北方人文研究 = Journal of the Center for Northern Humanities;第12号

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樺太引揚と函館引揚援護局の役割 1945-50

ブル, ジョナサン;白木沢, 旭児//訳

Permalink : http://hdl.handle.net/2115/73548
KEYWORDS : 非植民地化;北海道;日本帝国;樺太/サハリン;引揚者;SCAP

Abstract

本論文は、戦後初期の日本において、旧日本帝国からの引揚者についての言説が、いかに構築されたのかを論証するものである。アメリカ占領当局は、引揚者は「家」をもち、そこから彼(彼女)が「新たな」スタートを切ることが可能であると確信していた。引揚がより複雑な問題であることに気づいた日本政府は、より柔軟に対応しようとしたが、この問題に成功裏に対処できたのは、共産主義イデオロギーが引揚者を魅了することに警戒したアメリカ政府が、冷戦の敵に対峙して引揚問題に干渉するようになってからのことで あった。樺太(サハリン)からの引揚に関して、冷戦によって、よりきめ細かな政策が必要とされたことに対する北海道の官庁の反応は、「樺太引揚者」の語りを助長することであった。当局は戦後北海道において、樺太引揚者の「再入植」を助長することを企図していたので、この語りは、1930年代および1940年前半の植民地当局により進められた植民者アイデンティティのかたちに立ち戻ることになった。さらに本稿は、引揚者たちのグループ・インタビューの貴重な記録を用いることにより、樺太からサハリン、北海道への変化を甘受する引揚者たちの植民者アイデンティティの重要性を分析している。北海道の官庁と樺太引揚者というローカルな関係の分析は、戦争を終えたポスト帝国社会の再建にとって決定的に重要だったのである。

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