 占 め て い る 」。 和 仁 は 、 教 授 資 格 申 請 論 文 に お い て シ ュ ミ ッ ト が 「 君 主 の 自 然 人 と し て の 側 面 と 、 ア ム ト 保 持 者 と し て の 側 面 の 厳 格 な 分 離 」 を 主 張 し た こ と を 指 摘 し 、 こ れ が ロ ー マ ・ カ ト リ ッ ク 教 会 の 教 皇 の 地 位 と 並 行 的 に 構 築 さ れ た 議 論 で あ る こ と を 示 し た 。 す な わ ち 教 皇 は 自 然 人 と し て は 「 無 に 等 し い 」 が 、「 道 具 、 す な わ ち 地 上 に お け る 神 の 代 理 人 、 神 の 僕 た ち の 僕 」 と し て 価 値 を も ) 11 ( つ 。 こ れ と 同 様 に 君 主 は 、 自 然 人 と し て は そ れ 自 体 に 価 値 を 持 た な い が 、 法 実 現 の た め の 「 道 具 」、「 法 の 最 初 の 奉 仕 者 」 と な る と き に 価 値 を 持 ち う る 。「 絶 対 君 主 は 、 あ ら ゆ る 世 俗 の 相 対 性 を 超 越 し て お り 、 彼 は そ も そ も 論   説 北法69(1・58)58 人 間 と し て は も は や 考 慮 さ れ な い 」。   以 上 に 見 た よ う に 、 シ ュ ミ ッ ト は 世 界 に 対 す る 神 の 関 係 、 お よ び 国 家 に 対 す る 君 主 の 関 係 は 類 比 的 で あ る と 考 え て い た 。 で は 、 世 界 に 対 す る 神 、 ま た 国 家 に 対 す る 神 は ど の よ う な 関 係 に あ っ た の だ ろ う か 。 シ ュ ミ ッ ト に よ れ ば 、「 十 七 世 紀 お よ び 十 八 世 紀 の 神 学 に お い て は 、 世 界 に 対 す る 神 の 超 越 性 (T ranszendenz ) が 不 可 欠 で あ り 、 同 様 に そ の 国 家 哲 学 に お い て は 、 国 家 に 対 す る 主 権 者 の 超 越 性 が 不 可 欠 で あ っ た 」(PT :44 )。 つ ま り 、 神 と 絶 対 君 主 は そ の 存 在 の 「 唯 一 性 」 と い う 点 の 他 に 、 世 界 あ る い は 国 家 に 対 す る 「 超 越 性 」 を 特 徴 と す る の で あ る 。   で は 、「 絶 対 君 主 が 国 家 に 対 し て 超 越 す る 」 と は 具 体 的 に は 何 を 意 味 す る の か 。 シ ュ ミ ッ ト は 『 政 治 神 学 』 に お い て 、 絶 対 君 主 が 「 国 家 的 統 一 」 を 基 礎 づ け た と す る 、一 九 一 九 年 ミ ュ ン ヘ ン 商 科 大 学 講 義 録 に 見 出 さ れ る 思 想 を 再 び 論 じ る 。 「 絶 対 君 主 は 対 立 す る 利 益 と 連 合 と の 闘 争 に お い て 決 定 を 与 え 、 そ れ に よ り 国 家 的 統 一 (Einheit ) を 基 礎 づ け た 」。 以 上 を 踏 ま え る な ら ば 、『 政 治 神 学 』 の 叙 述 に お い て は 、 有 神 論 神 学 と 類 比 的 関 係 に あ る 君 主 制 は 、 主 権 者 が 一 者 で あ る こ と 、 君 主 は 国 家 に 超 越 す る こ と 、 国 家 的 統 一 を 基 礎 付 け る こ と を 特 徴 と す る 。 こ う し た 特 徴 が 「 君 主 主 義 的 正 統 性 」 (PT :46 ) に と り 重 要 な 契 機 を 成 し て い た 。 ( 二 ) シ ュ ミ ッ ト の 代 表 思 想 『 政 治 神 学 』 と 『 ロ ー マ ・ カ ト リ ッ ク 教 会 と 政 治 形 式 』 の 関 係   シ ュ ミ ッ ト は 『 政 治 神 学 』 の 初 版 扉 に 次 の よ う に 記 し て い る ─ ─ 「『 政 治 神 学 』 の 全 四 章 は 「 カ ト リ シ ズ ム の 政 治 的 理 念 」 と い う 論 文 と 同 時 に 、 一 九 二 二 年 三 月 に 執 筆 さ れ ) 11 ( た 」。「 カ ト リ シ ズ ム の 政 治 的 理 念 」 と い う 論 文 」 と は 、『 ロ ー マ ・ カ ト リ ッ ク 教 会 と 政 治 形 式 』( 初 版 、 一 九 二 三 年 。 以 下 で は 、 カ ト リ シ ズ ム 論 と 表 記 す る ) を 指 す の で あ る が 、 こ カール・シュミットにおける民主主義論の成立過程(2) 北法69(1・59)59 の カ ト リ シ ズ ム 論 に お い て シ ュ ミ ッ ト は 独 特 な「 代 表(Repräsentation )」に 関 す る 議 論 を 展 開 し て い る 。 和 仁 に よ れ ば 、 ロ ー マ ・ カ ト リ ッ ク 教 会 の 特 徴 は そ の 代 表 と い う 性 格 に あ る と 把 握 し て い た シ ュ ミ ッ ト は 当 時 、 こ の 代 表 の 性 格 を 君 主 制 に 対 し て も 同 様 に 認 め て い た と 論 じ る 。 し か し 実 際 に は 、『 政 治 神 学 』 と カ ト リ シ ズ ム 論 の 両 著 作 に お い て 、 シ ュ ミ ッ ト 自 身 は 君 主 制 が 代 表 と 何 ら か の 関 係 を も つ と は 述 べ て お ら ず 、 す で に 当 時 に お い て 彼 が 君 主 制 の 原 理 を 代 表 と 把 握 し て い た と 断 定 す る こ と は で き な い 。 た だ し 周 知 の 通 り 、 シ ュ ミ ッ ト は の ち の 著 作 で あ る 『 憲 法 論 』 に お い て 、 同 一 性 を 民 主 制 原 理 と し て 捉 え る と と も に 、 代 表 を 君 主 制 原 理 と し て 理 解 し て い る 。 こ う し た 事 実 を 鑑 み る な ら ば 、 当 時 の シ ュ ミ ッ ト に お け る 代 表 思 想 を 、『 憲 法 論 』 に お い て 政 治 的 構 成 原 理 と し て 把 握 さ れ る 代 表 論 の 萌 芽 的 な 構 想 で あ っ た 、 と 理 解 す る こ と は 牽 強 付 会 で は な い だ ろ う 。 そ こ で 以 下 で は 、 カ ト リ シ ズ ム 論 に お け る シ ュ ミ ッ ト の 代 表 思 想 の 内 容 を 把 握 す る と と も に 、 代 表 を 論 じ た 古 典 的 政 治 思 想 家 T . ホ ッ ブ ズ 、 お よ び 同 時 代 に お い て 代 表 を 論 じ た ケ ル ゼ ン の 議 論 と 比 較 し 、 シ ュ ミ ッ ト の 代 表 思 想 の 独 自 性 お よ び 特 殊 性 を 明 ら か に す る 。 カ ト リ シ ズ ム 論 に お け る 代 表 思 想   シ ュ ミ ッ ト に よ れ ば 、 近 代 社 会 に お い て は 経 済 的 思 考 と 技 術 至 上 主 義 が 支 配 的 と な り 、 そ の 結 果 今 日 で は 「 代 表 す る 能 力 」 が 失 わ れ て い る (RK :34 )。 シ ュ ミ ッ ト に よ れ ば 、 そ の よ う な 現 代 に お い て 代 表 原 理 を 厳 格 に 維 持 し て い る 制 度 は ロ ー マ ・ カ ト リ ッ ク 教 会 だ け で あ る (RK :14 )。「 教 皇 ・ 皇 帝 ・ 僧 侶 ・ 騎 士 ・ 商 人 と い う 、 中 世 が 創 り 出 し た 代 表 を 示 す 諸 形 象 の 中 で 、 教 会 は 現 代 に お け る 最 後 の 孤 立 し た 例 証 で あ り 、 あ る 学 者 が か つ て 列 挙 し た 最 後 の 四 本 柱 の 中 で も 、 確 か に 一 番 最 後 に 残 っ た 柱 で あ る 」(RK :32 )。   シ ュ ミ ッ ト は 、 代 表 さ れ う る も の 、 す な わ ち 「 代 表 の 内 容 」 は 高 次 の 価 値 を も つ も の で な け れ ば な ら な い と い う 。 代 論   説 北法69(1・60)60 表 さ れ う る も の と し て シ ュ ミ ッ ト が こ こ で 想 定 し て い る も の は 、「 神 」「 民 主 主 義 的 イ デ オ ロ ギ ー に お け る 人 民 」「 自 由 や 平 等 と い た 抽 象 的 理 念 」(RK :36 ) で あ る 。   さ ら に シ ュ ミ ッ ト に よ れ ば 、 代 表 す る 者 も ま た 価 値 を も た な け れ ば な ら な い 。 と い う の も 、「 高 次 の 価 値 を 代 表 す る 者 は 無 価 値 で は あ り え な い か ら 、 代 表 は 代 表 す る 者 の 人 格 に 固 有 の 尊 厳 (W ürde ) を 授 け る 」(RK :36 ) か ら で あ る と さ れ る 。 す な わ ち 代 表 す る 者 は 単 な る 「 代 理 人 (Stellvertretung )」 で は な く 、「 権 威 あ る 人 格 」 か 「 代 表 さ れ る や 否 や 同 様 に 人 格 化 さ れ る 理 念 」 の い ず れ か で あ る 。 し た が っ て シ ュ ミ ッ ト は 、 代 表 概 念 は 「 人 格 的 権 威 の 観 念 」 に よ り 支 配 さ れ て お り 、「 物 質 的 観 念 」 と は 本 質 的 に 相 容 れ な い も の で あ る と 述 べ る 。 こ れ に つ い て シ ュ ミ ッ ト は 近 年 公 刊 さ れ た 、 彼 自 身 に よ り 「 神 の 影 (D er Schatten Gottes )」 と 題 さ れ た 草 ) 11 ( 稿 の 中 で 、 一 九 二 二 年 九 月 三 日 に 次 の よ う に 記 し て い る ─ ─ ─ ─ 「 キ リ ス ト は 代 表 さ れ う る 。 自 由 と 正 義 の 理 念 は 代 表 さ れ う る 。 し か し 生 産 物 と 消 費 は 代 表 さ れ え な い 」 (T B3:399 )。 シ ュ ミ ッ ト に よ れ ば 、 こ う し た 特 徴 を も つ 「 代 表 の 世 界 (W elt der Repräsentativen )」 に お い て こ そ 「 カ ト リ シ ズ ム の 政 治 的 理 念 」 は 生 命 を も つ (RK :36 )。   以 上 に 見 た よ う に 、ロ ー マ ・ カ ト リ ッ ク 教 会 は 「 代 表 原 理 の 厳 格 な 貫 徹 」(RK :14 ) を 特 徴 と す る の で あ る が 、シ ュ ミ ッ ト は こ の 特 性 ゆ え に 教 会 の 「 形 式 的 特 性 」 が 基 礎 付 け ら れ る (Ebd. ) の だ と 断 定 す る 。「 カ ト リ シ ズ ム の 政 治 的 理 念 の 観 点 か ら す れ ば 、 ロ ー マ ・ カ ト リ ッ ク の 対 立 物 の 複 合 体 (com plexio oppositorum ) と い う 本 質 は 、 人 間 生 活 の 質 量 に 対 す る 特 殊 に 形 式 的 な 優 越 性 に あ る 」(Ebd. )。「 対 立 物 の 複 合 体 」 と は シ ュ ミ ッ ト に よ れ ば 、 あ ら ゆ る 政 治 的 対 立 を 自 己 の 内 に 包 摂 す る こ と を 可 能 に す る 組 織 を 意 味 す る (RK :11f. )。 ロ ー マ ・ カ ト リ シ ズ ム の よ う に 確 固 と し た 世 界 観 を も つ 党 派 に と っ て は 、 一 つ の 政 治 闘 争 の 策 略 と し て 、 い か に 政 治 思 想 の 異 な る 集 団 で あ ろ う と 、 自 ら と 対 立 す る 集 団 と 結 び つ く こ と が 可 能 で あ る 。 と い う の も ロ ー マ ・ カ ト リ シ ズ ム に 限 ら ず 、 信 念 を も っ た 社 会 主 義 、 ま た 国 民 運 動 の よ う な カール・シュミットにおける民主主義論の成立過程(2) 北法69(1・61)61 世 界 観 を も つ 政 治 党 派 に と り 、 あ ら ゆ る 政 治 的 形 式 や 闘 争 は 「 実 現 さ れ る べ き 理 念 の た め の 単 な る 道 具 」 と 化 す か ら で あ る (RK :8f. )。   シ ュ ミ ッ ト の 草 稿 「 神 の 影 」 に は 一 九 二 二 年 九 月 三 日 に 執 筆 さ れ た 、 次 の よ う な 記 述 が 残 さ れ て い る 。「 カ ト リ シ ズ ム の 政 治 的 理 念 は 秩 序 と 形 式 で あ る 。 形 式 の 形 式 、 政 治 的 事 象 の 形 式 的 背 景 で あ る 」(T B3:395 )。「 し か し 形 式 自 体 は 自 ら を 実 現 し え な い 。 そ れ は 腕 を 必 要 と す る 」(T B3:396 )。「 教 会 の 偉 大 な 組 織 は そ の 具 体 的 な 歴 史 的 か つ 社 会 学 的 現 実 に お い て 、 ロ ー マ 帝 国 に お け る 無 数 の 諸 要 素 を 未 だ に 保 持 し て い る 。 法 学 的 定 式 化 や 、 宗 教 に 関 す る 判 断 に つ い て 。 カ ト リ シ ズ ム の 政 治 的 理 念 に つ い て 問 う こ と は 、 法 学 的 な も の の 政 治 的 理 念 に つ い て 問 う こ と を 意 味 す る 。 こ れ は 決 し て 無 意 味 で は な い 。 法 学 的 な も の は 秩 序 を 前 提 と す る 。 具 体 的 現 実 に お け る そ の 妥 当 は 秩 序 を 必 要 と す る 。 こ れ は い か に 決 定 さ れ る か よ り も 重 要 で あ る 。 私 は こ れ を 決 断 主 義 的 (dezisionistisch ) と 名 付 け る 」(T B3:395 )。 こ の よ う に シ ュ ミ ッ ト に と り 、 代 表 と い う 性 格 を も つ ロ ー マ ・ カ ト リ ッ ク 教 会 は 「 形 式 性 」 を 特 徴 と す る も の で あ り 、 こ れ は ま た 決 断 主 義 と 密 接 な 関 係 を も つ も の で あ っ た 。 シ ュ ミ ッ ト に お け る 代 表 思 想 の 特 殊 性   こ う し て カ ト リ シ ズ ム 論 の 文 脈 で 論 じ ら れ た シ ュ ミ ッ ト の 代 表 思 想 は 、 政 治 思 想 に お い て 論 じ ら れ て き た 古 典 的 な 代 表 思 想 と は 性 格 を 異 に す る も の で あ る 。 先 に 見 た よ う に シ ュ ミ ッ ト は 神 や 民 主 主 義 的 イ デ オ ロ ギ ー に お け る 人 民 、 自 由 や 平 等 と い た 抽 象 的 理 念 と い っ た 高 次 の 価 値 が 人 格 的 に 代 表 さ れ る と 論 じ た 。 本 稿 第 二 章 で 確 認 し た 通 り 、 シ ュ ミ ッ ト は ミ ュ ン ヘ ン 商 科 大 学 時 代 の 講 義 録 に お い て ホ ッ ブ ズ の 政 治 思 想 に つ い て 論 及 し て お り 、 そ こ で ホ ッ ブ ズ の 代 表 思 想 を 簡 潔 に 要 約 し て い る 。 そ こ で 彼 は 、『 リ ヴ ァ イ ア サ ン 』に お い て 国 家 を 創 設 す る 行 為 で あ る 国 家 契 約 を「 代 表 機 関 の 創 設 」 論   説 北法69(1・62)62 を 意 味 す る も の と し て 説 明 す る 。「 各 人 は 主 権 者 の 行 為 を 自 ら の 行 為 で あ る か の よ う に 見 做 し て 行 為 す る 。 こ の 契 約 は 絶 対 的 代 表 を 創 り 出 す 。 各 人 は 主 権 者 を 顧 慮 し て 他 の 各 々 と 契 約 を 結 ぶ こ と を 通 じ て 、 諸 個 人 は 、 主 権 者 に 服 従 す る 統 一 へ と 生 成 し た 。 こ れ に よ り 国 家 は 成 立 し た 。 今 や 平 和 は 保 証 さ れ た 」。   シ ュ ミ ッ ト に よ る 以 上 の 説 明 か ら 、 彼 は H ・ ピ ト キ ン が 「 権 威 付 与 な い し 授 権 理 論 (authorization theory )」 と し て 定 式 化 し た ホ ッ ブ ズ の 理 論 を 熟 知 し て い た こ と が わ か る 。 す な わ ち ホ ッ ブ ズ の 議 論 に よ る な ら ば 、 自 然 的 人 格 と し て の 各 人 の 言 葉 と 行 為 を 真 に ま た は 擬 制 的 に 代 表 す る 人 為 的 人 格 と し て の 政 治 体 (Com m on-w ealth ) に 対 し て 各 人 が 相 互 に 自 然 権 を 譲 渡 し 、 授 権 契 約 を 結 ぶ 。 し か し そ れ に も か か わ ら ず 、 シ ュ ミ ッ ト は カ ト リ シ ズ ム 論 に お い て 、 ホ ッ ブ ズ の 代 表 概 念 と は 全 く 異 な る 独 自 の 代 表 思 想 を 展 開 し た の で あ る 。   以 上 に 見 た よ う に 、 シ ュ ミ ッ ト の 代 表 思 想 は 政 治 思 想 の 古 典 的 代 表 概 念 と は 全 く 異 な る も の で あ っ た が 、 そ れ だ け で は な く 同 時 代 の 代 表 論 と 比 較 し て も 特 殊 な も の で あ っ た 。 ケ ル ゼ ン は 『 民 主 主 義 の 本 質 と 価 値 』( 初 版 、 一 九 二 〇 年 ) に お い て 、 代 表 概 念 お よ び 代 議 制 に つ い て 検 討 し て い る 。 ケ ル ゼ ン に よ れ ば 、 代 表 概 念 は そ れ 自 体 と し て 、 常 に 擬 制 で あ る わ け で は な い 。 す な わ ち あ る 者 が 国 家 機 関 と し て 行 為 す る 場 合 に そ の 行 為 が 国 家 行 為 と 見 做 さ れ る な ら ば 、 代 表 概 念 は 擬 制 で は な く 、「 規 範 的 ─ 法 的 構 成 」 で あ る 。 し か し 、 議 会 は 国 民 を 代 表 す る と い う 論 理 は 擬 制 に 他 な ら な い 。 と い う の も 、 私 法 に お い て 代 理 人 が 本 人 の 意 志 に 拘 束 さ れ て い る と い う 事 態 と は 異 な り 、 議 会 に お い て は 、 代 議 員 は 国 民 の 意 志 に よ り 実 質 的 に 拘 束 さ れ て は い な い か ら で あ ) 1( ( る 。 本 稿 第 一 章 で 確 認 し た 通 り 、 ケ ル ゼ ン は 一 九 一 〇 年 代 か ら 方 法 論 と し て の 擬 制 に 関 心 を 寄 せ て お り 、当 時 す で に 、擬 制 を 通 じ て 表 象 さ れ た も の は 現 実 と は 異 な る と い う こ と を 強 調 し て い た 。   こ の よ う に 代 表 概 念 を 理 解 す る ケ ル ゼ ン に と り 、 代 表 民 主 政 に お け る 代 表 概 念 は 擬 制 で あ り 、 支 配 を 正 統 化 す る イ デ オ ロ ギ ー と し て の 機 能 を 果 た す 危 険 性 を 孕 む も の で あ る 。「 代 表 概 念 が 民 主 主 義 的 諸 原 則 と い か に 無 関 係 で あ る か と い カール・シュミットにおける民主主義論の成立過程(2) 北法69(1・63)63 う こ と は 、 専 制 政 が こ の 擬 制 を 利 用 し う る と い う こ と か ら 認 識 で き る 。 君 主 、 と く に 絶 対 君 主 、 そ し て 君 主 に よ り 任 命 さ れ た 個 々 の 官 僚 も ま た 、 機 関 す な わ ち 人 民 全 体 の 代 表 で あ る と 見 做 さ れ る 。 こ う し た 仕 方 で 自 己 の 権 力 を 正 統 化 す る こ と を 放 棄 し た 簒 奪 者 や 僭 主 は 存 在 し な か っ た 。 専 制 主 義 的 な 代 表 の 定 式 と 選 出 さ れ た カ エ サ ル の 擬 似 民 主 主 義 と は 殆 ど 相 違 し な ) 11 ( い 」。   さ ら に 、 ケ ル ゼ ン に よ れ ば 、 そ も そ も 代 表 概 念 が 前 提 と す る 「 国 民 の 統 一 」 や 「 統 一 的 な 国 民 の 意 志 」 も ま た 、 擬 制 を 通 じ て 表 象 さ れ た 観 念 で あ る 。 オ ー ス ト リ ア ・ ハ ン ガ リ ー 二 重 帝 国 と い う 多 民 族 国 家 に 生 ま れ 育 っ た ケ ル ゼ ン に と り 、 国 民 と は 自 明 の こ と と し て 「 凝 集 し た 一 体 で は な く 、 民 族 的 ・ 宗 教 的 ・ 経 済 的 対 立 に よ り 分 裂 し た 、 諸 集 団 の 束 に 他 な ら な い 」 も の で あ っ た 。 す な わ ち 「 国 民 の 統 一 と は せ い ぜ い の と こ ろ 倫 理 的 ・ 政 治 的 要 請 で あ ) 11 ( る 」。 こ の よ う に 、シ ュ ミ ッ ト が カ ト リ シ ズ ム 論 を 展 開 す る 以 前 の 時 期 に お い て 、 ケ ル ゼ ン は 代 表 民 主 制 に お け る 代 表 概 念 に つ い て 批 判 的 に 検 討 を 加 え て い た の で あ っ た 。   以 上 に 簡 潔 に み た よ う に 、 ホ ッ ブ ズ お よ び ケ ル ゼ ン が 論 じ た 代 表 思 想 を 参 照 す る な ら ば 、 カ ト リ シ ズ ム 論 で 展 開 さ れ た シ ュ ミ ッ ト の 代 表 思 想 の 特 異 性 は 明 白 で あ る 。 ( 三 ) 民 主 制 な い し 民 主 主 義 的 正 統 性 の 基 礎 付 け ─ ─ 内 在 性   シ ュ ミ ッ ト に よ れ ば 、 民 主 主 義 思 想 が 普 及 す る 十 九 世 紀 に は 「 す べ て が 内 在 観 念 に よ り 支 配 さ れ る 」(PT :44 )。 先 に 述 べ た よ う に 、 民 主 政 す な わ ち 人 民 主 権 は 、 汎 神 論 、 あ る い は 形 而 上 学 一 般 に 対 し て 無 関 心 な 態 度 と 類 比 関 係 に あ る 。 十 七 世 紀 な い し 十 八 世 紀 に は 、 神 観 念 に は 「 世 界 に 対 す る 神 の 超 越 性 」 が 属 し 、 ま た 国 家 哲 学 に は 「 世 界 に 対 す る 主 権 者 の 超 越 性 」 が 属 し て い た が 、 超 越 性 は 十 九 世 紀 に 入 る と 人 々 の 意 識 の 中 か ら 完 全 に 消 え 去 っ て い く 。 そ れ ゆ え 「 十 九 論   説 北法69(1・64)64 世 紀 国 家 理 論 の 発 展 」 は 第 一 に 、「 あ ら ゆ る 有 神 論 的 、 超 越 的 観 念 の 除 去 」 を 特 徴 的 契 機 と す る (PT :45 )。 そ こ で は 「 伝 統 的 な 正 統 性 概 念 は 、明 白 に 明 証 性 を 失 う 。〔 伝 統 的 正 統 性 、君 主 制 に 対 す る 〕王 政 復 古 期 に お け る 私 法 的 ─ 世 襲 的 理 解 も 、 情 緒 的 で 敬 虔 さ に 満 ち た 愛 着 に 基 づ く 基 礎 づ け も 、 こ の 発 展 に 耐 え ら れ な い 」(PT :45 )。   シ ュ ミ ッ ト に よ る と 、 こ う し た 「 内 在 観 念 」 に 基 づ い て 、 一 九 世 紀 の 政 治 学 な い し 国 法 学 上 の 学 説 に お い て 、「 同 一 性 (Identität )」 思 想 が 繰 り 返 さ れ た (PT :44 )。 同 一 性 思 想 と し て シ ュ ミ ッ ト は 次 の よ う な 例 を 挙 げ る 。「 治 者 と 被 治 者 の 同 一 性 と い う 民 主 主 義 的 命 題 」、「 有 機 的 国 家 論 」 に お け る 「 国 家 と 主 権 と の 同 一 性 」、「 ク ラ ッ ベ の 国 法 学 上 の 理 論 」 に お け る 「 主 権 と 法 秩 序 と の 同 一 性 」、「 ケ ル ゼ ン の 理 論 」 に お け る 「 国 家 と 法 秩 序 と の 同 一 性 」(PT :44f. )。   同 一 性 思 想 の 第 一 の 例 と し て 挙 げ ら れ た 、「 治 者 と 被 治 者 の 同 一 性 と い う 民 主 主 義 的 命 題 」 は 、 シ ュ ミ ッ ト に お い て ル ソ ー の 人 民 主 権 論 を 念 頭 に お い て 形 成 さ れ た も の で あ る 。「 ル ソ ー に お い て は 、 一 般 意 志 が 主 権 者 の 意 志 と 同 一 で あ る 」、 す な わ ち 「 人 民 が 主 権 者 と な る 」(PT :44 )。「 人 民 の 意 志 は 常 に 善 良 で あ り 、 人 民 は 常 に 有 徳 で あ る 」(Ebd. )。 シ ュ ミ ッ ト は こ こ で 、「 人 民 が ど の よ う に し て 意 志 を も と う と も 、 意 志 を も て ば 十 分 で あ る 。 そ の 形 式 は す べ て 善 で 、 そ の 意 志 は 常 に 至 高 の も の で あ る 」と い う シ ー エ ス の 命 題 を 引 用 す る 。 こ う し て 一 八 四 八 年 革 命 以 降 、「 国 法 学 は 実 証 化 し て 、 通 常 〔 実 証 的 と い う ─ ─ 引 用 者 〕 こ の 語 の 背 後 に そ の 窮 状 を 隠 蔽 す る か 、 あ る い は 様 々 な 言 い 換 え に よ っ て す べ て の 権 力 を 人 民 の 制 定 権 力 (pouvoir constituent ) に 基 礎 付 け る 」 こ と に な っ た 。   こ の よ う に 、 シ ュ ミ ッ ト に よ る と 、 十 九 世 紀 以 降 、「 内 在 観 念 」 が 支 配 的 と な り 、 こ れ に 基 づ い て 「 治 者 と 被 治 者 の 同 一 性 」 と い う 民 主 主 義 的 命 題 を は じ め と す る 同 一 性 思 想 が 展 開 さ れ る 。 こ う し た 発 展 に 伴 い 、「 君 主 主 義 的 正 統 性 に 代 わ り 、 民 主 主 義 的 正 統 性 が 登 場 す る 」(PT :45f. )。「 民 主 主 義 的 正 統 性 」 と い う 「 新 た な 正 統 性 概 念 の 形 成 」 が 、「 十 九 世 紀 国 家 理 論 の 発 展 」 に お け る 第 二 の 特 徴 で あ る 。 カール・シュミットにおける民主主義論の成立過程(2) 北法69(1・65)65 ( 四 ) 世 俗 化 テ ー ゼ に よ る 人 民 主 権 成 立 の 説 明 と そ の 評 価   シ ュ ミ ッ ト は 君 主 主 権 か ら 人 民 主 権 へ 、 君 主 主 義 的 正 統 性 か ら 民 主 主 義 的 正 統 性 へ の 転 換 を 初 期 近 代 以 降 の 歴 史 過 程 と し て 理 解 し 、「 世 俗 化 」 と 表 現 す る こ と で 、 政 治 体 制 が 最 終 的 に は 社 会 主 義 と ア ナ ー キ ズ ム に 行 き 着 く と 予 想 し た ド ノ ソ ・ コ ル テ ス の 歴 史 解 釈 を 踏 襲 す る 。 初 期 近 代 以 降 、 政 治 体 制 は 絶 対 君 主 制 か ら 立 憲 君 主 制 を 経 て 、 民 主 制 へ 移 行 す る 。 シ ュ ミ ッ ト に よ る と 、 初 期 近 代 の 絶 対 君 主 に お け る 主 権 概 念 す な わ ち 君 主 主 権 は 、 超 越 神 、 ま た は 「 キ リ ス ト の 代 理 人 」 と し て の 教 皇 の 「 全 能 性 」 と い う 性 質 が 世 俗 化 さ れ た も の で あ る 。 君 主 主 権 と し て 当 初 確 立 し た 主 権 概 念 は 、 ル ソ ー の 人 民 主 権 論 が 普 及 し て 以 降 、 人 民 へ と さ ら に 世 俗 化 さ れ る (PT :37, 43-4 ) 11 (6 )。   先 に み た よ う に 、 君 主 主 義 的 正 統 性 と は 対 照 的 に 、 民 主 主 義 的 正 統 性 は 内 在 観 念 と こ れ に 基 づ く 同 一 性 思 想 を 特 徴 と す る 。 こ う し て シ ュ ミ ッ ト は 同 一 性 思 想 に 基 づ く 民 主 主 義 理 解 を 示 し た が 、 こ れ に 対 す る シ ュ ミ ッ ト 自 身 の 評 価 は 『 政 治 神 学 』 に お い て 否 定 的 な も の で あ っ た 。 と い う の も 、 シ ュ ミ ッ ト に よ れ ば 、 ル ソ ー の 人 民 主 権 論 に お い て 一 般 意 志 は 主 権 者 の 意 志 と 同 一 で あ る が 、「 一 般 的 な も の と い う 概 念 は 、 主 体 の 点 で 量 的 規 定 を も つ 」 か ら で あ る 。 す な わ ち 絶 対 君 主 政 に お い て 見 出 さ れ た 君 主 す な わ ち 主 権 者 の 唯 一 性 と い う 特 徴 を 欠 く 。「 こ れ に よ り 、 従 来 の 主 権 概 念 に お け る 決 断 主 義 的 要 素 、 人 格 主 義 的 要 素 は 失 わ れ て い っ た 」。 つ ま り 君 主 政 に お い て は 、 人 格 的 主 権 者 が 「 国 家 的 統 一 を 基 礎 付 け る こ と が で き た が 、「 人 民 が 表 現 す る 統 一 は 、 こ の 決 断 主 義 的 性 格 を も た な い 」 が ゆ え に 、 国 家 的 統 一 を 基 礎 付 け る こ と が で き な い と い う 。 人 民 が 表 現 す る 統 一 は 「 有 機 的 統 一 で あ り 、 国 民 意 識 と と も に 有 機 的 全 体 国 家 の 諸 観 念 が 成 立 し た 。 こ う し て 政 治 的 形 而 上 学 に と り 、 有 神 論 的 神 概 念 も 、 理 神 論 的 神 概 念 も 理 解 不 可 能 な も の と な る 」。 同 一 性 思 想 に 基 づ く 人 民 主 権 論 は 、君 主 主 権 と は 異 な り 国 家 的 統 一 を 基 礎 付 け る こ と が で き な い と い う こ と を 理 由 と し て 、シ ュ ミ ッ ト は 人 民 主 権 、 民 主 制 に 対 し て 否 定 的 評 価 を 下 し た の で あ っ た 。 論   説 北法69(1・66)66   以 上 に 見 た よ う に シ ュ ミ ッ ト は 、 元 来 君 主 主 権 と し て 確 立 さ れ た 主 権 概 念 が 人 民 へ 世 俗 化 し た 帰 結 と し て 人 民 主 権 の 成 立 を 説 明 し た 。 人 民 主 権 は 、 主 権 者 の 唯 一 性 、 国 家 に 対 す る 超 越 、 代 表 、 そ し て 人 格 主 義 、 決 断 主 義 と い っ た 諸 特 徴 を も つ 君 主 主 権 と は 異 な り 、国 家 的 統 一 を 基 礎 付 け る こ と が で き な い 。 そ れ ゆ え シ ュ ミ ッ ト は 、主 権 の 人 民 へ の 世 俗 化 、 お よ び そ の 所 産 で あ る 人 民 主 権 に 対 し て 否 定 的 態 度 を 示 し た の で あ る 。 第 四 節  人 民 主 権 の 成 立 過 程 を め ぐ る シ ュ ミ ッ ト と ケ ル ゼ ン   前 節 で み た よ う に 、 シ ュ ミ ッ ト は 反 革 命 思 想 家 か ら 政 治 神 学 的 方 法 を 継 承 し 、 こ れ を 発 展 的 に 応 用 す る こ と で 人 民 主 権 の 成 立 過 程 を 描 い た 。 本 節 で は 、シ ュ ミ ッ ト と 同 様 に ル ソ ー の 『 社 会 契 約 論 』 に お け る 人 民 主 権 論 を 継 承 し な が ら も 、 こ の 議 論 に 対 す る 批 判 的 視 点 を 保 持 し つ つ 、 シ ュ ミ ッ ト と は 全 く 異 な る 仕 方 で 人 民 主 権 の 成 立 過 程 を 叙 述 し た ケ ル ゼ ン の 議 論 を 簡 潔 に 整 理 し 、 参 照 す る 。 シ ュ ミ ッ ト と ケ ル ゼ ン に お け る 人 民 主 権 と そ の 歴 史 的 成 立 過 程 に つ い て の 理 解 に お け る 相 違 は 、 個 人 の 自 由 と 国 家 な い し 共 同 体 の 関 係 に 対 す る 両 者 の 異 な る 見 解 に 基 づ く も の で あ る 。 そ こ で 個 人 の 自 由 と 国 家 と の 関 係 を 中 心 に 、 両 者 に お け る 人 民 主 権 の 成 立 に 対 す る 見 解 を 対 比 し 、 両 者 の 差 異 を 明 ら か に す る 。 ( 一 ) シ ュ ミ ッ ト に お け る 人 民 主 権 の 成 立 過 程 国 家 と 個 人 の 関 係   第 一 章 で 確 認 し た よ う に 、 シ ュ ミ ッ ト は 一 九 一 〇 年 代 か ら す で に 、 人 間 の 本 性 は 本 来 悪 で あ る と い う 悲 観 主 義 的 人 間 観 を 有 し て い た 。 一 九 一 四 年 の 教 授 資 格 申 請 論 文 に お い て は 、 性 悪 説 を 基 盤 と し て 「 人 間 の エ ゴ イ ズ ム と 放 縦 」 を 抑 圧 カール・シュミットにおける民主主義論の成立過程(2) 北法69(1・67)67 し た 国 家 の 成 果 と 意 義 を 積 極 的 に 評 価 し て い た 。 こ う し た 人 間 本 性 に 対 す る 否 定 的 確 信 は 、 カ ト リ ッ ク の 環 境 で 成 長 し た シ ュ ミ ッ ト が 、 原 罪 の 教 義 を 内 面 化 し た 結 果 で あ る と 理 解 す る こ と も で き る 。 第 一 次 大 戦 中 に 執 筆 さ れ た 一 九 一 七 年 の 「 教 会 の 可 視 性 」 に お い て 、 こ う し た 人 間 観 が よ り 明 瞭 に 表 現 さ れ た こ と は す で に 確 認 し た 通 り で あ る 。 こ の 小 論 に お い て シ ュ ミ ッ ト は 、 人 間 本 性 に 対 す る 徹 底 し た 不 信 の 念 か ら 、 人 間 が 構 成 す る 共 同 体 が 神 の 観 念 に 媒 介 さ れ ず 、 共 同 体 の あ り 方 が 人 間 自 身 の 手 に 委 ね ら れ る 場 合 に は 、 不 正 義 と 不 法 が 蔓 延 る と 断 定 し 、「 可 視 的 教 会 」 を 通 じ た 世 俗 世 界 に お け る 神 観 念 の 媒 介 の 重 要 性 を 強 調 し て い た 。   教 授 資 格 申 請 論 文 に お い て も 、 法 や 正 義 の 存 在 し な い 経 験 的 世 界 の う ち に 法 を も た ら す こ と が 国 家 の 第 一 の 課 題 で あ る と さ れ て い た 。 国 家 以 前 の 状 態 に お い て は 、 自 律 し た 世 界 に 留 ま る 法 は 経 験 的 世 界 の う ち に 存 在 し な い 。 し た が っ て 個 人 は 全 く の 無 権 利 状 態 で あ り 、 不 法 、 不 自 由 の 状 態 に 置 か れ て い る 。 そ れ ゆ え シ ュ ミ ッ ト は 、 国 家 に よ る 法 の 媒 介 と 実 現 が 最 も 重 要 な 課 題 で あ り 、 こ の 課 題 を 達 成 す る と い う 点 に 国 家 の 意 義 が 認 め ら れ る べ き で あ る と 論 じ た 。   以 上 に 見 た よ う に 、 シ ュ ミ ッ ト が 前 提 と す る 世 界 観 に お い て は 、 自 然 状 態 な い し は 国 家 以 前 の 状 態 に お け る 人 間 は 全 く の 無 権 利 状 態 に あ り 、 所 与 と し て の 自 然 権 や 人 権 は 存 在 し な い 。 シ ュ ミ ッ ト は 、 自 然 権 や 人 権 と は 国 家 に よ る 法 の 媒 介 を 通 じ て 初 め て 実 現 さ れ る 理 念 で あ る と 考 え て い た と い え る 。 シ ュ ミ ッ ト に と っ て は 、 国 家 の 存 在 こ そ が 人 権 保 護 や 個 人 の 自 由 の 保 障 に と っ て 不 可 欠 の 前 提 で あ っ た 。 君 主 主 権 の 成 立 過 程   こ う し た 国 家 と 個 人 の 関 係 に つ い て の 認 識 、 そ し て 国 家 の 価 値 に 対 す る 高 い 評 価 は 、 国 家 的 統 一 を 達 成 し た 初 期 近 代 の 絶 対 君 主 に 対 す る 歴 史 的 評 価 に 結 び つ く こ と に な る 。 前 章 で 見 た 通 り 、 一 九 一 九 年 の ミ ュ ン ヘ ン 商 科 大 学 講 義 録 を 参 論   説 北法69(1・68)68 照 す る な ら ば 、 シ ュ ミ ッ ト は ボ ダ ン 論 に お い て 、 初 期 近 代 の 絶 対 君 主 政 が 主 権 の 確 立 と 国 家 的 統 一 と を 達 成 し え た と 述 べ 、こ れ を 歴 史 的 偉 業 と し て 評 価 し て い た 。 シ ュ ミ ッ ト に よ れ ば 、君 主 の 絶 対 的 権 力 が 主 権 と し て 確 立 す る こ と に よ り 、 既 存 の 封 建 的 身 分 制 の 状 態 を 克 服 し 、 国 家 と 個 人 の 間 に 存 在 し た 諸 々 の 中 間 的 諸 権 力 を 排 除 す る こ と が 可 能 と な っ た 。   そ の 後 、 シ ュ ミ ッ ト は 『 政 治 神 学 』 に お い て 、 世 俗 化 テ ー ゼ を 用 い て 君 主 主 権 の 歴 史 的 成 立 過 程 を 叙 述 す る 。 す な わ ち 前 節 で 確 認 し た 通 り 、 シ ュ ミ ッ ト に よ れ ば 、 君 主 主 権 は 超 越 神 な い し は 神 の 代 理 人 と し て の 教 皇 が 有 す る 「 全 能 性 」 と い う 性 質 が 世 俗 化 す る こ と に よ り 成 立 し た 。 つ ま り 、 神 の 全 能 性 と い う 神 学 的 起 源 を も つ 主 権 概 念 が 、 初 期 近 代 以 降 に 絶 対 君 主 に 世 俗 化 し た 。 人 民 主 権 の 成 立 過 程   シ ュ ミ ッ ト は 、 歴 史 が 進 行 す る 中 で 、 主 権 概 念 は 世 俗 化 し て い く と 論 じ る 。 す な わ ち 君 主 主 権 と し て 確 立 し た 主 権 概 念 は 、 啓 蒙 期 以 降 、 具 体 的 に は ル ソ ー の 人 民 主 権 論 が 普 及 し た の ち に 、 人 民 へ と 世 俗 化 さ れ る (PT :37, 43-4 ) 11 (6 )。 し た が っ て 人 民 主 権 は 、 超 越 神 な い し 神 の 代 理 人 と し て の 教 皇 の 属 性 で あ る 全 能 性 が 世 俗 化 さ れ る こ と で 君 主 主 権 が 成 立 し た の ち に 、 さ ら に そ の 主 権 概 念 が 君 主 か ら 人 民 へ と 世 俗 化 す る こ と に よ り 成 立 し た と 説 明 す る 。   以 上 に 概 観 し た 、 人 民 主 権 成 立 に 至 る ま で の シ ュ ミ ッ ト の 歴 史 理 解 に お い て 、 個 人 の 権 利 や 自 由 に 対 す る 視 座 は 欠 如 し て い る 。 先 に 述 べ た 通 り 、 絶 対 君 主 に よ っ て も た ら さ れ た 主 権 と 国 家 の 政 治 的 統 一 に よ り 、 国 家 以 前 の 状 態 に お い て は 容 易 に 蹂 躙 さ れ う る 個 人 の 権 利 と 自 由 を 保 障 す る た め の 基 盤 が 形 成 さ れ た 。 国 家 権 力 は 制 限 さ れ る べ き で あ る が 個 人 の 権 利 は 原 理 的 に 無 制 約 で あ る と す る 、『 憲 法 論 』 で 示 さ れ た 立 憲 主 義 的 法 治 国 家 思 想 も ま た 、 こ う し た 歴 史 的 経 緯 を 前 提 と す る も の で あ っ た 。 シ ュ ミ ッ ト に と り 、 人 民 主 権 原 理 と 個 人 の 自 由 と い う 理 念 は 、 そ の 起 源 を 異 に す る も の で あ カール・シュミットにおける民主主義論の成立過程(2) 北法69(1・69)69 り 、 本 来 無 関 係 の も の で あ る と 捉 え ら れ て い た 。 し た が っ て 、 シ ュ ミ ッ ト の 民 主 主 義 論 に お い て は 、 個 人 の 自 由 や 意 志 の 多 様 性 が 問 題 と さ れ る こ と は な く 、 む し ろ こ う し た 論 点 は 排 除 さ れ て い る 。 シ ュ ミ ッ ト の 民 主 主 義 に お い て 少 数 派 の 権 利 や 保 護 と い う 視 点 が 欠 如 し て い る こ と は 、 こ う し た 経 緯 か ら 説 明 さ れ る 。 ( 二 ) ケ ル ゼ ン に お け る 人 民 主 権 の 成 立 過 程   こ う し た 議 論 と は 対 照 的 に 、 ケ ル ゼ ン は 、 人 民 主 権 と 自 由 は 不 可 分 の 関 係 に あ る と 主 張 す る 。 ケ ル ゼ ン に よ れ ば 、 自 由 こ そ が 人 民 主 権 な い し 民 主 主 義 の 本 来 の 目 的 で あ る 。 民 主 主 義 の 理 念 に お い て は 「 我 々 の 実 践 理 性 に お け る 二 つ の 最 上 級 の 要 請 」 す な わ ち 「 自 由 と 平 等 」 が 結 び つ い て い ) 11 ( る 。 と い う の も 、ケ ル ゼ ン に と り 、人 民 主 権 原 理 の 祖 で あ る ル ソ ー は 自 由 こ そ を 「 そ の 政 治 的 体 系 の 基 礎 で あ り 要 ) 11 ( 石 」 と し て 見 做 し た 思 想 家 で あ っ た か ら で あ る 。 ル ソ ー は 社 会 契 約 の 結 果 と し て 共 同 体 な い し は 国 家 が 設 立 さ れ 、 そ れ に よ り 個 人 は 市 民 的 自 由 お よ び 道 徳 的 自 由 を 獲 得 し う る と 論 じ た 。   以 上 の 議 論 か ら ケ ル ゼ ン は 、 個 人 の 自 然 的 自 由 を 出 発 点 と し て 、 社 会 契 約 を 経 て 国 家 の 政 治 的 自 律 が 達 成 さ れ 、 人 民 主 権 が 成 立 し た と 論 じ る の で あ る 。 こ の 点 で 、ケ ル ゼ ン と シ ュ ミ ッ ト に お け る 人 民 主 権 成 立 の 叙 述 は 対 照 を 成 し て い る 。   た だ し ケ ル ゼ ン は 、 ル ソ ー の 議 論 を 無 批 判 に 受 容 し た わ け で は な く 、 独 自 の 視 点 か ら そ の 問 題 点 を 検 討 す る 。 ケ ル ゼ ン に よ れ ば 、 ル ソ ー の 理 論 に お い て は 、 社 会 契 約 と 同 時 に 〈 個 人 の 自 由 と 自 律 〉 と い う 理 念 は 、〈 国 家 な い し 共 同 体 の 自 由 と 自 律 〉 へ と 置 き 換 え ら れ て し ま う 。 す な わ ち 全 員 一 致 の 合 意 に よ り 社 会 契 約 が 締 結 さ れ た の ち に 、 個 々 の 立 法 過 程 に お い て は 多 数 派 の 意 志 が 少 数 者 を 拘 束 す る 。 し か し そ れ に も か か わ ら ず 、 主 権 者 で あ る 一 般 意 志 に 従 う こ と が 万 人 に と っ て の 「 自 由 」 で あ る と さ れ る の で あ る 。 こ れ は 、 共 同 体 な い し 国 家 の 自 由 が 個 人 の 自 由 に 優 先 す る こ と を 帰 結 す る 。 し た が っ て 社 会 契 約 の 元 来 の 目 的 で あ っ た 個 人 の 自 由 と 自 律 は 一 般 意 志 の 前 に 後 景 に 退 か ざ る を え な い 。 そ し て 実 論   説 北法69(1・70)70 ( 1 ) 第 一 の 意 味 に お け る 政 治 神 学 に つ い て は 、 本 章 第 三 節 ( 四 ) で 論 じ る こ と と す る 。 ( 2 )Ernst-W olfgang Böckenförde, „Politische T heorie und politische T heologie: Bem erkungen zu ihrem  gegenseitigen  際 に は 、 多 数 派 の 意 志 に 従 う こ と が 自 由 で あ る と 見 做 さ れ る こ と に な る の で あ る 。   以 上 に 見 た よ う に 、 人 民 主 権 成 立 に 関 す る ケ ル ゼ ン の 叙 述 に お い て は 、 当 初 は 個 人 の 自 由 と 自 律 を 目 的 と し て 人 民 主 権 が 達 成 さ れ る が 、 そ の 結 果 、 個 人 の 自 由 と 自 律 で は な く 、 全 体 の 意 志 が 優 先 さ れ う る と い う 帰 結 が 導 き だ さ れ る 。 こ う し た 認 識 に 基 づ い て ケ ル ゼ ン は 、 む し ろ 個 人 の 自 由 や 意 志 の 多 様 性 を 認 め る こ と が 民 主 主 義 の 前 提 条 件 で あ る と 主 張 す る 。 し た が っ て ケ ル ゼ ン は 、 ル ソ ー の 人 民 主 権 論 か ら 学 び な が ら も 、 こ れ に 対 し て 一 定 の 距 離 を と り 、 そ の 実 質 的 な 政 治 的 帰 結 を 受 け 入 れ ず に む し ろ こ れ を 民 主 主 義 の 危 機 と し て 警 戒 し て い た の で あ る 。 こ う し て ケ ル ゼ ン は 、 ル ソ ー の 人 民 主 権 論 か ら は 自 動 的 に は 導 き 出 さ れ な い 思 想 を 独 自 に 展 開 し た と 言 え る 。   な お 、 ケ ル ゼ ン は 同 時 に 、 民 主 主 義 に お け る 政 治 的 意 思 決 定 方 式 と し て は 多 数 決 原 理 を 採 用 す る こ と が 最 も 適 し て お り 、 多 数 派 の 意 志 が 全 体 の 意 志 と 見 做 さ れ る と す る 。 な ぜ な ら ば 、 よ り 多 く の 者 が 自 由 で あ る べ き で あ り 、 よ り 多 く の 者 の 意 志 が 社 会 全 体 の 意 志 と 一 致 す る べ き で あ る か ら で あ る 。し た が っ て 民 主 主 義 は 多 数 決 原 理 を 採 用 す べ き で あ る が 、 多 数 派 が 存 在 す る 以 上 、 少 数 派 も 同 様 に 存 在 す る 。 そ れ ゆ え 、 多 数 決 原 理 を 採 用 す る 民 主 主 義 は 少 数 派 の 保 護 を 必 然 的 に 前 提 す る と 述 べ る 。   以 上 に 見 た よ う に 、 民 主 主 義 と 個 人 の 関 係 に つ い て の 見 解 、 ま た 民 主 主 義 に お け る 少 数 派 保 護 に つ い て の 見 解 の う ち に 、 シ ュ ミ ッ ト と ケ ル ゼ ン の 民 主 主 義 論 に お け る 思 想 的 相 違 が 明 確 に 示 さ れ て い る の で あ る 。 カール・シュミットにおける民主主義論の成立過程(2) 北法69(1・71)71 V erhältnis“, H rsg., von Jacob T aubes, R eligionstheorie und P olitische T heologie, Bd.1, D er Fürst dieser W elt. C arl Schm itt und die Folgen, M ünchen-Paderborn-W ien-Zürich 1983, S. 19-21.  ベ ッ ケ ン フ ェ ル デ に よ れ ば 、「 政 治 神 学 」 と い う 概 念 は 今 日 多 義 的 で あ り 、そ の 意 味 内 容 は 以 下 の 三 つ に 整 理 さ れ る 。 第 一 に 「 法 学 的 政 治 神 学 」、第 二 に 「 制 度 的 政 治 神 学 」、 第 三 に 「 普 通 名 詞 と し て の 政 治 神 学 」 で あ る 。 第 一 の 意 味 に お け る 「 政 治 神 学 と は 、 神 学 概 念 の 国 家 的 ・ 法 学 的 領 域 へ の 移 行 と い う 現 象 を 指 す 。 ( 3 )Böckenförde, a.a.O ., S. 19. ( 4 ) 新 正 幸 「 有 神 論 的 憲 法 学 ─ カ ー ル ・ シ ュ ミ ッ ト の 精 神 史 的 方 法 」『 カ ー ル ・ シ ュ ミ ッ ト 論 集 』 木 鐸 社 、 一 九 七 八 年 、 一 六 六 頁 。 ( 5 ) 新 、前 掲 、一 六 六 頁 。 新 は 、こ の よ う な 方 法 論 が シ ュ ミ ッ ト の 憲 法 学 に 適 用 さ れ て い た こ と を 論 証 す る 。 新 に よ る と 、「 シ ュ ミ ッ ト は ま ず 第 一 に 『 独 裁 論 』 で 独 裁 を 法 的 に 再 構 成 し 、 従 来 国 家 学 の 外 に し め だ さ れ て い た 独 裁 者 を 法 ド グ マ テ ィ ー ク の 中 に 組 み 入 れ る の に 成 功 し た 後 、次 い で 『 政 治 神 学 』 に お い て 法 律 学 を も っ て 「 世 俗 化 さ れ た 神 学 」 に ほ か な ら ぬ と 「 開 き 直 」 り 、 そ う い う 立 場 を 「 精 神 史 的 」 方 法 で も っ て 正 当 化 す る と い う 一 連 の 布 石 を 張 っ た 後 に 、 今 度 は ワ イ マ ー ル 憲 法 を 素 材 と し て 、 あ た か も 神 学 の 如 き ド グ マ 体 系 を 打 ち 立 て ん と 試 み た 」( 新 、 前 掲 、 一 七 〇 、 一 七 一 頁 )。「 シ ュ ミ ッ ト 憲 法 学 の 全 体 系 は 、「 最 高 の 最 も 確 実 な 実 在 と し て の 、 そ れ と と も に 歴 史 的 現 実 に お け る 究 極 の 認 証 基 準 と し て の 神 の 役 割 を だ れ が 引 き 受 け る か 」 と い う 問 に 帰 着 す る 。」 シ ュ ミ ッ ト の 憲 法 学 の 試 み は 、「 失 わ れ た 神 の 役 割 を 引 き 受 け る 主 体 と し て の 国 民 」 を 基 礎 と し 、「 そ こ で 失 わ れ た 決 断 主 義 的 要 素 と 人 格 主 義 的 要 素 を い か に し て と り も ど し 、 か か る 要 素 を い か に し て 憲 法 学 の 体 系 に 組 み 入 れ る か 、 つ ま り 一 言 で い え ば ワ イ マ ー ル 憲 法 を い か に し て 有 神 論 的 に 体 系 づ け る か と い う こ と 」 で あ っ た ( 新 、 前 掲 、 一 七 一 、 一 七 二 頁 )。 ( 6 ) 新 、 前 掲 、 一 六 六 頁 。 石 村 修 「 カ ー ル ・ シ ュ ミ ッ ト と カ ト リ シ ズ ム 」『 カ ー ル ・ シ ュ ミ ッ ト 論 集 』 宮 本 盛 太 郎 、 初 宿 正 典 編 、 木 鐸 社 、 一 九 七 八 年 、 四 五 頁 。 ( 7 ) 山 下 威 士 、『 憲 法 学 と 憲 法 』 南 窓 社 、 一 九 八 七 年 、 八 一 頁 。 ( 8 ) 山 下 、 前 掲 、 八 〇 、 八 一 頁 。 ( 9 ) 石 村 、 前 掲 、 四 五 頁 。 論   説 北法69(1・72)72 ( 10 ) 例 え ば ク ル パ は 、 本 書 は 「 そ の 精 神 的 起 源 を カ ト リ ッ ク の 法 理 論 ・ 国 家 理 論 の 内 に も っ て 」 い る こ と を 指 摘 す る (H ans  K rupa.  「Carl Schm itt の 「 政 治 的 な る も の 」 の 理 論 一 九 三 七 試 訳 」 山 下 威 士 訳 、 埼 玉 大 学 紀 要 社 会 科 学 編 、 第 十 九 巻 、 埼 玉 大 学 、 一 九 一 七 年 、 十 四 頁 )。 ま た 、 以 下 の よ う に 論 じ ら れ る 。「 こ の 著 作 に み ら れ る シ ュ ミ ッ ト の 初 期 思 想 が 「 神 ─ 教 会 国 家 ─ 人 民 と い う カ ト リ ッ ク 的 自 然 法 の 理 論 を 、法 ─ 国 家 ─ 人 民 に 焼 き 直 し た も の で あ っ た こ と は 明 ら か で あ る 」( 杉 本 、 前 掲 「 C . シ ュ ミ ッ ト 初 期 思 想 の 研 究 ( 報 告 要 旨 ) ─D as W esen ( マ マ ) des Staates und die Bedeutung der ( マ マ ) Einzelnen, 1914 に お け る 法 お よ び 国 家 理 論 の 研 究 」、 一 二 四 頁 )。「 シ ュ ミ ッ ト の 「 自 然 主 義 的 で な い 自 然 法 」 → 理 念 的 国 家 → 個 人 と い う 図 式 は 、 カ ト リ ッ ク 的 自 然 法 に お け る 神 の 英 知 の 法 則 → 普 遍 教 会 ( 自 然 法 ) → 世 俗 国 家 → 法 律 と い う 論 理 図 式 を 下 図 に し な が ら 構 成 さ れ た こ と は 明 ら か で あ る 。」( 杉 本 、 前 掲 「 カ ー ル ・ シ ュ ミ ッ ト に お け る 規 範 主 義 と 決 定 主 義 」、 二 一 七 頁 )。 ま た 、 こ の よ う に 指 摘 さ れ た 、 シ ュ ミ ッ ト の 初 期 思 想 に お け る 国 家 と カ ト リ ッ ク 教 会 と の 関 係 は 、「 教 会 の 可 視 性 」 に お け る 教 会 論 と の 比 較 考 察 に よ っ て よ り 厳 密 に 論 証 さ れ た ( 佐 野 、前 掲 、一 二 二 ─ 一 二 七 頁 、参 照 )。 こ こ で は 「 国 家 が 法 的 エ ー ト ス の 主 体 で あ り 、 そ の 主 体 的 決 断 に よ っ て 法 を 実 現 し 、 個 人 が そ れ を 担 う 課 題 を 与 え ら れ た よ う に 、 キ リ ス ト お よ び 教 会 は 、 神 の 法 ( ロ ゴ ス ) を 主 体 的 決 断 に よ っ て 選 び 取 り 、 そ の 法 ( ロ ゴ ス ) を 説 き 明 か す こ と に よ っ て 、 人 間 の 罪 か ら の 解 放 を 成 就 す る 」 と 述 べ ら れ 、「『 国 家 の 価 値 と 個 人 の 意 義 』 に お け る 法 ・ 国 家 ・ 個 人 の 関 係 と 「 教 会 の 可 視 性 」 に お け る 神 ・ キ リ ス ト ( 教 会 )・ 人 間 の 関 係 が 並 行 関 係 に あ る 」 こ と が 論 じ ら れ た 。 ( 11 ) 本 書 に お け る 「 理 念 的 国 家 」 を シ ュ ミ ッ ト の 「 国 家 原 像 」 と し て 捉 え 、 こ の 観 点 か ら 「 全 体 国 家 」 概 念 を 考 察 し た も の と し て 、 中 道 寿 一 「 カ ー ル ・ シ ュ ミ ッ ト の 「 全 体 国 家 」 の 概 念 に つ い て 」『 カ ー ル ・ シ ュ ミ ッ ト 論 集 』 宮 本 盛 太 郎 、 初 宿 正 典 編 、 木 鐸 社 、 一 九 七 九 年 、 二 三 五 ─ 二 七 六 頁 、 参 照 。 ( 12 ) 和 仁 、 前 掲 、 七 頁 。 ( 13 ) 和 仁 、 前 掲 、 二 三 九 頁 。 ( 14 ) 和 仁 、 前 掲 、 同 頁 。 ( 15 ) 古 賀 敬 太 『 カ ー ル ・ シ ュ ミ ッ ト と カ ト リ シ ズ ム ─ 政 治 的 終 末 論 の 悲 劇 』 創 文 社 、 一 九 九 九 年 、 八 一 ─ 八 三 頁 。 ( 16 )José R afael H ernández A rias, D onoso C ortés und C arl Schm itt. E ine U ntersuchung über die staats- und rechtsphilosophische B edeutung von D onoso C ortés im W erk von C arl Schm itt, Paderborn, M ünchen, W ien, Zürich,  カール・シュミットにおける民主主義論の成立過程(2) 北法69(1・73)73 Schöningh, 1998.  こ れ は 教 会 法 学 者A lexander H ollerbach をD oktorvater と し て 、 一 九 九 七 年 に フ ラ イ ブ ル ク 大 学 に 提 出 さ れ た 博 士 論 文 で あ る 。 ( 17 )Ebd. ( 18 )A rias, a.a.O ., S. 192f. ( 19 )A rias, a.a.O ., S. 193. ( 20 )A rias, a.a.O ., S. 193f. ( 21 )A rias, a.a.O ., S. 194. ( 22 )A rias, a.a.O ., S. 195. ( 23 )A rias, a.a.O ., S. 188f. ( 24 )A rias, a.a.O ., S. 189. ( 25 )A rias, a.a.O ., S. 195f. ( 26 )A rias, a.a.O ., S. 197. V gl. Paul V iator, “Einleitung: T heologie und Politik”, D er A bfall vom A bendland, H erder, S.10f. ( 27 )Ebd. ( 28 ) 和 仁 、 前 掲 、 二 一 四 、 二 一 五 頁 、 参 照 。 ( 29 ) 和 仁 は 、 シ ュ ミ ッ ト 自 身 に よ り 『 政 治 神 学 』 初 版 扉 に 記 さ れ た 一 節 に 注 目 し 、 次 の よ う に 述 べ る 。「 こ の 書 物 〔 カ ト リ シ ズ ム 論 ─ ─ 引 用 者 〕 とPolitische T heologie と は 、 両 者 の 同 時 成 立 を 主 張 す る 、 シ ュ ミ ッ ト 自 身 の 異 例 な コ メ ン ト が 暗 に 要 求 し て い る よ う に 、 密 接 な 関 係 に お い て 読 ま れ な け れ ば な ら な い 。 現 に 、 こ れ か ら 明 ら か に す る よ う に 、 両 者 は 、 教 会 論 と 国 家 論 と に お け る フ ォ ル ム の 追 求 、 と り わ け 法 学 的 フ ォ ル ム 、 即 ち 再 現 前 の 核 心 を な す 決 断 主 義 的 秩 序 の 追 求 の 試 み と し て パ ラ レ ル な 関 係 に 立 っ て お り 、 双 方 相 俟 っ て 、 近 代 の 経 済 ・ 技 術 思 考 と 革 命 的 正 統 性 に 対 す る 共 同 戦 線 を 形 成 し て い る の で あ る 」( 和 仁 、 前 掲 、 一 七 六 、 一 七 八 頁 )。 な お 、 通 常 の 場 合 「 代 表 」 と 訳 さ れ るRepräsentation を 敢 え て 「 再 現 前 」 と 訳 出 す る こ と の 根 拠 と 意 義 を 説 明 す る 、 和 仁 、 前 掲 、 一 七 二 、 一 七 三 頁 、 参 照 。 本 稿 で は 、 先 行 研 究 と し て 和 仁 の 議 論 を 参 照 す る が 、「 再 現 前 」 と い う 訳 語 は 和 仁 か ら の 引 用 箇 所 に お い て の み 用 い る こ と と す る 。 ( 30 ) こ れ は シ ュ ミ ッ ト の 日 記 帳 (T B3: Carl Schm itt, D er Schatten G ottes. Introspektionen, T agebücher und Briefe 1921 bis 論   説 北法69(1・74)74 1924, v. Gerd Giesler, Ernst H üsm ert und W olfgang H . Spindler (H rsg.), Berlin 2014. ) に 収 録 さ れ た 、 速 記 文 字 で 記 さ れ た ノ ー ト で あ る 。 ( 31 )H ans K elsen, V on W eden und W ert der D em okratie, T übingen 1920, S. 15, A nm ., 14. ( 32 )K elsen, a,a,O ., S. 20. ( 33 )K elsen, a,a,O ., S. 26. ( 34 ) 権 左 武 志 「 ワ イ マ ー ル 期 カ ー ル ・ シ ュ ミ ッ ト の 政 治 思 想 ─ 近 代 理 解 の 変 遷 を 中 心 と し て 」『 北 大 法 学 論 集 』 五 十 四 巻 六 号 、 北 海 道 大 学 大 学 院 法 学 研 究 科 、 二 〇 〇 四 年 、 二 〇 一 四 ─ 二 五 〇 三 頁 、 参 照 。 ( 35 ) 権 左 、 前 掲 、 二 〇 二 四 頁 、 参 照 。 ( 36 ) 権 左 、 前 掲 、 二 〇 一 四 ─ 二 五 〇 三 頁 、 参 照 。 ( 37 )K elsen, a.a.O ., S. 4. ( 38 )K elsen, a.a.O ., S. 6.