『ハリー・ポッターと賢者の石』をホラー小説として読む
宮澤, 優樹
Permalink : http://hdl.handle.net/2115/60547
JaLCDOI : 10.14943/rjgsl.15.r25
Abstract
世界的な人気を博したシリーズの第一作である『ハリー・ポッターと賢者の石』は、一見して夢に満ちたファンタジー小
説だ。だがその表面的な覆いを取り払ってみたとき、一般的に思われている明るい側面とは別の、「怖い」側面を読み取るこ
ともできる。事実『賢者の石』では、「表面的な見かけの下にあるものを推理せよ」と言うかのように、隠蔽とその内実とい
う組み合わせが多用されている。主人公のハリーが迎えられる世界は、普通の人間の目からは隠された世界だし、対峙する
ことになる宿敵は、おどおどとした無難な人物の皮をかぶり、つねに近くにいる。これらはいずれも、なんの変哲もない見
た目を隠れ蓑とし、ほんとうの姿を隠している。このようなプロット上の仕掛けが、物語全体についても当てはまっている
のではないだろうか。作品の隠された姿へと、登場人物や情景が漏らす細部を順に
追うことでたどり着くことができる。そ
の先にあるのは、生死が軸となったハリーと宿敵との関係である。ハリーは、「例のあの人」と呼ばれ、すでに死んだはずの
宿敵と共通する性質を持つ。ハリー自身もまた、生死の境におり、直接には名指しえない性質を抱えている。そのことは、
ハリーを「生き残った男の子」と呼ぶことが欺瞞であり、同時に、宿敵をはっきりと名指すことが、不誠実な態度であるこ
とを示唆する。したがって、『賢者の石』が迎えた結話、「名指しにくい相手を名指す」、「前を向いて生きる」という決意は、
表面的な見せかけなのだとも読める。前向きなメッセージが発せられる一方で、それとはちょうど逆の筋書きが描かれてい
る。この物語は、児童文学という「隠蔽」と、それに並行する名状しがたい状態を描く、二重の小説なのである。
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