研究論集 = Research Journal of the Graduate School of Humanities and Human Sciences;第15号

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宮沢賢治文学における植民地主義と越境への意志 : 「鹿踊りのはじまり」、「狼森と笊森、盗森」、「なめとこ山の熊」

閻, 慧

Permalink : http://hdl.handle.net/2115/60574
JaLCDOI : 10.14943/rjgsl.15.r93

Abstract

本稿は、宮沢賢治が考古学者の視線で描く三部作―「鹿踊のはじまり」、「狼森と笊森、盗森」、「なめとこ山の熊」を取り上げ、それを一つの作品群として考察するものである。賢治文学における植民地主義の表現は、地理的越境と文化的越境という二つの意味での越境への意志によって表現されている。そこで、まず、三作品における越境表象を確認しながら、そこに現れる〈自然―人間〉の関係性の変化を中心に分析する。また、賢治文学における〈自然―人間〉の関係性の変化のモデルになるものとして、北海道の開拓状況およびアイヌ民族社会の解体について考察する。その上で、賢治が考えている異文化交流・越境がなぜ困難さに遭遇するのか、また賢治が如何なる視線で植民地主義思想を眺めるのかを解明する。直接的な異文化接触を描く「鹿踊のはじまり」では、動物と人間がお互いに観察する目線が注視され、異文化に対する探索、人間と動物との越境が描かれている。同じ入植のモチーフで繫がる「狼森と笊森、盗森」では、自然と人間との間に、〈贈与―返礼〉という互恵関係が形成され、またその関係性が変容する過程が描かれる。その原因は、入植者である人間が自分の権力を拡大し、正当化しようとすることにあり、植民地主義の考え方に類似する。両作品に共通する額縁構造の聞き手の異なる行為に注目すると、自然と人間との関係性に変化をもたらすのは資本の介入だということがわかる。「なめとこ山の熊」では、貨幣を交換の媒介とする商品経済の環境における、自然、資本の論理、人間の三者の葛藤が描かれている。〈自然―人間〉の二者関係に、資本の論理が介入し、賢治が考えている異文化交流・越境の困難さに遭遇する物語が描かれる。本稿では、賢治と北海道との関わりを手掛かりとして考察することで、北海道開拓とアイヌ民族社会解体の時代状況と賢治文学の照合性が検証される。それと同時に、自然と人間、入植者と先住民との矛盾・衝突の原因は資本の論理にあるという賢治の考えが明らかになる。

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