研究論集 = Research Journal of the Graduate School of Humanities and Human Sciences;第17号

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虚無よりの創造 : 太宰治「トカトントン」論

唐, 雪

Permalink : http://hdl.handle.net/2115/67987
JaLCDOI : 10.14943/rjgsl.17.r31

Abstract

「トカトントン」は、一九四七年一月号の『群像』に発表され、同年の八月に筑摩書房による単行本『ヴィヨンの妻』に収録された往復書簡体形式を採った短篇小説である。この小説は、太宰の愛読者である保知勇二郎という青年からの手紙の中に出てくる金槌の音がヒントとなって書かれたのである。正体不明な音に取り憑かれた「私」の告白を中心的内容とするこの小説は、単に一復員青年の虚無的な心理模様が緻密に描かれているだけではない。敗戦直後に発表されたため、当時の社会の諸相、すなわち玉音放送、復員、新円への切り替え、民主主義の提唱、総選挙、共産党の合法化、労働者のデモ、文化国家の建設といった問題もふんだんに盛り込まれている。また、敗戦後における百鬼夜行の闇市で襤褸を纏う乞食の少年にイエスの崇高な面影を見出したという石川淳の短編「焼跡のイエス」(『新潮』一九四六・一〇)を髣髴させる自嘲、諧謔も加味されている。さらに、結末の「某作家」による返信に新約聖書の「マタイ福音書」からの引用があることからも分かるように、「トカトントン」もまた、「駆込み訴へ」(『中央公論』一九四〇・二)をはじめとする太宰の多くのテクストと同様、聖書と切っても切れない関係を持つ。 本稿は、太宰がもっとも得意とした創作手法の一つである書簡体形式、文体における脱線的叙述に注目する。そして、敗戦直後という特殊な社会状況を整理し、同時代に書かれた他作家の作品にも目配りし、あらためてこの小説の意義を考察したい。

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