研究論集 = Research Journal of the Graduate School of Humanities and Human Sciences;第23号

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エドゥアルド・ヴェルキン『サハリン島』におけるサハリン表象

大谷, 梨乃

Permalink : http://hdl.handle.net/2115/91090
JaLCDOI : 10.14943/rjgshhs.23.l187

Abstract

本稿はロシア文学におけるサハリン表象に対して,通時的かつ共時的な視点でアプローチするものである。19 世紀末にサハリンに赴いたアントン・チェーホフは,『サハリン島』(Остров Сахалин, 1895)というルポルタージュにて,サハリンにおける監獄や流刑,住民の生活の実態を記述した。チェーホフの著作の影響は大きく,後にサハリンを訪れた作家などの旅行者たちにも,チェーホフの描いたサハリンが想起されたという。このような背景もあって,チェーホフの『サハリン島』によるサハリンのイメージについての研究は数多くなされてきた。同時に,チェーホフ『サハリン島』以降のサハリン関連作品は,何らかのかたちでチェーホフの『サハリン島』と関連づけられたり,それとの比較によって読解されたりしてきた。しかしながら,その影響力のあまり,チェーホフのあとに形成されたり変化したりしたサハリンの描写やイメージ,必ずしもチェーホフやその著作に関連づけられない点については,これまでほとんど注視されてこなかった。チェーホフの『サハリン島』が発表された約130年後,奇しくもロシアで同名の小説が発表された。エドゥアルド・ヴェルキン『サハリン島』(Остров Сахалин, 2018)である。この作品にもチェーホフの『サハリン島』の影響が見られるが,ヴェルキンの『サハリン島』はジャンルとしては小説であり,さらに近未来のサハリンを描いた作品であるため,その内容については作者の想像による部分も大きい。ヴェルキンの『サハリン島』では,チェーホフ以降の時代状況もふまえられているのはもとより,チェーホフの『サハリン島』以降の作品で形成されてきたサハリン表象や,現代ロシア文学の潮流からの影響も見られる。そのため,この作品を読み解くにあたっては,通時的かつ共時的なアプローチが必要となってくる。本稿では,サハリンを舞台にした作品に特徴的な監獄・流刑,開発・産業,自然,多様な民族状況などの描写やイメージが,ヴェルキンの『サハリン島』においてどのように利用されているのか,それによって近未来のサハリンがどのように創造れたり表現されたりしているのかを探っている。また,そのようなサハリン表象がどのように形成され継承されていくのかについて,バフチンの時空間の概念も応用しながら検討している。加えて,従来のサハリン表象のみでは読解しにくい部分をも考察するため,ヴェルキンの『サハリン島』が現代ロシア文学のどのような潮流を受けているかにも目を向けて論じている。このように作品を通時的かつ共時的な視点で読み解くことで,サハリン表象の豊かさとさらなる可能性が明らかになるだろう。

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