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Der Wortschatz bei >Virginal< : Versionen (V10), (V11) und (V12) : Teil 3:Topoi

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Title: Der Wortschatz bei >Virginal< : Versionen (V10), (V11) und (V12) : Teil 3:Topoi
Other Titles: 『ヴィルギナール』の語彙 : 主要三系統V10・V11・V12の比較研究 : (3)トポスについて
Authors: Terada, Tatsuo Browse this author
Issue Date: 15-Nov-2010
Publisher: 北海道大学大学院メディア・コミュニケーション研究院 = Research Faculty of Media and Communication, Hokkaido University
Journal Title: メディア・コミュニケーション研究 = Media and Communication Studies
Volume: 59
Start Page: 77
End Page: 94
Abstract: 中世ドイツの「ディートリヒ叙事詩」(Dietrichepik)のひとつである『ヴィルギナール』(>Virginal<)では、森・川・泉・露・木(とくに菩提樹)・花・草原および「緑」などの語彙を用いた描写が同じジャンルの他作品と比べて明らかに目立つ。また「鳥のさえずり」なども頻出する。これらは古典期以降の重要な文芸モティーフのひとつである「悦楽境」(locus amoenus)を構成する要素である。筆者は『ヴィルギナール』を構成する語彙とその用法への関心から、その特徴の記述を課題としているので、小稿は限定的にテーマを語彙からモティーフに拡大し、作者(ないし改作者)がどのような姿勢でこのトポスを用いているかを考察した。主な知見は以下のとおりである。1. V10版の詩節20に現れる「悦楽境」表現は、従来卓越したものと認められてきた。(von Kraus, Kuhn)しかし主人公ディートリヒ・フォン・ベルンは周囲の美しい景色に何の反応も示さないどころか、遠方の山々や絶壁への恐怖をあらわにする。この点に関しては、「悦楽境」研究の第一人者クルツィウス(『ヨーロッパ文学とラテン中世』の著者Curtius)が挙げる「テンペモティーフ」(恐怖感を与える環境に悦楽境が囲まれている)の概念で説明をつけることはひとまず可能である。2. しかし詩節20を囲むようにして18、19、21(22)節で現れる「竜」との戦いを示唆する表現は文脈から浮いている。なぜなら、作品の冒頭から110節までは異教徒との戦いが描かれ、竜との戦いはその後の122節に始まるからである。そのため従来は、20節を除く前後を後代の改作者による挿入とみなす見解に異論が出されていなかった。そこで小稿では『ヴィルギナール』各版に見られる「悦楽境」表現を検討し、その機能の検証を通して主人公の反応と竜との関連を考察する。(なおV11版に「悦楽境」表現はない。)3. 確認しえた限りでは、ヨーロッパ中世の各国語(ないし民族語)文芸におけるこのトポスについては、(1) 古典以来の伝統と深く結びつき、個々の描写も作品全体の文脈に確固とした位置を占めるという説(Lichtblauなど)と、(2) 前者のような事例を認めつつも、一度限りの単なる表現手段にすぎず、文脈への影響は認められない(Billen, Thossなど)、とする二説がある。『ヴィルギナール』のV10・V12両版の例を仔細に検討した結果、この作品の用例は後者に該当すると考えられる。詩節20は主人公が恐怖心を煽られる場面で用いられることから、このトポスにそれなりの意味はあるかもしれないが、筆者には無関係と思われる。(V11・V12版では主人公が最後に女王と結婚するので、もしそれらの版にV10の20節に対応する記述があれば、最後の幸福の予示と解釈することが可能だが、両版にはそうした記述がない。)4.V10・V11・V12各版がすべて異教徒の紹介から始まる中で、V10版にのみ、しかも唐突に竜との戦いを予示する表現があらわれるのはたしかに不自然といえる。しかし作品の「オリジナル」や現存写本に共通の「祖型」を想定し、それを前提にして「挿入」や「削除」などの改変を行ったと考えるべきではあるまい。V10版の改作者は竜が登場する描写を独自の意思で行ったのであり、無意味な挿入をしたのではないという前提から出発するべきである。(V12版の写本で該当部分の一葉が欠如しているため比較の材料がないことが惜しまれる。)5. 『ヴィルギナール』で考察した「悦楽境」は一種のユートピアであり、ヨーロッパ以外でも各地の文芸作品でモティーフ化していることは周知の事実である。陶淵明に始まるとされる「桃源郷」もそのひとつであり、日本社会を含む多くの国々・地域に伝わった。これらとの比較・対照により、ヨーロッパ世界で生まれた文芸について従来なされてきた研究成果を批判的に検証することが可能になるだろう。
Type: bulletin (article)
URI: http://hdl.handle.net/2115/44398
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Submitter: 寺田 龍男

 

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