阿部さん、
> いつもお世話になっております。
> とある雑誌の編集長をしている先生(図書館長)から
> 「リポジトリの許諾条件を考えてるんだけど、出版社が
> エンバーゴを設定してるのは何で?」
> と聞かれて、
> 「うーん、売り上げとかに関係あるんですかねぇ?」
> なんて感じで、お茶を濁してしまいました。
> 詳しい事情をご存知の方がいましたら、ご教授いただけると
> ありがたいです。
雑誌(=定期刊行物)というのは、最新の情報を提供するという理由によって(そ
れがすべての理由かは別にして)予約購読という形態が正当化されていると考え
られます。普通のものを買うときは、内容見本を見たり、試食をしたりして品
質を判断し、値段とのバランスを考えて最終的にどれを買うかということを決
めるわけですが、雑誌のタイトルについてはそういうことを普通はしません(も
ちろん、「インパクトファクター」があるわけですが、それとてもひとつの尺
度にすぎません)。つまり、一定の分野に情報内容について、そのタイトルが最
新の情報を運ぶという理由から、まだ実物を見ないうちから予約して購読する
わけです。なぜ、学術雑誌が最新の情報を運ぶのかは、学術研究の世界ではオ
リジナリティ、つまり誰よりも先に見つけている、発見している、考えている
という点が評価の重要な基準だからです。つまり、そういう世界なので、雑誌
とは最新の情報、つまり、新発見、新しいアイディア、新発明に関する情報を
運ぶものだとして読者は認識しており、したがって、最新刊にだけ興味を持つ
わけです。
したがって、最新の情報が自分のところ以外からも入手可能になると、最新刊
の売上部数が減ることになります。このことからこれまでも、
1. (出版者が自分のプラットフォームに載せて)論文を電子版で入手
するのは、印刷体刊行後一定期間ののちとするというようなこと
もあった(過去)
2. (アグリゲータがつくる)論文データベースにおいて、印刷物をス
キャンして掲載するのでなく、出版者からファイルを買うように
なっても一定期間ののちでないと利用可能とさせない
などの形で、自分のところからでないと本当の最新の情報を得ることができな
いようにしてきたというような経緯があります。したがって、エンバーゴをか
ける、つまり、利用可能とするまでに一定猶予期間を設けることを条件として
販売するということが行なわれることになりました。
まったく同じ理由から、機関リポジトリについてもエンバーゴをかけるべきだ
と出版者は考えるようになっているわけです。もちろん、この論理が妥当であ
るかどうかは議論の余地があります。たとえば、雑誌の単価というのは、(理論
上は)最新刊の号を出すための費用を最新刊の部数で割ったものになりますが、
電子ジャーナルの時代に「部数」という概念が意味をもつかは疑問だからです。
したがって、「売り上げ」とかに関係あるというお答えはほぼ正しいと思いま
す。より正確には、
売り上げとかに関係あるとすくなくとも出版者は考えているから
だろうとは思います。もっとも、ほとんどの論文がプレプリントサーバで見ら
れながら、高額の雑誌を出版、購読している物理学という奇妙な分野をみれば
ことが単純でないことは明白です。
これに対して、機関リポジトリの思想は、
著者が自分の研究成果を世界に知らせるのに制約があってはならない
です(ちなみにOAそのものの思想は、学術研究成果については誰でも利用可能で
なければならないということで、それをこの機関リポジトリの思想によって実
現しようというのが、Stevan Harnadがこの数年説いてきたところなわけです)。
つまり、出版者から出版するとともに、自分で機関リポジトリに掲載して利用
可能とすることによってより広く知らしめようとするという行為は、研究者=著
者として当然のことであるという立場です。そして結果として、出版者の売上
げが落ちることがあるかないかは関知せずという姿勢です。この著者優先の立
場からは、エンバーゴなどは許されないことになります。日本の大学図書館の
機関リポジトリの理念は、多分この本来の機関リポジトリの理念に従っている
と思うので、エンバーゴには反対しなければなりません。しかし、反対があっ
たからといって、出版者が従う必要はないので、結局、そこでどういう妥協を
作ることが生産的かという問題になるわけです。
多分、以上が「理屈」です。
土屋