研究論集 = Research Journal of the Graduate School of Humanities and Human Sciences;第15号

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後悔でつむぐ繭 : Karen Russellの〝Reeling for the Empire"と「逆回転」の戦略

石川, まりあ

Permalink : http://hdl.handle.net/2115/60545
JaLCDOI : 10.14943/rjgsl.15.l69

Abstract

カレン・ラッセルの短篇〝Reeling for the Empire"(2013)は,歴史的事実 とファンタジーの混じりあう,一種怪奇的な作品である。舞台は,殖産興業 によって近代化を推し進める明治日本。官制の製糸工場に集められた貧しい 少女たちは,帝国の斡旋人に騙されて奇妙なお茶を飲まされ,みずからの腹 で絹糸を生産する蚕と人間の「あいのこ」に変身させられてしまう。設定の 奇想性をおけば,その筋立て上は,工場に拘束され搾取されるヒロインが抵 抗の道をみいだし,自由の獲得をめざすという,古典的な主題が目を惹くか もしれない。ただし,伝統的なフェミニズムの枠組みを援用しつつも,ラッ セルは,「過去の選択」をめぐるより普遍的な問題を描きだしているのではな いだろうか。自らの悲惨な境遇を決定づけてしまった労働契約の瞬間を悔み, 自責に苦しむ主人公キツネの姿からは,取り返しのつかない過去といかに向 きあって生きていくか,という根本的な主題が浮かび上がる。それを考える 手がかりとなるのは,物語の中核をなす「糸繰り」(reeling)のモチーフに織 りこまれた,過去-現在-未来の関係性である。女工たちが日々を費やす糸 繰り作業の一方方向の回転運動は,時間の不可逆性とリンクし,二度と過去 には戻れないという絶望を生む。しかし,この力学を通常の糸繰り作業なら ば故障とみなされる「逆回転」へと反転させたとき,「間違った方向」である はずのその現象こそが,過去との関係においては有効な生存戦略となる。キ ツネと仲間の女工たちは,糸繰りをつうじて,三つの過去との向きあいかた を試行する―􌖨過去の一点をひたすら反復すること,動きを停止させること, そして,過去と現在とを往復するように絶えず動きつづけること。最終的に いきつくのは,新たな自分へと生まれ変わるため,過去に戻ることで前に進 む,という特別な「糸繰り」のしかたである。

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