研究論集 = Research Journal of the Graduate School of Humanities and Human Sciences;第22号

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円地文子「遊魂」における六条御息所のイメージ : 『源氏物語』現代語訳との関係を端緒として

齊田, 春菜

Permalink : http://hdl.handle.net/2115/87882
JaLCDOI : 10.14943/rjgshhs.22.r125

Abstract

本稿は、円地文子「遊魂」を軸に円地が行った『源氏物語』の現代語訳という営みが円地自身の創作にもたらしたものの一端を明らかにするものである。具体的には「遊魂」の登場人物である加古川蘇芳と彼女の生霊のような「あの女」との関係に『源氏物語』の六条御息所とその生霊の関係が反映されていることを指摘してから、類似と差異を明らかにした。すでに円地は『源氏物語』現代語訳と創作の関係について「遊魂」も収録された単行本『遊魂』を例に出し、六条御息所のモチーフが作品に投影しているとは述べている。確かに「遊魂」の蘇芳の内面は、彼女から彷徨い出た生霊のような「あの女」によって一見具象化されている。円地の発言もあわせると蘇芳と「あの女」の関係は『源氏物語』の六条御息所とその生霊の関係を導入したと言えるだろう。ただし、「あの女」は蘇芳の内面を対話によっても引きだしている存在でもある。そのため、蘇芳と「あの女」の関係は、六条御息所と生霊の関係を単に反映させただけではなくなっていく。さらにその関係の様相は、円地が『源氏物語』の現代語訳をしたあり方と「あの女」が蘇芳の欲望を明るみにさせたことと一部重なる。しかし「あの女」は、朧にかすんだ蘇芳の心理に照明を与えた以上に人物たちに影響を与える。たとえば、「あの女」は、蘇芳が語る前に蘇芳の感情を規定する。また蘇芳との対話によって、「あの女」は、蘇芳と蘇芳以外の女性たちの差異化を生じさせた。さらに、「あの女」は蘇芳と欽吾、三厨との関係にも影響を与えた。そのため、蘇芳と「あの女」の関係は、『源氏物語』の六条御息所と生霊とは異なる様相を示すのである。つまり、最初こそ蘇芳から派生した存在、生霊的であった「あの女」は、「遊魂」において彼女を触発し、様々な人物の関係を動かしているのである。したがって、蘇芳と「あの女」の関係から「遊魂」を読み直す視点は、円地による『源氏物語』受容の契機として、改めてこの作品を評価することに繋がると結論付けた。

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