研究論集 = Research Journal of the Graduate School of Humanities and Human Sciences;第23号

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武田泰淳「ひかりごけ」論 : 作中における「戦争」と「罪」に注目して

趙, 文軒

Permalink : http://hdl.handle.net/2115/91119
JaLCDOI : 10.14943/rjgshhs.22.r31

Abstract

「ひかりごけ」(『新潮』一九五四年三月号)は、戦時中の「ひかりごけ」事件に基づいた短編小説である。武田泰淳の「ひかりごけ」について、従来、作品の構造をめぐる虚実問題、いわゆる作品に描かれる事件が史実に即しているかどうかということが多くの研究で取り上げられてきた。また、これまで「光の輪」が象徴する「罪」が何を指すのかが十分に検討されてこなかった。本研究では戦争をめぐる罪という観点から検討したい。そこで、本論では、作品が発表されたときに停戦したばかりの朝鮮戦争というコンテクストと武田の戦争体験を考慮に入れつつ、「ひかりごけ」における「戦争」と「罪」という問題に絞って考察し、武田の創作意図を明らかにしたい。また、「戦後文学」として本作を位置付けることも検討した。この目的を達成するために、作品の創作経緯、ひかりごけに対する扱い方及び作中における戦争の要素の作為性を考察した。さらに、同時代(第二次世界大戦と朝鮮戦争)の状況を把握しながら、武田の書いた敗戦体験に関するエッセイや小説を補助線として、本作における「戦争」と「罪」との関連性を明らかにした。とりわけ、戦争の加害責任という視点から、小説の結末で裁判側の人々の首にも「光の輪」が出るという設定を解釈した。以上の内容から、「ひかりごけ」は、武田なりの日本人として第二次世界大戦における罪に対する思考の延長線にありながら、罪悪感を示しつつ、朝鮮戦争の衝撃を受け、反戦思想を伝えようとする作品と捉えられる。ちなみに、多くの戦後小説が第二次世界大戦を批判する内容を示し、戦場の残酷さを描いているが、一般人の戦争責任を追及する作品は希少である。とりわけ、朝鮮戦争への批判を含む作品はあまり見られなかったという時代状況の中で、「ひかりごけ」は独特な位置を占めていると言えよう。

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