經濟學研究 = The economic studies;第71巻第2号

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信用貨幣の生成原理に関する一考察

海, 大汎

Permalink : http://hdl.handle.net/2115/83664
KEYWORDS : 価値形態;貨幣形式;貨幣商品;現物貨幣;信用貨幣

Abstract

本稿は,貨幣を現物貨幣と同一視するマルクス経済学の即物的な貨幣観を再考し,商品論の枠組みにおいて信用貨幣の生成原理を明らかにしようとするものである。 マルクス経済学では一般に,信用貨幣は,信用売買において現出する買い手(借り手)の支払約束として,貨幣形態の成立によってはじめて生成されるものであり,現物貨幣の出現を遅延させる債務証書ないし貨幣請求権ではあっても,貨幣商品ではないとされる。それゆえに,その生成原理は,商品論の理論的課題にはなりえない。 ところが,現物貨幣を本物の貨幣とし,信用貨幣をその代理物とみなす貨幣規定は,価値形態論を,即物的な貨幣選定論として捉えるときには当てはまるかもしれないが,貨幣生成の形式を通じて貨幣概念の成立を解明するメタ理論として捉える場合には,整合性を保つことが難しい。もちろん,そうだからといって,信用貨幣を,債務履行請求権として措定する原理論の概念規定自体を否定するつもりはない。だが,信用貨幣が債務履行請求権であるということと,だから信用貨幣は貨幣商品ではないということとが,果たして同次元の議論といえるだろうか。 貨幣商品を,貨幣的地位に就く特定商品として措定するならば,信用貨幣は,債務履行請求権にすぎないため貨幣商品にはならない。しかし他方で,貨幣商品を,すべての商品を相対的価値形態に立たせる一つの形式として捉え直す場合,信用貨幣だけでなく,現物貨幣さえも貨幣商品の下位範疇になる。この場合,現物貨幣と信用貨幣を包括できる原理論的根拠はどこにあるのかということが課題となる。 近年,原理論研究では,従来の原理論体系における現物貨幣と信用貨幣の関係を相対化する試みがなされている。なかんずく,両者の生成原理に関する小幡道昭の立論は,商品価値の表現方式に基づいて価値形態論を捉え返し,原理論体系における金属貨幣と信用貨幣の位置づけそのものを再規定したものと評価されている。 そこでは,第一に,信用貨幣の生成原理は,金属貨幣のそれと同様に価値形態論の内部論理で解けるものとし,第二に,不換銀行券は,兌換銀行券とともに信用貨幣の個別態として位置づけられるとされている。その意味で,小幡の立論は,従来の価値形態論にまつわる即物的貨幣観を相対化しつつ,現代資本主義の貨幣現象についての原理論的な手がかりを与えるものといえよう。 しかしながら同時に,そこで提示されている信用貨幣の生成原理とその概念規定については疑問なしとしない。そこでは不換銀行券の概念規定が,信用貨幣の生成原理と齟齬をきたしているようにみえる。その根因は,端的にいえば,価値形態論における貨幣商品―現物貨幣または信用貨幣―の分岐構造をいかに基礎づけるかという問題に深く関わっていると思われる。 以上の問題関心に基づき,本稿では,価値形態論を貨幣商品のメタ構造として捉え直し,貨幣商品の分岐構造に基づいて信用貨幣の生成原理を解明するとともに,現代資本主義の貨幣現象における原理論的観点を提示しようとする。第1節では,小幡道昭の論稿『価値論批判』第2章「貨幣の多態性」(2013)の内容を概括し,そこから検討すべき論点を取り上げる。第2節では,金属貨幣と信用貨幣との萌芽形態の抽象に関する「貨幣の多態性」の方法論的根拠およびその限界を分析する。これを踏まえて,第3節と第4節では,マルクス価値形態論の論理展開に沿って貨幣商品の分岐構造とその成立メカニズムを明らかにするが,まず第3節では,商品世界の社会的慣習と一般的価値形態との関係に焦点を当てて考察する。また第4節では,一般的価値形態から貨幣形態への移行における貨幣商品と貨幣概念の合生過程に立ち入って論じることで,現物貨幣と信用貨幣が先後関係ではなく,並列関係にあることを解明する。第5節では,第1・2節と第3・4節の議論をまとめながら,原理論的見地に立って兌換銀行券と不換銀行券の貨幣性について論じる。最後に,以上の検討を踏まえ,商品流通(市場)からみた信用売買(信用価格)の存立根拠について述べることにする。

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