バンド間遷移機構に基づく交換スピン軌道結合と電子状態・輸送特性・熱力学的特性に関する理論研究
林田, 健二
2023
Permalink : https://doi.org/10.14943/doctoral.k15345
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本論文では, スピン軌道結合のバンド間遷移による一般的な発生機構を理論提案し, その具体例としてn 型強磁性半導体の p-d 交換相互作用がもたらすスピン軌道結合 (交換スピン軌道結合) を導出し, その交換スピン軌道結合が電子状態, 輸送特性および熱力学的特性に大きい影響を与えることを示す. スピントロニクスにおいて重要な役割を果たしている相対論的スピン軌道結合は, III-V 族半導体ではバンド間遷移による発生機構で理解されてきた. 価電子帯でのスピンに依存する LS 結合が, 波数に依存するバンド間遷移を通して, 伝導帯においてスピンと波数に依存するスピン軌道結合をもたらす. この相対論的スピン軌道結合は III-V 族半導体とその微細構造においてスピンホール効果や Edelstein 効果によりスピン流やスピン偏極を生成しスピントロニクスの土台となっている. このバンド間遷移による相対論的スピン軌道結合はバンドギャップ等の重要なバンドパラメータを含む k · p ハミルトニアンから解析式で表されるので, 結合の制御さらには材料・デバイスの改良の理論的指針を与えることができる. この解析式に基づくと, 相対論的スピン軌道結合において結合強度を大きくするには LS 結合が強い重元素が必要であり, 材料が重元素を含む物質に限定されるという問題点が明らかになっている. 最近, 軽元素からなる反強磁性体において大きいスピン軌道結合が理論的に見出された. このスピン軌道結合は, LS 結合ではなく交換相互作用に由来することが分かっていて, 結合を強くするのに重元素は必要ないという利点がある. ところが, これまでの理論手法が第一原理計算や多軌道 Hubbard 模型であって結合強度の解析式がないため, 結合御の理論的指針が得られていない. そこで本研究では, 相対論的スピン軌道結合で用いられてきた k · p 法を一般化することにより, 交換相互作用とバンド間遷移によるスピン軌道結合(交換スピン軌道結合)を導出し, 結合制御の理論的指針を得ることを目的とする. 交換スピン軌道結合と相対論的スピン軌道結合は, バンド間遷移による発生機構では, 価電子帯におけるスピン依存相互作用が交換相互作用か LS 結合かの違いがあるだけで統一的に記述することができる. そこで本研究ではまずスピン軌道結合のバンド間遷移による一般的な発生機構を理論提案する. 次にその具体例として, n 型強磁性半導体において価電子帯での p-d 交換相互作用がバンド間遷移により伝導帯に誘起する交換スピン軌道結合を導出し, 伝導帯の電子状態を解明する. この p-d 交換スピン軌道結合の役割を明らかにするため, 輸送特性として内因性異常 Hall 伝導率, 熱力学的特性として強磁性転移温度(Curie 温度)の計算結果を示す. n 型強磁性半導体は, III-V 族半導体に鉄を添加した物質で, III 族元素を置換する鉄イオンは局在スピンを形成する. この局在スピンと半導体の伝導帯の電子スピンとの間には s-d 交換相互作用, 価電子帯の電子スピンとの間には p-d 交換相互作用が働く. 価電子帯での p-d 交換相互作用は, 波数に依存するバンド間遷移を通して, 伝導帯の電子スピンに波数と局在スピンに依存する有効磁場をもたらす. これが p-d交換スピン軌道結合であり, ハミルトニアンには局在スピンと電子スピンと波数を含む項として現れる. 本研究において電子状態は, III-V 族半導体の k · p ハミルトニアンと s-d および p-d 交換相互作用により記述する. 半導体のハミルトニアンは伝導帯と価電子帯の合わせて 8 つのバンドを記述するハミルトニアンを採用し, それ以外のエネルギーが離れたバンドの影響を取り入れる際は波数 k について二次の k · p近似を用いた. 交換相互作用には平均場近似を適用し局在スピンを一様磁化で表す. この平均場近似により交換相互作用はキャリアスピンと局在スピンのぞれぞれに働く有効磁場による Zeeman 相互作用として記述される. キャリアスピンに働く有効磁場は局在スピンの偏極(磁化)に比例し, 局在スピンに働く有効磁場はキャリアスピンの偏極に比例するため自己無撞着な計算を実行する. まず p-d 交換スピン軌道結合の解析式を得るために, 伝導帯の電子に対する有効ハミルトニアンを k · p摂動論によって構築した. この有効ハミルトニアンにおいて p-d 交換スピン軌道結合は磁化とキャリアスピンと波数が結合する項として表され, その結合強度がエネルギーギャップに反比例することを解析的に明らかにした. 次に p-d 交換スピン軌道結合の大きさを定量的に見積もるために, k · p ハミルトニアンの数値対角化を実行した. 数値的に得られた p-d 交換スピン軌道結合による伝導帯のスピン分裂は相対論的スピン軌道結合に比べて 10 倍以上大きいことが明らかになった. また n 型強磁性半導体と III-V 族半導体からなる量子井戸におけるスピン分裂の数値計算も行い, 井戸に垂直な波数の量子化により, 面内波数がゼロでもスピン分裂が現れることを見出した. 以上の電子状態の計算により明らかになった p-d 交換スピン軌道結合による伝導帯のスピン分裂が輸送現象にどのように反映するかを解明するため, 内因性異常 Hall 伝導率を計算し, p-d 交換相互作用を起源とする Hall 伝導率が, これまで考慮されてきた s-d 交換相互作用と相対論的スピン軌道結合を起源とするHall 伝導率に比べて桁違いに大きいことが判明した. さらに p-d 交換 Hall 伝導率が鉄濃度とともに増加する一因がエネルギーギャップに反比例する結合強度にあることが明らかになり, p-d 交換スピン軌道結合の解析式の有用性も示すことができた. 最後に熱力学的特性である Curie 温度における p-d 交換相互作用の影響を解明した. n 型強磁性半導体の Curie 温度は, 先行研究において s-d 交換相互作用のみを考慮して計算され, 実験値に比べて桁違いに小さい値しか得られていなかった. 本研究において s-d 交換相互作用とともに p-d 交換相互作用を取り入れて Curie 温度を計算したところ, 実験値とオーダーが一致する計算値が得られた. また, InFeAs とInFeSb とで Curie 温度に顕著な差があるのはエネルギーギャップの違いが原因であることを突き止め,ここでも p-d 交換スピン軌道結合の解析式の有用性が示された. さらに Curie 温度が電子密度にほとんど依存しないことも見出した. これまで p 型と同様に n 型の強磁性半導体も強磁性発生機構はキャリア媒介型と考えられてきたが, 本研究で得られた電子密度依存性はバンドギャップが小さい半導体の強磁性がキャリア媒介型でないことを示し, p-d 交換相互作用とバンド間遷移によって説明できることを明らかにした. 本研究では交換スピン軌道結合が輸送特性と熱力学的特性に大きい影響を与えることを n 型強磁性半導体に対して示したが, 交換相互作用とバンド間遷移をもつ系であれば交換スピン軌道結合が同様の効果をもたらす可能性があり, スピントロニクスに大きく寄与することが期待される.
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