研究論集 = Research Journal of the Graduate School of Humanities and Human Sciences;第21号

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円地文子「妖」論 : 女性と物語

齊田, 春菜

Permalink : http://hdl.handle.net/2115/84035
JaLCDOI : 10.14943/rjgshhs.21.r49

Abstract

本稿は、円地文子の「妖」を女性と物語という観点から読み直し、これまで夫から影響を受けていた女性が反対に自作の物語によってその立場を逆転させたことを明らかにするものである。「妖」の千賀子を物語へと耽溺させるきっかけを作ったのは夫の啓作であるにもかかわらず、これまであまりそのことに着目されてこなかった。確かに「妖」の前半から中盤まで啓作は千賀子からは特に何か影響を受けたり、感化されたりはしない。しかし、テクストの結末において啓作は千賀子の物語に、影響を受け始める。したがって、これまで一方的に千賀子は啓作に影響を与えられ続けられていたが、最後には反対に彼女が夫に影響を与えることになる。 このことを検討するためにまず、坂に代表される境界がテクストの至る所に張り巡らされていたことを明らかにした。加えてその内容を語る語りは、形式それ自体も時間という境界を形式的にも内容的にも越えていたのである。次に境界とも関係する千賀子の翻訳行為について考察を行った。翻訳行為は、彼女のセクシュアリティを新たに構築するものである一方で、翻訳行為を通して「妖」固有の問題系である義歯の表象を浮かび上がらせる。この義歯の問題は、コミュニケーションに発展して行き千賀子に過剰な老いを付与させ、遠野とのコミュニケーションは特に老いあるいは義歯に関するものへとなったのである。最後に「放恣な夢」と「白い二つの影」について、「妖しい笑い」と「奇妙な笑い」を軸に再検討し、啓作が千賀子の物語に巻き込まれることについて考察を行った。千賀子の「放恣な夢」は、啓作が関与することである一面では滑稽なものへと変容するのである。 つまり「妖」の千賀子は自身の物語に啓作を引きずり込むことを通して、自身の創造性を自覚する契機を得たのであった。

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